相続と事業承継の違いと家族経営を円滑に行う生前対策方法

相続と事業承継は似ているようで、実は相続税や遺留分、生前贈与など多くの検討事項があります。本記事では、家族経営の親族内承継を円滑に進めるための生前対策の方法や、相続開始後の遺産分割協議・遺留分への対処法などを詳しく解説します。

目次

  1. 相続と事業承継の基本
  2. 相続により事業承継することがある理由
  3. 事業承継と相続の3つの重要な違い
  4. 親族内承継のための生前対策
  5. 相続発生後の対応ポイント
  6. 親族内承継を成功に導くためのポイント
  7. 経営承継円滑化法の活用
  8. 事前対策がないまま相続が開始した場合の対応
  9. まとめ

相続と事業承継の基本

相続とは、亡くなった人(被相続人)が生前に所有していた財産や権利・義務を、法律に定められた範囲内で相続人が包括的に引き継ぐことです。現預金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借入金や未納の税金などマイナスの財産を受け取る点に注意が必要です。さらに、相続は被相続人の死亡をもって自動的に始まるため、事前に話し合っておかないと、いざというときに相続人同士でトラブルになることもあります。

一方で、事業承継は、経営者の地位や会社の財産、経営理念などを後継者に引き継ぐことを指します。相続とは異なり、生前から計画的に進めることが可能です。特に事業を家族(親族)に承継させる場合には、時間をかけて後継者を育成し、会社の資産や個人保証、担保の引継ぎ方法を検討するなど、生前対策をきちんと行うことでスムーズな承継を実現できます。

相続により事業承継することがある理由

事業承継は大きく分けて「親族内承継」「親族外承継」「第三者承継(M&A活用)」の3つがありますが、家族経営の場合は親族を後継者にすることが多いです。そして、経営者が元気なうちに何も対策をしていないと、経営者の死亡と同時に株式など会社の主要な財産が一気に相続の対象となり、「相続による事業承継」として扱われるようになります。

しかし、相続による事業承継には注意が必要です。たとえば、経営者が所有する自社株が後継者以外の相続人に分散してしまうと、経営上の意思決定が難しくなる恐れもあります。さらに、相続税の負担や遺留分の問題が重なると、家族間での紛争につながりかねません。こうしたリスクを避けるため、経営者が存命中から事業承継の方針を明確にしておくことが大切です。

事業承継と相続の3つの重要な違い

事業承継と相続は、一見似ているようでいて、実は大きく異なるプロセスです。ここでは特に重要な3つの観点を取り上げます。

1.後継者と相続人の範囲

相続は民法上、相続人となれる人が厳しく定められており、配偶者や子ども、親など血縁関係にある方に限定されます。遺言によって特定の人に遺産を譲ることはできますが、それでも相続人になり得る人の範囲自体は法律で定まっています。

一方、事業承継における後継者は、必ずしも親族である必要はありません。会社の役員や従業員、あるいは外部の第三者など、経営者が「この人に承継してほしい」と判断すれば候補となり得ます。つまり、相続が「法律によって定まる範囲の人」に受け継がれるのに対し、事業承継は「経営者の意思」で選ばれる点が大きな違いです。

2.実施時期の違い

相続は被相続人の死亡によって自動的にスタートします。これに対して、事業承継は生前から準備できる点が特徴です。経営者が元気なうちに、株式の生前贈与や後継者の育成を始めることで、想定外のトラブルを避けやすくなります。逆に言えば、事前対策がなければ「相続開始=事業承継の開始」となり、後継者が十分に準備できないまま会社を引き継ぐことにもなりかねません。

3.引き継ぐ財産や権利の違い

相続ではプラス・マイナス含めた個人の財産全体(現預金や有価証券、不動産、債務など)が対象ですが、事業承継は会社を動かすために必要な権利・義務全般が対象です。具体的には、自社株、経営上のノウハウ、取引先との信用関係などが含まれ、相続よりも一段と複雑な手続を伴います。

親族内承継のための生前対策

親族内承継を円滑に進めるには、経営者が生前から「誰を後継者とするのか」「株式や事業用資産をどう扱うのか」など、具体的に検討しておくことが重要です。

遺言書作成の重要性

遺言書は、相続時に「どの財産を誰に譲るか」を明確に示すものです。これがあるかないかで、後継者が自社株を確実に相続できるかどうかが大きく変わります。とくに会社の株式は、その後の経営を左右する重要な財産なので、遺言書によって後継者をはっきり指定しておくのが望ましいです。

ただし、遺言書を作成したとしても、法定相続分の2分の1が遺留分として保護されることは変わりません。会社の財産価値が大きい場合、後継者だけに株式を相続させようとすると、ほかの相続人の遺留分を侵害してしまう可能性があるため、事前に対策を立てることが大切です。

個人保証や担保の引継ぎ

中小企業の経営者は、自社の借入金に対して個人保証を行っているケースが珍しくありません。これを後継者に引き継ぐには、金融機関との交渉が必要となります。経営者が亡くなってから慌てて金融機関と話し合うよりも、生前に「事業承継で後継者へ保証を引き継ぐ」旨を伝え、後継者の信用力をどう確保するか考えておくほうがスムーズです。

また、経営者の個人資産に設定している担保を解消したい場合は、退職金を受け取って返済に回すなどの方法もあります。こうした細かい資金計画は、後継者や専門家、金融機関と相談しながら進めるのが安心です。

相続以外の承継方法も検討する

親族内で会社を引き継ぐとしても、必ずしも「相続」という形だけにこだわる必要はありません。生前贈与や売買によって、後継者が会社の株式を受け取る方法も存在します。生前贈与の場合は贈与税が課される可能性が高いですが、毎年少しずつ贈与するなど計画的に進めれば、相続開始時に株式が分散するリスクを下げることもできます。

一方、売買により株式を後継者へ譲渡する手法は、遺留分を考慮しなくてよいメリットがありますが、後継者の資金力が課題になることもあります。いずれの方法も、税務面・法律面の知識が不可欠なので、専門家に相談しながら進めることが望ましいです。

自社株の評価額を下げる工夫

自社株が高額だと相続税の負担も大きくなります。そこで、合法的に株価を引き下げる方法として、退職金支給や保険の活用、会社分割などが挙げられます。たとえば、経営者が退職金を受け取ることで会社の財務が変動し、株価が下がる場合があります。また、会社が経営者の生命保険に加入し、保険料を損金処理することで、最終的な株価に影響を与える手法もあります。

ただし、どの手段も会社の実情や費用対効果を踏まえて検討しなければなりません。安易に実行すると、かえって資金繰りに悪影響が出たり、後継者が困惑したりするおそれがあるので注意が必要です。

遺留分に関する民法特例(経営承継円滑化法の特例)

親族内承継では、「他の家族の遺留分を侵害している」として後継者が訴えられ、せっかく継いだ株式を手放さなければならなくなる可能性もあります。これを回避するために、経営承継円滑化法では以下のような特例が用意されています。

除外合意

生前贈与した自社株を遺留分の対象財産から除外できる

固定合意

合意時点の株価を基準として固定し、承継後に上昇した価値を遺留分算定から外す

附随合意

除外合意や固定合意に付随して、後継者以外が受けた財産の扱いも調整できる

これらを活用すれば、後継者が取得した株式が後から遺留分請求の対象となるリスクを抑えやすくなります。ただし、特例の適用には、相続人全員との合意や経済産業大臣の確認、家庭裁判所の許可など厳格な手続が必要です。

相続発生後の対応

どれほど準備を進めていても、経営者の相続が開始すると、相続人たちは相続税や遺産分割の問題と直面します。特に親族内承継の場合、相続人が配偶者や複数の子どもであることが多く、それぞれの法定相続分や遺留分を巡って協議が必要になる場合があります。経営者が亡くなった時点で事前の対策が十分でなければ、株式の行方や相続税の納付方法などをめぐってトラブルが生じるリスクが高まります。そこで、相続発生後の主な対応手順を把握しておくことが大切です。

遺産分割の概要

相続が始まると、まず相続財産をどう分けるかを決める必要があります。被相続人が遺言書を残していれば、その内容に従って分割を進めるのが一般的ですが、遺言書がない場合は、相続人全員の協議によって遺産を割り振る方法(遺産分割協議)を取ります。

法定相続分の基本

たとえば、相続人が配偶者と子ども2人の場合、配偶者が2分の1、子ども2人が4分の1ずつという割合が法定相続分となります。ただし、相続人全員が合意すれば、法定相続分とは異なる形で分割することも可能です。

事業用資産が含まれる場合の注意点

会社の経営に不可欠な自社株や事業用不動産は、後継者が集中的に相続することが望ましいケースが多いです。しかし、法定相続分を重視する立場の相続人からすると、株式の一部を受け取りたいという主張が出る場合もあり、協議が難航することがあります。そのため、生前の遺言書や合意の有無が重要になります。

円滑な遺産分割協議の進め方

スムーズに分割を進めるには、相続財産の内容を正確に把握し、相続人全員で情報共有することが大切です。特に自社株の評価額が高い場合、株式を多く相続した人とそうでない人の不公平感が大きくなる可能性があります。そこで、以下のポイントに留意する必要があります。

早期の話し合い

相続開始後、できるだけ早く協議を始めると、不必要な感情的対立を避けやすくなります。経営者の突然の死去によって混乱が生じる場合もあるので、後継者を含む相続人同士で早めにコミュニケーションを図ることが大切です。

自社株の評価や会社の経営状況を共有

「どの程度の評価額があるのか」「会社がどれほどの負債を抱えているのか」を全員が把握した上で話し合いを行うと、納得感のある分割案をまとめやすくなります。

後継者の明確化

誰が会社を引き継ぐのか、誰が主要株主となるのかを、相続人間で共有します。経営を任せる後継者がはっきりしないまま分割協議を行うと、株式が分散して経営体制に混乱をもたらす恐れがあります。

専門家の助言

遺産分割協議には、法律や税金の知識が必要となるため、税理士や弁護士などの専門家の助言が非常に有益です。とくに事業承継に強い専門家を早めに探し、協議の進行をサポートしてもらうと良いでしょう。

遺産分割調停・審判の手続

相続人同士の合意が得られない場合、家庭裁判所での調停や審判に移行することになります。調停では裁判官や調停委員が仲介し、話し合いがまとまれば調停調書が作成されます。もし調停でも合意に至らない場合は審判手続となり、裁判所が法定相続分などを基準に分割方法を決定します。

注意点

調停や審判が長期化すると、親族内での関係がさらに悪化するだけでなく、会社の経営にも影響が及びます。事業継続への悪影響を最小限に抑えるためにも、調停ではなるべく妥協点を探り、早期解決を図ることが望ましいです。審判の結果、相続財産が共有となるケースでは、後日改めて共有物分割を申し立てなければならない場合もあり、手間と時間がかかります。

相続税の効果的な納税対策

相続税は、納期限が相続の開始を知った日の翌日から10カ月以内と定められています。高額な納税が必要となる場合、事前対策が不足していると資金繰りに困ることがあります。

生命保険の活用

経営者が生前に死亡保険金を受取人を会社や家族に指定して契約しておけば、相続発生時にまとまった現金が支給され、その一部を相続税や借入金返済などに充当できます。

事業承継税制の利用

後継者が自社株を相続・贈与する際、一定の要件を満たせば贈与税や相続税の納税が猶予・免除される制度があります。ただし、後継者が代表者に就任することや、雇用の8割維持など要件が厳格なため、制度を活用するには計画的な準備が不可欠です。要件を満たさなくなった場合には猶予されていた税金を納めるリスクがあるため、専門家と相談しながら慎重に進めます。

不動産・有価証券の活用や物納

相続税を現金で納めることが難しい場合、不動産や有価証券などを納める物納制度も検討余地があります。ただし、物納が認められるためには財産の種類や管理状況など細かい要件があるため、やはり専門家に確認するのが安心です。

親族内承継を成功に導くためのポイント

家族経営であっても、経営者の想いだけで全てが円滑に進むわけではありません。以下の要点をしっかり押さえ、周囲の協力を得ながら計画を立てることが大切です。

早期準備の重要性

「まだまだ先のこと」と思って先延ばしにしていると、経営者が予期せず亡くなった際に混乱を招きかねません。早めに後継者を選定し、その後継者に会社の経営方針や財務状況を把握させておくことで、いざというときに迅速に動けます。早期準備は、贈与税や相続税の節税対策にもつながるため、長い目で見て大きなメリットがあります。

計画的な後継者育成

後継者が十分な経験や知識を持たないままトップに立つと、取引先や従業員からの信頼を得られない可能性があります。後継者候補に対して、業務の現場や管理部門など多角的な経験を積ませたり、外部の研修に参加させたりするなど、段階的に育成を進めることが重要です。現経営者は必要以上に口出しせず、後継者の自主性を尊重しつつフォローに回る姿勢も大切です。

相続と事業承継の課題を分けて考える

相続はあくまで個人財産の承継であり、事業承継は会社の継続を中心に考える必要があります。親族間の相続争いを避けたい一方で、会社が継続できなくなる事態は避けなければなりません。たとえば、株式だけでなく債務や個人保証が関わってくるため、「家族間の相続問題」と「会社の経営問題」を分けて整理し、それぞれに合った専門家に相談すると問題がクリアになりやすいです。

適切な専門家の活用

家族経営だからといって「規模が小さいから大丈夫」と油断していると、相続税や株価評価の算定、遺留分の調整などで大きな混乱が生じることがあります。事業承継や相続に詳しい税理士や弁護士、中小企業診断士、公認会計士などのサポートを受ければ、複雑な手続や法的リスクを抑えながら承継を進められます。特に税理士は、納税猶予や免除の制度を適用できるかどうかの見極め、贈与税や相続税の最適化などに欠かせない存在です。

経営承継円滑化法の活用

中小企業における事業承継を促進するために、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」(経営承継円滑化法)が整備されています。すでに説明した遺留分の除外合意や固定合意などは、まさにこの法律を根拠としており、さらに事業承継税制の特例措置も大きな柱となっています。

所在不明株主への対応

小さな会社であっても、昔増資した際の株主が高齢になり行方不明となるなどの事情で株式が分散している場合があります。経営承継円滑化法を活用すれば、通常よりも短期間で所在不明株主から株式を買い取れる特例が利用できることがあります。後継者への株式集約をスムーズにするためにも、こうした特例の存在を知っておくことが重要です。

金融支援策の活用

承継の過程で資金が必要になる場面(後継者が株式を買い取る、個人保証や担保を引き継ぐなど)は多々あります。経営承継円滑化法には、幅広い資金ニーズに対応できる支援策も用意されています。自社の状況に合う融資制度や保証制度を活用できれば、後継者の資金負担を和らげることが可能です。

事前対策がないまま相続が開始した場合の対応

何らかの事情で事前対策が一切ない状態で経営者が亡くなると、相続人たちは「遺産分割協議」や「調停・審判」に即座に取り掛からなければならなくなります。自社株や事業用資産を誰が相続するか明確でないと、会社の経営が不安定になりかねません。

遺産分割協議での調整

事業承継を希望する相続人とそうでない相続人が話し合い、後継者に株式を集約させることが望ましいです。ただし、他の相続人からすると、株式だけでなく会社の不動産や預貯金も含め全体の財産をどう分けるかが関心事となります。お互いの主張が衝突する場合、調停・審判に進む可能性が高くなります。

共有状態のリスク

審判の結果、株式が複数の相続人で共有になってしまうと、会社運営の意思決定が難しくなる恐れがあります。特に株主総会の決議が必要な場面では、共同名義人全員の同意を取る必要が生じ、迅速な意思決定ができません。

納税資金の確保

相続税の申告期限が近づくなかで、納税資金をどう捻出するかは大きな問題です。保険金の受取や不動産の売却など、手段が限られる場合もあるため、できるだけ早めに税理士へ相談し、最適な方法を選択する必要があります。

まとめ

親族内承継は、家族同士の話し合いと会社経営の維持を同時に進めなければならないため、一筋縄ではいきません。特に生前の対策を怠ると、遺産分割や遺留分の問題が紛糾して、結果的に会社の継続が危うくなることもあります。だからこそ、早めの承継計画と後継者育成、相続・事業承継に強い専門家のサポートを活用することが大切です。事前準備をしっかり行い、円滑な親族内承継を実現しましょう。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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