M&Aの成功と失敗事例の要因分析から学ぶ実践ガイド
「M&A成功失敗事例から学ぶ実践ガイド」とは何でしょうか?本記事では、国内外の成功例と失敗例を中小企業・大企業別に整理し、失敗を避け成功へ導く具体策を、分かりやすく解説します。
目次
1.M&Aの基礎知識と定義
2.M&A増加の背景とニーズ
3.最新M&A成功事例3選
4.中小企業のM&A成功事例5選
5.大企業のM&A成功事例3選
6.成功事例に共通する3つの視点
7.M&A失敗事例10選
8.M&A失敗要因を買い手・売り手別に分析
9.失敗を回避するための実践チェックリスト
10.専門家活用でリスクを最小化するポイント
11.まとめ
▶目次ページ:第三者承継とは(M&Aの注意点・成功ポイント)
M&Aは「Mergers and Acquisitions」の略称で、複数の企業を一つに統合する合併や、片方の企業が他方を子会社化する買収を意味します。かつては「乗っ取り」のような否定的な印象が強かったものの、近年では経営課題を解決する選択肢として認知され、事業承継や成長戦略、海外展開などで積極的に活用されるようになりました。
合併と買収の違いは、簡単に言えば「対等な統合」か「主従関係の構築」かです。合併は複数社が対等の立場で一社になる手法、買収は買い手が資本を投下し相手を傘下に収める手法です。どちらを選ぶかは、経営権の移転やブランドの維持など、両社の意向と戦略によって決まります。
従来は上場企業同士で語られがちだったM&Aですが、非上場の中小企業でも急速に普及しています。その背景には「後継者不足」と「市場構造の変化」という二つの大きな波があります。
後継者不足は、団塊世代の経営者が平均引退年齢を超える2025年問題によって顕在化しました。地域や業種によっては深刻で、親族内や従業員への承継が難しい企業ほど第三者承継としてのM&Aを選択しています。
一方で市場構造の変化も見逃せません。技術革新や人口減少により国内市場が成熟するなか、企業は自社だけでは成長を描きにくくなりました。バリューチェーンの再構築や新分野への参入を、時間を買う形で実現できるM&Aは、経営者にとって合理的な打ち手となっています。
後継者候補が見つからない会社では、従業員と地域を守るために第三者承継を検討するケースが増えています。M&Aは雇用の維持と長期的な投資回収の両立が期待できるため、歴史ある企業ほど選択肢として注目します。
需要の停滞や海外勢の参入に直面する企業は、単独での設備投資やR&Dが難しくなっています。強みの異なる企業を取り込み、販路や技術を相互補完することで変化に対抗する動きが活発化しています。
最新の成功事例は、課題解決とシナジー創出が両立した好例です。
恒常的な施設警備を手掛けるライフ・コーポレーションは、経営者高齢化と人材不足という課題を抱えていました。製造業向け人材サービスを主力とする日輪は、多様な採用チャネルを生かして人材課題を解決できるパートナーです。株式譲渡により、売り手は承継と採用強化を同時に達成し、買い手はミスマッチ人材の活用先を獲得しました。双方が経営課題を補完した典型的な成功例です。
ネイルチップ販売サイトを運営していたミチは、事業整理と顧客保護を両立させるためサイトを譲渡しました。買い手の丸井織物は老舗繊維メーカーながらデジタル技術による事業多角化を推進中で、ITに強いミチのノウハウが魅力でした。事業譲渡により売り手は選択と集中を完遂し、買い手はECを活用した新規展開を加速。必要な部分だけを手放す・取得する合理性が光る成功事例です。
システム開発会社ENCOMは後継者不在と経営資源不足を補う目的で大手グループ入りを選択しました。アイティエルHDはインフラ系を強みとする一方、アプリ開発領域の拡充が急務でした。株式譲渡後、ENCOMは独立性を保ちつつ雇用安定を実現し、アイティエルHDはサービスラインを拡大。グループ内の競争力強化に直結した好事例となりました。
中小企業同士の取引は、規模が小さい分だけ効果が速やかに表れやすい特徴があります。ここでは代表的な二つを先に取り上げます。
創業三代の老舗印刷会社アヤトは、親族・社内双方に後継者がいない課題を抱えていました。商業印刷を全国展開するスキットは、技術ノウハウとエリア拡大を図りたいというニーズを持っていました。株式譲渡により、売り手は歴史をつなぎ、買い手は新顧客へのパイプと一貫サービスを獲得。異なる顧客基盤を相互補完した成功例です。
システム開発とITインフラ構築に強みを持つコウイクスは、オーナー高齢化と引継ぎ難航から第三者承継を検討。金融システム特化のSDアドバイザーズは非金融分野への進出を模索していました。株式譲渡後、売り手はデジタル化による効率化と短期間承継を実現し、買い手は事業多角化とグループ基盤強化を果たしました。
インドカレー専門店を運営するスニタトレーディングは、ハラール対応工場の不採算が悩みでした。他方、ゴーゴーカレーグループは世界展開の一環でイスラム教徒向け商品の内製化を目指していました。工場を事業譲渡したことで、売り手は不採算部門を整理しつつ雇用を守り、買い手はブランド力を活用してハラール市場へ迅速に参入。人口の20%を占める巨大市場への扉を開いた点で意義深い事例です。
VR/AR開発を手掛けるCOMBOは急拡大に伴う経営ノウハウ不足とコロナ禍対応に不安を抱えていました。デジタルサービス支援のテクノデジタルはバリューチェーン拡大と優秀なエンジニア確保を狙っていました。株式譲渡後、COMBOは経営支援を受けて持続的な成長基盤を確立し、テクノデジタルは技術力の底上げと事業領域拡張に成功。環境変化に耐える組織力を両社で高めた好例です。
4室限定の高級温泉旅館を営む桐のかほり咲楽は、親族内承継が難しく高齢オーナーが第三者承継を模索。一方、フォトスタジオやブライダル事業を展開する小野写真館は、コロナ禍で低迷した主力事業の再起を図るためブライダル周辺サービスを強化したい考えでした。旅館譲渡後、小野写真館は館内にフォトスタジオを併設し、ブライダル顧客へ新たな体験価値を提供。売り手は事業承継を実現し、買い手は異業種シナジーで新規顧客を獲得しました。
大企業は資本力を武器に国内外で大型取引を行い、短期間でグローバル市場を獲得するケースが目立ちます。ここでは代表的な三つを紹介します。
健康志向と税負担で国内販売が頭打ちだった日本たばこ産業は、米RJRIを買収することで海外販売本数を約十倍へと伸ばしました。自力展開には長年を要する海外販路を一気に取得し、まさに「時間を買う」取引となりました。
アサヒグループホールディングスは2016年以降クロスボーダーM&Aを連続で実施し、豪州のCUB事業を取得しました。有力ブランド「Great Northern」などを取り込むことで、マーケティング力と収益基盤を欧州・オセアニアに築きました。
圧倒的な集客を誇るZOZOTOWNを傘下に収めたZホールディングスは、PayPayモールとの連携でファッションECシェアを強化。買収後の決済サービス連動により利用者層を広げ、ECプラットフォームの競争力を底上げしました。
多彩な事例を俯瞰すると、規模や業種を問わず次の共通点が浮上します。
どの事例も「人材課題の解決」「海外販路の獲得」など達成したいゴールが具体的でした。目的を言語化することで、相手選定やスキーム決定の軸がぶれません。
譲渡後すぐに採用強化や販路統合など具体的施策を動かすことで、従業員や市場にポジティブなメッセージを示しています。可視化はPMIを円滑にし、信頼を築く鍵です。
複雑な税務・法務論点を抱えるM&Aでは、各事例ともアドバイザーや士業の支援を受けています。交渉やデューデリジェンスを適切に設計することで、期待値と実現値のギャップを最小化しています。
ここまでが成功事例の概観です。続く後半では、大きな損失を招いた失敗例を紐解き、同じ轍を踏まないためのチェックリストを提示します。ぜひ最後までご覧ください。引き続き学びましょう。
M&Aは大きな成果をもたらす一方で、多額の損失や倒産につながる失敗もあります。ここでは典型的な十の事例を取り上げ、どこでつまずいたのかを整理します。
中小企業再生を謳い買収した後、資金を代表個人が流用。結果として買収先11社が営業停止、5社が倒産し、従業員の雇用も守られませんでした。買い手の信用調査不足が致命傷となった例です。
運送会社ジョイワークが買収後も旧経営者の保証を外さず、売り手が債務を抱え続ける事態に。仲介会社への丸投げと契約管理の甘さが問題を拡大させました。
原発事業を巡り買収後に不正会計とコスト増が発覚。震災後の環境変化も重なり、最大7,000億円の損失に。統合プロセスとリスク分析の不備が露呈しました。
オリックスが過半数取得後、薬品混入事故と管理不備が発覚。デューデリジェンスで品質管理体制を十分に確認できていなかった典型例です。
巨額借入による買収後、統合遅延と自動車市場の変動で資金繰りが急速に悪化。2022年に事業再生ADRを申請し、LBOリスクの大きさを示しました。
3,000億円で取得したものの景気悪化と価格競争に敗北し、4年で減損処理。市場調査不足と高値掴みの教訓となりました。
買収・新設した10サイトのうち医療記事で根拠不明情報が多数発覚。ガバナンス欠如と外部委託管理の甘さがブランドイメージを損ねた例です。
買収後に中国子会社の不正会計が見つかり、608億円の損失を計上。財務調査と統合管理の不足が原因でした。
欧米通信3社に巨額出資したものの、技術標準や事業戦略の不一致で撤退。シナジーの検証不足と現地経営環境の読み違えが大きな痛手となりました。
買収後、ペンタックス側の反発で統合が進まず、4年でリコーへ売却。企業文化とガバナンスの不一致がシナジー不発を招いた事例です。
失敗には共通する落とし穴があります。ここでは買い手・売り手に分けて整理し、再発防止策を示します。
M&Aを目的化し戦略との整合が取れないまま進めると、のれん減損やシナジー未達を招きます。さらに、財務・法務・事業のデューデリジェンスが浅いと簿外債務や不正を見落とし、買収後に想定外の損失が発生します。
株主間の意思統一が不十分なまま交渉を進めると、終盤で条件が揺らぎ破談の原因となります。また、議事録未整備や簿外債務隠しは買い手の信頼を失い、条件悪化や取引停止を招きます。
M&Aは税務・法務・財務が複雑に絡むため、社内リソースだけでは限界があります。M&Aアドバイザーは候補選定から条件交渉、クロージングまで一貫支援し、弁護士や公認会計士は契約や財務リスクを精査します。成功報酬型の報酬体系を採用する事務所も多く、着手金を抑えつつ専門家の知見を得られる点が魅力です。
M&A成功の鍵は、目的の明確化とデューデリジェンスの徹底、そしてPMIを含む一貫した計画にあります。失敗事例から教訓を学び、専門家の伴走でリスクを抑えれば、事業承継や成長戦略を実現する大きなチャンスになります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画