中小企業がM&Aを実施する際、事業承継や企業成長のために、従業員へ株式譲渡を行うことが一定の割合で見受けられます。本記事では、従業員承継を検討する経営者に向け、株式譲渡に関する情報を提供します。
目次
ここでは、従業員に対する株式譲渡の仕組みと、その概要について説明します。
株式譲渡とは、一定の割合の株式を他の個人や企業に譲渡することで、経営権を移転させる手続きです。M&Aにおいては一般的な手法であり、特に中小企業では全株式の譲渡、いわゆる100%譲渡がよく行われます。全株式を譲渡することで、譲受側の企業が経営を引き継ぎ、事業継続の見通しを立てられるようになります。
株式譲渡は通常、異なる企業間で行われますが、自社の従業員を対象とすることもできます。企業間での株式譲渡に比べて件数は少ないものの、事例としては存在しています。なお、ここでの従業員とは、会社法上の出資者(株主)ではなく、一般的に雇用される身分の人々を指します。
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企業間での株式譲渡ではなく、自社の従業員に株式を譲渡する狙いについて解説します。
従業員に株式を譲渡する主な目的は、事業承継の円滑化です。信頼できる従業員に事業を引き継がせることで、廃業せずに企業の存続が可能となります。親族間での事業承継が困難である状況では、従業員が後継者として選ばれることもあります。
従業員への株式譲渡は、企業成長の後押しとなる効果が期待できるため、それも一つの目的です。株式報酬制度を用いて従業員個人に株式を譲渡することで、企業利益と直結した配当が得られるようになります。そのため、従業員は企業の発展を促進し、配当額を増やしたいという意識が働くことでしょう。
企業が従業員持ち株制度を導入する目的の一つに、従業員のモチベーション向上が挙げられます。従業員持ち株会によって株式が譲渡されることで、福利厚生の一環として取り扱われ、給与やボーナスの増額が困難な場合でも、配当金の増加を通じて従業員の満足度を高める効果が期待されます。
ここでは、従業員への株式譲渡で注意すべき問題点について説明します。
従業員が優秀であっても、経営者として適格であるとは限らないため、経営者を選ぶことが難しい場合があります。後継者にふさわしい人物は、同業他社や業界団体との関係性、営業活動、労務問題など幅広いスキルを持っていることが望ましいです。一般の従業員の中から適切な経営者を見つけ出すことは容易ではありません。
借金や担保を継承しないことも、株式譲渡に関する問題点の一つです。中小企業では、経営者自身が企業の借入金について連帯保証を行っていることがあります。そのため、従業員が連帯保証を引き継ぐことをためらうことがあり、事業承継がうまくいかない可能性が考えられます。
事業を継承するためには、自社株式の買い取りに多額の資金が必要となります。しかし、平均的な収入の従業員にとっては、株式の購入が難しいこともあります。これも、株式譲渡における問題点として認識しておく必要があります。
自社株を、従業員へ直接に譲渡する方法で、最も一般的な方法です。多くの持分を後継者となる従業員に譲渡するには、その従業員が出資して作る持株会社(SPC)に譲渡する方法もあります(MBO)。
なお、株式報酬制度やストックオプション制度との併用も考えられますが、多くの持分を譲渡する方法とては採用されません。
従業員持株会を組成し、そこに譲渡する方法もあります。従業員持株会とは、従業員が毎月一定額を出資することで、自社株を取得できる仕組みです。
従業員持株会は、一般に従業員の福利厚生やオーナー経営者の相続対策として組成されるため、持株会の出資者である従業員も多数であることが多く、後継者である特定の1人(または少数)の従業員に社内承継する方法としては採用されません。
報酬として自社株を譲渡する際には、株価の計算が必要です。非上場株式の場合、市場価格が明確でないため、株式評価が必要になります。非上場株式の株価算定方法としては、原則的評価法や配当還元法を用いることが一般的です。従業員に譲渡する自社株の割合が3%程度と低い場合は、株価が低く算定されやすい配当還元法が推奨されています。
株価の算定が完了したら、従業員への株式譲渡を実行します。報酬として株式を譲渡することにより、従業員のモチベーションの向上が期待できます。
従業員持ち株制度のもとで、従業員に株式移転する場合の手順について説明します。
株式譲渡の対象となる従業員の範囲を決定します。例えば、従業員持ち株制度への参加資格を正社員および子会社の従業員に限定することで、正社員以外の参加資格は与えないといった具合に対象者を明確に定めます。株式譲渡の対象者をはっきりさせておくことで、後々のトラブルを回避できるでしょう。
従業員持ち株会の規約を作成し、設立を行います。規約には、以下の項目が含まれるべきです。
• 入会および退会
• 拠出金
• 奨励金
• 株式の購入
• 株式の引出しや名義書換
• 退会時の持分払い戻し
規約の作成が完了したら、従業員向けの説明会を開催し、従業員持ち株会に関する規約を周知させます。説明会と同時に、従業員持ち株会への参加を希望する従業員の募集も行うことが重要です。
企業は、従業員持株会を活用して自社株を譲渡することができます。従業員持株会に加入している従業員は、奨励金や配当金を受け取ることが可能です。奨励金とは、企業が従業員の株購入をサポートするために提供する、一定割合の金額が上乗せされた制度です。
従業員に株式を譲渡する際には、事前に確認しておくべきいくつかの注意点が存在します。本セクションでは、従業員への株式譲渡に関する注意点について、以下のように詳しく述べていきます。
• シナジー(相乗効果)が期待できない
• 譲渡する株数に注意を払うこと
• 勝手な譲渡が行われるリスクがあること
• 退職時の株式の取り扱いについて検討すること
• 配当金が会社経営に影響を与えるリスクがあること
上記の各点を十分に考慮し、適切な判断を下すことが重要です。
従業員への株式譲渡は、事業継承や企業成長、従業員のモチベーション向上などの目的で行われます。しかし、後継者の不足、借金や担保の引き継ぎ、買い取り資金不足などの課題も存在します。また、従業員への株式譲渡の手続きは複雑であり、トラブルを防ぐためには専門家の支援が不可欠です。適切なアドバイスを受けながら、株式譲渡を進めることが望ましいでしょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画