M&Aの全体的な流れや手順と進め方をわかりやすく解説
M&Aの流れや手順を分かりやすく解説します。交渉・契約・クロージングまで一連の工程を押さえ、成功に繋げるための事前準備や注意点、企業価値評価のポイントなども紹介します。本記事で全体像を把握し、M&Aの成功を目指しましょう。ぜひご覧ください。
目次
M&Aは「譲渡企業」と「譲受企業」の双方が合意に至ることで初めて成り立ちます。しかし、実際の手順は多岐にわたり、検討開始からクロージングに至るまで長期間かつ専門的な知識が必要になるケースが大半です。特に事業承継の一環としてM&Aを考える中小企業の場合、事前の情報収集が不足したまま進めてしまうと、思わぬリスクを抱え込む可能性があります。
そこで、まずは大まかな流れを把握しましょう。一般的には以下のようなステップが存在します。
M&Aを成功へ導くには、個別の手順だけでなく全体の流れを俯瞰的に把握しておく必要があります。なぜなら、たとえば「候補先の選定」をする際に「企業価値評価」の考え方を理解していないと、適正な条件を提示できず、良い相手先を逃す恐れがあるからです。あるいは「トップ面談」で企業文化や将来方針を十分にすり合わせないまま成約まで突き進んでしまうと、事後的に経営方針の食い違いが表面化し、従業員が混乱するリスクが高まります。
とりわけ中小企業においては、経営者個人の意思決定が会社全体に大きな影響を及ぼします。そのため、初期の段階で余裕をもった情報収集を行い、候補先や仲介会社などの外部専門家と連携しながら段階的に手順を進めることが肝要です。
M&Aの流れ
M&Aを検討する背景には、後継者不在の事業承継から事業規模拡大や新分野への進出など、さまざまな動機があります。いずれにしても、目的の明確化と優先順位づけが重要になります。事前準備が不十分なまま進めると、譲渡価格などの交渉局面で混乱を招きやすいため、最低限押さえておきたいポイントを挙げていきます。
たとえば「従業員の雇用維持」を最優先するのか、それとも「出来るだけ高い譲渡金額を得る」ことを優先するのかによって、相手先選定の基準が変わります。あるいは「後継者がいないので譲受企業のサポートで事業を残したい」という場合と、「創業者利潤をできるだけ大きく得たい」場合とでは、交渉過程での譲歩ラインも異なります。すべての条件を満たす理想的な相手先を見つけるのは難しいですが、あらかじめ希望をリストアップして優先順位をつけておくと、候補先検討から交渉段階までスムーズに進められます。
M&Aを実践するには幅広い実務能力が必要であり、専門家のサポートが欠かせません。その際に契約を結ぶのが「アドバイザリー契約」です。具体的には以下のような点を確認します。
M&Aは秘密保持に始まり、秘密保持に終わるとも言われるほど機密性が高い取引です。譲渡企業の立場からすれば、自社が「譲渡を検討中」であることが社内外に漏れるだけでも、従業員や取引先の不安を煽りかねません。一方の譲受企業にとっても、財務情報や事業戦略などの機密情報を第三者に知られるリスクは避けたいものです。
したがって、候補先とのやり取りを開始する前に「秘密保持契約(NDAやCAとも呼ばれる)」を結ぶのが一般的です。これは、M&A推進における信頼関係の土台となります。
基本的な準備を整えたら、いよいよ具体的な候補先企業を探していきます。ここでは主に譲渡企業の視点から進め方を解説しますが、譲受企業側も同様に多面的な情報収集が必要になります。
M&A仲介会社は、譲渡企業の事業内容・財務状況・希望条件などをヒアリングし、それに合いそうな譲受企業のリストを作成します。この一覧を「ロングリスト」と呼び、数十社ほどの企業候補が掲載されるのが一般的です。譲渡企業としては過去の取引関係などを考慮しつつ、どうしても打診してほしくない相手や逆に優先して打診してほしい相手を伝え、ロングリストから打診可能先を絞り込んでいきます。
候補先への最初のアプローチとしてよく使われるのが「ノンネームシート(NN)」です。これは会社名を伏せた形で大まかな所在地や社員数、財務状況などを記載し、「このような企業が譲渡を検討しているが、興味はあるか」を探るための資料です。社名を明かさずに済むため、情報が漏洩するリスクを最小限に抑えられます。
ただし、ノンネームシートに具体的な魅力や強みが含まれていないと、候補先から興味を持ってもらえない可能性があるため、仲介会社と相談しながらうまくまとめる必要があります。
ノンネームシートに興味を示した候補先には、次に「企業概要書」を提示します。IM(Information Memorandum)とも呼ばれるこの資料には、より詳細な事業内容や沿革、財務データ、取引実績などが網羅的にまとめられています。虚偽の記載やリスク情報を隠したりすると、後に大きなトラブルになる可能性が高いため、誠実かつ正確な情報を提供することが大切です。
企業概要書を基にしてなお関心を示す相手企業があれば、次は「トップ面談」を行います。ここでは譲渡企業と譲受企業の経営者同士が直接会い、企業理念・社風・将来ビジョンなどを互いに確認します。財務情報だけでは分からない“人間性”や“相性”の部分が見えてくるため、今後の統合プロセスをうまく進めるためにも重要な場となります。
トップ面談では、具体的な価格や細かい条件交渉はあまり行わず、まずはお互いを理解することがメインです。複数の候補と実際に面談してみると、事前に抱いていたイメージが大きく変わることも多々あります。面談が終われば、譲受企業は改めて検討し、必要に応じて「意向表明書」を提出する流れへと移行していきます。
トップ面談で好感触が得られ、譲受企業から正式に「意向表明書」が提出されたら、双方の条件をすり合わせていきます。ここでは特に重要となる“基本合意契約”と“デューデリジェンス(買収監査)”について解説します。
トップ面談後、譲受企業が譲受への意思と大まかな条件を記した「意向表明書」を譲渡企業に提出します。提示された譲渡条件の概要に対し、譲渡企業から意見や要望があればアドバイザーを通じて伝え、調整を重ねていきます。その結果、双方が初期段階の合意に達した際に結ぶ契約が「基本合意契約書」です。
基本合意契約(仮契約)では、以下のような項目を定めることが一般的です。
独占交渉権とは、譲受企業が基本合意契約の締結後から一定期間、譲渡企業とのM&A交渉を独占的に進められる権利です。第三者からの買収提案を封じることで、譲受企業は安心してデューデリジェンスなどに費用と時間をかけることができます。譲渡企業にとっては、複数の候補先との競争を経ずに交渉を進めるデメリットがある一方、情報漏洩リスクやスケジュール管理の煩雑さを避けられる利点もあります。
基本合意契約が締結されると、譲受企業は財務・税務・法務・労務・事業など多面的な観点から「デューデリジェンス(買収監査)」を実施します。これは、譲渡企業の帳簿に隠れた問題点や簿外債務、重大なリスクなどがないかを徹底的に調べる作業です。仮に簿外債務や労務トラブルなどが判明した場合は、後に価格や条件を修正する要因となり得ます。
財務デューデリジェンス
貸借対照表や損益計算書などの財務諸表を分析し、粉飾決算や不正経理がないかを確認する。主要顧客や在庫の実態もチェックし、キャッシュフローの状況や将来性を見極める。
税務デューデリジェンス
過去の申告漏れや潜在的な追徴リスクがないかを調査する。組織再編の履歴や税制優遇の適用状況、関連会社との取引の適切性なども重点的に検証。
法務デューデリジェンス
契約書や許認可の内容を調べ、違法行為や訴訟リスクが存在しないかを確認する。種類株式の発行状況や取締役会の構成、株主総会の議事録などを精査して所有権の問題がないかもチェック。
労務デューデリジェンス
従業員の雇用契約、就業規則、賃金体系などを確認し、残業代の未払いリスクや重大な労務トラブルが潜んでいないかを検証する。
事業デューデリジェンス
ビジネスモデルや主要取引先、販売ルートや業界内シェアなどを調べ、事業の将来性やシナジー効果の有無を検討する。
規模が大きい企業ほど調査範囲は広範になり、数週間から1か月程度かかることも珍しくありません。資料の準備に時間を要するため、譲渡企業は早めに仲介会社と連携し、提出資料を整理しておくことがポイントです。
万が一、トラブルとなり得る情報が後になってから判明すると、信頼関係が損なわれるだけでなく、契約破談や法的トラブルに発展する恐れがあります。そのため、簿外債務や過去の法令違反、未解決の労務問題などに心当たりがある場合は、交渉段階でアドバイザーを通じて開示し、対処策を検討しましょう。
また、譲受企業側もデューデリジェンスの結果次第で当初の提示条件を修正する場合があります。譲渡価格の引き下げや追加の合意項目を提案されるケースもあるため、双方の柔軟な対応と粘り強い交渉が求められます。
デューデリジェンスが完了したら、最終条件の交渉に入ります。ここではデューデリジェンス結果を踏まえつつ、最終契約書を締結するまでのプロセスを解説します。
基本合意段階で設定した条件と、デューデリジェンスの結果によって判明したリスクを照らし合わせ、譲渡価格や付随条件、支払い方法などを再調整します。たとえば、デューデリジェンスで重大な不確定要素が見つかれば、譲受企業は価格の減額を求めるか、特定の補償を設定するよう要望するかもしれません。
譲渡スキームの再確認
株式譲渡で進めるのか、事業譲渡に切り替えるのか、あるいは一部事業のみを切り離すのかなど、最適な方法を再検討。許認可の扱いも要注意。
譲渡価格・調整条項
評価とリスクを考慮しつつ、譲渡金額を最終的に確定。場合によっては、クロージング時点での運転資本を調整する仕組みを契約書に盛り込むこともある。
表明保証や補償条項
もし潜在的な債務や法的リスクが後から発覚した際、譲渡企業が一定の賠償を行う「表明保証条項」や「損害賠償請求」について取り決める。
交渉で合意した全ての内容を法的拘束力のある契約書(最終契約書)に落とし込みます。株式譲渡や事業譲渡の場合は「株式譲渡契約書」や「事業譲渡契約書」と呼ばれ、次のような重要事項が網羅されます。
この最終契約書に双方が調印した後、譲渡企業は株主名簿の変更などの手続を進め、譲受企業は譲渡代金を振り込むなどのクロージング作業を行います。
最終契約書の締結と同日にクロージングを行う場合もあれば、実際の資金決済や名義変更を数週間~1か月程度後に設定することもあります。無事にクロージングを終えた後こそ、従業員や取引先への周知や統合プロセスが本格化するため、気を抜かずに対応する必要があります。
クロージング後は速やかに従業員や主要取引先、金融機関などにM&A成立の事実を伝えます。特に従業員に対しては「経営方針がどう変わるか」「雇用や待遇にどのような影響があるか」など、できる限り詳しく説明することが大事です。相手先企業の信頼できるサポート体制などを含め、将来の展望を共有すると混乱や不安を最小限に抑えられます。
M&Aは契約の成立がゴールではなく、新しい経営体制のもとでシナジーを生み出し、企業価値を高めることが最終目的です。買収後の組織再編や人材配置、システム統合などのプロセスを「PMI(Post-Merger Integration)」と呼び、ここがうまくいかないと従業員のモチベーション低下や顧客離れが起きるリスクがあります。
組織再編
旧経営陣の退任や新たな役員の就任を含め、どのようなガバナンス体制にするのか検討。
文化・風土の融合
経営理念や社内ルールをすり合わせ、一体感を育む。急激な変化は反発を生む恐れがあるため、段階的に進めるケースも多い。
業務フローとITシステムの整合性
特に在庫管理や販売管理などのシステム統合には時間がかかるため、業務に支障が出ないよう注意。
オーナー経営者が引退する場合でも、しばらくは新体制がスムーズに稼働するようにサポートすることが望ましいです。主要顧客との関係性を新経営陣に引き継ぐのはもちろん、従業員が戸惑わないように必要な情報を細かく共有しましょう。引き継ぎ期間の長さは事業や規模によって異なりますが、密なコミュニケーションが大きなトラブル回避につながります。
M&Aは複雑な手順を踏みながら、譲渡企業・譲受企業の双方にとって有益な統合を目指す方法です。目的を明確にし、候補先の選定や交渉、デューデリジェンスに着実に取り組むことで、スムーズな成約が期待できます。専門家のアドバイスを得ながら進めることで、リスクを把握し、より良い条件を引き出しやすくなります。事業承継や企業価値向上を視野に入れる経営者の方は、ぜひ早めに準備を開始しましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事