PER計算から学ぶM&A企業価値評価と投判断実践ガイド
PER計算はM&Aや株式投資で企業価値を見極める羅針盤です。この記事では計算方法と判断の勘所を具体例で解説し、初心者でも割安銘柄を見つけられるように導きます。
目次
▶目次ページ:企業価値評価(価値評価の概要)
PERは「Price Earnings Ratio」の略で、株価を1株当たり純利益(EPS)で割った倍率を示します。倍率は「投資家が企業の1年分の利益に対して何年分を支払う意思があるか」を表します。例えば株価1,000円、EPS100円ならPERは10倍となり、利益10年分を先に払うと理解できます。
PERは企業規模に左右されず、同業種内や市場平均との比較が容易なため、株価が割安か割高かを判定する第一歩として広く用いられています。また、M&Aの場面でも対象企業の利益創出力を瞬時に把握できるため、企業価値評価の指標として重宝されます。
比較のしやすさ
業種別平均や過去推移と照合しやすく、相対評価に向いています。
将来価値の手掛かり
倍率が高い企業は市場の高い期待を反映しており、成長シナリオの有無を探る起点になります。
計算がシンプル
EPSと株価が分かれば即座に求められ、投資判断を素早く下せます。
株価
市場で取引されている最新価格を使用します。
EPS(1株当たり純利益)
決算短信や四半期報告書から取得する当期純利益を発行済株式数で割って算出します。
計算は数行で完了しますが、倍率の背景を解釈する力が投資精度を分けます。低倍率でも成長性が乏しければ株価は伸び悩みますし、高倍率でも継続的な増益が見込める企業なら割安と判断できる場合があります。
PERの目安は業種や景気局面で変動します。成熟産業では10倍前後でも妥当とされる一方、ITのように高成長が見込まれる分野では30倍超が許容される場面もあります。判断を誤らないためには次の五つを合わせて検証しましょう。
同業他社の倍率を横並びにすると、市場がその産業をどの水準で評価しているかが分かります。例えば同業平均15倍の中で10倍の企業があれば、利益水準が同等なら割安候補と考えられます。
対象企業が景気拡大期でも一貫して15倍前後で推移していたのに、足元で25倍に跳ねていれば、市場期待が先行しすぎていないか注意が必要です。
長期的に日経平均はおおむね15倍前後で推移してきました。個別倍率がこれを大幅に下回っていれば「総悲観」、上回っていれば「過熱」のヒントになります。
倍率が高くても二桁成長が続く企業や、負債比率が低く潤沢なキャッシュフローを持つ企業なら投資妙味が残ります。逆に低倍率でも債務超過寸前の企業は要警戒です。
配当利回り4%超でPER10倍の企業は、低金利環境下では魅力的なインカムゲイン源となります。マクロ環境も加味して総合評価を行いましょう。
PER単独では企業の全体像を捉え切れません。PBRやROEなどと組み合わせることで、利益面と資産面のバランス、資本効率の高さを立体的に把握できます。
ROE(自己資本利益率)は当期純利益を自己資本で割った割合です。PERが低くてもROEが5%以下なら資本が眠っている可能性があり、数値だけで飛びつくのは危険です。
配当利回りとPERを同時に並べると「割安高配当」か「高値警戒」かを判別しやすくなります。例えばPER12倍・利回り4%の譲渡企業は、譲受企業にとって安定収益源となりやすいケースと言えます。
PER×PBR×ROEの三角分析で立体評価
PERで有望銘柄を抽出する流れをステップ形式でまとめます。M&Aで対象企業をスクリーニングする場合も同様です。
まず譲受を検討する業界を絞り、同業平均PERを確認します。
平均より低い倍率の企業を一覧化し、割安候補を可視化します。
一時的な赤字や市場バブルで倍率が歪んでいるケースを排除します。安定して低倍率を維持している企業は注目です。
PERが低くてもEPSが右肩下がりでは投資妙味が薄れます。EPS成長率がプラス圏かつ加速傾向にある企業を優先します。
自己資本比率や営業CFがプラスかをチェックし、レバレッジ過多の企業を弾きます。
配当性向と増配実績を見ることで、株主への還元意識と持続可能性を把握できます。
経営陣のビジョンや顧客基盤など定性的な要素を加味し、最終判断を行います。
七つのステップを一貫させることで失敗確率を大幅低減
上記プロセスは株式投資でもM&Aでも有効です。特に中小企業の譲渡では公開情報が限られるため、各ステップの精度が結果を左右します。
短期売買ではPERの変化が大きく、ノイズも混在します。長期投資やM&A戦略では「平均回帰」と「景気サイクル」を踏まえた読み解きが不可欠です。
不況期は利益が減りPERが一時的に跳ね上がることがありますが、需要回復で利益が戻れば倍率は平常値へ収束します。この局面で対象を仕込むことで大きなリターンが期待できます。
創業期の企業は研究開発で利益が薄くPERが高騰しやすいものの、グロース段階に入ればEPSが急増し倍率が低下します。ステージごとの適正レンジを把握すると判断精度が向上します。
企業ごとに「通常PERレンジ」は異なります。長期平均が15倍の企業で足元10倍なら割安と判断、25倍なら過熱と判断するなど、平均からの乖離幅を意識しましょう。
現時点のPERが高くても、3年後のEPS見通しで計算し直すと割安に転じるケースがあります。将来倍率で比較検討することがポイントです。
連続増配企業は株価が調整局面でも配当収入でリターンを下支えします。PERがやや高くても増配余力が十分かどうかを確認しましょう。
長期視点では定量と定性の融合が不可欠
企業文化や経営陣の資本政策など、財務諸表に現れない要素を踏まえてPERを補正することが期待外れを回避する手段です。
PERは便利な指標ですが、過信は禁物です。代表的な誤解とその回避策をまとめます。
EPSがマイナスとなるとPERは「-」表示になります。この場合はPBRやEBITDA倍率に切り替えて評価し、黒字転換の持続可能性を検討します。
資産売却益などで一時的にEPSが膨らむと、見かけ上PERは低下します。継続事業利益で再計算し、実質倍率を把握することが重要です。
自社株買いや株式分割、第三者割当増資は分母を変化させます。決算短信の注記を確認し、EPSを正確に把握した上でPERを計算しましょう。
複数指標との併用が最大の安全装置
PERは「利益」という一側面を映す鏡です。資産、キャッシュフロー、資本効率の指標を加えて多面的に判断すれば、誤読による損失を減らせます。
PERは株価とEPSで構成されるため、EPSが改善すればPERは低下し(割安方向)、悪化すれば上昇します。譲受企業は買収後にEPSをどう高めるかを事前に描くことで、取得価格の妥当性と将来のリターンを確かめられます。
1.コストシナジーの実現
拠点統合や販管費の共有で利益率を高める。
2.クロスセルによる売上拡大
顧客基盤を共有し追加売上を創出する。
3.資本政策による株式数の適正化
自社株買いなどで発行済株式数を減らしEPSを底上げする。
3年分のEPSを試算し想定PERで株価を逆算すれば、EXIT水準と投資効率を事前に把握できます。
株式交換では両社のPERを比較し、交換比率の基礎係数を導きます。
譲渡企業PER10倍、譲受企業PER20倍なら比率は1 : 2が目安となります。この係数に純資産バランスやシナジーを加味し最終比率を決定します。
純資産や将来成長性に差が大きい場合は、PBRやDCFを併用し補正します。
決算発表翌日に株価・EPS・PERを自動取得するシートを用意します。
過去5年平均から±30%乖離した企業を抽出し担当者へ通知します。
倍率が低い理由、高い理由を聞き取る共通質問票を使い判断材料を平準化します。
チェックリストで抜け漏れを防止
設備投資負担の大きい企業はEBITDA倍率が有効です。
EPSに対する配当の割合を確認し還元姿勢を評価します。
純資産が厚くPBR1倍未満なら解散価値割れの可能性があります。
ROEが10%超でPER15倍以下なら効率的に利益を生む割安銘柄です。
潤沢なCFを維持できる企業は長期的価値創造力が高いと判断できます。
利回りが長期金利を上回る企業は相対的魅力が増します。
六つの指標をマトリクスで整理し総合判断
PER・PBR・ROE・EBITDA倍率・配当利回り・FCFマージンをプロットし、割安優良群を視覚的に抽出します。
株価150円、EPS15円、PER10倍、PBR0.7倍、ROE12%。
EPS25円、想定PER12~15倍 → 株価300~375円と試算。
原材料高騰や主要顧客シェア縮小でEPS計画が下振れする可能性をセンシティビティ分析で検証します。
ケーススタディから得られる教訓
PERは静的に見えてもEPS次第で評価が一変します。買収後の実行力とデューデリジェンスが成否を左右します。
配当利回りは株主のインカムゲインを示し、PERはキャピタルゲイン側の物差しです。両者を同時に見ることで投資の下支えと成長余地を立体的に評価できます。
特別配当や利益減少による配当性向急上昇には注意が必要です。
M&Aにおける配当利回りの意義
買収提案で「配当利回り●%以上かつPER●倍以下」の提示は譲渡企業株主の納得感を高めます。
四半期ごとにPERを更新し、市場全体の変化に合わせて投資基準を微調整することで、機会損失とリスクを抑制できます。
1.月次
株価と配当利回りを更新
2.四半期
EPS・ROEを更新
3.半期
金利・為替を加味しレンジ再設定
4.年次
買収シナリオの前提を棚卸し
定期レビューを仕組み化すれば担当者交代時も評価水準がぶれません。
PERは株価とEPSの関係を示すシンプルな指標ですが、業界比較や過去推移、関連指標を組み合わせることで精度が高まります。本記事で紹介した分析ステップと落とし穴回避策を実践し、長期視点で企業の本質価値を見極めることが成功への近道です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事