事業承継税制とM&A活用で後継者問題を解決する方法を解説

事業承継税制で贈与税・相続税の支払を猶予・免除できるって本当?中小企業の経営者が知るべき制度の仕組みと2025年度改正点を税理士がやさしく解説します。

目次

1.事業承継税制の概要

2.事業承継税制が重要視される背景

3.事業承継税制の適用条件

4.事業承継税制の長所と短所

5.事業承継税制の利用手順

6.まとめ

事業承継税制の概要

事業承継税制は、中小企業の事業承継を税負担の面から後押しする目的で2009年に創設されました。後継者が自社株式を贈与や相続で取得すると、本来は多額の贈与税・相続税が課税されますが、本制度を活用すると一定の要件下でその納税が猶予され、最終的には免除される可能性があります。資金を税金ではなく事業継続に充てられるため、承継をスムーズに進められる点が大きな特徴です。

制度の目的

制度の第一の狙いは「雇用と地域経済を守る」ことです。経営者の高齢化が進む一方で、後継者が決まらないまま廃業するケースが増えれば、雇用喪失や地域経済の縮小につながります。納税負担を先送りし、条件を満たせば免除する仕組みであれば、後継者は株式取得のために会社の資金を取り崩す必要がなくなり、事業の継続性を確保できます。

一般措置と特例措置

法人版事業承継税制には「一般措置」と「特例措置」の二本立てがあります。一般措置は創設以来続く恒久制度で、贈与税・相続税の2/3が納税猶予となり、対象株式数に上限があります。2018年度改正で導入された特例措置は時限立法で、2027年12月31日までに承継を終える必要がありますが、税額100%が猶予され、株式数に上限がありません。この大胆な優遇により制度利用が急増しました。

参照:非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予及び免除の特例のあらまし(国税庁)

1.一般措置: 

  • 2008年の創設以来、継続して適用されている制度
  • 納税猶予割合は相続税・贈与税額の2/3
  • 対象株式数に上限がある

2.特例措置: 

  • 2018年度税制改正で創設された、10年間の特例制度
  • 納税猶予割合は相続税・贈与税額の全額(100%)
  • 対象株式数の上限がない

特例措置は、2018年1月1日から2027年12月31日までの10年間に限定された制度です。この制度を利用するためには、2023年3月31日までに「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります。

2025年度税制改正のポイント

2025年度改正では、特例措置の「後継者の役員就任要件」が緩和されました。従来は承継の3年以上前から役員に就いている必要がありましたが、改正後は「贈与直前までに役員就任していれば可」とされ、活用のハードルが大幅に下がりました。ただし、特例承継計画の提出期限(2026年3月31日)と、株式承継完了期限(2027年12月31日)は据え置きです。期限内に計画提出だけでも行い、適用オプションを確保することが重要です。

事業承継税制が重要視される背景

経済産業省の試算では、2025年までに中小企業の廃業で約650万人の雇用と22兆円のGDPが失われる恐れがあるとされています。経営者の平均年齢が上がり、後継者不足が深刻化するなか、相続税・贈与税負担は承継遅延の大きな要因です。日本商工会議所の2024年アンケートでも、自社株評価額1億円超の企業で事業承継税制を「利用・検討」している割合は35%にとどまり、制度認知と活用促進が急務といえます。

事業承継税制の適用条件

制度を利用するには、会社・後継者・先代経営者それぞれが細かい要件を満たす必要があります。以下では主なポイントを整理します。

対象会社の条件

  • 中小企業者であること(製造業資本金3億円以下または従業員300人以下、卸売業1億円以下または100人以下、小売業5,000万円以下または50人以下、サービス業5,000万円以下または100人以下)
  • 従業員が1名以上いる
  • 売上を計上している
  • 上場会社でない
  • 風俗営業会社でない
  • 資産管理会社でない(総資産の70%以上が特定資産など。ただし事業実態があれば例外あり)
    資本金が基準を超える場合でも、減資によって中小企業者要件を満たせる可能性があります。

後継者の要件

〈贈与の場合〉

  • 18歳以上
  • 代表者に就任している
  • 役員就任から3年以上(特例措置は贈与直前就任で可)
  • 後継者と親族等で議決権50%超を保有し、後継者が最多議決権(複数後継者は10%以上かつ最多)


〈相続の場合〉

  • 相続開始後5か月以内に代表権取得
  • 上記と同等の議決権要件
  • 相続直前に役員であること(被相続人が60歳未満で死亡した場合を除く)

先代経営者の要件

〈贈与の場合〉

  • 贈与直前まで代表者
  • 贈与後に代表を退任
  • 贈与直前に議決権50%超を保有し、後継者以外で最多


〈相続の場合〉

  • 相続直前まで代表者
  • 同様に議決権50%超を保有し後継者以外で最多

これらをクリアすることで、後継者は猶予・免除のメリットを享受できます。

適用条件クリアの実務チェックポイント

条件を満たしているつもりでも、申請段階で要件漏れが見つかり適用が受けられないケースは少なくありません。ここでは実務で特に見落としがちなポイントを挙げます。


株主構成の固定化 
納税猶予対象株式は承継後も継続保有が求められます。持株会や親族間で分散している場合は事前に整理し議決権50%超を確保しましょう。


役員就任のタイミング 
贈与直前就任が認められるのは特例措置のみです。一般措置を選択する場合は3年以上の役員歴が不可欠なので、計画的な人事が必要です。


資産管理会社の判定 
不動産賃貸や余剰資金の株式投資が主収入になっていると資産管理会社と判断される恐れがあります。事業実態の要件を充たすか、事業用資産比率を見直すか、早めに税理士へ相談しましょう。


減資による要件適合 
資本金を大幅に下げると金融機関の与信に影響する可能性があります。減資と同時に資本剰余金へ振り替えるなど、財務体質を損なわない手法を検討しましょう。


早い段階で専門家と現状診断を行うことで、スムーズな適用準備が進みます。

特例措置を選ぶか一般措置を選ぶかの判断軸

特例承継計画の提出

100%猶予の特例措置は魅力的ですが、時限立法である以上「時間との勝負」です。ここでは両制度を比較し、経営者が検討すべき観点を整理します。


〈主な比較ポイント〉

税額の猶予割合
一般措置は相続・贈与税の2/3、特例措置は全額

対象株式数
一般措置は発行済株式の3分の2まで、特例措置は上限なし

雇用確保要件
一般措置は平均8割維持、特例措置は実質撤廃

後継者の役員歴
一般措置は3年以上、特例措置は贈与直前就任で可(2025改正)

特例承継計画の提出期限
一般措置はなし、特例措置は2026年3月31日

株式承継の完了期限
一般措置はなし、特例措置は2027年12月31日


特例措置は税負担ゼロを実現できる反面、期限管理が必須です。資金調達や親族調整に時間がかかる場合は、あえて一般措置を選択する方がリスクが低い場合もあります。制度選択は後継者の準備状況、株式評価額、会社の成長戦略を総合的に考慮しましょう。


参照:財務省

事業承継税制を利用するには、以下のような手順を踏む必要があります。

この過程は複雑で時間がかかるため、早めの準備と専門家のサポートが重要です。

2025年度改正を受けたスケジュールイメージ

改正で役員就任要件は緩和されましたが、残りの手続は従来と同じです。典型的な流れは次のとおりです。


  1. 認定支援機関の助言を受けながら特例承継計画を作成
  2. 2026年3月31日までに都道府県へ計画提出
  3. 計画確認書を受領後、議決権調整や代表交代を実施
  4. 2027年12月31日までに自社株の贈与または相続完了
  5. 贈与税または相続税の申告時に納税猶予を申請


計画提出から株式移転、申告までには通常1年半から2年程度を要します。猶予された税負担は会社の成長投資に回せるため、経営計画と手続を並行させる姿勢が欠かせません。

制度利用の現状データ

日本商工会議所が2024年3月に実施したアンケートによると、自社株評価額1億円超の企業で事業承継税制を「利用・検討」している割合は35%に過ぎません。半数以上は「制度を知っているが検討していない」または「制度自体を知らない」と回答しました。裏を返せば、期限内に計画を提出し要件を整えるだけで、大多数の競合が享受していない優遇を得られる可能性があるということです。


中小企業が地域で果たす役割は大きく、円滑な承継が実現すれば雇用や取引先の連鎖倒産リスクを抑え、地域経済の持続可能性を高めることにつながります。制度を正しく理解して早めに動くことが不可欠です。ぜひ参考にしてください。

事業承継税制の長所と短所

事業承継税制は税負担を劇的に軽減できる一方で、厳格な要件や定期報告などの負担も伴います。制度を活用する前に必ず押さえておきたいメリットとデメリットを整理します。

メリット(長所)

税金の大幅な猶予・免除

一般措置では相続税・贈与税額の3分の2、特例措置では全額が納税猶予となり、一定期間要件を満たせば免除されます。多額の税資金を準備する必要がなくなるため、事業継続資金を確保しやすくなります。


個人事業主も対象

2019年度改正で個人版事業承継税制が創設され、個人事業主の事業用資産についても猶予が認められます。法人化を急がなくても税負担を抑えつつ承継を検討できます。


事業用資産を手放さずに済む

株式や土地などを売却して納税資金を捻出する必要がなく、承継後の営業基盤を維持しやすくなります。


計画的な承継を促進

特例承継計画を提出するプロセス自体が、経営者と後継者の役割分担や経営ビジョンを言語化する機会になります。

デメリット(短所・注意点)

手続が煩雑で継続的な報告が必要

特例承継計画の作成、納税猶予申請、担保提供に加え、承継後5年間は毎年、その後は3年ごとに継続届出書を税務署へ提出しなければなりません。書類不備や提出遅延があれば猶予打切りの恐れがあります。


取消事由に該当すると追徴課税

納税猶予対象株式を譲渡したり、事業を廃止した場合は猶予税額に利子税を上乗せして納付しなければなりません。特例措置では業績悪化時に再計算の救済がありますが、それでも追徴リスクは残ります。


一定期間経営の自由度が制限される

株式譲渡や大規模な組織再編を行うと要件を外れる可能性があります。M&Aで急拡大を狙う企業や、不採算部門を大きく切り離す計画がある場合は慎重な検討が必要です。


専門家コストが発生

制度自体が複雑であり、税理士やM&Aアドバイザーのサポートは不可欠です。

メリットをさらに深掘り

長期的な免除見込み

相続の場合は後継者が死亡した時点、贈与の場合は後継者が株式を保有したまま一定期間を経過した時点で猶予税額が免除されます。


雇用確保要件の実質撤廃

特例措置では従業員数の8割維持が努力義務化され、景気変動で雇用が一時的に減っても取消事由になりにくくなりました。


経営の自由度を確保しやすい

雇用要件の緩和により、人員再配置や業務効率化の施策を取りやすくなっています。

メリットをさらに深掘り

定期報告の概要

承継後1年目から5年目までは毎年『年次報告書』(都道府県)と『継続届出書』(税務署)を提出し、6年目以降は3年ごとに継続届出書を提出します。


取消事由の代表例と影響


  • 後継者が対象株式を譲渡・売却・贈与した場合
  • 合併や株式交換で対象株式が消滅した場合
  • 事業を廃止・休止した場合
    取消となると再計算した税額と利子税を短期間で納付する必要があり、資金繰りへの影響が大きくなります。


担保の継続管理

株価が上昇すると担保不足が生じることがあります。追加担保が必要になる前に株価モニタリングを行いましょう。

デメリットを補う実践的対処法

書類管理のデジタル化

年次報告や届出書をクラウドで共有し、提出スケジュールをリマインドする仕組みを作ればミスを防げます。


資金繰りシミュレーション

猶予打切り時の税額を試算し、緊急時のキャッシュプランを持つと安心です。


専門家との定期面談

毎期決算後に税理士と要件チェックを行い、取消リスクを早期発見する仕組みを構築しましょう。

事業承継税制の利用手順

制度を実際に適用する流れは五段階に分かれます。


1.特例承継計画の作成・提出

後継者・株主構成・承継時期・事業計画をまとめ、認定支援機関の助言を受けて都道府県知事へ提出します。


2.自社株の移転(贈与または相続)

計画確認書を受領後、代表交代と株式移転を実行します。

3.税務申告と納税猶予申請

贈与なら翌年3月15日まで、相続なら発生から10か月以内に申告し、猶予申請書を添付します。

4.担保の提供

猶予税額に対する担保を税務署へ差し入れます。通常は対象株式を担保登録します。


5.定期報告と猶予継続・免除判断

承継後5年間は毎年、その後は3年ごとに届出を行い要件を維持します。

利用手順に沿ったタイムラインの詳細

制以下は特例措置で贈与を選択したケースのモデルスケジュールです。



月/年         手続         主な作業

2025/05 事前診断 株価算定、株主整理、議事録作成

2025/10 計画作成 特例承継計画ドラフト作成、認定支援機関確認

2026/02 計画提出 都道府県に特例承継計画提出

2026/04 計画確認 計画確認書受領、代表交代準備

2027/03 贈与実行 株式贈与契約、公証、贈与税申告

2027/05 納税猶予 担保提供、納税猶予申請書提出

制度を使わずに多額の相続税を一括納付する場合と比べ、キャッシュ流出を抑えながら承継を進められる点が大きなメリットです。

制度利用後のフォローアップ体制

承継が完了した後も、納税猶予が免除されるまでは監督期間です。


後継者の長期ビジョン策定

中期経営計画を策定し、売上・雇用・投資の指標を設定すると経営の軸がぶれにくくなります。


モニタリングツールの導入

議決権比率や資産構成をリアルタイムで確認する管理台帳を作成し、要件逸脱を未然に防ぎます。


緊急時の選択肢確認

業績悪化や外部からの買収提案があった場合に備え、税務・法務への影響を整理しておくと判断が迅速になります。

まとめ

事業承継税制は、後継者不足と資金不足という二つの課題を同時に解決できる制度です。煩雑な手続を敬遠する経営者も多いものの、期限内に計画を提出するだけで選択肢が大きく広がります。専門家と連携して早期に準備を進めることで、企業と従業員、取引先を将来にわたり守ることができます。タイムリミットが迫る今こそ、最初の一歩を踏み出しましょう。制度を理解し、早めの準備を進めた企業こそが、次世代へ価値を継承する主役になれます。 今から動き出しても決して遅くありません。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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