従業員承継の進め方|株式・資金・個人保証の判断ポイント
従業員承継とは、親族以外の役員・従業員に経営と株式を引き継ぐ事業承継です。株式譲渡・贈与・経営権のみの移行、買取資金、事業承継税制、個人保証、親族調整、一般に4〜5年以上かかる進め方を整理し、M&Aによる第三者承継との比較基準まで解説します。
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▶目次ページ:社内承継(社内承継)
従業員承継とは、社内で働く親族以外の役員や従業員を後継者にし、会社の経営を引き継ぐ方法です。親族に適任者がいないときでも、会社をよく知る人へ承継できるため、有力な選択肢になります。
ただし、社長を交代すれば完了するわけではありません。経営判断を担う「人」、議決権を持つ「株式」、借入れに伴う「個人保証や担保」を一体で考える必要があります。ここを分けて進めると、後継者が社長になったのに重要事項を決められない、先代経営者に保証だけが残る、といった問題が起こります。
代表取締役の交代は経営を任せる手続ですが、株式を移さなければ会社の所有者は変わりません。先代経営者が議決権の大半を持ち続ければ、後継者は日常の経営を任されても、取締役の選任や重要な方針について株主の意向に左右されます。
従業員承継では、後継者にどこまで決定権を渡すのかを最初に決めることが重要です。安定した経営には通常、議決権の過半数を確保することが一つの目安となります。定款変更などの重要事項まで後継者が決める必要がある場合は、3分の2以上の議決権を持たせることも検討します。
親族内承継は、株式を相続や贈与で移す場面が多く、親族間の財産調整が中心課題になります。従業員承継は血縁に頼らず、実際の仕事ぶりを見て後継者を選べる反面、株式の買取資金や後継者家族の理解が大きな壁になりやすい方法です。
M&A(合併・買収)による第三者承継では、外部の買い手企業が株式や事業を取得します。従業員承継は社風や人間関係を維持しやすい一方、買い手企業の資金力や経営資源を使えないため、自社内で資金と経営体制を整えなければなりません。
従業員承継の方法は、株式譲渡、株式の贈与、経営権のみの移行の3つに整理できます。どの方法が適切かは、株価、後継者の資金力、先代経営者が受け取りたい金額、親族株主の意向によって変わります。
株式譲渡は、後継者が先代経営者などから自社株式を買い取る方法です。先代経営者は対価を受け取れ、後継者は株主として経営権を持てるため、所有と経営を一致させやすい方法といえます。
一方、非上場株式には市場価格がないため、売買価格を合理的に決める必要があります。価格が著しく低い場合、税務上は時価との差額が贈与と扱われる可能性もあります。
多くの中小企業では株式に譲渡制限が付いています。その場合は、定款で定めた取締役会や株主総会などの承認を受け、株式譲渡契約を締結し、株主名簿を書き換える手続が必要です。
後継者が給与や役員報酬から自己資金を蓄える方法があります。承継直前に不自然に報酬を増やすのではなく、役割と会社業績に見合う範囲で中長期に準備することが大切です。
不足分については、民間金融機関の融資や日本政策金融公庫の事業承継に関する融資制度などを検討できます。ただし、制度があることと実際に融資を受けられることは別です。会社の返済力、後継者の経験、承継後の事業計画などが審査されます。
EBOなどの仕組みを使う場合
従業員が中心となって株式を取得する方法は、EBOと呼ばれることがあります。後継者が設立した会社を通じて株式を取得し、承継後の事業収益から借入金を返済する設計も考えられます。
ただし、安定した利益と資金繰りが前提です。借入れを増やし過ぎると、承継直後から設備投資や人材採用に使える資金が不足します。株式を取得できるかだけでなく、取得後に返済を続けられるかまで確認しなければなりません。
株式を無償で渡せば、後継者の買取資金は不要です。ただし、後継者には原則として贈与税の問題が生じます。
法人版事業承継税制により、一定の要件を満たす非上場株式の贈与税について、納税猶予を受けられる可能性があります。単純に税金がかからなくなる制度ではなく、認定、申告、継続的な届出などが必要です。要件を満たさなくなると、猶予されていた税金の納付が必要になる場合もあります。
親族以外へ株式を無償で渡すことについて、先代経営者の配偶者や子が納得できないケースもあります。「なぜ家族ではない人へ会社を渡すのか」と反対されることも珍しくありません。税額だけで決めず、相続財産とのバランスや親族株主の意向まで整理する必要があります。
先代経営者が株式を持ったまま、後継者を代表取締役にする方法です。資金調達を待たずに経営経験を積ませられるため、移行期間の方法としては使いやすい面があります。
ただし、株主である先代経営者と社長である後継者の意見が対立すると、経営が止まりかねません。後継者が大きな投資や人事を決めても、株主である先代経営者が反対すれば、実行できないことがあります。
経営権だけの移行を長期間続けるのではなく、株式をいつ、何株、どの方法で移すかまで計画に入れておくことが重要です。
後継者だけで全株式を取得できないとき、役員や従業員、従業員持株会などに一部を保有してもらう方法もあります。
ただし、退職者が株式を持ち続けると、将来の株主対応が複雑になります。所在が分からない株主が増えたり、株式の売却価格を巡って争いになったりする可能性もあります。退職時の売却、評価方法、議決権の扱いを規約や契約で明確にしておきます。
「長く働いているから」という理由だけで後継者を決めると、承継後に判断が止まることがあります。従業員として優秀であることと、経営者として会社全体を背負えることは同じではありません。
従業員承継が向くかどうかは、候補者の能力だけでなく、資金、株主、金融機関との関係を含めて判断します。
候補者が経営への意思を持ち、従業員や取引先から信頼されている会社は、従業員承継に向いています。加えて、株式取得資金を返済できる利益と現金収支があること、親族株主の合意を得られること、金融機関との関係を引き継げることも重要です。
反対に、候補者が責任を負うことに迷っている、株価が高過ぎる、借入金や保証の整理が難しい、社内に複数の派閥がある場合は、承継方法を急いで決めない方が安全です。
後継者は業務の流れ、顧客の事情、従業員の強みをすでに理解しています。外部から経営者を迎える場合に比べ、引継ぎ期間を使って細かな判断基準まで共有しやすく、経営理念や社風も維持しやすい点がメリットです。
取引先から見ても、以前から知っている役員や従業員が社長になれば、会社の方針が急に変わる不安を抑えやすくなります。
日頃から仕事ぶりを見られている人が後継者になるため、周囲から信頼されていれば、社長交代後の不安を抑えやすくなります。主要取引先や金融機関へ早めに同行し、先代経営者から後継者へ関係を移すことで、経営移行も円滑になります。
ただし、全員が納得するとは限りません。同僚や部下だった人が社長になることに、違和感を持つ従業員もいます。先代経営者が選定理由を説明し、新社長を支える体制をつくる必要があります。
従業員から経営者になる道を示すことは、将来の幹部候補にとって大きな刺激になります。努力や成果が将来の経営参加につながると分かれば、従業員の成長意欲を高める効果も期待できます。
一方、選ばれなかった役員や従業員に不満が残ることもあります。選定理由、支援体制、承継後の役割を説明し、社内の納得感をつくることが大切です。
現場で成果を出していても、資金繰り、採用、投資、撤退などの経営判断に慣れているとは限りません。先代経営者との関係が良いほど、厳しい評価を避けてしまうことがあります。
候補者には部門横断の責任を与え、数字と人の両面から判断する経験を積ませます。資金繰り表や経営計画を作らせ、実績との差を検証することも有効です。
従業員承継では、候補者が決まった後に資金や保証の問題が分かり、計画が止まることがあります。意外と多い落とし穴です。候補者への正式な打診前から、次の4点を確認します。
業歴が長く利益を蓄積した会社では、株価が数千万円から数億円になることがあります。従業員個人が全額を用意するのは難しく、自己資金、融資、分割取得などを組み合わせる必要があります。
役員退職金の支給や不要資産の整理により、結果として株価が下がる場合もあります。ただし、税負担を下げることだけを目的に進めるのは危険です。退職金の金額、会社の資金繰り、譲渡後の投資余力まで含めて判断します。
後継者の役員報酬を増やし、時間をかけて資金を蓄えてもらう方法もあります。この場合も、職務や会社業績に見合う金額にする必要があります。
後継者が社長になったからといって、先代経営者の個人保証が自動的に移るわけではありません。金融機関が会社の財務内容や後継者の経営能力を確認し、保証の解除、新たな保証、一定期間の併存などを判断します。
事業承継時には、前経営者と後継者の双方から二重に保証を求めないことが原則とされています。また、後継者へ保証を求めるかどうかも慎重に判断する考え方が示されています。
ただし、保証が必ず解除されるわけではありません。会社と経営者個人の資産や経理を分け、財務内容を改善し、金融機関へ正確な情報を開示することが重要です。承継直前ではなく、早期に金融機関と協議します。
先代経営者以外にも親族や元役員が株式を持っていると、必要な議決権を集められないことがあります。特に贈与では、「なぜ親族ではない人へ無償で渡すのか」という反発が起こりやすいものです。
株主名簿を確認し、誰が何株持っているか、連絡が取れるか、売却の意思があるかを早めに整理します。株式の集約を急ぐと価格や条件で対立するため、承継計画と並行して合意形成を進めます。
親族に株式以外の財産を残すなど、相続全体で公平感をつくる方法もあります。従業員承継だけを切り離さず、先代経営者の相続対策と一緒に考えることが大切です。
後継者は給与を受け取る立場から、雇用、資金繰り、取引先への責任を負う立場へ変わります。個人保証や株式取得の借入れがあれば、家族の生活にも影響します。本人が前向きでも、家族の反対で止まるケースは珍しくありません。
候補者へは肩書だけでなく、取得資金、保証、報酬、先代経営者の関与期間まで具体的に説明します。早い段階で家族にも理解を得ることが、承継後の安定につながります。
会社全体の株式取得が難しいときは、事業譲渡や会社分割により、必要な事業だけを後継者側へ移す方法もあります。資金負担を抑えられる一方、契約の引継ぎ、許認可、従業員の転籍、税金などの確認が必要です。
株式譲渡より手続が増えるため、承継する事業と旧会社に残す資産・負債を明確にします。取引先との契約を結び直す必要がある場合もあるため、実行前の確認が欠かせません。
従業員承継は短期間では進めにくい方法です。後継者育成や株式の移転には、一般に少なくとも4〜5年程度を見込み、状況によっては10年以上かかることもあります。
株価が高い、個人保証が多い、候補者が経営経験を積んでいない場合は、特に長い準備期間が必要です。年数だけを決めるのではなく、準備初期、育成・調整期、実行期に分けて進めます。
決算書だけでなく、月次の資金繰り、借入金、個人保証、担保、株主構成、主要契約、許認可を整理します。先代経営者個人の不動産を会社が使っている場合は、承継後も使えるのか、賃料や売買をどうするのかも確認します。
同時に、株式の概算価値と後継者が準備できる資金を比べます。この段階で差額が大きければ、融資、段階取得、贈与、一部事業の承継、第三者承継まで選択肢を広げます。
事業承継計画には、株式移転だけでなく、後継者育成、金融機関との協議、取引先への説明、先代経営者の退任時期も盛り込みます。
候補者に経営を継ぐ意思があるかを確認し、本人の家族にも負担を説明します。経営者候補には、営業や製造など一部門だけでなく、財務、人事、投資判断に関わる役割を与えます。
小さな失敗を経験できる期間も必要です。先代経営者がすべての判断を覆してしまうと育成にならないため、権限の範囲を決めて任せます。
資金繰り表や中期経営計画を作らせ、毎月の実績との差を確認させると、数字に基づく経営判断を身に付けやすくなります。
後継者を役員や責任者にし、経営会議、金融機関との面談、主要取引先との交渉に参加させます。経営理念を伝えるだけでなく、値上げ、採用、設備投資、撤退の判断を一緒に行うことが重要です。
社内には候補者を選んだ理由と支援体制を説明します。突然の発表では、選ばれなかった幹部が離職することもあります。段階的に役割を変え、周囲が新体制を受け入れる時間をつくります。
金融機関には、後継者の経歴、承継後の事業計画、保証や担保の見直し希望を早めに伝えます。取引先にも後継者を紹介し、先代経営者と一緒に訪問することで信頼関係を引き継ぎます。
株式譲渡、贈与、経営権のみの移行から方法を決め、資金調達、税務申告、会社法上の承認、代表者変更の登記などを進めます。
事業承継税制を使う場合は、計画提出や認定の期限、承継後の継続要件まで確認します。株式譲渡の場合は、売買価格、支払時期、分割払いの条件などを契約書に定めます。
承継後も一定期間は先代経営者が相談役として残る方法があります。ただし、取引先や従業員が何でも先代へ相談すると、新社長の権限が定着しません。相談範囲と退任時期をあらかじめ決めておきます。
従業員承継を検討するとき、第三者承継を「失敗した場合の予備案」にしないことが大切です。準備に長い時間をかけた後で候補者が辞退すると、会社売却の条件まで悪化する可能性があります。
従業員承継とM&Aによる第三者承継を早い段階から並べて検討すれば、候補者、株主、金融機関との協議が進まなかった場合にも、次の選択へ移りやすくなります。
候補者の意思と能力が明確で、株式取得資金の見通しが立ち、親族株主や金融機関の理解も得られる場合は、従業員承継を優先しやすいでしょう。会社の独立性、社風、取引関係を保つことを重視する経営者にも合います。
後継者が長年にわたり社内外の信頼を得ており、承継後の経営計画を自分の言葉で説明できることも重要です。
適任者がいない、候補者が保証や借入れを負えない、株式取得資金を返済できない場合は、M&Aによる第三者承継を早めに比較します。買い手企業の資金力、人材、販売網を活用できれば、雇用や事業を残しながら成長を目指せる可能性があります。
また、従業員承継では、先代経営者が希望する譲渡対価を受け取れないことがあります。経営者の引退後資金、親族への財産分配、会社の成長投資まで含めると、第三者承継の方が全体として合理的なケースもあります。
従業員承継と第三者承継は、どちらが優れているかではなく、自社の人材、株価、借入れ、保証、株主構成に合うかで判断します。候補者がいる段階から両案を比べることで、時間切れによる廃業を避けやすくなります。
従業員承継は、社風や取引関係を保ちやすい一方、後継者選びだけでは成立しません。株式の渡し方、買取資金、個人保証、親族株主の合意を同時に整理し、一般に4〜5年以上かけて育成と権限移行を進めます。自社内で条件を整えにくい場合は第三者承継も早期に比較し、雇用、手取り、会社の成長を含めて判断することが重要です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人