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企業価値・事業価値・株式価値の基礎から要点を総まとめ

企業価値・事業価値・株式価値の違いをご存じですか?この記事では、それぞれの定義と関係、評価方法をやさしく解説し、M&Aで高く売るために押さえるべきポイントをまとめました。

目次

  1. 企業価値・事業価値・株式価値を正しく把握する意義
  2. 企業価値・事業価値・株式価値の英語表記と用語理解
  3. 三つの価値の関係性を式で整理する
  4. 企業価値と事業価値を測る三つのアプローチ
  5. 企業価値を高める三つの実践的戦略
  6. 価値評価プロセスを成功させる実務上の留意事項
  7. 貸借対照表で確認する企業価値算定の基本
  8. EV事業価値が示す買収正味金額の理解
  9. 株式価値算定を円滑に進める実務手順
  10. 企業価値向上施策の具体的チェックリスト
  11. よくある質問と誤解解消ポイント
  12. 事業譲渡株式譲渡と価値評価の実務比較
  13. まとめ

企業価値・事業価値・株式価値を正しく把握する意義

企業を譲渡したいと考えるオーナー経営者にとって、まず知っておくべきなのが「自社はいくらで評価されるのか」という点です。そこで登場するのが企業価値・事業価値・株式価値の三つの概念です。名前が似ているため混同しがちですが、意味合いが異なるため理解不足のまま交渉に入ると希望価格と提示価格の差に戸惑う恐れがあります。特にM&A取引では売手と譲受企業が共通の認識を持つことが重要で、算定根拠を示し合いながら落とし所を探るプロセスが不可欠です。ここではまず、それぞれの定義を確認し関係性を整理します。

企業価値は会社全体の価値を示す総合指標

企業価値は、会社が持つ資産と将来生み出す事業の稼ぐ力を合計した「企業全体の値札」です。バランスシートで言えば資産と負債の両方、さらには貸借対照表に載らない営業権なども含めた包括的な指標となります。企業価値は事業価値に非事業資産を足した金額と整理されており、参考文献でも貸借対照表から全体像をつかめることが説明されています。つまり資産側に余剰キャッシュや遊休不動産があれば、事業価値に上乗せされる点が重要です。また、企業価値はしばしば株式価値と同一視されますが、株主に帰属する部分だけを取り出したものが株式価値であり、両者は同じではありません。

事業価値は将来生み出すフリーキャッシュフローの現在価値

事業価値は、会社の本業がこれから創出すると見込まれるフリーキャッシュフローを現在価値に割り引いた合計です。原文では純資産、超過収益力(のれん)、無形資産、知的財産価値などが含まれると整理されています。ポイントは本業に関係しない資産を含めないことです。たとえば長期間使っていない倉庫、預金として寝かせている余剰資金、投資用有価証券などは非事業用資産として除外されます。M&Aのスキームで事業譲渡を選ぶ場合は、この事業価値が交渉の出発点になります。事業価値を把握することで、本体の収益性に焦点を当てた議論が可能になり、買い手としてはシナジー効果を検討する際の土台となります。

株式価値は株主に帰属する取り分で時価総額に相当

株式価値は、企業価値から純有利子負債を差し引いた残りで、株主に帰属する部分を示します。上場会社であれば株価×発行済株式数、すなわち時価総額として一目で確認できますが、非上場会社の場合は簡単には算出できません。株式譲渡における交渉のベースになると説明され、参考でも譲受企業との交渉では株式価値が最も重視されると解説されています。逆に言えば、借入金が多ければ純有利子負債が増えるため株式価値は圧縮されることになり、株主にとっては手取りが減少します。M&Aで高値を目指すなら、まず財務の健全化を図り株式価値の最大化を目指す必要があります。

企業価値を取り巻く非事業用資産の具体例

余剰キャッシュ、遊休不動産、保険積立金などが挙げられています。ここで改めて「非事業用資産」とは何かを整理します。日常的に本業で使用しない車両や社宅、長期保有目的の株式などが該当する場合もあります。これらは事業の稼ぐ力に直接寄与せず、むしろ維持管理コストが発生します。事業価値を測る際には切り分けて評価することで、買い手側にとっても不要資産を引き受けずに済み、スキーム設計の自由度が高まります。

株式価値と純資産のズレに注意する

「株式価値は純資産にほぼ一致する」という説明が原文・参考ともに存在しますが、完全に一致しないケースがあります。たとえば非支配株主持分や新株予約権が発行されている場合、それらは株式価値から除外されます。この微妙な差を見落とすと、譲渡価格の前提がずれてしまうため注意が必要です。買収後に潜在株式が行使されると、持株比率が希薄化するリスクもあるため、事前に把握しましょう。

企業価値・事業価値・株式価値の英語表記と用語理解

先に三つの概念を把握したら、次は実務で頻繁に使われる略語に慣れましょう。交渉資料や財務モデルでは英語表記が当たり前のように登場します。英語はそれぞれ次の通りです。

  • 企業価値  EV(Enterprise Value または Corporate Value)
  • 事業価値  EV(Enterprise Value または Business Enterprise Value)
  • 株式価値  EQV(Equity Value または Shareholder Value)


ここで注意したいのが「EV」の取り扱いです。本来EVは事業価値を指しますが、慣例として企業価値と同じ意味で用いられるケースがあります。資料を読むときは、EVの計算式やコンテクストを確認し、どちらを指しているのか判断する習慣をつけましょう。

なぜEVが二つの意味を持つのか

EVの式を分解して理解する重要性が強調されています。事業価値を測る場面では「株式価値+債権者価値−現金等価物」という形で現金を控除する理由が示されています。つまり事業価値は実質的な取得コストを示す概念で、買収側が用立てる正味資金を示します。一方で企業価値としてEVを使う場合は、現金まで含めて企業全体を捉えるため、同じEVでも対象となる項目が違うのです。

バリュエーションという言葉に慣れる

価値を算定する行為はバリュエーションと呼ばれます。M&Aの現場では「バリュエーションモデルを組む」「バリュエーションをアップデートする」といった表現が日常的に使われます。この記事では難しい数式は扱いませんが、バリュエーションという言葉を聞いたときに「ああ、価値評価のことだな」と直感的に理解できれば交渉のスピードは大きく変わります。

英語表記を覚えるメリット

  • 国際的なドキュメントに即応できる
  • 投資家との会話をスムーズに進められる
  • 資料の翻訳コストを減らせる

特にクロスボーダーM&Aでは現地アドバイザーも英語を用いるため、EVとEQVの違いを日本語で説明し直す時間が短縮されるだけでも大きな価値があります。覚える負荷は小さいので、早めに習得しておきましょう。

EVを読み解くときのチェックポイント

  • 計算式に含まれる現金及び現金同等物の範囲を確認する
  • 未払法人税や退職給付引当金などをどこに含めているかを確認する
  • 割引率やキャッシュフロー期間が事業価値の算定と整合しているかを確認する

「文脈に応じて判断する必要がある」と簡潔に述べていますが、実務ではチェックリストを用意しておくと誤解を避けられます。買い手と売り手でEVの定義がすれ違うと、わずか数パーセントの差が数億円単位に膨らむこともあるため要注意です。

三つの価値の関係性を式で整理する

定義と用語を押さえたら、次は三つの価値がどのように数式で結び付くのかを確認します。代表的な式は下記の通りです。


事業価値 = 企業価値 − 非事業用資産

株式価値 = 企業価値 − 純有利子負債

純有利子負債 = 有利子負債 − (余剰キャッシュ + 短期売買有価証券 (時価))


ここで思い描いていただきたいのが貸借対照表のイメージです。左側は資産、右側は負債と純資産という構造でした。企業価値を算出するときは、プラス要素だけでなくマイナス要素も合わせて評価しないと実態を見誤ります。上記の式はシンプルに見えますが、実務では有利子負債の定義一つを取っても議論になるほど奥深いテーマです。


企業価値・事業価値・株式価値の関係

事業価値を切り分ける意義

企業価値の中から非事業用資産を取り除くとなぜ便利なのでしょうか。答えは、事業そのものの収益力を純粋に測定できるからです。たとえば工場が遊休状態であれば、その不動産はキャッシュフロー創出に貢献していません。あえて事業価値から外すことで、事業譲渡の際の価格交渉が透明になり、不要資産を引き継がないスキームを検討できます。

株式価値を伸ばすカギは純有利子負債のコントロール

株式価値を高めたいなら、純有利子負債を圧縮するのが近道です。参考資料ではネットデットという用語も紹介されており、純有利子負債と同義で使われます。現預金を積み上げつつ借入金を返済すれば、純有利子負債は減少し、同じ企業価値でも株式価値が増加します。これは売却益を狙う株主にとって直接的なメリットです。

式だけで判断しない姿勢が重要

式を暗記するだけでは不十分です。数字の裏にある業務プロセス、組織文化、将来計画を読み解き、なぜその数値になっているのかを議論できるようになることが、真に価値を理解するということです。金融機関や専門家に算定を依頼する場面でも、オーナー自身が大枠を理解していればコミュニケーションコストが削減でき、誤解や行き違いを防げます。

数式と貸借対照表を結び付けて理解するコツ

たとえば企業価値が10億円、純有利子負債が3億円であれば株式価値は7億円です。このとき、3億円の負債を半年で返済できる見通しがつけば「株式価値が近い将来10億円に近づく可能性がある」と説明できます。買い手は純有利子負債を引き受ける覚悟が必要になるため、負債水準が交渉価格を直接左右します。

純有利子負債を算出する際の典型的な論点

  • リース債務を有利子負債に含めるか
  • 特定目的会社を使ったオフバランス取引をどう扱うか
  • 銀行預金のうち、保全目的で拘束されている部分を余剰キャッシュに含めるか


細かい点まで踏み込んでいませんが、実務ではこれらの論点が議論になります。いずれも「企業価値を正しく映すにはどうするか」という原則に立ち返って判断することが重要です。

企業価値と事業価値を測る三つのアプローチ

価値評価にはコストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチの三つがあるとされています。本記事でもその順番に沿って概観します。

コストアプローチは純資産に注目する方法

コストアプローチは、貸借対照表の資産と負債を時価ベースで再評価し、純資産額を算定する方法です。簿価純資産法と時価純資産法が挙げられ、算出根拠の明確さがメリットに位置付けられています。一方で、収益力や将来性を反映しづらい点がデメリットです。たとえば設備投資をしたばかりで減価償却が進んでいない場合、簿価純資産法では簿価が膨らみ企業価値が高く見えますが、稼働率が低ければ数字と実態が乖離する恐れがあります。

マーケットアプローチは類似企業との比較で客観性を担保

マーケットアプローチでは、同業で上場している会社の株価倍率を指標として用います。類似企業比較法や類似業種比較法とされ、マルチプル法と呼ばれることもあります。市場における実際の取引価格を基礎とするため、客観性が高いのが強みです。ただし、未上場企業やニッチな事業領域の場合、適切な比較対象が見つからないという弱点があります。それでも複数の類似企業をピックアップし、平均倍率を使ってざっくりと水準感を把握できるだけでも、交渉に入る前の指針になります。

インカムアプローチは将来キャッシュフローを現在価値に割り引く

インカムアプローチは、将来期待される利益やキャッシュフローを一定の割引率で現在価値に換算して企業価値を求める方法です。代表例はDCF法です。DCF法では、事業計画で見込むフリーキャッシュフローを期間ごとに算出し、加重平均資本コストで現在価値に割り引きます。そのうえで、最終年度の継続価値をターミナルバリューとして計算し合算します。シナジー効果や成長性を織り込める一方で、事業計画の前提が大きく変われば結果も大きく動き、主観的になりやすい点が注意点です。

三つのアプローチを組み合わせる理由

これらを適切に組み合わせることで精度が向上するとされています。たとえばスタートアップの評価ではインカムアプローチが中心になりますが、資産価値の裏付けとしてコストアプローチを併用することがあります。また、マーケットアプローチで算出した倍率がDCF法の結果と大きく乖離している場合は、事業計画か比較企業の選定に問題がないか検証するきっかけになります。このように、複数の見方をクロスチェックすることで、より納得度の高い価格帯を導き出せます。

コストアプローチのメリットと注意点

コストアプローチは「いくらでその資産を再取得できるか」という観点で評価するため、資産構成が安定した老舗企業や製造業に適しています。根拠が財務諸表に明示されるため、説明責任を果たしやすく金融機関からの理解も得やすいでしょう。ただし、研究開発型企業やサービス事業のように無形資産の割合が高い会社では実態を低く評価するリスクがあります。時価純資産法を用いても、将来の超過収益力までは織り込めない点を忘れてはなりません。

マーケットアプローチの活用場面

マーケットアプローチはIPOを目指す企業や、すでに上場準備が進んでいる企業の価値を検討する際に力を発揮します。比較対象が多ければ統計的な信頼性が高まり、複数指標(PER、PBR、EV/EBITDAなど)を横断的に用いることでブレを抑えられます。とはいえ、市場環境が大きく変動している局面では倍率自体が乱高下するため、算定時期の選定が結果を左右します。実務では直近の平均値だけでなく、過去数年のレンジを確認し感度分析を行うのが一般的です。

インカムアプローチを使う際の留意点

インカムアプローチ、とりわけDCF法は前提条件の置き方次第で結果が大きく振れます。割引率に用いるWACCの算定では、資本コストと負債コストの構成比率をどう設定するか議論になることが多いです。また、ターミナルバリューの計算では永続成長率を何パーセントに置くかが感度の高いパラメータとなります。感覚的に決めるのではなく、業界平均や長期インフレ率など客観的な指標を参照しつつ、複数シナリオを用意してブレを把握する姿勢が求められます。

三手法の比較を一目で整理する


  • 計算根拠

 コストアプローチ → 資産と負債の時価

 マーケットアプローチ → 類似企業の市場倍率

 インカムアプローチ → 将来キャッシュフローの現在価値


  • 適用しやすい業種

 コスト → 資産集約型

 マーケット → 上場企業が多い業界

 インカム → 成長企業・サービス業


  • 主なリスク

 コスト → 潜在的な収益力を無視

   マーケット → 市場の過熱・冷え込み

   インカム → 前提条件の置き方による変動


このように三手法には得意・不得意があり、複数手法を並べて比較することで、過大評価や過小評価のリスクを軽減できます。

企業価値を高める三つの実践的戦略

価値を正しく測定したうえで、更に高める取り組みも重要です。原文と参考資料の双方で、収益力向上・投資効率改善・財務健全化の三点が挙げられています。ここではそれぞれを掘り下げ、オーナー経営者が明日から取り組める行動に落とし込みます。

収益力向上はトップライン拡大とコスト削減の両輪

売上を伸ばすには営業力強化が王道です。提携先や販売チャネルを増やす、営業エリアを広げるといった打ち手は原文に示されています。加えて、参考記事にもある「内製と外注の見直し」はコストを直接圧縮するため効果的です。例えば自社で行っていた製造工程の一部を専門業者に委託し、固定費を変動費化すれば損益分岐点が下がり、利益率が向上します。小さな改善でも積み重ねればキャッシュフローが向上し、結果として事業価値が上昇します。

投資効率改善で眠る資産をキャッシュに変える

投資効率の低い資産は、バランスシート上ではマイナス要因です。遊休不動産や不良在庫は持っているだけで保管コストがかかり、事業価値の計算から除外される場合もあります。原文では「未使用の倉庫や不良在庫の見直し」が例示されており、参考記事でも同様に「遊休資産はコストを増やすだけ」と指摘されています。売却や転用によってキャッシュ化することで、資産の回転率を高め、ROI(投下資本利益率)を改善できます。

財務健全化で株式価値を直接押し上げる

借入金を計画的に返済し、純有利子負債を減少させれば株式価値は増します。原文と参考共通のポイントとして、「不要な借入金の返済」が強調されています。単に返済するだけでなく、不要資産の売却で得たキャッシュを借入金返済に充当する二段構えを実施すれば効果は絶大です。財務比率が改善すれば金融機関との関係も良好になり、追加融資や金利交渉が有利になる副次的メリットも期待できます。

三つの戦略は相互に連動する

収益力向上でキャッシュフローが増えれば、借入金返済の原資になります。投資効率改善で不要資産を売却すれば、BSのスリム化とキャッシュ創出が同時に叶います。すべてが連鎖的に動き、最終的に企業価値を底上げするサイクルが回ります。これらは決して一朝一夕で実現するものではありませんが、着実な積み重ねが大きな差を生むことは間違いありません。

収益力向上の具体策チェックリスト

  • 既存顧客へのクロスセル提案を強化する
  • 価格改定の可能性を検討し、値上げ余地を定量的に算出する
  • 営業プロセスを可視化し、成約率を測定するKPIを導入する
  • 原価構造を分解し、購買先の見直しやロットの最適化で支出を削減する


これらを実施する際は、まず現状のデータを正確に把握するところから始めます。参考資料にも「ムダを見つける生産管理の精度向上」が挙げられており、データなしでは改善も測定もできません。

投資効率改善で押さえる指標

  • 固定資産回転率
  • 在庫回転日数
  • ROA(総資産利益率)


遊休資産の整理は、固定資産回転率を向上させる直截的な施策です。さらに、在庫回転日数の短縮はキャッシュコンバージョンサイクルを改善し、資金繰りを安定化させる効果があります。これらの改善はDCF法で用いるフリーキャッシュフローの前提を直接押し上げ、企業価値を底上げします。

財務健全化のロードマップ

  1. 不要資産売却で得た資金を優先的に高利の借入金返済に充当
  2. 借換により金利負担を軽減し、利払費を削減
  3. 収益力向上で生じたキャッシュを繰上返済に回しレバレッジを適正水準へ


「借入金の計画的な返済」がありますが、計画的とは具体的な中期財務計画に落とし込み、年次でPDCAを回すことです。継続的にモニタリングすることで、純有利子負債が減少するペースを可視化し、株式価値へのインパクトを実感できます。

価値向上施策を実行する際の優先順位付け

  1. 定量効果を見積もりROICへのインパクトが大きい施策から着手する
  2. 小規模で短期間に成果が出るクイックウィンを設定し、チームのモチベーションを維持する
  3. 業務フローの見直しなど初期投資が小さい改善でキャッシュを生み、次の大型投資の原資とする


できる部分から取り組むということは、限られた経営資源をどこに振り向けるかという優先順位付けの考え方と一致します。大きな改革を一度に行うより、小さな成功を積み重ねる方が結果として企業価値を引き上げやすいのです。

価値評価プロセスを成功させる実務上の留意事項

ここまでで概念、数式、評価手法、価値向上策を確認してきました。最後に、実際にバリュエーションを進める際に押さえておくべき実務ポイントを整理します。内容を時系列に再編したものです。

目的を明確にして評価範囲を決定する

企業価値の算定目的が株式譲渡なのか、事業譲渡なのかで評価対象が変わります。事業譲渡を選択する場合は事業価値が譲渡価格算出の基礎となります。逆に株式譲渡では株式価値が交渉ベースとなります。評価範囲を誤ると買い手と売り手で議論がかみ合わず、交渉が停滞します。

情報開示レベルを段階的に深める

仲介会社やコンサルタント会社が実務を担う場合が大半であり、秘密保持契約(NDA)を交わした後に詳細資料を開示する流れが暗黙の前提となっています。初期段階で過度な内部情報を開示すると交渉がこじれるリスクがあるため、ティザー資料→IM(インフォメーションメモランダム)→VDR(バーチャルデータルーム)という段階的開示を意識しましょう。

マルチプルとDCFの差異を説明できる準備をする

マーケットアプローチの倍率とDCFの結果に差が出るのは自然なことですが、差の理由を論理的に説明できないと価格交渉で不利になります。主観的になりやすい側面もあり、数字だけではなく前提の違いをドキュメント化することが推奨されます。DCFのターミナル成長率、比較企業の選定基準など、想定質問を洗い出しておきましょう。

第三者評価を活用して客観性を担保する

オーナー経営者自身が算定するとバイアスが入りやすいため、外部の税理士法人や評価機関に依頼することも視野に入れましょう。M&A仲介会社に計算を依頼するのが現実的であり、双方が納得できる形で算出することが不可欠とされています。第三者評価を提示することで交渉のスタート地点が明確になり、金額差だけの議論に陥るのを防げます。

継続的なモニタリングで価値の変動を管理する

バリュエーションは一度きりの作業ではありません。特に交渉期間が長期化すると、最新の業績や市況を織り込むためにアップデートが必要です。テストマーケティングの結果、サプライチェーンの状況、為替変動など、さまざまな要因が価値に影響します。定期的にモデルを更新し、最新の数字を共有することで、交渉をスムーズに維持できます。

情報整理のステップ

  1. 会計帳簿と税務申告書を最新年度までそろえる
  2. 資産と負債の明細を作成し、非事業用資産を区分する
  3. 直近三期分の事業計画と実績を比較しギャップを可視化する
  4. キーマンや主要取引先に関する依存度を整理する


より健全な会社運営を可能にします。先に整理しておくことで、買い手からの質問に即答でき、信頼度が向上します。

専門家選定のポイント

  • 事業承継やM&Aに特化した実績があるか
  • 税務、法務、財務の各分野にワンストップで対応できるか
  • クロスボーダー案件に対応する体制があるか


評価モデルはあくまでも仮説です。売り手と買い手の双方が納得できる形で算出することが最重要であり、数式だけでは信頼を構築できません。相手の視点に立ち、根拠を丁寧に説明する姿勢こそが、円滑なM&Aを実現する鍵となります。

貸借対照表で確認する企業価値算定の基本

会社の価値を知る第一歩は、現在手元にある決算書、特に貸借対照表を丁寧に読み解くことです。貸借対照表を見れば大まかな内容がつかめます。貸借対照表は左側に「資産」、右側に「負債」と「純資産」を配置したバランスシートであり、単純化すると「資産=負債+純資産」という恒等式が成立します。ここで資産は会社が所有するあらゆる経済的リソース、負債は将来的に支払義務のある債務、純資産は資産から負債を控除した残余で株主の取り分に当たります。純資産額は貸借対照表の純資産の部とほぼ一致するため、株主に帰属する価値を考える際の重要な出発点になります。

実務でバリュエーションに着手する際、多くの専門家がまず資産明細と負債明細の精査から始めるのは、貸借対照表を再評価する作業が評価精度の基礎になるからです。固定資産の帳簿価額が時価より高いか低いか、簿外負債が潜んでいないかといった論点は、コストアプローチだけでなくDCFモデルの正確性にも直結します。

資産と負債の中身を仕分ける

「余剰キャッシュ」「遊休不動産」「保険積立金」を非事業用資産として区分すべきとされています。買掛金や未払金は事業価値の一部として扱われ、負債の性質に応じた仕分けが不可欠です。まず資産のうち事業に使わない部分をピックアップし、別明細を作成します。負債側では借入金や社債など有利子負債を抽出し、それ以外の営業債務と分離します。この一次仕分けが終われば、企業価値=事業価値+非事業用資産、株式価値=企業価値−純有利子負債という式に具体的な数字を当てはめられます。

純資産と株式価値のずれを点検

非支配株主持分や新株予約権は株式価値から除外されます。貸借対照表にこれらが計上されていても株主全体に帰属する部分ではないため、株式価値を求める際には控除しなければ正確な値になりません。

実務チェックリスト

貸借対照表の各勘定の時価評価状況を一覧化

リース債務を有利子負債に含める基準を事前に合意

運転資金として拘束される現預金を余剰キャッシュから除外

EV事業価値が示す買収正味金額の理解

EV(Enterprise Value)は本来事業価値を指す言葉ですが、実務では企業価値と同義で使われる場合があります。「EV=株式価値+債権者価値−現金同等物」は、買収側が追加で用意する正味資金を示します。企業が保有する現金は買収後も使えるため、買収資金から控除するのが合理的です。

現金控除の意義

余剰キャッシュは非事業用資産という考え方を踏まえれば、運転資金部分を除いた現金が控除対象になります。

ネットデットを使った説明

「ネットデット=有利子負債−現金同等物」を覚えておくと、EVと株式価値の関係が直感的になります。

株式価値算定を円滑に進める実務手順

双方が納得できる形で算出することが不可欠とされています。ここでは記事のポイントを時系列で整理します。

ステップ1 目的と評価対象の確定

まず、譲渡価格を決める目的が「株式譲渡」か「事業譲渡」かを明確にします。株式譲渡なら株式価値が、事業譲渡なら事業価値がベースとなります。目的を先に決めることで、必要資料と評価範囲が自動的に定まり、後工程の迷走を防げます。

ステップ2 資料整備とデータルーム構築

次に、貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書を最新期までそろえます。貸借対照表を見れば大まかな内容がつかめます。特に資産と負債の明細を精査し、非事業用資産と有利子負債を切り分けることがポイントです。整備した資料は段階的に共有できるフォルダへ格納し、更新日時と版数を記録しておくと算定根拠の追跡が容易になります。

ステップ3 評価手法の選定

三つのアプローチであるコスト、マーケット、インカムのうち、業種特性と取引目的に適した方法を選びます。たとえば資産集約型ならコストアプローチを主軸にし、上場比較企業があるならマーケットアプローチを補助線にする、といったイメージです。複数手法で結果が大きく乖離した場合は、その理由を説明できるよう整理します。

ステップ4 仮説シナリオと感度分析

インカムアプローチ(DCF法)を採用する場合、将来のフリーキャッシュフローを複数シナリオで試算し、割引率(WACC)や永続成長率を変化させた感度分析を行います。原文に「主観的になりやすい」とあるため、数値の幅を示して交渉余地を視覚化するのがコツです。

ステップ5 第三者評価で客観性を補完

仲介会社やコンサルタント会社が行う場合が大半です。社内試算だけでなく外部の税理士法人や評価機関にレビューを依頼し、評価レポートを取得しておくと説得力が増します。これにより、売手・譲受企業のどちらからも「恣意的な数字ではない」という安心感が得られます。

ステップ6 継続モニタリングとアップデート

交渉期間が長引くと業績や資産構成が動きます。企業活動の健全性が重要で、月次で試算表を更新し、純有利子負債や非事業用資産の変動を反映させ続けることで、最終合意時点の数字とかい離しないよう管理します。

企業価値向上施策の具体的チェックリスト

収益力向上・投資効率改善・財務健全化を行動ベースで整理します。

収益力向上のチェック項目

営業エリア拡大 既存商圏以外に販売店を1か所以上開拓したか

コスト削減  原価構造を分解し、外注切替えで固定費を変動費化したか

売上単価改善  類似商品と比較し値上げの余地を定量化したか

生産管理の精度向上  歩留まり・稼働率のKPIを設定し、週次でモニタリングしているか

投資効率改善のチェック項目

遊休不動産  最終利用計画のない土地・建物を整理し、売却または賃貸化を検討したか

不良在庫  棚卸資産を年1回以上評価し、90日超滞留品の削減目標を立てたか

ROI測定  主要プロジェクトごとに投下資本と回収予測を試算し、優先度を付けたか

財務健全化のチェック項目

借入金返済計画  高金利負債の返済スケジュールを策定し、半年ごとに実績比較しているか

純有利子負債  余剰キャッシュをネットし、純有利子負債が減少傾向か確認したか

短期資金繰り  キャッシュフロー計画を12か月ローリングで更新し、借換リスクを把握したか

よくある質問と誤解解消ポイント

企業価値と株式価値は同じですか

いいえ。企業価値は会社全体の価値で、株式価値はそこから純有利子負債を差し引いた株主の取り分です。

EVと企業価値の違いは何ですか

EVは本来事業価値を指しますが、実務で企業価値と同義に使われることがあるため、計算式を必ず確認しましょう。

未上場企業でも株式価値はありますか

あります。上場株のように価格が日々表示されないだけで、企業価値から計算することで常に概念的な株価が存在します。

価値評価は一度実施すれば十分ですか

いいえ。交渉が長期化した場合や業績に大きな変動があった場合は、最新数値でアップデートする必要があります。

DCF法は主観的だから避けるべきですか

DCF法は将来キャッシュフローと割引率の設定次第で結果が変わりやすいものの、シナジーや成長性を数値化できる利点があります。前提を開示し、感度分析を行えば有効な手法です。

事業譲渡株式譲渡と価値評価の実務比較

株式譲渡と事業譲渡を比較し、それぞれの特徴と価値評価への影響を整理します。

株式譲渡の特徴

  • 株主が保有株式を譲渡し、会社の権利義務を包括承継
  • 交渉ベースは株式価値
  • 借入金など負債も引き継がれるため、純有利子負債の大きさが価格に直結

事業譲渡の特徴

  • 会社の一部門や資産を個別に切り出して譲渡
  • 交渉ベースは事業価値
  • 買い手は不要資産や負債を引き継がずに済む反面、許認可・契約移管の手続負担が発生

スキーム選択と価値評価の連動

  • 事業価値に非事業用資産を加えたものが企業価値となるため、どちらのスキームを選ぶかで評価対象が変わる
  • 株式譲渡を選択する場合は純有利子負債を正確に計算しないと株主の取り分がずれる
  • 事業譲渡では不要資産の評価と切り離しが交渉のポイントになり、買い手・売手双方の納得感につながる

まとめ

企業価値・事業価値・株式価値の定義と式を押さえ、EVとネットデットの関係を理解するとM&A交渉がスムーズになります。貸借対照表の仕分け、三つの評価アプローチの使い分け、そして収益力向上・投資効率改善・財務健全化を継続することが、価値向上への近道です。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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