インカムアプローチとは?M&A評価の使い方と実務注意点
インカムアプローチは、将来の利益やキャッシュフローから企業価値を算定する方法です。DCF法・収益還元法・配当還元法の違い、計算の流れ、メリットと弱点を整理し、自社の評価額をどう読み、M&Aの譲渡価格や交渉判断へつなげるかを分かりやすく解説します。
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▶目次ページ:第三者承継(M&A)(企業価値評価)
決算書の純資産が少ない会社でも、安定した顧客基盤や成長余地があれば、高い収益力を持つことがあります。インカムアプローチは、このような「これから稼ぐ力」に着目する企業価値評価の考え方です。
M&A(合併・買収)では、対象会社が将来生み出すと見込まれる利益やキャッシュフローを予測し、それを現在の価値に換算します。将来受け取る100万円は、時間の経過や事業リスクを考えると、今日の100万円と同じ価値ではありません。その差を調整するのが割引計算です。
インカムアプローチは、M&Aの企業価値評価だけでなく、収益不動産や知的財産など、将来収益を生む資産の評価にも用いられます。ただし、評価する対象や目的によって、適切な計算方法と前提条件は異なります。
コストアプローチが現在の資産と負債を重視し、マーケットアプローチが類似会社や取引事例の相場を重視するのに対し、インカムアプローチは将来の収益力を中心に据えます。
そのため、設備や不動産をあまり持たないサービス業、継続課金型の事業、成長投資の途中にある会社などでは、純資産だけでは見えにくい価値を表しやすい方法です。一方、将来予測の根拠が弱ければ、評価額も不安定になります。
インカムアプローチで算定した企業価値は、会社売却における交渉材料の1つです。最終的な譲渡価格は、買い手候補の数、取引条件、引継ぎリスク、デューデリジェンスの結果などによっても変わります。
計算上の評価額と、実際に合意する価格は同じとは限りません。この違いを理解しておくことが大切です。
買い手企業との統合による売上増加や仕入れ費用の削減などのシナジーは、将来キャッシュフローに反映できます。ただし、それは特定の買い手にとって生まれる価値です。
経営者が自社の基準となる価値を考えるときは、自社だけで実現できる事業計画と、買い手の販売網や経営資源によって生まれる効果を分けて整理する必要があります。
「インカムアプローチなら、どの方法でも同じ結果になる」とは限りません。使う収益指標や計算方法が異なるため、対象会社の特徴や評価目的に合わせて選びます。
DCF法は、将来のフリーキャッシュフローを予測し、資本コストを反映した割引率で現在価値に直す方法です。M&A実務で代表的に使われる手法で、成長率や設備投資の変化を年度ごとに織り込めます。
DCFは「Discounted Cash Flow」の略で、日本語では割引キャッシュフロー法と呼ばれます。
フリーキャッシュフローとは、事業活動から得た資金のうち、事業の維持や成長に必要な投資を行った後に残る現金です。
一般には、税引後の営業利益に減価償却費を加え、設備投資と運転資本の増加額を差し引いて求めます。運転資本とは、売掛金や在庫など、日常の事業運営に必要な資金のことです。
将来の金額を現在価値へ換算するための率が割引率です。企業全体の価値を求めるDCF法では、株主と金融機関が求める収益率を加重平均したWACC(加重平均資本コスト)がよく使われます。
事業リスクが高い会社ほど割引率は高くなり、評価額は低くなる関係です。反対に、収益が安定し、将来予測の確実性が高い会社では、割引率が相対的に低くなる場合があります。
通常、詳細な事業計画を作成できる期間には限りがあります。そこで、予測期間後の価値を継続価値としてまとめて計算し、各年度のキャッシュフローとともに現在価値へ割り引きます。
継続価値が企業価値全体の大きな割合を占めることも珍しくありません。永久成長率を楽観的に置き過ぎると、評価額が実態以上に高くなるため注意が必要です。
収益還元法は、平常時に期待できる利益や収益を、事業リスクに応じた還元率で割って価値を求めます。基本的な考え方は「企業価値=予想収益÷還元率」です。
収益が安定している会社や不動産の簡易評価では使いやすい一方、毎年の成長率や大型投資の影響を細かく表しにくい方法です。
業績変動が大きい会社では、直近1年の利益をそのまま使うのではなく、複数年の実績を確認し、一時的な利益や費用を除いて平常的な収益力を見極めます。
配当還元法は、株主が将来受け取ると見込まれる配当を基に、株式価値を算定する方法です。配当方針が安定し、今後も継続的な配当を見込める会社で使いやすい手法です。
ただし、配当を抑えて内部留保を積み上げている会社では、配当だけで事業全体の収益力を表すことはできません。M&Aの譲渡価格を検討する場面では、配当還元法の結果をそのまま会社全体の価値と考えないことが大切です。
なお、相続税や贈与税における非上場株式の評価にも「配当還元方式」と呼ばれる方法があります。これは、原則として経営支配力を持たない一定の株主に適用される税務上の評価方法であり、M&Aにおける譲渡価格の算定とは目的や計算方法が異なります。
計算式より難しいのは、式に入れる数字を決めることです。売上成長率をわずかに変えただけでも、長期間の計算では企業価値に大きな差が出ることがあります。
最初に、過去の決算書と今後の事業計画から、売上、利益、税負担、運転資本、設備投資を予測します。
経営者の目標値を並べるだけでは不十分です。受注残、契約更新率、人員計画、販売単価、生産能力、市場規模などを確認し、数値の根拠を明確にします。
役員退職金、遊休資産の売却益、災害による損失などは、毎年発生する損益ではありません。反対に、オーナー個人に近い経費や、実態より低く設定された役員報酬があれば、買い手が引き継いだ後の費用水準に直す必要があります。
このように、一時的または特殊な損益を調整し、通常の事業活動から得られる利益を把握する作業を正常収益力の分析といいます。
利益が増えても、売掛金や在庫が大きく増えれば、会社に現金は残りにくくなります。設備の更新が必要な会社では、将来の設備投資も欠かせません。
利益計画だけでDCF法を組み立てると、実際より高い企業価値になりやすい点は、意外と多い落とし穴です。
割引率には、金利、財務構成、業種のリスク、会社規模などが影響します。非上場の中小企業には市場で観察できる株価がないため、一般に、類似する上場会社のデータなどを参考にしながら調整します。
継続価値は、永久成長モデルや類似会社の倍率を使って計算します。どちらを使う場合も、長期的に維持できる成長率か、比較対象の倍率が自社に合っているかを検証しなければなりません。
事業が生み出すキャッシュフローから求めた価値は、事業価値の基礎になります。株式価値へつなぐ際は、一般に、事業に使われていない現預金などを加え、有利子負債や負債に近い項目を差し引きます。
会社売却で経営者が受け取る対価に近いのは、この株式価値です。ただし、最終的な計算では、取引時点の現預金や借入金、退職給付、未払費用などを個別に確認する必要があります。
インカムアプローチの強みと弱みは、どちらも将来予測を使う点から生まれます。将来を織り込めるから有用であり、将来を正確に読めないから注意が必要です。
現在の利益が小さくても、顧客数の増加や新工場の稼働によって収益が伸びる見込みがあれば、その効果を年度別に評価できます。
反対に、主要顧客の離脱、原材料価格の上昇、許認可の更新リスクなど、会社固有の不確実性も事業計画や割引率へ反映できます。
同じ会社でも、買い手企業の販売網、技術、人材、仕入れ条件によって、M&A後の価値は変わります。インカムアプローチは、その違いを将来キャッシュフローとして試算できるため、買い手側の投資判断にも向いています。
ただし、シナジーには実現のための費用や時間もかかります。売上増加だけでなく、追加人員、システム統合、設備投資などの負担も合わせて計算する必要があります。
事業計画、割引率、継続価値のいずれにも推定が必要です。評価者が楽観的な前提を重ねれば評価額は高くなり、慎重な前提を重ねれば低くなります。
1つの評価額だけを示しても、前提条件が見えなければ、経営判断の材料としては不十分です。
インカムアプローチは、将来も事業が続き、利益やキャッシュフローが生まれることを前提とします。
清算を予定している会社、合理的な事業計画を作れない会社、収益変動が極端に大きい会社では、資産価値を重視する方法などを併用する必要があります。
企業価値評価には、唯一の正解があるわけではありません。異なる角度から同じ会社を見て、評価額が離れる理由を確かめることが実務では重要です。
コストアプローチは、資産と負債を時価に直した純資産を基に評価します。保有不動産や金融資産が多い会社、将来計画の信頼性が低い会社では有力な方法です。
ただし、人材、顧客関係、ブランド、ノウハウなど、決算書に表れにくい収益力を十分に反映できないことがあります。
マーケットアプローチは、類似する上場会社の株価指標や、過去のM&A事例を参考にして価値を求めます。市場の視点を取り入れやすい半面、事業内容、規模、成長性が近い比較対象を見つけにくい中小企業では、倍率の選び方が評価額を左右します。
インカムアプローチだけが高い場合は、事業計画が強気過ぎないかを確認します。コストアプローチだけが高い場合は、収益に十分貢献していない資産を抱えていないかが論点です。
マーケットアプローチだけが高い場合は、比較会社の成長率や規模が自社とかけ離れていないかを見ます。評価額の差そのものより、差が生じた理由を把握することが大切です。
会社売却の価格帯を考える際は、評価手法だけでなく、株式譲渡か事業譲渡か、買い手が引き継ぐ資産・負債は何かも確認します。
上場会社の時価総額、EPS、PERは、市場からの評価を理解するための補助指標です。非上場会社へそのまま当てはめず、会社規模、利益の質、株式の流動性などの違いを踏まえて使います。
高い評価額を出すことより、買い手企業が前提条件に納得できることの方が重要です。M&A実務では、計算結果ではなく、事業計画の根拠を説明できずに交渉が止まることがあります。
売上増加を見込むなら、契約更新率、営業人員、生産能力、受注見込みなどを示します。利益率の改善を見込むなら、価格改定の実績、原価低減策、外注費の見直しなどが必要です。
数字と具体的な実行策を結び付けるほど、将来予測の信頼性は高まります。
継続顧客、技術者、許認可、地域での信用、仕入先との関係などは、企業価値を支える要因です。
一方、オーナーへの依存、顧客の集中、過大な借入金、老朽化した設備は、評価を下げる要因になり得ます。会社売却を急ぐ前に、改善できる項目を洗い出すことが有効です。
売上成長率、利益率、割引率、永久成長率を変え、悲観・標準・楽観の複数シナリオを作ります。すると、どの前提が評価額へ強く影響するかが分かります。
交渉では1つの金額に固執せず、合理的な価格帯と、その上限・下限を生む条件を整理することが大切です。
一般に、3期程度の決算書、月次試算表、借入金一覧、設備投資計画、顧客別売上、事業計画などを準備します。関連会社との取引や、会社と役員との貸し借りがある場合は、その内容も明らかにします。
資料の不整合が少ないほど、企業価値評価と、その後のデューデリジェンスを進めやすくなります。
専門家へ評価を依頼する場合も、算定結果だけでなく、採用した評価手法、前提条件、感度分析、企業価値から株式価値への調整内容まで確認しましょう。
インカムアプローチは、将来の利益やキャッシュフローから企業価値を測り、成長性や買い手とのシナジーを反映できる方法です。一方、事業計画、割引率、継続価値の置き方で結果が大きく変わります。会社売却では、コスト・マーケットの各手法とも比較し、評価レンジと前提条件を整理したうえで譲渡価格の判断材料にすることが重要です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人