株式譲渡の際の価格決定方法や注意点を解説します。税務上の時価とM&A時の株価の違い、評価アプローチ、具体的な算定手法、価格を高める戦略など、重要ポイントを押さえて株式譲渡を成功させましょう。
目次
▶目次ページ:企業価値評価(価値評価の概要)
株式譲渡とは、企業のオーナーシップを移転させる重要な取引手法の一つです。具体的には、対象企業(売り手)の株主が保有する株式を買い手(買い手)に売却することで、経営権を移動させる方法です。
この取引において、売主は株式譲渡の対価として現金を受け取り、一方で買い手は対象会社の株式を取得します。株式譲渡は、M&A(合併・買収)の手法の中でも最も一般的で広く利用されている方法と言えます。
株式譲渡の特徴として、以下の点が挙げられます。
1. 法的実体の継続性:対象会社の法人格は変更されず、継続します。
2. 契約関係の維持:既存の取引先との契約関係は原則として維持されます。
3. 従業員の雇用継続:従業員の雇用関係も基本的に継続されます。
4. 資産・負債の一括移転:対象会社の全ての資産と負債が一括で移転します。
株式譲渡は、事業承継や企業の成長戦略の一環として活用されることが多く、適切に実施することで両者にとってメリットのある取引となります。
株式譲渡を行う際の価格設定は、取引の成否を左右する重要な要素です。しかし、非上場株式の場合、その価格決定には様々な要因が影響し、一律の基準を適用することは困難です。
同族内、つまり親族間やグループ会社間での非上場株式譲渡の場合、一般的に税務上の株価が採用されることが多いです。これは、売り手と買い手の関係性に応じて、以下のような税法上の株価が使用されるためです。
1. 法人税法上の株価
2. 所得税法上の株価
3. 相続税法上の株価
これらの税務上の株価は、必ずしも真の市場価値を反映しているとは限りませんが、税務当局からの指摘を避けるために実務上採用されることが多いです。
税法ルール(国税庁方式とも呼ばれます)は、課税の公平性を重視して設計されています。この方式の特徴は、誰が計算しても概ね同じ結果が得られるよう、統一された計算方法が採用されている点です。
非上場株式に対してこのようなルールが必要とされる背景には、以下のような特性があります。
• 客観的な市場価格が存在しない
• 売買が行われても、特定の関係者間での取引や特殊な事情による場合が多い
• 関係者間で恣意的な株価設定が可能
これらの理由から、税務当局としては、関係者間で設定された株価をそのまま税務上の時価として受け入れることは困難であり、統一的な評価方法が必要となるのです。
取引先や大手企業グループとの株式譲渡など、第三者間での取引の場合、税務ルールによる制約は基本的にありません。つまり、取引相手との協議によって決定された価格が適正時価とみなされ、原則として税務当局から指摘を受けることはありません。
ただし、実際の取引では、一定の株式評価理論に基づいて算定した妥当な株価を交渉の基準として用いることが一般的です。これには以下のようなメリットがあります。
1. 交渉の効率化:理論的根拠のある株価を基準とすることで、交渉が迷走するリスクを低減できます。
2. 公正性の担保:売り手は高く売りたい、買い手は安く買いたいという利害の対立がある中で、理論的な株価を基準
とすることで、双方にとって公平な取引が可能になります。
3. 不利益の回避:理論的な株価を参考にすることで、安く売りすぎたり高く買いすぎたりするリスクを軽減できま
す。
株式譲渡における価値算定では、主に3つの評価アプローチが用いられます。それぞれのアプローチは異なる観点から企業価値を捉えるため、状況に応じて適切な方法を選択することが重要です。
コストアプローチは、対象企業の純資産額を基準として株式譲渡価格を算出する方法です。このアプローチは、以下のような特徴を持ちます。
• 別名:ネットアセット・アプローチ
• 算出方法:貸借対照表上の資産と負債から純資産を計算
• メリット:比較的シンプルでわかりやすい
• デメリット:会社の将来の成長や収益性を考慮していない
コストアプローチは、特に資産価値が重要視される業界や、収益性よりも保有資産の価値が重要な企業の評価に適しています。
マーケットアプローチは、対象企業と同業他社の株式価値を比較して株式譲渡価格を決定する方法です。主な特徴は以下の通りです。
• 算出方法:同業他社の株価や取引事例を参考に自社の株価を算定
• メリット:市場動向や競争状況を反映した価格で株式譲渡が可能
• 適用場面:類似企業の情報が豊富に入手可能な場合
このアプローチは、特に上場企業との比較が可能な業界や、M&A取引が活発な分野での評価に有効です。
インカムアプローチは、対象企業の将来の利益予想やキャッシュフローの予測を基に株式譲渡価格を算定する方法です。主な特徴として以下が挙げられます。
• 算出方法:将来のキャッシュフローや利益を予測し、現在価値に割引いて算出
• メリット:将来のビジネス展望を考慮できる
• 適用場面:成長が期待される企業の株式評価
このアプローチは、特にIT企業やスタートアップなど、将来の成長性が高く評価される業界での株式評価に適しています。
株式譲渡における価格の算定には、様々な手法が存在します。ここでは、主要な算定手法について詳しく解説します。
時価純資産法は、企業の全資産と負債を時価で再評価し、純資産額を算出する方法です。一方、修正簿価純資産法は、時価算定が容易で含み損益が大きい項目のみを時価修正します。
特徴:
• 時価純資産法:企業の現在の市場価値を正確に反映
• 修正簿価純資産法:時価変動の影響を抑えつつ、より正確な価値を反映
これらの方法は、特に不動産や有価証券などの資産を多く保有する企業の評価に適しています。
純資産+のれん法は、時価純資産額とのれん代(営業権)の合計で株価を算出します。のれん代は、譲渡価格から時価純資産額を差し引いた金額で、企業の市場での独自価値を表します。
特徴:
• 企業の財務状況だけでなく、ブランド価値や顧客基盤も考慮
• 無形資産の価値を含めた総合的な企業価値評価が可能
この方法は、ブランド力や技術力が企業価値の重要な部分を占める業界での評価に適しています。
簿価純資産法は、財務諸表上の帳簿価値(簿価)をもとに純資産額を算出する方法です。
特徴:
• 計算が容易で客観性が高い
• 含み益・含み損を反映していないため、実際の市場価値と乖離する可能性がある
この方法は、簡易的な評価や、資産の時価と簿価の差が小さい企業の評価に適しています。
類似業種比準法は、対象企業と同一業種・同一規模の会社を比較し、その株価や財務情報をもとに評価額を算出する方法です。
特徴:
• 市場における同業他社の動向や評価を参考にできる
• 「類似業種比準価額計算上の業種目及び業種目別株価等」に基づく客観性
この方法は、同業他社の情報が豊富に入手可能な業界での評価に適しています。
DCF法(Discounted Cash Flow)は、企業が将来生み出すキャッシュフローを予測し、その合計額を現在価値に割り引いて企業価値を算定する方法です。
特徴:
• 将来の成長性や収益性を反映できる
• 株式譲渡によるシナジー効果も企業価値に反映可能
• 精度の高い予測と適切な割引率の設定が重要
この方法は、特に成長企業や、将来の収益性向上が期待される企業の評価に適しています。
配当割引モデルは、将来支払われる配当の現在価値の合計を株価の理論値とする方法です。
特徴:
• 過去の客観的指標によって評価額を算出可能
• 配当金額と資本金のみで算出するため、一部の側面しか評価できない
この方法は、安定的な配当政策を持つ成熟企業の評価に適しています。
株式譲渡価格を決定する際には、いくつかの重要な留意点があります。ここでは、時価、低額譲渡、高額譲渡のそれぞれのケースにおける注意事項を解説します。
時価で株式を譲渡する場合でも、課税の対象となることに注意が必要です。主な留意点は以下の通りです。
1. 課税対象:
o 個人から個人への譲渡:所得税が課税されます。
o 個人から法人への譲渡:法人税が課税されます。
o 課税されるのは売り手のみです。
2. 適切な価格設定:
o 事前に税法や会計基準を十分に調査することが重要です。
o 株式譲渡に関する契約や条件を慎重に検討し、合意可能な価格を決定する必要があります。
3. 時価の根拠:
o 採用した時価の算定方法とその根拠を明確にしておくことが重要です。
o 必要に応じて、第三者機関による株価算定書を取得することも検討しましょう。
4. 譲渡益の計算:
o 譲渡価額から取得価額と譲渡費用を差し引いた金額が譲渡益となります。
o 取得価額の算定方法や譲渡費用の範囲について、事前に確認しておくことが大切です。
低額譲渡とは、株式を適正な時価よりも低い価格で譲渡することを指します。この場合、以下の点に注意が必要です。
1. みなし譲渡利益:
o 売り手には、時価と譲渡価額の差額が「みなし譲渡利益」として課税される可能性があります。
2. 受贈益課税:
o 買い手には、時価と譲渡価額の差額が「受贈益」として課税される可能性があります。
3. 適正な時価の証明:
o 低額譲渡を行う場合、その理由と適正な時価の算定根拠を明確にしておく必要があります。
4. 事業承継税制の活用:
o 事業承継を目的とした低額譲渡の場合、事業承継税制の適用を検討することで、税負担を軽減できる可能性があり
ます。
5. 株主間の公平性:
o 複数の株主が存在する場合、特定の株主のみに低額譲渡を行うと、株主間の公平性が問題となる可能性がありま
す。
高額譲渡とは、株式をその時価よりも高い価格で譲渡することを指します。この場合、以下の点に留意する必要があります。
1. 売り手の課税:
o 個人または法人の売り手には、時価で株式譲渡した分と、時価を超える価格で株式譲渡した分の両方が課税対象と
なります。
2. 買い手のリスク:
o 買い手にとっては、高額での取得が将来の減損リスクにつながる可能性があります。
3. 高額譲渡の背景説明:
o 高額譲渡が行われる背景や理由を十分に説明し、関係者とのコミュニケーションを密にすることが重要です。
4. シナジー効果の考慮:
o M&Aなどの場合、シナジー効果を含めた将来の期待収益が高額譲渡の根拠となることがあります。この場合、その
根拠を明確に示すことが重要です。
5. 税務リスクの検討:
o 特に関連当事者間での高額譲渡の場合、税務当局から贈与税や寄附金課税などの観点で指摘を受ける可能性があり
ます。
株式譲渡において、より高い価格を実現するためには、戦略的なアプローチが必要です。ここでは、価格を上げるための効果的な方法について解説します。
自社の価値を正確に理解し、高く評価してくれる相手先を見つけることが重要です。以下の点に注意して譲渡先を選定しましょう。
1. 業界知識の豊富な買い手:
o 自社の事業領域に精通している買い手は、その価値をより正確に評価できる可能性が高いです。
2. シナジー効果が期待できる企業:
o 自社との統合によって大きなシナジーが見込める企業は、より高い価格を提示する可能性があります。
3. 戦略的投資家:
o 単なる財務的リターンだけでなく、長期的な戦略的価値を見出す投資家を探すことで、より高い評価を得られる可
能性があります。
4. 複数の候補者との交渉:
o 複数の潜在的な買い手と並行して交渉することで、競争原理を働かせ、より有利な条件を引き出せる可能性があり
ます。
自社の価値を最大限に引き出すためには、適切な情報開示が不可欠です。以下の点に注意して情報を提供しましょう。
1. 財務情報の透明性:
o 正確で詳細な財務情報を提供することで、買い手の信頼を得ることができます。
2. 成長戦略の明確化:
o 将来の成長計画や市場でのポジショニング戦略を明確に示すことで、企業価値の向上可能性をアピールできます。
3. 独自の強みの強調:
o 技術力、顧客基盤、ブランド力など、自社の独自の強みを具体的に示すことが重要です。
4. リスク情報の適切な開示:
o 潜在的なリスクを隠さず適切に開示することで、信頼性を高めることができます。
5. デューデリジェンス対応の準備:
o 買い手側のデューデリジェンスに備えて、必要な情報を整理し、迅速に対応できる体制を整えておくことが重要で
す。
複数の譲渡先候補を競争させることで、より高い価格を引き出す可能性があります。以下の点に注意して価格競争を活用しましょう。
1. 競争環境の創出:
o 複数の潜在的な買い手に同時にアプローチし、競争意識を高めます。
2. 情報の公平な提供:
o 全ての候補者に同じレベルの情報を提供し、公平な競争環境を整えます。
3. 交渉のタイミング管理:
o 各候補者との交渉の進捗を適切に管理し、競争を維持します。
4. 最終候補者との集中交渉:
o 最終段階では、最も有力な候補者との交渉に集中し、条件の詰めを行います。
5. 秘密保持の徹底:
o 交渉過程での情報漏洩を防ぐため、厳密な秘密保持契約を結びます。
これらの戦略を適切に組み合わせることで、株式譲渡価格を最大化する可能性が高まります。ただし、過度な価格競争は取引自体の成立を危うくする可能性もあるため、バランスの取れたアプローチが重要です。
株式譲渡における価格決定は、企業価値評価の複雑なプロセスを経て行われます。適切な評価手法の選択、税務上の考慮事項の理解、そして戦略的なアプローチの採用が、成功裏の株式譲渡を実現する鍵となります。専門家のアドバイスを受けながら、自社の特性に合った最適な方法を選択することが重要です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事