「第三者割当増資」とは?

第三者割当増資はM&Aの重要な手法です。本記事では、その概要や実施手順、メリット・デメリットを解説します。また、株価算定方法や会計処理、具体的な事例も紹介し、実務に役立つ情報を提供します。

目次

  1. 第三者割当増資とは
  2. 第三者割当増資によるM&Aのメリット
  3. 第三者割当増資によるM&Aのデメリット
  4. 第三者割当増資を用いたM&Aの実施手順
  5. 第三者割当増資における株式評価方法
  6. 「有利発行」に注意
  7. 第三者割当増資の会計処理
  8. 第三者割当増資以外の増資の種類
  9. 第三者割当増資を活用したM&A事例
  10. まとめ

第三者割当増資とは

第三者割当増資は、企業が資金調達を行う際に活用される重要な手法の一つです。この方法では、特定の第三者から出資を受けることで、企業の資本を増強します。

増資とは

増資とは、企業が資本金を増やすことを指します。新たな株式を発行することで、投資家から資金を集めることができます。増資の方法には、株主割当増資、公募増資、第三者割当増資の3つの主要な方式があります。

第三者割当増資の特徴

第三者割当増資は、特定の第三者から出資を受けて増資を行う方法です。この「第三者」という言葉は、一見すると外部の人物や企業を想像させますが、実際には様々な対象が含まれます。未上場企業の場合、既存の株主や役員、親密な取引先など、比較的身近な関係者から出資を受けることが多いのが特徴です。

増資には、無償増資と有償増資の2つの区分があります。無償増資は、株主から払込金を受け取らずに新株を割り当てる方法です。一方、有償増資は株主から払込金を受け取って新株を割り当てる方法で、第三者割当増資はこの有償増資の一種に該当します。

M&A手法としての第三者割当増資

第三者割当増資は、単なる資金調達の手段としてだけでなく、M&A(合併・買収)の手法としても活用されることがあります。この方法を実施すると、新株の引受人が株式発行会社の一定割合の株式を取得することができます。そのため、企業間の資本関係を構築したり、強化したりする目的で利用されることもあります。

また、対象企業と株式発行会社との間で資本業務提携を行う際にも、第三者割当増資が選択されることがあります。これにより、単なる資金提供にとどまらず、両社の事業シナジーを追求することが可能となります。

株式譲渡との相違点

第三者割当増資と株式譲渡には、いくつかの重要な違いがあります。

1. 既存株主の扱い: 

  • 第三者割当増資:既存株主の株式が残るため、完全子会社化することはできません。
  • 株式譲渡:既存株主から株式を購入するため、完全子会社化が可能です。

2. 資金の流れ: 

  • 第三者割当増資:株式の発行会社に対価が支払われます。
  • 株式譲渡:株式の売却者(既存株主)に対価が支払われ、発行会社には直接的な資金の流入がありません。

3. 目的による選択: 

  • 経営権の移転を主な目的とする場合は、株式譲渡のスキームが選ばれることが多いです。
  • 資金調達を主な目的とする場合は、第三者割当増資が用いられることが一般的です。

これらの特徴を理解し、企業の状況や目的に応じて適切な方法を選択することが重要です。第三者割当増資は、資金調達と資本関係の構築を同時に達成できる柔軟な手法として、M&Aの場面でも重要な役割を果たしています。

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(増資)

第三者割当増資によるM&Aのメリット

第三者割当増資を活用したM&Aには、多くのメリットがあります。以下では、主要なメリットについて詳しく説明します。

効果的な資金調達

第三者割当増資の最大のメリットは、迅速かつ効果的な資金調達が可能な点です。企業は特定の投資家から直接資金を受け入れることができるため、公募増資と比較してもより迅速に資金を調達できます。

例えば、新規事業の立ち上げや既存事業の拡大、財務体質の改善などに必要な資金を、タイムリーに確保することが可能です。この迅速性は、ビジネスチャンスを逃さず、競争力を維持・向上させる上で非常に重要です。

企業信用力の向上

第三者割当増資を行うと、純資産が増加し、企業の財務基盤が強化されます。これにより、信用力の指標の一つである純資産比率が向上します。

特に、信用力のある企業が引受先となった場合、その企業との関係性が明確になることで、さらなる信用力の向上が期待できます。これは取引先や金融機関との関係改善にもつながり、事業展開の幅を広げる可能性があります。

引受先との関係強化

第三者割当増資を通じて、引受先企業との関係を強化できることも大きなメリットです。資本関係が構築されることで、両社の事業に対するシナジー効果が生まれやすくなります。

例えば、技術提携や販路の共有、共同研究開発など、様々な形での協力関係を築きやすくなります。これにより、単なる資金調達以上の価値を生み出す可能性があります。

返済義務がない

第三者割当増資で調達した資金には、借入金とは異なり返済義務がありません。このため、財務状況の安定化が期待できます。

返済の心配がないため、調達した資金を積極的に事業投資に回すことができ、中長期的な成長戦略を立てやすくなります。また、有利子負債の増加を抑えられるため、財務健全性の維持にも寄与します。

簡便な手続

第三者割当増資の手続は、他の資金調達方法と比較して比較的簡便です。特に、上場企業の場合、取締役会の決議のみで新株発行が可能な場合が多いです。

募集から株式発行まで、短期間で実施できるため、緊急の資金需要にも対応しやすいというメリットがあります。ただし、特に有利な価額で発行する場合など、一部の状況では株主総会の特別決議が必要となる点に注意が必要です。

発行手続の流れ

1. 取締役会での決議

2. 引受先との交渉・合意

3. 有価証券届出書の提出(上場企業の場合)

4. 払込期日の設定

5. 株式発行・登記変更

税金面でのメリット

第三者割当増資による資金調達では、資金の払い込み時に税金が発生しません。これは、借入金による資金調達と比較して大きな利点となります。

借入金の場合、利息の支払いが必要となり、これが損金として計上されますが、同時に返済義務も生じます。一方、増資による資金調達では、このような税金面での複雑な考慮が不要となり、シンプルな資金計画を立てることができます。

以上のように、第三者割当増資によるM&Aには多くのメリットがあります。ただし、これらのメリットを最大限に活かすためには、自社の状況や目的に合わせて適切に実施することが重要です。また、次のセクションで説明するデメリットについても十分に理解し、総合的に判断することが求められます。

第三者割当増資によるM&Aのデメリット

第三者割当増資によるM&Aには多くのメリットがある一方で、いくつかの重要なデメリットも存在します。これらのデメリットを十分に理解し、対策を講じることが、成功的なM&Aの実施につながります。

完全子会社化は不可能

第三者割当増資によるM&Aでは、既存株主の株式が残るため、完全な議決権の獲得が困難になります。これは株式譲渡との大きな違いの一つです。

例えば、ある企業を完全子会社化したい場合、第三者割当増資だけでは100%の株式を取得することができません。このため、経営の完全なコントロールを得たい場合や、迅速な意思決定を行いたい場合には、別の手段を併用する必要があります。

対策として以下のような方法が考えられます:

1. 株式公開買付(TOB)との併用

2. 株式譲渡との組み合わせ

3. 段階的な株式取得計画の策定

既存株主の持株比率の低下

第三者割当増資を行うと、新株が発行されるため、既存株主の持株比率が低下します。これは「株式の希薄化」と呼ばれる現象です。

株式の希薄化によって生じる可能性のある問題点:

 1. 既存株主との関係悪化

 2. 1株当たりの価値(EPS:1株当たり利益)の低下

 3. 株主総会での議決権比率の変化

特に、発行価額が既存株式の時価よりも低い場合、既存株主にとっては経済的な不利益となる可能性があります。

対策として、以下のような方法が考えられます:

 1. 既存株主への十分な説明と理解の獲得

 2. 株主割当増資との併用

 3. 新株予約権の付与による既存株主の権利保護

出資後の事業シナジーの不確実性

第三者割当増資によるM&Aでは、多額の資金を投じても、必ずしも期待通りのビジネス上のメリットが得られるとは限りません。

考えられるリスク:

 1. シナジー効果の未実現

 2. 経営統合の困難

 3. 文化の不一致による摩擦

また、既存株主の株式数を考慮しながら議決権を獲得する必要があるため、株式譲渡と比較して多額の資金が必要になる場合があります。

これらのリスクを軽減するための対策:

 1. 詳細なデューデリジェンスの実施

 2. 明確な統合計画の策定

 3. 段階的な資本提携によるリスクの分散

 4. 出資後の定期的な効果測定と計画の見直し

以上のデメリットは、第三者割当増資によるM&Aを検討する際に慎重に考慮すべき点です。これらのデメリットを理解した上で、自社の状況や目的に照らし合わせ、メリットとデメリットを総合的に判断することが重要です。

場合によっては、第三者割当増資以外の手法(例:株式譲渡、合併など)や、複数の手法を組み合わせることで、これらのデメリットを最小限に抑えつつ、目的を達成することも可能です。M&Aの戦略を立てる際には、専門家のアドバイスを受けながら、最適な方法を選択することが推奨されます。

第三者割当増資を用いたM&Aの実施手順

第三者割当増資を活用したM&Aを成功させるためには、適切な手順を踏むことが重要です。以下では、主要な実施手順について詳しく説明します。

募集要項の策定

第三者割当増資の最初のステップは、募集要項の決定です。これは通常、取締役会または株主総会で決定されます。

募集要項に含めるべき主な項目:

 1. 発行する株式の数(種類がある場合はその種類も)

 2. 株式の払込金額または算定方法

 3. 金銭以外の財産を出資の目的とする場合、その内容と価額

 4. 払込期日または払込期間

 5. 増加する資本金および資本準備金に関する事項

これらの項目は会社法で定められており、正確に記載する必要があります。特に、払込金額の決定は重要で、既存株主の利益を不当に害することがないよう、慎重に検討する必要があります。

株主への通知・公告

募集要項が決定したら、次は株主に対する通知または公告を行います。これは、払込期日の2週間前(または払込期間の初日)までに行う必要があります。

通知・公告の目的:

  • 既存株主に対して情報を提供し、透明性を確保する
  • 株主の新株引受権を保護する

上場企業の場合、東京証券取引所の適時開示規則に基づき、TDnetを通じて情報開示を行うことが一般的です。

引受希望者への通知

次に、募集株式の引受を希望する者に対して通知を行います。

通知に含めるべき主な項目:

 1. 株式会社の商号

 2. 募集要項の内容

 3. 金銭の払込みをする場合の取扱場所

 4. その他、法務省令で定める事項

この通知は、引受希望者が適切な判断を下すための重要な情報源となります。

引受関連書類の発行

株式の引受を申し込む者は、所定の書面を会社に提出する必要があります。

書面に記載すべき主な項目:

 1. 申込者の氏名または名称、住所

 2. 引受を希望する募集株式の数

会社は、この書面の受領をもって、引受の意思を確認します。

割当先の決定と通知

申込者の中から、実際に株式を割り当てる相手と、その株式数を決定します。取締役会設置会社の場合、この決定は取締役会で行うことができます。

決定後の手順:

 1. 割当先への通知

 2. 割当株式数の確定

 3. 払込金額の最終確認

この段階で、M&Aの基本的な枠組みが固まります。

出資の実行

割当の詳細について通知を受けた引受人は、指定された払込期日または払込期間内に、全額を払い込む必要があります。

払込に関する注意点:

  • 払込は原則として金銭で行う
  • 払込取扱場所(通常は銀行など)を明確に指定する
  • 払込期日・期間を厳守する

払込が完了すると、法的には新株の発行が成立したことになります。

株式発行と登記変更

最後に、新株を発行し、必要な登記変更を行います。

主な手続:

 1. 株主名簿の更新

 2. 株券の発行(株券発行会社の場合)

 3. 資本金額や発行済株式総数の変更登記

登記変更は、払込期日または払込期間の末日から2週間以内に行う必要があります。この手続により、第三者割当増資が法的に完了します。

以上が、第三者割当増資を用いたM&Aの基本的な実施手順です。各ステップには法的な要件や期限があるため、専門家のサポートを受けながら慎重に進めることが重要です。また、上場企業の場合は、証券取引所の規則にも注意を払う必要があります。適切な手順を踏むことで、円滑かつ確実なM&Aの実施が可能となります。

第三者割当増資における株式評価方法

第三者割当増資を行う際、適切な株価を算定することは極めて重要です。不適切な価格設定は、既存株主の利益を損なったり、増資の目的を達成できなかったりする可能性があります。ここでは、主要な株価算定手法について詳しく解説します。

コスト・アプローチ

コスト・アプローチは、企業の貸借対照表上の純資産に着目した評価方法です。

主な特徴:

 1. 企業の純資産をベースに株価を評価

 2. 客観的な数値を用いるため、比較的簡易に算定可能

 3. 企業の将来性や収益性は考慮されない

適用場面:

  • 純資産価値が重要視される業種(不動産業など)
  • 清算価値の算定
  • 他の手法と併用して、最低限の価値を確認する場合

メリット:

  • 財務諸表から直接算定できるため、客観性が高い
  • 計算が比較的容易

デメリット:

  • 企業の成長性や将来の収益性が反映されない
  • 無形資産の価値が適切に評価されないことがある

算定の際は、資産の時価評価や簿外債務の有無なども考慮する必要があります。

マーケット・アプローチ

マーケット・アプローチは、類似する上場企業や過去のM&A事例と比較して、相対的に企業価値を評価する方法です。

主な特徴: 

 1. 市場の実勢価格を反映

 2. 類似企業や取引事例との比較に基づく評価

 3. PER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)などの指標を活用

適用場面:

  • 比較可能な類似上場企業が存在する場合
  • 業界内でM&A取引が活発に行われている場合

メリット:

  • 市場の評価を反映するため、客観性が高い
  • 現在の経済環境や業界動向を考慮できる

デメリット:

  • 適切な類似企業や取引事例の選定が難しい場合がある
  • 企業の個別性が十分に反映されないことがある

中小企業の株価算定では、適切な類似企業を見つけることが困難な場合もあるため、注意が必要です。

インカム・アプローチ

インカム・アプローチは、企業の将来キャッシュフローに基づいて価値を評価する方法です。

主な特徴:

 1. 将来の収益やキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引いて評価

 2. DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)が代表的

 3. 企業の成長性や将来性を反映

適用場面:

  • 安定した収益が見込める企業
  • 新規事業や成長産業に属する企業の評価

メリット:

  • 企業の将来性を反映できる
  • 各年度の収益予測を反映できるため、詳細な分析が可能

デメリット:

  • 将来予測の難しさや恣意性が入る可能性がある
  • 割引率の設定に専門的な判断が必要

算定の際は、適切な事業計画の策定と、客観的な根拠に基づく将来予測が重要です。

実務では、これらの手法を組み合わせて使用することが一般的です。例えば、コスト・アプローチで下限値を、マーケット・アプローチとインカム・アプローチで上限値を設定し、その範囲内で最終的な株価を決定するといった方法が取られることがあります。

株価算定は、第三者割当増資の成否を左右する重要な要素です。適切な手法の選択と、客観的かつ公正な評価プロセスを経ることで、既存株主と新規株主の双方にとって納得できる株価を設定することが可能となります。

専門的な知識や経験が必要となるため、財務アドバイザーや公認会計士などの専門家のサポートを受けることも検討すべきでしょう。また、算定結果の妥当性について、第三者機関によるチェックを受けることで、さらなる客観性と透明性を確保することができます。

「有利発行」に注意

第三者割当増資を実施する際には、様々な法的・実務的な留意点があります。特に重要なのが、発行価額の設定に関する問題です。ここでは、有利発行価額に関する取り扱いについて詳しく解説します。

有利発行とは

有利発行とは、新株を時価よりも著しく低い価額で発行することを指します。これは既存株主の利益を害する可能性があるため、会社法で特別な手続が定められています。

有利発行価額で第三者割当増資を行う場合の主な留意点:

1.株主総会の特別決議が必要

2.取締役の説明義務

3.有利発行に該当するかどうかの判断基準

4.違反した場合の取締役の責任

株主総会の特別決議を経ずに有利発行を行った場合、取締役は会社に対して、公正な払込金額と実際の払込金額との差額について賠償責任を負う可能性があります。

有利発行か否かの判断基準

有利発行価額に該当するかどうかの判断は、実務上非常に重要です。

有利発行価額の一般的な判断基準:

  • 発行価額が時価の90%を下回る場合、有利発行とみなされる可能性が高い

ただし、この基準は絶対的なものではなく、個別の状況に応じて判断されます。

日本証券業協会の「第三者割当増資の取扱いに関する指針」による判断基準:

1. 原則:取締役会決議の直前日の価額(直前日に売買がない場合は、それ以前の直近日の価額)の90%以上

2. 例外:市場の状況等を勘案し、取締役会決議日から6か月以内の適当な期間の平均価額の90%以上

これらの基準を参考にしつつ、個別の状況を十分に考慮して判断する必要があります。

有利発行価額での増資を検討する際の実務上の注意点:

1. 発行価額の決定根拠を明確にする 

  • 第三者機関による株価算定書の取得を検討
  • 取締役会議事録に決定理由を詳細に記載

2. 有利発行となる場合の対応 

  • 株主総会の特別決議を経る
  • 株主への十分な説明と理解を得る努力をする

3. 情報開示の徹底 

  • 上場企業の場合、東京証券取引所の適時開示規則に基づく開示
  • 有価証券届出書等での詳細な情報提供

4. 取締役会での慎重な審議 

  • 発行価額の妥当性
  • 割当先の選定理由
  • 増資の必要性と合理性

5. 少数株主の利益保護への配慮 

  • 持株比率の希薄化の程度を考慮
  • 既存株主への影響を最小限に抑える方策の検討

有利発行価額での第三者割当増資は、企業の資金調達の柔軟性を高める一方で、既存株主の利益を損なう可能性があります。そのため、法令遵守と株主利益の保護のバランスを取りながら、慎重に判断・実行することが求められます。

また、近年では、有利発行価額での第三者割当増資に対する市場の目も厳しくなっています。特に上場企業の場合、株主や投資家からの信頼を維持するためにも、その必要性と合理性について十分な説明責任を果たすことが重要です。

適切な判断と手続を経ることで、第三者割当増資を企業価値向上のための有効な手段として活用することが可能となります。複雑な法的要件や市場動向を考慮する必要があるため、専門家のアドバイスを受けながら進めることが推奨されます。

第三者割当増資の会計処理

第三者割当増資を行う際の会計処理は、譲受企業(出資を行う側)と譲渡企業(株式を発行する側)で異なります。ここでは、それぞれの立場での会計処理方法について詳しく説明します。

出資払込する企業の会計処理

譲受企業側の会計処理は、基本的に株式取得によるM&Aの会計処理と類似しています。

主な会計処理の手順:

1. 投資有価証券の計上 

  • 取得した株式を投資有価証券として資産計上します。

2. のれんの計上(該当する場合) 

  • 取得価額が被取得企業の時価純資産を上回る場合、その差額をのれんとして計上します。

3. 持分法の適用(持分比率に応じて) 

  • 持分比率が20%以上の場合、通常は持分法を適用します。

具体的な仕訳例:

Copy

(借方)投資有価証券   XXX  (貸方)現金預金   XXX

注意点:

  • 取得株式の評価方法(原価法、持分法など)を適切に選択する
  • 取得価額の妥当性を慎重に検討する
  • 関連会社化や子会社化の判断基準を明確にする

増資する企業の会計処理

譲渡企業(株式を発行する企業)側の会計処理は、通常の増資と同様です。

主な会計処理の手順:

1. 資本金の増加 

  • 払込金額のうち、資本金として計上する金額を決定します。

2. 資本準備金の増加 

  • 払込金額から資本金として計上した金額を差し引いた残額を、資本準備金として計上します。

実務上の留意事項:

1. 増資のタイミングと会計期間との関係 

  • 払込期日が決算日をまたぐ場合、仮払金などで処理する必要があります。

2. 企業結合会計の適用 

  • 譲受企業が支配力を獲得する場合、企業結合会計の適用を検討する必要があります。

3. 開示の充実 

  • 重要な後発事象として注記が必要な場合があります。
  • 有価証券報告書等での詳細な開示が求められます。

4. 税務上の取り扱い 

  • 会計処理と税務処理が異なる場合があるため、税効果会計の適用を検討します。

5. 連結財務諸表への影響 

  • 持分比率の変動による連結範囲の見直しが必要な場合があります。

第三者割当増資の会計処理は、一見シンプルに見えますが、実際には様々な判断と注意が必要です。特に、M&Aの一環として行われる場合は、企業結合会計や連結会計との関連も考慮する必要があります。

適切な会計処理を行うことで、財務諸表の透明性と信頼性が確保され、株主や投資家に対して正確な情報提供が可能となります。複雑なケースでは、公認会計士や税理士などの専門家に相談し、適切な処理方法を選択することが重要です。

第三者割当増資以外の増資の種類

第三者割当増資は有効な資金調達方法の一つですが、企業の状況や目的によっては他の方法がより適している場合もあります。ここでは、第三者割当増資以外の主要な資金調達方法について解説します。

株主割当増資

株主割当増資は、既存の株主に対して、その持株比率に応じて新株の割当を行う方法です。

主な特徴:

1.既存株主の持株比率を維持できる

2.株主平等の原則に沿った方法

3.大規模な資金調達が可能

メリット:

  • 既存株主の利益を損なわない
  • 株主の支持を得やすい
  • 株式の希薄化を防ぐことができる

デメリット:

  • 全株主が引受ける保証がない
  • 資金調達の確実性が低い
  • 手続が比較的複雑

適用場面:

  • 既存株主との関係を重視する場合
  • 安定株主が多い企業
  • 株主への利益還元を目的とする場合

実務上の注意点:

  • 株主への十分な説明と理解を得ることが重要
  • 未行使の新株予約権の取り扱いを事前に決定しておく

公募増資

公募増資は、不特定多数の投資家から広く資金を募る方法です。

主な特徴:

1.大規模な資金調達が可能

2.株主構成の分散化につながる

3.企業の知名度向上にも寄与する

メリット:

  • 大規模な資金調達が可能
  • 株式の流動性が向上する
  • 企業の社会的信用が高まる

デメリット:

  • 引受手数料などのコストが高い
  • 株式の希薄化が生じる
  • 株価への影響が大きい

適用場面:

  • 上場企業または上場を目指す企業
  • 大規模な設備投資や事業拡大を計画している場合
  • 財務体質の強化を目指す場合

実務上の注意点:

  • 証券会社との綿密な打ち合わせが必要
  • 適切な発行価格の設定が重要
  • 情報開示の徹底が求められる

自己株式の処分

自己株式処分は、会社が保有する自己株式を第三者に譲渡する方法です。

主な特徴:

1.新株発行と異なり、発行済株式総数は増加しない

2.資本金は増加しないが、資本剰余金が増加する

3.第三者割当増資と実質的に同様の効果が得られる

メリット:

  • 手続が比較的簡便
  • 株式の希薄化を抑制できる
  • 機動的な資金調達が可能

デメリット:

  • 自己株式の保有が前提となる
  • 大規模な資金調達には向かない場合がある
  • 税務上の複雑な取り扱いが生じる可能性がある

適用場面:

  • 機動的な資本政策が必要な場合
  • 特定の相手との資本提携を目的とする場合
  • 自己株式の有効活用を図る場合

実務上の注意点:

  • 処分価額の決定に注意が必要(有利発行規制の適用あり)
  • 税務上の取り扱いについて事前に確認が必要
  • 適時開示規則に基づく情報開示が求められる

これらの方法は、それぞれ異なる特徴とメリット・デメリットを持っています。企業は自社の状況、目的、市場環境などを総合的に判断し、最適な資金調達方法を選択する必要があります。

また、これらの方法を組み合わせて使用することも可能です。例えば、株主割当増資と第三者割当増資を併用したり、公募増資と第三者割当増資(オーバーアロットメント)を組み合わせたりするなど、柔軟な対応が可能です。

資金調達方法の選択は企業の将来に大きな影響を与えるため、慎重な検討が必要です。必要に応じて、証券会社や法律事務所、会計事務所などの専門家のアドバイスを受けることも重要です。適切な資金調達方法を選択することで、企業の持続的な成長と企業価値の向上につながります。

第三者割当増資を活用したM&A事例

第三者割当増資は、様々な企業によってM&Aの手法として活用されています。ここでは、実際に行われた第三者割当増資によるM&Aの事例を紹介し、その目的や効果について解説します。

ヤマダ電機による大塚家具の子会社化

2019年12月12日、株式会社ヤマダ電機(現:株式会社ヤマダホールディングス)は、株式会社大塚家具との資本業務提携を発表しました。

事例の概要:

  • ヤマダ電機が大塚家具の第三者割当増資を引き受け
  • 発行された株式と新株予約権を取得
  • 大塚家具をヤマダ電機の子会社化

目的:

1.両社の強みを活かしたシナジー効果の創出

2.住空間のトータルコーディネート事業の強化

3.大塚家具の経営再建と事業の継続性確保

結果と影響:

  • ヤマダ電機の家具・インテリア事業が強化
  • 大塚家具のブランド価値と顧客基盤の維持
  • 両社の販路拡大と新たな顧客層の開拓

この事例は、第三者割当増資を通じて、異なる業態の企業が互いの強みを活かしつつ、新たな事業展開を図った好例といえます。

朝日放送グループによるディー・エル・イーの買収

2019年5月10日、朝日放送グループホールディングス株式会社は、株式会社ディー・エル・イー(DLE)の第三者割当増資を引き受け、子会社化しました。

事例の概要:

  • 朝日放送グループがDLEの第三者割当増資を引き受け
  • 発行済株式総数の51.97%を取得し、過半数の議決権を獲得
  • DLEを連結子会社化

目的:

1.コンテンツ制作力の強化

2.デジタル領域での事業拡大

3.DLEの財務基盤の強化と経営安定化

結果と影響:

  • 朝日放送グループのデジタルコンテンツ事業が拡大
  • DLEのIPビジネスとの連携強化
  • グループ全体でのシナジー効果の創出

この事例は、放送業界とデジタルコンテンツ制作会社の融合を図り、メディア環境の変化に対応しようとする戦略的なM&Aの例といえます。

オープンクラウドとマイナビとの資本業務提携

2022年5月22日、株式会社オープンクラウド(きちりホールディングス株式会社の子会社)と株式会社マイナビは、資本業務提携契約を締結しました。

事例の概要:

  • オープンクラウドがマイナビを割当先とする第三者割当増資を実施
  • マイナビがオープンクラウドの株式の14.17%を取得

目的:

1.両社のサービス連携による事業拡大

2.オープンクラウドの財務基盤強化

3.飲食業界のDX推進

結果と影響:

  • マイナビのサービス「マイナビバイト」と「ApplyNow」の連携強化
  • オープンクラウドの事業拡大と新規サービス開発の加速
  • 飲食業界における採用・勤怠管理のデジタル化促進

この事例は、異なる業界の企業が第三者割当増資を通じて提携し、互いの強みを活かしながら新たな市場開拓を目指す例として注目されます。

これらの事例から、第三者割当増資を活用したM&Aの特徴や利点が見えてきます:

1.迅速な資本提携が可能

2.特定の相手と戦略的な関係を構築できる

3.財務基盤の強化と事業シナジーの同時達成が可能

4.業界や事業領域を超えた連携が実現可能

一方で、これらの事例においても、以下のような課題や注意点があったと考えられます:

1.既存株主の持分希薄化への対応

2.公正な発行価額の設定

3.シナジー効果の具体的な実現方法の策定

4.組織文化の違いによる統合後の摩擦の可能性

第三者割当増資を活用したM&Aを成功させるためには、これらの事例を参考にしつつ、自社の状況や目的に合わせた戦略立案が重要です。また、法律や会計面での専門家のアドバイスを受けながら、慎重に進めることが推奨されます。

まとめ

第三者割当増資は、M&Aにおいて重要な手法の一つとして広く活用されています。この方法は、資金調達と資本関係の構築を同時に実現できる柔軟な手段として、多くの企業に選択されています。

主な特徴として、迅速な資金調達が可能であること、特定の相手と戦略的な関係を構築できること、そして財務基盤の強化と事業シナジーの同時達成が可能であることが挙げられます。一方で、既存株主の持分希薄化や公正な発行価額の設定など、慎重に対処すべき課題もあります。

第三者割当増資によるM&Aを成功させるためには、法律や会計面での専門家のアドバイスを受けながら、自社の状況や目的に合わせた戦略を立案し、慎重に進めることが重要です。適切に実施することで、企業価値の向上と持続的な成長につながる可能性を秘めた、有効な経営戦略ツールとなり得るでしょう。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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