コストアプローチとは?M&A企業価値評価の実務と注意点
コストアプローチは、資産と負債を基に会社の価値を捉える評価手法です。不動産の原価法との違い、簿価純資産法・時価純資産法の考え方、含み損益や簿外債務の調整、他手法との使い分けまで、中小企業のM&Aで譲渡価格を検討する実務を分かりやすく解説します。
目次

▶目次ページ:第三者承継(M&A)(企業価値評価)
「コストアプローチは、同じものを今つくる費用で評価する方法なのか。それとも、決算書の純資産で会社を評価する方法なのか」。検索すると説明が分かれており、戸惑う経営者は少なくありません。
結論からいうと、どちらもコストアプローチです。ただし、評価する対象によって具体的な計算方法が異なります。
コストアプローチの基本的な考え方は、評価対象と同等のものを現在あらためて取得、建築、開発すると、いくら必要かを考えることです。この金額を再調達原価といいます。
不動産鑑定では、土地の造成や建物の建築に必要な再調達原価を求め、経年劣化や機能低下による価値の減少を差し引いて積算価格を算定します。考え方を単純化すると、次のとおりです。
積算価格=再調達原価-減価額
知的財産やソフトウエアの評価でも、同じ技術や機能を再現・代替するための費用を見積もる場合があります。ただし、開発に多くの費用をかけたからといって、同額で売れるとは限りません。市場の需要や、その資産が将来生む利益は別に検討する必要があります。
M&A(合併・買収)の企業価値評価でいうコストアプローチは、一般に貸借対照表の資産から負債を差し引き、会社に残る財産価値を捉える方法です。アセットアプローチ、ネットアセットアプローチ、ストックアプローチと呼ばれることもあります。
この方法で直接求めやすいのは、会社の事業そのものの価値よりも、株主に帰属する株式価値です。企業価値、事業価値、株式価値は似た言葉ですが、現預金や借入金の扱いが異なります。
上場会社の時価総額は市場株価から計算できますが、非上場会社には日々の株価がありません。そのため、中小企業では決算書を起点に試算できるコストアプローチが、初期検討の物差しになりやすいのです。
決算書の純資産を、そのまま会社の値段と考えるのは早計です。帳簿には取得時の金額が残り、値上がりした土地や回収困難な売掛金など、現在の実態とずれた項目が含まれるためです。
簿価純資産法は、帳簿上の資産合計から負債合計を差し引いた純資産を、株式価値の参考値とする方法です。
簿価純資産=帳簿上の資産-帳簿上の負債
直近の決算書だけでも計算できるため、会社売却を検討し始めた段階で、大まかな水準を確認するには便利です。
一方、含み損益や簿外債務を反映しません。そのため、最終的な譲渡価格の根拠としては不十分になりやすい点に注意が必要です。
時価純資産法では、資産と負債を評価日時点の実態に合わせて修正します。
時価純資産=時価評価後の資産-時価評価後の負債
すべての項目を精密に時価評価する方法だけでなく、金額への影響が大きい不動産、有価証券、保険、不良債権、滞留在庫などを中心に修正する方法もあります。
評価の目的や会社規模、調査にかけられる費用に応じて、どこまで修正するかを決めることが実務的です。
中小企業のM&Aでは、時価純資産に一定期間の利益を「のれん」として加える年買法が使われることがあります。単純化すると、次の考え方です。
株式価値の参考値=時価純資産+正常収益力の複数年分
正常収益力とは、一時的な損益や経営者個人に関係する費用を調整した、事業が通常生み出す利益です。
何年分を加えるかは、収益の安定性、顧客の分散、経営者への依存、成長余地などで変わります。年買法は将来収益を補う実務上の方法ですが、純粋なコストアプローチだけで完結する計算ではありません。
企業価値評価は、検討初期、買い手候補への提示前、基本合意後など、実施する時点によって必要な精度が変わります。
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帳簿上は利益も純資産も十分なのに、買い手の調査後に評価額が下がることがあります。原因の多くは、資産の回収可能性と、帳簿に表れていない負担の見落としです。
M&A実務では、ここで判断が止まることがあります。
土地や建物は、取得時の金額と現在の時価が大きく違うことがあります。上場株式などの有価証券も、評価日時点の市場価格で含み損益を確認します。
事業に使っていない資産については、買い手が引き継ぐ必要があるかも検討しなければなりません。不要な不動産や有価証券を譲渡前に会社から分けるかどうかが、交渉条件に影響することもあります。
含み益には将来の税負担が伴う場合がある
含み益をそのまま純資産へ加えると、将来その資産を売却したときの税負担を見落とすおそれがあります。
税金の影響をどこまで評価へ反映するかは、評価目的や取引条件によって異なります。単純に時価と簿価の差額を全額加えるのではなく、調整の根拠を明確にすることが大切です。
長期間回収されていない売掛金、役員や関係会社への貸付金、長く動いていない在庫は、帳簿価額のまま回収できない可能性があります。
売掛金の滞留期間、貸付金の返済実績、在庫の販売可能性を確認し、必要に応じて評価を下げます。決算書では資産でも、実際には換金できない。意外と多い落とし穴です。
生命保険は解約返戻金、機械設備は継続して使用する価値や処分価額、会員権は実際の換金可能額を確認します。
再調達原価が高い設備でも、老朽化していたり、中古市場で需要がなかったりすれば、同じ金額の価値があるとは限りません。
退職金規程があっても必要額が十分に計上されていない場合や、賞与、残業代、社会保険料などの未払額がある場合は、将来の支出として純資産を減らす要因になります。
帳簿に負債が計上されていなくても、将来支払う可能性が高ければ、買い手は譲渡価格や契約条件に反映します。
税務調査で追加の税金を求められる可能性、他社借入への保証、訴訟やクレームに伴う支払リスクなども確認対象です。
金額が確定していなくても、発生する可能性と影響額を整理し、買い手へ適切に開示することが重要です。後から判明すると、価格の引下げだけでなく、経営者への信頼にも影響します。
借入金の多さは株式価値や取引条件に影響しますが、単に負債比率が高いだけで会社の価値が決まるわけではありません。返済能力、資金使途、金利、担保、経営者の個人保証まで一体で確認します。
コストアプローチは、数字の根拠が分かりやすく、検証もしやすい手法です。しかし、算定額がそのまま成約価格になるわけではありません。
買い手の需要、競争状況、将来収益、取引条件などが加わり、最終的な価格が決まります。
不動産、設備、有価証券などの資産が多い会社、将来計画を精密に作ることが難しい会社、清算と事業継続を比較したい会社では、純資産が重要な判断材料になります。
計算の流れが比較的分かりやすいため、株主や金融機関に説明しやすい点も利点です。
技術、ブランド、許認可、顧客基盤、人材、継続契約などが価値の中心である会社は、貸借対照表だけでは強みが見えません。
資産が少ないIT企業やサービス業でも、高い収益力があれば大きな価値を持ちます。純資産だけで評価すると、将来の稼ぐ力を十分に反映できず、実態より低い金額になる可能性があります。
会社の利益を生む要因を整理するには、売上成長率、利益率、顧客継続率、経営者への依存などのバリュードライバーを確認します。
EPSやPERは上場株式の分析でよく使われますが、非上場会社でも収益性や類似会社との比較を考える手掛かりになります。
ただし、上場会社の数値をそのまま機械的に当てはめることはできません。会社規模、成長性、株式を市場で売買できないことなどの違いを踏まえる必要があります。
インカムアプローチは、会社が将来生み出す利益やキャッシュフローを現在価値へ直して評価します。成長性を反映しやすい一方、事業計画や割引率の前提が変わると、評価額も動きます。
マーケットアプローチは、類似する上場会社の株価やM&A取引の倍率を参考にする方法です。市場の評価を取り込めますが、非上場の中小企業では、本当に似た比較対象を見つけにくい場合があります。
3つのアプローチで出た数字が違うのは、必ずしも間違いではありません。それぞれ見ている価値が違うためです。
コストアプローチで財産の実態を確認し、インカムアプローチで収益力を測り、マーケットアプローチで市場感を確かめる。複数の結果を価格帯として比較することが、無理のない交渉につながります。
評価を依頼してから資料を探し始めると、古い台帳や説明できない勘定が見つかり、検討が長引きます。
会社売却を決めていない段階でも、主要な資料を整理しておけば、自社の課題を早く把握できます。
一般に、直近3期程度の決算書、最新の試算表、固定資産台帳、借入金返済予定表を準備します。
さらに、売掛金の滞留状況が分かる資料、在庫一覧、保険の解約返戻金資料、退職金規程、賃貸借契約、保証や係争に関する資料があると、時価修正の精度が上がります。
決算書と固定資産台帳の残高が合わない、在庫一覧と会計残高が一致しない、契約書が更新されていない。こうした小さな不整合は、買い手の不信感につながります。
修正できるものは事前に直し、修正できないものは経緯を説明できる状態にしておきます。
株式譲渡では、売り手から買い手へ株式が移り、対象会社の株主が変わります。会社そのものは同じ法人として存続するため、資産・負債・契約などは原則として対象会社に残ります。
一方、事業譲渡では、買い手へ移す資産、負債、契約などを個別に決めます。契約相手や債権者の同意が必要になったり、許認可を買い手が改めて取得したりする場合もあります。
同じ事業を譲渡する場合でも、スキームが違えば評価対象、手続、税負担、経営者の手取額が変わります。
希望価格を考えるときは、評価額だけでなく、役員借入金の返済、役員退職金、個人保証の解除、税金、譲渡後に会社へ残す資産まで確認します。高い評価額でも、条件次第で経営者の手取額は変わるためです。
「会社はいくらか」という問いに、唯一の正解はありません。評価日、利益計画、修正項目、買い手候補によって結果は変わります。
重要なのは、強気な数字をつくることではありません。買い手の調査に耐えられる根拠を用意し、どの前提なら、どの価格帯になるかを説明できる状態にすることです。
同じコストアプローチでも、何を評価し、何の判断に使うかで見る項目が変わります。目的を混同すると、計算そのものは正しくても、意思決定を誤ることがあります。
中小企業の株式譲渡では、時価純資産で足元の財産を確認し、別に収益力や買い手との相乗効果を検討します。
時価純資産は価格の参考下限になりやすいものの、必ずその金額以上で売れるわけではありません。赤字が続いている場合、不要資産が多い場合、譲渡後に多額の追加投資が必要な場合などは、時価純資産を下回る提案を受けることもあります。
建物や造成地の評価では、再調達原価から経年劣化、機能的な陳腐化、市場性の低下などを反映します。
企業価値評価のように貸借対照表全体を見るのではなく、対象となる不動産そのものを評価する点が異なります。
事業を停止し、資産を換金して負債や清算費用を支払った後に残る金額が清算価値です。
実際に短期間で処分すると、帳簿価額や通常の時価より低い価格になる資産も少なくありません。そのため、清算価値は簿価純資産と同じではありません。
会社売却と廃業を比較する際は、経営者の手取額だけでなく、従業員の雇用や取引先への影響も含めて判断します。
相続税や贈与税における非上場株式の評価は、税務上のルールに基づく課税価格です。
一方、M&Aの譲渡価格は、会社の財産、収益力、買い手の評価、交渉条件などによって決まります。目的も計算方法も異なるため、税務上の株価と第三者へ売却できる価格が同じになるとは限りません。
事業承継を検討する際は、相続や贈与に使う税務上の株価と、会社売却の可能性を分けて確認することが大切です。
コストアプローチは、再調達原価や純資産を基に価値を捉える手法で、M&Aでは時価純資産法が重要な土台になります。ただし、帳簿の数字だけでは含み損益、簿外債務、収益力、ブランドなどを十分に反映できません。会社売却を検討する際は、資産・負債を実態へ直し、他の評価手法と比べながら、根拠のある価格帯と手取条件を早めに確認することが重要です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人