事業承継税制は中小企業の円滑な事業承継を支援する制度です。本記事では、事業承継税制の仕組み、メリット・デメリット、適用要件、利用手順などを分かりやすく解説します。税負担軽減のための重要な情報をご紹介します。
目次
事業承継税制は、中小企業の円滑な事業承継を支援するために設けられた制度です。この制度の主な目的は、後継者が自社株式を相続または贈与で取得する際に発生する相続税や贈与税の負担を軽減することにあります。
具体的には、一定の要件を満たす場合、後継者が取得した自社株式にかかる相続税や贈与税の納税を猶予し、さらに長期的には免除する可能性もある制度となっています。
事業承継税制が重要視される背景には、日本における経営者の高齢化と後継者不足の問題があります。経済産業省の試算によると、2025年頃までに中小企業の廃業が原因で約650万人の雇用と、約22兆円のGDPが失われる可能性があるとされています。
この制度は、以下のような状況に対応することを目指しています:
1.相続税・贈与税の負担による事業承継の遅れ
2.納税のための資金確保が経営を圧迫するリスク
3.後継者不在による廃業の増加
事業承継税制は、2009年度の税制改正で創設されて以来、適用要件の緩和など、より利用しやすい制度となるよう改善が重ねられてきました。これにより、近年では制度の利用件数が増加傾向にあります。
日本商工会議所が2024年3月に公表した「事業承継に関する実態アンケート」によると、自社株の相続税評価額が1億円超の企業のうち、後継者を決定している企業に限っても、事業承継税制を利用・検討している企業は約35%にとどまっています。約半数の企業は「税制は知っているが、検討していない」または「税制を知らない」という状況です。
このような現状を踏まえ、事業承継税制の内容や活用方法について正しく理解することが、円滑な事業承継を実現する上で重要となっています。
▶目次ページ:事業承継とは(事業承継税制)
事業承継税制を利用するためには、いくつかの条件を満たす必要があります。これらの条件は、会社、後継者、そして先代経営者それぞれに設定されています。
株事業承継税制には、一般措置と特例措置の2つの制度があります。これらは適用される税額や対象となる株式数などが異なります。
参照:非上場株式等についての相続税・贈与税の納税猶予及び免除の特例のあらまし(国税庁)
1.一般措置:
2.特例措置:
特例措置は、2018年1月1日から2027年12月31日までの10年間に限定された制度です。この制度を利用するためには、2023年3月31日までに「特例承継計画」を都道府県に提出する必要があります。
事業承継税制の適用を受けるためには、会社が以下の条件を全て満たす必要があります。
1.中小企業者であること
2.従業員が1名以上いること
3.売上が計上されていること
4.上場会社でないこと
5.風俗営業会社(風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律に規定されている会社)でないこと
6.資産管理会社でないこと
なお、中小企業者に該当しない資本金額の場合でも、事前に減資を行うことで事業承継税制の適用を受けられる可能性があります。
後継者に関する要件は、贈与と相続の場合で異なります。それぞれの場合について説明します。
1.贈与の場合の後継者要件
2.相続の場合の後継者要件
これらの要件を満たすことで、後継者は事業承継税制の適用を受けることができます。
先代経営者に関する要件も、贈与の場合と相続の場合で異なります。それぞれの場合について説明します。
1.贈与の場合に必要な条件
ただし、贈与の直前において、既に特例措置の適用を受けている者がいる場合などは、上記2つの要件は必要ありません。
2.相続の場合に必要な条件
ただし、相続開始の直前において、既に事業承継税制の適用を受けている者がいる場合などは、この要件は必要ありません。
これらの条件を満たすことで、先代経営者から後継者への円滑な事業承継が可能となり、事業承継税制の恩恵を受けることができます。
事業承継税制を利用する際には、そのメリットとデメリットを十分に理解することが重要です。以下では、事業承継税制の長所と短所について詳しく説明します。
1. 税金の大幅な猶予・免除
事業承継税制の最大のメリットは、事業承継にかかる相続税や贈与税が大幅に猶予され、場合によっては免除されることです。
これにより、後継者は多額の税金を準備する必要がなくなり、事業継続に必要な資金を確保しやすくなります。さらに、一定の条件を満たし続けることで、猶予された税額が最終的に免除される可能性もあります。
2. 個人事業主も対象
2019年度の税制改正により、個人事業主も事業承継税制の対象となりました。これにより、法人だけでなく個人事業主も事業承継時の税負担を軽減できるようになりました。
個人版事業承継税制の手続は、要件を満たしていれば法人版に比べて比較的簡単です。大幅な節税効果も期待できるため、条件を確認し申請を検討する価値があります。
3. 事業用資産の維持が容易に
事業承継税制を利用することで、事業用資産(自社株式など)を売却せずに後継者に引き継ぐことができます。これにより、事業継続に必要な資産を維持しやすくなり、安定した経営基盤を確保することができます。
4. 計画的な事業承継の促進
事業承継税制を利用するためには、事前に特例承継計画を作成し提出する必要があります。これにより、経営者は早い段階から事業承継について考え、計画的に準備を進めることができます。
1. 煩雑な手続と定期的な報告義務
事業承継税制を利用する際には、多くの書類作成や手続が必要となります。日本商工会議所の2024年3月のアンケート結果によると、「提出書類や手続きが煩雑」であることが、事業承継税制利用のネックとして最も多く挙げられています。
具体的には以下のような手続や報告が必要です。
これらの手続を怠ると、納税猶予が打ち切られる可能性があるため、注意が必要です。
2. 取消事由に該当した場合の追徴課税リスク
事業承継税制の適用後、一定の取消事由に該当すると、猶予されていた税金に加えて利子税も支払わなければならなくなります。主な取消事由には以下のようなものがあります。
ただし、特例措置では、業績悪化で売却・廃業した場合、相続・贈与時の自社株評価額ではなく、業績悪化後の売却・廃業時の自社株評価額で相続税・贈与税を再計算できるため、税負担は軽減できる可能性があります。
3. 経営の自由度の制限
事業承継税制を利用すると、一定期間は株式の譲渡や事業内容の大幅な変更が制限されます。これにより、以下のように経営環境の変化に柔軟に対応することが難しくなる可能性があります。
4. 専門家のサポートが必須
事業承継税制は非常に複雑な制度であり、専門的な知識が必要です。そのため、税理士やM&Aアドバイザーなどの専門家のサポートが不可欠となります。これには以下のような理由があります。
専門家への依頼は追加のコストとなりますが、制度を正しく活用し、リスクを最小限に抑えるために重要な投資と言えます。
5. 適用期限や提出期限の制約
事業承継税制、特に特例措置には適用期限があります。現行の制度では以下のような期限が設定されています:
これらの期限に間に合わないと、税制優遇を受けられない可能性があります。日本商工会議所のアンケートでも、これらの期限に間に合わない可能性を懸念する声が多く挙げられています。
以上のように、事業承継税制には多くのメリットがある一方で、注意すべき点やデメリットも存在します。
事業承継税制、特に特例措置を利用する場合、まず「特例承継計画」を作成し、都道府県知事に提出する必要があります。この計画には以下の内容が含まれます。
特例承継計画の作成には、税理士などの認定経営革新等支援機関の指導や助言を受けることが求められます。計画を提出し、都道府県知事の確認を受けると、認定書が交付されます。
特例承継計画に基づいて、実際に自社株を後継者に移転します。移転方法には主に以下の2つがあります。
a) 贈与による移転:
b) 相続による移転:
自社株の移転後、所定の期間内に税務申告を行う必要があります。
この際、事業承継税制の適用を受けるための特別な申告書類も併せて提出します。たとえ贈与税や相続税が発生しない場合でも、申告書の提出は必須です。
納税猶予の対象となった税額と利子税の額に応じて、担保を税務署に提供する必要があります。通常、特例を受けた会社の自社株を担保とすることで、追加の担保提供は不要となります。
事業承継税制の適用を受けた後も、以下のような定期的な報告が必要です。
これらの報告を怠ると、納税猶予が打ち切られる可能性があるため、注意が必要です。
上記の手続を適切に行い、事業継続などの要件を満たし続けることで、納税猶予を継続できます。さらに、一定期間(原則として後継者の死亡の時まで)要件を満たし続けると、猶予税額が免除されます。
一方、要件を満たせなくなった場合や、自社株を譲渡した場合などは、猶予税額の全部または一部と利子税を納付する必要があります。
以上の手順を踏むことで、事業承継税制を利用することができます。
事業承継税制は、中小企業の円滑な事業承継を支援するための重要な制度です。適切に活用することで、相続税や贈与税の負担を大幅に軽減し、企業の存続と発展を促進することができます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事