2026年のM&A市場で買い手需要が強いIT、建設、医療・介護、物流、人材関連の背景を解説します。同業企業、異業種企業、PEファンドの買収目的と、収益、人材、顧客、許認可、シナジーなど会社売却で評価される条件も分かります。
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M&A(合併・買収)を検討する経営者の中には、「自社の業種に買い手はいるのだろうか」と不安を感じる方もいるでしょう。
買い手需要が強い業種は確かにあります。ただし、同じ業種でも、複数の買い手から関心を持たれる会社と、交渉が進みにくい会社に分かれます。
買い手が探しているのは、単なる会社名や業種名ではありません。人材、技術、顧客、営業地域、許認可、設備など、自社の経営課題を短期間で解決できる事業基盤です。
2026年の中小企業を取り巻く環境では、人手不足、経営者の高齢化、DXへの対応、業界再編が大きな課題となっています。採用や新規事業の立ち上げに時間をかけるより、既に必要な経営資源を持つ会社を譲り受けた方が早いと判断する企業も少なくありません。
いわば、時間を買うためのM&Aです。
IT、建設、医療・介護、物流などは、買収ニーズが生まれやすい業種です。しかし、需要がある業種だからといって、買い手が必ず見つかるわけではありません。
買い手は、主に次の点を確認します。
・買収後も利益を維持できるか
・主要な従業員が残るか
・顧客との取引を継続できるか
・事業に必要な許認可や契約を維持できるか
・自社とのシナジーを見込めるか
シナジーとは、2社が組むことで、単独で経営するより大きな成果が生まれる相乗効果です。
業種としての需要が強くても、経営者個人に売上や技術が集中している会社は、買収後の事業継続が難しいと判断されることがあります。
一方、規模が小さくても、安定した顧客、専門人材、地域での信用、希少な技術などがあれば、買い手の候補になり得ます。
買い手にとって重要なのは、経営者が交代しても事業が動き続けることです。
例えば、社長だけが顧客との関係、見積り、技術判断を担っている場合、社長の退任後に売上が落ちるおそれがあります。反対に、幹部や従業員に権限が移り、業務の進め方が整理されていれば、買い手は買収後の姿を描きやすくなります。
「社長がいなくても会社が回るか」は、業種を問わず重要な評価項目です。
買い手需要は景気だけで決まるものではありません。法改正、人手不足、デジタル化、業界再編などの構造的な変化によっても生まれます。
ここでは、2026年の市場環境で買収目的が明確になりやすい5つの業種を取り上げます。
IT分野では、システム開発力、ITエンジニア、専門技術、顧客基盤を求める買い手が多くなっています。
買い手はIT企業に限りません。製造業、物流業、小売業、金融業などが、自社のDXやオンラインサービスを進める目的でIT企業を買収することもあります。
主な目的は、ITエンジニアの確保、開発期間の短縮、AI・クラウド・セキュリティ技術の獲得です。
自社でエンジニアを採用し、教育して組織をつくるには時間がかかります。そのため、既に開発チームや顧客を持つ会社を譲り受ける方が合理的だと判断されることがあります。
特定の技術者だけに依存せず、複数人で開発や保守を行える会社は評価されやすくなります。
受託開発だけでなく、保守契約、利用料、月額課金などの継続収入があることもプラス材料です。
一方、ソフトウェアの権利関係、外注先との契約、個人情報の管理に問題があると、交渉が止まる場合があります。
建設業では、有資格者や熟練職人の確保、施工地域の拡大、受注できる工事分野の拡張を目的としたM&Aがあります。
2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用されました。人材不足や技術者の高齢化が続く中で、必要な人材と施工能力をまとめて確保したいというニーズが生まれています。
買い手は、建築、土木、電気、管工事など、自社に不足する機能を補おうとします。
建築会社が設備工事会社を譲り受け、外注していた工事を内製化するケースも一例です。施工地域を広げるため、別の地域に営業基盤を持つ会社を探すこともあります。
建設業許可、有資格者、公共工事の実績、安定した協力会社網は重要な評価項目です。
ただし、未払残業、社会保険、工事原価の管理、資格者の配置などに問題がある場合、買い手は慎重になります。
受注残が多く見えても、採算の悪い工事が含まれていれば評価にはつながりません。意外と多い落とし穴です。
医療・介護・調剤薬局では、多拠点化、人材確保、仕入れや本部機能の効率化を目的としたM&Aが行われています。
高齢者人口の増加に伴い需要が見込まれる一方、看護職、介護職、薬剤師などの確保は難しくなっています。大手事業者や地域の中核企業が、サービス提供体制を広げるために買収を検討することもあります。
主な目的は、人材の確保、地域内での拠点拡大、共同仕入れ、本部業務の集約です。
隣接地域の事業者を加え、採用、教育、シフト管理を広域で行いたい買い手もいます。
必要な指定や許認可が適正で、報酬請求や人員配置に問題がなく、管理者が交代しても運営できる会社は検討されやすくなります。
診療報酬、介護報酬、調剤報酬の改定による影響を受けるため、拠点別の採算や人員配置も細かく確認されます。
物流分野では、ドライバー、車両、配送網、倉庫拠点、荷主との契約を確保するためのM&Aがあります。
トラックドライバーにも2024年4月から時間外労働の上限規制が適用されました。EC市場の拡大などで物流需要が続く一方、輸送能力の確保は難しくなっています。
配送エリアの拡大、ドライバーの確保、荷主の獲得、倉庫から配送までの一貫体制づくりが中心です。
物流会社だけでなく、商社やメーカーが自社の物流体制を安定させる目的で買い手となることもあります。
安定した荷主が複数あり、適正な運賃を確保し、車両別・路線別の採算を把握できる会社は説明しやすくなります。
特定の荷主への過度な依存、未払残業、事故履歴、車両の整備不足などは、重要な確認項目です。
人材派遣・職業紹介では、登録者、求人企業との取引、特定業界に強い人材データベースなどが買収対象となります。
労働人口が減少する中で、人材を確保したい企業からの需要は続いています。人材事業者が規模を拡大する目的だけでなく、買い手自身の採用課題を解決する目的で検討されることもあります。
専門職や特定地域の登録者確保、求人企業の獲得、派遣と職業紹介の相互送客などが主な目的です。
IT、建設、医療・介護など、採用が難しい分野に強い会社は、異業種の企業から関心を持たれることもあります。
登録者数だけでなく、実際に働いている人の割合、定着率、求人企業との継続取引、登録者を集めるための費用が確認されます。
派遣や職業紹介に必要な許可、個人情報の管理、契約書、求人表示などに問題がないことも重要です。
同じ会社でも、誰が買い手になるかによって評価される強みは変わります。
買い手は、大きく同業企業、異業種企業、PEファンドに分けて考えると整理しやすくなります。PEファンドとは、企業に投資して経営を支援し、企業価値を高めることを目指す投資ファンドです。
同業企業は、売上シェアの拡大、拠点統合、共同仕入れ、管理部門の共通化、人材の相互活用を狙います。
業界や事業への理解が深いため、M&A後の引継ぎは進めやすい傾向です。その一方で、業界特有の弱点や収益構造も見抜かれやすくなります。
地域に強い顧客基盤がある会社、特定分野の人材がそろっている会社、買い手の空白地域を補える会社です。
調剤薬局、建設、運送、介護など、拠点や人員が増えることで効率化しやすい業種では、同業企業が有力な候補になります。
M&A実施意向別、希望する相手先企業の業種
既存の調査では、買い手としてM&Aを検討する企業は、同業種や関連業種を希望する割合が高い結果となっています。
ただし、売り手側は異業種も含め、幅広い候補を検討する傾向があります。最初から同業企業だけに絞ると、別のシナジーを持つ買い手を逃す可能性があります。
異業種企業は、自社にない技術、顧客、販売チャネル、人材などを得て、新規事業への参入時間を短縮しようとします。
IT開発、EC、Webマーケティング、人材サービスなどは、幅広い業種から買い手が現れやすい分野です。
独自のサービスや専門人材があり、買い手の既存顧客にも商品やサービスを販売できる会社です。
ただし、異業種の買い手は対象事業の運営経験が少ないことがあります。そのため、売り手の経営者や幹部に対し、M&A後も一定期間残ってほしいと求めることがあります。
事業の自主性を維持しやすい場合がある一方、経営者が退任した後の管理者を誰にするかが課題になりやすい点には注意が必要です。
PEファンドは、買収後に経営管理や営業体制を改善し、会社の成長を支援します。その後、株式の再売却などによって投資資金を回収することが一般的です。
独自技術を持つ製造業、安定した収益のあるサービス業、拠点展開の余地がある会社などが対象になり得ます。
利益とキャッシュフローが安定し、経営管理を強化することで成長できる会社です。
経営者が株式の一部を保有したまま経営に残り、会社の成長後に残りの株式を売却する形もあります。
一方で、投資期間、経営への関与、将来の株式売却方針は事前に確認しなければなりません。
需要が強い業種に該当していても、買い手の調査で問題が見つかれば、評価は下がります。
反対に、目立たない業種でも、安定した利益、人材、顧客、技術を持っていれば、複数の買い手から関心を持たれることがあります。
買い手は売上の大きさだけでなく、通常の経営状態でどれだけ利益を残せるかを確認します。
中小企業では、役員報酬、保険料、経営者の私的経費、一時的な修繕費などが決算書に含まれていることがあります。これらを整理し、経営者が交代した後の利益を説明できることが重要です。
決算書だけでは、直近の業績や季節変動は分かりません。
月次試算表、部門別損益、案件別の採算、資金繰りなどが整っていると、買い手は買収後の事業計画を作りやすくなります。
赤字でも買い手が見つかる場合
赤字だから売却できないとは限りません。
一時的な設備投資や経営者個人に関する支出が赤字の原因であり、本来の事業には収益力がある場合、買い手から評価されることがあります。
ただし、赤字の原因と改善方法を説明できることが前提です。
売上の大半を1社に依存している会社は、その取引が終了した場合の影響を慎重に見られます。
顧客別売上、継続契約、リピート率、解約率などを整理し、収益の安定性を説明することが必要です。
大口顧客との関係が強みであっても、その関係が経営者個人だけに依存している場合は注意が必要です。
資格者、技術者、営業責任者などのキーパーソンが退職すると、買い手の買収目的が崩れることがあります。
従業員の年齢、役割、保有資格、勤続年数などを整理し、誰がどの業務を担っているのかを明確にしておくことが大切です。
業務手順、顧客対応、見積方法などを文書にまとめ、経営者以外でも運営できる状態に近づけると、引継ぎへの不安を減らせます。
許認可が必要な業種では、M&Aの手法によって必要な手続が異なります。
株式譲渡では、許可を受けている法人自体が残るため、一般に事業を継続しやすいといえます。ただし、役員の変更届や追加の審査が必要になる場合があります。
事業譲渡では、許認可をそのまま移せないこともあります。買い手による新たな許可取得や、行政機関の認可が必要になる場合もあるため、譲渡スキームと業種ごとに確認しなければなりません。
取引先との契約についても同様です。契約書に、会社の支配権が変わった場合の通知や承諾に関する定めがないか確認します。
未払残業、社会保険、外注契約、知的財産、個人情報管理などは、デューデリジェンスで確認されます。
デューデリジェンスとは、買い手が対象会社の財務、税務、法務、労務などを調査する手続です。
問題があること自体より、問題を把握していないことや、隠していたことの方が買い手の不信につながります。早い段階で問題を確認し、改善方法とともに説明することが重要です。
「相乗効果がありそう」という抽象的な説明だけでは、買い手は判断できません。
例えば、次のような説明が必要です。
・買い手の顧客に自社の商品を販売できる
・買い手の採用力を使って人員不足を解消できる
・両社の拠点を使い、営業地域を広げられる
・共同仕入れによって原価を下げられる
・管理業務をまとめて固定費を削減できる
ただし、シナジーはM&Aが成立しただけでは生まれません。
PMI(M&A後の統合プロセス)で、権限、報告方法、人事制度、営業連携などを具体化する必要があります。
高い譲渡価格を提示した買い手が、必ずしも最適な相手とは限りません。
従業員の雇用、取引先との関係、個人保証、経営者の退任時期、会社の将来像まで含めて比較する必要があります。価格だけで決めた結果、M&A後の方針に納得できなくなるケースもあります。
買い手がなぜ自社を買いたいのか、買収後に何を実現したいのかを具体的に確認します。
「シナジーがある」「事業を成長させる」といった説明だけでは不十分です。
会社や拠点を残すのか、社名やブランドを維持するのか、設備投資や採用を行うのかまで確認しましょう。
重要な条件は、口頭の説明だけで終わらせず、意向表明書や最終契約書に反映する必要があります。
雇用維持、処遇、役員の残留期間、取引先への説明時期、競業避止義務などは、後から認識の違いが生じやすい項目です。
すべての希望が契約条件になるとは限りませんが、譲れない条件は早めに伝えることが重要です。
買い手が上場企業であっても、意思決定の速さや買収後の管理方針は会社ごとに異なります。
非上場企業やPEファンドの場合は、買収資金を確実に用意できるか、過去に買収した会社をどのように運営しているかも確認します。
海外企業が買い手になる場合は、資金決済、為替、法制度、情報管理、意思決定方法の違いも考慮します。国内企業とのM&Aとは異なる確認が必要です。
同業企業、異業種企業、PEファンドでは、評価する強みやM&A後の経営方針が異なります。
同業企業には、人材、拠点、顧客、効率化の可能性を説明します。異業種企業には、技術、商品、販売チャネル、新規事業への活用方法を示します。PEファンドには、安定した収益と今後の成長余地を伝えることが重要です。
自社の強みを一つの見せ方に固定してはいけません。相手の買収目的に合わせて整理することで、候補探索の幅が広がります。
買い手を探す前に、経営者が重視する条件を整理します。
譲渡価格、従業員の雇用、社名、拠点、取引先との関係、経営者の退任時期、個人保証の解除など、すべてを同じ優先度で満たすことは難しい場合があります。
何を最優先し、どこまでなら調整できるかを決めておくと、最終判断で迷いにくくなります。
買い手需要が生まれやすい業種は、IT、建設、医療・介護、物流、人材関連などですが、業種名だけで会社の譲渡可能性は決まりません。安定した利益、顧客の分散、人材の定着、許認可や契約の適正性、買収後のシナジーを整理し、同業企業、異業種企業、PEファンドの目的を比較することが、納得できる譲渡先選びにつながります。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人