M&Aにおける表明保証の意義や範囲と責任を具体的事例で解説
表明保証とは何か?M&A取引で必ず押さえる実務ポイントは?その答えは、売り手が事実の正確性を保証し、買い手のリスクを軽減して安心してM&Aを進めるための契約条項にあります。本記事では基本概念から違反時の対策まで丁寧に解説します。ぜひ確認してください。
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表明保証は、M&A契約で売り手が買い手に対し、対象会社や事業に関する事実が真実かつ正確であると宣言し、その内容を保証する条項です。取引当事者間の情報の非対称性を埋め、リスクを適切に分担することで、買い手が安心して取引を進められる環境を整えます。また、デューデリジェンスで把握しきれない簿外債務や潜在リスクを補完する機能もあります。
対象会社を熟知する売り手と、外部から情報を得る買い手の間には大きな情報格差があります。売り手が表明保証を行い、虚偽や重大な欠落がないことを約束することで、買い手は未知のリスクに対する補償を受けられます。結果として、対価の算定や契約締結に向けた意思決定が容易になり、交渉のスムーズ化につながります。
中小企業では内部統制やガバナンス体制が大企業ほど整備されていないことが多く、簿外債務や偶発債務が潜在するケースも少なくありません。そのため、買い手は表明保証によって経営実態を担保し、後日発覚するリスクを最小限に抑える必要があります。一方の売り手も、適切に限定文言や補償上限を設けることで、過度な責任を負わずに円滑な承継を実現できます。
契約書では、まず「譲渡人は譲受人に対し、本契約締結日および譲渡実行日において、以下の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。」といった導入文が置かれ、その後に具体的な保証事項が列挙されます。代表的な項目は以下の通りです。
これらは対象会社の規模や業種によって取捨選択され、必要に応じて詳細な基準や例外がディスクロージャースケジュールとして添付されます。
保証の対象時点は契約締結時とクロージング時の二つが定められるのが一般的です。クロージングまでの間に重大な変化が起きた場合は、売り手が速やかに通知し、買い手と協議したうえで対策を講じる仕組みを設けることで、不測の事態を回避できます。
株式の適法所有や担保設定の不存在、財務諸表の作成基準遵守、偶発債務の不存在、重要契約の有効性、従業員との労務トラブルの不存在、知的財産権の保有状況など、幅広い領域が対象になります。買い手は自社のリスク許容度に応じて網羅性を確保し、売り手は事実と異なる表明を避けるために限定文言や例外記載を活用します。
取引を成立させるためには、双方が基本的な前提条件を確認し合う必要があります。以下の事項は買い手・売り手の両者が保証することで、取引の適法性と実効性を担保します。
各当事者は、取引を行うための社内決裁を経ており、法令や定款に違反しない形で契約を締結する権限を持つことを保証します。この確認により、後日手続の瑕疵を理由とした無効主張のリスクが低減します。
契約締結や履行が関連法令に違反しないこと、ならびに当事者・関係会社・役員が反社会的勢力と無関係であることを相互に保証します。これにより、法的リスクやレピュテーションリスクの顕在化を防ぎ、金融機関や取引先の信頼を確保できます。
売り手は、譲渡対象株式を適法に保有し、担保権や第三者の権利が付着していないこと、潜在株式が存在しないことを明示します。これにより、買い手は出資比率や議決権が譲受後も変動しないことを確認できます。
財務諸表が公認会計士協会の基準など一般に認められた会計原則に従って作成され、重要な虚偽記載や簿外債務がないことを保証します。これが違反すると、譲渡対価の減額や損害賠償の対象になります。
不動産、動産、在庫、ソフトウェア、特許、商標など重要資産について、所有権が適法で瑕疵がないことを保証します。特にIT関連事業では、ソースコードのライセンスや第三者権利との抵触の有無を明確にすることが欠かせません。
重大な契約違反や解約事由がないこと、係属訴訟や行政処分の予定がないこと、労働紛争や未払残業代がないことを保証します。これらは後日顕在化すると損害額が大きくなるため、売り手は事前に精査し、例外事項を開示することが不可欠です。
買い手は財務・法務・税務の専門家と協力し、売り手の説明を資料と突き合わせて確認します。調査で判明しない領域は、表明保証で補完し、必要に応じてサンドバッキング条項を導入します。
補償上限額、請求可能期間、免責金額(ディダクティブル)を契約に定め、損害額算定方法も合意します。これにより、紛争時の交渉コストと時間を削減できます。
「知る限り」や「重大な影響を及ぼす範囲で」といった限定を付すことで、売り手は未知のリスクに対する無過失責任を回避しやすくなります。ただし過度な限定は買い手の信頼を損ない交渉が長期化するため、バランスが鍵です。
一定の保険料を支払うことで、違反時の損害を保険でカバーできます。保険金の上限は企業価値の10〜20%程度が目安で、取引規模が大きい場合に有効です。
違反が判明すると、買い手は損害賠償請求や契約解除を検討できます。もっとも、解除は取引コストが大きく双方に負担を強いるため、実務では代金調整や追加補償で解決するケースが多いです。
契約で直接損害に限定するのか、逸失利益まで認めるのか、請求上限を設けるのかを明記します。東京地裁平成18年1月17日判決では、会計処理の誤りによる純資産額の乖離が損害認定の対象となり、売り手が賠償責任を負いました。
重大違反で取引の前提が崩れた場合にのみ解除が選択されることが多く、事前に解除条項を狭く定義しておくことで不必要なトラブルを防止できます。
対象会社が利息計上すべきでない金額を資産計上していた点などが表明保証違反と認定され、売り手の故意による隠蔽が推認されました。裁判所は、買い手の調査不足を理由に責任を免除することはできないと判断しています。
抽象的な条文は解釈に幅が生じ、裁判所が重大性の限定を付して判断する可能性があります。具体的な数値基準や重要性基準を盛り込み、解釈の余地を減らすことが紛争予防につながります。
売り手は違反の有無を確認する過程で自主的な情報開示を促され、買い手は調査で把握できないリスクを表面化させることができます。結果として、契約書の別紙に例外事項を整理するプロセスが情報の非対称性を削減します。
どの範囲を売り手が保証し、どの範囲を買い手が受容するかを条項で明確にすることで、各当事者の責任範囲を可視化します。売り手は保証した事項に無過失でも責任を負い、保証していない事項については責任を負わないという線引きが可能となります。
クロージングまで表明保証違反が存在しないことを買い手の代金支払義務の前提に置くことで、リスクが顕在化した場合に取引を回避または条件変更できるセーフティネットとなります。
表明保証は、主契約に附随して設けられる特約であり、真実性を保証する結果責任に近い損害担保契約と位置付けられます。違反があれば過失の有無を問わず、あらかじめ合意した補償条項に従って金銭的救済が図られるのが特徴です。民法の契約不適合責任との相違は、表明保証が「表明した事実の正確性そのもの」を担保する点にあります。
また、株式譲渡契約では、競業避止や負債返済など将来の行為を義務付けるコベナンツ条項も併記されますが、コベナンツは債務不履行責任が適用されるのに対し、表明保証は無過失責任となる点で機能が異なります。したがって、両者を明確に区分し、それぞれに適切な救済手段と期限を設定することが実務上不可欠です。
中小企業オーナーにとっては、売却後に家族の生活資金を確保しながらも不測の訴訟リスクに備えることが重要です。表明保証条項を適切に設計し、保険や補償上限を活用すれば、譲渡代金を安全に受け取りつつ将来の係争を防げるため、安心して次のステージへ踏み出せます。
一方、買い手側も、想定外の偶発債務で資金繰りが逼迫する事態を避けるため、クロージング後の監視体制や早期通知義務を設け、違反を迅速に把握できる体制を整えておくことが賢明です。
表明保証違反が疑われる場合、当事者は感情的にならず、契約書に定めた手続に沿って冷静に対応することが重要です。まず、買い手が違反の兆候を把握したら、通知期限内に書面で売り手へ違反事実と損害の概要を伝達します。通知が遅れると補償請求権が失効する恐れがあるため、専門家と連携し事実関係を整理したうえで証拠資料を添付することが望ましいです。
続いて、双方は協議期間を設け、損害額認定方法や補償範囲、支払時期を協議します。補償条項に定めた上限額や免責金額に基づき、対価の減額・分割払い・表明保証保険の保険金請求など解決方法を選択します。協議がまとまらない場合は、仲裁条項や管轄裁判所条項に従い、迅速に紛争解決手続へ移行します。
表明保証違反による責任追及では、客観的要件と主観的要件の二層構造を押さえる必要があります。
客観的要件とは、表明保証で約束した事項が真実でなかったという事実です。財務諸表の虚偽記載や無許可営業など、条項に明確に反する事実が確認されれば要件を満たします。契約書の文言が抽象的だと裁判所は「重大な誤りか」を基準に判断する傾向があるため、条項を具体的に定義することが紛争予防の鍵です。
売り手が「知る限りにおいて」表明した場合は、実際に知っていたか、知り得べきであったかが争点となります。買い手については重大な過失があると請求が制限される可能性があり、東京地裁平成18年判決でも議論されました。
知識限定文言で売り手の責任範囲を調整
知識限定文言は無過失責任を一定程度緩和しますが、売り手が情報を隠匿していた場合は適用されません。売り手は内部調査を徹底し、例外事項をディスクロージャースケジュールに明示することが不可欠です。
サンドバッキング条項で買い手の権利を保護
買い手がデューデリジェンスで違反事実を把握していても、サンドバッキング条項があれば補償請求を維持できます。リスクを価格に織り込むか、後日請求するかを柔軟に選択できます。
表明保証条項が実際にどのように解釈されるかを把握することで、実務対応の指針を得られます。東京地裁平成18年判決では、売り手の意図的な隠蔽が認定され、買い手の調査不足という主張は退けられました。また、東京地裁平成19年7月26日判決では、条項が抽象的であっても「重大な相違があるか」を基準に判断されると示されました。
表明保証保険は、売り手が早期に資金を受け取り、買い手が補償の実効性を確保できる手段です。保険料は取引価額の1〜3%程度、保険金上限は企業価値の10〜20%程度が目安です。
保険でカバーできないリスクは、契約条項や価格調整で補完します。
条項は「いつ・誰が・何を・どの程度まで保証するか」を整理して作成します。時点をクロージングまで延長し、保証主体に親会社や経営陣を含めるかを検討し、業界特有のリスクを盛り込み、重大性基準や金額基準を明示して過度な責任拡大を防ぎます。情報開示義務や秘密保持義務と連動させることで例外事項を自動的に整理でき、交渉後半の修正負荷を軽減できます。
経営に深く関与した売り手は「知る限り」でも知識があったと認定されやすく、逆に関与が薄い個人株主は責任が限定される傾向があります。売り手は経営関与の実態に応じた限定文言を提案し、リスクを管理しましょう。
財務・税務のみならず、サイバーセキュリティや環境DDを実施し、シナリオ分析で補償上限額の根拠を明確化します。数値基準で「重大な影響範囲」を定義すれば交渉が透明になります。
エスクロー口座やアーンアウトを組み合わせると、売り手の資金拘束と買い手保護をバランス良く実現できます。ただし中小企業では資金繰りへの影響が大きいため、調整額と期間は合理的な範囲に抑えることが重要です。
表明保証は過去・現在の事実を担保し無過失でも責任を負いますが、コベナンツは将来の行為を約束し、債務不履行責任が適用されます。救済手段や補償範囲を明確に区分しましょう。
買い手は買収後100日プランとして財務レビューや税務リスクチェック、顧客インタビューを実施し、リスク兆候を早期に検知します。売り手も協力義務を負う場合が多く、迅速な情報提供が紛争化を防止します。
表明保証条項は複合的な専門知識が必要なため、早期に専門家を選任することが成功の近道です。一般的に法律事務所報酬は取引価額の1〜2%、会計DDは300万円前後、表明保証保険料は対価の1%強が目安です。
表明保証を「買い手を守る条項」ではなく「双方の信頼を形成する道具」と位置付け、早期に専門家へ相談し、ディスクロージャーと限定文言を組み合わせたバランスの取れた条項を設計すれば、後継者不足に悩む企業でも安心して承継できます。
表明保証は、情報格差を埋め取引の安全性を高める中核条項です。売り手は正確開示と限定文言、買い手は網羅的保証と補償設計でバランスを取り、保険や価格調整で残存リスクを抑制することが重要です。裁判例と保険活用を把握し、クロージング後のモニタリングを徹底すれば、紛争を防ぎ円滑な事業承継が可能です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事