M&A防衛策入門:企業価値を守る戦略と実践方法

M&A防衛策の種類や導入手順、成功事例を詳しく解説します。敵対的買収から企業を守り、株主利益を最大化するための戦略的アプローチを学びましょう。企業経営者必見の防衛策ガイドです。

目次

  1. M&Aにおける買収防衛策の定義
  2. 買収防衛策が必要となるケース
  3. 主な買収防衛策の種類
  4. 買収防衛策の導入プロセス
  5. 買収防衛策の成功事例
  6. 買収防衛策導入時の留意点
  7. まとめ

M&Aにおける買収防衛策の定義

M&Aにおける買収防衛策とは、企業が敵対的買収から自社を守るために用いる戦略や手法のことを指します。主に上場企業が導入を検討するもので、未上場企業には一般的に適用されません。

買収防衛策の目的は、企業価値や株主の利益を損なう可能性がある買収から会社を保護することです。経営陣にとっては、相乗効果が見込めない相手からの買収を回避するための重要な手段となります。

友好的買収と敵対的買収の違い

買収には大きく分けて「友好的買収」と「敵対的買収」の2つのタイプがあります。それぞれの特徴を以下に説明します。

1. 友好的買収 

 o 買収される企業の経営陣との協議の上で進められる

 o 両社の合意に基づいて買収条件や価格が決定される

 o 戦略的パートナーシップの形成や相乗効果の創出が目的

 o 両社にとって利益をもたらすことが期待される

2. 敵対的買収(同意なき買収) 

 o 買収される企業の経営陣の同意を得ずに進められる

 o 買収対象企業の株主から直接株式を買い取る方法で行われる

 o 買収対象企業の経営戦略や方針に大きな変更を伴う可能性がある

 o 組織内に不安定な状況や抵抗を引き起こす場合がある

買収防衛策は、主にこの敵対的買収に対抗するために導入されます。しかし、すべての敵対的買収が既存株主に不利益をもたらすわけではないため、買収防衛策の導入には慎重な判断が求められます。

買収防衛策が必要となるケース

買収防衛策は、主に同意なき買収(敵対的買収)から企業を守るために必要となります。以下のような状況で、買収防衛策の導入が検討されます。

1. 株主の利益が損なわれる可能性がある場合 既存株主や会社に不利益をもたらす可能性が高い敵対的買収に対しては、買収防衛策が必要となることがあります。

2. 企業価値の毀損が予想される場合 買収後に企業価値が大きく低下する可能性がある場合、経営陣は買収防衛策を講じることを検討します。

3. 濫用的買収者からの攻撃 株主としての権利を濫用する目的で株式を取得し、企業の買収を試みる濫用的買収者に対しては、買収防衛策を発動することができます。

ただし、買収防衛策の導入にあたっては、「株主平等の原則」を考慮する必要があります。この原則は、会社法で定められており、株式会社はその有する株式の内容および数に応じて、すべての株主を平等に扱うことが求められます。

しかし、濫用的買収者と判断された場合には、株主平等原則は適用されず、企業は買収防衛策を発動して自社を守ることが可能になります。

買収防衛策の導入を検討する際は、以下の点に注意する必要があります:

真摯な買収提案に対しては真摯な検討を行うこと

株主の利益を最優先に考えること

企業価値の向上につながるかどうかを慎重に判断すること

2023年8月に経済産業省が策定した「企業買収における行動指針」では、防衛策の導入・発動には慎重な判断が必要とされています。そのため、買収防衛策の導入を検討する際は、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に判断することが重要です。

主な買収防衛策の種類

買収防衛策には、様々な種類があります。大きく分けて、事前に準備する防衛策と有事の際に導入する防衛策の2つに分類されます。

事前に準備する防衛策

事前警告型の防衛策は、敵対的買収が行われる前に対応策を公表しておくことで、買収への抑止力を生み出す手法です。主な事前警告型の防衛策には以下のようなものがあります:

1. ポイズンピル(新株予約権の無償割当て) 

 o 買収者が一定の条件を満たした場合、既存株主だけに安い価格で新株を購入できる権利を付与する

 o 事前警告型と信託型の2種類がある

2. スタッガードボード(取締役の任期をずらす) 

 o 経営陣の任期を異なる期間に設定し、一回の株主総会ですべての取締役が変更されないようにする

3. 資産ロックアップ(定款に資産売却禁止条項を設定) 

 o 買収後に買収者が資産を売却できないように、定款によって制限を設ける

4. ピープルピル(主要人材の退職契約) 

 o 同意なき買収が完了した場合に、主力業務に携わる優秀な人材が退職する契約を事前に結んでおく

5. プット・オプション(特定資産の売却権利付与) 

 o 株主が自社の株式を企業に売り戻す権利を、特定の条件下で持たせる

6. ティンパラシュート 

 o 買収の影響により解雇される可能性がある従業員に対して、高額な退職金の支払いや就職の斡旋などを行う

7. チェンジオブコントロール条項 

 o 経営陣の支配権が変わった場合など、大きな変更が生じた際に、重要な契約が解約される、融資契約の返済が必要
   になるといった制限を設ける

8. ゴールデンパラシュート(経営陣への高額退職金契約) 

 o 経営陣が敵対的買収後に退職する際に、受け取る退職金を高額に設定する

9. 絶対的多数条項 

 o 株主総会での議決要件を厳しくし、重要な決定を行う際に通常よりも高い投票率の賛成を必要とする

10. 株式の持ち合い 

 o 2つ以上の企業がお互いに相手の株式を所有する(政策保有株とも呼ばれる)

11. 黄金株(拒否権付種類株式) 

 o 特に合併や買収などの重要な決定に対する拒否権など、一部の株式に特別な権利を付与する

12. 全部取得条項付株式 

 o 株主総会決議によってすべての株式を会社が取得できる株式を発行する

有事の際に導入する防衛策

有事導入型の防衛策は、実際に敵対的買収の脅威に直面した際に導入される対策です。主な有事導入型の防衛策には以下のようなものがあります:

1. ホワイトナイト(友好的第三者への株式譲渡) 

 o 友好的な第三者に、敵対的買収者に代わって買収をしてもらう

2. クラウンジュエル(重要資産の売却・譲渡) 

 o 敵対的買収者が買収しようとしている部門や資産を、事前に売却する、あるいは第三者に譲渡する

3. パックマンディフェンス(買収者への逆買収) 

 o 買収される側の企業が、逆に敵対的買収者を買収しようとする戦略

4. グリーンメール 

 o 買収者に株式を高値で買い取らせる目的で、自社の株式を買い集める

5. スタンドスティル条項 

 o 株式の買戻しを一定期間禁止する取り決め

6. ゴーイング・プライベート 

 o 公開企業が非上場企業になることで、株式の譲渡を難しくする

7. 自社株買い 

 o 発行済株式数を減らすことで株価を引き上げ、買収者が株式を買い集めるコストを膨らませる

8. 第三者割当増資 

 o 新たに発行する株式や新株予約権を、友好的な第三者に割り当てることで、株式の希薄化を図る

9. MBO(経営陣による自社株買収) 

 o 既存株主から自社の株式を購入し、企業の所有権を取得する

10. 株式交換や合併 

 o 友好企業との株式交換や合併により、買収されるリスクを低減する

これらの防衛策は、企業の状況や買収の脅威の程度に応じて選択されます。近年は、機関投資家の反対姿勢が強まっており、事前警告型から有事導入型への移行傾向が見られます。

買収防衛策の導入プロセス

買収防衛策を導入する際には、一般的に以下のようなプロセスを踏みます。各段階で慎重な検討と適切な判断が求められます。

1.買収者からの情報収集

まず、敵対的買収者から必要な情報を収集します。

買収の目的や買収後の経営方針などの情報提供を求めます。

20%以上の株式の取引がある場合に、情報提供を求めることができます。

収集した情報は、買収の是非を判断する重要な材料となります。

2.取締役会での検討

必要な情報を得たら、取締役会を開催して対抗策を検討します。

敵対的買収に対して、どのように対応するのかを話し合います。

買収防衛策の導入が適切かどうかを慎重に判断します。

独立社外者により構成される第三者委員会へ諮問するケースが増えています。

第三者委員会の意見を参考に、より公平で客観的な判断を行います。

3.株主総会の開催

取締役会での検討結果を踏まえ、株主総会を開催します。

敵対的買収の良し悪しについて、株主に信を問います。

買収防衛策の導入について株主の承認を得ます。

敵対的買収が企業価値や株主の利益低下につながると判断された場合、買収防衛策を発動する決議がなされます。

4.防衛策の発動

株主総会にて承認を得られた場合、準備しておいた防衛策を発動します。

承認された防衛策に基づき、具体的な対抗措置を実施します。

防衛策の発動は、法的リスクを伴う可能性があるため、弁護士などの専門家の助言を受けながら慎重に進めます。

発動後も、その効果や影響を継続的にモニタリングし、必要に応じて対応を調整します。

買収防衛策の導入プロセスにおいては、透明性と公平性の確保が極めて重要です。すべての株主の利益を考慮し、企業価値の向上につながるかどうかを慎重に判断する必要があります。また、導入後も定期的に防衛策の妥当性を検証し、必要に応じて見直しを行うことが望ましいでしょう。

買収防衛策の成功事例

買収防衛策が成功した事例をいくつか紹介します。これらの事例は、防衛策の効果を示すと同時に、その適切な使用方法についても示唆を与えてくれます。

ポイズンピルを活用した事例

2005年のニッポン放送によるライブドアへの対抗策は、ポイズンピルの代表的な成功事例です。

ニッポン放送は、ライブドアによる敵対的買収に対して、ポイズンピルを発動しました。

この結果、ライブドアはニッポン放送の株式をフジテレビジョンに譲渡することになりました。

その後、フジテレビジョンがライブドアへ出資したことで、事態は収束しました。

この事例は、ポイズンピルが敵対的買収を阻止する上で効果的であることを示しています。同時に、最終的には当事者間の協議によって解決が図られた点も注目に値します。

ホワイトナイトを活用した事例

2019年のぺんてるの事例は、ホワイトナイトの活用が成功した代表例です。

2019年11月、コクヨがぺんてるの買収にTOB(株式公開買い付け)を発表しました。

これに対し、プラス株式会社がぺんてると買収防衛策を発動しました。

その結果、ぺんてるとプラスの保有株式は50%以上になり、コクヨによるTOBを阻止することができました。

この事例は、友好的な第三者(ホワイトナイト)の介入が、敵対的買収を防ぐ効果的な手段となり得ることを示しています。ただし、ホワイトナイトの選定にあたっては、企業価値の向上や株主利益の確保という観点から慎重な判断が必要です。

これらの事例から、買収防衛策の成功には以下の要素が重要であることがわかります:

1. 適切なタイミングでの防衛策の発動

2. 法的な妥当性の確保

3. 株主利益への配慮

4. 企業価値の維持・向上への寄与

5. 必要に応じた柔軟な対応

ただし、これらの成功事例があるからといって、すべての場合に買収防衛策が適切であるとは限りません。各企業の状況や買収の内容を慎重に分析し、最適な対応を選択することが重要です。

買収防衛策導入時の留意点

買収防衛策を導入する際には、以下の点に特に注意を払う必要があります。

1. 必要性の慎重な検討 

 o 買収防衛策が本当に必要かどうかを入念に分析します。

 o 敵対的買収が実際に企業にとって脅威となるのかを慎重に判断します。

2. 株主利益への配慮 

 o 防衛策が既存株主の利益を損なわないよう注意します。

 o 短期的な防衛だけでなく、長期的な企業価値向上につながるかを考慮します。

3. 企業価値への影響 

 o 防衛策が企業価値に与える影響を慎重に評価します。

 o 長期的には企業価値の減少を引き起こすリスクがないか検討します。

4. 市場への影響 

 o 防衛策の導入が市場に閉塞感を生む可能性がないか考慮します。

 o 過度に強力な防衛策は、健全な市場競争を阻害する可能性があります。

5. 法的リスクの評価 

 o 導入する防衛策が法的に問題ないか、専門家の助言を得て確認します。

 o 株主平等の原則に抵触しないよう注意します。

6. 透明性の確保 

 o 防衛策の導入理由や内容を株主に明確に説明します。

 o 情報開示を適切に行い、株主の理解を得るよう努めます。

7. 定期的な見直し 

 o 導入した防衛策が適切であり続けているか、定期的に検証します。

 o 必要に応じて防衛策の修正や廃止を検討します。

8. 真摯な買収提案への対応 

 o すべての買収提案を防衛の対象とするのではなく、真摯な提案には真摯に対応します。

 o 2023年8月に経済産業省が策定した「企業買収における行動指針」に沿った対応を心がけます。

9. 株主総会での承認 

 o 防衛策の導入には株主総会での承認が必要です。

 o 株主の理解と支持を得られるよう、十分な説明と議論の機会を設けます。

10. 専門家の助言の活用 

 o M&Aや企業法務の専門家からの助言を積極的に取り入れます。

 o 客観的な視点を確保し、適切な判断を行うために、第三者委員会の設置も検討します。

買収防衛策の導入は、企業経営における重要な決定の一つです。短期的な防衛だけでなく、中長期的な企業価値の向上につながるかどうかを十分に検討し、慎重に判断することが求められます。

まとめ

M&Aにおける買収防衛策は、敵対的買収から企業を守るための重要な手段です。様々な種類の防衛策があり、事前に準備するものと有事の際に導入するものがあります。防衛策の導入には慎重な検討が必要で、株主利益や企業価値への影響を十分に考慮する必要があります。成功事例もありますが、各企業の状況に応じた適切な対応が求められます。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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