親族内承継は、中小企業の事業承継で最も選ばれる方法の一つです。株式譲渡や贈与、相続など多彩なスキームが選択でき、後継者育成や税制対策を考慮しながら円滑に承継を目指せます。デメリットや対策も含めて詳しく解説し、親族内承継を検討する経営者が押さえるべきポイントや相続税への備えも紹介します。
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▶目次ページ:親族内承継(親族内承継とは)
親族内承継は、経営者の子どもや娘婿など血縁のある親族に事業を引き継ぐ方法です。事業承継には「親族内承継」「親族外承継(従業員承継など)」「M&A」の大きく3種類がありますが、中小企業では親族内承継が選ばれるケースが多いといわれています。
これは、長年培ってきた経営理念や人脈、取引先との信頼関係を比較的スムーズに引き継げるからです。とくに上場していない企業では、経営権と所有権を同時に後継者へ承継できる点が親族内承継の大きな特徴といえます。
しかし、親族内承継は誰にでも容易にできるわけではありません。後継者候補が承継を望まなかったり、経営の適性が足りなかったりすると、十分な効果が得られないリスクもあります。そのため、事業承継の計画を早期に立て、関係者と十分に話し合いながら進めることが大切です。
事業承継とは、企業の経営者が高齢化や健康問題などで経営を退く際、後継者に会社を引き継ぐ一連の手続を指します。もし適切な承継が行われずに経営者が急逝すると、会社が立ち行かなくなる可能性があるため、中小企業にとって事業承継は死活問題といえます。
日本では高齢化の影響で、65歳以上の経営者が増えています。早めに事業承継を計画しないと、突然の事態で廃業に追い込まれるリスクが高まります。そのようなリスクを回避する意味でも、親族内承継は後継者を早期に育成し、経営理念やノウハウをスムーズに受け渡せる代表的な方法として注目されています。
事業承継を行う際には「経営権」「知的資産」「物的資産」の3つをしっかり引き継ぐ必要があります。
代表取締役をはじめとする役員体制や、会社の重要事項を決めるための議決権など、経営の実権を後継者に移します。親族内承継では、株式(所有権)と経営権を同時にまとめやすい点が利点です。
長年の経営で培われたブランド力、信用力、取引先や顧客との人脈、さらには経営理念や独自のノウハウなどが該当します。これらは書面やマニュアルだけでなく、経営者や従業員の経験・感覚的な部分にも根付いている場合が多いため、計画的な引き継ぎが大切です。
自社株式や社有不動産、設備、機械など形のある資産を含みます。とくに株式(自社株)の承継方法は、親族内承継を検討する上で最も慎重に決めるポイントになります。相続・贈与・株式譲渡など、複数のスキームが存在し、税金面や手続面で対策が必要です。
親族内承継は最も一般的な事業承継の方法ですが、その背景には多くのメリットがあります。以下に主な利点をまとめます。
親族が新社長となる場合、企業内外で自然なバトンタッチとして受け入れられやすいです。長年築いた信頼関係を大きく損なう可能性が低く、従業員のモチベーションや取引先の安心感を保ちやすいといえます。
前経営者の思い入れや理念をそのまま引き継ぎやすいため、会社の文化やブランド力を継続しやすい点が挙げられます。創業者の熱意を理解している子どもや親族であれば、同じ価値観で経営を続けられる可能性が高いです。
親族内承継では、後継者候補が若いうちから会社に携わり、役員や管理職を経験することで、経営ノウハウを長期的に学ぶことができます。外部セミナーや他企業での勤務経験を積ませるなど、計画的に力をつけられる環境を整えやすいのも大きな強みです。
血縁関係がある分、信託や種類株式を活用して財産権と経営権を分けるなど、比較的柔軟に調整できる場合があります。贈与・譲渡・相続といった承継方法の選択肢が多く、状況に応じて最適な方法を検討しやすい点も魅力です。
親族内承継にはたくさんのメリットがありますが、考慮しておきたいリスクも存在します。これらのデメリットを理解したうえで対策を講じることが大切です。
子どもが別の道を選んだり、既に他社で働いていたりして、親の会社を継ぐ意思がないケースがあります。業界の先行きに不安がある場合や、後継者の配偶者の反対なども検討材料です。もし親族内で後継者が見つからなければ、従業員承継やM&Aなど他の方法を模索する必要があります。
親族であっても、経営者として必要なスキルや適性がない場合があります。経営判断が誤ると、社員や取引先との関係を悪化させ、会社全体を苦境に陥れる可能性もあります。強引に承継してしまうと、本人はもちろん周囲の人々も不幸にしてしまう恐れがあるため、後継者の育成は計画的に行うことが欠かせません。
長期にわたって準備していても、現経営者や後継者が急病や事故に見舞われるなど、予想外のトラブルが起こる場合があります。手続の途中で経営者が倒れてしまうと、円滑な引き継ぎができなくなり、混乱を招く可能性があります。
後継者以外の相続人との間で財産をめぐる対立が発生すると、事業用資産が分散し、会社の経営に支障をきたすリスクがあります。相続税の負担も含めて、他の親族との話し合いが不十分だと深刻な争いに発展する場合があるため、遺留分をめぐる問題や公平感の確保を十分に検討しておく必要があります。
親族内承継は、後継者の育成を含めて長い期間を要します。もし準備が遅れると、引き継ぎが完了する前に現経営者が離職・退任せざるを得ないリスクがあり、会社に混乱をもたらします。
中小企業では、借入時に現経営者が個人保証人になるケースが多く見られます。この個人保証を後継者に引き継ぐ際に、金融機関が承認しなかったり、後継者自身が担保にできる資産を持っていなかったりするなど、スムーズに移行できない状況が生じる可能性があります。
株式の評価額が高くなると、相続税・贈与税・譲渡所得税の負担が大きくなり、後継者に大きな資金負担が発生する恐れがあります。税金を支払うために他の資産を売却しなければならないケースもあり、会社の規模縮小や経営の安定性に影響が及ぶことがあります。
親族内承継を円滑に進めるためには、あらかじめ全体の流れを把握して計画を立てることが重要です。一般的には、以下のステップで進められます。
親族内承継では、主に以下の3種類のスキームが活用されます。会社の経営状況や後継者の資金力、家族構成に応じて、最適な手段を選びましょう。
スムーズに親族内承継を成し遂げるためには、以下のポイントをしっかり押さえましょう。
親族内承継の計画をさらに進める際、特定のスキームを用いることで効果的な承継や節税を狙うことができます。代表的な例として「持株会社の設立」と「事業承継税制の活用」が挙げられます。
親族内承継は、経営理念や会社の文化を守りやすく、社内外からも受け入れられやすい方法です。ただし、後継者の意思確認や資質、税金・個人保証への対策、相続人間の公平感など、注意すべき点も多く存在します。特に、中小企業の事業承継には長い準備期間が必要で、家族や従業員、取引先との十分なコミュニケーションが不可欠です。持株会社や事業承継税制を含めた柔軟なスキームを検討しながら、専門家の力を借りて早めに計画を立てることで、より円滑なバトンタッチが実現しやすくなります。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事