会社分割は、M&A(企業の合併・買収)における重要な手法の一つです。この記事では、会社分割の種類や適しているケース、メリット、デメリットなどを詳しく解説します。また、事業譲渡との違いや実際の事例、手続の流れについても紹介しますので、会社分割を検討している方は参考にしてください。
目次
会社分割は、M&A(企業の合併・買収)における重要な手法の一つです。この方法では、会社の一部または全部の事業を切り離し、別の会社に承継させることができます。会社分割を行う際、事業を切り離す側を「分割会社」、承継を受ける側を「承継会社」と呼びます。
会社分割は、業績が低迷している企業の再生にも活用される手法です。経営の立て直しが必要な状況では、抜本的な改革の一環として会社分割が選択されることがあります。
会社分割には、大きく分けて4つのパターンがあります。これらは、分割の方法と対価の受け取り方によって分類されます。
1.分割型新設分割
2.分社型新設分割
3.分割型吸収分割
4.分社型吸収分割
これらのパターンは、「吸収分割」と「新設分割」という2つの方式に、さらに「分割型」と「分社型」という2つの対価受取方法を組み合わせたものです。各パターンの特徴については、後ほど詳しく解説します。
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(会社分割)
会社分割は、特定の状況下で非常に効果的なM&A手法となります。以下に、会社分割が適している主なケースを紹介します。
社内(またはグループ会社内)に複数の事業がある場合、経営上の理由からその一部を分離したり、分離した上で別会社の事業と統合したりする再編を行いたい場合があります。このような状況で、会社分割は有効な選択肢となります。
例えば、経営の立て直しが必要な状況では、抜本的な改革が求められることがあります。会社分割を活用することで、効果的な事業再編を実現できる可能性があります。
事業が肥大化し、整理が必要になった場合も、会社分割が適しています。会社分割によって経営のスリム化を図ることができます。また、不採算事業を切り離すことで、主軸事業に経営資源を集中させることも可能です。
さらに、本業とあまり関係のない事業を分離する際にも、会社分割は有効な手段となります。これにより、企業は自社の強みを活かした事業展開に注力できるようになります。
会社分割における譲渡側のメリットを紹介します。
不要な事業のみを譲渡できる点です。株式譲渡や株式交換、株式移転などの他のM&A手法とは異なり、事業の一部のみを譲渡することが可能です。これにより、会社の経営権に影響を与えることなく、特定の事業を切り離すことができます。
既存の契約関係をスムーズに移転できることです。会社分割を行う際、既存の契約関係は新しい会社にそのまま引き継がれます。
これにより、取引先や顧客との関係を維持しつつ、組織の変更を実施することが可能になります。対象事業の契約関係や資産をそのまま承継できる点は、手続面においても大きなメリットといえるでしょう。
会社分割における譲渡側のデメリットを紹介します。
手続に時間がかかる点が挙げられます。この時間的な課題には、いくつかの要因があります。
1. 株価算定の複雑さ:支払い方法が株式である場合、特に中小企業の株価算定には詳細な財務分析が必要となります。
この作業に多くの時間を要することがあります。
2. 税務・財務上の取り扱い:正確な税務・財務上の取り扱いを行うためには、慎重な作業が必要です。これにも相応の
時間がかかります。
3. 株主総会の決議:多くの場合、会社分割には株主総会の決議が必要です。この手続自体にも時間を要します。
これらの要因により、会社分割の実施には他のM&A手法と比べて長い期間が必要となる場合があります。そのため、
時間的な制約がある場合には、会社分割が適切な選択肢とならない可能性があります。
会社分割を選択できる企業には、一定の条件と形態があります。これらを理解することは、M&Aにおいて会社分割を検討する際に重要です。
まず、会社分割を選択できる企業形態は限定されています。具体的には、以下の3つの形態の企業のみが会社分割を実施できます。
1. 株式会社
2. 合同会社
3. 特例有限会社
これらの形態以外の企業は、会社分割という手法を選択することができません。
会社分割を実施するためには、通常、株主総会での特別決議が必要となります。この特別決議には、以下の条件を満たす必要があります。
1. 議決権を持つ株主の過半数以上が出席すること
2. 出席した株主の議決権の3分の2以上の賛成を得ること
つまり、株主の3分の2以上の賛成がなければ、会社分割を実行することはできません。
ただし、後述する「簡易分割」や「略式分割」の場合は、この株主総会の決議が不要となる場合があります。これらの特例は、一定の条件を満たす場合に適用されるものです。
会社分割と事業譲渡は、どちらもM&A手法の一種ですが、いくつか違いがあります。これらの違いを理解することで、自社の状況に最適な手法を選択することができます。
1. 組織再編:会社分割は組織再編に該当しますが、事業譲渡は該当しません。
2. 契約・雇用関係の承継:会社分割では包括承継となりますが、事業譲渡では個別承継が必要です。
3. 債権者保護手続:会社分割では必要ですが、事業譲渡では不要です。
4. 支払い方法:会社分割では株式または現金、事業譲渡では現金のみとなります。
5. 簿外債務の引き継ぎ:会社分割では一部必要ですが、事業譲渡では不要です。
6. 消費税:会社分割にはかかりませんが、事業譲渡にはかかります。
7. 税制優遇:会社分割にはありますが、事業譲渡にはありません。
事業譲渡の場合、個別の契約移転手続が必要となる点が会社分割との大きな違いです。取引先や業務委託先などとの各契約の移転手続を個別に行う必要があります。また、譲渡対象は譲受側との交渉によって決定されます。
吸収分割は、会社分割の主要な形態の一つです。この方式では、既存の別会社に既存事業を移転します。吸収分割には、分割会社と承継会社の双方にメリットがあります。
分割会社にとっては、経営のスリム化を図ることができます。一方、承継会社にとっては、新たな事業を取得することで販路拡大のチャンスとなります。
分割型吸収分割(人的吸収分割)は、対価を分割会社の株主が受け取る方式です。この方式には以下のような特徴があります。
1. 株主の立場:対価を株式で受け取った場合、分割会社の株主は分割会社と承継会社の両方の株式を保有することになり
ます。
2. 横のつながり:株主として、分割会社と承継会社の間に横のつながりができます。これにより、両社の経営状況を把握
しやすくなります。
3. 株主構成の変化:分割会社の株主が承継会社の株主にもなるため、両社の株主構成に変化が生じます。
分社型吸収分割(物的吸収分割)は、対価を分割会社が受け取る方式です。この方式の主な特徴は以下の通りです。
1. 親子関係の形成:対価を株式で受け取った場合、分割会社が承継会社の株主になります。これにより、分割会社と承継
会社の間に親子関係が形成されます。
2. 経営権の維持:分割会社が承継会社の株式を保有することで、間接的に分割した事業の経営権を維持できます。
3. 資本関係の変化:分割会社と承継会社の間に新たな資本関係が生まれ、グループ経営の形態が変化します。
新設分割は、既存事業を新たに設立する法人に移転する分割方式です。この方法には以下のような特徴があります。
1. 新会社の設立:既存事業をそのまま新設法人として独立させることができます。
2. リスク分散:新設分割を活用することで、事業ごとの倒産リスクを分散させることが可能です。
3. 独立性の確保:分割された事業を独立した法人として運営することで、意思決定の迅速化や経営の効率化を図れます。
分割型新設分割(人的新設分割)は、対価を分割会社の株主が受け取る方式です。この方式の主な特徴は以下の通りです。
1. 株主の多様化:分割会社の株主は、分割会社と新設会社の両方の株式を保有することになります。
2. グループ再編への適性:この方式は、グループ企業の再編に適しています。株主レベルでの関係性を維持しつつ、
事業を分離できるためです。
3. 株主利益の直接的な反映:新設会社の業績が直接株主に反映されるため、株主にとっては事業の成長を直接享受
できるメリットがあります。
分社型新設分割(物的新設分割)は、対価を分割会社が受け取る方式です。この方式には以下のような特徴があります。
1. 親子関係の形成:対価を株式で受け取った場合、分割会社が新設法人の親会社になります。
2. 経営権の維持:分割会社が新設法人の株式を保有することで、分割した事業の経営権を間接的に維持できます。
3. グループ経営の容易さ:親会社(分割会社)が子会社(新設法人)の株式を保有するため、グループ経営が容易になり
ます。
共同分割は、複数の企業がそれぞれの事業の一部を切り離して、1つの法人へ承継させる方式です。この手法には以下のような特徴があります。
1. 事業の統合:複数企業の特定事業を1つの法人に集約することで、効率的な事業運営が可能になります。
2. シナジー効果:異なる企業の事業を統合することで、新たなシナジー効果を生み出す可能性があります。
3. 分割の形態:共同分割も、事業の移転先によって「共同新設分割」と「共同吸収分割」に分類されます。
共同分割は、複数企業の強みを活かした新たな事業体制の構築に有効な手法といえます。
中小企業においても、会社分割を活用したM&Aの事例が見られます。ここでは、実際の事例を紹介します。
この事例では、創業50年を超える運送・倉庫事業者が以下のような流れで会社分割を活用しました。
1. 新会社の設立:代表取締役の実子が出資して新会社を設立しました。
2. 事業の移転:採算性の良い事業を新会社に移転しました。
3. 債務処理:旧会社に残った債務は特別清算手続によって実質的に債務免除となりました。
4. 自主再建:第二会社方式による債務免除を実施することで、自主再建を図ることができました。
地方都市を中心に業務を行っていたタクシー会社が以下のような流れで会社分割を実施しました。
1. 新会社の設立:地元の事業スポンサーの出資により新会社を設立しました。
2. 事業の移転:タクシー事業を新会社に移転しました。
3. 分割対価の処理:分割対価は旧会社が受領しました。
4. 債務処理:旧会社に残った債務は特別清算手続によって実質的に債務免除となりました。
これらの事例から、会社分割が中小企業の再生や事業継続に有効な手段となり得ることがわかります。
会社分割を実施する際には、いくつかの費用が発生します。これらの費用を事前に把握し、予算に組み込むことが重要です。
会社分割に伴う主な費用は、以下の3種類です。
1. 登録免許税
2. 官報公告費
3. 専門家への報酬
これらの費用に加えて、弁護士や税理士などの専門家に相談する場合は、別途費用が発生することがあります。会社分割の規模や複雑さによっては、さらに高額になる可能性もあるため、事前に十分な予算計画を立てることが重要です。
会社分割の手続は、分割の種類によって若干異なります。ここでは、吸収分割と新設分割それぞれの手続フローを解説します。
吸収分割の手続には、最低でも1か月半程度かかります。主な手続の流れは以下の通りです。
1. 分割計画書の作成
2. 吸収分割契約の締結
3. 開示書類の備置
4. 従業員への通知
5. 反対株主による株式買取請求通知
6. 債権者保護手続
7. 株主総会の開催
8. 登記申請
9. 事後開示書類の備置
なお、取締役会を設置している会社の場合、最初に取締役会の承認を得る必要があります。
新設分割の場合、契約締結の手続が事実上省略できるため、比較的短期間で完了することが可能です。主な手続の流れは以下の通りです。
1. 分割計画書の作成
2. 開示書類の備置
3. 従業員への通知
4. 反対株主による株式買取請求通知
5. 債権者保護手続
6. 株主総会の開催
7. 登記申請
8. 事後開示書類の備置
吸収分割と同様に、取締役会を設置している会社の場合は、最初に取締役会の承認を得る必要があります。
会社分割の手続は複雑で時間がかかりますが、一定の要件を満たせば、手続を簡略化することができます。
1. 簡易分割の要件
2. 略式分割の要件
これらの簡略化オプションを活用することで、会社分割の手続にかかる時間と労力を大幅に削減することができます。
会社分割には、「適格分割」と「非適格分割」という区分があり、適格分割と認められた場合には税制上の優遇措置を受けられる可能性があります。
適格分割として認められるためには、さまざまな要件を満たす必要があります。しかし、中小企業における会社分割では、これらの要件を満たすことが難しい傾向にあります。
1. グループ内再編要件:大企業に属するグループ企業の場合、この要件を満たしやすいですが、中小企業では難しい場合
が多いです。
2. 事業継続要件:分割後も事業が継続されることが求められますが、中小企業の場合、事業の大幅な変更が必要なケース
も多く、この要件を満たすのが難しいことがあります。
3. 従業員引継要件:従業員の80%以上を引き継ぐ必要がありますが、中小企業では人員の大幅な変更が必要なケースも
多く、この要件を満たすのが難しい場合があります。
そのため、中小企業が会社分割を行う際は、税制優遇措置の適用を前提とせず、他のメリットも考慮して判断することが重要です。
会社分割は、法人登記手続の中でも特に難易度が高い手続です。そのため、会社分割を検討する際には、経験豊富な専門家に相談することが非常に重要です。
1. 税理士:税務面での助言や、適格分割の可能性についての判断を得ることができます。
2. 司法書士:登記手続に関する助言や、実際の登記申請の代行を依頼できます。
3. 弁護士:法的側面からの助言や、契約書の作成などを依頼できます。
これらの専門家は、法務・労務・税務などの幅広い知識と豊富な実務経験を持っています。彼らの助言を受けることで、複雑な会社分割の手続を適切に進めることができ、潜在的なリスクを回避することも可能になります。
会社分割は、M&Aにおける重要な手法の一つです。事業の一部を切り離し、別会社に承継させることで、経営の効率化や事業の再編を図ることができます。会社分割には様々な形態があり、それぞれに特徴やメリット、デメリットがあります。中小企業においても会社分割は有効な選択肢となり得ますが、税制優遇措置の適用には注意が必要です。会社分割を検討する際は、専門家に相談し、自社の状況に最適な方法を選択することが重要です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事