M&Aの各契約書書式の内容と確認ポイントを解説
M&Aの流れや手順を分かりやすく解説します。交渉・契約・クロージングまで一連の工程を押さえ、成功に繋げるための事前準備や注意点、企業価値評価のポイントなども紹介します。本記事で全体像を把握し、M&Aの成功を目指しましょう。ぜひご覧ください。
目次
M&Aは譲渡企業と譲受企業が段階的に歩み寄り、最終的な合意に至るプロセスです。各段階で取り交わす契約書には役割があり、どこで何を決めるかを理解することで、交渉を円滑にしリスクを小さくできます。一般的な流れは「秘密保持契約書→アドバイザリー契約書→意向表明書→基本合意書→最終契約書」です。先に全体像を押さえておくと、どのタイミングで社内の決裁を得て資料を準備すべきか計画が立てやすくなります。
それぞれの契約書は締結時期や拘束力が異なります。例えば秘密保持契約書は交渉の入口で締結し、情報漏洩へのけん制が目的です。基本合意書は道義的な合意に近く、通常は法的拘束力を弱めに設定します。一方、最終契約書は譲渡企業・譲受企業の双方に履行義務が生じ、違反時には損害賠償が伴います。このグラデーションを理解すると、交渉中に「どこまで確定情報として扱えるか」を誤認するリスクが下がります。
このチェックリストを用いてドラフトを点検すると、抜け漏れが少なく安全性が高まります。
アドバイザリー契約書は、M&A仲介会社やファイナンシャル・アドバイザー(FA)に業務を委託する際に結びます。譲渡企業と譲受企業がそれぞれ別の仲介会社と契約するケース、同じ仲介会社と三者間で契約するケースがあります。
仲介会社の業務は「候補企業の選定・紹介」「価値評価の助言」「交渉立会い」「スケジュール調整」など多岐にわたります。報酬は相談料、着手金、リテイナーフィー、中間報酬、成功報酬と段階が分かれるため、契約書でいつ・いくら支払うかを明示することが大切です。
専任契約を結ぶと他の仲介会社と並行して契約できず情報管理は楽になりますが、手数料交渉や候補企業探索の幅が狭くなります。非専任で複数社に依頼する場合は情報漏洩リスク増加と手数料重複に注意が必要です。
解除条項と違約金の扱いで不測の事態に備える
交渉が破談した、またはM&Aの検討を中断した場合に契約をどう扱うかは事前に定めておく必要があります。解除予定日の何日前までに書面通知するか、途中解約時のリテイナー残額の精算方法、違約金の有無などを具体的に規定すると紛争を防止できます。
M&Aは税務・会計・法務の知識が複雑に絡み合います。仲介会社を活用するとプロの知見によりリスクを事前に洗い出し、譲渡企業と譲受企業双方が納得できる落としどころを探りやすくなります。また、当事者同士の直接交渉は感情的対立を招きやすいため、第三者が入ることで議論が冷静に進みやすい点も大きな利点です。この中立性が、譲渡価格や譲受条件をフェアに調整する土壌を作ります。
報酬体系は仲介会社ごとに異なりますが、一般的には成功報酬が大部分を占めます。成功報酬は「譲渡価格×レーマン方式の料率」で計算するケースが多く、料率は5億円以下が5%、5億円超10億円以下が4%といった逓減方式が一般的です。例えば譲渡価格が8億円なら〈5億円×5%+3億円×4%=4000万円〉となります。着手金や中間金がある場合は別途必要となるため、総予算を早期に試算し、資金繰りを準備しておくと安心です。
契約期間終了後の自動更新とクーリングオフ規定を確認
アドバイザリー契約書には契約期間を設け、期間満了時に自動更新するか否かを定めます。自動更新条項があると、解除通知を失念したまま費用が発生するリスクがあるため、カレンダー管理を徹底しましょう。加えて、短期解約時の違約金設定が高額になっていないかも要注意です。
意向表明書は譲受企業が「貴社をこの条件で引き受けたい」と意思表示する書面です。法的拘束力は弱いものの、譲渡企業がどの候補と交渉を深めるかを判断する重要資料となります。
譲渡企業が複数の候補企業と初期面談を終えた段階で、各候補に意向表明書の提出を求めるケースが一般的です。候補が1社のみであれば省略されることもありますが、書面化することで条件を明確化し、誤解を防ぐ効果があります。
意向表明書の主な項目は〈譲受希望価格〉〈スキーム概要〉〈譲受目的〉〈大まかなスケジュール〉〈費用負担〉〈秘密保持〉などです。特に独占交渉権を求める場合は期間を2〜3か月程度に限定し、譲渡企業の選択肢を不当に縛らないよう配慮します。
法的拘束力をどこまで持たせるかは双方の交渉次第
LOI自体に強い法的拘束力を持たせると柔軟な条件変更が難しくなるため、通常は「道義的拘束」にとどめます。ただし、秘密保持や独占交渉条項など一部は拘束力を持たせるケースもあるため、条文ごとに拘束力の有無を明示するとトラブルを避けられます。
中小企業同士のM&Aでは候補企業が1社に絞られていることが多く、LOIを作成せずそのまま基本合意書に進む例もあります。書類作成コストや時間を削減できる一方、条件が曖昧なまま交渉が進むと後に認識差が噴出しやすい点がデメリットです。省略する場合でも、メールなどで譲受意向を簡潔に残し、双方が同じ認識か確認することが望ましいです。
LOI段階での情報開示範囲を限定しデューデリジェンスに備える
意向表明書提出前後は、譲渡企業がまだ全ての機密情報を開示していない状態です。したがってこの時点で開示する資料は財務ハイライトや顧客構成など概要情報にとどめ、詳細はデューデリジェンス後半で提示するのが一般的です。情報開示範囲を段階的に広げることで、漏洩リスクを低減します。
基本合意書は、譲渡側企業と譲受側企業候補が主要条件を擦り合わせ、デューデリジェンスへ進む前提を整える書面です。原文と参考の両資料が示すように、想定譲渡価格、スキーム概要、スケジュール、独占交渉権、秘密保持義務などを列挙し「現在合意できている事項」を可視化します。法的拘束力は弱く、道義的・倫理的な結束を強める役割が中心ですが、一定期間の独占交渉権を付与することで買収調査費用を投入しやすい環境が整い、交渉が本格化します。
基本合意書に盛り込む典型的な条項は以下の九点です。
これらを網羅することで、両社の期待値を同じ土俵に乗せ、後の再交渉を減らせます。
譲渡側企業は、独占交渉権を付与すると他社との交渉窓口を閉じることになります。期間を二〜三か月程度に限定し、延長条件を明示しておくと機会損失を抑えられます。また、デューデリジェンス開始前に追加の秘密保持条項を設け、詳細資料の外部流出を防ぐことが賢明です。
譲受側は適切な独占期間を確保しデューデリジェンス費用を正当化
買収監査には会計・税務・法務の専門家費用が掛かります。譲受側企業は独占期間内に調査を完遂できるよう具体的な調査範囲とタイムラインを設定し、期間延長が必要な場合の合意プロセスを盛り込むことで、費用対効果を担保できます。
法的拘束力を限定し柔軟な再交渉余地を残す
基本合意書段階では、デューデリジェンス結果によって価格や条件が変動し得ます。従って「法的拘束力は独占交渉権・秘密保持に限る」など拘束範囲を限定する条項を置き、柔軟に条件を見直せるようにします。
デューデリジェンスに備えた資料準備と共有プロセス
基本合意書で独占交渉権が発効すると、譲受側は財務・税務・法務・人事・環境など多面的なデューデリジェンスを開始します。譲渡側は財務諸表、主要取引先一覧、労務契約、許認可関連資料などを段階的にデータルームへアップロードし、質問対応の窓口を一本化することで調査効率を高められます。資料が不足すると調査延長でスケジュールがずれ込み、価格修正の引き金にもなるため、基本合意段階で提出期限と責任者を決めることが肝要です。
原文と参考は「秘密保持」と「独占交渉権」を例示しています。デューデリジェンスに必要な追加資料を提供する代わりに、買い手が他社と並行協議をしないよう義務付けることで、売り手の情報公開リスクを抑えられます。一方で独占期間が終了すれば拘束が解けることを条文で明示し、買い手の過度な拘束を避けます。
譲受側はスキーム変更の柔軟性を確保
デューデリジェンス結果で簿外債務が発見された場合、株式譲渡から事業譲渡へスキームを変更するといった対応が求められるケースがあります。基本合意書に「重大な事実が判明した場合はスキームを協議のうえ変更できる」と定めておくことで、取引断念より前に解決策を模索できます。
最終契約書は株式譲渡契約書(SPA)などスキームに応じた名称で作成され、譲渡企業・譲受企業双方に契約履行義務が生じます。原文が示すように、最終合意内容を網羅し、違反時には損害賠償が伴う強い法的拘束力を持ちます。ここがM&A交渉のゴールでありクロージングへ直結します。
最終契約書に定める主要項目は以下の通りです。
これらを明文化し、約束を守らない場合の補償スキームを定義することで、不測の損害を防止します。
譲渡側は「過去の簿外債務が見つかった場合の補償」に過度な負担感を抱きがちです。一方、譲受側は買収後の予期せぬ損失を避けるため補償を求めます。期間を一〜三年に限定し、補償額の上限を譲渡価格の一定割合に固定するなどバランスを取ることで、双方が合意しやすくなります。
譲渡側は補償期間と上限を設定し過度な負担を避ける
補償期間を無制限にすると譲渡後も長期にわたり不安が続きます。期間を区切るほか、損害発生額が一定額を超えた場合のみ補償義務が生じる「ディミニマス条項」を活用するとリスクをコントロールできます。
譲受側はクロージング前提条件でリスクを最小化
クロージング条件として「主要取引先との契約継続」や「重要資産の権利関係が確認できること」などを挙げ、充足しない場合には契約解除が可能となる条項を設定すると、買収後の不確実性を抑制できます。
最終契約書は通常、譲受側がファーストドラフトを作成し、譲渡側が修正を加えていく手順を取ります。条文番号を固定し、修正履歴を残すことで交渉履歴の管理が容易になります。また、表明保証の開示例外をまとめた「開示書面」を併せて作成し、クロージング後の論点を先取りで潰す工夫が推奨されます。
クロージング条件未達時の対応策を明記
最終契約書ではクロージング前提条件が充足しなかった場合の対応も規定します。具体的には「一定期間内に条件が整わないときは契約を解除し、譲渡側は受領済対価を返還する」などの条項です。解除条項が無いと、条件未達にもかかわらず契約が存続し、紛争が長期化するリスクがあります。
譲受側は買収後に同業界で新たな競合が出現する事態を避けたい一方、譲渡側はこれまでの経験や人脈を完全に封じられると将来の事業機会を失います。そのため競業避止義務は「地域・期間・業態」を限定し、譲受側が実質的に保護される範囲で譲渡側の活動余地を残す工夫が現実的です。
従業員処遇条項で社内不安を最小化
従業員が最終契約締結前に離職すると事業価値が下がる恐れがあります。原文にある通り、最終契約書で一定期間は給与・勤務条件を維持すると規定し、従業員説明会の日程をクロージング条件に含めると、組織の動揺を抑えられます。
インターネット上のひな型や過去案件のサンプルは便利ですが、譲渡側と譲受側が合意した内容を過不足なく反映するとは限りません。原文が指摘するように、条項抜けや適用外条項が残ると、後日賠償請求トラブルにつながるおそれがあります。
ひな型には「譲渡価格の算定方法」や「補償上限額」が空欄のまま残る場合があります。また、独占交渉権の期間が長すぎる、表明保証の対象範囲が広すぎるなど、自社の実態に合わない条項が含まれる危険も見落としがちです。
税理士や弁護士など専門家にレビューを依頼すると費用はかかりますが、誤契約による損害賠償や再交渉コストを考慮すると、結果的に安価で安全な選択になります。特に表明保証や税務リスクの洗い出しは専門家の経験がものを言います。
チェックポイント一覧で自社事情に合わせた修正を徹底
この一覧をもとに関係者でレビューを行い、疑問点は専門家へ早期に相談しましょう。
M&A契約書はプロセスごとに目的と拘束力が異なります。秘密保持で情報を守り、アドバイザリー契約で専門家を活用し、意向表明と基本合意で条件を擦り合わせ、最終契約で履行義務を確定します。雛形を利用する際も条項の網羅と自社事情への適合を専門家と確認することで、M&A成功の可能性が高まります。今回解説したチェックポイントを手元の契約書ドラフトと照合し、不明点を洗い出してから専門家へ相談すると、交渉スピードが上がりコスト削減にもつながります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画