会社を売りたい経営者が知るべき流れと注意点を完全解説
会社を売りたいと考える中小企業の経営者が増えています。本記事では、M&Aによる会社の譲渡方法やメリット・デメリット、手続きの流れ、売却価額の算定方法、必要書類、さらに会社を高く売るためのコツも優しく解説します。ぜひご覧ください。
目次
▶目次ページ:第三者承継とは(M&Aのメリット・デメリット)
中小企業の経営者が「会社を売りたい」と考え始める背景として、M&A(企業の合併・買収)の活発化が挙げられます。少子化や後継者不足などで事業承継が難しくなった今、会社を第三者に譲渡する手段として、M&Aの利用が急増しているのです。
会社の売却額の相場は一般的に、「会社の時価総額(修正後の純資産)+営業利益の2~5年分」がひとつの目安といわれます。時価総額は貸借対照表に載っている純資産の額だけではなく、未評価の固定資産などを実勢価格に直したうえで再計算するといった作業が必要です。
一方、会社の売上や利益が安定していない場合、リスクがあるとみなされて、営業利益の2年分に満たない価格で売却されるケースもあります。特にインターネット関連や風営法が絡むビジネスなど、外部環境の変化を受けやすい業種は注意が必要です。
また、日本全国の中小企業においてはM&Aの件数が年々増加しています。令和3年の事業承継・引継ぎ支援センターの報告では、1年間のM&A成約件数が1,500件を超えたとされます。経営者の高齢化も進み、これからさらにM&Aは増えていくことが予想されます。
赤字経営の会社でも、売却が不可能とは限りません。役員報酬の見直しや、一時的な需要低下といった要因で赤字に陥っている場合、M&A後の改善余地が大きければ、譲受企業にとって魅力的な買収対象になり得ます。買収側が赤字要因を解消できる自信を持てれば、赤字の会社でも譲渡可能なケースは十分にあります。
実際に経営が苦しい中小企業が、シナジー(相乗効果)や追加投資により再生され、かえって譲受企業にメリットをもたらす事例は珍しくありません。経営状況に不安があっても、将来的な成長が見込まれれば、交渉次第で売却は可能です。
会社を売りたいと考える理由は後継者不足だけではありません。多様な目的を達成する手段として、M&Aを選ぶ経営者が増えています。
身内や従業員に継がせる後継者が見当たらない場合でも、経営能力のある第三者が会社を引き継ぎます。従業員や取引先にとっても、事業の継続は安心材料になるでしょう。
譲渡価格が高額になれば、老後資金、新規事業資金、負債の返済など、さまざまな用途に充てることができます。株式譲渡の場合は譲渡益に対して約20%超の税金(所得税・住民税など)がかかりますが、比較的税率は低めといえます。
長年経営してきたベテラン経営者ほど、会社経営による負担は大きいものです。M&Aで会社を譲渡すれば、精神的にも肉体的にも負荷が軽減されます。
個人保証付きの借り入れを抱えている中小企業オーナーは多いですが、譲渡により個人保証が外れると、経営者個人の生活困窮リスクを大幅に下げることができます。
会社や事業を譲渡すると、一定期間は同業種での事業活動が制限される場合があります。事業譲渡の場合、法律で最長20年間は競合する事業ができないと定められています(実務上は数年程度が一般的です)。
売却益はすべて手元に残るわけではなく、税金や仲介会社への報酬などが差し引かれます。会社の状態や売却時期によっては、予想よりも手取り額が減る場合もあります。
赤字や専門性の高い事業などは、すぐに譲受企業が見つからないこともあります。その間にも仲介会社への顧問料が必要になる場合があるなど、コストや時間がかかるのは覚悟しなければいけません。
会社売却の方針を周知せずに進めると、従業員の離職や反発を招くことがあります。人材が流出すれば、買い手側からの評価が下がり、最終的に交渉が破談になることも考えられます。
重要人物の残留を条件とするロックアップ条項が設定される場合、オーナーがすぐに退任したくても制限されてしまうことがあります。
株式譲渡とは、会社の株式を売却し、株主としての地位をそのまま譲渡する方法です。譲受企業が株式を取得することで経営権が移り、資産や負債、従業員との雇用関係なども一括して承継されます。
事業譲渡は、会社全体ではなく、特定の事業や資産を切り出して譲渡する手法です。会社は存続したまま、一部の事業のみを売却できるのが大きな特徴です。
会社分割は、会社の権利義務を包括的に切り出し、新設会社または既存会社へ移管する方法です。株式譲渡や事業譲渡と比べると手続きが複雑ですが、譲受側が大きな負債を引き継がないように調整しやすい場合もあります。
会社を売却する流れは、大まかに以下のステップで進みます。社内検討を済ませたうえで、専門家の力を借りることが成功への近道です。
M&A仲介会社、会計事務所、金融機関などから、自社の業種や規模に合った相談先を選びます。仲介会社と契約を結ぶ場合、着手金や成功報酬の有無・割合を確認しましょう。
秘密保持契約を交わしたうえで、複数の買い手候補に打診していきます。条件面のヒアリングを行い、優先順位をつけながら絞り込みましょう。
買い手候補とのトップ面談を経て、基本合意書を締結します。この段階では最終的な条件が固まっていないケースが多いため、譲渡価額や譲渡形態、従業員の処遇などを調整していきます。
買い手側が財務・税務・法務面などを詳細に調べ、リスクや評価額を精査します。ここで問題が発覚した場合、譲渡価額が下がったり、交渉が決裂するリスクもあるので注意が必要です。
デューデリジェンス(企業調査)で大きな問題が見つからなければ、譲渡主・譲受企業双方が合意した条件を最終決定し、譲渡契約を締結します。契約書には譲渡価額や支払条件、株式譲渡であれば必要に応じた競業避止義務の期間や、重要人物(オーナーや事業責任者など)を在籍させるロックアップ条項なども盛り込まれる場合があります。
事業譲渡の場合は、個々の資産や契約、従業員との雇用関係などをどのように承継するかを細かく取り決める必要があるため、株式譲渡よりも煩雑になりやすい点に注意が必要です。譲渡契約の準備段階で、株主総会決議、債権者保護手続など会社法で定められた要件を満たさなければいけません。
契約締結後、譲渡価額の決済や名義書換請求、不動産や特許権などがある場合は登記手続といった最終の事務作業を行い、M&Aが完了します。売却によって得られた資金をどう活用するのか、あるいは会社を離れるタイミングをどうするのかなど、経営者が次のステップを見据えることも大切です。
会社の譲渡価額は自由に決められるように見えますが、実務ではいくつかの代表的な算定方法があります。株式譲渡や事業譲渡のどちらを選ぶかによっても評価の視点が変わるため、複数の手法で試算を行った上で、譲渡企業と譲受企業の交渉により最終決定します。
中小企業のM&Aでよく用いられるのが、「純資産+純利益×年数(3~5年)」という簡易計算式です。修正前の貸借対照表を基にしている場合も多く、最終的には交渉次第で前後しますが、目安として使われるケースが多いでしょう。
将来生み出すであろうキャッシュ・フローを現在価値に割り引いて評価する方法です。赤字の会社であっても、将来の収益が期待できれば高い評価額がつく可能性があります。事業計画書などを用いた綿密な予測が必要なため、専門家の力を借りるのが一般的です。
貸借対照表の資産・負債を時価に修正して純資産額を算出する方法です。時価が分かりやすい不動産などを正確に評価できるのが強みですが、無形資産やブランド力などが数値化されにくい点には注意しましょう。
上場企業のなかから、自社と事業内容が似ている企業の株価や財務指標を参考にして算定する方法です。客観性は高いですが、比較対象となる同業上場企業がない場合は使いにくい手法です。
会社を売りたい経営者は、単に「純資産額+営業利益の数年分」だけを見るのではなく、専門家と相談しながら、複数の算定方法や自社の将来性などを考慮して適正価格を探りましょう。
M&Aを進めるうえで、税務署や法務局、市町村窓口などから取り寄せる必要書類があります。譲受企業がデューデリジェンスを行う際にも、以下のような公的書類が求められるでしょう。
なお、これらは代表的な書類であり、会社分割を行う場合はさらに細かい法的な手続書類が必要となることがあります。譲渡方法や会社の状況に合わせて、必要書類の範囲は変わる点に注意が必要です。
できる限り好条件で会社を譲渡したい場合、以下のポイントを意識するとよいでしょう。
経営者が交代しても問題なく運営できる体制を整え、信頼性の高い財務諸表を作成できれば、譲受企業から高い評価を得られます。
親族や従業員などに分散している株式を、できるだけ経営者のもとに集約しておくと、意思決定がスムーズになります。譲渡交渉の際、株主ごとに条件交渉を行わなければいけないと、交渉が難航する原因になりやすいのです。
M&A仲介会社によっては、着手金が不要だったり、譲渡価格アップのために動いてくれる一方で、報酬体系が複雑な場合もあります。売却の可能性を高めたいなら、複数の専門家や公的機関(事業承継・引継ぎ支援センターなど)に相談し、相見積もりをとるのも一案です。
M&Aの検討中であることが外部に漏れると、信用不安や従業員の退職が相次ぐリスクがあります。また、業績が急に悪化したり、競合他社に先手を打たれる恐れもあるため、秘密保持契約の締結や社内の口外ルール設定など、情報管理には細心の注意を払ってください。
事業譲渡の場合、法律(会社法21条)で上限20年間は競合する事業を営めないと定められており、譲渡契約でも、譲渡企業側に何年間か競業を禁止する条項が設けられるのが一般的です。株式譲渡の場合でも契約書に同様の制限を加えることが少なくありません。今後、同じビジネスを再開するつもりがあるなら、必ず事前に契約内容をよく確認しましょう。
節税対策のために過度な保険契約を結んだり、高額な固定資産を購入する行為は、譲受企業から「無駄遣い」と見なされる可能性があります。企業価値が下がる要因になり、売却価格にもマイナスの影響を及ぼします。
会社売却の準備が進む中で、従業員に何も知らせていないと大きな混乱を招きかねません。早い段階で方針を周知し、従業員の雇用や処遇などを誠実に説明することが、スムーズな譲渡のカギとなります。
売却方法やオーナーが個人か法人かによって、税負担は変わります。以下の主なパターンを押さえておきましょう。
個人オーナーが所有する株式を売却すると、譲渡益に対して約20.315%の税金(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%)が課税されます。たとえば、株式譲渡価格が7,000万円で取得費などを差し引いた譲渡益が5,300万円の場合、1,000万円超の税金を支払うケースもあるため、あらかじめ試算しておくことが大切です。
法人が保有する株式を譲渡すると、売却益には法人税がかかります。実効税率は約30%前後(中小企業の標準税率は約33%)と個人よりも高めになることが多いですが、事業内容や損益繰越などの要因で最終的な税負担額は異なります。
事業譲渡で得た譲渡益には法人税が課されます。さらに、不動産や棚卸資産など消費税がかかる資産を含む場合、受取消費税も発生します。譲受企業側にも、支払消費税や不動産取得税、登録免許税などの負担が生じる点にも留意が必要です。
会社分割は組織再編に該当するため、一定要件を満たせば税制優遇を受けられることがあります。一方で、債務承継や株主総会での承認手続など、事業譲渡以上に厳格な要件が必要になるケースもあるので注意しましょう。
以下は、会社を売りたいと考える経営者からよくある質問です。
Q:会社を売るとき、いつから準備すれば良いですか?
A:一般には、実際に着手してから売却完了まで半年~1年程度かかります。買い手探しや交渉が長引けば、それ以上になるケースも少なくありません。時間に余裕をもって準備を始めることが大切です。
Q:赤字でも本当に売却できますか?
A:赤字であっても、将来的に利益が出せる見込みがあれば譲渡は可能です。一時的な要因で赤字が出ているケースならば、役員報酬の見直しや販路拡大などで改善できる余地をアピールすることがポイントです。
Q:譲渡後に同じ事業をやりたい場合は?
A:事業譲渡を行った場合、競業避止義務により法律上も契約上も同業種を営むのは原則数年間は難しくなります(上限20年まで延長される可能性あり)。株式譲渡でも競業避止の定めが契約に盛り込まれることが多いので、事前にしっかり確認しましょう。
Q:合同会社でも売れますか?
A:合同会社であっても、株式に相当する「持分」を譲渡するなどの形でM&Aは可能です。ただし、全社員の同意が必要になるなど、株式会社とは手続が異なる面があるため、柔軟に話が進みにくい場合がある点に留意してください。
Q:会社分割はどのような場合に選択するのですか?
A:たとえば、一部の事業だけを切り出して新設会社へ包括的に承継させたい場合や、負債を含めた権利義務をスムーズに切り分けたい場合などに会社分割が利用されます。組織再編行為になるため、税務上の扱いや株主総会決議などを慎重に行う必要があります。
Q:上場企業の場合、どんな手続きがあるのですか?
A:上場企業の株式譲渡では、TOB(株式公開買付)やMBO(マネジメント・バイアウト)など特有の手法があります。金融商品取引法による届出や公告などが必要になるため、非上場企業よりも手続が複雑になるのが一般的です。
会社を売りたい経営者にとって、M&Aは後継者不足を解消し、従業員の雇用や事業の継続を守る有力な手段です。譲渡価格の算定方法はさまざまで、適正価格を導き出すには専門的な知識が欠かせません。中小企業のM&Aは時間がかかることもあるため、早めに信頼できる専門家へ相談し、自社に合う譲受企業を探すことが成功への近道といえます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事