会社を売りたいときは何から始める?準備と相談先の選び方

会社を売りたいと考えた経営者に向けて、最初にやるべきことを解説します。売却目的の整理から、売れる会社かどうかの確認、必要な決算書や契約書の準備、売却価格と手取り額の考え方、M&A仲介会社や公的窓口など相談先の比較、家族・従業員への説明時期まで、売却を進める前の判断ポイントを紹介します。

目次

  1. 会社を売りたいときに最初にやる3つのこと
  2. 会社を売る前に決めておきたい条件
  3. 自社は売れる会社なのかを確認する
  4. 会社を売るといくらになるのか
  5. 会社売却の相談前に用意する資料
  6. 会社を売りたいときの相談先の選び方
  7. 家族・従業員・取引先にはいつ話すべきか
  8. 準備が整った後の会社売却の流れ
  9. 会社売却で後悔しないための注意点
  10. 会社を売るか廃業するか迷ったときの判断方法
  11. まとめ

会社を売りたい経営者が知るべき流れと注意点を完全解説

会社を売りたいと考えたら、最初に取り組むのは買い手探しではありません。売却する目的と譲れない条件を整理し、自社の経営状況を確認したうえで、信頼できる相談先を比較することが大切です。

会社は利益が出ていなければ売れないわけではありません。顧客、従業員、技術、取引先との関係など、買い手が評価する経営資源があれば、売却できる可能性があります。

この記事では、会社を売りたい経営者が何から始めればよいかを、最初の30日で進める準備、売却可能性の確認方法、必要資料、相談先の選び方、周囲への説明時期に分けて解説します。売却を正式に決めていない段階でも、判断材料を集めるために活用できます。

会社を売りたいときに最初にやる3つのこと

会社売却の準備は、次の3つから始めると進めやすくなります。


1.会社を売る目的と希望条件を書き出す

2.決算書や借入金などを確認し、自社の現状を把握する

3.売却価格の目安を調べ、複数の相談先を比較する


この段階では、売却先を決めたり、従業員に公表したりする必要はありません。

まずは会社を売ることが自分と会社にとって適切な選択なのか、判断できる状態を目指しましょう。

最初の30日で進める準備チェックリスト

以下は、会社売却を考え始めた経営者向けの準備例です。30日以内に売却を完了させる計画ではなく、相談や意思決定に必要な情報を整理するための目安です。


時期の目安 やること 確認する内容
1~7日目 売却目的の整理 売りたい理由、希望時期、譲れない条件
8~14日目 会社資料の確認 決算書、株主名簿、借入金、主要契約
15~21日目 自社の強みと課題の整理 利益、顧客、人材、経営者への依存、財務上の問題
22~30日目 価格の目安と相談先の比較 概算評価、税引後の手取り、専門家の支援内容と費用


資料がすべて揃わなくても、初期相談は可能です。

例えば、決算書はあるものの株主名簿が見当たらない場合、まず株主構成を確認し、必要に応じて専門家と整理する方法があります。

重要なのは、準備が終わるまで相談を先延ばしにすることではありません。自社の状況と分からないことを整理し、相談時に確認できるようにすることです。

会社を売る前に決めておきたい条件

会社売却では、価格が高ければ成功とは限りません。

従業員の雇用、取引先との関係、経営者の退任時期、個人保証など、売却後の生活と事業継続に関わる条件も重要です。

売却したい理由を整理する

会社を売りたい理由には、主に次のようなものがあります。


・後継者が見つからず、事業承継に困っている

・年齢や健康上の理由から経営を退きたい

・大手企業の経営資源を活用して事業を成長させたい

・会社の売却代金を老後資金や新規事業に充てたい

・経営上の負担や個人保証から解放されたい

・複数事業のうち、一部を売って主力事業に集中したい


複数の理由が重なることもあります。

例えば、後継者不在が主な理由でも、長年働いてくれた従業員の雇用を守ることが同じくらい重要な場合があります。

目的を一つに絞る必要はありませんが、優先順位は決めておきましょう。

価格以外の譲れない条件を決める

買い手との交渉では、譲渡価格だけでなく、次の条件も話し合います。


・従業員の雇用や待遇を維持してほしい

・会社名や店舗名を残してほしい

・主要取引先との関係を継続してほしい

・経営者は売却後すぐに退任したい

・一定期間は顧問などとして経営を支援できる

・社屋や事業用不動産を売るか、貸すかを決めたい

・金融機関への個人保証を解除したい


すべてを絶対条件にすると、買い手候補が限られる可能性があります。

そこで、希望条件を「必ず守りたい」「できれば守りたい」「買い手に任せられる」の3段階に分けると、交渉時の判断がしやすくなります。

希望時期から逆算して準備する

会社売却には、資料の整理、買い手探し、交渉、調査、契約などの工程があります。

半年から1年程度を想定して準備することもありますが、実際の期間は会社の状況や買い手候補の有無によって大きく変わります。短期間で進む案件もあれば、1年以上かかる案件もあります。

特に、株主が分散している会社、借入金が多い会社、重要な契約や許認可の整理が必要な会社では、事前準備に時間を要することがあります。

経営者の健康や資金繰りが悪化してから急いで売却しようとすると、買い手や条件を十分に比較できないおそれがあります。

数年後の引退を考えている場合でも、早めに準備を始める意味があります。

自社は売れる会社なのかを確認する

「うちのような小さな会社でも売れるのか」「赤字だから買い手はいないのではないか」と悩む経営者は少なくありません。

しかし、会社の売却可能性は、売上高や利益だけでは判断できません。

買い手は、その会社を引き継ぐことで得られる顧客、技術、人材、設備、事業上の強みなども評価します。

売却可能性を確認する5つのチェック項目

最初に、次の5つを確認しましょう。


確認項目 評価されやすい状態 課題がある場合の対応
収益 継続的な利益や改善可能な収益構造がある 赤字の原因を整理し、改善計画を数字で示す
顧客 継続取引があり、特定顧客への依存が低い 取引先別の売上を把握し、顧客基盤を安定させる
人材 重要な業務を担う従業員や資格者がいる 業務手順を共有し、人材育成を進める
財務・税務 決算内容が明確で、借入金や税務上の問題を説明できる 役員貸付金、未払い費用、滞留債権などを整理する
社長への依存 社長が不在でも一定程度事業を運営できる 顧客対応や決裁権限を段階的に引き継ぐ


5項目すべてが良好でなければ売れない、ということではありません。

買い手によって重視する項目は異なります。自社の弱みを把握すると同時に、他社が簡単には取得できない強みを探すことが重要です。

赤字会社でも売却できる可能性がある

赤字でも、買い手にとって魅力的な経営資源があれば、売却できる場合があります。

例えば、次のような会社です。


・安定した顧客基盤を持っている

・専門資格を持つ従業員が在籍している

・特定地域で高い知名度がある

・独自技術や製造設備を保有している

・買い手の販売網や管理体制を使えば収益改善が期待できる


ただし、赤字の原因を説明できなければ、買い手は将来の収益を予測しにくくなります。

一時的な設備投資による赤字なのか、売上減少が続く構造的な赤字なのかを区別しましょう。

月次試算表、部門別損益、主要顧客の売上推移などを使い、改善できる部分と難しい部分を明確にします。

債務超過や借入金が多い会社はどうするか

債務超過とは、会社の負債が資産を上回っている状態です。

債務超過でも、事業に価値があれば売却できる可能性があります。ただし、買い手は株式の購入代金だけでなく、借入金や将来必要となる資金も含めて判断します。

例えば、株式の譲渡価格が低額でも、会社に多額の借入金が残っていれば、買い手の実質的な負担は大きくなります。

売り手側でも、会社の借入金と経営者個人の保証を分けて確認する必要があります。

借入金が多い場合は、金融機関との協議や返済計画の見直しを含めて、専門家に相談しましょう。

売れにくい会社が準備段階で改善できること

買い手が見つかりにくい場合でも、売却前に改善できる問題があります。

まず取り組みたいのは、月次損益の把握、役員との貸し借りの整理、主要契約の確認、業務の引継ぎ準備です。

特に、社長だけが顧客情報や仕入先との交渉内容を把握している場合、買い手は引継ぎ後の売上減少を心配します。

主要顧客との取引経緯を記録し、従業員に業務を分担することで、事業継続の見通しを示しやすくなります。

一方、税務上の問題や未払い残業代などを隠して売却しようとすることは避けなければなりません。

解決できる問題は事前に是正し、解決できない問題は金額や影響を説明できる状態にしましょう。

会社を売るといくらになるのか

会社を売りたいと考えるとき、多くの経営者が気になるのは売却価格です。

ただし、会社の価値を計算した金額が、そのまま売却価格になるわけではありません。

また、譲渡価格と経営者の手取り額も異なります。

売却価格の目安を把握する

中小企業の会社売却では、次のような方法を使って価値を検討します。


・時価純資産を基礎にする方法

・時価純資産に一定年数分の利益を加える方法

・将来のキャッシュ・フローから計算するDCF法

・類似企業の評価倍率を参考にする方法


時価純資産とは、会社の資産と負債を実態に合わせて見直した純資産です。

簡易的な評価では、時価純資産に正常な営業利益などの数年分を加える年買法が使われることがあります。

例えば、仮に時価純資産が3,000万円、正常な営業利益が年間1,000万円で、利益の3年分を加えるとすると、次の計算になります。


3,000万円+1,000万円×3年=6,000万円


これは計算方法を説明するための仮定であり、6,000万円で売れることを示すものではありません。

利益に何年分を掛けるかは一律に決まっておらず、業種、成長性、顧客の安定性、設備投資、経営者への依存度などによって評価は変わります。

最終的な価格は、買い手の判断と当事者間の交渉で決まります。


参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」参考資料2「中小M&Aの譲渡額の算定方法」(2024年8月公表)

https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html

譲渡価格ではなく手取り額を確認する

会社売却では、税金や専門家報酬などを考慮する必要があります。

個人株主が株式を売る場合、手取り額を考える基本的な順序は次のとおりです。


1.株式の譲渡価格を確認する

2.株式の取得費と譲渡費用を確認する

3.譲渡益に対する税金を試算する

4.専門家報酬などの支払額を確認する

5.経営者個人と会社の貸し借りや保証の処理を確認する


個人が一般的な株式譲渡によって得る譲渡益には、原則として所得税・復興特別所得税・住民税が課されます。

2026年分については、一般的な税率の合計は20.315%です。ただし、取得状況や譲渡先、特例の適用などによって税務上の取扱いが異なる場合があります。


参考:国税庁「株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」、令和8年分の取扱い

https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm

株式譲渡と事業譲渡では受取人が違う

会社を売る方法には、主に株式譲渡と事業譲渡があります。

株式譲渡は、経営者などの株主が保有株式を買い手に譲る方法です。会社の法人格は残り、資産、負債、契約、雇用関係も原則として会社に残ります。

一方、事業譲渡は、会社が特定の事業に関する資産や契約などを選んで譲る方法です。

事業譲渡の代金を受け取るのは経営者個人ではなく会社です。譲渡益に対する法人税等や、譲渡対象資産に応じた消費税の検討が必要になります。

会社に残った資金を経営者個人が受け取る場合には、さらに受取方法ごとの税務を確認しなければなりません。

複数の事業を持つ会社では、会社分割を組み合わせて特定事業を切り出す方法もあります。ただし、会社法や税務の検討が複雑になるため、専門家による設計が必要です。

最初の相談では、どの方法が自社に適しているかを確認するところから始めましょう。

会社売却の相談前に用意する資料

相談前に会社の情報を整理しておくと、売却可能性や価格の目安について具体的な助言を受けやすくなります。

すべての資料を最初から完璧に揃える必要はありません。まずは、会社の収益、資産、負債、株主構成が分かるものを優先します。

最初に用意したい基本資料

資料 確認する内容 準備のポイント
決算書・税務申告書 収益、資産、負債、税務上の状況 直近3期分を目安に揃える
直近の月次試算表 現在の売上、利益、資金繰り 決算後の業績変化を確認する
株主名簿 株主と持株数 名義株や相続未処理の株式がないか確認する
借入金一覧・返済予定表 借入先、残高、返済条件 経営者保証や担保も確認する
主要な契約書 顧客、仕入先、賃貸借、業務委託など 経営者交代や譲渡に関する条項を確認する
従業員情報 人数、雇用形態、給与、資格者 個人情報の管理に注意する
許認可関係の資料 営業に必要な許認可や届出 譲渡後の継続条件を確認する


初期相談では、決算書3期分と借入金の状況が分かるだけでも、検討を始められる場合があります。

ただし、買い手との交渉が進むと、勘定科目明細、固定資産台帳、就業規則、保険契約、訴訟関係資料など、さらに詳しい資料が必要になります。

株主構成と権利関係は早めに確認する

会社を売りたいと思っても、株式を譲渡できる状態になっていなければ、手続が進まない場合があります。

例えば、次のような問題です。


・株主名簿に記載された株主と実際の権利者が異なる

・過去の相続で株式の承継が整理されていない

・少数株主と連絡が取れない

・株式の譲渡に会社の承認が必要となっている

・重要な不動産や商標が経営者個人の名義になっている


株主名簿、定款、登記事項証明書、過去の株式移動に関する資料を確認し、問題があれば早めに専門家へ相談します。

また、ストックオプションや新株予約権がある会社では、将来の株式数や譲渡条件に影響することがあります。

資料が不足している場合の進め方

資料が見つからない場合は、無理に数字を推測して作成するのではなく、不足していることを明確にします。

決算書や税務申告書は顧問税理士に保管状況を確認し、登記事項証明書は法務局で取得するなど、資料ごとに対応します。

主要契約書が整理されていない場合は、売上や事業継続への影響が大きい契約から確認すると効率的です。

なお、相談先へ資料を渡す際には、秘密保持の取扱いを確認してください。従業員の個人情報や顧客情報を、必要以上に開示しないことも重要です。

会社を売りたいときの相談先の選び方

会社売却の相談先には、M&A仲介会社、FA、税理士・会計士、金融機関、公的支援機関などがあります。

それぞれ支援できる範囲が異なるため、会社の規模だけでなく、経営者が何を相談したいかによって選ぶことが大切です。

相談先5種類の特徴と費用体系

相談先 主な支援内容 費用体系の考え方 向いている場面
M&A仲介会社 買い手探し、条件調整、交渉や成約
までの支援
着手金、中間金、成功報酬、最低報酬など契約に
よる
買い手探しから一連の手続を支援してほしい場合
FA 原則として一方の当事者の立場で助言・交渉支援 着手金、月額報酬、成功報酬など契約による 売り手側の立場で条件交渉を支援してほしい場合
税理士・会計士 決算内容、企業価値、税金、財務上の課題の確認 顧問契約の範囲や個別の業務契約による 税引後の手取りや財務整理を先に確認したい場合
金融機関 借入金、保証、事業承継、M&A支援機関の紹介など 相談内容や提供業務によって異なる 借入金や経営者保証が大きな課題の場合
事業承継・引継ぎ
支援センター
事業承継の相談、相手探し、専門家や民間支援機関との連携 公的窓口での相談は原則無料。紹介先の専門家費用などは別途発生する場合がある 売却するか迷っている段階や、
初めて相談する場合


費用は相談先の種類だけで一律に決まるものではありません。

例えば、税理士がM&A仲介業務も提供する場合には、その業務について別途報酬が発生することがあります。

M&A仲介会社やFAでも、成功報酬のみの場合と、着手金や中間金が必要な場合があります。

また、小規模な会社ではM&Aプラットフォームを利用し、買い手候補と直接交渉する方法もあります。ただし、資料作成や契約確認を自分で進める範囲が広くなるため、必要に応じて専門家を併用しましょう。


参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月30日公表)

https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/m_and_a_guideline.html

仲介会社とFAの違いを理解する

M&A仲介会社は、売り手と買い手の間に入り、双方の条件調整や手続の支援を行います。

一方、FA(フィナンシャル・アドバイザー)は、原則として売り手または買い手の一方と契約し、その当事者の立場で助言します。

仲介会社は双方と契約する場合があるため、利益相反への対応が重要です。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、仲介者による利益相反に関する禁止事項や、手数料・業務内容の説明などが整理されています。

仲介かFAかという名称だけで判断せず、誰と契約し、誰から報酬を受け取り、どの範囲まで支援するのかを確認しましょう。

専門家との契約前に確認したいこと

相談先を比較するときは、少なくとも次の点を確認してください。


・どのような買い手候補を探せるか

・自社の企業価値をどのように評価するか

・財務、税務、法務、労務の専門家と連携できるか

・着手金、中間金、成功報酬、最低報酬はいくらか

・成功報酬を計算する基準額は何か

・売却が成立しなかった場合にも費用が発生するか

・専任契約や契約期間、途中解約の条件はどうなっているか

・契約終了後にも報酬が発生するテール条項はあるか

・買い手候補の信用力をどのように確認するか


特に、成功報酬の計算基準には注意が必要です。

同じ報酬率でも、株式の譲渡価格を基準にする場合と、負債などを含む金額を基準にする場合では、報酬額が異なることがあります。

契約前に具体的な譲渡価格を仮定して、支払総額を試算してもらいましょう。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」では、手数料の算定基準や最低手数料、提供業務の内容を確認する重要性が示されています。


参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」第1章・第2章(2024年8月30日公表)

https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240830002/20240830002-b.pdf

売却するか迷っているなら公的窓口も利用する

会社を売ることを決めていない段階では、事業承継・引継ぎ支援センターも相談先になります。

同センターは全国47都道府県に設置された公的支援機関です。

親族内承継、従業員承継、第三者へのM&Aなど、複数の選択肢を検討するための相談に対応しています。

最初から民間の仲介会社と契約する必要はありません。

顧問税理士や金融機関、公的窓口などを通じて自社の状況を整理した後、必要な支援を選ぶ方法もあります。


参考:中小企業庁「事業承継を実施する」事業承継・引継ぎ支援センター(2026年10月確認)

https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/implement_business_succession.html

家族・従業員・取引先にはいつ話すべきか

会社売却の準備では、誰に、いつ、どこまで話すかが重要です。

検討段階で情報が広がると、従業員の不安や取引先との関係悪化につながるおそれがあります。

一方、必要な関係者への説明を遅らせ過ぎると、手続や事業の引継ぎに支障が生じる場合もあります。

最初に相談する相手は必要最小限にする

売却を考え始めた段階では、配偶者など生活や資産に直接関係する家族、守秘義務を負う専門家など、必要な相手に絞って相談することが基本です。

ただし、家族であっても、情報を共有する範囲は慎重に考える必要があります。

株式を親族が保有している場合や、家族が会社の経営に関わっている場合は、その権利や役割を踏まえて説明の順序を決めます。

売却方針が固まる前に社内へ広く知らせる必要はありません。

従業員への説明は成約の確度と引継ぎの必要性で判断する

従業員への説明時期は、会社の状況によって異なります。

一般的には、交渉の進行状況や契約条件が固まる時期を踏まえて、説明のタイミングを検討します。

ただし、重要な業務を担う従業員の協力がなければ買い手の調査や引継ぎが進まない場合には、必要な範囲で早めに説明することもあります。

説明するときは、次の点を区別しましょう。


・雇用が継続される見込み

・給与や勤務条件について決まっていること

・経営体制や上司の変更予定

・会社名や事業内容の変更予定

・まだ決まっていない事項


決まっていない条件を確約することは避けてください。

また、株式譲渡では雇用関係は原則として会社に残りますが、事業譲渡では従業員ごとの雇用承継に関する手続が必要になります。

譲渡方法に応じて、労務の専門家と説明内容を確認することが大切です。

取引先や金融機関への説明も計画する

主要取引先への説明は、契約上の義務や取引継続への影響を確認したうえで進めます。

経営者の交代や支配権の変更によって、事前承諾が必要となる契約もあります。

金融機関については、特に経営者保証がある場合、売却前から解除や変更の方法を相談することが重要です。

ただし、金融機関への相談も情報管理に配慮し、M&A支援担当者や専門家と時期や内容を調整します。

買い手候補への情報開示にも注意する

買い手探しでは、初めから社名を明かすのではなく、匿名の企業概要を使って関心を確認する方法があります。

詳細情報を開示する際には、秘密保持契約を締結し、開示範囲を管理します。

匿名資料であっても、所在地、売上規模、特殊な商品などの組み合わせから会社を特定される可能性があります。

資料の送付先や閲覧権限を記録し、情報が不必要に広がらないようにしましょう。

準備が整った後の会社売却の流れ

最初の準備が整い、売却を進める方針が決まったら、買い手探しと交渉に進みます。

M&A(合併・買収)による会社売却では、一般的に次のような流れになります。

1.専門家への相談と売却資料の作成

売却目的、希望条件、業績、株主構成、借入金などを整理し、支援を依頼する専門家を選びます。

必要に応じて、匿名の企業概要や詳細な企業概要書を作成します。

2.買い手候補の選定と面談

買い手候補の業種、資金力、買収目的、経営方針などを確認します。

経営者同士の面談では、数字だけでなく、従業員の処遇や事業の将来像についても話し合います。

価格が高い候補だけを優先するのではなく、売却後に事業を継続できる相手かどうかを見極めることが重要です。

3.基本合意と買い手による調査

売却条件の方向性がまとまったら、基本合意を締結する場合があります。

その後、買い手が財務、税務、法務、労務、事業などを調査するデューデリジェンスを行います。

未払い残業代、簿外債務、契約上の問題などが見つかると、価格変更や条件調整が必要になる場合があります。

問題を隠さず、事前に整理しておくことが大切です。

4.最終契約と代金決済

調査結果を踏まえて最終条件を決め、株式譲渡契約書などを締結します。

契約書では、譲渡価格、支払方法、実行条件、表明保証、補償、経営者の残留条件などを確認します。

その後、必要な承認や株式の移転、代金決済などを行います。

契約締結と代金決済が別の日になる場合は、その間に守るべき条件も確認する必要があります。

会社売却で後悔しないための注意点

会社売却では、譲渡価格に注目し過ぎると、売却後に残る義務やリスクを見落とすことがあります。

特に、経営者保証、代金の支払条件、売却後の働き方、契約上の補償責任は、最終判断の前に確認しておきたい事項です。

個人保証は会社を売っても自動的に解除されない

株式を譲渡して経営者が交代しても、金融機関との個人保証契約が自動的に消えるわけではありません。

買い手が保証を引き継ぐ予定であっても、金融機関による解除や変更の手続が必要です。

最終契約では、保証解除をいつ、どのような方法で進めるか、解除されない場合にどう対応するかを明確にします。

中小企業庁の「中小M&Aガイドライン(第3版)」でも、経営者保証の解除や移行が実現しないトラブルへの注意が示されています。


参考:中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(2024年8月30日公表)

https://www.meti.go.jp/press/2024/08/20240830002/20240830002.html

分割払いと追加対価の条件を確認する

買い手から、売却代金の分割払いや、売却後の業績に応じた追加対価を提案されることがあります。

将来の業績に応じて追加代金を支払う仕組みをアーンアウトといいます。

提示された総額が高くても、追加対価を受け取る条件が厳しければ、実際の受取額は少なくなる可能性があります。

業績の計算方法、支払期限、買い手が支払えなくなった場合の対応などを確認しましょう。

売却後の経営者の役割を明確にする

会社売却後も、引継ぎのために経営者が一定期間残る場合があります。

その際は、残留期間だけでなく、勤務日数、役割、権限、報酬、退任条件まで具体的に決めましょう。

「引継ぎが終わるまで」といった曖昧な条件では、想定より長く経営に関わることになるおそれがあります。

また、売却後に同業種で起業したり、競合会社に関与したりすることを制限する競業避止条項にも注意が必要です。

事業譲渡では、会社法第21条により、当事者の別段の意思表示がない限り、譲渡会社は一定の地域で譲渡日から20年間、同一の事業を行わない義務を負います。

株式譲渡でも、契約によって競業避止義務を定める場合があります。

対象事業、地域、期間、禁止される行為の範囲を確認し、売却後の生活や事業計画に支障がないか判断しましょう。


参考:e-Gov法令検索「会社法」第21条(2026年10月確認)

https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC0000000086

表明保証と補償責任を確認する

表明保証とは、会社の財務、税務、法務、労務などについて、契約に記載された事実が正しいと売り手が約束する条項です。

表明保証に違反し、買い手に損害が生じた場合には、契約に基づいて補償を求められることがあります。

契約前には、次の点を確認します。


・保証する事項が広過ぎないか

・経営者が把握できない事実まで責任を負う内容になっていないか

・補償金額の上限が設定されているか

・補償請求が可能な期間は適切か

・事前に開示した問題の取扱いが明確か


売却代金を受け取った後でも補償責任が残る場合があるため、弁護士などの専門家による契約確認が重要です。

売却代金の使い道も事前に考える

会社売却によってまとまった資金を受け取る場合、老後資金、新規事業、家族への資産承継など、売却後の資金計画も必要です。

株式の売却によって得る利益はキャピタルゲインと呼ばれ、配当や利息などの継続的な収益であるインカムゲインとは性質が異なります。

売却代金をすべて運用に回すのではなく、税金の支払いや生活費、将来の支出を見込んで資金を分けて考えましょう。

会社を売るか廃業するか迷ったときの判断方法

会社を売りたいと考える理由が後継者不在である場合、M&Aだけでなく廃業も選択肢になります。

どちらが適切かは、売却価格だけでは判断できません。

廃業では、設備や在庫の処分、賃貸物件の原状回復、従業員への対応、会社の清算などが必要になる場合があります。

一方、M&Aでは事業を継続しながら従業員や取引関係を引き継げる可能性がありますが、買い手探しに時間や費用がかかります。

比較するときは、次の項目を整理します。


・売却した場合の税引後の手取り額

・廃業した場合に残る資金と必要な費用

・借入金や経営者保証の取扱い

・従業員の雇用や取引先への影響

・売却までに必要な時間

・経営者自身の健康や生活への影響


売却できる可能性があっても、希望条件を満たす買い手が見つからない場合があります。

反対に、赤字や小規模であることだけを理由に、廃業を急ぐ必要もありません。

売却と廃業の両方を試算し、経営者と関係者にとって納得できる選択を考えましょう。

まとめ

会社を売りたいと考えたら、まず売却目的と譲れない条件を整理し、決算書や借入金、株主構成などを確認することから始めましょう。自社の収益だけでなく、顧客、人材、技術などの強みを把握し、売却価格の目安と税引後の手取り額を検討することが大切です。そのうえで、M&A仲介会社やFA、顧問税理士、公的支援機関などの相談先を比較し、情報管理や経営者保証にも注意しながら準備を進めてください。売却をまだ決めていない段階でも、早めに現状を整理しておくことで、事業承継や廃業を含めた選択肢を比較しやすくなります。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人