事業承継の王道「親族内承継」とは?手順や株式譲渡・贈与・相続

親族内承継の意味や特徴、プロセス、メリット・デメリットを詳しく解説します。3つの主要な承継方法や成功のポイントも紹介し、円滑な事業承継の実現をサポートします。

目次

  1. 親族内承継とは?
  2. 親族内承継の手順
  3. 親族内承継のメリット
  4. 親族内承継のデメリット
  5. 親族内承継の主な方法
  6. 親族内承継を成功に導く方策
  7. まとめ

親族内承継とは?

親族内承継は、事業承継の中でも最も一般的な方法の一つです。この方法では、経営者が自身の子どもや親族に事業を引き継ぐことになります。親族内承継の特徴や重要性について、詳しく見ていきましょう。

事業承継の定義

事業承継とは、企業の経営者が高齢になった際に、事業の継続性を確保するために行う重要な手続です。特に、上場していない中小企業にとっては、適切な事業承継が行われないと、経営者の死亡による廃業のリスクが高まります。

日本の中小企業の廃業は増加傾向にあり、特に65歳以上の高齢経営者が廃業に追い込まれるケースが目立ちます。企業を存続させるためには、適切な承継者に経営を任せることが欠かせません。

事業承継の重要性

  • 企業の存続と発展の確保
  • 雇用の維持
  • 地域経済への貢献
  • 経営者の資産保全

親族内承継の基本的な考え方

親族内承継は、子どもや親族に経営を引き継がせる方法です。上場企業とは異なり、経営権と所有権を同時に引き継ぐことが可能です。これにより、以下のような利点があります。

1.新しい経営者が会社の株式を引き継ぐことで、経営の監視機能が働きます。

2.経営者の意志が反映されやすくなります。

3.従業員や取引先との関係性を維持しやすくなります。

親族内承継は、事業承継の方法の中で最もポピュラーな選択肢となっています。しかし、適切な準備と計画が必要です。

計画的な親族内承継の必要性

親族内承継を成功させるためには、長期的な視点で計画を立てることが重要です。以下の理由から、計画的な親族内承継が必要とされます。

1.後継者の育成に時間がかかる:経営に関する感覚や能力は短期間で身につくものではありません。

2.関係者への周知と調整が必要:従業員や取引先などに情報を周知し、受け入れてもらう必要があります。

3.相続人との調整:他の相続人がいる場合は、彼らとの調整も行う必要があります。

4.税制対策の検討:株式の移転に伴う税金の問題を事前に検討し、対策を講じる必要があります。

5.経営権の円滑な移行:段階的に経営権を移行させることで、スムーズな承継が可能になります。

専門家は、親族内承継の準備期間として最低でも10年程度を想定することを推奨しています。「現在は元気だから大丈夫」と考えず、早めに準備を始めることが重要です。

親族内承継を成功させるための注意点

親族内承継を成功させるためには、以下の3つのポイントに注意を払う必要があります:

1.早期の準備と関係者への周知

2.後継者以外の親族に対する配慮

3.個人保証に対する対策

これらのポイントを考慮しながら、親族間での事業承継が円滑に進むよう計画を立てることが、事業の継続や関係者間の良好な関係を築くために不可欠です。

親族内承継の手順

親族内で事業承継を進める際の一般的な手順について、詳しく見ていきましょう。

1.後継者の選定と育成 

  • 後継者を選び、経営に関する実務経験を積ませます。
  • 経営セミナーへの参加や、他社での業務経験も有効です。
  • 中小企業では、後継者を役員に任命し、実践的な経験を積ませることが一般的です。

2.自社株の承継方法の検討 

  • 現経営者から後継者への株式移転方法を決定します。
  • 相続、生前贈与、売買の3つの手法があります。
  • 現経営者が十分な株式数を保有していない場合は、買い集める必要があります。

3.社内外の関係者への周知 

  • 会社の他の役員や従業員、取引先、金融機関などに後継者を紹介します。
  • 徐々に重要な取引の担当などを任せていきます。
  • 取引先の不安を解消するため、事前に十分な説明を行うことが重要です。

4.自社株承継の実行、経営権の移譲 

  • 譲渡や贈与等により、自社株を後継者である親族に移転させます。
  • 経営権(代表取締役)も後継者に引き継ぎます。
  • 完全に移譲する場合もありますが、並走することも多いです。

5.保証や担保の交代 

  • 現経営者が会社の借入に関して個人保証をしていたり、個人資産を担保にしている場合は、金融機関と交渉し、保証や担保の交代を行います。

事業承継の際は、後継者に自社株式や事業用資産を集中的に引き継がせることが重要です。議決権の目安は、株主総会で重要事項を決議するために必要な3分の2以上が望ましいです。

ただし、自社株式の集中的な引き継ぎにより、多額の資金が必要となることがあります。専門家と相談しながら対策を考えることが重要です。「除外合意」や「固定合意」といった制度の利用も検討しましょう。

親族内承継のメリット

親族内で事業を引き継ぐことには、多くのメリットがあります。主な利点を詳しく見ていきましょう。

1.従業員や取引先との関係維持 

  • 現経営者の子どもが引き継ぐことは自然な流れとして受け入れられやすいです。
  • 社員の士気低下や取引先からの信頼失墜を防ぐことができます。
  • 長年培ってきた信頼関係を維持しやすくなります。

2.創業者の安心感 

  • 大切な会社を自分の子どもに引き継がせることで、創業者に安心感と喜びをもたらします。
  • これまで培ってきた経営理念をしっかりと承継してもらえる安心感があります。
  • 会社の将来に対する思い入れを共有できる可能性が高くなります。

3.早期からの準備が可能 

  • 子どもが若い頃から会社で働くことができるため、長期的な視点で育成が可能です。
  • 会社の体制や文化、営業方法を深く理解させることができます。
  • 経営者としての資質を研修やセミナー、オンライン講座で磨く時間が確保できます。
  • 役員として社外の人脈を築く機会が得られます。
  • 実務的なスキルを身につける機会が増えます。

4.柔軟なスキーム設計が可能 

  • 親族間だからこその微妙な距離感を踏まえた承継方法の設計ができます。
  • 種類株式を用いて、財産権部分と経営権部分を分けて移転するなど、柔軟な対応が可能です。
  • 信託等を活用した相続税対策も検討しやすくなります。

5.緊急時の対応力 

  • 経営者が急に不在になった場合や市場状況が変化したとしても、素早く対応策を講じることができます。
  • 日頃から経営に関与していることで、緊急時の判断力が養われています。

これらのメリットを活かすことで、親族内承継をより円滑に進めることができます。ただし、メリットを最大限に活かすためには、計画的かつ段階的な準備が不可欠です。早い段階から後継者の育成や権限委譲を行い、実践的な経験を積ませることが重要です。

親族内承継のデメリット

親族内承継には多くのメリットがある一方で、考慮すべきデメリットやリスクも存在します。これらを理解し、適切に対策を講じることが重要です。

1.親族が継いでくれない可能性 

  • 子どもが事業承継を望まないケースがあります。
  • 独立して別の会社で働いている場合、戻ってこない可能性があります。
  • 業界自体が斜陽化している場合、承継を望まないことがあります。
  • 後継者の配偶者から反対を受けるケースもあります。

2.能力不足のリスク 

  • 親族に継ぐ意思があっても、経営者としての資質が不十分な場合があります。
  • 能力不足の状態で承継を強行すると、関係者全体を不幸にする可能性があります。
  • 業界に不向きな場合もあり、多方面での能力が求められます。

3.健康状態悪化による承継の難航 

  • 経営者の健康状態が急激に悪化し、対応が困難になることがあります。
  • 承継手続中に経営者が倒れた場合、作業が中断し事態が困難になる可能性があります。

4.相続人間での遺産トラブル 

  • 後継者以外の相続人との間で遺産トラブルが発生する可能性があります。
  • 事業用資産や会社株式が経営に無関係な相続人に分散されるリスクがあります。
  • 会社の評価が難しいため、相続時に意見が分かれ、関係が悪化することがあります。

5.準備期間の不足 

  • 親族内承継には長い年月がかかります。
  • 準備が遅れると、完璧な引継ぎができないまま経営者が離れるリスクがあります。

6.個人保証の問題 

  • 金融機関の了承が得られず、個人保証や担保を外せない場合があります。
  • 後継者が担保提供に適した資産を持っていないと、経営権の移行ができないことがあります。

7.税金の支払原資の問題 

  • 株式の評価額が高額になり、大きな税負担が生じる可能性があります。
  • 多額の相続税支払いのために、他の資産を売却せざるを得なくなることがあります。
  • 会社の規模が縮小される可能性もあります。

 


出典:日本商工会議所「事業承継に関する実態アンケート」調査結果


これらのデメリットやリスクを認識し、適切な対策を講じることが重要です。専門家のアドバイスを受けながら、計画的に準備を進めることで、リスクを最小限に抑えることができます。また、親族内承継が難しいと判断した場合は、従業員承継やM&Aなど、他の選択肢も検討する必要があります。

親族内承継の主な方法

親族内承継を行う際には、主に3つの方法があります。それぞれの特徴や、メリット・デメリットを理解することが重要です。

株式譲渡による承継

株式譲渡は、後継者が現経営者から株式を購入する方法です。

メリット:

1.相続トラブルを防ぎやすい 

  • 特定の家族や親族が対価を支払って株式を取得するため、他の相続人とのトラブルリスクが低減します。

2.資金力が弱い後継者の介入を防げる 

  • 株式取得には資金が必要なため、経営能力のない人物の参入を防ぐことができます。

デメリット:

1.贈与とみなされるリスク 

  • 市場価格より極端に安い金額で売買すると、差額分が贈与とみなされ、贈与税の対象となります。

2.譲渡所得税の発生 

  • 売り手オーナーには売却益に対する譲渡所得税や住民税が発生します。

株式譲渡を選択する際は、適切な株価評価が重要です。

贈与を活用した承継

贈与は、現経営者が後継者に株式を無償で譲渡する方法です。

メリット:

1.株式取得に資金が基本的に不要 

  • 後継者は資金負担なしで経営権を承継できます(税負担は除く)。

2.経営者の意向が反映しやすい 

  • 経営者が生きている間に行われるため、後継者を自由に選べます。

3.節税効果が高い 

  • 暦年贈与制度や相続時精算課税制度を利用することで、税負担を軽減できます。

デメリット:

1.株式譲渡時の税制上の不利益 

  • 後継者が取得した株式を売却する際に、譲渡所得税が発生する可能性があります。

2.贈与の取り消しが困難 

  • 一度行った贈与は、取り消すことが難しいです。

3.制度の金額を超えた場合の高額な税負担 

  • 暦年贈与制度や相続時精算課税制度の限度額を超えると、高額な贈与税が発生することがあります。

贈与を活用する際は、税制を十分に理解し、計画的に行うことが重要です。また、2024年1月1日より相続時精算課税制度にも年間110万円の基礎控除が創設されることに注意しましょう。

相続を通じた承継

相続は、経営者の死亡時に法定相続人が株式を取得する方法です。

メリット:

1.株式取得に資金が基本的に不要 

  • 法定相続人は資金負担なしで株式を取得できます(税負担は除く)。

2.相続税の基礎控除額が高い 

  • 基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人数」と比較的高額です。

デメリット:

1.承継のタイミングが予測不能 

  • 経営者の死亡時に発生するため、計画的な承継が難しいです。

2.相続税負担が予想以上に高くなるリスク 

  • 業績好調時や株価が高い時期に相続が発生すると、税負担が高くなる可能性があります。

3.遺言書がない場合の遺産分割協議のリスク 

  • 遺言書がない場合、相続人間で遺産分割協議が必要となり、争いが起こるリスクがあります。

相続を通じた承継を検討する場合、効力のある遺言書を事前に作成することが重要です。また、相続税対策も含めた長期的な計画が必要です。

これら3つの方法には、それぞれ特徴があります。実際の承継では、これらの方法を組み合わせて活用することも多いです。自社の状況や後継者の事情を考慮し、最適な方法を選択しましょう。

親族内承継を成功に導く方策

親族内承継を円滑に進め、成功させるためには、いくつかの重要なポイントがあります。以下に、主要なポイントを詳しく解説します。

1.早期に検討に着手する 

  • 親族内承継には長い時間がかかるため、早めの準備が不可欠です。
  • 持株会社を用いた長期的な株価対策や、MBOスキームを用いた資金対策など、様々な準備に時間が必要です。
  • 早期に計画を立てることで、承継を断られた場合の代替案(従業員承継やM&Aなど)を検討する余裕ができます。

2.後継者候補の意思確認 

  • 子どもの事業承継に対する関心や意欲を確認することが重要です。
  • 特に、子どもが他の仕事に就いていたり、会社と関わりがない場合は注意が必要です。
  • 後継者候補本人だけでなく、配偶者など関係者の意思も尊重し、十分な合意を得ることが大切です。

3.現経営者が能動的に動く 

  • 現経営者が自覚を持って早期に自主的に取り組むことが重要です。
  • 周囲の不安を払拭し、トラブルを防ぐためにも、現経営者の積極的な姿勢が求められます。
  • 事業承継は現経営者の最後かつ重要な仕事と位置付けましょう。

4.遺言の利用 

  • 自社株を特定の親族(後継者)に集中させる際、他の相続人とのトラブルを防ぐために遺言が有効です。
  • 遺言がない場合、事業用資産や会社株式が他の相続人に分散されるリスクがあります。
  • 「公正証書遺言」を利用することで、遺言の確実性を高めることができます。

5.計画的な後継者育成 

  • 長期的な視点で後継者を育成することが重要です。
  • 経営セミナーへの参加や、他社での業務経験なども検討しましょう。
  • 徐々に重要な役職や取引を任せるなど、段階的な権限委譲が効果的です。

6.関係者への丁寧な説明 

  • 従業員や取引先、金融機関など、関係者への丁寧な説明と理解促進が不可欠です。
  • 特に、後継者より年上の従業員への配慮が重要です。
  • 取引先の不安を解消するため、事前に十分な説明を行いましょう。

7.税制対策の検討 

  • 株式移転に伴う税金の問題を事前に検討し、対策を講じる必要があります。
  • 暦年贈与制度や相続時精算課税制度の活用を検討しましょう。
  • 必要に応じて、税理士などの専門家に相談することをおすすめします。

8.個人保証・担保の対策 

  • 現経営者の個人保証や担保を後継者に移行する際は、金融機関との十分な協議が必要です。
  • 後継者の資産状況も考慮し、計画的に対応しましょう。

9.種類株式や信託の活用 

  • 種類株式を用いて、財産権と経営権を分離するなど、柔軟な承継方法を検討しましょう。
  • 信託を活用した相続税対策も有効な選択肢の一つです。

10.専門家の活用 

  • 事業承継は経営・税務・法務など多岐にわたる知識が必要です。
  • 税理士、弁護士、中小企業診断士など、専門家のサポートを積極的に活用しましょう。

これらのポイントを押さえ、計画的に準備を進めることで、親族内承継の成功確率を高めることができます。また、状況に応じて柔軟に対応することも重要です。常に後継者とのコミュニケーションを大切にし、会社の未来を見据えた承継を目指しましょう。

まとめ

親族内承継は、多くの中小企業が選択する一般的な事業承継方法です。メリットとデメリットを十分に理解し、計画的に準備を進めることが重要です。早期からの取り組みと、専門家のサポートが成功の鍵となります。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

相続の教科書