親族内承継のメリットとデメリット 事業承継手順を徹底解説

親族内承継は、中小企業の事業承継で最も選ばれる方法の一つです。株式譲渡や贈与、相続など多彩なスキームが選択でき、後継者育成や税制対策を考慮しながら円滑に承継を目指せます。デメリットや対策も含めて詳しく解説し、親族内承継を検討する経営者が押さえるべきポイントや相続税への備えも紹介します。

目次

  1. 親族内承継とは
  2. 親族内承継で引き継ぐ3つの要素
  3. 親族内承継のメリット
  4. 親族内承継のデメリット
  5. 親族内承継の基本的な流れと手順
  6. 親族内承継の主な方法
  7. 親族内承継を成功に導く方策
  8. 親族内承継の具体的な手法
  9. まとめ

親族内承継とは

親族内承継は、経営者の子どもや娘婿など血縁のある親族に事業を引き継ぐ方法です。事業承継には「親族内承継」「親族外承継(従業員承継など)」「M&A」の大きく3種類がありますが、中小企業では親族内承継が選ばれるケースが多いといわれています。

これは、長年培ってきた経営理念や人脈、取引先との信頼関係を比較的スムーズに引き継げるからです。とくに上場していない企業では、経営権と所有権を同時に後継者へ承継できる点が親族内承継の大きな特徴といえます。

しかし、親族内承継は誰にでも容易にできるわけではありません。後継者候補が承継を望まなかったり、経営の適性が足りなかったりすると、十分な効果が得られないリスクもあります。そのため、事業承継の計画を早期に立て、関係者と十分に話し合いながら進めることが大切です。

事業承継と親族内承継の位置づけ

事業承継とは、企業の経営者が高齢化や健康問題などで経営を退く際、後継者に会社を引き継ぐ一連の手続を指します。もし適切な承継が行われずに経営者が急逝すると、会社が立ち行かなくなる可能性があるため、中小企業にとって事業承継は死活問題といえます。

日本では高齢化の影響で、65歳以上の経営者が増えています。早めに事業承継を計画しないと、突然の事態で廃業に追い込まれるリスクが高まります。そのようなリスクを回避する意味でも、親族内承継は後継者を早期に育成し、経営理念やノウハウをスムーズに受け渡せる代表的な方法として注目されています。

親族内承継で引き継ぐ3つの要素

事業承継を行う際には「経営権」「知的資産」「物的資産」の3つをしっかり引き継ぐ必要があります。

経営権

代表取締役をはじめとする役員体制や、会社の重要事項を決めるための議決権など、経営の実権を後継者に移します。親族内承継では、株式(所有権)と経営権を同時にまとめやすい点が利点です。

知的資産

長年の経営で培われたブランド力、信用力、取引先や顧客との人脈、さらには経営理念や独自のノウハウなどが該当します。これらは書面やマニュアルだけでなく、経営者や従業員の経験・感覚的な部分にも根付いている場合が多いため、計画的な引き継ぎが大切です。

物的資産

自社株式や社有不動産、設備、機械など形のある資産を含みます。とくに株式(自社株)の承継方法は、親族内承継を検討する上で最も慎重に決めるポイントになります。相続・贈与・株式譲渡など、複数のスキームが存在し、税金面や手続面で対策が必要です。

親族内承継のメリット

親族内承継は最も一般的な事業承継の方法ですが、その背景には多くのメリットがあります。以下に主な利点をまとめます。

従業員や取引先との関係を維持しやすい

親族が新社長となる場合、企業内外で自然なバトンタッチとして受け入れられやすいです。長年築いた信頼関係を大きく損なう可能性が低く、従業員のモチベーションや取引先の安心感を保ちやすいといえます。

経営理念や企業文化を継続しやすい

前経営者の思い入れや理念をそのまま引き継ぎやすいため、会社の文化やブランド力を継続しやすい点が挙げられます。創業者の熱意を理解している子どもや親族であれば、同じ価値観で経営を続けられる可能性が高いです。

早期からの後継者育成が可能

親族内承継では、後継者候補が若いうちから会社に携わり、役員や管理職を経験することで、経営ノウハウを長期的に学ぶことができます。外部セミナーや他企業での勤務経験を積ませるなど、計画的に力をつけられる環境を整えやすいのも大きな強みです。

柔軟な承継スキームが取りやすい

血縁関係がある分、信託や種類株式を活用して財産権と経営権を分けるなど、比較的柔軟に調整できる場合があります。贈与・譲渡・相続といった承継方法の選択肢が多く、状況に応じて最適な方法を検討しやすい点も魅力です。

親族内承継のデメリット

親族内承継にはたくさんのメリットがありますが、考慮しておきたいリスクも存在します。これらのデメリットを理解したうえで対策を講じることが大切です。

後継者が承継を望まない可能性

子どもが別の道を選んだり、既に他社で働いていたりして、親の会社を継ぐ意思がないケースがあります。業界の先行きに不安がある場合や、後継者の配偶者の反対なども検討材料です。もし親族内で後継者が見つからなければ、従業員承継やM&Aなど他の方法を模索する必要があります。

後継者の能力不足リスク

親族であっても、経営者として必要なスキルや適性がない場合があります。経営判断が誤ると、社員や取引先との関係を悪化させ、会社全体を苦境に陥れる可能性もあります。強引に承継してしまうと、本人はもちろん周囲の人々も不幸にしてしまう恐れがあるため、後継者の育成は計画的に行うことが欠かせません。

健康状態などによる想定外の事態

長期にわたって準備していても、現経営者や後継者が急病や事故に見舞われるなど、予想外のトラブルが起こる場合があります。手続の途中で経営者が倒れてしまうと、円滑な引き継ぎができなくなり、混乱を招く可能性があります。

相続人間の遺産トラブル

後継者以外の相続人との間で財産をめぐる対立が発生すると、事業用資産が分散し、会社の経営に支障をきたすリスクがあります。相続税の負担も含めて、他の親族との話し合いが不十分だと深刻な争いに発展する場合があるため、遺留分をめぐる問題や公平感の確保を十分に検討しておく必要があります。

長期的な準備期間が必要

親族内承継は、後継者の育成を含めて長い期間を要します。もし準備が遅れると、引き継ぎが完了する前に現経営者が離職・退任せざるを得ないリスクがあり、会社に混乱をもたらします。

個人保証の問題

中小企業では、借入時に現経営者が個人保証人になるケースが多く見られます。この個人保証を後継者に引き継ぐ際に、金融機関が承認しなかったり、後継者自身が担保にできる資産を持っていなかったりするなど、スムーズに移行できない状況が生じる可能性があります。

税金負担のリスク

株式の評価額が高くなると、相続税・贈与税・譲渡所得税の負担が大きくなり、後継者に大きな資金負担が発生する恐れがあります。税金を支払うために他の資産を売却しなければならないケースもあり、会社の規模縮小や経営の安定性に影響が及ぶことがあります。

親族内承継の基本的な流れと手順

親族内承継を円滑に進めるためには、あらかじめ全体の流れを把握して計画を立てることが重要です。一般的には、以下のステップで進められます。

後継者の選定と育成

  • 経営者としての意欲・能力を持った子どもや親族を選ぶ。
  • 会社での実務経験や役員就任など、段階的に育成する。
  • 必要に応じて他社での勤務経験や経営セミナー受講も検討する

自社株や事業用資産の承継方法の決定

  • 相続・生前贈与・株式譲渡など、どの手段を使うか検討する。
  • 保有株式を買い集め、後継者へ集中的に移転する準備も必要。
  • 税金対策を考慮しながら、信託や種類株式の活用なども検討する。

社内外への周知と関係者調整

  • 後継者が中心となり、取引先や金融機関に挨拶を行う。
  • 社員に対して承継の方針やスケジュールを説明し、不安を解消する。
  • 他の相続人がいる場合は遺産分割の考え方も事前にすり合わせる。

株式の承継と経営権の移行

  • 実際に譲渡・贈与・相続の手続を行い、後継者を代表取締役に就任させる。
  • 一度に全てを任せるケースもあれば、現経営者と並走して段階的に移行するケースもある。
  • 会社運営の実務と意思決定を徐々に後継者が主導するようにする。

個人保証・担保の引継ぎや金融機関対応

  • 現経営者が金融機関の個人保証人になっている場合、後継者への交代を協議する。
  • 後継者に十分な資力や担保がなければ、承認が下りないこともあるため、あらかじめ計画を立てる。

経営体制の確立とフォローアップ

  • 後継者が正式に経営を引き継いだ後も、周囲のサポートを受けながら安定運営を図る。
  • 必要に応じて顧問的立場で前経営者が助言を続けるケースもある。

親族内承継の主な方法

親族内承継では、主に以下の3種類のスキームが活用されます。会社の経営状況や後継者の資金力、家族構成に応じて、最適な手段を選びましょう。

株式譲渡

  • 現経営者から後継者が株式を売買によって取得する方法です。
  • 市場価格より不当に低い金額で売ると贈与とみなされ、贈与税が課される可能性があります。
  • 売却益に対して譲渡所得税・住民税が発生し、現経営者に納税義務が生じる点に注意が必要です。
  • 資金力を持つ後継者なら、他の相続人への不公平感を抑えつつ経営権をまとめやすいメリットがあります。

贈与

  • 親から子どもへ株式を無償で引き渡すケースで、後継者は基本的に取得コストを負担しません(贈与税は除く)。
  • 暦年贈与制度や相続時精算課税制度を利用することで、計画的に株式移転を進められます。
  • 税制優遇を活用すれば税金負担を抑えられますが、一度贈与した株式を取り消すのは困難です。
  • 相続税・贈与税の改正動向(たとえば相続時精算課税の年間110万円控除)にも注目しながら対策を立てることが重要です。

相続

  • 経営者が亡くなったタイミングで、後継者を含む相続人が株式を取得します。
  • 資金負担は原則として不要ですが、相続税負担が高額になる場合がある点に注意が必要です。
  • 遺言書がないと、遺産分割協議が長引いたり、他の相続人とのトラブルが起きやすくなります。
  • 計画的に「公正証書遺言」を作成しておくことで、特定の親族へ株式を集中させやすくなり、トラブルを回避できる可能性が高まります。

親族内承継を成功に導く方策

スムーズに親族内承継を成し遂げるためには、以下のポイントをしっかり押さえましょう。

早期からの検討・準備

  • 少なくとも10年単位の長いスパンを見越して、後継者育成や株式対策を行う。
  • もし親族から断られた場合に備え、他の承継方法も視野に入れる余裕ができます。

後継者とその配偶者を含めた意思確認

  • 子どもや親族の意思だけでなく、その配偶者や家族の理解も得る。
  • 家族全員が納得できないまま進めると、将来のトラブルにつながりやすいです。

現経営者が積極的に動く

  • 承継準備は現経営者の重要な仕事の一つです。
  • 周囲の不安を取り除くため、方針を明確に示し、計画的に役割を移管します。

遺言の活用

  • 自社株や事業用資産を後継者に集中的に引き継ぎたい場合、遺留分トラブルを避けるために遺言書が有効です。
  • 「公正証書遺言」を作成すれば、遺言書の信用度が高まり、無効化される可能性が低くなります。

計画的な後継者育成と権限委譲

  • 重要な取引先との折衝など、実践を通じて後継者の経験を積ませる。
  • 他社での勤務経験や専門セミナーへの参加で視野を広げる。
  • 徐々に役職を引き継ぎ、社内外に新リーダーを認めてもらう時間を確保する。

周囲への丁寧な説明とコミュニケーション

  • 従業員や取引先、金融機関など利害関係者に対して、承継スケジュールや新経営者の考えを分かりやすく伝える。
  • 特に年上の従業員が多い場合、後継者の立場を社内で確立する工夫が必要。

税制対策の検討

  • 相続税・贈与税などの大きな負担を軽減するため、暦年贈与制度や相続時精算課税制度を早めに活用する。
  • 事業承継税制の「一般措置」「特例措置」も視野に入れて、適用要件や取消事由に注意しながら検討する。

個人保証や担保の対策

  • 金融機関との交渉に時間がかかるため、早い段階から協議を始める。
  • 後継者の担保力が不足している場合、代替の資産や保証人を検討する。

専門家の活用

  • 税理士、弁護士、行政書士、中小企業診断士など、事業承継に関するプロの力を借りる。
  • 会社の財務状況や法的リスク、株式評価など多方面からサポートが得られます。

親族内承継の具体的な手法

親族内承継の計画をさらに進める際、特定のスキームを用いることで効果的な承継や節税を狙うことができます。代表的な例として「持株会社の設立」と「事業承継税制の活用」が挙げられます。

持株会社を設立する方法

基本的な流れ

  1. 後継者が持株会社設立に必要な資金を準備(金融機関からの融資など)
  2. 後継者を代表とする持株会社を新設
  3. 持株会社が既存会社の株式を買い取り、実質的に経営権を移行

メリット

  • 事業承継後のグループ経営がしやすくなり、全体の戦略を組み立てやすい。
  • 相続税対策や経営の柔軟性向上が期待できる。

注意点

  • 節税だけを目的とした持株会社の設立は「同族会社等の行為計算否認規定」に抵触する恐れがあり、税務署に否認される場合があります。
  • 経営上の必要性・合理性を明確に示すことが大切で、専門家のサポートが不可欠です。

事業承継税制の活用

制度の概要

  • 親族内承継を進める際、高額な相続税や贈与税がネックになる場合があります。
  • 事業承継税制を利用すると、後継者が引き継ぐ自社株式にかかる税金の納税猶予・免除を受けられることがあり、大きな負担軽減が可能です。
  • 「一般措置」では贈与税100%、相続税80%が猶予対象、「特例措置」では贈与税・相続税ともに100%が猶予対象となります。

活用時の注意点

  • 特例措置には適用期限(2027年12月31日まで)や特例承継計画の提出期限(2026年3月31日までに延長)などがあり、要件を満たさないと利用できません。
  • 一度適用を受けても、後継者が代表を辞任したり、同族関係者の議決権割合が下がるなどの取消事由が発生すると猶予が取り消され、利子税を含めた納付が求められるリスクがあります。
  • 要件が多岐にわたるため、税理士や行政書士などと連携しながら、長期的な経営計画の中で制度を活用すると安心です。

まとめ

親族内承継は、経営理念や会社の文化を守りやすく、社内外からも受け入れられやすい方法です。ただし、後継者の意思確認や資質、税金・個人保証への対策、相続人間の公平感など、注意すべき点も多く存在します。特に、中小企業の事業承継には長い準備期間が必要で、家族や従業員、取引先との十分なコミュニケーションが不可欠です。持株会社や事業承継税制を含めた柔軟なスキームを検討しながら、専門家の力を借りて早めに計画を立てることで、より円滑なバトンタッチが実現しやすくなります。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

相続の教科書