日本国内において、大企業から中小企業まで様々な規模の企業において、多くのM&Aが行われています。M&Aにおけるニーズは事業承継、成長戦略、そして先行き不安など、案件によってさまざまです。また、大企業の場合、海外展開を目的としたクロスボーダーM&A(国境を越えたM&A)も行われています。本稿では、各企業規模ごとのM&A成功事例を紹介し、M&Aの成功に向けたポイントについて解説します。
目次
▶目次ページ:第三者承継とは(M&Aの注意点・成功ポイント)
M&Aとは、「Mergers(合併) and Acquisitions(買収)」を意味し、2つ以上の企業が一つの企業に統合される(合併)か、ある企業が他の企業を子会社化する(買収)ことです。以前は、M&Aには企業が乗っ取られるといったネガティブな印象が強かったものの、近年では企業の成長戦略や事業承継の選択肢として認知されるようになっています。
かつては上場企業や大企業間のみで行われていたM&Aも、非上場企業や中小企業でも実施されるようになり、事業承継や成長戦略の選択肢として活用されるようになっています。その背景には、以下の要因があります。
• 後継者が不足している
• 市場構造が変化している
2025年には団塊の世代の経営者が事業承継の平均年齢である70歳を超えることが予想されており、多くの企業で事業承継が必要とされるでしょう。しかし、少子高齢化や都市部への人口集中などにより、後継者が不足しているのが現状です。これが、親族内承継や社内人材承継等の従来の事業承継が困難になっている大きな要因となっています。特に、歴史のある業種や地方の企業では後継者不足が深刻な問題となっています。
日本の産業は経済成長と共に拡大しましたが、市場の飽和や技術革新、少子高齢化による市場環境の変化により、成熟した産業構造へと移行しています。
このような市場構造の変化に伴い、専門企業から総合企業への移行や、自社のバリューチェーン構築のためのグループ化などが進められています。その際、M&Aはスピーディーかつ合理的な手段として積極的に活用されています。また、グローバル市場への進出に向けてもM&Aが利用されるケースが増えています。
M&Aによって事業承継の問題が解決されることはもちろんのこと、M&Aを行う相手先によってはその効果が2倍や3倍にもなることがあります。最近のM&A成功事例をいくつか紹介いたします。
売り手:株式会社ライフ・コーポレーション
業界:恒常的な施設警備業
買い手:株式会社日輪
業界:製造業メーカーを主な顧客としている総合人材サービス業
譲渡の方法:株式譲渡
売り手のM&Aニーズ
• 経営者の高齢化により事業承継の必要性があり、後継者が不足しているため事業承継の選択肢を模索していた。
• 業界全体で人材不足が続いており、採用力を強化することが必要だった。
買い手のM&Aニーズ
• 総合人材サービス業が主力事業であり、多様な採用チャンネルを持っていた。
• 採用能力が強いが、主要な取引先とマッチしない人材との接点も多く、自社で活用できる場所を見つけることが求めら
れていた。
• 主要取引先で働く人材が高齢化した際に、移動先となる事業を探していた。
M&Aによるシナジー
• 売り手の事業承継問題が解決される。
• 売り手の事業課題であった人材採用力の強化により、人材不足が解消される可能性が高まる。
• 買い手の事業拡大の一環として、マッチしない人材を活用する事業を持つことができる。
• 買い手の事業課題であった高齢人材の移動先となる事業を獲得することができる。
このM&A事例では、売り手の事業承継ニーズを解決するために株式譲渡スキームが利用されています。お互いの経営課題を解決しあうことができる成功事例と言えるでしょう。
売り手:株式会社ミチ
業務内容:ネイルチップ販売店の運営に従事
買い手:丸井織物株式会社
業務内容:合成繊維物の製造を行うメーカー
譲渡スキーム:事業譲渡
売り手のM&Aニーズ
• 自社の事業体制を整理するために、ネイルチップの販売サイト運営事業を譲渡したいと考えていた。
• 一定の顧客が獲得できており、顧客に迷惑をかけないような引継ぎ先を探していた。
買い手のM&Aニーズ
• 創業80年以上の老舗繊維メーカーであるが、デジタル技術を活用した事業展開に力を入れていた。
• ITやデジタル技術に強みを持つ企業とのM&Aを検討していた。
M&Aによるシナジー
• 売り手は、サービスを利用する顧客に迷惑をかけないよう事業を存続させることができた。
• 売り手は、自社事業の選択と集中を達成することができた。
• 買い手は、自社の経営戦略に合った事業を譲受することにより、事業の強化が図れた。
• 買い手は、自社にはなかったノウハウを得ることができ、事業展開に活用できた。
売り手のM&Aニーズは、事業の選択と集中であったため、事業譲渡スキームで対象事業のみを売却。譲受企業も欲しい事業のみを買収することができ、双方に無駄のない合理的なM&Aが完了した事例であると言えます。
売り手:株式会社ENCOM
業務内容:システム開発やアプリ開発を手がける企業
買い手:株式会社アイティエルホールディングス
業務内容:システム開発(インフラ系)やその他の事業を展開する企業
譲渡スキーム:株式譲渡
売り手のM&Aニーズ
• 後継者不在による事業承継の選択肢として
• 中小企業では足りない経営資源の補完のため、大手グループ傘下入りを希望。
買い手のM&Aニーズ
• 異なる強みを持った会社をグループ化し、組織全体の競争力強化。
• グループ全体で提供するサービスラインの拡大。
M&Aによるシナジー
• 売り手は、事業承継問題を解決し、従業員の雇用の安定化が図れた。
• 売り手は、グループ参画後も独立性を保ったまま運営ができ、企業文化が維持できた。
• 買い手は、グループのサービスライン拡大を実現し、ワンストップサービスの向上につながった。
株式譲渡を行ったことで、売り手は後継者問題を解決し、従業員の雇用の安定化が図れた。また、買い手もグループのサービスライン拡大によるワンストップサービスの向上が実現できるなど、双方にとって有益なM&Aが実現した事例です。
中小企業におけるM&Aは、双方のシナジー効果が見出しやすく、シナジーを実感するまでの期間も短いことが多いです。この記事では、中小企業におけるM&A成功事例5選を詳しくご紹介します。
売り手:株式会社アヤト
業種:各種販促物や書籍などの企画・印刷
取引先:一般企業、行政、病院など
買い手:スキット株式会社
業種:一般商業印刷会社
取引先:一般企業
譲渡スキーム:株式譲渡
売り手のM&Aニーズ
• 経営者の高齢化に伴い事業承継を検討
• 3代続く老舗印刷会社のため、今後も会社の継続を望んでいた。
• 親族内・外ともに後継者がおらず、第三者への事業承継のため、M&Aを検討。
買い手のM&Aニーズ
• 事業拡大、新規事業への参入、技術ノウハウの獲得、コスト低減などを目的とし積極的にM&A案件を検討。
M&Aによるシナジー
• 売り手にとって、後継者不在による事業承継課題の解決ができ、老舗企業の歴史が紡がれることができた。
• 買い手のニーズであった技術ノウハウと事業拡大(エリア拡大)が実現。
このM&A事例では、売り手・買い手のM&Aニーズを満たすだけではなく、双方の顧客層が異なっていたため、新しい顧客への営業パイプの拡充やワンストップサービスでの対応など、お互いが補完し合える関係性が構築できました。
売り手: 株式会社コウイクス
業種: DX推進事業、システム開発
強み: システム開発とITインフラ構築において、高い技術力と実績を持つ
買い手: 株式会社SDアドバイザーズ
業種: 金融系システムの開発
強み: 金融業界に特化した知識と経験、独自の技術力
譲渡スキーム:株式譲渡
売り手のM&Aニーズ
• 創業オーナーの高齢化に伴い、事業承継を進めていたが、番頭が業務を抱えながらの引継ぎでは進捗が上がらず、事業
承継が難航していた。
• 時間をかけて事業承継を検討するも、オーナー家族の体調不良が重なり、引継ぎ業務が困難になったため、M&Aを活
用して第三者への事業承継を検討することになった。
買い手のM&Aニーズ
• 金融系システムに特化し強みを持ってきたが、市場動向に対するリスクヘッジの為、非金融系システムへの参入を検
討。
• 強みが異なる複数の会社でグループ化し、1社では対応できない事案の解決や各社の弱みを補完できることを目指し、
M&Aを活用してグループ構築を強化。
M&Aによるシナジー
• 売り手は、事業承継にかかる時間の短縮や歴史ある会社の存続が可能となった。
• アナログなバックオフィス機能がデジタル化され、効率化が図れた。
• 買い手は、非金融システムへの参入により事業の多角化を実現し、新たな機能を持つ会社がグループに加わることで
グループの基盤が強化された。
M&Aは、事業承継問題の解決だけでなく、新たなオーナーによって会社が抱える他の課題も解決できる事例です。
売り手:有限会社スニタトレーディング
業種:インドカレー専門店の運営および販売
買い手:株式会社ゴーゴーカレーグループ
業種:カレーチェーン店の経営
譲渡スキーム:事業譲渡
売り手のM&Aニーズ
• 知人から引き継いだハラール対応の工場が不採算で利益が出なかったため、工場の売却を検討
買い手のM&Aニーズ
• グループの世界展開の中で、世界の人口の20%を占めるイスラム教徒の方々向けのハラール料理の提供を検討してい
た
M&Aによるシナジー
• 売り手は、グループの不採算部門であった工場の整理ができ、雇用も守れた
• 買い手のブランド力の活用で、自社製品の拡大につながった
• 買い手は、ハラール対応の工場をグループ化できたことで、ハラール商品の開発が効率化できた
• ハラール商品の自社開発が可能になったことで、今までアプローチできなかったお客様層により的確なアプローチが
可能になった
売り手・買い手ともに、M&Aを成長戦略して活用した事例となります
売り手:株式会社COMBO
業種:VR/AR開発などシステムの受託開発や製品開発
買い手:株式会社テクノデジタル
業種:デジタルサービスの構築・グロース支援
譲渡スキーム:株式譲渡
売り手のM&Aニーズ
• 知人から会社を譲り受け会社が急拡大したことによる、会社運営の不安
• 新型コロナウイルスの影響など外的要因への対応などの事業運営の不安
買い手のM&Aニーズ
• 既存事業のバリューチェーン構築及び拡大を企図
• 優秀なエンジニアの確保
M&A実行による効果
• 売り手は、経営支援を得ることで会社運営・事業運営の不安を解消
• 買い手は、優秀なエンジニアを確保でき事業エリアの拡大につながった
事業承継課題の解決だけでなく、環境変化の対応や経営力向上のためにM&Aを検討されるケースも増えてきております。
売り手:桐のかほり 咲楽
業種:4室の高級温泉旅館を運営(定員9名)
買い手:株式会社小野写真館
業種:フォトスタジオ事業、ブライダル事業、成人振袖事業などを展開
売り手のM&Aニーズ
• オーナーが高齢化し事業承継を検討
• 親族内承継が旅館事業の特性上難しいため、第三者承継を検討
買い手のM&Aニーズ
• 新型コロナウイルスの影響でブライダル事業が低迷、事業のテコ入れを検討
M&Aによるシナジー
• 売り手は事業承継問題が解決する
• 異業種との連携により、新しい顧客層へのアプローチが可能になる
• 買い手は旅館にフォトスタジオを併設し、ブライダル事業の強化に成功する
事業規模が小さい旅館である売り手は、良い譲受候補先に出会うのが難しかったが、買い手は他社が見過ごす部分を強みと捉え、成約に至る。異業種M&Aの成功例である。
大企業では、国内企業だけでなく海外企業とのM&A(クロスボーダーM&A)も多く行われている。また、大企業同士のM&Aも実施され、事業承継ニーズだけではないM&Aも多く見られる。
消費者の健康志向やたばこ税の引き上げなどの要因で、日本たばこ産業株式会社の販売本数が伸び悩んでいた。今後の成長に向けて海外販路の拡大が必要とされていたが、自社での海外展開に限界を感じていた。そこで、米国のRJRIの買収を行い、海外事業のプラットフォームを獲得した。
このクロスボーダーM&Aによって、海外の販売たばこ本数が10倍増加し、海外販路の拡大に成功。まさに時間を買うM&Aとなった。
アサヒグループホールディングス株式会社は、2016年以降、クロスボーダーM&Aを積極的に進めており、日本、欧州、オーストラリアを中心とした事業基盤を確立することに力を注いでいます。アサヒグループは、「Great Northern」などの有力ブランドを取得し、ブランド力やマーケティング力の強化を目指しています。この経営戦略を実現するため、アサヒグループはビール最大手アンハイザー・ブッシュ・インベブからCUB事業を譲り受けることになりました。
Zホールディングス株式会社は、ヤフーを子会社に持ち、子会社であるヤフーが運営する「PayPayモール」というECモールで、国内で圧倒的なシェアを持つファッションECサイト「ZOZOTOWN」を出店させることで、集客力を高めることを目指して株式会社ZOZOの買収を行いました。Zホールディングスは、TOB(株式公開買付け)によってZOZOの株式の保有比率が50.1%(議決権ベース)に達し、買収が完了しました。
楽天株式会社は、Eコマース市場におけるC2C事業の拡大を目指し、株式会社Fablicの買収を行いました。Fablicは、日本で生まれたフリマアプリ「フリル」を運営しており、ファッションや美容用品など女性向け商品に強みを持ち、10代後半から20代の若年層に特に支持されています。一方、楽天が運営する「ラクマ」は、取り扱い商品のジャンルに特化せず、幅広いユーザー層を獲得しています。両社のユーザー間で相互に送客し合うことで、強固な顧客基盤が構築され、2017年には取引総額が1,400億円を超えるなど、買収によるシナジー効果が生まれていると言えます。
エスケーサービス株式会社は、首都圏を中心に家電配送・家電取り付け工事、産業廃棄物の収集・運搬などを行っている会社です。一方で、株式会社ビッグカメラは家電量販店として知られており、家電販売後の配送サービスの向上を目指してエスケーサービスを買収しました。エスケーサービスのグループ化により、販売、配送、取り付け、廃棄物収集の各機能が強化され、顧客に対してワンストップでのサービス提供が可能となり、顧客満足度の向上が期待されています。
M&Aの成約率は、一般的には3~4割程度と言われており、成功率が高いとは言い難い状況です。そこで、この記事では、M&Aを成功に導くためのポイントについて説明します。
M&Aは、売り手にとっては事業承継の選択肢・資金調達・成長戦略など経営戦略の一つであります。自社が抱える様々な課題に対する適切な経営戦略を明確にすることで、相手候補の選定が変わるでしょう。同様に、買い手にとってもM&Aは経営戦略であり、事業戦略でもあります。自社グループの組織体制強化や事業部の人材や技術の補完など戦略によって買収先の選定が変わるでしょう。M&Aを実行する目的、すなわち企業戦略を明確にすることが、M&A成功の鍵となります。
M&Aは、成約することが成功ではなく、成約後に買い手がスムーズにM&A対象企業を引き継ぎ、買い手の企業戦略に沿ったシナジーを得られることで初めて成功と言えます。そのためには、売り手の前経営者やM&A対象企業の従業員の協力が欠かせません。その協力を得るためには、M&Aの交渉の際からお互いに敬意を払い、良好な人間関係を構築することが必要となります。
M&Aは、財務・税務・法務・不動産など、交渉の論点となる範囲が広く、M&A取引金額や条件などセンシティブな交渉事項も含まれます。そのため、専門家の知識とノウハウを活用することがお勧めです。M&Aアドバイザリーや法務アドバイザリー等の専門家の活用により、交渉時に起こるトラブルの回避方法提案やセンシティブな交渉の代理などを行ってくれるので、売り手・買い手間の不要な摩擦を避けることが可能となります。また、M&Aには重要な契約が多く存在しますので、専門家の活用により、M&A実行におけるリスクを回避することがM&A成功のポイントとなります。
M&Aは、あくまで経営戦略の一つであり、M&Aを成約することが目的ではありません。M&A成約後、自社の経営戦略(事業戦略)に沿って獲得したい効果(シナジー)を見出せたかが、M&Aが成功したか否かの判断基準となります。その効果を見出すためには、戦略を明確にし相手先を選定すること、相手先と良好な人間関係構築で協力を得ること、専門家の活用でリスクをできるだけ回避することが重要なポイントとなります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画