価値評価のタイミング|企業売却・資本政策・承継の判断時点

企業価値評価は、会社売却や買収だけでなく、増資、事業承継、組織再編、事業撤退など重要な経営判断の前後で必要になります。M&Aで評価を見直すタイミング、3つの評価アプローチ、評価額の更新判断、準備すべき資料まで中小企業経営者向けに解説します。

目次

  1. 価値評価のタイミングは「何を決めるか」で変わる
  2. 会社売却では評価を一度で終わらせない
  3. M&A以外でも価値評価が必要になる経営場面
  4. 目的に応じて3つの評価アプローチを使い分ける
  5. 評価額を古くしないための更新判断
  6. 価値評価の前に揃えたい資料と確認事項
  7. 評価結果を価格交渉と経営判断に生かす
  8. まとめ

M&A価値評価のタイミングと3つの主要アプローチ法を解説

価値評価のタイミングは「何を決めるか」で変わる

「自社はいくらなのか」を知りたくなったときが、必ずしも価値評価を行う最適なタイミングとは限りません。重要なのは、その金額を使って何を決めるのかです。

会社を売却するのか、他社を買収するのか、増資するのか、後継者へ株式を承継するのか。目的が変われば、評価する対象も、必要な精度も、適した評価方法も変わります。

M&A(合併・買収)では、価値評価の結果がそのまま譲渡価格になるわけではありません。経営者と買い手企業が価格を検討するための基準であり、「この条件なら売却を検討できる」「この金額までなら投資できる」と判断する材料になります。

企業価値・事業価値・株式価値を混同しない

価値評価を始める前には、何の価値を求めているのかを明確にします。

事業そのものが生み出す価値を見る「事業価値」、事業価値に事業外資産などを加味した「企業価値」、そこから有利子負債などを調整して株主に帰属する部分を見る「株式価値」では、意味が異なるためです。

会社売却で経営者が最終的に関心を持つのは、一般に株式の譲渡価格と税引後の手取り額です。一方、買い手企業は事業が生み出す収益や投資回収を重視します。同じ会社を見ていても、確認する数字が違うこともあります。

買収では「いくらまで投資できるか」を確認する

買い手企業にとって価値評価は、買収価格の上限を考えるための材料になります。

対象会社単独の収益力だけでなく、自社との販売網の共有、仕入条件の改善、技術の相互利用など、買収後に見込む効果も検討します。ただし、シナジーを楽観的に見積もり過ぎると、高値での買収につながりかねません。

買収価格と将来得られる利益を比べ、投資として合理的かを確認することが重要です。

評価目的を先に決めると必要な精度が見えてくる

まだ会社売却を決めていない段階であれば、細かな金額まで確定するより、どの程度の価格帯が見込めるのかを把握することが先です。

反対に、最終的な取引条件を決める場面や株主間の争いなど、金額の根拠を第三者へ説明する必要がある場合には、評価前提や算定根拠をより丁寧に整理する必要があります。

価値評価は、細かく計算すればよいわけではありません。意思決定に必要な精度で行うことが大切です。

会社売却では評価を一度で終わらせない

会社売却では、「最初に一度計算して終わり」と考えると判断を誤りやすくなります。交渉が進むにつれて新しい情報が判明し、買い手企業が見るリスクや将来性も変わるからです。

実務では、重要な意思決定の前後で評価レンジを見直していきます。

会社を売るか判断する前に概算する

最初の価値評価は、売却そのものを進めるかどうかを判断するために行います。

直近の決算書、保有資産、借入金、利益水準などから、おおよその株式価値を確認します。この段階では将来計画や簿外債務まで完全に調査できていないことも多いため、1つの金額を断定するより、幅を持たせて考える方が実務的です。

最初は「一点の価格」よりレンジを見る

例えば、経営者が考える最低条件と、一般的な評価手法から見た価格帯が大きく離れているのであれば、すぐに買い手探しを始める必要はありません。

業績改善を優先する、不要資産を整理する、親族や従業員への承継を再検討するなど、別の選択肢もあります。

売却を見送る基準も持っておく

評価の目的は、高い金額を出すことではありません。

「この条件を下回るなら今回は売らない」という基準を事前に持つことで、買い手企業から条件が提示された後も冷静に判断しやすくなります。

買い手候補から条件が出る時点で再確認する

トップ面談などを経て具体的な交渉に進むと、買い手企業から意向表明書などで譲渡価格の目安が提示されることがあります。

ここでは、自社が事前に把握した評価レンジと買い手企業の提示条件を比較します。

金額だけを見るのは禁物です。役員や従業員の処遇、個人保証への対応、譲渡後の経営方針などによって、同じ価格でも経営者にとっての意味は変わります。

デューデリジェンス後は新しい事実を反映する

デューデリジェンスとは、買い手企業が対象会社の財務、税務、法務などを詳しく確認する買収調査です。

調査によって簿外債務、回収が難しい売掛金、過大な在庫、未払残業代などが判明すれば、評価や譲渡条件の見直しにつながる場合があります。一方、安定した顧客基盤や優れた技術など、初期段階では十分に伝わっていなかった強みが明らかになることもあります。

そのため、最終契約前には、初期評価の前提が現在も成り立っているかを確認することが重要です。

M&A以外でも価値評価が必要になる経営場面

価値評価というと会社売却を連想しやすいものですが、必要になる場面はそれだけではありません。

資本政策や事業承継など、会社の所有関係や将来の経営方針が変わる場面でも重要になります。

組織再編や合弁会社を設立するとき

グループ内の合併、会社分割、株式交換などでは、それぞれの会社や事業の価値を比較する場面があります。

評価が大きく偏れば一部の株主に不利益が生じる可能性もあるため、取引の目的に応じた合理的な算定が必要です。

他社と共同で合弁会社を設立する場合も同様です。現金だけでなく既存事業や技術などを持ち寄る場合には、それぞれの価値が出資条件を決める材料になります。

増資や出資受入などの資本政策を行うとき

ベンチャーキャピタルや事業会社から出資を受ける場合、企業価値は「いくら調達できるか」だけでなく、経営者の持株比率がどこまで下がるかにも関係します。

評価額が高ければ、同じ調達額でも新たに渡す株式の割合を抑えやすくなります。ただし、将来性だけを根拠に過度な評価を設定すると、その後の資金調達時に条件調整が難しくなる場合もあります。

IPOを目指す場合も、企業価値の把握は資本政策を考える材料になります。実際の公開価格は価値評価だけで機械的に決まるわけではなく、市場環境や投資家の需要なども踏まえて決められます。

ストックオプションとして新株予約権を発行する場面でも、発行条件や税務・会計上の取扱いを確認するため、株式価値の検討が必要になる場合があります。

事業撤退や経営計画を見直すとき

赤字事業を続けるか、第三者へ売却するか、清算するか。こうした判断でも価値評価は役立ちます。

単独で事業を続けた場合に得られる将来のキャッシュフローと、売却によって得られる対価などを比較すれば、感覚だけではなく数字を使って撤退判断を行えます。

また、企業価値を年1回など一定の間隔で確認すると、自社の収益力や財務体質が改善しているかを把握しやすくなります。ただし、毎年精密な評価書を作る必要があるとは限りません。経営管理が目的なら、同じ前提や方法で継続的に測ることにも意味があります。

事業承継・相続や法的な争いが起きたとき

親族への事業承継や相続では、非上場株式の価値を確認する必要があります。

ここで注意したいのは、相続税や贈与税を計算するための税務上の株価と、第三者への会社売却で使うM&A上の評価額は、目的も計算方法も同じではないことです。税務上の株価が、そのまま第三者への譲渡価格になるわけではありません。

株主間で株式価格を巡る争いが生じた場合や、離婚に伴う財産分与で非上場株式が対象となった場合にも、価値評価が必要になることがあります。

また、減損会計の適用対象となる会社では、事業や固定資産の収益性が大きく低下したときに、将来回収できる金額を見積もる場面があります。

目的に応じて3つの評価アプローチを使い分ける

評価するタイミングが決まったら、次は評価方法です。

企業価値評価には、大きく3つのアプローチがあります。どれか1つが常に正しいわけではありません。会社の収益構造、資産内容、成長性、評価目的によって使い分けます。

将来の収益力を見るインカムアプローチ

インカムアプローチは、会社が将来生み出す利益やキャッシュフローを基に価値を考える方法です。

代表的なのがDCF法です。このほか、将来の配当を基礎に株式価値を考える方法もあります。

成長性を評価へ反映しやすいDCF法

DCF法では、将来のフリーキャッシュフローを予測し、時間や事業リスクを考慮して現在価値へ割り引きます。

今後の出店、新商品の投入、設備投資などを価値へ反映しやすい一方、事業計画を楽観的に作れば評価額も高くなります。そのため、過去実績との整合性を確認することが欠かせません。

市場の相場を確認するマーケットアプローチ

マーケットアプローチは、類似する上場会社や過去のM&A取引などと比較して価値を推定する考え方です。

例えば、EBITDAなどの利益指標に一定の倍率を掛けて事業価値を求めるマルチプル法があります。

実際の市場データを利用できるため客観性を持たせやすい反面、自社と本当に比較できる企業や取引が少ない場合には、倍率の選び方で評価結果が変わります。

資産の裏付けを見るコストアプローチ

コストアプローチは、会社が持つ資産と負債を基礎に株式価値を考える方法です。

中小企業では、土地や有価証券などの含み損益を調整した時価純資産などを、評価の出発点として利用することがあります。

資産が多い会社ほど確認する意味が大きい

不動産を多く保有する会社や製造業など、保有資産が株式価値へ大きく影響する会社では特に確認したい方法です。

一方、ブランド、顧客基盤、ノウハウなど将来の収益力は、純資産だけでは十分に表れません。収益力を別途考慮する必要があります。

アプローチ主なメリット主なデメリット
インカム将来価値を反映しやすい/成長企業に適合事業計画の精度次第で過大・過小評価のリスク
マーケット市場実績を利用でき客観性が高い類似取引が少ない業種では倍率設定が難航
コスト財務諸表があれば計算可能で簡便成長期待や暖簾価値を反映しにくい

実務では、1つの方法だけで金額を確定するより、複数の評価方法を使って結果を比べる方が判断しやすくなります。

例えば、時価純資産を確認したうえで収益力を加味し、さらに類似会社の倍率と比べる方法です。結果が大きく離れた場合には、事業計画や比較対象、資産評価の前提をもう一度確認します。

評価額を古くしないための更新判断

「評価書は半年で使えなくなる」と一律に考える必要はありません。企業価値評価に共通する法律上の有効期限が決まっているわけではないためです。

ただし、評価額は評価した時点の情報を前提にしています。

数か月から半年程度が経過すれば、新しい決算や月次実績が出たり、大口取引が増減したりすることがあります。その場合は以前の評価額をそのまま使わず、前提条件の更新を検討します。

再評価を検討したい変化

例えば、次のような変化があれば見直しを検討します。


・新しい決算期を迎え、利益水準が大きく変わった

・主要顧客との取引が始まった、または終了した

・多額の設備投資や新規借入を行った

・不動産など主要資産の価格が大きく変わった

・訴訟、税務問題、簿外債務などが判明した

・新規事業の開始や撤退により事業計画が変わった


大切なのは「何か月経ったか」だけではなく、評価の前提となった会社の状態が変化しているかです。

価値評価の前に揃えたい資料と確認事項

評価を急ぐあまり、決算書だけを渡して算定を始めるケースがあります。

それでは会社の実態を十分に反映できないこともあります。特に中小企業では、決算書だけでは分かりにくい情報が評価額を左右します。

一般には、次のような資料を整理しておくと評価を進めやすくなります。


・直近3~5期程度の決算書や申告書

・直近の月次試算表

・主要顧客、仕入先と取引状況

・今後の事業計画と設備投資計画

・土地、有価証券など主要資産の明細

・借入金やリースなど負債の状況

・株主構成

・役員報酬やオーナー個人との取引

・訴訟や偶発債務など将来負担となり得る事項


すべてを最初から完璧に揃える必要はありません。まず入手できる資料で概算し、取引が具体化するにつれて精度を高めていく方法もあります。

決算書の利益をそのまま使わない

中小企業では、役員報酬、保険料、オーナー関連費用などによって、決算書上の利益と会社本来の収益力に差が生じることがあります。

そのためM&Aの価値評価では、一時的な収益や費用などを確認し、「新しい経営者が引き継いだ後にどの程度の利益を生み出せるか」という視点から収益力を見直します。

借入金が多い会社では、事業そのものに価値があっても、株主に帰属する株式価値が小さくなる場合があります。企業価値と株式価値をつなぐうえで、負債の確認は欠かせません。

評価結果を価格交渉と経営判断に生かす

価値評価は、評価書を作って終了する作業ではありません。会社売却であれば、経営者が納得できる条件を判断するために使ってこそ意味があります。

評価額と実際の譲渡価格は分けて考える

実際の譲渡価格は、評価結果だけでは決まりません。

買い手企業が期待するシナジー、他の買い手候補との競争、従業員の引継ぎ、経営者の退任時期、個人保証への対応など、さまざまな条件を踏まえて最終的に合意されます。

そのため、「評価額が1億円だから1億円で売れる」と考えるのではなく、複数の算定方法から価格レンジを把握し、そのうえで希望条件を整理することが重要です。

税引後の手取り額まで確認する

会社売却を検討する経営者にとって、本当に重要なのは評価額だけではありません。

個人株主が株式を譲渡する場合には、一般に譲渡価額から株式の取得費や譲渡に要した費用などを差し引いた譲渡益を基に税負担を考えます。一方、会社が事業そのものを譲渡する事業譲渡では、売却代金を受け取る主体や課税関係が株式譲渡とは異なります。

つまり、同じような価格で売却できても、選ぶスキームによって経営者が最終的に受け取れる金額は変わる可能性があります。

価値評価、譲渡スキーム、税負担を別々に検討するのではなく、会社売却の初期段階から一緒に確認しておくことが大切です。相続や組織再編が絡む場合など、評価前提が複雑な案件では、公認会計士や税理士などの専門家へ早めに相談すると判断を整理しやすくなります。

まとめ

企業価値評価は一度だけ行う計算ではなく、会社売却や買収、資金調達、事業承継などの意思決定に合わせて見直すものです。M&Aでは検討初期から最終契約までに前提が変化するため、評価レンジの更新も必要になります。評価目的と最新情報を整理し、複数の手法を使い分けながら、価格交渉や将来の経営判断に生かすことが重要です。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人