後継者不足に悩む中小企業を事業承継で解決する最新動向と対策

近年、高齢化や個人保証の問題などで後継者不足が深刻化し、中小企業の存続が危ぶまれています。本記事では親族内・社内・第三者など多様な事業承継の方法を整理し、M&Aの活用による解決策やリスクの軽減策を具体的に紹介します。後継者不在に悩む経営者が企業を存続・発展させるためのポイントを解説します。ぜひ最後までご覧ください。

目次

  1. 中小企業経営者の高齢化と後継者不足
  2. 個人保証のリスクと廃業問題
  3. 中小企業の業況と倒産動向
  4. 高齢経営者が勇退を選択しない主な理由
  5. 事業承継できなかった場合のリスク
  6. 事業承継の種類とそれぞれの特徴
  7. 事業承継と相続の関係
  8. M&Aの活用と現状
  9. 事業承継問題を解決する具体的な策
  10. まとめ

はじめに

後継者不足は日本全国で深刻な課題となっており、統計上も5~6割の企業が後継者を確保できていないといわれています。特に中小企業では、経営者の平均年齢が上昇しているにもかかわらず、後継者候補が決まらないまま年齢を重ね、黒字経営であってもやむなく廃業するケースが増えています。

こうした問題は経営者本人だけの問題にとどまらず、地域の雇用や取引先にも大きな影響を及ぼします。雇用が失われると従業員は生活手段を失い、企業同士の取引が途絶えれば関連会社にも経営危機が波及しかねません。そこで注目されているのが、早めに事業承継計画を立ててリスクを軽減する取り組みや、M&Aを活用した承継方法です。

本記事では、親族内・社内・第三者承継など事業承継の多様な方法を整理するとともに、高齢化や個人保証といった中小企業特有の課題にも目を向けます。また、「なかなか勇退に踏みきれない」という経営者の心理面や、事業承継が実現できなかった場合のリスク、さらに廃業時にかかるコストなどについても解説します。あわせて、M&Aの活用によるメリットや増加傾向にある背景にも触れ、後継者不足の解消策としてどのように役立てられるかを探っていきます。

中小企業経営者の高齢化と後継者不足

中小企業の経営者年齢は年々高まっており、平均年齢は60歳を超えるところが少なくありません。団塊世代を中心に高齢化が進んでいることで、後継者不足が顕在化しているのが現状です。

実際に、国の統計データを見ると60代以上の経営者の多くが後継者を決められずにおり、特に70歳を超えても第一線で経営を続ける例が増えています。その結果、経営者の健康上の問題が急に発生したり、あるいは年齢を理由に取引先や金融機関からの信用面で不安を示されたりすると、業績が黒字でも廃業を選択せざるを得ないケースに直面します。

さらに、中小企業の中には世界的に通用する技術や、地域の伝統・文化を支える事業を行っているところも多く存在します。それらが廃業によって途絶えてしまうと、国内産業全体の活力が失われるだけでなく、雇用機会も大きく減少します。こうした状況が日本経済にも大きな影響を与えるため、後継者問題への対策は急務といえるでしょう。

一方で、後継者候補が全くいないわけではなく、子どもや親族、あるいは社内の役員・従業員を含めて複数の候補者がいる場合でも、「誰に株式を承継させるか」「経営のノウハウをどのように継承するか」「相続との兼ね合いはどうなるか」といった問題に直面し、スムーズに事業承継が進まない実態があります。

(図1) 「経営者年齢の分布」



(図2) 「経営者平均年齢の推移」


出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書 

(図3) 「後継者不在率の推移」

出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書

個人保証のリスクと廃業問題

後継者不足と並んで中小企業の事業承継を妨げる大きな要因が「経営者個人の保証」です。金融機関などから融資を受ける際、経営者が連帯保証人となっている場合が多く、新たに承継する側はその債務リスクを引き受ける形になりがちです。

国や金融機関は経営者保証を不要とする融資の拡大を進めていますが、実際には依然として多くの新規融資・既存融資に経営者保証が付いているのが現状です。そのため、事業を譲り受ける後継者が見つかったとしても、巨額の借入金に伴う個人保証のリスクを懸念して、承継をためらうケースも少なくありません。

さらに、廃業に踏みきる際にも、廃業コストと債務返済が経営者自身に重くのしかかる可能性があります。特に借入金を個人保証している場合、会社を畳んでも返済義務は残り、経営者の個人資産が差し押さえの対象になる場合もあり得ます。また、従業員への退職金や取引先への支払い、設備の処分費など、廃業コストも多額になるため、「廃業したくてもできない」というジレンマが生じやすいのです。

こうした状況を改善する手段として、M&Aによる承継が注目を集めています。譲受企業が事業全体を引き継ぎ、経営者が個人保証の解除を金融機関と調整できる場合、経営者にとっても後継者にとってもリスクを軽減できる可能性が高まります。

(図4)  「経営者保証に依存しない新規融資の融合」

出典: 中小企業庁/経営者保証

中小企業の業況と倒産動向

中小企業の業績は、近年では緩やかな回復傾向が見られるものの、社会情勢の変化による影響を受けやすく、売上高や利益が大きく上下するリスクも存在します。特に感染症拡大の局面では、顧客需要の急減や取引先の業績悪化に伴う連鎖的な影響を受け、多くの中小企業が苦境に立たされました。

一方で、長期的な視点では、国や自治体が行う経済支援策もあって再び持ち直している企業があるのも事実です。ただ、経営者の高齢化による後継者不足の問題は業績の良し悪しと直接関係なく発生するため、業況が回復して黒字に戻っても承継が叶わず廃業してしまう場合も数多く報告されています。

実際に、黒字廃業の件数は全体の約6割に達するという統計もあり、このままでは雇用だけでなく地域経済を支える技術やノウハウが失われる懸念が高まります。企業のライフサイクルが終わる前に、事業承継の準備を行い、円滑にバトンタッチができる仕組みを整えておくことが欠かせません。

(図5) 「企業規模別業況判断DIの推移」


出典:中小企業庁/中小企業白書/令和3年度(2021年)の中小企業の動向 

(図6)  「企業規模別・売上高の推移」

出典:中小企業庁/中小企業白書/令和3年度(2021年)の中小企業の動向 

(図7) 「企業規模別・経常利益の推移」

出典:中小企業庁/中小企業白書/令和3年度(2021年)の中小企業の動向 

(図8)  「廃業件数」  出典:中小企業庁/財務サポート「事業承継」  

高齢経営者が勇退を選択しない主な理由

経営者が高齢となっていても、なかなか勇退を決断しない背景にはいくつもの要因があります。以下のような理由が代表的です。

後継者が決まっていない

     親族や役員、従業員などの中から次期経営者を指名できない場合や、買い取り資金や実務能力などの問題で希望に合
    う人物が見つからないと、勇退の判断が遅れやすいです。

後継者の育成が不足している

     後継者が決まっていても、十分な経営ノウハウや実務経験を得るまでに時間がかかるため、現経営者が退くタイミン
     グをつかみづらくなるケースがあります。

取引先や従業員の信頼確保が難しい

     長く同じ経営者が率いてきた企業の場合、新たな経営者が迎えられると取引先や社内の不安が生じやすくなります。
     後継者選定が難航すれば、業績に支障をきたすリスクもあります。

相続トラブルへの懸念

     事業承継と相続は切り離せない問題です。特に親族内承継で株式の移転方法があいまいなままだと、他の相続人との
     間でトラブルに発展する可能性があり、経営者が慎重になる一因となります。

相談相手がおらず先送りしてしまう

     事業承継は家族間でも話題にしづらく、気付けば経営者が高齢になっていたという状況も珍しくありません。気軽に
     相談できる相手がいないまま時間だけが過ぎてしまい、結果的に勇退を引き延ばす原因になります。

第一線から退きたくない

     経営者が体力的にはまだ大丈夫と感じており、「自分が指揮しないと業績が落ちるのではないか」という心理的要因
     から、退くタイミングを逸してしまうケースもあります。

(図9)  「M&Aの相手先経営者の年齢別・目的」  

出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書 

(図10) 「中小企業のM&A実施状況」

出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書 

事業承継できなかった場合のリスク

後継者を確保できずに事業承継を実現できないと、以下のような深刻なリスクが生じます。

廃業コストが多額になる

    不動産や設備の処分、従業員への退職金支払い、取引先への未払金処理など、廃業には思いのほか大きな費用がかかり
    ます。経営者が個人保証をしている場合、会社を畳んだ後も返済義務が残ってしまう可能性があります。

従業員の雇用喪失

     事業を続けられないと従業員全員が職を失い、退職金の原資を十分に用意できないまま経営が止まる場合もありま
     す。地域の雇用を支えている中小企業ほど、この影響は大きいです。

顧客・取引先への不利益

     長年築き上げたサービスや技術が消滅すれば、取引先や顧客にも多大な負担がかかります。共同事業や受注体制が連
     鎖的に崩れ、周辺産業への影響が拡大するリスクも高いです。

(図11) 「買い手・相手企業の探し方」

出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書 

(図12) 「買い手としてM&Aを実施する際の障壁」

出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書 

(図13) 「売り手・M&Aを実施する際の障壁」

出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書

事業承継の種類とそれぞれの特徴

事業承継は、大きく3つのパターンに分けられます。

親族内事業承継

     経営者の子どもなど親族へ事業を引き継ぐ方法です。相続や贈与を用いて株式を移転するため、場合によっては多額
     の相続税・贈与税がかかります。早めに株式評価を行い、財産分与や税金負担の検討を進めることが必要です。

社内事業承継

     役員や従業員に事業を託す方法で、社内でのノウハウ共有がしやすいメリットがあります。ただし、後継者候補が株
     式を買い取るだけの資金力を確保できるかどうか、あらかじめ検討しておくことが大切です。

M&Aによる事業承継

     第三者の譲受企業を探し、経営権や株式を譲渡する方法です。親族や社内に後継者が見つからない企業にとって有効
     な選択肢となります。経営者は株式売却益を得られ、譲受企業がリスクを負担する形となるため、廃業を避けられる
     可能性が高まります。ただし、譲受候補を見つけるのに時間を要する場合もあるため、早めの準備が欠かせません。

事業承継と相続の関係

特に親族内の事業承継では、相続問題を回避するための事前対策が必要になります。遺言書の作成や遺留分への配慮を怠ると、家族間でのトラブルに発展しやすいからです。

一方、M&Aや社内事業承継では経営者が株式売却益を得る形を取るケースが多いため、資産が大きく増える可能性もあります。その後の相続税対策として、節税スキームの検討が重要です。

このように、事業承継を円滑に進めるには、単なる引き継ぎだけではなく、相続や税務に関する知識を持った専門家への相談が欠かせません。

M&Aの活用と現状

後継者不足に悩む企業が増える中、第三者承継の手段であるM&Aが注目を集めています。従来、M&Aは大企業の話と捉えられがちでしたが、近年は中小企業での成約件数が増加し、仲介業者や公的支援機関などを利用して事業承継を実現する事例が広がっています。

M&Aによって期待される主な効果としては、「個人保証の解消」「従業員の雇用継続」「取引先との関係維持」などが挙げられます。特に高齢の経営者にとっては、廃業による多額の損失を防ぐ手段になるだけでなく、後世へ事業を存続させる喜びも大きいです。

また、若い経営者がM&Aを利用する場合は「規模拡大」や「新市場への進出」という目的が高い比率を占める傾向があります。世代や状況によってM&Aを活用する動機やメリットが異なる点も、中小企業が注目する理由の一つです。

事業承継問題を解決する具体的な策

事業承継には多くの課題が伴いますが、それぞれに対して具体的な解決策を検討することでリスクを抑えられます。特に中小企業の場合、経営者の高齢化に加え、後継者不足や個人保証など複合的な問題が生じやすいのが実情です。以下、事業承継を円滑に進めるうえで有効とされる主な対策を挙げます。

早めに事業承継を検討する

     健康上のトラブルや急な環境変化が起きてからでは準備が間に合わないケースがあります。後継者育成や資金調達の
     見通しなど、事前に計画を立てればリスクを低減できます。

経営の問題点を解決しておく

     財務状況や組織体制など、会社が抱える問題を洗い出してから対策を施すと、後継者はスムーズに経営を引き継ぎや
     すくなります。特に負債や個人保証などは事業承継の大きな障壁になるため、専門家の助言を受けつつ改善を図りま       
しょう。

国の優遇制度を活用する

     事業承継税制や事業承継・引継ぎ補助金など、政府は承継を後押しする仕組みを整えています。税額の減免や補助金
     の交付で資金的な負担を軽減できるため、内容や適用条件を早めに確認し、計画的に活用することが大切です。

事業承継とあわせて相続対策を始める

     中小企業のオーナー経営者にとって、事業承継と相続は切り離せません。遺言書の作成や遺留分への配慮などを含め       て、家族間のトラブルを未然に防ぐ仕組みを整える必要があります。

自社株式の承継についてすり合わせる

     親族内承継や社内承継の場合、自社株式の評価額が想定以上に高くなることもあります。売買か贈与か、どの方法を
     取るかによって税負担や財産分割の形が変わるため、早期の資産評価や税務プランを検討しておきましょう。

信頼できる専門家を探して相談する

     事業承継や相続、税務戦略には専門的な知識が必要です。税理士・弁護士・公認会計士・中小企業診断士など、信頼 
     できる専門家に早めに相談することで、不足しがちな情報を補いながら事業承継をスムーズに進められます。

(図14)  「M&A実施の具体的効果」

出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書 

(図15)  「同業平均値と純利益成長率を比較」


出典:中小企業庁/財務サポート「事業承継」

(図7) 「経営者保証の提供状況」

出典: 中小企業庁/経営者保証

(図14) 「売り手・相手企業の探し方」

出典:中小企業庁/2022年度版中小企業白書 

まとめ

後継者不足は中小企業が避けて通れない大きな課題です。しかし、早めに事業承継の検討を始め、国の優遇制度やM&Aなど多彩な手段を活用すれば、企業と雇用を未来へつなぐことができます。個人保証や廃業リスクを最小化し、円滑にバトンを渡すためにも、信頼できる専門家と協力しながら計画的に取り組むことが重要です。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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