従業員持株会と株式譲渡を活用する事業承継の手法とメリット

従業員持株会と株式譲渡を活用する事業承継の手法とメリット

従業員持株会による株式譲渡と社内承継の仕組みを詳しく解説

従業員持株会を活用した株式譲渡は、会社と従業員の双方に多彩なメリットをもたらします。安定株主の確保や従業員の資産形成を後押しする一方、株価変動リスクや運営コストなども検討が必要です。本記事では、従業員持株会の基本的な仕組みから設立ステップ、譲渡の流れまでを詳しく解説します。

目次

  1. 従業員持株会の基本概念と種類
  2. 会社側にとっての利点と課題
  3. 従業員が得られるメリットとデメリット
  4. 会社株式を承継する主な方法
  5. 従業員持株会を設立するステップ
  6. 従業員持株会を活用した譲渡の流れと留意点
  7. まとめ

▶目次ページ:社内承継(社内承継)

従業員持株会の基本概念と種類

従業員持株会は、会社の従業員が自社の株式を共同で購入・保有するために組織される制度です。給与や賞与から一定額を天引きし、その資金をもとに株式を買い付け、各会員が拠出額に応じた持分を保有する仕組みになっています。上場企業では9割以上の会社が導入しているといわれ、非上場企業でも事業承継の手法として注目を集めています。


この制度によって従業員が株主となることで、会社に対する帰属意識や経営への参画意欲が高まるとされます。一方、運用には一定のコストや事務負担が伴うため、導入にあたっては会社の経営状況や目的を慎重に検討する必要があります。


従業員持株会にはいくつかの形態が存在しますが、最も一般的なのは「従業員持株会」と呼ばれるもので、役員や取引先を含まず、従業員のみが加入する仕組みです。ほかにも、会社役員専用の「役員持株会」や、取引先を対象とする「取引先持株会」などがあり、企業の目的や組織形態に応じて選択されます。

会社側にとっての利点と課題

会社が従業員持株会を導入する利点のひとつは、安定株主を確保できることです。従業員持株会は中長期的に株式を保有する傾向があり、企業経営を揺るがす外部からの買収リスクをある程度抑制できます。また、奨励金制度などを設けることで福利厚生の一環となり、従業員満足度を高める効果も期待できます。


さらに、事業承継の観点から見ても、オーナー経営者が保有する株式を一部譲渡することで相続時の株式評価額を抑え、節税につなげられる可能性があります。これにより相続財産となる株式の比率を下げながら、会社の支配権を維持しやすくなるケースもあるでしょう。


一方で、会社側が直面しうる課題としては、まず配当政策の舵取りが難しくなることが挙げられます。配当を減らせば従業員のモチベーションが下がり、業績が苦しいときにも配当を出し続ければキャッシュフローが圧迫されるリスクがあります。運営コストや管理の手間が増加する点も見過ごせません。証券会社や信託銀行に事務を委託する場合でも、一定の費用負担が伴います。


また、従業員が株主となることで、より詳細な経営情報の開示を求められたり、議決権が分散することで意思決定に時間がかかる可能性もあります。制度設計を誤ると、将来的に株主代表訴訟や配当への不信感につながるおそれもあり、導入には十分な検討が必要となります。

従業員が得られるメリットとデメリット

従業員が従業員持株会に参加するメリットとしては、資産形成の手段を得られることが挙げられます。毎月少額ずつ拠出できるため、無理なく株式を取得しやすい仕組みです。会社によっては拠出額に対して奨励金が上乗せされるため、投資効果が高まりやすい点も魅力といえます。また、配当金が出れば手元の資金が増え、株主として経営に興味を持つことでモチベーションが高まる従業員も多いです。


一方で、デメリットも見逃せません。会社の業績が悪化して株価が下落すれば、資産価値が減少するリスクを負います。給与と資産の両面が同じ会社に依存している状態は、会社が倒産した場合のダメージが大きくなるという意味でリスクが集中しやすい面もあります。また、持株会の制度上、株式の現金化には手続が必要で、すぐには売却できないケースもあるため流動性が低いことも留意すべきポイントです。

会社株式を承継する主な方法

事業承継の一環として会社の株式を誰にどのように承継するかは重要なテーマです。オーナーや後継者がどのような状況にあるかで、適切な手法が変わってきます。以下では代表的な3つの方法を紹介します。

相続・遺贈や生前贈与

一般的には、経営者が保有する株式を相続や遺贈、生前贈与という形で次の世代に引き継ぐ方法が考えられます。ただし、生前贈与の場合は贈与税の課税が生じる可能性があり、相続の場合も株式の評価額によっては相続税負担が大きくなるため、事前のシミュレーションが欠かせません。また、遺産分割協議で後継者以外の相続人との間でトラブルが起きるケースもあるため、承継後の会社経営を円滑に進めるためには、早めの対策が重要となります。

資産管理会社(持株会社)への譲渡

オーナー自身や同族などが保有する資産管理会社(持株会社)に株式を譲渡することで、相続税評価を抑える方法も広く利用されています。資産管理会社を通じて株式を保有すると、会社の含み益に対応する法人税相当分が株価評価の際に差し引かれるため、節税効果が期待できます。ただし、設立コストや税務・法務面の管理が必要になるため、こちらも専門家に相談しながら進めることが望ましいです。

従業員持株会への譲渡

相続税対策や株主構成の安定化を図りたい場合には、オーナーが保有する株式の一部を従業員持株会に譲渡する方法があります。従業員持株会は同族関係者ではないため、税務上は配当還元価額を譲渡価格とすることが認められるケースもあり、結果的にオーナーの相続財産評価を抑えながら現金を得られるのが大きな特徴です。

さらに、適切な設計を行えばオーナーが議決権の大半を維持したまま株式を一部売却することも可能で、支配権を失わずにキャッシュを得られます。ただし、実態のない従業員持株会を形式的に設立して税負担だけを回避しようとすると、課税当局から否認されるリスクがあるため注意が必要です。

従業員持株会を設立するステップ

従業員持株会を導入する際は、制度設計を誤ると取り返しのつかないトラブルにつながる恐れがあります。以下に主なステップを示します。


1.規約・細則の作成

従業員持株会の運営ルールや加入・脱退などに関する取り決めを定めます。特に、株式の管理方法や会員が退会する際の株式処理などの手続を明確にしておくことが重要です。


2.理事などの選任

従業員持株会の運営を担う理事や監事を選任します。一般的に、取締役が理事や監事を兼任することは認められないため、従業員の中から選ぶ必要があります。


3.取締役会による承認

給与天引きによる拠出や奨励金の支給など、会社側の協力が不可欠となる事項が多いため、取締役会で正式な承認を得るステップが欠かせません。


4.銀行口座の開設と覚書の締結

従業員持株会専用の口座を開設し、会社と持株会のあいだで覚書を取り交わします。覚書には、株式の目的外利用を禁止する条項や手数料負担の取り決めなどを明示することが望ましいです。


5.会員の募集

規約を説明する場を設け、希望する従業員から入会手続を受け付けます。加入はあくまで任意であり、強制することはできません。拠出額を設定する際には、従業員の経済状況にも配慮しましょう。


6.運用開始

資金を拠出し、実際に株式を購入し始めます。管理業務は外部の証券会社などに委託する場合が多いですが、社内で完結させる例もあります。どの程度の費用と人的リソースが必要かを見極めたうえで、運営方法を決定することが大切です。

従業員持株会を活用した譲渡の流れと留意点

オーナー経営者が保有する株式を従業員持株会に譲渡する流れは、基本的に通常の株式譲渡手続と同様ですが、配当還元価額での売買が認められるケースがある点が大きな特徴です。ここでは、主なメリットと留意点を整理します。

配当還元価額での譲渡による節税効果

従業員持株会は同族関係者とは見なされないため、一定の条件を満たせば株式を配当還元価額という低い評価額で譲渡できます。たとえば、発行済株式総数の一部を従業員持株会に移す場合、支配権を維持しながら相続財産を圧縮しつつ、現金を手にすることも可能です。これにより、相続税の負担を減らせるだけでなく、譲渡益による手取り資金を事業資金に再投資する選択肢も得られます。

支配権維持と社外流出防止

規約を整備した従業員持株会では、株式をまとめて管理し、退職時や解散時の取り扱い方法を決めることが一般的です。個々の従業員が直接株式を取得する場合と比べ、社外に株が流出するリスクを抑えられる点は大きなメリットです。さらに、譲渡対象の株式を議決権制限株式にしておけば、オーナーは支配権を維持しやすいでしょう。

投資育成会社の並行活用

必要に応じて、投資育成会社と呼ばれる半公的な機関を外部の安定株主として活用する方法も考えられます。投資育成会社は行政の監督下で運営されているため、安定した株主としての役割を期待できます。従業員持株会と併用することで、株式の分散やリスクヘッジを強化できる可能性があります。ただし、これは制度の枠組や会社の状況によって適用可否が異なるため、専門家に相談して判断することが望ましいです。

留意点と注意事項

・実態のない持株会はリスク大

節税だけを目的にした形骸的な従業員持株会を設立すると、課税当局から否認される可能性があります。必ず制度趣旨を満たした運営を心がけましょう。


・配当の継続に対するプレッシャー

会社側は配当を継続しなければ従業員の信頼を失う恐れがあり、運営を続けるうえで財務的な負担が増えることがあります。


・倒産リスクの集中

従業員にとっては、勤務先が経営不振になると給与所得と株式価値が同時に損なわれるリスクがあるため、過度に資産を集中させることの是非を検討する必要があります。


・キャピタルゲインの期待は薄い

上場株式への投資のように、株価上昇による大きな売却益(キャピタルゲイン)を得るのは難しいケースが多いです。社団など一部の形態を除けば、配当収益がメインとなります。

まとめ

従業員持株会を使った株式譲渡は、会社と従業員がともに利益を得られる一方、配当負担やリスク集中などの課題もあります。相続税対策や会社の安定化を図るうえで有効な方法ですが、設計や運営を誤るとトラブルに発展する可能性もあるため、専門家に相談しながら慎重に進めることが大切です。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

相続の教科書