相続による事業承継は複雑なプロセスです。本記事では、事業承継と相続の違い、生前対策の重要性、そして成功のポイントについて解説しました。
目次
相続による事業承継は、経営者の死亡を機に、その事業を引き継ぐプロセスを指します。これは単なる財産の相続とは異なり、事業の継続性を確保しつつ、経営権や資産、負債を含む事業全体を後継者に引き継ぐ複雑な過程です。
事業承継とは、経営者が自身の会社や事業を後継者に引き継ぐことを意味します。具体的には、経営者の地位、事業そのもの、経営理念、権利と義務、そして財産などが承継の対象となります。
事業承継は、後継者の属性によって主に以下の3つに分類されます:
1. 親族内承継:経営者の子供や兄弟などの親族が後継者となる
2. 親族外承継:社内の役員や従業員など、親族以外が後継者となる
3. 第三者承継(M&A活用):社外の第三者(主に法人)が後継者となる
それぞれの承継方法には特徴があり、例えば親族内承継では早期に後継者を選定できる一方で、親族間での経営権を巡る争いが発生するリスクがあります。一方、親族外承継では事業を理解している社内の人材に引き継げますが、自社株式を買い取るための資金力が必要となります。
相続とは、亡くなった人(被相続人)の財産や権利、義務を、法律に基づいて特定の人(相続人)に包括的に引き継がせることを指します。日本の相続制度は民法に基づいており、相続人は配偶者、子ども、親族などの順で定められています。
相続の方法には以下の3つがあります:
1. 法定相続:民法で定められた相続人が、所定の割合で財産を受け取る
2. 遺言による相続:被相続人が遺言を用いて相続の内容を決定する
3. 分割協議による相続:相続人全員が協議して遺産の分割方法を決める
相続手続には注意が必要で、被相続人の死亡後7日以内から10カ月以内に必要な手続を行う必要があります。また、時効のある手続もあるため、慎重な対応が求められます。
▶目次ページ:親族内承継(株式の相続)
事業承継と相続は、一見似ているようで実際には大きく異なる概念です。ここでは、その主要な違いについて3つの観点から説明します。
相続と事業承継では、財産や事業を引き継ぐ対象者が異なります。
相続の場合、相続人は法律によって厳密に定められています。具体的には、配偶者や子ども、親などの一定の身分関係にある者が相続人となります。また、遺言書によって指定された受遺者も相続人となる場合があります。
一方、事業承継における後継者は、必ずしも親族である必要はありません。経営者の判断により、能力や適性を考慮して選ばれます。これには親族はもちろん、従業員や外部の第三者も含まれる可能性があります。
つまり、相続人の範囲は法律で限定されているのに対し、後継者の選択肢はより広いと言えます。
相続と事業承継では、その実施時期に大きな違いがあります。
相続は、民法882条により「死亡によって開始する」と定められています。ここでいう死亡には自然死のほか、失踪宣告や認定死亡なども含まれます。つまり、相続は被相続人の死亡時点で自動的に開始されるプロセスです。
一方、事業承継は経営者の生前から計画的に進めることが可能です。むしろ、円滑な承継のためには、経営者が存命中から準備を始めることが推奨されます。ただし、生前に事業承継を行う場合、贈与税や所得税が課税対象となる可能性があるため、税務面での配慮が必要となります。
相続と事業承継では、引き継がれる対象となる財産や権利が異なります。
相続の対象となる財産には以下のようなものがあります:
• 動産(現預金、有価証券、自動車、家財など)
• 不動産(宅地、農地、建物、店舗など)
• 負債(借入金などの債務)
• 未払税金等(所得税、住民税、固定資産税、延滞税などの未納分)
• 未払費用(水道光熱費、電話代、医療費、家賃など被相続人が使用していた期間の未納分)
一方、事業承継の対象には以下のようなものが含まれます:
• 経営権(経営者が所有する自社株式)
• 会社の経営に必要な不動産、設備、運転資金などの資産(負債も含む)
• 知的財産(経営者の人脈や信用、経営理念など)
このように、相続が個人の財産全般を対象とするのに対し、事業承継は主に事業に関連する資産や権利を対象としています。
親族内承継を円滑に進めるためには、経営者の生前から適切な対策を講じることが重要です。ここでは、効果的な生前対策について詳しく説明します。
遺言書の作成は、親族内承継を確実に行うための重要な手段です。遺言書によって後継者を明確に指定することで、自社株を確実にその後継者に相続させることができます。
遺言書の効果:
1. 後継者の明確化:経営者の意思を明確に示すことができる
2. 相続争いの防止:相続人間の争いを未然に防ぐことができる
3. 財産分配の柔軟性:法定相続分にとらわれない財産分配が可能
遺言書には自筆証書遺言、公正証書遺言、秘密証書遺言の3種類がありますが、一般的には公証役場で作成する公正証書遺言が推奨されます。公正証書遺言は、法的な有効性が高く、遺言の内容について争いが生じにくいという利点があります。
事業承継では、個人保証や担保も後継者に引き継ぐ必要があります。これらの引継ぎは、金融機関との交渉が必要となるため、生前から準備を進めることが重要です。
連帯保証・担保引継ぎの手順:
1. 現在の保証・担保状況の確認
2. 金融機関との事前相談
3. 後継者の信用力の確認と向上
4. 段階的な保証・担保の引継ぎ
5. 必要に応じて保証・担保の見直し
金融機関との良好な関係を維持しつつ、後継者の負担を考慮した引継ぎ計画を立てることが大切です。
親族内承継における自社株の移転方法としては、相続以外にも生前贈与や売買といった方法があります。
1. 生前贈与:
• 経営者の生前に後継者に自社株を贈与する方法
• 毎年少しずつ贈与する方法や、相続時精算課税制度の利用を検討
• 自社株贈与の納税猶予・免除制度の活用も可能
2. 売買:
• 経営者が後継者に自社株を譲渡するシンプルな手法
• 遺留分の考慮が不要というメリットがある
• 後継者の資金調達が必要となる
これらの方法を組み合わせることで、より柔軟な事業承継計画を立てることができます。
自社株の相続税評価額を合法的・合理的に引き下げることで、税負担を軽減することができます。
自社株評価額を下げる方法:
1. 退職金の活用:適切な退職金の支払いにより一時的に利益を引き下げる
2. 生命保険の活用:経営者の生命保険を会社で加入し、保険料を損金計上
3. 配当政策の見直し:適切な配当を行うことで純資産価額を調整
4. 組織再編の活用:会社分割や持株会社化などを通じて株価を調整
これらの対策は、費用対効果、実施期間、経営への影響などを総合的に考慮して選択する必要があります。専門家のアドバイスを受けながら進めることが重要です。
遺留分とは、相続人の最低限の取り分を保障する制度です。事業承継において、後継者以外の相続人の遺留分が問題となる場合があります。
遺留分対策として、経営承継円滑化法の特例を活用することができます:
1. 除外合意:
• 生前贈与した自社株を遺留分の計算から除外する
• 自社株が遺留分減殺請求の対象外となる
2. 固定合意:
• 遺留分の計算に含める株価を合意時の時価に固定する
• 後継者の経営努力による株価上昇分が遺留分計算に含まれなくなる
3. 附随合意:
• 除外合意や固定合意と併せて行う
• 後継者が受けた自社株以外の財産や、他の相続人が受けた財産を遺留分の計算から除外する
• 後継者と他の相続人との公平性を確保できる
これらの特例を活用することで、遺留分による事業承継の障害を軽減し、円滑な承継を実現することができます。
事業承継税制は、自社株を後継者に贈与・相続する際の税負担を軽減する特例制度です。この制度を適切に活用することで、大幅な節税効果が得られる可能性があります。
事業承継税制の主な特徴:
1. 納税猶予:一定の要件を満たせば、贈与税・相続税の納税が猶予される
2. 免除:猶予された税金が、一定の条件下で免除される可能性がある
3. 適用対象:中小企業の株式等が対象
事業承継税制を利用するための主な要件:
• 後継者が、贈与・相続後に代表者に就任すること
• 雇用の8割以上を5年間維持すること
• 株式等を継続して保有すること
この制度を活用する際は、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に計画を立てることが重要です。要件を満たさなくなった場合、猶予された税額と利子税を納付する必要が生じる可能性があるためです。
経営者の相続が発生した後の親族内承継では、迅速かつ適切な対応が求められます。ここでは、相続発生後に必要となる主な対応について説明します。
遺産分割とは、相続人の間で被相続人の遺産を分ける手続きです。事業承継においては、自社株をはじめとする事業用資産の分割が重要な焦点となります。
遺産分割の重要性:
1. 事業の継続性確保:後継者への自社株集中により、経営の安定化を図れる
2. 相続人間の公平性維持:事業用資産以外の遺産分配で、相続人間の公平性を保てる
3. 相続税の最適化:適切な遺産分割により、全体の相続税負担を軽減できる可能性がある
遺産分割では、法定相続分に従って各相続人が相続することが一般的ですが、相続人同士の合意があれば、法定相続分と異なる割合での相続も可能です。
遺産分割協議は、相続人全員の合意によって遺産の分割方法を決定する手続きです。特に事業承継を伴う場合は、以下のポイントに注意して進めることが重要です。
円滑な遺産分割協議のポイント:
1. 早期の着手:相続開始後、できるだけ早く協議を始める
2. 情報の共有:遺産の内容や価値を相続人全員で共有する
3. 後継者の明確化:事業承継の方針を相続人間で確認する
4. 公平性の考慮:事業用資産と他の資産のバランスを取る
5. 専門家の活用:税理士や弁護士など、専門家のアドバイスを受ける
合意形成が難しい場合は、調停や審判など、次のステップに進むことも検討します。
相続人同士で遺産分割協議が成立しない場合、家庭裁判所での調停や審判という手続きに進むことになります。
遺産分割調停の流れ:
1. 調停の申立:相続人の誰かが家庭裁判所に申し立てる
2. 調停期日の設定:裁判所が日時を指定し、相続人全員に通知
3. 調停の実施:裁判官と調停委員の立会いのもと、話し合いを行う
4. 合意形成:相続人全員の合意が得られれば調停が成立
調停不成立の場合の審判:
• 家庭裁判所が職権で審判手続に移行
• 裁判所が遺産分割の内容を決定
• 原則として法定相続分による分割がなされる
注意点:
• 審判の結果、資産が相続人間で共有となる可能性がある
• 共有関係解消のためには、さらなる手続きが必要となる場合がある
• 紛争の長期化や事業継続への悪影響を避けるため、できる限り調停段階での解決を目指すべき
自社株の評価額が高い場合、相続税も高額になる可能性があります。そのため、適切な納税対策を講じることが重要です。
相続税の納税対策:
1. 納税資金の事前準備:
• 生命保険の活用
• 退職金の活用
• 預金や有価証券の確保
2. 納税猶予制度の利用:
• 事業承継税制による納税猶予
• 農地等に係る相続税の納税猶予
3. 物納の検討:
• 現金での納付が困難な場合、不動産や有価証券等での納付を検討
4. 自社株の金庫株化:
• 後継者らが相続した自社株を会社に譲渡し、自己株式(金庫株)にする方法
• 中小企業のオーナー家では実務上よく利用される手法
これらの対策を適切に組み合わせることで、納税負担を軽減しつつ、円滑な事業承継を実現することが可能となります。
親族内承継を成功させるためには、様々な要素を考慮し、計画的に進めていく必要があります。ここでは、親族内承継を成功に導くための4つの重要なポイントについて説明します。
事業承継を円滑に進めるためには、早期からの準備が非常に重要です。
早期準備の効果:
1. 十分な時間の確保:後継者の選定や育成に必要な時間を確保できる
2. リスクの軽減:想定外の事態に対応する余裕ができる
3. 段階的な権限移譲:徐々に権限を移譲することで、スムーズな承継が可能になる
4. 税務対策の最適化:各種の税制優遇措置を活用するための準備期間が確保できる
早期準備のためのステップ:
1. 承継の必要性の認識:現経営者が承継の必要性を認識する
2. 承継計画の策定:具体的な承継計画を立てる
3. 後継者の選定:適切な後継者を選び、育成を開始する
4. 従業員・取引先への周知:段階的に承継の意向を伝える
早期に着手することで、より多くの選択肢を持ちながら、最適な承継方法を選択することができます。
後継者の育成は、事業承継の成否を左右する重要な要素です。計画的かつ段階的に進めることが重要です。
後継者育成のステップ:
1. 基礎知識の習得:業界知識や経営の基礎を学ぶ
2. 実務経験の蓄積:現場での経験を積む
3. 経営手法の習得:経営者としての意思決定や判断力を養う
4. リーダーシップの育成:従業員をまとめ、導く力を身につける
5. 対外的な関係構築:取引先や金融機関との関係を築く
育成のポイント:
• 明確な育成計画を立てる
• 定期的に進捗を確認し、フィードバックを行う
• 外部研修や他社での経験も取り入れる
• 現経営者は過度に干渉せず、後継者の成長を見守る姿勢も大切
後継者の育成には時間がかかるため、早期から計画的に取り組むことが重要です。
相続と事業承継は密接に関連していますが、それぞれ異なる課題を持っています。これらを明確に区別して対応することが、成功への鍵となります。
相続と事業承継の違い:
1. 利害関係者の範囲:
• 相続:親族に限定される
• 事業承継:従業員、取引先、金融機関など広範囲に及ぶ
2. 影響の大きさ:
• 相続:個人の財産移転に限られる
• 事業承継:会社の存続や雇用に関わる
3. 法的根拠:
• 相続:民法に基づく
• 事業承継:会社法や税法など複数の法律に関連
課題を区別する重要性:
• 適切な優先順位付け:事業の継続性を最優先に考える
• 利害関係者への配慮:相続人以外の関係者への影響も考慮する
• 適切な専門家の選択:それぞれの課題に応じた専門家に相談する
相続と事業承継の課題を明確に区別することで、より効果的な対策を講じることができます。
親族内承継を成功させるためには、適切な専門家のサポートが不可欠です。相続と事業承継の両方に精通した専門家に相談することが重要です。
相談すべき専門家:
1. 税理士:相続税や贈与税の対策、事業承継税制の活用など
2. 弁護士:遺言書の作成、遺産分割協議の支援など
3. 公認会計士:企業価値評価、財務戦略の立案など
4. 中小企業診断士:事業承継計画の策定、後継者育成など
5. 社会保険労務士:従業員の処遇や労務管理の問題など
専門家の活用ポイント:
• 早期からの相談:問題が複雑化する前に専門家に相談する
• 複数の専門家の連携:必要に応じて複数の専門家によるチーム対応を依頼する
• 定期的な相談:状況の変化に応じて、定期的に相談を行う
• 情報の開示:専門家に対して必要な情報を適切に開示する
親族内承継は、事業の継続性を確保しつつ、家族の和を保つ難しい課題です。早期の準備、計画的な後継者育成、相続と事業承継の課題の明確な区別、そして適切な専門家の活用が成功の鍵となります。これらのポイントを押さえ、慎重に進めることで、円滑な事業承継を実現できるでしょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事