事業承継補助金の申請準備とM&A費用負担を減らす方法
事業承継補助金の4つの支援枠、対象経費、補助率、申請前の注意点を解説。会社売却や親族内承継で費用負担を抑える実務の見方を整理します。
目次

▶目次ページ:事業承継とは(事業承継の相談先・費用)
事業承継を考え始めると、株式の移転、設備の入替、専門家への相談、M&A(合併・買収)の仲介手数料など、想定以上に費用がかかることに気付きます。費用面で判断が止まる経営者は少なくありません。
事業承継補助金は、現在は「事業承継・M&A補助金」として運用されている国の補助制度です。中小企業や個人事業主が、親族内承継、従業員承継、第三者へのM&A、M&A後の統合作業、承継に伴う廃業などを進める際に、一定の経費を国が補助します。
補助金は借入ではありません。原則として返済は不要です。ただし、採択されれば自動的に入金されるものではなく、交付決定後に事業を実施し、支払いを済ませ、実績報告を行った後に精算されます。つまり、資金繰りの準備が必要です。
以前は「事業承継・引継ぎ補助金」という名称で知られていました。現在の制度では、事業承継だけでなく、M&Aによる経営資源の引継ぎや、引継ぎ後の経営統合まで支援対象として整理されています。
これは、後継者不足に悩む中小企業にとって重要な変化です。親族や従業員に後継者がいない場合でも、第三者承継として会社売却を選び、従業員や取引先を守る道があります。補助金は、その実行費用を軽くする選択肢の1つになります。
2026年6月時点で公表されている15次公募では、事業承継促進枠、専門家活用枠、PMI推進枠、廃業・再チャレンジ枠の4つが用意されています。申請は電子申請で行い、GビズIDプライムアカウントが必要です。
公募要領や申請手引き、必要書類のチェックリストは更新されます。古い情報だけで準備するのは危険です。オンライン説明会や事務局サイトの案内も確認し、申請直前に最新資料を見直してください。
補助金で迷いやすいのは、「自社はどの枠を使うのか」という点です。制度名だけを見ると似ていますが、対象となる場面はかなり違います。承継前なのか、M&A実行中なのか、M&A後なのかで判断します。
事業承継促進枠は、5年以内に親族内承継や従業員承継を予定している中小企業などが対象です。後継者が事業を引き継いだ後に生産性を高めるための設備投資、店舗改装、システム導入、外注費などが補助対象になります。
補助上限は通常800万円です。一定の賃上げを行う場合は、上限が1,000万円まで広がります。補助率は原則2分の1ですが、小規模事業者は3分の2となる場合があります。
「社長を息子に替えるだけ」では弱いです。承継後にどの設備を入れ替え、売上や利益をどう改善するのかを説明できる計画が必要になります。
専門家活用枠は、M&Aによって事業を譲り渡す、または譲り受ける際の専門家費用を補助する枠です。会社売却を検討する経営者にとって、最も関係が深い枠といえます。
対象経費には、M&A仲介会社やFAへの報酬、デューデリジェンス費用、セカンドオピニオン費用、表明保証保険料などがあります。デューデリジェンスとは、買い手が対象会社の財務、法務、労務などのリスクを調べる手続です。
補助上限は類型により異なります。売り手支援類型は600万円から800万円程度、小規模売り手支援類型は450万円、買い手支援類型は600万円から800万円が中心です。100億企業要件を満たす買い手側の特例では、最大2,000万円まで上限が広がる場合があります。
PMI推進枠は、M&A成立後の経営統合を支援する枠です。PMI(M&A後の統合プロセス)では、会計システム、人事制度、販売管理、組織運営、従業員とのコミュニケーションなどを整える必要があります。
補助対象は、PMI専門家への相談費用や、システム統合、インフラ整備、事業統合のための投資などです。PMI専門家活用類型は上限150万円、事業統合投資類型は800万円から1,000万円が目安となります。
M&Aは成約がゴールではありません。買い手側にとっては、買収後に現場が混乱しないようにする費用も見込んでおくことが大切です。
廃業・再チャレンジ枠は、事業承継やM&Aに伴って既存事業を廃業し、新しい取組に進むための費用を支援する枠です。店舗や工場の解体費、原状回復費、在庫廃棄費、リース解約金、廃業支援費などが対象になります。
単独で申請する場合の上限は300万円です。他の枠と併用する場合は、類型によって150万円または300万円が加算される形になります。M&Aで一部事業だけを譲渡し、残る不採算部門を整理するようなケースでは、検討する価値があります。
会社売却では、買い手探し、企業価値の整理、条件交渉、契約書の確認など、専門家の関与が欠かせません。一方で、仲介手数料や専門家報酬が重く見え、相談をためらう経営者もいます。
専門家活用枠は、この負担を軽くするための枠です。ただし、「M&Aに関係する費用なら何でも対象」という制度ではありません。対象となるM&A、契約先、契約時期、支払い方法を丁寧に確認する必要があります。
専門家活用枠は、売り手側と買い手側のどちらも対象になり得ます。売り手側では、後継者不在や事業の将来不安から第三者へ事業を譲渡する場合に使います。買い手側では、他社の事業や株式を引き継ぎ、自社の成長や地域雇用の維持につなげる場合に使います。
中小企業の会社売却では、株式譲渡がよく使われます。株式譲渡とは、経営者などの株主が持つ株式を買い手に譲渡し、会社ごと引き継いでもらう方法です。この場合、専門家費用を誰が負担するかによって、申請主体や証憑の整理が変わることがあります。
対象経費として代表的なのは、M&A仲介手数料、FA費用、デューデリジェンス費用、弁護士や公認会計士などへの調査費用です。セカンドオピニオン費用や表明保証保険料が対象になる場合もあります。
一方、M&Aと直接関係しない通常の顧問料、社内人件費、交付決定前に契約した費用、証憑が不十分な支払いは対象外となる可能性があります。契約書、見積書、請求書、振込記録をそろえられるかが重要です。
M&A仲介会社やFAへの費用を補助対象にするには、原則としてM&A支援機関登録制度に登録された支援機関を利用する必要があります。契約後に「登録されていなかった」と分かると、補助対象から外れるおそれがあります。
意外と多い落とし穴です。相談先を選ぶ段階で、登録の有無、見積の取り方、補助金利用時の契約タイミングを確認しておくべきです。
事業承継の選択肢は、会社売却だけではありません。親族内承継や従業員承継を進める場合は、後継者が会社を引き継いだ後の成長投資が問題になります。M&Aで買い手となる企業では、買収後の統合費用が重くなります。
補助金は、この「承継後に何をするか」を支援する性格を持っています。単に経営者の名義を替える費用ではなく、引き継いだ事業を伸ばすための費用に使うと考えると分かりやすいです。
親族や従業員へ事業を引き継ぐ場合、後継者がどのような新しい取組を行うかが審査上のポイントになります。たとえば、老朽化した機械の入替、店舗改装、販売管理システムの導入、新商品開発、販路開拓の外注などです。
「父から子へ株式を渡す」だけでは、補助金の目的と合いません。承継を機に、どのように生産性を高め、雇用を守り、地域の取引を維持するかまで書き込む必要があります。
親族内承継では、株式を贈与するのか、売買するのか、相続まで待つのかで税金や資金負担が変わります。補助金は設備投資などの費用を支援する制度であり、株式の贈与税や相続税そのものを直接補助する制度ではありません。
ここを混同すると、資金計画が崩れます。株式承継の税務と、承継後の投資計画は分けて整理しましょう。
買い手企業がM&Aを行う場合、成約後に想定外のコストが発生することがあります。会計ソフトが違う、給与計算の方法が違う、営業管理のルールが違う。こうした小さな違いが、現場の負担になります。
PMI推進枠では、統合に必要な専門家費用や投資費用が対象になります。買い手側は、買収価格だけでなく、買収後1年程度の統合費用まで見込んでおくと安全です。
M&A実務では、買収時の価格交渉には力を入れても、統合費用の見積りが甘いことがあります。システム統合、在庫管理の統一、従業員説明、就業規則の整備などを後回しにすると、買収後の利益が想定より下がる場合があります。
補助金の利用有無にかかわらず、PMIの予算を最初から織り込むことが大切です。
交付決定前に、M&A仲介契約、FA契約、発注、設備購入、工事契約などを進めると、その費用は補助されない可能性があります。すでに契約した後で補助金を知っても、後から対象にするのは難しいです。
M&Aの検討を始めたら、補助金の申請時期と契約時期を同時に確認しましょう。補助金を使うなら、相手探し、基本合意、専門家契約、デューデリジェンスの時期を逆算して設計する必要があります。
補助金では、支払いの事実を証明できることが重要です。原則として銀行振込で支払い、振込記録、請求書、契約書、納品書、実績報告に必要な資料を保管します。現金払い、相殺、証憑が残らない支払いは避けるべきです。
証憑とは、取引が本当に行われたことを示す書類です。専門用語に見えますが、契約書、請求書、領収書、振込明細などのことです。
申請は電子申請で行います。GビズIDプライムアカウントの取得には時間がかかることがあるため、締切直前に準備を始めると間に合わない可能性があります。
会社売却や承継の方針が固まる前でも、補助金を使う可能性があるなら、ID取得だけは早めに進めておくと安心です。申請書の作成、見積取得、必要書類の確認にも時間がかかります。
専門家費用や設備投資では、相見積もりが必要になる場合があります。単に2社の見積書を集めればよいのではなく、同じ条件で比較できる内容か、補助対象経費として説明できるかが重要です。
M&Aの専門家を選ぶ場合は、登録支援機関であるか、費用体系が分かりやすいか、補助金申請に必要な書類を出せるかも確認しましょう。
補助金は採択された時点で入金されるわけではありません。原則として、事業を実施し、支払いを済ませ、実績報告を行い、検査を受けた後に入金されます。ここで資金繰りが詰まる会社もあります。
たとえば、M&A仲介手数料やデューデリジェンス費用が数百万円かかる場合、補助金が入金されるまでの間は自社で立て替える必要があります。補助金を前提に契約したのに、支払い時期に資金が足りないという事態は避けなければなりません。
金融機関との相談、手元資金の確認、入金予定表の作成は早めに行いましょう。会社売却の売り手側では、譲渡代金の入金時期と専門家費用の支払い時期がずれることもあります。
補助金を受け取った場合、会計上・税務上の処理が必要になります。一般に、補助金は収益として扱われることが多く、設備取得に充てた場合は圧縮記帳などの税務処理を検討することがあります。圧縮記帳とは、一定の要件のもとで補助金に対応する設備の帳簿価額を圧縮し、課税時期を調整する処理です。
ただし、制度や経費の内容によって扱いは変わります。補助金を受け取る年度、設備を取得する年度、廃業費用が発生する年度がずれると、決算や税額に影響することがあります。
会社売却に伴って一部事業を閉じる場合、解体費、原状回復費、在庫廃棄費、リース解約金などが発生します。これらの費用は、補助対象になる可能性がある一方で、最終的な手取り額にも影響します。
譲渡価格だけを見て判断すると、手元に残る資金を見誤ります。M&Aの実行前に、専門家費用、税金、廃業費用、補助金の入金時期をまとめて試算してください。
事業承継・M&A補助金以外にも、設備投資や新事業のための補助金があります。ただし、同じ経費を複数の補助金で二重に申請することはできません。どの経費をどの制度で申請するのか、明確に分ける必要があります。
承継後に新分野へ挑戦する場合や、買い手がM&A後に設備投資を行う場合は、他制度も含めて検討すると選択肢が広がります。ただし、制度ごとに締切、対象経費、補助率、報告義務が異なるため、補助金ありきでM&Aの時期を決めるのは避けましょう。
事業承継補助金は、親族内承継、従業員承継、M&A、PMI、廃業整理の費用負担を軽くする制度です。ただし、契約時期、登録支援機関、銀行振込、後払い資金、税務処理を誤ると活用できません。承継方法と資金計画を早めに整理し、自社に合う枠を選ぶことが大切です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人