M&Aにおける人事手続の重要性と、人事デューデリジェンス・PMIの実施方法を解説します。経営陣のリーダーシップや信頼関係構築の重要性、M&Aアドバイザー活用のメリットも紹介しています。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(デューデリジェンス)
M&A(合併・買収)において、人事手続は非常に重要な要素です。企業の高度化が進む中、優秀な人材の確保が多くの企業にとって大きな課題となっています。そのため、M&Aそのものが人材獲得を主な目的として行われるケースも少なくありません。特に中小企業では、企業価値に占める人材の割合が高くなる傾向があり、この傾向がより顕著に表れます。
しかしながら、M&Aによって人材を獲得できたとしても、人事手続が適切に行われないことで人材が流出してしまうケースがあります。つまり、M&Aの成否は人事面にかかっていると言っても過言ではありません。従業員一人ひとりに対する細やかな配慮と適切な手続が、M&Aを成功に導く重要な要素となります。
1. 従業員のモチベーション低下
2. 優秀な人材の流出
3. 組織文化の衝突
4. 労務問題の発生
これらのリスクを回避し、M&Aを成功に導くためには、綿密な人事手続の計画と実行が不可欠です。次の項目では、M&Aにおいて必要となる具体的な人事手続について詳しく見ていきます。
M&Aにおいて配慮すべき主な人事手続は、大きく分けて2つあります。それは「人事デューデリジェンス(買収監査・企業調査)」と「人事PMI(統合プロセス)」です。これらの手続は、M&Aの成功に不可欠な要素となります。
人事デューデリジェンスとは、買い手が売り手の人事制度およびマネジメントを詳細に調査することを指します。この手続は、M&Aの最終契約前に行われ、潜在的な問題点や課題を発見することが目的です。
主な調査内容には以下のようなものがあります。
1. 組織風土
2. 組織構造
3. 人件費
4. 採用および育成制度
5. 労働契約
6. 労働組合
7. 給与体系
8. 福利厚生制度
これらの項目を綿密に調査することで、M&A後に発生する可能性のある人事リスクを事前に把握し、対策を講じることができます。
PMI(Post Merger Integration)は、M&A最終契約後に行われる経営統合プロセスを指します。人事PMIは、このプロセスのうち人事面に関する工程を意味します。
人事PMIの主な目的は、M&A後の具体的なマネジメント方法を決定し、統合後の経営を円滑に進めることにあります。主に以下の項目について実施されます。
1. 人員配置の見直し
2. 職務および決裁権限の再検討
3. 社内ルールの変更
4. 関係各所に対する説明会の実施
適切な人事PMIを行うことで、従業員の不安を軽減し、新体制での円滑な事業運営を実現することができます。
人事デューデリジェンスは、M&Aの成功に向けて細やかな配慮が必要な重要なプロセスです。ここでは、その目的、調査対象、そして留意点について詳しく解説します。
人事デューデリジェンスの主な目的は、M&A成立後に発生する可能性のある人事リスクを事前に回避することです。
具体的には以下のような意義があります。
1. 人事リスクの明確化:M&Aによって生じる可能性のある人事面での問題点を洗い出します。
2. 人事PMIへの反映:発見されたリスクや課題を人事PMI(統合プロセス)に反映させ、適切な対策を講じることが
できます。
3. 円滑な新体制の構築:事前にリスクを把握することで、新体制での経営をスムーズにスタートさせることができま
す。
4. 従業員の保護:従業員のモチベーション低下や人材流出、労務トラブルの発生を未然に防ぐことができます。
適切な人事デューデリジェンスを実施することで、M&A後の人事面での問題を最小限に抑え、円滑な統合を実現することが可能となります。
人事デューデリジェンスの調査対象は多岐にわたります。主に人材に関する領域が中心となりますが、財務や法務、IT部門など、他の部門とも重複する場合があります。主な調査対象には以下のようなものがあります。
1. 組織構造と人員配置
2. 雇用条件と労働契約
3. 給与体系と福利厚生制度
4. 人事評価制度
5. 労働時間管理
6. 労働安全衛生
7. 労働組合との関係
8. 人材育成・教育制度
9. 退職金制度
10. 人事関連の訴訟リスク
これらの項目を詳細に調査することで、売り手企業の人事面での実態を正確に把握し、M&A後の統合に向けた準備を整えることができます。
人事デューデリジェンスを実施する際には、以下の点に特に留意する必要があります。
1. M&Aスキームに応じた対応: M&Aのスキーム(合併、会社分割、事業譲渡など)によって、従業員の権利義務の
承継方法が異なります。スキームに応じた適切な調査と対応が求められます。
2. 労働契約の取り扱い: 合併や会社分割の場合は、労働契約をはじめとする従業員の権利義務が自動的に譲渡されま
す。一方、事業譲渡の場合は労働契約の再締結が必要となります。これらの違いを十分に理
解し、適切に対応することが重要です。
3. 従業員の権利保護: 勤続年数や有給休暇の取得日数など、従業員の既得権を適切に承継できるよう注意を払う必要
があります。
4. 情報の機密性への配慮: デューデリジェンスの過程で取り扱う情報には機密性の高いものも含まれます。情報管理
には十分な注意を払い、適切な守秘義務契約を結ぶなどの対策が必要です。
5. 専門家の活用: 人事・労務に関する法的な問題や複雑な制度設計については、弁護士や社会保険労務士などの専門
家の助言を受けることが望ましいでしょう。
これらの点に留意しながら人事デューデリジェンスを実施することで、M&A後のリスクを最小限に抑え、円滑な統合を実現することができます
人事PMI(Post Merger Integration)は、M&A成立後の人事面での統合プロセスを指します。ここでは、人事PMIの必要性、目的、実施内容、そして注意事項について詳しく解説します。
人事PMIが必要とされる主な理由は以下の2点に集約されます。
1. M&Aによるシナジー(相乗効果)の発揮: 人事PMIを適切に実施することで、両社の人材や組織の強みを活かし、
より大きな成果を生み出すことができます。
2. 人事面のリスク回避と人材流出の防止: 統合に伴う従業員の不安や混乱を最小限に抑え、優秀な人材の流出を防ぐ
ことができます。
人事PMIは非常に緻密な工程であり、人材配置や給与体系など、従業員への配慮と円滑な経営の両立が求められます。適切な人事PMIの実施は、M&Aの成否を左右する重要なポイントといえます。
人事PMIの主な目的は、M&Aに伴う人事面の移行を円滑に進めることにあります。具体的には以下の3つが挙げられます。
1. 従業員のモチベーション向上: 統合後の新しい体制や方針を明確に示し、従業員の不安を解消するとともに、新た
な環境での意欲を高めます。
2. 統合後の体制に即した人材の再配置: 両社の人材を適材適所に配置し、組織全体の生産性と効率性を向上させま
す。
3. M&Aによるシナジー(相乗効果)の発生: 両社の強みを活かし、新たな価値創造につながる人事施策を展開しま
す。
これらの目的を達成することで、M&Aの目的や労働条件・企業風土の変化を従業員に納得させ、不満や混乱を回避することができます。
人事PMIの主な実施内容は以下の通りです。
1. 組織と人材配置の最適化: 統合後の新しい組織構造を設計し、適切な人材配置を行います。
2. 人事システムや業務フローの統合: 給与計算システムや勤怠管理システムなど、人事関連のシステムと業務フロー
を統合します。
3. 人事および労務関係法令への対処: 労働条件の変更や雇用契約の移行など、法令に則った適切な対応を行います。
4. 内部規程の変更: 就業規則や給与規程など、人事関連の内部規程を新組織体制に合わせて見直し、統合します。
5. コミュニケーション計画の策定と実施: 従業員を対象とした説明会や個別面談を実施し、新体制への理解を深めま
す。
6. 人事制度の統合: 評価制度、給与体系、福利厚生制度などを統合し、公平性と一貫性を確保します。
7. 企業文化の融合: 両社の企業文化の良い部分を活かしつつ、新しい組織文化を醸成します。
8. 教育・研修プログラムの整備: 新しい組織体制や業務プロセスに適応するための教育・研修を実施します。
これらの施策を通じて、売り手の従業員と買い手の企業との信頼関係を構築し、円滑な統合を実現します。
人事PMIを実施する際には、以下の点に特に注意を払う必要があります。
1. 従業員への十分な説明と丁寧なコミュニケーション: 統合に伴う変更点や新しい方針について、従業員に対して明
確かつ丁寧な説明を行います。不安や疑問に対しては誠実に
対応し、信頼関係を築くことが重要です。
2. スピード感のある対応: 不確実性が長期化すると従業員の不安が増大するため、可能な限り迅速に統合プロセスを
進めます。
3. 公平性と透明性の確保: 両社の従業員に対して公平な扱いを心がけ、人事施策の決定プロセスを透明化します。
4. 法令遵守の徹底: 労働条件の変更や雇用契約の移行など、法令に則った適切な対応を行います。
5. 文化的な違いへの配慮: 両社の企業文化の違いを理解し、互いの良い部分を活かしながら新しい文化を創造しま
す。
6. 重要人材の維持: 統合後の組織にとって重要な人材を特定し、その維持に努めます。
7. モニタリングと調整: 統合プロセスの進捗を定期的にモニタリングし、必要に応じて計画を調整します。
これらの点に留意しながら人事PMIを進めることで、従業員の不安を最小限に抑え、新しい組織体制への円滑な移行を実現することができます。
人事PMI(統合プロセス)を成功させるためには、いくつかの重要なポイントがあります。ここでは、特に重要な2つのポイントについて詳しく解説します。
M&Aに伴う組織変更や人事制度の統合は、従業員に大きな影響を与えます。このような状況下で従業員の士気を低下させないためには、経営陣が強力なリーダーシップを発揮することが不可欠です。
1. 明確なビジョンの提示: 統合後の組織のビジョンや方向性を明確に示し、従業員に新しい組織での自身の役割や将
来像を描かせます。
2. 率先垂範: 経営陣自身が統合プロセスに積極的に関与し、その姿勢を従業員に示すことで、組織全体の統合への取
り組みを促進します。
3. 適任者の選定: 人事PMIの実行には、適切な人材の選定が重要です。売り手の経営陣や人事部門の責任者など、企
業内部を熟知し、従業員からの信頼も厚い人材を中心に進めることが効果的です。
4. 迅速な意思決定: 統合プロセスにおいては様々な課題が発生します。経営陣は迅速に意思決定を行い、プロセスを
滞りなく進める必要があります。
5. コミュニケーションの促進: 経営陣が先頭に立って従業員とのコミュニケーションを図り、不安や疑問に対して誠
実に対応することで、信頼関係を構築します。
経営陣のリーダーシップが効果的に発揮されることで、従業員の不安を軽減し、新しい組織体制への円滑な移行を実現することができます。
人事PMIの成功には、売り手と買い手の相互理解と信頼関係の構築が不可欠です。以下のポイントに注意を払いながら、信頼関係の構築と維持に努めます。
1. 対等な関係性の構築: 両社を「勝者」と「敗者」に分けるのではなく、対等なパートナーとして扱います。互いの
強みを認め合い、尊重し合う関係性を築きます。
2. 密なコミュニケーション: 定期的な会議や情報共有の場を設け、両社の関係者間で密なコミュニケーションを図り
ます。
3. 企業文化の理解と尊重: 両社の企業文化を深く理解し、互いの良い点を活かしながら新しい文化を創造します。
一方的な文化の押し付けは避けます。
4. 透明性の確保: 統合プロセスの進捗状況や意思決定プロセスを可能な限り透明化し、従業員の不安や疑念を払拭し
ます。
5. 公平な処遇: 両社の従業員に対して公平な処遇を心がけ、不公平感を生まないよう注意します。
6. 成功事例の共有: 統合による成功事例や相乗効果を積極的に共有し、統合の意義を従業員に実感させます。
7. 長期的視点の共有: 短期的な成果だけでなく、長期的なビジョンや目標を共有し、共に成長していく姿勢を示しま
す。
これらのポイントに注意を払いながら信頼関係を構築・維持することで、人事PMIを成功に導き、M&Aによる相乗効果を最大限に引き出すことができます。
M&Aは複雑なプロセスであり、専門的な知識と経験が求められます。そのため、M&Aアドバイザーを活用することで多くのメリットを得ることができます。ここでは、M&Aアドバイザーを活用する主なメリットについて説明します。
M&Aの進行中、人事部門には通常業務に加えて多くの追加的な業務が発生します。M&Aアドバイザーを活用することで、以下のように人事部門の負担を軽減することができます。
1. 専門的な業務の代行: デューデリジェンスや契約書作成など、専門的な知識が必要な業務をアドバイザーが代行し
ます。
2. プロジェクト管理: M&A全体のスケジュール管理や進捗管理をアドバイザーが担当し、人事部門の負担を減らしま
す。
3. リソース配分の最適化: アドバイザーの支援により、人事部門は重要な意思決定や戦略立案に集中することができ
ます。
4. 経験に基づくアドバイス: 過去の事例や経験に基づいた効率的な進め方をアドバイザーが提案し、無駄な作業を削
減します。
これらの支援により、人事部門は日常業務とM&A関連業務の両立を図ることができます。
M&Aアドバイザーは、売り手と買い手の間に立ち、円滑なコミュニケーションを実現します。具体的には以下のようなメリットがあります。
1. 中立的な立場での調整: 利害関係のない第三者として、両社の意見や要望を公平に調整します。
2. 情報の適切な管理と共有: 機密情報を適切に管理しつつ、必要な情報を両社に適切に共有します。
3. スムーズな交渉の促進: 経験豊富なアドバイザーが交渉をサポートし、スムーズな合意形成を促進します。
4. 関係各部署との連携強化: 財務、法務、人事など、関係各部署との連携をアドバイザーが調整し、効率的な情報共
有を実現します。
5. コミュニケーションの品質向上: 専門的な知識を基に、適切な表現や説明方法を提案し、誤解のないコミュニケー
ションを支援します。
これらの支援により、M&Aプロセス全体を通じて円滑なコミュニケーションを実現し、効率的な統合を進めることができます。
M&Aアドバイザーの豊富な経験と専門知識は、潜在的なトラブルの回避と、万が一のトラブル発生時の適切な対応に大きく貢献します。
1. リスクの事前把握: 過去の事例や経験に基づき、潜在的なリスクを事前に把握し、対策を講じることができます。
2. 法的問題の回避: 契約書の不備や法令違反などのリスクを最小限に抑えることができます。
3. 専門家ネットワークの活用: 法務、税務、労務など、各分野の専門家と連携し、包括的なサポートを提供します。
4. 迅速な問題解決: トラブルが発生した場合、豊富な経験を基に迅速かつ適切な対応策を提案します。
5. 紛争の未然防止: 両社の利害を適切に調整し、将来的な紛争のリスクを低減します。
これらの支援により、M&Aプロセスを円滑に進め、統合後の安定した経営を実現することができます。
M&Aアドバイザーを活用することで、専門的なサポートを受けながら効率的かつ効果的なM&Aを実現することができます。特に人事面での統合において、アドバイザーの知見は非常に有用です。
M&Aは複雑で専門的な知識が必要なプロセスです。特に人事面での統合は従業員の生活に直接影響を与えるため、慎重かつ適切な対応が求められます。そのため、M&Aの計画段階から専門家に相談することが重要です。
1. 戦略立案:M&Aの目的や方針に基づいた最適な戦略を立案します。
2. スケジュール管理:複雑なM&Aプロセスを適切にスケジュール管理します。
3. デューデリジェンスの実施:人事面を含む総合的なデューデリジェンスを行います。
4. 交渉サポート:公平な立場から両社の交渉をサポートします。
5. 法務・税務対応:関連する法令や税制に基づいた適切なアドバイスを提供します。
6. PMIの支援:統合後の組織や人事制度の設計をサポートします。
専門家のサポートを受けることで、M&Aプロセスを円滑に進め、人事面での問題を最小限に抑えることができます。
M&Aにおける人事手続は、事業の継続と発展に不可欠な要素です。人事デューデリジェンスと人事PMIを適切に実施することで、M&A後の人材流出や従業員の士気低下を防ぎ、円滑な統合を実現することができます。
経営陣のリーダーシップと両社間の信頼関係構築が、人事PMIの成功には重要です。また、M&Aアドバイザーを活用することで、専門的な知見を得ながら効率的にプロセスを進めることができます。
M&Aを成功させるためには、財務や法務だけでなく、人事面にも十分な注意を払う必要があります。適切な人事手続を通じて、M&Aによる相乗効果を最大限に引き出し、企業価値の向上につなげることが重要です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事