株式譲渡での取得費の計算と確認手順で税務リスク回避方法を解説
株式譲渡の取得費はいくらになるのか、どう計算し確認するのかご存じでしょうか。答えは、取得費を正確に把握しないと適正な譲渡所得が計算できず、税務リスクが高まります。本記事では取得費の定義から計算・確認手順、不明時の概算取得費の扱いまで詳しく解説します。
目次
▶目次ページ:株式譲渡(株式譲渡の税金)
株式譲渡は、株主が保有する株式を対価と交換に譲渡し、経営権を移転するM&A手法の一つです。手続が比較的簡単で、中小企業でも短期間で完了できるため広く利用されています。その際に欠かせないのが「取得費」の正確な把握です。取得費とは、株式を取得するときに実際に負担した金額や関連費用の総称であり、譲渡所得を計算するうえで基礎となります。
株式譲渡の特徴は、許認可の再取得や従業員の再雇用が不要で、会社運営を継続したまま経営権だけを移転できる点にあります。そのため、時間やコストを抑えつつスムーズな承継を実現しやすい方法として中小企業でも多用されています。
取得費には次のような費用が含まれます。
一方、M&A仲介会社への相談料や売手側のデューデリジェンス費用などは通常取得費に含まれませんので注意が必要です。
取得費を正確に把握していないと、譲渡所得の計算が誤り税額が過大・過少になるおそれがあります。追加調査や修正申告を求められれば時間と労力が奪われ、追徴課税が課されるケースもあります。
譲渡所得は「譲渡価額-取得費-譲渡にかかる費用」で計算します。取得費が不明確だと所得金額が適切に計算できず、税務申告の精度が下がります。
取得費が曖昧なままだと、税務調査で根拠資料の提示を求められ追加課税となる可能性が高まります。事前に取得費を裏付ける書類を整えておけば調査対応もスムーズになり、経営者の心理的負担を軽減できます。
取得費を過小に見積もると税負担が増え、過大に見積もると追徴課税の危険があります。正確な取得費を算出することは、納税額を適正化し経営資源を守る第一歩です。
株式は購入や払込以外にも、相続や新株予約権の行使など多様な方法で取得されます。取得方法が異なれば取得費の考え方も変わるため、ケースごとに整理しておくことが重要です。
相続・遺贈・贈与で株式を取得した場合、取得費は被相続人や贈与者が当初負担した取得費をそのまま引き継ぎます。相続税評価額などとは異なるため混同しないよう留意しましょう。
会社法上の新株予約権を行使して株式を取得した場合、その行使日における株式の価額が取得費となります。払い込む金額が時価より有利でも行使日価額で取得費を計算する点が特徴です。
上記以外の特殊な方法で取得した株式については「その取得の時点で通常要する価額」を取得費とします。具体的には名義書換日近辺の相場など客観的に合理的な数値を用いて計算します。
取得費の計算は、単に購入代金を足し合わせるだけではありません。1株当たりの取得費を算出し、譲渡株数に応じて総額を求めるのが基本です。
1株当たり取得費=(取得単価×取得株数+委託手数料+消費税)÷株数
譲渡株式の取得価額=1株当たり取得費×譲渡株式数
この二つの式で取得費を求めれば、譲渡所得計算の基礎データが整います。
同一銘柄を複数回にわたり取得し一部を譲渡する場合は総平均法に準ずる計算を行います。
1単位当たり金額=(初回購入価額総額+追加購入価額総額)÷(初回株数+追加株数)
得られた1単位当たり金額に譲渡株数を掛けることで平均的な取得費を割り出します。
取得費の計算は数字で示すと理解が深まります。ここでは複数回取得した非上場株式を一部譲渡したケースを例に総平均法を適用した流れを示します。
前提として、最初に5,000株を400万円+手数料1万円で取得し、次に2,000株を170万円+手数料1万円で追加取得したとします。ここまでの累計取得株数は7,000株、累計取得額は571万円です。
1株当たりの平均取得単価
(400万円+1万円+170万円+1万円)÷7,000株=約818円
この単価で3,000株を譲渡すると、取得費は818円×3,000株=2,454,000円となります。
3,000株を譲渡後の残株は4,000株です。その後、新たに5,000株を450万円+手数料1万円で取得した場合、累計取得額は前回譲渡時点の未控除額+新規取得額となります。具体的には、未控除額7,776,000円に5,000株分4,510,000円を加算して合計12,286,000円、保有株数は4,000株+5,000株=9,000株です。平均単価は12,286,000円÷9,000株≒1株864円となり、4,000株を譲渡すれば取得費は864円×4,000株=3,456,000円となります。
よくある誤算と注意点
取得費計算でありがちな誤算は「購入手数料の消費税」を忘れることです。手数料のみではなく、その支払に伴う消費税も取得費に含める必要があります。また、株式交換や株式移転で取得した株式については、会社法上の手続後の簿価を無条件に取得費と誤認するケースが多いため、取得時点で要した対価に立ち返って確認しましょう。
資料が散逸している場合の探し方
こうした方法で取得費の手掛かりを集められます。
総平均法の実務フロー
この手順をエクセルで管理しておくと、後々株式を追加取得しても平均単価の更新が容易です。
書類保存期間を意識する
金融商品取引法では帳簿名義の日から原則5年間の保存義務ですが、取得費の裏付けという観点では最低でも譲渡時点まで保管するのが望ましいです。長期保有を前提とする場合は、電子化してクラウドに保存すると紛失リスクを減らせます。
株式譲渡に先立ち取得費を裏付ける資料を準備しておくことで、申告も調査対応も円滑になります。
取引報告書は証券会社が発行する公式書類です。郵送または電子交付された書類に取得株数、取得単価、手数料などが明示されているため最も確実な証拠となります。補助資料として取引残高報告書や受渡計算書も保管しておきましょう。
顧客勘定元帳は証券会社に保管されている取引履歴の詳細データです。過去10年以内の取引であれば確実に情報を得られ、10年以上前でも保存されている可能性があります。問い合わせの際には口座番号や取引期間を明示するとスムーズです。
株式取得時の控え、預金通帳への振込記録、当時のメモや帳簿など私的な資料も取得費の裏付けになります。長期保管されているとは限りませんが、断片的でも複数資料を突き合わせれば十分な根拠となります。
取得日時を示す名義書換日とその日の株価を利用して取得費を推定することもできます。株主名簿や株式異動証明書で名義書換日を特定し、当日の相場と取得株数を掛け合わせて概算額を導きます。ただし実費との差異が生じやすいため、他資料と併用するのが望ましいです。
専門家に依頼するメリット
過去取引が複雑で自力で整理しきれない場合、税理士に相談することで取引履歴の再構築や適用税率の確認を任せられます。専門家は国税庁の通達や判例を踏まえて取得費を証明する書面を作成できるため、税務調査時の信頼度が向上します。費用は掛かりますが、追徴課税リスクや時間的コストを考慮すると投資効果は大きいといえます。
どうしても実際の取得費が判明しない場合は、税法で認められる「概算取得費」を適用する選択肢があります。
概算取得費=譲渡価額×5%
例えば、株式を5,000万円で譲渡したなら取得費は250万円として計算します。実際の取得費が5%未満でも5%を適用できるため、取得費が極端に低い場合には納税額を抑えられるメリットがあります。
概算取得費適用の申告書作成手順
概算取得費を使用した理由をメモ欄に記載しておくと、後日問い合わせを受けた際に説明がスムーズです。
概算取得費を選んで損をするケース
譲渡価額が極端に低く、実際の取得費がそれを上回る場合は5%で計上すると課税所得が膨らみます。たとえば、赤字会社の株式を身内に500万円で譲渡したところ、実際には1,000万円で取得していたケースでは概算取得費を選ばず実額を証明したほうが有利です。
譲渡所得の計算では、取得費だけでなく譲渡にかかる費用も控除できます。売却手数料、専門家報酬、契約書貼付印紙代など売主が負担した直接経費が対象です。軽微な通信費や名義書換料などは含めなくても構いませんが、金額が大きいときは漏れなく記録しましょう。
譲渡にかかる費用の具体例
これらは取得費ではなく譲渡費用として計算式の控除項目になります。
譲渡価額より取得費+譲渡費用が大きく譲渡損失が発生した場合、その損失は同一年内の他銘柄の譲渡益と相殺できます。ただし非上場株式の損失は給与所得など他の所得と損益通算できません。特定中小会社株式の損失に限り、上場株式等との損益通算が認められます。
譲渡損失を活かす節税シミュレーション
同一年内に複数銘柄の取引を行う場合、年度末に損失が出ている銘柄だけを譲渡し、含み益銘柄は翌年以降に繰り越すことで、今年度の譲渡所得を抑える戦略が考えられます。特定中小会社株式の損失を活用して上場株式の利益と相殺する場合は、対象要件を満たすか事前に専門家へ確認してください。
株式譲渡で税務リスクを避けるには、取得費を適切に計算・確認し、必要に応じて概算取得費を活用することが不可欠です。取引報告書や顧客勘定元帳など客観的資料を備え、総平均法を用いて計算を行えば、正確な譲渡所得を算出できます。譲渡費用控除や損益通算のルールも理解し、余計な負担を防ぎましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事