M&Aにおける買収プレミアムの意味や発生理由、算出方法、注意点を詳しく解説します。実際の事例や専門家への相談方法も紹介し、M&A戦略の成功に役立つ情報を提供します。
目次
▶目次ページ:企業買収(買収プレミアム)
買収プレミアムとは、M&A(合併・買収)取引において、買収側企業が支払う金額と対象企業の市場価値(時価総額)との差額を指します。具体的には、株式市場で過半数の株式を取得しようとする場合、通常の市場価格では既存株主が売却に応じないことが多いため、市場価格に上乗せした価格を提示する必要があります。この上乗せ分が買収プレミアムとなります。
簡単に言えば、買収金額から時価総額を差し引いた金額が買収プレミアムとなります。この概念は、M&A取引の重要な要素であり、取引の成否や条件に大きな影響を与える要因となります。
M&A取引における買収プレミアムの平均的な割合は、およそ30%から40%の範囲内とされています。例えば、対象企業の時価総額が100億円の場合、平均的な取引価格は130億円から140億円程度になると想定されます。
ただし、この数値はあくまで平均的な目安であり、実際の取引では様々な要因によって大きく変動する可能性があります。特に、譲渡側企業が特殊な技術や高いブランド力を持っている場合には、40%を超える買収プレミアムが提示されることもあります。
したがって、M&A取引を検討する際には、この平均値を参考にしつつも、個々の案件の特性や市場環境、両社の状況などを総合的に考慮して適切な買収プレミアムを設定することが重要です。
買収プレミアムが発生する背景には、いくつかの要因があります。以下、主な理由について詳しく見ていきましょう。
買収プレミアムが支払われる最も一般的な理由の一つは、買収後に期待されるシナジー効果です。シナジー効果とは、2つの企業が統合することで生まれる相乗効果のことを指します。
具体的には以下のようなシナジー効果が期待されます。
これらのシナジー効果によって、将来的な収益増加や費用削減が見込まれる場合、買収側企業はその期待値を買収プレミアムとして支払う意思を持つことがあります。
企業価値を構成する要素の中には、財務諸表に直接反映されない無形資産が存在します。これらの無形資産が高く評価される場合、買収プレミアムが発生することがあります。
無形資産には以下のようなものが含まれます。
これらの無形資産は、直接的に株価に反映されにくいものの、企業の長期的な価値創造能力に重要な影響を与えます。買収側企業がこれらの無形資産に高い価値を見出した場合、その評価額が買収プレミアムとして上乗せされることがあります。
買収プレミアムが発生する別の重要な理由として、支配権獲得に対する対価、いわゆるコントロールプレミアムがあります。
株式市場で形成される株価は、通常、市場で1株を売買する際の価格を反映しています。しかし、M&A取引では、過半数の株式取得を目指すことが多く、これは企業の支配権を獲得する行為に相当します。
支配権を獲得することで、買収側企業は以下のような権限を得ることができます。
これらの権限は、単なる株式投資以上の価値を持つため、買収側企業はその対価として市場株価を上回る価格を提示することがあります。
一方、既存株主の視点からも、支配権の移転に伴うリスクへの補償として買収プレミアムが機能します。例えば、TOB(株式公開買付)に応じない場合、企業が非公開化されることで株式の流動性が失われるリスクがあります。買収プレミアムは、こうしたネガティブな要因に対する見返りとしての側面も持っています。
買収プレミアムを支払うことで、買収企業側にもいくつかの実務的なメリットがあります。
これらのメリットは、直接的な金銭的利益だけでなく、M&A取引の円滑な進行や長期的な企業価値向上にも寄与する可能性があります。ただし、過度に高い買収プレミアムは財務的負担を増大させるリスクもあるため、バランスの取れた判断が求められます。
買収プレミアムを適切に算出することは、M&A取引の成功に大きく影響します。ここでは、主な計算方法について詳しく解説します。
スタンドアローンバリュー(単独価値)とは、M&A取引によるシナジー効果を考慮せずに、対象企業単独での株主価値を評価する概念です。この方法では、対象企業の現在の財務状況と将来の成長性を独立して分析します。
スタンドアローンバリューの算出手順
ただし、上場企業の支配権取得を目的としたM&Aの場合、この方法が用いられることは比較的稀です。市場株価が既に企業の価値をある程度反映していると考えられるためです。
企業価値を基に買収プレミアムを算出する方法には、主に以下の3つのアプローチがあります。
コストアプローチ
企業の保有資産と負債を基に企業価値を算出する方法です。
主に以下の3つの手法があります
簿価純資産法 |
企業の財務諸表にある帳簿上の価値をもとに評価する |
時価純資産法 |
資産と負債を市場価値で評価する |
時価純資産+営業権 |
無形資産も考慮に入れ、包括的に評価する |
コストアプローチの方法
この方法は、客観性が高く、特に中小企業のM&Aで採用されやすい特徴があります。
マーケットアプローチ
類似企業の情報や過去の取引事例を参考に企業価値を算出する方法です。
主な手法には以下があります。
類似企業比較法 |
類似企業の平均的な企業価値を参考にして算出する |
類似取引比較法 |
類似企業で過去に実施されたM&Aの取引内容を参考にして算出する |
マーケットアプローチの方法
この方法は、市場の実態を反映しやすいという利点がありますが、適切な比較対象を見つけることが課題となります。
インカムアプローチ
対象企業の将来の収益予測に基づいて企業価値を評価する手法です。
主な方法には以下があります
DCF(Discounted Cash Flow)法 |
予想される将来の利益を用いて算出する |
配当還元法 |
過去2年間の平均配当金額を、利率10%と仮定して算出する |
残余利益モデル(オルソンモデル) |
株主に属する企業価値を、会計利益によって算定する |
インカムアプローチの方法
この方法は、将来の成長性を考慮できる反面、予測の不確実性が高いという特徴があります。
これらの方法で算出された企業価値と、現在の市場価値(時価総額)との差額が買収プレミアムとなります。実際のM&A取引では、これらの方法を複合的に用いて、より精緻な買収プレミアムの算出を行うことが一般的です。
買収プレミアムを確定する際には、以下の重要なポイントに注意する必要があります。
適切な買収プレミアムの確定は、M&A取引の成功に直結する重要な要素です。これらのポイントを慎重に検討し、バランスの取れた判断を行うことが求められます。
買収プレミアムを設定する際には、いくつかの重要な留意事項があります。これらのリスクや課題を事前に認識し、適切に対処することが、M&A取引の成功につながります。
買収プレミアムは、会計上「のれん」として計上されます。のれんとは、買収価格が取得した資産と負債の時価を超過する部分を指します。こののれんに関しては、以下のリスクに注意が必要です
減損リスク
買収後、予想していた収益性が得られない場合、のれんの減損が発生する可能性があります。減損が生じると、一時的に大きな損失を計上することになり、企業の財務状況に重大な影響を与える可能性があります。
定期的な償却
日本の会計基準では、のれんは定額法に従って規則的に償却する必要があります。この償却費は毎期の利益を減少させる要因となります。
対応策
高額な買収プレミアムを支払った場合、投資金額の回収に長期間を要する可能性があります。以下のようなケースでは特に注意が必要です。
対象企業の過大評価
デューデリジェンスの不備や楽観的な将来予測により、対象企業を過大評価してしまった場合。
予想外の業績低迷
買収後に対象企業の業績が予想を下回り、期待したシナジー効果が得られない場合。
市場環境の変化
業界全体の急激な変化や予期せぬ競合の出現により、買収時の前提条件が崩れた場合。
対応策
買収プレミアムを含むM&A取引が、買収側企業の株価にどのような影響を与えるかは、ケースバイケースで異なります。以下のような要因が株価に影響を与える可能性があります。
市場の評価
M&A取引の戦略的意義や買収プレミアムの妥当性に対する市場の評価。
シナジー効果の実現性
公表されたシナジー効果の実現可能性に対する投資家の見方。
財務への影響
買収に伴う負債の増加や財務指標の変化に対する懸念。
統合リスク
買収後の統合プロセスの困難さに対する市場の認識。
対応策
買収プレミアムの設定は、これらのリスクと潜在的なリターンのバランスを取る必要がある複雑な意思決定プロセスです。長期的な企業価値向上の視点から、慎重かつ戦略的に判断することが重要です。
買収プレミアムは、実際のM&A取引でどのように適用されているのでしょうか。ここでは、具体的な事例を紹介し、その特徴や背景について解説します。
HCホールディングスによる日立化成の買収(2020年)
ヤフーによるZOZOの買収(2019年)
ニトリによる島忠の買収(2020年)
三井不動産による東京ドームの買収(2021年)
電通によるセプテーニ・ホールディングスの買収(2018年)
武田薬品によるシャイアー社の買収(2019年)
MicrosoftによるLinkedInの買収(2016年)
帝人によるジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)の買収(2021年)
ヤマダホールディングスによるヒノキヤグループの買収(2020年)
アサヒグループホールディングスによるカルピス社の買収(2012年)
これらの事例から、以下のような傾向や特徴が見て取れます。
これらの事例は、買収プレミアムの設定が個々の案件の特性や戦略的意義、市場環境などに大きく左右されることを示しています。適切な買収プレミアムの設定は、M&A戦略の成功に直結する重要な要素であると言えるでしょう。
買収プレミアムの設定は、M&A取引の成否を左右する重要な要素です。適切な買収プレミアムを決定するには、専門的な知識と豊富な経験が必要となります。そのため、M&Aを検討する企業は、以下のような専門家に相談することをお勧めします。
M&A仲介会社
M&Aアドバイザリー会社
投資銀行
公認会計士・税理士
弁護士
経営コンサルタント
これらの専門家に相談することで、以下のようなメリットが得られます。
専門家への相談時には、以下の点に注意しましょう。
買収プレミアムの設定は、M&A取引の成功に直結する重要な要素です。専門家の知見を活用することで、より戦略的かつ適切な買収プレミアムを設定し、M&A取引を成功に導くことができるでしょう。
買収プレミアムは、M&A取引において重要な役割を果たします。適切な買収プレミアムの設定は、取引の成功確率を高め、長期的な企業価値の向上につながります。一方で、過度に高額な買収プレミアムは財務的負担やのれん減損リスクを増大させる可能性があります。そのため、シナジー効果の慎重な評価、適切な企業価値算定、市場動向の把握が不可欠です。専門家の助言を積極的に活用し、戦略的かつバランスの取れた買収プレミアムを設定することが、M&A成功の鍵となります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画