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M&A戦略立案の策定方法とリスク対策を具体的事例で解説

M&A戦略の作り方は難しそうに感じますか?本記事では策定の目的から手順まで専門家が具体的に解説し、今すぐ実践できるヒントを提供します。

目次

  1. M&A戦略とは
  2. 買い手側の目的と効果
  3. 売り手側の目的と効果
  4. M&A戦略立案の重要性
  5. 経営戦略とM&A戦略の位置づけ
  6. M&A戦略策定の基本手順
  7. M&A戦略策定に活用できるフレームワーク
  8. M&A戦略策定時に留意すべきポイント
  9. M&A戦略の事例
  10. M&A戦略まとめ

M&A戦略とは

M&A戦略とは、企業が合併や買収を行う際に目標を明確にし、達成のための方針と進め方を体系的に整理した計画を指します。M&Aを実施するかどうかは事業の存続や成長を左右する大きな経営判断です。そのため、事前に戦略を可視化しておくことで、社内外の関係者が同じゴールを共有しやすくなり、交渉やPMI(買収後の統合作業)をスムーズに進めることができます。

買い手側の目的と効果

買い手企業の主な目的は、事業の非連続的な成長を実現することです。具体的には市場シェアの拡大、サプライチェーンの強化、新技術・新顧客基盤の獲得などが挙げられます。とりわけ新規プロジェクトをゼロから立ち上げるよりも、既に実績のある企業を取り込む方が短期間で成果を得られる点が魅力です。さらに、重複部門の効率化やスケールメリットによるコスト削減といったシナジー効果も期待できます。

買い手はまた、時間を買うという発想でM&Aを活用します。たとえばDX人材の採用が難しい場合、すでに専門エンジニアを抱えるスタートアップを買収することで即戦力を確保できます。地域展開を加速したいチェーンストアが地場で認知度の高い店舗網を持つ同業を取り込めば、新規出店に伴う設備投資や広告費を削減しつつ、多店舗展開を一気に実現できます。こうした「時間短縮効果」は自社開発では得られない競争優位を生み、投資回収期間の短縮にも寄与します。

売り手側の目的と効果

一方、売り手企業の目的は事業承継やイグジットによるキャピタルゲインの実現など多岐にわたります。後継者不在の中小企業にとっては、M&Aが雇用と事業を守る現実的な選択肢となり得ます。また、オーナーが新たなビジネスへ挑戦するための資金を確保する手段としても機能します。適切な譲受企業を選定できれば、従業員や取引先の関係も維持したまま、企業価値を次世代につなげることが可能です。

売り手にとっても、譲渡価格だけがゴールではありません。たとえば創業者利得を確保しつつ、関係社員の雇用継続とブランド存続にこだわるケースでは、買い手のグループ内で一定期間ブランドを維持する条件を設定し、双方が納得できる着地を探れます。経営者が引退を決意しても、一定期間の顧問契約を交わし、技術や顧客ネットワークを段階的に引き継ぐ「ソフトランディング型」のM&Aも有効です。

M&A戦略立案の重要性

戦略を持たずにM&Aに臨むと、交渉が長引く、想定した価格で成立しない、買収後に期待したシナジーを享受できないといったリスクが高まります。逆に、目的と基準を明文化しておくことで、交渉過程で妥協すべき点と譲れない点が明確になり、プロセス全体を主導できるようになります。さらに、買収後のPMI計画と連動させることで、統合後100日間のアクションプランを早期に提示でき、従業員の不安も軽減できます。

交渉を有利に進めるための戦略立案

戦略の有無は交渉力に直結します。売り手の場合、希望する譲渡価格や譲渡後の社名・従業員待遇を具体的に言語化しておくほど、交渉時にブレない姿勢を示せます。買い手の場合も、買収後に投下できる予算やPMIの体制を定義しておくことで、提示可能な条件の上限を瞬時に判断でき、他社よりスピーディに意思決定が可能です。こうした準備があると、感情的な譲歩を避け、ロジカルに合意形成を図ることができます。

シナジー効果を最大化する事前準備

M&Aの目的は単なる規模拡大ではなく、1+1>2の効果を創出する点にあります。シナジーの具体例としては、重複する管理部門の集約、人材の共有、顧客基盤のクロスセル、新技術の横展開などが挙げられます。買い手が得意とするITインフラを売り手の営業網に導入するだけでも、売上効率が飛躍的に向上するケースがあります。そのため、戦略策定段階で「どの部門と部門を統合し、どのKPIを改善するのか」を洗い出しておくことが重要です。

経営戦略とM&A戦略の位置づけ

M&A戦略は単独で存在するわけではなく、企業全体の経営戦略や事業戦略と密接に連動しています。たとえば、既存事業の収益性が低下している場合には「選択と集中」の一環としてノンコア事業を譲渡し、得た資金を成長領域に再投資することもM&A戦略となります。また、上場企業がROIC向上を求められる昨今、資本効率を高めるために事業ポートフォリオを再編する動きが活発化しています。こうした背景を踏まえると、M&Aは一過性のイベントではなく、中長期の経営計画に組み込むべき「資本政策ツール」と言えます。

M&A戦略策定の基本手順

以下では、買い手・売り手双方に共通する基本的な策定手順を解説します。

自社分析で強みと弱みを可視化する

最初のステップは自社分析です。SWOT分析や事業ポートフォリオ分析を用いて、強み(S)・弱み(W)・機会(O)・脅威(T)を棚卸しします。自社のどの資源が交渉材料になるのか、また外部のどのリスクをM&Aで解消したいのかを明確にすることで、戦略の芯が固まります。なお、社内だけで完結すると主観が入りやすいため、仲介会社など第三者の視点を取り入れると客観性が高まります。

SWOT分析の実施例として、地方で食品製造を行う企業が自社の強みを「地元農産物との連携」と定義し、弱みを「販路の地域偏在」と設定したケースを考えてみましょう。市場機会としてはインバウンド需要の回復、脅威としては人口減少による国内需要の縮小が想定されます。この結果、同社は全国流通網を持つ大手との資本提携を模索し、販路不足を一気に解消する戦略を選択しました。

市場調査でニーズと競合動向を把握する

次に、自社が属する市場および潜在的な譲受・譲渡先が存在する周辺市場を調査します。市場規模の推移や競合他社のM&A実績を確認することで、買い手は適正な買収価格の目安を得られ、売り手は自社の付加価値を客観的に説明できます。特に成長産業では買収希望が集中しやすく、価格交渉力にも影響するため、最新のデータをもとに早期に動くことが重要です。

M&Aの目的を複数設定する

分析結果を受けてM&Aの目的を具体化します。目的は一つに限定せず、「市場参入」「技術獲得」「事業承継」など複数の選択肢を並行して持つと柔軟な交渉が可能です。目的が定まれば、必要な資金計画や経営資源の再配置も見通せるようになります。

ターゲティングで交渉相手像を描く

目的を起点に、交渉相手のペルソナを設定します。買い手であれば「売上◯億円規模で製造ラインを持つ地方企業」、売り手であれば「近隣で同業の販路を持つ企業」など、尺度を具体化するとリストアップが効率的になります。必要な資料やQAを事前に準備しておくことで、初回接触時から候補先の興味を引き出せます。

ターゲティングの精度を高めるコツは、財務指標だけでなく「文化的フィット感」を加味することです。組織文化の相性をチェックし、優先度を調整することが交渉失敗を防ぐ鍵となります。

シナリオプランニングで将来を描く

最後に、5〜10年先を見据えた複数のシナリオを用意します。例えば「国内需要が縮小した場合」「為替が大きく変動した場合」などマクロ要因も踏まえておくと、交渉過程でリスクヘッジ策を提示しやすくなります。

シナリオプランニングでは、最悪・標準・最良の三つのケースを用意するのが実務上の定石です。定量的裏付けは戦略の説得力を格段に高めます。


ここまででM&A戦略の骨組みが整いました。次章では、この骨組みを支える具体的なフレームワーク—PPM分析、バリューチェーン分析、アンゾフの成長マトリクス—を活用し、戦略を数値で裏付ける方法を詳しく見ていきます。これらの手法を組み合わせることで、戦略の実行可能性とリスク耐性を多角的に検証できるようになります。

それでは、具体的な分析手法を順に確認していきましょう。

準備を整えれば、M&Aは企業成長の強力なレバーになります。

M&A戦略策定に活用できるフレームワーク

M&A戦略を具体化する際には、数字で裏付けされた分析結果が欠かせません。フレームワークを活用して自社とターゲットの経営資源を客観的に整理すれば、買収価値とリスクをより鮮明に描けます。ここでは代表的な三つの手法を紹介します。

PPM分析で事業の資源配分を最適化する

PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)分析は、市場成長率と市場占有率を縦横に置いた4象限で事業を分類し、投資配分の優先順位を決める手法です。自社だけでなくターゲット企業の事業構造を把握する時にも有効です。買い手は成長が停滞する「Dog」を切り離し、資金を「Star」に集中投下するといった方針を立てやすくなります。

Starは成長投資を加速する事業

Star領域は高成長・高シェアの事業です。ここを強化できるターゲットを買収すると、短期間で売上を倍増させるシナジーが期待できます。たとえば地方で急成長する食品EC企業を買収し、既存の全国物流網に乗せれば販路が一気に拡大し、獲得顧客数が指数関数的に伸びるケースがあります。

Cash Cowは利益を安定供給する事業

成熟市場で高シェアを保つCash Cowは、キャッシュフローの源泉です。買い手はこの利益を使って新規事業に再投資し、ポートフォリオ全体の収益性を底上げできます。売り手はキャッシュ創出機能の高さを訴求することで、譲渡価格のプレミアムを狙えます。

Problem Childは成長ポテンシャルが鍵

市場は伸びているもののシェアが低いProblem Childは、買収後の改善余地が大きい事業です。営業力やR&Dを注入し、Starへ育てるシナリオを描きます。実際にSaaSベンダーがマーケティング予算を強化した結果、半年でグロース率を2倍に高めた事例もあります。

Dogは撤退か選択的保有を判断する事業

成長率もシェアも低いDogは、のれんリスクの温床になりやすい領域です。M&A戦略上は切り離しや事業譲渡を前提に交渉しておくと資源の浪費を防げます。ただしブランド資産や技術特許が潜んでいる場合もあるため、バリュエーション時には定性的価値も再点検しましょう。

バリューチェーン分析で価値と課題を見える化する

バリューチェーン分析では、調達・製造・物流・販売・アフターサービスといった主活動と、人事・技術開発・インフラなどの支援活動を分解し、それぞれがどれほど価値を生んでいるかを評価します。買い手は自社の得意領域とターゲットの弱点が補完関係にあるかを確認でき、シナジーの実現可能性を具体的に試算できます。

主活動のコストと付加価値を定量化する

原価率や作業工数など定量指標に落とし込むと、統合後に削減できるコスト規模を早期に算定できます。たとえば製造歩留まりを3%改善するだけで年間数千万円のキャッシュが生まれる場合、買収額の上限設定に大きく影響します。

支援活動の重複を発見し効率化する

経理・人事・ITなどバックオフィスが重複する場合、統合による固定費圧縮効果を予測できます。これを譲渡価格の交渉材料とすることでWin-Winの合意を引き出すことも可能です。システム統合費用の見積を事前に算出し、優先度の高い機能から段階的に統合するロードマップを作ると失敗確率が下がります。

アンゾフの成長マトリクスで戦略方向を整理する

アンゾフのマトリクスは「製品」と「市場」を既存と新規に分け、四つの成長方向を示します。M&Aで最も活用されるのは新市場開拓と多角化で、時間を短縮しながら新顧客層へアクセスできます。

市場浸透戦略は既存製品×既存市場

同業買収により販路を広げる戦略です。規模の経済と競合排除が同時に狙えます。ドラッグストアの統合は典型例で、PB商品開発や物流拠点集約の効果が高く評価されています。

新製品開発戦略は新製品×既存市場

自社顧客に新製品を提供するため、技術力を持つベンチャーを取り込むケースが該当します。例えば老舗食品メーカーがD2Cサプリ開発会社を買収し、既存顧客にクロスセルを仕掛けた事例があります。

新市場開拓戦略は既存製品×新市場

地域展開や越境ECを加速したい時に、現地販売網を持つ企業を買収する形で実行されることが多いです。すでに営業基盤を保有するターゲットを選ぶと、文化の壁を低減しながら進出できます。

多角化戦略は新製品×新市場

事業転換や第二の柱づくりを目的に、全く異なる業界の企業を取り込む戦略です。コングロマリット化でリスク分散を図れます。ただしPMIが複雑化するため、買収前に統合シナリオを数パターン用意しておくことが肝要です。

M&A戦略策定時に留意すべきポイント

フレームワークで絵を描くだけでは成功しません。実際に戦略を実行するうえで押さえるべき要点を整理します。

M&Aの目的に沿って戦略を貫徹する

交渉が進むと譲渡価格や契約条件に気を取られがちですが、当初掲げた目的を定期的に見直すことでブレを防げます。社内ミーティングでKPIと進捗を共有し、方向性を合わせ続けましょう。理想と現実のギャップは早期に顕在化させ、必要に応じて戦略を微調整します。

リスクをシミュレーションし被害を最小限に抑える

デューデリジェンスで発見された問題に対し、価格調整条項やクロージング前の再協議条項を盛り込んでおくと損失を限定できます。最悪シナリオに備え、表明保証保険の活用も検討します。事前に損益シミュレーションを多角的に行い、感度分析で利益がマイナスに転じる閾値を把握しておくと安心です。

机上で考えすぎず現実に合わせて柔軟に対応する

ターゲット企業が少ない業界では、理想像に固執していると候補が枯渇します。リストを広げて机上の戦略を再検証し、条件を緩和できる箇所がないかを探りましょう。相手に合わせてスキームや支払方法を調整することがM&A成約率を高めます。

専門家を活用し機密情報を安全に扱う

M&Aは非公開情報が多く、リークは信用失墜を招きます。経験豊富な仲介会社やFAを選定し、NDA管理や買収条件のすり合わせを委託することで、経営陣は意思決定に集中できます。必ず実績と信頼性を確認し、適切なフィー体系を交渉しましょう。

PMIを見据えた人材と文化の統合を設計する

PMIが滞ればシナジーは半減します。買収契約締結前から、人事制度の統合ロードマップやコミュニケーションプランを設計し、M&A後100日で成果指標を掲げると現場の混乱を抑えられます。異文化研修やジョブローテーションを活用し、両社のベストプラクティスを融合させることがポイントです。

M&A戦略の事例

具体例を通じて、戦略がどのように成果へ結びつくのかを確認してみましょう。

ZOZOが出口戦略でヤフー傘下入りした理由

ZOZOは2019年9月、TOBに応じてヤフー株式会社(現LINEヤフー)傘下となりました。減益局面でも前澤氏のブランド力とヤフーのEC基盤を掛け合わせることで、双方のEC領域を補完し合うシナジーが見込めた点が成功要因です。これによりZOZOは株価上昇という成果を得て、創業者は資金を確保しつつ経営から退くという出口戦略を達成しました。

ココカラファインとマツモトキヨシの統合で業界首位を狙う

2019年に基本合意した両社は、株式移転で持株会社を設立し統合を予定しています。狙いはドラッグストア業界での店舗網と仕入交渉力を飛躍的に高めることです。統合によりプライベートブランドの共同開発や物流網の最適化が進み、スケールメリットを最大化できる見込みです。

医師不足クリニックを地域病院が救済した例に学ぶ

精神科クリニックが医師不足に悩み、地域病院グループに株式譲渡した事例では、医師派遣と管理部門共有で短期的に診療体制を回復させました。売り手は雇用を守り、買い手は専門診療を拡充できるという双方メリットの高いモデルケースです。

資金繰り難の老舗和菓子屋を異業種が支援した事例

売上減で資金繰りが悪化した和菓子メーカーが、地域の物流企業と資本提携を行ったケースでは、物流ネットワークを活用し販路を再拡大。のれん価値を守りながらキャッシュフローを改善し、雇用維持とブランド継承を実現しました。

M&A戦略まとめ

M&A戦略は「目的設定→分析→フレームワーク→実行計画→PMI」という流れで一貫して設計することが成功の近道です。数字とストーリーの両面から戦略を練り、関係者全員が同じビジョンを共有すれば、買い手も売り手もWin-Winの成果を得られます。

まとめとして強調したいのは、M&Aは決断してからクロージングまで平均して半年から1年ほどの時間がかかり、その途中では株価変動や法改正、経済環境の悪化といった外部要因が介在します。そのため、戦略とスケジュールを定期的に同期させるガバナンス体制を敷き、決断のスピードを落とさないようにする必要があります。また、最終合意後に公表するメッセージも重要です。従業員や取引先が安心できるよう、ビジョンと統合メリットをわかりやすく伝え、統合初日から新しい組織文化を打ち出すことでPMIの摩擦を最小限に抑えられます。M&A戦略は「買う・売る」の瞬間で終わらず、統合後の価値創造を通じて初めて完結する——この視点を経営陣が共有し続けることが、最終的な成果を決定づけます。

まとめ

M&A成功の鍵は「目的の明確化」「数値に基づく分析」「柔軟な戦略修正」「専門家活用」「PMI徹底」です。これらを一貫して実践すれば、事業承継でも成長投資でもシナジーを最大化し、譲渡企業と譲受企業双方が納得するWin-Winを実現できます。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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