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吸収合併時の退職金は勤続年数支給時期で減額リスクの対策を解説

吸収合併で退職金はどう変わるのか──勤続年数は引き継がれるのか、満額支給されるのかを税理士が分かりやすく答えます。

目次

  1. 吸収合併とは雇用契約を丸ごと承継する再編手法
  2. 吸収合併が退職金に及ぼす満額支給か減額かの分かれ道
  3. 吸収合併後の従業員処遇と雇用契約の保護ポイント
  4. 合併後に制度統一まで猶予期間を設ける理由と注意点
  5. 事業譲渡との比較で理解する勤続年数継続の価値
  6. 人事部門と経営陣が連携して進める退職金ガバナンス
  7. 役員退職金の決定は株主総会承認と個別協議が鍵
  8. 退職金移換制度で勤続と積立を守る方法
  9. 退職金減額交渉を円滑に進める実務ステップ
  10. 従業員説明会で不安を解消する情報提供のコツ
  11. トラブル事例に学ぶ防止策
  12. 専門家へ相談するメリットと相談タイミング
  13. まとめ

吸収合併時の退職金処理の対策を解説

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(合併)

吸収合併とは雇用契約を丸ごと承継する再編手法

吸収合併は、複数の会社を一つに統合する組織再編の代表的な手法です。消滅会社が蓄積してきた資産・負債・契約上の地位はもちろん、従業員との雇用契約や退職金規程まで、あらゆる権利義務が存続会社へ瞬時に移転します。中小企業のM&Aでは手続のシンプルさから選ばれることが多く、経営者にとっても「会社を残す」か「引き継ぐ」かの選択肢を検討する際に有力なオプションとなっています。

吸収合併が選ばれる3つのメリットを具体的に確認

1. 新設会社が不要でコストが抑えられる

新設合併では定款作成・設立登記など新たな法人設立コストが発生しますが、吸収合併は既存会社が存続するため登録免許税や手続コストを圧縮できます。


2. 統合効果を早期に享受できる

部門重複の整理、人材交流、調達・販売ネットワークの統合がスピーディーに進み、合併後すぐにコストシナジー・売上拡大効果を狙えます。


3. 取引先・金融機関との関係を維持しやすい

存続会社の法人格が変わらないため、契約の相手方や金融機関との与信枠などが基本的にそのまま継続され、事業上の混乱を最小限に抑えられます。

合併完了までのステップを時系列で追う

  1. 合併協議の開始

  2. 合併契約書の作成

  3. 取締役会決議

  4. 株主総会決議

  5. 債権者保護手続

  6. 合併効力発生

  7. 合併登記申請


これらの流れを的確に管理することで、後工程の退職金対応もスムーズに行えます。

▶関連:吸収合併とは

吸収合併が退職金に及ぼす満額支給か減額かの分かれ道

吸収合併は「会社は変わるが雇用契約は続く」仕組みのため、退職金の支払額や計算基準も基本的に承継されます。それでも“満額支給”と“減額”の分岐点は存在し、合併前の準備と従業員への説明の深さによって結果が大きく変わります。

退職金が満額支給されるケースは包括承継と猶予期間が保証

  • 労働条件の継続適用

合併後一定期間は消滅会社の退職金規程がそのまま適用されることが多く、給与テーブルや退職金算定係数も従来通りです。

  • 勤続年数の通算

労働契約が途切れていないため、在籍年数は1日も途切れず通算されます。


  • 退職時の金額計算例

例えば勤続20年・月給30万円・支給率20カ月の従業員であれば、合併前と同額の600万円が支給されるイメージとなり、従業員の心理的不安を最小化できます。

満額にならないケースは減額合意と合理性が不可欠

事前に退職金制度を統一し減額

存続会社に合わせて係数が下がる場合、労働契約法第9条が定める不利益変更に当たり、労働者の個別同意が前提です。


同意書への署名押印+説明義務

最高裁判例は署名押印=同意と単純には扱わず、合理的理由の提示と十分な説明を求めています。


トラブル事例の教訓

山梨県民信用組合事件では説明不足が核心となり、紛争に発展しました。説明資料の整備や個別面談の記録が欠かせません。



減額時に押さえる実務チェックリスト

  • 減額理由は経営上やむを得ないか

  • 従業員へ十分な資料と時間を提供したか

  • 労使協議を経たか

  • 個別同意の取得プロセスを文書化したか

  • 減額後の総報酬バランスは取れているか

吸収合併後の従業員処遇と雇用契約の保護ポイント

吸収合併では、就業規則や労働協約も存続会社に包括承継されるため、合併当日を境に労働契約が消滅することはありません。従業員にとって解雇や大幅な処遇悪化の心配が小さい制度設計といえます。

リストラ禁止原則と例外的な人員調整手法

  • リストラ・解雇は原則不可

  • 配置転換で適正配置

  • 希望退職制度の導入

退職勧奨を行う際の留意点

退職勧奨は提案行為であり、従業員が同意しない場合に解雇へ直結させてはいけません。面談記録を残し、パワハラにならないよう配慮が必要です。

合併後に制度統一まで猶予期間を設ける理由と注意点

吸収合併に伴い2つの退職金制度が存在する状態は「猶予期間」と呼ばれます。多くの場合1〜2年間が設けられ、その間に新制度を設計し周知します。

猶予期間を設ける3つの目的

  1. 制度比較とベンチマーク

  2. 従業員の納得感を醸成

  3. システム改修・人事データ統合の準備

猶予期間中に実施すべき実務タスク

  • 支給水準試算と経営層への報告

  • 社員説明会資料の作成

  • 退職金規程改定案の策定

  • 社外専門家への相談

事業譲渡との比較で理解する勤続年数継続の価値

吸収合併では勤続年数が通算される一方、事業譲渡では一旦退職扱いになるため勤続がリセットされます。この差は退職金だけでなく、有給休暇日数や永年勤続表彰にも影響を及ぼします。

勤続年数が途切れないことで得られる具体的メリット

  • 退職金額の維持

  • 有給休暇付与日数の確保

  • 社内表彰・福利厚生の継続

事業譲渡では勤続リセットがもたらす課題

事業譲渡では勤続がゼロスタートとなり、退職直前の従業員ほど支給額が減少します。従業員処遇を重視するなら吸収合併の方が好適です。

人事部門と経営陣が連携して進める退職金ガバナンス

退職金は従業員の将来設計に直結するため、制度改定には強い説明責任が伴います。人事部門は制度設計と説明会運営を担い、経営陣は戦略と整合する水準を示しつつメッセージ発信役を果たすことで、合併時の不安を好機に変えられます。

役員退職金の決定は株主総会承認と個別協議が鍵

役員退職金は従業員の退職金と異なり、会社法の規定により株主総会の決議事項です。吸収合併を決議する同じ株主総会で承認を得れば、合併手続と並行して支給の可否と金額を正式に決定できます。役員は経営判断の中心にいるため、長年の貢献度や会社業績を踏まえた個別協議を行い、株主・従業員双方が納得できる透明性を確保することが重要です。

株主総会で承認を得る手続を時系列で整理

  1. 合併契約書に退職金支給予定の記載

  2. 取締役会で議案決定

  3. 招集通知で株主に内容を周知

  4. 株主総会で質疑応答を経て決議

  5. 議事録に退職金額と支給時期を明記

合併後も就任予定の役員に支給できる合理性

吸収合併後、存続会社の役員に就任する場合でも、消滅会社での任期に対する報酬清算として退職金を支給できます。過去勤務期間に対する対価として位置付け、二重払いを避けるため新任後の役員報酬設定を見直すと公正さを保てます。

退職金移換制度で勤続と積立を守る方法

存続会社に前払型退職金制度がない場合、消滅会社が積み立ててきた退職給付資産は一時金で清算されがちですが、移換制度を利用すれば従業員の勤続年数と積立残高を次の制度へスムーズに引き継げます。

移換が必要となる典型場面

  • 企業型確定拠出年金を採用していたが、存続会社は退職一時金のみ

  • 積立型退職給与規程があるが、存続会社は前払退職手当を支給していない

  • 個人別積立残高を維持したまま制度統一まで猶予期間を取りたい

移換の手続フローと留意点

  1. 旧制度の残高確定と従業員別一覧の作成

  2. 受入先制度の規程整備と労使協定

  3. 金融機関を通じた資産移換手続

  4. 従業員への通知と同意取得

  5. 移換完了後の残高確認と周知

移換手続は書類作成と金融機関との調整が多く、専門家の助言で手戻りを防ぐことができます。

退職金減額交渉を円滑に進める実務ステップ

合併による制度統一で退職金水準を引き下げる場合、合理性と個別同意が不可欠です。従業員の生活設計に直結するため、十分な説明を尽くし納得を得ることが会社のレピュテーションを守ります。

合理的理由の提示と資料開示が出発点

経営環境の変化、人件費構造の最適化、制度間格差の是正など、具体的データを示して理由を説明します。単に「コスト削減」とするだけでは不十分です。

個別同意書は説明記録とセットで保管

最高裁判例は「署名押印のみでは足りず合理的理由の有無も審査」と判示しました。説明会資料、質疑応答メモ、面談記録を添付し、同意が自由意思である事実を文書で残すことが紛争予防に直結します。

従業員説明会で不安を解消する情報提供のコツ

説明会は「聞く場」より「対話の場」と位置付けます。制度改定の背景、シミュレーション例、今後のキャリア支援策など具体的情報を提示し、「質問歓迎」の姿勢を示すことで心理的安全性が高まります。

シナリオ例で質問に備える

  • 勤続25年の従業員が合併直後に退職した場合

  • 移換制度を利用して在籍を続ける場合

  • 退職金が減額されるが給与が増額される場合


実例を数字で示すと理解が深まります。

FAQ方式の社内ポータルを活用

説明会後も質問は続きます。社内ポータルにQ&Aを随時更新し、匿名質問フォームを設ければ、疑問点を早期に収集・解決できます。

トラブル事例に学ぶ防止策

山梨県民信用組合事件は、退職金基準変更の説明不足が争点でした。合意書への署名押印があっても「合理的理由」を裏付ける説明がなければ同意の効力を欠くという教訓が得られます。

裁判所が示した説明義務の範囲

  • 減額幅と算定根拠を数値で示す

  • 他社比較や業績推移など客観資料を提示

  • 従業員が熟慮できる期間を確保

社内規程改定時にチェックすべき書式

就業規則変更届、労使協定書、個別同意書、説明会資料の四点セットを整備し、保管年限を明確化します。

専門家へ相談するメリットと相談タイミング

税理士や社会保険労務士、弁護士は退職金規程の改定、説明資料作成、合意書式の整備に精通しています。合併契約締結前から関与を依頼すれば、制度統一スケジュールと合併手続を同時並行で設計でき、時間的ロスを減らせます。

合併契約締結前からの関与が最適

  • 合併スキームと退職金原資試算をリンク

  • 労使協議のロードマップを作成

  • 株主総会資料と説明会資料の整合を図る

税理士・社労士・弁護士の役割分担

税理士は資金計画と税務処理、社労士は労使協議と規程整備、弁護士は同意書式と紛争対応を担い、三者連携でリスクを最小化します。

まとめ

吸収合併における退職金処理は、勤続年数の継続や移換制度の活用で従業員の安心を守りつつ、役員退職金の透明な決定と減額時の合理的説明で紛争リスクを抑えることが要点です。早期に専門家と連携し、株主・従業員双方が納得できる形で制度統一を進めましょう。


著者|土屋 賢治  マネージャー/M&Aアドバイザー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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