事業承継の融資制度を理解しスムーズに資金調達する方法を解説
事業承継で資金が足りずお困りですか?本記事では後継者の負担を抑えつつ融資で資金を確保する方法をわかりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:親族内承継(MBO/マネジメント・バイアウト)
事業承継は、単に株式や経営者の椅子を譲るだけのイベントではありません。後継者が安定して経営を引き継ぎ、さらに発展させるためには、多角的な資金需要が発生します。ここでは、承継時に特に資金が必要となる典型的な3つの場面を整理し、それぞれの理由と注意点を丁寧に見ていきます。
親族内承継でも社内承継でも、後継者は先代や他の相続人から株式や事業用資産を取得しなければ経営権を確立できません。とりわけ役員承継やMBOのように株式を市場性のない価格で一括取得する場合、手元資金だけでは賄い切れないことが多々あります。また、相続人が複数存在するケースでは、後継者が経営権を一本化するために分散した株式を買い集める必要があり、さらに資金負担が大きくなります。こうした局面で後継者の選択肢を広げるのが事業承継ローンです。金融機関は後継者の将来性と事業計画を重視して融資の可否を判断するため、計画的なシミュレーションが不可欠です。
親族内承継では、相続や贈与に伴って多額の税金が発生します。不動産や設備機器、非上場株式のように流動性が低い資産をすぐに現金化するのは難しく、納税期限を迎えるまでに現金を用意できないリスクは小さくありません。そこで、納税資金だけを目的とした融資を活用して現金を確保しておくと、承継自体のスケジュールを崩さずに済みます。納税が遅れると延滞税が発生し、経営基盤を脅かす恐れがあるため、計画段階で税額と調達額を試算しておくことが重要です。
事業承継後は、後継者が自らの色を出すための成長投資を行うチャンスでもあります。しかし、承継直後は金融機関との取引実績が乏しく、新規融資の審査が厳しくなる傾向があります。そのため、引継ぎ前に運転資金や設備投資資金を別枠で確保し、承継後のキャッシュフローを潤沢に保っておくことが望ましいと言えます。特に、設備の刷新やDX投資など、大型の投資計画を伴う場合は、承継計画と合わせて融資を申請し、据置期間付きのローンを利用すると資金繰りが安定します。
承継資金を調達する際には、公的機関と民間金融機関が提供する多彩なローン制度を比較検討する必要があります。ここでは、代表的な制度とその特色をまとめ、後継者が自社の状況に照らして選択できるよう解説します。
公的色の濃い日本政策金融公庫の「事業承継・集約・活性化支援融資」は、中小企業向けに最大14億4千万円までの大口融資を用意し、利率は上限2.5%と民間より低く設定されています。設備資金で最長20年、運転資金で最長10年という長期返済が可能で、据置期間も最長5年まで設定できるため、後継者がキャッシュフローの圧迫を受けにくい点が大きな利点です。法人保証や担保の取り扱いも柔軟で、承継を機に新規事業や第二創業を計画する場合でも利用しやすい制度となっています。
信用保証協会は、後継者が抱えがちな個人保証リスクを軽減するため「事業承継特別保証」「事業承継サポート保証」など複数の保証枠を設けています。通常の保証枠と別立てで設定されるため、既存借入で枠を使い切っていても追加融資が受けやすくなる点が特徴です。保証限度額は2億8千万円が目安となり、事業会社の株式買取や持株会社の設立コストを賄うケースで重宝します。経営者保証の解除や借換にも対応しており、後継者が個人資産を守りながら資金調達できる制度設計がなされています。
東京都をはじめ自治体ごとに設けられた「事業承継支援資金」は、融資限度額が2,000万円〜5,000万円程度と中規模ながら、低金利や保証料補助が付く場合が多く、地域金融機関と連携したスピード感のある実行が期待できます。地元の商工会議所や金融機関が窓口になっていることが多いため、後継者が普段から地域ネットワークを築いておくと、相談から実行までのリードタイムを短縮できます。
民間銀行や信用金庫も、承継ニーズに応える専用ローンを展開しています。株式取得資金を対象とするシンプルな商品から、事業承継計画に基づく設備投資やPMI費用を同時に融資するパッケージ型まで、バリエーションは豊富です。保証人不要や無担保といった条件が付くケースもありますが、金利や返済期間は銀行ごとに差が大きいのが実情です。複数行から提案を受け、総支払利息と保証料を含めてトータルコストを比較する姿勢が欠かせません。
資金調達手段として融資を選ぶことには明確な利点がありますが、同時にデメリットも存在します。ここでは、承継を成功させるために押さえておきたいポイントを整理します。
融資を活用すると、一括で多額の資金を確保できるため、株式買取や納税を期限内に完結させられます。さらに、承継直後に設備投資や新規事業へ挑戦することで、企業価値を高める好循環を生み出せるのも大きな魅力です。信用保証協会の別枠保証を使えば、既存枠を温存したまま追加資金を調達でき、他の金融機関と同時併用する柔軟なスキームも構築できます。
一方で、借入金には必ず利息が伴い、返済期間が長期化すると支払総額が想定以上に膨らむリスクがあります。信用保証を付ける場合は保証料も加算されるため、計画段階で返済シミュレーションを行い、無理なくキャッシュフローが回るか確認する必要があります。また、融資申込から実行までは最短でも1カ月、書類不備があれば2カ月以上要することも珍しくありません。納税や株式譲渡の期日に間に合わないと承継そのものが停滞するため、逆算して準備を始めるタイミングを決めましょう。
融資制度を選ぶ際は、資金用途・金額・返済期間・金利・担保保証の有無を一覧表にして比較すると、自社の優先順位が明確になります。例えば、納税資金には据置期間が短くても低金利の公庫融資が適し、株式集中化には返済期間が長い民間ローンが適するなど、目的ごとに最適な組み合わせを検討しましょう。
専門家への早期相談も欠かせません。税理士や公認会計士は、決算書や資産評価をもとに金融機関が重視する指標(自己資本比率、EBITDA、有利子負債倍率など)を整理し、審査で問われる計画の整合性や返済可能性を高めるサポートを行います。事業計画と承継計画を一体で作成し、将来の売上・利益見通しを根拠ある数値で示すことで、融資実行の確度が大幅に上がります。
さらに、後継者個人が保証人となるか否かは、承継後のリスクマネジメントに直結します。個人保証を極力回避したい場合は、経営者保証ガイドラインに沿った説明資料を準備し、金融機関との交渉に臨むとうまくいきやすいでしょう。
資金調達後は、定期的に金融機関へモニタリング資料を提出し、計画と実績の差異をタイムリーに共有することが重要です。計画を上回る成果が出れば融資枠の追加も期待できますし、想定外の損失が出た場合でも早めにリスケジュールを相談できます。金融機関とのコミュニケーションを密に保つことが、承継後の事業の安定に直結します。
最後に、融資はあくまで借入れであることを忘れてはいけません。借入金額を最小限に抑える努力と、キャッシュフローの健全性を確認する内部管理体制の整備が不可欠です。予算管理の徹底や、余剰資金の積立てによる早期返済の仕組みを構築するなど、長期的な視点での財務戦略を立案しましょう。
実際に融資を申し込む際は、段取りを把握しておくことで時間とコストを大幅に削減できます。以下では、多くの中小企業が採用している基本的な進行プロセスを五つのステップに分けて概説します。
最初に行うのは、税理士や金融機関OBなどの専門家によるヒアリングです。株式評価、納税額試算、将来設備投資計画など、多岐にわたる資金需要を洗い出し、目的別に必要資金を数値化します。ここで不足が発覚した場合は、譲受価格や承継時期の調整も検討します。
洗い出した資金需要をもとに、承継時期と方法(親族内承継、MBO、EBOなど)を確定させ、事業計画書に資金計画を組み込みます。これにより、金融機関は承継後のキャッシュフローがどのように生まれ、返済原資が確保できるかを具体的に把握できます。
公庫、地方銀行、信用金庫など複数行に同時に相談し、条件表(タームシート)の提出を受けることで、金利・期間・保証の有無を横並びで比較できます。後継者は、総返済額だけでなく据置期間や返済方法(元金均等・元利均等)もチェックし、自社に合う提案を見極めましょう。
審査で重視されるのは、決算書3期分、納税証明書、資産評価報告書、事業承継計画書などです。特に計画書は、承継による成長戦略を言語化し、数値根拠を添えることで説得力が増します。専門家にブラッシュアップを依頼し、提出前に抜け漏れを再確認しましょう。
融資が実行されたら終わりではなく、定期的に金融機関へ実績報告書を提出し、計画とのズレを共有することが大切です。想定より利益が下振れした場合でも、早期にリカバリー策を提示すれば追加融資や条件変更に応じてもらいやすくなります。金融機関は後継者の誠実な情報開示と迅速な対応を評価するため、継続的なコミュニケーションがリスク管理の鍵となります。
事業承継ローンは万能ではなく、借入後の返済負担や審査落ちリスクを正確に見積もることが不可欠です。本章では、承継計画の初期段階から押さえておくべき四つの注意点を解説し、リスクを最小化するための具体策を示します。
金融機関が重視するのは、過去三期分の決算書、資産負債一覧、納税証明、事業承継計画書の整合性です。特に事業承継計画書は、株式買取額や納税額の根拠と将来キャッシュフローまで一貫したストーリーで示す必要があります。書類不備があると差し戻しが発生し、手続が数週間延びるケースが珍しくありません。後継者は専門家と連携し、申込前にチェックリストで書類を完結させましょう。
信用保証協会の事業承継特別保証や公庫の保証免除オプションを活用すると、後継者が個人保証を負わずに済む場合があります。個人保証を回避すれば、事業が想定外の赤字に陥った際も個人資産への影響を抑えられます。交渉時には、法人・個人の分離ができているか、EBITDA有利子負債倍率が10倍以内か、といった保証免除の要件を満たしているかを確認し、金融機関に資料を提示しましょう。
返済期間を10年から20年に延ばすと月々の返済額は抑えられますが、利息総額は大きく増加します。また、信用保証を利用すると融資額に応じた保証料が初期コストとして発生します。事前に複数の返済シナリオを試算し、営業利益の何%を返済原資に充当できるかを検証することで、過大な借入れを防げます。早期繰上返済条項の有無も契約前に必ず確認してください。
金融機関の審査基準は各行で異なるため、同じ書類でも可否が分かれます。万が一不承認となった場合に備え、自己資金の積み増し、株式譲渡価額の再交渉、一時的なブリッジファイナンスなど、バックアッププランを用意しておくことが重要です。専門家とシミュレーションを行い、キャッシュフローの改善策や経営改善計画を提示できれば、再審査での承認率が高まります。
事例でわかる書類準備の重要性
ある製造業のMBO案件では、決算書の在庫評価方法が税務申告書と異なっていたため、金融機関から追加資料を求められ、融資実行が当初予定より一ヶ月遅れました。事前に在庫評価方針を統一し、証憑一式をまとめておけば、タイムロスは防げたはずです。書類の齟齬は小さなミスに見えても、審査側の信頼を大きく損なう要因になるため注意が必要です。
経営者保証を外すためのガイドライン活用法
経営者保証ガイドラインは、「法人と個人の分離」「財務基盤の強化」「情報開示の充実」という三つの原則を示しています。後継者は、この原則を満たす改善計画を策定し、金融機関へ提出することで保証免除交渉を有利に進められます。例えば、定期実施している在庫棚卸や固定資産点検の手順書を提示し、資産の適正管理状況を説明すると、財務透明性の高さをアピールできます。
シミュレーションによる返済負担の見える化
返済負担比率(DSCR)を1.5倍以上に保つことを目標に、金利変動シナリオや売上低迷シナリオを組み込んだキャッシュフローモデルを作成しましょう。クラウド会計のデータをExcelに連携し、モンテカルロ法で1,000通りの収益予測を走らせると、最悪ケースでも返済原資を確保できるかを定量的に判断できます。
セーフティネットとしての短期ブリッジファイナンス
株式買取時点で必要な資金と補助金入金時期のギャップを埋める手段として、銀行のコミットメントラインやノンリコース型のブリッジローンを利用する方法があります。ブリッジ期間を6カ月以内に抑え、補助金交付決定を返済原資とする契約条項を設けることで、金利負担を最小限に抑えつつ資金ショートを防止できます。
金融機関からの借入以外にも、国や自治体が実施する補助金、投資ファンドからのエクイティ出資など、後継者の負担を軽減する仕組みが用意されています。複数の手段を組み合わせることで、借入総額を抑えつつ承継後の成長資金を確保できます。
事業承継・引継ぎ補助金は、承継を契機とした経営革新や第二創業に要する費用を最大6000万円(補助率2/3)まで支援する制度です。M&Aに伴う専門家費用や設備投資、人材教育費など幅広い使途に対応し、承継後の黒字化を後押しします。補助金は後払い方式のため、融資と併用しつつ資金繰り表で支出と入金のタイミングを管理することが成功のポイントです。申請には事業計画書と実施体制の詳細な説明が求められ、審査期間も数カ月に及ぶため、早期の準備が不可欠です。
事業承継ファンドは、後継者がいない企業の株式をファンドが取得し、経営支援を行ったうえで次の譲受企業へバトンタッチする仕組みです。ファンドから見れば投資リターン、経営者から見れば承継と成長支援を同時に得られる点がメリットです。後継者個人が多額の借入を負わずに済む反面、ガバナンスや経営方針に第三者が関与するため、意思決定のスピード感や配当方針の自由度が制限される可能性があります。株式の売却条件や支援期間を事前に合意し、自社の長期ビジョンと齟齬がないか確認しましょう。
事業承継・引継ぎ補助金の申請スケジュールを逆算する
補助金は公募開始から交付申請、実績報告、確定検査、交付決定と続き、実際に入金されるまで最短でも10カ月程度要します。承継スケジュールと整合させるために、決算期や株式譲渡実行日を含めたガントチャートを作成し、資金流出と流入のタイミングを管理してください。
ファンドとの契約交渉で重視すべき3要素
承継準備を進める経営者と後継者は、次の11項目をチェックリストとして活用し、資金調達計画の抜け漏れを防ぎましょう。
チェックリスト活用のマイルストーン設定
各チェック項目には、責任者と期限を設定し、実行状況を毎月モニタリングする体制づくりが大切です。経営会議でガントチャートと現状報告を共有し、遅延が発生した場合は即座にリカバリープランを決定するPDCAサイクルを確立しましょう。
ケーススタディ 補助金と融資の併用で資金ミックスを最適化した例
東京都の飲食事業者A社は、事業承継ローン3,000万円と事業承継・引継ぎ補助金1,500万円を組み合わせ、総資金4,500万円のうち借入比率を67%に抑えました。補助金対象外の株式取得資金には公庫融資を充当し、設備投資部分を補助金で賄ったことで、平均利息負担を年率1.2%まで削減できました。また、補助金の実績報告を行う過程で事業計画の数値管理が習慣化され、承継後1年目で黒字転換を達成しています。
ワンポイントアドバイス
資金調達は「安く借りる」ことより「適切な時期に確実に用意する」ことが優先です。後継者は金利交渉にこだわり過ぎず、資金ショートのリスクを最小化するタイミング重視の発想を持つと、結果的に事業価値最大化につながります。
事業承継の資金調達では、融資だけでなく補助金やファンドを組み合わせることで借入リスクを抑えられます。審査準備を早めに進め、個人保証や利息負担を最小化しながら、承継後の成長資金を確保しましょう。専門家と連携し、複数の手段を比較検討する姿勢が、スムーズな承継成功への近道です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事