コストアプローチ活用で企業価値を見える化する方法を解説
コストアプローチは企業の純資産から価値を導く評価手法です。この記事では中小企業のM&Aで選ばれる理由やメリット・デメリット、計算方法を初心者にも分かりやすく解説し、他の手法との違いも比較します。読み終える頃には自社に最適な活用イメージが描けるはずです。
目次
▶目次ページ:第三者承継(M&A)(企業価値評価)
コストアプローチは、貸借対照表に計上されている資産と負債の差額、すなわち純資産額を出発点に企業価値を評価する考え方です。企業価値評価の三大手法であるインカムアプローチ、マーケットアプローチと並び、中小企業の価値を把握する上で重要な位置を占めます。将来キャッシュフローの予測が困難で上場データも乏しい中小企業では、客観的な数値である純資産に着目する本手法が重宝される傾向があります。
コストアプローチは大きく簿価純資産法と時価純資産法に分かれます。簿価純資産法は帳簿金額をそのまま用いるため計算が簡便で、決算書さえあれば即時に試算できる透明性が魅力です。一方、時価純資産法は資産・負債を算定時点の時価へ置き換えることで含み損益を洗い出せる点が特徴で、不動産の含み益や回収不能債権など帳簿上では見えにくい実態を反映できます。
インカムアプローチは未来の利益計画が、マーケットアプローチは上場類似企業の株価が欠かせません。しかし多くの中小企業ではこれらの前提が整いづらく、決算書のみで客観的に試算できるコストアプローチが譲渡企業・譲受企業双方にとって根拠を共有しやすい手法として支持されています。
コストアプローチには客観性の高さ、算定プロセスの容易さ、そして経営者が直感的に理解しやすいという三つの大きなメリットがあります。反面、のれんやブランド力など無形資産を取り込めず将来の収益性を織り込めないという制約も存在します。
貸借対照表の数字は過去の取引を基礎に確定しているため主観的な仮定をほとんど含みません。そのため評価結果にはブレが生じにくく、第三者へ説明する際の説得力も確保できます。さらに複雑なモデルを組まなくても算定できるため、財務知識が深くないオーナー経営者でも結果を把握しやすい点が強みです。
過去と現在の数値だけで完結するため、将来創出し得る利益やキャッシュフローを織り込めません。のれんやブランドイメージなどの無形資産価値は考慮されず、営業力の高い企業ほど実態より低い評価になる可能性があります。また上場株式や不動産のように時価が大幅に変動する資産を保有している場合、算定時点の含み益に左右されやすい点にも注意が必要です。
コストアプローチには五つの代表的手法が存在します。企業の目的や状況に応じて最適な手法を選択することが重要です。
貸借対照表の資産合計から負債合計を差し引いた純資産をそのまま株式価値とみなす方法です。計算式がシンプルで決算書一式があれば即日で試算できます。まず大まかな企業価値の下限を知りたい場面や、事前検討フェーズで多用されます。ただし含み損益や無形資産は反映されないため実態との乖離には注意が必要です。
資産と負債を算定時点の時価に置き換えて評価します。不動産は取引事例をもとに、棚卸資産は市価を確認し、未使用設備は処分価額へ修正します。負債では賞与引当金や退職給付引当金の不足額を適切に計上し、潜在債務を顕在化させます。実態に近い純資産を把握できますが、依然として将来の収益力は示しません。
時価純資産に企業が今後生み出すと期待される利益の複数年分を加算して評価する手法です。営業権(のれん)は「平均利益×年数」で算定し、平均利益の種類や年数設定で評価額が大きく変わります。中小企業M&Aで広く用いられ、買手が将来利益を数字で把握できる点がメリットです。
企業が事業継続を止め、全資産を売却して債務を返済した後に残る金額を株主価値とみなします。換金性の低い資産には大幅なディスカウントを適用し、解体費用なども控除します。早期清算や不採算事業の切り離しで用いられますが、売却価格が想定より低くなるリスクに注意が必要です。
保有資産を同等機能の資産へ置き換えた場合の再取得価格を基準に評価します。不動産鑑定で用いられる概念を企業全体へ拡張したもので、老朽化を考慮しつつ新規購入コストを見積もります。重要な固定資産の市場価値を確かめ、譲渡対価を探る際の補助材料になります。
企業価値評価は複数アプローチを併用して合理的な価格帯を導き出すのが一般的です。ここではコストアプローチとインカムアプローチ、マーケットアプローチを対比し、組み合わせる際の視点を整理します。
将来生み出す利益を現在価値に割り引いて評価する手法です。事業計画や割引率の設定が結果を左右し、前提が変わると評価額も変動しやすい点が課題です。
類似上場企業の株価や取引倍率を基準に企業価値を推計します。市場価格を利用するため客観性に優れますが、非上場企業では比較対象が見つからず実務に限界があります。
コストアプローチで算定した「純資産を下回らない価格」と、他二手法で算定した「将来性を織り込んだ価格」の間で調整するケースが多いです。
最低限の希望価格を掴みたいならコストアプローチだけでも足りますが、成長余地を交渉材料に加えたい場面ではインカムアプローチを併用すると効果的です。
三つのアプローチを横並びで示すことで買手と売手の認識ギャップを可視化でき、条件交渉が論理的に進む利点も得られます。評価担当者は各手法の特徴を正確に把握し、目的に沿った説明を行うことが重要です。
コストアプローチは計算自体がシンプルでも、手順ごとに確認事項を押さえなければ正確な評価に結び付きません。ここでは中小企業の株式譲渡やM&Aを想定し、譲渡企業・譲受企が納得しやすい結果を得るための5つのステップを整理します。
最初に評価の目的と対象範囲を決定します。M&A交渉か清算判断かで求められる情報が変わるため、譲渡企業は目的を共有し、簿価純資産法・時価純資産法・年買法のいずれを用いるかを合意しておくことが重要です。
直近期の貸借対照表をもとに資産と負債の内訳を確認します。不良在庫や回収遅延債権を洗い出し、純資産を帳簿ベースで確定します。ここで帳簿が整っていないと評価全体が歪むため、固定資産台帳や売掛金年齢表など裏付資料を併せて点検します。
時価純資産法を用いる場合、不動産や上場株式など含み損益がある項目を時価へ置き換えます。不動産は取引事例価格、有価証券は市場価格、設備は処分価額で再評価し、賞与引当不足や潜在債務も加味します。これにより実態に近い純資産が得られます。
将来利益を交渉材料に含める場合、年買法で営業権(のれん)を算定します。直近複数年の平均利益に1〜5年分を乗じ、時価純資産へ加算することで、ブランド力やノウハウなど無形資産の価値を一定程度取り込めます。利益の種類や年数設定は交渉前に合意しておくと齟齬を防げます。
インカムアプローチやマーケットアプローチで算定した価格と比較し、最低価額と最大価額のレンジを把握します。三手法で大きな乖離があれば前提を再確認し、レンジ内で譲渡価格を調整することで双方が納得しやすい交渉を実現できます。
コストアプローチをより実態に近い評価へ導くためには、手順を守るだけでなく質を高める視点が欠かせません。ここでは譲渡企業・譲受企業の双方が納得しやすい結果を得るための3つのポイントを整理します。
コストアプローチは貸借対照表の数値を土台とするため、帳簿が誤っていると評価も歪みます。固定資産台帳と決算書の整合、棚卸資産の実地数量チェック、債権債務の回収可能性や支払確実性の確認など、日常の会計処理を丁寧に行いましょう。未計上の賞与引当、不良在庫、回収遅延売掛金などを洗い出せば、帳簿純資産法だけでなく時価純資産法の精度も向上します。
同じコストアプローチでも、早期に大まかな水準を知る段階では簿価純資産法、含み益・含み損を把握したい段階では時価純資産法、将来利益を交渉材料にするなら年買法といったように手法を切り替えます。目的と誤った手法の選択は、結果の説得力を下げ交渉を難しくする要因となるため注意が必要です。
コストアプローチ単独では将来性を示せません。インカムアプローチやマーケットアプローチの数値と並べ、最低価額と最大価額のレンジを把握することで、譲渡希望額と市場水準の乖離を客観的に説明できます。三手法で乖離が大きい場合は入力データや前提の再確認を行い、整合性を高めることが成功のカギです。
コストアプローチは中小企業のM&Aだけでなく、さまざまな経営判断で重宝されます。代表的な場面を押さえておくと、必要なタイミングを逃しません。
将来キャッシュフロー予測が難しい企業でも、純資産をもとに最低ラインを提示できるため、買手にとっては過大投資リスクを抑え、売手は資産裏付けを示すことで信頼を得られます。
清算価値法を用い、資産売却後に残る金額と事業継続による利益見込みを比較することで、撤退と再建の判断材料になります。
株式譲渡税額の算定において、簿価純資産法や時価純資産法で現時点の資産価値を示すことで、関係者間の公平な分配に寄与します。
無形資産を反映しにくい、将来性が見えないといった弱点を補うため、いくつかの実務上の工夫が行われています。
営業権として平均利益の複数年を加算すれば、ブランド力やノウハウなど無形資産の価値を一定程度取り込めます。
不動産や有価証券は専門家鑑定を依頼し、市場価格で再評価します。これにより時価純資産法でも将来売却可能額を織り込めるため歪みを減らせます。
M&A後の統合効果や成長余地は、別途DCF法などで算定し、プレミアムとして提示すると買手も納得しやすくなります。
スムーズにコストアプローチを進めるには、評価人が迅速に確認できる資料をそろえることが重要です。
月次試算表や決算書に加え、固定資産の取得価額・耐用年数・減価償却累計額が分かる台帳を用意します。
棚卸資産の実地棚卸表、売掛金年齢表、借入金返済予定表など、主な資産・負債の内訳を示す資料が欠かせません。
年買法を検討する場合、直近期の損益計算書複数年分、EBITDAの内訳が分かる補足資料を準備しておくとスムーズです。
最後に、企業がコストアプローチを導入することで得られる主な効果を整理し、実践する意義を再確認します。
純資産を基準とした金額が明示されることで、譲渡企業は不当に低い提示を避けられ、譲受企業も過大な投資を抑えられます。
資産・負債の洗い出し過程で不良在庫や潜在債務が見つかるため、取引前の改善余地を把握できます。
中小企業でも決算書が整っていれば導入可能であり、将来的にインカムアプローチを併用する際の土台にもなります。
コストアプローチを有効活用するには、帳簿精度の向上、目的に応じた手法選択、他アプローチとの比較が欠かせません。譲渡企業は関連資料を事前にそろえ、無形資産や将来性は営業権や別手法で補完することで、双方が納得できる株価レンジを導き出せます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事