事業承継税制を利用すれば、贈与税・相続の支払が猶予・免除される!

事業承継税制は中小企業の円滑な事業承継を支援する制度です。本記事では、事業承継税制の仕組み、メリット・デメリット、適用要件、利用手順などを分かりやすく解説します。税負担軽減のための重要な情報をご紹介します。

目次

  1. 事業承継税制の概要
  2. 事業承継税制の適用条件
  3. 事業承継税制の長所と短所
  4. 事業承継税制の利用手順
  5. まとめ

事業承継税制の概要

事業承継税制は、中小企業の円滑な事業承継を支援するために設けられた制度です。この制度の主な目的は、後継者が自社株式を相続または贈与で取得する際に発生する相続税や贈与税の負担を軽減することにあります。

具体的には、一定の要件を満たす場合、後継者が取得した自社株式にかかる相続税や贈与税の納税を猶予し、さらに長期的には免除する可能性もある制度となっています。

事業承継税制が重要視される背景

事業承継税制が重要視される背景には、日本における経営者の高齢化と後継者不足の問題があります。経済産業省の試算によると、2025年頃までに中小企業の廃業が原因で約650万人の雇用と、約22兆円のGDPが失われる可能性があるとされています。

この制度は、以下のような状況に対応することを目指しています:

1.相続税・贈与税の負担による事業承継の遅れ

2.納税のための資金確保が経営を圧迫するリスク

3.後継者不在による廃業の増加

事業承継税制は、2009年度の税制改正で創設されて以来、適用要件の緩和など、より利用しやすい制度となるよう改善が重ねられてきました。これにより、近年では制度の利用件数が増加傾向にあります。

「事業承継に関する実態アンケート」

日本商工会議所が2024年3月に公表した「事業承継に関する実態アンケート」によると、自社株の相続税評価額が1億円超の企業のうち、後継者を決定している企業に限っても、事業承継税制を利用・検討している企業は約35%にとどまっています。約半数の企業は「税制は知っているが、検討していない」または「税制を知らない」という状況です。

このような現状を踏まえ、事業承継税制の内容や活用方法について正しく理解することが、円滑な事業承継を実現する上で重要となっています。

参照:日本商工会議所「事業承継に関する実態アンケート」調査結果

事業承継税制の適用条件

事業承継税制を利用するためには、いくつかの条件を満たす必要があります。これらの条件は、会社、後継者、そして先代経営者それぞれに設定されています。

一般措置と特例措置の違い

株事業承継税制には、一般措置と特例措置の2つの制度があります。これらは適用される税額や対象となる株式数などが異なります。

参照:非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予及び免除の特例のあらまし(国税庁)

1.一般措置: 

  • 2008年の創設以来、継続して適用されている制度
  • 納税猶予割合は相続税・贈与税額の2/3
  • 対象株式数に上限がある

2.特例措置: 

  • 2018年度税制改正で創設された、10年間の特例制度
  • 納税猶予割合は相続税・贈与税額の全額(100%)
  • 対象株式数の上限がない

特例措置は、2018年1月1日から2027年12月31日までの10年間に限定された制度です。この制度を利用するためには、2023年3月31日までに「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります。

対象となる会社の条件

事業承継税制の適用を受けるためには、会社が以下の条件を全て満たす必要があります。

1.中小企業者であること 

  • 製造業等:資本金3億円以下または従業員300人以下
  • 卸売業:資本金1億円以下または従業員100人以下
  • 小売業:資本金5,000万円以下または従業員50人以下
  • サービス業:資本金5,000万円以下または従業員100人以下

2.従業員が1名以上いること

3.売上が計上されていること

4.上場会社でないこと

5.風俗営業会社(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に規定されている会社)でないこと

6.資産管理会社でないこと 

  • 資産管理会社とは、有価証券や自社で使用していない不動産、現金・預金などの特定資産の保有割合が総資産の帳簿価額の70%以上、または売上に占める特定資産運用収入が75%以上の会社を指します。
  • ただし、3年以上継続して事業を行っており、常時使用する従業員が5人以上いるなど、一定の事業実態がある場合は対象となる可能性があります。

なお、中小企業者に該当しない資本金額の場合でも、事前に減資を行うことで事業承継税制の適用を受けられる可能性があります。

後継者が満たすべき要件

後継者に関する要件は、贈与と相続の場合で異なります。それぞれの場合について説明します。

1.贈与の場合の後継者要件

  • 会社の代表者であること
  • 20歳以上(2022年4月1日からは18歳以上)であること
  • 役員就任から3年以上経過していること
  • 後継者および特別の関係がある者(後継者の親族等)と合わせて総議決権数の50%超の議決権数を保有すること
  • (1人の後継者の場合)特別の関係がある者の中で最も多くの議決権数を保有すること
  • (2人または3人の後継者の場合)総議決権数の10%以上を保有し、特別の関係がある者の中で最も多くの議決権数を保有すること

2.相続の場合の後継者要件

  • 相続開始の日から5か月経過した時点で会社の代表権を有していること
  • 相続開始時に後継者および特別の関係がある者と合わせて総議決権数の50%超の議決権数を保有すること
  • (1人の後継者の場合)相続開始時に特別の関係がある者の中で最も多くの議決権数を保有すること
  • (2人または3人の後継者の場合)相続開始時に総議決権数の10%以上を保有し、特別の関係がある者の中で最も多くの議決権数を保有すること
  • 相続開始の直前に会社の役員であること(ただし、被相続人が60歳未満で死亡した場合は除く)

これらの要件を満たすことで、後継者は事業承継税制の適用を受けることができます。

先代経営者に求められる条件

先代経営者に関する要件も、贈与の場合と相続の場合で異なります。それぞれの場合について説明します。

1.贈与の場合に必要な条件 

  • 会社の代表者であったこと
  • 贈与の直前において、贈与者(先代経営者)および贈与者と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、さらに、後継者を除いたこれらの者の中で最も多くの議決権数を保有していたこと
  • 贈与時において、会社の代表者を退任していること

ただし、贈与の直前において、既に特例措置の適用を受けている者がいる場合などは、上記2つの要件は必要ありません。

2.相続の場合に必要な条件

  • 会社の代表者であったこと
  • 相続開始の直前において、被相続人(先代経営者)および被相続人と特別の関係がある者で総議決権数の50%超の議決権数を保有し、さらに、後継者を除いたこれらの者の中で最も多くの議決権数を保有していたこと

ただし、相続開始の直前において、既に事業承継税制の適用を受けている者がいる場合などは、この要件は必要ありません。

これらの条件を満たすことで、先代経営者から後継者への円滑な事業承継が可能となり、事業承継税制の恩恵を受けることができます。

事業承継税制の長所と短所

事業承継税制を利用する際には、そのメリットとデメリットを十分に理解することが重要です。以下では、事業承継税制の長所と短所について詳しく説明します。

事業承継税制を活用するメリット

1. 税金の大幅な猶予・免除

事業承継税制の最大のメリットは、事業承継にかかる相続税や贈与税が大幅に猶予され、場合によっては免除されることです。

  • 一般措置の場合:納税猶予割合は相続税・贈与税額の2/3
  • 特例措置の場合:納税猶予割合は相続税・贈与税額の全額(100%)

これにより、後継者は多額の税金を準備する必要がなくなり、事業継続に必要な資金を確保しやすくなります。さらに、一定の条件を満たし続けることで、猶予された税額が最終的に免除される可能性もあります。

2. 個人事業主も対象

2019年度の税制改正により、個人事業主も事業承継税制の対象となりました。これにより、法人だけでなく個人事業主も事業承継時の税負担を軽減できるようになりました。

個人版事業承継税制の手続は、要件を満たしていれば法人版に比べて比較的簡単です。大幅な節税効果も期待できるため、条件を確認し申請を検討する価値があります。

3. 事業用資産の維持が容易に

事業承継税制を利用することで、事業用資産(自社株式など)を売却せずに後継者に引き継ぐことができます。これにより、事業継続に必要な資産を維持しやすくなり、安定した経営基盤を確保することができます。

4. 計画的な事業承継の促進

事業承継税制を利用するためには、事前に特例承継計画を作成し提出する必要があります。これにより、経営者は早い段階から事業承継について考え、計画的に準備を進めることができます。

事業承継税制のデメリットと注意点

1. 煩雑な手続と定期的な報告義務

事業承継税制を利用する際には、多くの書類作成や手続が必要となります。日本商工会議所の2024年3月のアンケート結果によると、「提出書類や手続きが煩雑」であることが、事業承継税制利用のネックとして最も多く挙げられています。

具体的には以下のような手続や報告が必要です。

  • 特例承継計画の作成と提出
  • 認定申請
  • 税務申告
  • 担保の提供
  • 定期的な報告(最初の5年間は毎年、その後は3年ごと)

これらの手続を怠ると、納税猶予が打ち切られる可能性があるため、注意が必要です。

2. 取消事由に該当した場合の追徴課税リスク

事業承継税制の適用後、一定の取消事由に該当すると、猶予されていた税金に加えて利子税も支払わなければならなくなります。主な取消事由には以下のようなものがあります。

  • 納税猶予対象株式の譲渡
  • 事業継続要件を満たさなくなった場合
  • 業績悪化による廃業

ただし、特例措置では、業績悪化で売却・廃業した場合、相続・贈与時の自社株評価額ではなく、業績悪化後の売却・廃業時の自社株評価額で相続税・贈与税を再計算できるため、税負担は軽減できる可能性があります。

3. 経営の自由度の制限

事業承継税制を利用すると、一定期間は株式の譲渡や事業内容の大幅な変更が制限されます。これにより、以下のように経営環境の変化に柔軟に対応することが難しくなる可能性があります。

  • M&Aによる事業拡大の機会を逃す可能性
  • 新規事業への進出が制限される可能性
  • 経営不振時の事業再編が困難になる可能性

4. 専門家のサポートが必須

事業承継税制は非常に複雑な制度であり、専門的な知識が必要です。そのため、税理士やM&Aアドバイザーなどの専門家のサポートが不可欠となります。これには以下のような理由があります。

  • 制度の内容が複雑で、正確な理解が難しい
  • 申請手続が煩雑で、多くの書類作成が必要
  • 定期的な報告や要件の維持に専門的なアドバイスが必要

専門家への依頼は追加のコストとなりますが、制度を正しく活用し、リスクを最小限に抑えるために重要な投資と言えます。

5. 適用期限や提出期限の制約

事業承継税制、特に特例措置には適用期限があります。現行の制度では以下のような期限が設定されています:

  • 特例措置の適用期限:2027年12月末
  • 特例承継計画の提出期限:2026年3月末

これらの期限に間に合わないと、税制優遇を受けられない可能性があります。日本商工会議所のアンケートでも、これらの期限に間に合わない可能性を懸念する声が多く挙げられています。

以上のように、事業承継税制には多くのメリットがある一方で、注意すべき点やデメリットも存在します。

事業承継税制の利用手順


参照:財務省

事業承継税制を利用するには、以下のような手順を踏む必要があります。

この過程は複雑で時間がかかるため、早めの準備と専門家のサポートが重要です。

特例承継計画の提出

事業承継税制、特に特例措置を利用する場合、まず「特例承継計画」を作成し、都道府県知事に提出する必要があります。この計画には以下の内容が含まれます。

  • 会社の概要
  • 後継者の概要
  • 事業承継の時期
  • 事業承継後5年間の事業計画

特例承継計画の作成には、税理士などの認定経営革新等支援機関の指導や助言を受けることが求められます。計画を提出し、都道府県知事の確認を受けると、認定書が交付されます。

自社株の移転

特例承継計画に基づいて、実際に自社株を後継者に移転します。移転方法には主に以下の2つがあります。

a) 贈与による移転:

  • 先代経営者が代表者を退任し、後継者が代表者に就任する
  • 株式を先代経営者から後継者に一括贈与する

b) 相続による移転:

  • 後継者は相続発生前に会社の役員になっている必要がある
  • 相続発生後、自社株を相続する

税務申告書の提出

自社株の移転後、所定の期間内に税務申告を行う必要があります。

  • 贈与の場合:贈与を行った年の翌年2月1日から3月15日までに申告
  • 相続の場合:相続発生から10か月以内に申告

この際、事業承継税制の適用を受けるための特別な申告書類も併せて提出します。たとえ贈与税や相続税が発生しない場合でも、申告書の提出は必須です。

担保の提供

納税猶予の対象となった税額と利子税の額に応じて、担保を税務署に提供する必要があります。通常、特例を受けた会社の自社株を担保とすることで、追加の担保提供は不要となります。

事業承継後の定期報告

事業承継税制の適用を受けた後も、以下のような定期的な報告が必要です。

  • 事業承継後5年間:毎年、都道府県に年次報告書を提出し、税務署に継続届出書を提出
  • 5年経過後:3年ごとに税務署に継続届出書を提出

これらの報告を怠ると、納税猶予が打ち切られる可能性があるため、注意が必要です。

納税猶予の継続・確定

上記の手続を適切に行い、事業継続などの要件を満たし続けることで、納税猶予を継続できます。さらに、一定期間(原則として後継者の死亡の時まで)要件を満たし続けると、猶予税額が免除されます。

一方、要件を満たせなくなった場合や、自社株を譲渡した場合などは、猶予税額の全部または一部と利子税を納付する必要があります。

以上の手順を踏むことで、事業承継税制を利用することができます。

参照:日本商工会議所「事業承継に関する実態アンケート」調査結果

まとめ

事業承継税制は、中小企業の円滑な事業承継を支援するための重要な制度です。適切に活用することで、相続税や贈与税の負担を大幅に軽減し、企業の存続と発展を促進することができます。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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