M&Aでエスクローを活用した契約と事例を徹底解説

M&A取引で利用されるエスクローは、大規模な資金移動にともなうリスクを第三者機関の仲介で軽減できる仕組みです。最終合意契約においてエスクローを導入することで、損害賠償金の未払い対策や、認識相違の回避など、安全かつ公正な取引を実現できます。初心者の方でも安心して活用できるメリットや、エスクローを使う場合の手数料、具体的な進め方などをやさしく解説します。

目次

  1. エスクローとは何か
  2. エスクローがM&Aで利用される理由
  3. エスクローの仕組みと一般的な流れ
  4. M&Aでエスクローを利用するメリット
  5. M&Aでエスクローを利用する際のデメリット
  6. エスクローの主な契約方法(信託契約・銀行口座の活用)
  7. エスクローを活用したM&A事例
  8. 最終合意契約におけるエスクローの有効性とリスク対策
  9. 表明保証や遵守事項とエスクローの関係
  10. まとめ

エスクローとは何か

エスクローとは、売り手と買い手のあいだに第三者機関(エスクロー事業者)が入り、取引代金の授受を安全に行うための仕組みです。高額な取引においては特に、資金決済にともなうリスクを軽減できる方法として知られています。たとえば、不動産売買やM&A取引などでは大きな資金が動くため、取引の安全性や公正さを高めるためにエスクローが活用されるのです。

エスクロー事業者は受け取った資金を信託口座や専用口座で保管し、売り手と買い手から「契約どおりに取引が行われた」という確認を得てから、最終的に資金を売り手に渡します。この仕組みによって、売り手は「資金がきちんと支払われないのではないか」という不安を解消でき、買い手は「商品や株式を受け取れないまま代金を支払ってしまうのではないか」という心配を低減させられます。

エスクローがM&Aで利用される理由

M&Aでは、非常に大きな金額のやり取りが発生します。そのため、契約時点で想定していないリスクが後から見つかる可能性もゼロではありません。特に、中小企業のM&Aの場面では、契約書の文面に損害賠償や補償事項が定められていても、実際に「お金がない」「支払わない」と言われれば、買い手・売り手のどちらにとっても大きな損失が生じかねません。


こうしたリスクを回避する仕組みとして、エスクローが注目を集めています。第三者機関が資金を預かることで、支払いのトラブルを未然に防ぎ、M&Aの安全性と公正性を高める役割を果たすのです。

エスクローの仕組みと一般的な流れ

エスクローを利用した取引の流れは、大まかに次のとおりです。


売り手と買い手で売買契約を締結する

 ここでは、売り手が譲渡対象を提供し、買い手が譲渡代金を支払うことを取り決めます。


買い手がエスクロー事業者に譲渡代金を送金する

 エスクロー事業者は、信託口座や特別口座を用いて資金を安全に管理します。


エスクロー事業者が売り手へ「入金済み」の連絡をする

 実際に資金が口座に入ったことを売り手に知らせるため、売り手は安心して譲渡対象を引き渡す準備を進められます。


売り手が買い手に譲渡対象を引き渡す(株式や資産など)

 代金の支払いが保証されている状況のため、売り手はスムーズに株式や事業資産を手放すことができます。


買い手が譲渡対象を受け取ったことをエスクロー事業者へ報告

 株式や事業資産の内容に問題がないかを確認し、問題なければエスクロー事業者に連絡します。


エスクロー事業者が売り手に譲渡代金を支払う

 取引完了の確認が終わった段階で、エスクロー事業者は預かっていた資金を売り手に渡し、取引が完了します。


このように、エスクローは「支払い」と「引き渡し」のあいだに第三者が入ることで、双方の不安を解消するメカニズムになっています。

M&Aでエスクローを利用するメリット

M&Aでエスクローを導入することで、売り手と買い手の双方にメリットがあります。ここでは主なポイントをいくつか見ていきましょう。


損害賠償金未払いのリスク対策

M&Aの契約には、売り手側に何らかの虚偽情報や重大なリスクが後で見つかった場合、買い手が損害賠償を請求できる補償条項を盛り込むことがあります。しかし、売り手が「お金がないので払えない」と言い出したら、実質的に回収は困難になります。エスクローでは代金の一部を第三者が管理するため、万が一損害賠償が必要になっても、その保管資金から補填が可能です。


第三者のチェックで見解の相違を防止

売り手と買い手の間に第三者のエスクロー事業者が入ることで、契約内容や支払い状況などを公平に管理してもらえます。お互いの見解が食い違いそうなときにも、客観的な立場の第三者が関わることで、トラブル回避に役立つのです。


M&A完了後の確実な入金

M&Aが終わってから入金トラブルが起こると、売り手は大きな損失を被ります。エスクローを利用すれば、買い手が実際に資金を支払っていることを確認してから譲渡を進めるため、売り手の「本当に支払われるのだろうか」という不安を解消できます。


M&A初心者でも安心できる

M&Aの経験が少ない企業にとって、リスク管理は大きな課題です。エスクロー事業者が間に入って資金を厳格に管理してくれるため、初めてのM&Aであっても比較的安心して取り組むことができます。


ここまでが主なメリットですが、この仕組みが絶対に万能というわけではありません。次に、エスクロー導入におけるデメリットについて見ていきましょう。

M&Aでエスクローを利用する際のデメリット

エスクローを導入することには、コストや手間が増える面もあります。


手数料コストがかかる

エスクロー事業者に支払う手数料は、取引額の1〜2%が相場とされるケースもあります。取引金額が大きくなればなるほど、相応のコストがかかるため、M&Aの予算計画にしっかり組み込んでおく必要があります。


追加の手続が発生する

通常のM&A契約に加えて、エスクローを利用するための手続や条件設定を詳細に決めなければなりません。売り手・買い手・エスクロー事業者の三者間で情報を共有し、運用ルールを定める必要があるため、準備に時間がかかる可能性があります。


スピード重視の取引だと、その分エスクロー導入が煩雑になり、タイミングを逸してしまうケースもあるかもしれません。導入を検討する際には、こうした点を総合的に考慮しましょう。

エスクローの主な契約方法(信託契約・銀行口座の活用)

M&Aでエスクローを導入する場合、大きく分けて「信託契約を利用する方法」と「銀行口座を利用する方法」があります。どちらも売り手・買い手・エスクロー事業者の3者が取引を安全に進める仕組みですが、具体的な流れや特徴に違いがあります。

信託契約を利用する方法

信託契約を利用するエスクローは、買い手がエスクロー事業者と信託契約を結び、資金を信託財産として預ける方法です。エスクロー事業者は、信託契約に基づいて資金を管理・運用し、契約条件(一定期間内の問題有無など)が達成された段階で、売り手に資金を引き渡します。

流れの概要


1.買い手がエスクロー事業者と信託契約を締結

  資金をどのように管理し、どのタイミングで支払うかを合意します。


2.買い手が資金を信託財産として預ける

  エスクロー事業者は受け取った資金を、信託口座として厳重に管理します。


3.取引成立まで資金を保管・運用

  M&Aの譲渡条件がすべて整うまで、エスクロー事業者が資金を管理し、契約条件をクリアするかどうかを確認しま
  す。


4.条件が達成されたら売り手に支払い

  問題がなければ、預けていた資金を売り手に移し、取引を完結させます。


信託契約のメリットは、資金管理が厳重であり、仮に損害賠償の請求などが発生しても、条件どおりに支払いが行われる点です。一方で、手続が複雑になり、契約締結から資金移動までに時間がかかる場合があります。

銀行口座を利用する方法

銀行口座を利用する方法は、エスクロー事業者が金融機関に口座を開設し、その口座を通じて資金を管理する仕組みです。信託契約ほどの手続は必要ありませんが、エスクロー事業者の信用力や財務状況をしっかり確認することが大切になります。

流れの概要


1.売り手、買い手、エスクロー事業者いずれかの名義で口座を開設

 誰の名義で口座を作るかは、契約条件や協議内容に応じて決められます。


2.買い手が譲渡代金を口座に入金

 エスクロー事業者は入金を確認し、資金が確保されていることを売り手に伝えます。


3.エスクロー事業者が口座を運用・管理

 取引完了までの間、エスクロー事業者が資金を預かり、契約条件に違反がないかなどを確認します。


4.契約条件が満たされたら売り手に資金を支払う

 最終的に問題がなければ、エスクロー事業者が売り手に譲渡代金を支払い、取引を完了させます。


銀行口座を利用する方法は、信託契約と比べるとスムーズに導入でき、手数料が比較的低くなる傾向があります。しかし、エスクロー事業者が倒産したり、財務状況が悪化した場合には十分な保証が得られなくなるリスクがあるため、事業者の信頼性をしっかり調べる必要があります。

エスクローを活用したM&A事例

エスクローは、リスク対策や契約条件の調整に活用され、M&Aをスムーズに進めるための手段として多くの事例があります。ここでは代表的なケースを見てみましょう。

アーンアウトを採用してリスク軽減を図る事例

M&Aにおいてアーンアウト制度を導入する場合、買い手は将来の業績目標達成度合いによって売り手への支払いを分割で行うことがあります。たとえば、スタートアップ企業を買収する際、まだ将来の事業成果が不確定であれば、買い手は最初に一部の代金を支払い、一定の売上や利益が確認された段階で追加の支払いを行うかたちを採用します。

エスクローと併用すれば、「予定された目標に達しなかった場合は資金が戻る」「目標を達成した場合は売り手がエスクロー資金を受け取れる」といった仕組みをつくることが可能です。これにより、買い手・売り手のどちらも不安を抱えず、納得感をもってM&Aを進められます。

複数の譲渡対象がある場合の事例

チェーン店など、M&Aで複数店舗を一括で譲受するケースでは、各店舗ごとの承諾や契約手続が異なる場合があります。もし1店舗でも契約に難色を示せば、全体としてM&Aが成立しないかもしれません。

エスクローを使えば、各店舗の契約が合意に至った段階で、それぞれに譲渡資金を部分的に支払う、あるいは資金を別枠で管理するといった方法が取りやすくなります。結果として、一部店舗のみ合意が遅れても、同意済みの店舗から順次M&Aを進められるメリットがあります。

エスクロー口座から分割して支払う事例

事業譲渡や複数の店舗を含む取引で、全店舗の賃貸借契約の更新が必要な場合があります。ところが、すべての店舗が契約更新に応じるとは限らず、その都度交渉や契約の再確認が必要になるケースも少なくありません。

エスクロー口座に譲渡代金をまとまって預けておき、店舗単位で契約が成立したら、エスクローから該当分の資金を売り手に支払う方法を採用すれば、個別の契約状況に合わせて柔軟に対応できます。これにより、細かな交渉が難航しても、全体のM&Aが頓挫するリスクを低減できるでしょう。

最終合意契約におけるエスクローの有効性とリスク対策

M&Aが最終段階に入り、買収価格や支払い方法が確定しても、リスクが完全にゼロになるわけではありません。ここで重要なのが、最終合意契約(株式譲渡契約や事業譲渡契約など)にエスクローの条件を組み込むことです。

最終合意契約と支払い方法

最終合意契約では、譲渡代金や支払い方法を明記します。一括払い、分割払い、そしてエスクローなどの方法があり、取引の状況や両者の合意内容に応じて選択されます。大手企業同士の取引ならば、後から見つかったリスクに対しても十分に支払能力がある場合が多いですが、中小企業の場合は「お金がないので補償できない」という事態になりやすいのも事実です。

エスクローを活用すれば、あらかじめ買い手が資金を第三者機関に預けることで、売り手が未払い残業代や予想外の債務などを抱えていた場合でも、一定額を確実に補償に回せる仕組みがつくりやすくなります。これは売り手にとっても、表面化していないリスクを理由に価格を大きく下げられるのを防ぐ手段になり得ます。

リスクヘッジとしてのエスクロー

エスクローがリスクヘッジとして活用されるのは、買い手が「もし想定外の損失が出たら返金してほしい」といった条件を契約に盛り込む際に、「本当にそのお金を回収できるか」が明確になるからです。

買い手のメリット

契約後に損失が出た場合でも、エスクローに預けた資金から補填を受けられるため、「ない袖は振れない」という事態を避けられます。

売り手のメリット

リスクが顕在化しなければ、エスクローに預けられた資金は最終的に売り手の収入となります。また、リスクを理由にした過度な価格引き下げ交渉を防ぐ効果も期待できます。


こうしたメリットがあるため、M&Aの最終合意契約書にはエスクローについての条項が細かく定められることが多いのです。

表明保証や遵守事項とエスクローの関係

M&A契約では、売り手と買い手がそれぞれ「表明保証条項」を設けます。売り手側は「会社の株式に正当な権利能力がある」「会社は正しく運営されている」などを表明保証することで買い手の不安を取り除きます。買い手も、「適法に事業を営む法人として正しい資格を有している」ことを表明する場合があるでしょう。

これらの表明保証や、譲渡期日までの遵守事項(通常の経営や競業避止義務など)は、最終合意契約に明記されます。しかし、後になって契約内容に反する事態が発生しても、売り手に支払い能力がなければ買い手は実害を回収できません。そこで、エスクローの仕組みを組み合わせれば、契約どおりに義務を果たしてもらえなかった際の補償がより確実になります。


表明保証違反への対処

売り手が表明保証の一部に違反していた場合、買い手はエスクロー資金の一部または全部を補償金として受け取ることができる。

遵守事項違反への対処

競業避止義務を破った場合なども、エスクロー資金で一定の損害をカバーできる可能性がある。


最終合意契約と合わせてエスクローを設定することで、単なる契約上の文言だけでなく、具体的な資金確保の仕組みを用いたリスク対策が可能となるのです。

まとめ

エスクローは、第三者機関を通じて大規模な資金を安全に扱う仕組みとして、M&Aのリスク管理にとても役立つ方法です。損害賠償金の未払いリスクを軽減したり、認識の相違を第三者が仲介してチェックしてくれるなど、売り手と買い手の双方が安心して取引を進めるための仕組みといえます。信託契約や銀行口座を用いたエスクローの導入にはコストや手間もかかりますが、最終合意契約段階でエスクローを取り入れておくことで、実際の支払いや補償金の受け渡しに不安を残さずに済むでしょう。中小企業やM&Aの経験が少ない企業にとっても、契約後のトラブルを最小限に抑える有力な手段として、エスクローの活用を検討してみてはいかがでしょうか。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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