事業承継信託の仕組を解説!遺言代用・他益・後継ぎ遺贈型とは

事業承継信託の仕組みや種類、メリット・デメリットを詳しく解説します。設定方法や実施時の注意点、税制面の影響も含め、円滑な事業承継のための重要なポイントをわかりやすく紹介します。

目次

  1. 事業承継信託の概要
  2. 事業承継信託の主な種類
  3. 事業承継信託の5つの利点
  4. 事業承継信託の3つの課題
  5. 事業承継信託の設定方法
  6. 事業承継信託を実施する時際の留意点
  7. まとめ

事業承継信託の概要

事業承継信託は、経営者が後継者に事業を引き継ぐ意思を持って自社株を信託し、会社の経営権を移転する方法です。この仕組みを利用することで、現在の経営者の意思に基づいた円滑な事業承継を実現することができます。

事業承継信託の重要なポイントは以下の通りです:

1. 経営者の判断力が健全なうちに信託契約を結ぶことが重要です。

2. 会社には経営権と収益権という2つの権利があり、信託契約を利用してこれらを後継者に引き継ぎます。

3. 経営者の認知症や体調不良などにより判断力が低下すると、信託契約を結ぶことが難しくなるため、早めの対応が求められます。

事業承継信託を活用することで、経営者は自身の意思に沿った形で事業の承継を計画し、実行することができます。これにより、会社の将来的な安定性と継続性を確保することができるのです。

事業承継信託の主な種類

事業承継信託には主に3つの種類があります。それぞれの特徴を理解することで、自社の状況に最適な方法を選択することができます。

遺言代用信託の仕組み

遺言代用信託は、遺言の代わりに信託を利用する方法です。この仕組みの特徴は以下の通りです:

1. 受託者は通常、信託銀行が務めます。

2. 現経営者は委託者兼受益者となります。

3. 経営者の死後、特定の後継者に受益権が移転します。

この方法のメリットは、経営者の死亡後も財産が凍結されず、円滑に自社株を承継できることです。また、相続手続きによる経営の空白期間を防ぐことができます。

遺言代用信託は、後継者の経験不足などの理由で、すぐに経営を任せられない場合にも有効です。信頼できる第三者に一時的に経営を任せ、後継者の準備が整ってから経営権を移転することができます。

他益信託の特徴

他益信託は、現経営者が経営権を保持しながら、財産権を後継者に移転する方法です。主な特徴は以下の通りです:

1. 自社株を信託銀行(受託者)に信託します。

2. 現経営者(委託者)が経営権を保有します。

3. 後継者(受益者)は株式から生じる利益を享受できます。

この方法は、現経営者がまだ経営に携わりたい一方で、財産権は早めに後継者に移したい場合に適しています。通常の贈与や相続では、財産権と経営権を分離することが難しいため、他益信託は柔軟な事業承継を可能にします。

後継ぎ遺贈型受益者連続信託の利点

後継ぎ遺贈型受益者連続信託は、2世代先までの後継者を指定できる方法です。この信託の主な利点は以下の通りです:

1. 長期的な事業承継計画を立てることができます。

2. 次期後継者が意図せずに第三者に自社株を譲渡するリスクを軽減できます。

3. 後継者の突然の死亡により、自社株が想定外の相手に相続されることを防ぐことができます。

この方法を利用することで、経営者は自社の長期的な安定と継続を確保することができます。3代目の後継者まで指定することで、会社の将来に対する不安を軽減し、より確実な事業承継を実現することができるのです。

事業承継信託の5つの利点

事業承継信託には、通常の相続や贈与と比較して、いくつかの重要な利点があります。以下に、その主な5つの利点を詳しく説明します。

経営者による自由な自社株承継の設計

事業承継信託では、現経営者の意思を十分に反映した事業承継が可能です。この方法の特徴は以下の通りです:

自社株の権利を経営権と財産権に分離できます。

現経営者が経営権を保有しながら、後継者に財産権を引き継ぐことができます。

3代目までの後継者を指定する自由度があります。

これにより、経営者は自社の状況や後継者の準備状況に応じて、柔軟な承継計画を立てることができます。

自社株の見直しと撤回が可能

事業承継信託の大きな利点の一つは、契約締結後でも変更や取り消しが可能な点です。

後継者の適性が変わった場合、契約を変更して新たな後継者を指定できます。

契約を解除しても、経営権は現経営者に戻ります。

贈与税はかからず、自社株を買い戻す資金も必要ありません。

この柔軟性により、将来の不確実性に対応しやすくなります。

後継者争いの予防

事業承継信託は、後継者の地位を明確に確立させることができます。

通常の贈与や相続では、原則として均等に相続することになり、自社株を後継者に集中させにくい場合があります。

事業承継信託を利用することで、特定の後継者に自社株を確実に承継させることができます。

これにより、相続時の争いを未然に防ぎ、スムーズな事業承継を実現できます。

経営の空白期間の回避

事業承継信託を利用することで、現経営者の死亡後も経営の空白期間を最小限に抑えることができます。

後継者は現経営者の死亡後、直ちに受益権と議決権を引き継ぐことができます。

通常の相続では、遺産分割の手続きに時間がかかり、その間経営上の重要な決定ができない可能性があります。

事業承継信託では、このような経営の空白期間を防ぐことができます。

これにより、会社の安定性を維持し、事業の継続性を確保することができます。

税制面での優位性

事業承継信託は、場合によっては税制面でも有利になる可能性があります。

自益信託の場合、委託者が受益者となるため、贈与税の対象にはなりません。

他益信託では、現経営者から受託者への財産移転は贈与税等の対象外です。

事業承継信託の3つの課題

事業承継信託には多くの利点がありますが、同時にいくつかの課題も存在します。ここでは、主な3つの課題について詳しく説明します。

経営者の死亡を待ってからの実行

事業承継信託の最大の課題の一つは、現経営者が亡くなった後からしか承継が実行されない点です。

3種類ある信託契約のいずれの場合も、現経営者の死後からの承継となります。

経営者が健在なうちに事業承継を完了させたい場合には、この方法は適していません。

早期の事業承継を望む場合は、贈与など他の方法を検討する必要があります。

この特性は、経営者の突然の死亡や急激な健康悪化のリスクを完全には回避できないという点で、注意が必要です。

信託制度の理解の難しさ

事業承継信託は比較的新しい制度であり、その仕組みが一般的にはあまり知られていません。

2007年の改正信託法により認められた新しい仕組みです。

親族や関係者の理解を得るのが難しい場合があります。

制度の複雑さから、誤解や混乱が生じる可能性があります。

この課題に対処するためには、専門家のサポートを受けながら、関係者に丁寧に説明し、理解を得ていく必要があります。

遺留分減殺請求の対象となる可能性

事業承継信託を利用して特定の後継者に自社株を承継させた場合、遺留分減殺請求の対象となるかどうかが不明確です。

遺留分とは、相続人が最低限受け取ることができる相続財産の割合のことです。

通常の相続では、後継者以外の親族は遺留分を請求できますが、信託法の解釈はまだ定まっていません。

自社株以外に相続財産がない場合、後継者以外の親族が不満を持つ可能性が高くなります。

事業承継信託の設定方法

事業承継信託を設定するには、主に3つの方法があります。それぞれの方法について、その特徴と手順を詳しく説明します。

事前に事業承継信託を結ぶ

この方法は、現経営者が健在なうちに信託契約を結ぶ方法です。

手順:

信託銀行や信託会社と契約を結びます。

後継者(受益者)には、その旨を通知するだけで十分です。

後継者は契約に署名する必要はなく、利益を受け取るのみとなります。

特徴:

経営者の意思を明確に反映できます。

将来の不確実性に備えて早めに対応できます。

関係者間で事前に合意形成ができます。

事業承継信託について、遺言書に記載しておく

この方法は、事業承継信託の内容を遺言書に記載する方法です。

手順:

事業承継信託の内容を遺言書に詳細に記載します。

遺言書の効力発生と同時に、信託契約も履行されます。

特徴:

現経営者の死亡時に効力を発揮します。

遺言書の作成と同時に信託の設定ができます。

遺言書の変更が可能なため、柔軟性があります。

自己信託で宣言する

自己信託は、経営者が委託者と受託者を兼ねる方法です。

手順:

経営者が自己信託を行う旨の宣言と意思表示を行います。

株式の受取や受託者と委託者の関係について、現経営者の承諾が必要です。

特徴:

2007年の信託法改正から利用可能になりました。

信託契約を結ぶ必要がないため、手続が比較的簡単です。

経営者自身が全てをコントロールできるため、柔軟な運用が可能です。

事業承継信託を実施する際の留意点

事業承継信託を実施する際には、いくつかの重要な留意点があります。これらの点に注意を払うことで、より円滑で効果的な事業承継を実現することができます。以下、主要な3つの留意点について詳しく説明します。

親族の理解を得る

事業承継信託の実施にあたっては、親族の理解を得ることが非常に重要です。

信託の仕組みは一般的にはなじみが薄いため、丁寧な説明が必要です。

経営者だけで親族を納得させるのは難しい場合が多いです。

専門家のサポートを活用し、親族の理解を得られるよう努めましょう。

対策:

家族会議を開催し、事業承継の必要性と信託の利点を説明する。

専門家を交えた説明会を実施し、疑問点に答える機会を設ける。

親族それぞれの立場や懸念を聞き、可能な限り配慮する。

後継者以外の遺留分を考慮する

事業承継信託では、全ての権利を後継者に移転することが可能ですが、他の相続人の遺留分にも注意が必要です。

後継者以外の親族への相続財産の分配方法を慎重に検討する必要があります。

遺留分に関する法的見解はまだ確立していないため、将来的なリスクがあります。

親族が遺留分減殺請求を行う可能性があることを念頭に置く必要があります。

対策:

後継者以外の相続人に対して、他の資産での補償を検討する。

生前贈与などを活用し、事前に財産の分配を行う。

遺留分に関する合意書を作成し、将来の紛争リスクを軽減する。

税制上の特例の対象にならないケースがある

事業承継信託は、一部の税制上の特例が適用されない場合があります。

事業承継税制による贈与税や相続税の納税猶予・免除の特例が受けられないことがあります。

自社株を信託化するケースでは、特に注意が必要です。

対策:

税理士など専門家のアドバイスを受け、税制面での影響を事前に把握する。

他の事業承継方法と比較し、総合的に最適な方法を選択する。

必要に応じて、信託と他の方法を組み合わせた複合的な対策を検討する。

まとめ

事業承継信託は、経営者の意思を反映しやすく、後継者の不安を解消できる有効な手段です。しかし、認知度が低く、遺留分問題などの課題もあります。専門家のサポートを得て、時間をかけて慎重に進めることが重要です。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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