新設分割とは事業承継と企業再編を加速させる方法
新設分割とは何か?企業が事業を切り出し新会社へ承継する際に役立つ組織再編の方法です。本記事では仕組み、メリット、デメリット、手続、税務適格要件まで小学生でも理解できるよう解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(会社分割)
会社分割は、企業が持つ事業の一部または全部を別企業にまとめて承継させる組織再編手法です。譲渡企業が単独では運営しにくくなった部門を切り離し、より適切な形で育成したい場合や、複数事業を持つ企業が経営効率を高めたい場合に選択されます。会社分割には承継会社が既に存在する吸収分割と、承継会社を新たに設立する新設分割の二つがあり、どちらも株式を対価とすることから現金負担を抑えた再編が可能です。
組み合わせにより「吸収分割・新設分割」×「分社型・分割型」の四区分が生まれます。いずれも事業譲渡と比較して権利義務を一括で移せるため、契約や許認可の個別手続を最小化できる点が特徴です。
新設分割は承継会社をゼロから設立する点で、既存会社へ統合する吸収分割と大きく異なります。以下の観点で比較すると特徴がより明確になります。
以上から、独立した子会社として特定事業を育成したいケースでは新設分割が、既存組織に統合して相乗効果を狙う場合は吸収分割が向いています。
新設分割では、切り出す事業に関する契約・従業員・許認可・固定資産・負債などを包括的に承継会社へ移転できます。譲渡企業と譲受企業の双方で個別の譲渡契約や再許認可取得を行う必要がないため、時間とコストを大幅に削減できます。ただし一部許認可は個別承認が必要となる場合があるため、事前確認が不可欠です。
譲受企業は現金を用意する代わりに自社株式を対価として発行します。これにより銀行借入や投資家調達といった資金負担を回避でき、財務リスクを抑えた再編が可能となります。
分割対象事業を自由に定められるため、収益性が高い部門のみを集約したり、将来売却を視野に子会社化したりと、グループ経営に応じた布陣が組めます。
経営者が世代交代を計画する際、事業を一括で新会社へ移すことで、承継手続を簡素化し、後継者に株式ごと引き渡すことができます。
会社設立と事業分割を同時に行うため、分割計画書の作成、株主総会の特別決議、債権者保護公告、労働契約承継通知など多岐にわたる法的手続が必要です。専門家のサポートなしに進めると、要件不備や期限遅延のリスクが高まります。
新設分割が税務上「適格」と認められない場合、移転資産に含み益が課税されるほか、繰越欠損金や引当金の承継も制限されます。支配率や事業継続要件を踏まえた綿密な設計が求められます。
契約を包括承継できる利点の裏返しとして、不利な取引条件や偶発債務も一緒に移る可能性があります。事前にデューデリジェンスを行い、承継対象外とする項目を適切に特定することが重要です。
新設会社は非上場であることがほとんどです。譲渡企業や株主が取得する株式は市場流動性が低く、当面は配当や将来売却益で回収する必要があります。
ここまでのポイントを整理すると、新設分割は事業の独立性を保ちつつ包括承継を実現できる便利なスキームですが、法務・税務のハードルも高いため、実施前の準備が成否を分けます。
新設分割は「誰が対価を受け取るか」「何社から事業を切り離すか」でさらに細分化されます。選択するスキームによってグループ内の資本関係やガバナンスが大きく変わるため、目的に沿った設計が不可欠です。
二社以上の企業がそれぞれの事業部門を切り出し、一つの承継会社に集約するスキームです。複数社で共同出資して新会社を設立するため、業界再編や合弁事業設立の際に用いられます。承継会社の株式は分社型か分割型のいずれかで配分され、各社の事業価値に応じたバランスで比率が決定されます。
選択を左右する主な論点
組織再編税制では、一定の要件を満たす新設分割を「適格分割」と定義し、資産移転益課税の繰延や各種引当金の承継を認めています。要件の骨格は以下のとおりです。
適格分割と認定されれば、含み益課税の繰延だけでなく、退職給付引当金や繰越欠損金の引継ぎが可能となり、分割後の新会社の財務負担を抑えられます。一方、不適格となると課税負担が直ちに顕在化するため、事業計画に大きく影響します。
専門家活用が不可欠
適格要件は条文だけでは読み解きにくく、国税庁の通達や判例、事前照会事例を踏まえた実務判断が求められます。計画段階から税理士や公認会計士に相談し、支配関係や組織図をシミュレーションしておくことで、想定外の課税リスクを排除できます。
複数ラインを持つ製造業A社は、成長性が低い部門を新設会社Bへ切り離し、外部資本を受け入れて共同開発を推進。分社型新設分割を用いたことで、本体は研究開発と高付加価値製品に集中でき、B社は外部パートナーの資金とノウハウを獲得して再成長を遂げました。
創業家の二代目が複数名いるIT企業C社では、将来の経営権争いを回避するため、各後継者の得意分野毎に事業を切り出して新会社を設立。分割型新設分割を採用し、株主間の公平性を維持しながら兄弟会社として独立させ、スムーズな事業承継を実現しました。
新設分割は計画段階から完了後6か月の書類備置期間まで長丁場です。特に分割計画書の記載漏れ、株式買取請求への対応遅延、官報公告の文言誤りなど、些細なミスが効力発生の遅延を招きます。ガントチャートで期限を逆算し、担当者と専門家の役割分担を明確にしておくことが重要です。
新設分割を確実かつ円滑に完了させるためには、定められた順序で複数の法的ステップを踏む必要があります。以下では原文・参考で示された代表的な七段階を時系列に沿って整理します。
最初に作成する分割計画書は、新設会社の商号・所在地・目的・発行可能株式総数、役員構成、承継する権利義務などを具体的かつ網羅的に記載します。ここで抜け漏れがあると後続手続がすべて差し戻しになるため、社内外の専門家と複数回レビューを行うのが基本です。
株主総会の二週間前から効力発生日後六か月まで、分割計画や財務情報を本店に備え置きます。株主総会では特別決議で承認を得る必要があり、招集通知は二週間前までに発送しなければなりません。通知が一日でも遅れると総会自体を延期せざるを得ず、予定が大幅にずれ込む恐れがあります。
労働契約承継法に基づき、分割対象事業に従事する従業員へ会社分割の概要・効力発生日・就業形態などを通知し、労働代表者と協議します。通知期限は株主総会二週間前の日の前日まで(簡易新設分割は計画書作成から二週間以内)なので、早期にドラフトを準備して丁寧に説明することが重要です。
総会承認後二週間以内に、株主へ分割実施を通知または公告します。反対株主には公正な価格で株式を買い取る義務が生じるため、想定株価を算定し、資金手当を済ませておくと手続が滞りません。
官報公告で「異議がある場合は一定期間内に申し出る」と周知し、知れたる債権者には個別催告を行います。公告から最低一か月は異議申立期間を確保する必要があります。承継する債務が無い場合や分割会社も重畳的に債務を負う場合は、手続自体を不要とできるケースがあります。
新設会社の設立登記と分割会社の変更登記を同時に行います。効力は登記完了日(申請日)に発生しますが、法務局は土日祝日に受付を行わないため、休日をまたぐタイミングを避ける日程設計が必要です。
効力発生日から六か月間、本店で書類を保管します。備置漏れや誤記が発覚すると、行政指導や金融機関対応に影響するため、完了後も管理責任者を置きチェックリストで定期点検すると安心です。
新設分割は従業員の雇用条件に直接影響します。参考資料では、協議・通知・異議申立への対応という三つの柱が示されています。
分割会社と承継会社で就業場所や勤務体系が変わる場合、従業員にとって重大な変更になります。時間をかけた協議と議事録の作成が必須です。
通知には、事業内容・効力発生日・承継範囲などを明記します。不安や誤解を残さないよう、FAQを併せて配布するとトラブル防止につながります。
通知後、会社が定めた期日までに異議があれば誠実に対応します。期日は通知翌日から十三日以上空け、株主総会前に設定する必要があるため、通知を早めに出して余裕を持たせる運用が推奨されます。
スケジュール例として、6月1日にスタートし約2か月で完了するフローを紹介します。
株主全員の同意取得、承継債務ゼロ、重畳債務引受などの条件を満たせば、最短二週間で完了させることも理論上は可能です。ただし、株価算定や公告文案の作成にも時間が掛かるため、実務では一か月強を見込む企業が多いです。
新設分割は表面上シンプルでも実務では細部が成功可否を左右します。原文・参考で指摘されている典型的なリスクを確認しましょう。
選んだ日が土日祝日だと申請できず効力が生じません。期末や月初を指定する際はカレンダーを必ず確認します。
国内売上高200億円超と50億円超の会社が含まれる場合、公正取引委員会への届出が必要です。届出後30日は原則として分割を実行できない点を見落とすと、大幅なスケジュール遅延を招きます。
官報公告や個別通知の内容に不備があると、一連の手続を再実施しなければならない場合があります。ドラフト段階で法務と複数人チェックを行い、社印押印前に確定版を共有しましょう。
新設分割は、事業を丸ごと承継会社に移せる便利な再編手法です。包括承継や資金調達不要など大きな利点がある一方、煩雑な法務・税務手続と厳格な期限管理が不可欠です。専門家の伴走で計画的に進めることが成功の鍵となります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画