M&A取引における表明保証の意義と実務上の重要性を解説します。基本概念から具体的な条項例、違反時の対応まで、実践的な知識を網羅的に紹介。円滑なM&A実現のための必須知識を学べます。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(最終契約/クロージング)
表明保証は、M&A(合併・買収)取引において重要な役割を果たす契約条項です。主に売り手が買い手に対して、対象企業や事業に関する特定の事実や状況が真実であり、正確であることを表明し、保証するものです。
表明保証とは、契約当事者(主に売り手)が、契約締結日やクロージング日において、特定の事項が真実かつ正確であることを相手方に対して表明し、保証することを指します。その主な目的は以下の通りです。
1. リスク分配:取引に関連するリスクを当事者間で適切に分配します。
2. 情報の非対称性の解消:売り手が持つ情報を買い手と共有し、情報の格差を減らします。
3. デューデリジェンスの補完:買い手による調査だけでは把握しきれない事項をカバーします。
4. 取引の安全性確保:買い手が安心して取引を行えるよう、一定の保証を提供します。
表明保証は、特に中小企業のM&Aにおいて重要な役割を果たします。中小企業では、経営管理体制が十分に整っていない場合があり、簿外債務などの隠れたリスクが存在する可能性が高いためです。
表明保証条項の一般的な記載例は以下のようになります。
「譲渡人は、譲受人に対し、本契約締結日および譲渡実行日において、以下の事項が真実かつ正確であることを表明し、保証する。」
この導入文に続いて、具体的な表明保証事項が列挙されます。例えば:
1. 譲渡対象株式の適法な所有
2. 財務諸表の正確性
3. 重要な訴訟や紛争の不存在
4. 法令遵守
5. 重要な資産の適切な保有と管理
これらの項目は、取引の規模や対象企業の特性に応じて、詳細かつ具体的に記載されます。
表明保証条項は、M&A契約において不可欠な要素となっており、取引の安全性と透明性を高める重要な役割を果たしています。
表明保証の範囲と内容は、M&A取引の性質や対象企業の特性によって異なりますが、一般的に広範囲にわたる事項が含まれます。ここでは、売り手と買い手の双方が行う表明保証事項、および売り手特有の表明保証事項について詳しく見ていきます。
M&A取引において、売り手と買い手の双方が表明保証を行う主な項目には以下のようなものがあります。
1. 契約締結能力と権限:
o 取引を行う法的能力を有していること
o 必要な社内手続を経ていること
o 契約締結に必要な権限を有していること
2. 法令遵守:
o 契約締結が関連法令に違反しないこと
o 必要な許認可を取得していること
3. 反社会的勢力との非関与:
o 反社会的勢力でないこと
o 反社会的勢力との関係がないこと
4. 契約の有効性:
o 締結する契約が法的に有効で強制力を持つこと
これらの項目は、取引の基本的な前提条件を確認するものであり、双方の信頼関係を構築する上で重要な役割を果たします。
売り手が行う表明保証は、対象企業や事業に関する詳細な情報を含むため、より広範囲かつ具体的なものとなります。主な項目には以下のようなものがあります。
1. 株式に関する事項:
o 譲渡対象株式を適法に所有していること
o 株式に担保権等の制限がないこと
o 潜在株式(新株予約権等)の不存在
2. 財務諸表の正確性:
o 財務諸表が一般に認められた会計基準に従って作成されていること
o 重要な誤りや虚偽記載がないこと
o 簿外債務や偶発債務が存在しないこと
3. 資産に関する事項:
o 重要な資産を適法に所有していること
o 資産に重大な瑕疵がないこと
o 知的財産権の適切な保有と管理
4. 契約関係:
o 重要な契約が有効に存続していること
o 契約上の義務を適切に履行していること
5. 従業員・労務関係:
o 労働関連法令を遵守していること
o 重大な労働紛争が存在しないこと
o 未払いの社会保険料や残業代がないこと
6. 訴訟・紛争:
o 重大な訴訟や紛争が係属していないこと
o 将来の訴訟や紛争のリスクが低いこと
7. コンプライアンス:
o 関連法令を遵守していること
o 必要な許認可を適切に取得・維持していること
これらの表明保証事項は、買い手が対象企業や事業のリスクを適切に評価し、取引の可否や条件を判断するための重要な情報源となります。また、これらの事項が事実と異なることが判明した場合、売り手に損害賠償責任が生じる可能性があるため、慎重に検討し、正確に表明保証を行うことが求められます。
表明保証は、M&A取引において重要な役割を果たしますが、売り手と買い手の双方が適切に対応しなければ、後のトラブルにつながる可能性があります。ここでは、それぞれの立場における留意事項を詳しく見ていきます。
買い手は、表明保証を受ける立場として、以下の点に注意する必要があります。
1. 徹底したデューデリジェンスの実施:
o 表明保証の内容を裏付けるため、詳細な調査を行います。
o 財務、法務、税務など多角的な視点から対象企業を精査します。
o 専門家の協力を得て、潜在的なリスクを洗い出します。
2. 適切な表明保証事項の設定:
o デューデリジェンスの結果を踏まえ、必要十分な表明保証事項を設定します。
o 対象企業の特性や業界特有のリスクを考慮し、網羅的な項目を検討します。
3. プロ・サンドバッギング条項の検討:
o デューデリジェンスで発見した問題について、表明保証違反の請求権を留保する条項の導入を検討します。
o これにより、知っていた事実についても補償請求が可能になります。
4. 表明保証違反の早期発見と対応:
o クロージング後も継続的にモニタリングを行い、違反の兆候を早期に発見します。
o 違反を発見した場合は、速やかに売り手に通知し、適切な対応を協議します。
5. 補償条項の設計:
o 表明保証違反が発生した場合の補償内容や手続を明確に定めます。
o 補償上限額、時間的制限、最低請求額など、具体的な条件を設定します。
売り手は、表明保証を行う立場として、以下の点に特に注意を払う必要があります。
1. 正確かつ誠実な情報開示:
o 不利な情報であっても、隠蔽せずに開示します。
o 意図的な隠蔽は重大な契約違反となり、法的責任を負う可能性があります。
2. 表明保証事項の慎重な検討:
o 各表明保証事項の真実性を十分に確認します。
o 不確実な事項については、適切な限定文言を用いるか、例外事項として明示します。
3. 明確な表現の使用:
o 曖昧な表現を避け、誤解のない明確な文言を使用します。
o 必要に応じて、用語の定義を契約書に明記します。
4. 知識限定文言の活用:
o 「知る限りにおいて」などの知識限定文言を適切に使用し、責任範囲を明確にします。
o ただし、過度の限定は買い手の理解を得られない可能性があるため、バランスが重要です。
5. 表明保証期間の設定:
o 表明保証の有効期間を適切に設定し、無期限の責任を負わないようにします。
o 項目ごとに異なる期間を設定することも検討します。
6. 補償上限額の交渉:
o 表明保証違反による補償の上限額を設定し、過大な責任を負わないようにします。
o 業界慣行や取引規模を考慮しつつ、買い手と適切な水準を交渉します。
7. 表明保証保険の検討:
o リスクヘッジの手段として、表明保証保険の活用を検討します。
o 保険によってカバーされる範囲や条件を十分に確認します。
これらの留意点を踏まえ、売り手と買い手の双方が慎重かつ誠実に対応することで、円滑なM&A取引の実現と、取引後のトラブル防止につながります。専門家のアドバイスを適切に活用し、バランスの取れた表明保証条項を設計することが重要です。
表明保証違反が発生した場合、M&A取引の当事者、特に売り手は重大な影響を受ける可能性があります。ここでは、表明保証違反が生じた際の具体的な影響と、それに対する対応策について詳しく説明します。
表明保証違反が発生した場合、主に以下の2つの法的措置が取られる可能性があります。
1. 損害賠償請求:
o 買い手は、表明保証違反によって被った損害の賠償を請求することができます。
o 損害額の算定基準や上限額は、通常、契約書に明記されています。
o 損害には、直接損害だけでなく、間接損害や逸失利益が含まれる場合もあります。
2. 契約解除:
o 重大な表明保証違反の場合、買い手は契約の解除を選択することができます。
o 契約解除となった場合、原則として取引前の状態に戻すことになります。
ただし、実務上は以下のような対応が多く見られます:
• 軽微な違反の場合、当事者間で協議し、金銭的な調整で解決することが一般的です。
• 譲渡対価の減額や追加の補償金支払いなどで合意に至ることが多いです。
• 契約解除は、双方にとって大きな負担となるため、最後の手段として考えられます。
表明保証違反に対する責任追及は、以下のような要素によって左右されます。
1. 違反の程度:
o 軽微な違反の場合、損害賠償請求が認められない可能性があります。
o 具体的な損失が発生していない場合、責任追及が困難な場合があります。
2. デューデリジェンスの十分性:
o 買い手のデューデリジェンスが不十分だと判断された場合、損害賠償が認められないケースがあります。
o 買い手には、一定の注意義務が求められます。
3. 売り手の故意・過失:
o 売り手に故意や重大な過失がある場合、より厳しい責任追及がなされる可能性があります。
o 意図的な隠蔽や虚偽の表明は、重大な契約違反とみなされます。
4. 契約条項の内容:
o 補償条項や責任制限条項の内容によって、責任追及の範囲が変わります。
o 知識限定文言や補償上限額の設定が影響を与えます。
責任追及を確実にするためには、買い手は以下の点に注意する必要があります。
• 専門家による徹底したデューデリジェンスの実施
• 具体的かつ明確な表明保証事項の設定
• 適切な補償条項の設計
• 表明保証違反の早期発見と迅速な通知
表明保証保険は、M&A取引におけるリスクヘッジの有効な手段として注目されています。この保険の主な特徴と活用方法は以下の通りです。
1. 保険の種類:
o 売り手用表明保証保険
o 買い手用表明保証保険(より一般的)
2. 保険の仕組み:
o 表明保証違反による損害を保険でカバーします。
o 保険金の上限額は、通常、企業価値の10~20%程度です。
o 保険料は、保険金上限額の1~3%程度が一般的です。
3. 保険期間:
o 通常、1~7年程度の期間設定が可能です。
o 表明保証事項ごとに異なる期間を設定することもできます。
4. メリット:
o 売り手:表明保証違反のリスクを軽減し、売却代金を安全に確保できます。
o 買い手:売り手の資力に関わらず、補償を受けられる可能性が高まります。
o 双方:交渉の円滑化や取引のスピードアップにつながります。
5. 注意点:
o 保険でカバーされない除外事由があります(既知の違反事項など)。
o 保険金請求には、一定の免責金額(ディダクティブル)が設定されます。
o 保険料や審査コストがかかるため、取引規模に応じた検討が必要です。
表明保証保険を活用する際は、以下の点に留意することが重要です。
• 保険会社との早期の相談と情報開示
• デューデリジェンス結果の適切な共有
• 保険条件と表明保証条項の整合性確保
• 保険でカバーされない項目の把握と対応策検討
表明保証違反は、M&A取引において重大な問題となる可能性がありますが、適切な対応策を講じることで、リスクを軽減し、円滑な取引の実現につながります。専門家のアドバイスを受けながら、慎重に対応することが重要です。
表明保証違反に関する実際の裁判例を見ることで、具体的にどのような場合に違反が認定され、どのような判断がなされるのかを理解することができます。ここでは、実際の事例を紹介し、その内容と判決の意義について解説します。
東京地裁平成18年1月17日判決
【事案の概要】 この事例は、対象会社の株式譲渡契約において、譲渡代金が対象会社の簿価純資産額に基づいて算定された案件です。売り手は、会計基準に準拠した財務諸表が作成されていることを表明保証し、保証事項の真偽に関わらず、買い手に損害が発生した場合は損害賠償を行うことに合意しました。
しかし、対象会社では以下の会計処理の問題が発覚しました。
1. 元本の弁済に充てられるべき和解債権の弁済金を利息として計上
2. 本来、貸倒債権として償却すべき債権を不当に貸借対照表上に資産計上
これらの問題に関して、買い手は売り手に対して表明保証違反を主張し、訴訟を提起しました。
【争点】 主な争点は以下の2点でした。
1. 売り手の表明保証違反の有無
2. 買い手の過失(重過失)の有無とその影響
売り手は、買い手が表明保証違反を認識しなかったことに重大な過失があった場合、表明保証責任を免れると主張しました。
【判決の内容】 裁判所は以下のように判断しました。
1. 表明保証違反の認定:
o 対象会社の会計処理は、一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に反するものであり、表明保証違反に該当す
ると認定しました。
2. 買い手の過失について:
o 売り手が意図的に情報を隠蔽したことを考慮し、買い手に重大な過失があったとの主張は否定されました。
3. 損害賠償の認定:
o 売り手は、不当に資産計上された利息充当額等について損害賠償義務を負うと判断されました。
【判決の意義】 この判決から、以下のような重要な示唆が得られます。
1. 表明保証違反の判断基準:
o 一般に公正妥当と認められる会計基準からの逸脱は、表明保証違反と認定される可能性が高いです。
2. 買い手の調査義務と過失の関係:
o 売り手が意図的に情報を隠蔽した場合、買い手の調査不足を理由に責任を免れることは困難です。
3. 損害賠償の範囲:
o 不適切な会計処理によって生じた具体的な損害額が賠償の対象となります。
4. デューデリジェンスの重要性:
o 買い手は適切なデューデリジェンスを行う必要がありますが、それだけでは発見できない問題も存在することが示
されています。
5. 表明保証条項の有効性:
o 適切に設計された表明保証条項は、買い手の権利保護に有効であることが確認されました。
この事例は、M&A取引における表明保証の重要性と、その違反に対する裁判所の判断基準を示す重要な先例となっています。
実務上、この判決を踏まえ、以下のような対応が重要となります。
• 売り手:正確かつ誠実な情報開示の徹底
• 買い手:慎重なデューデリジェンスの実施と適切な表明保証条項の設計
• 双方:潜在的なリスクの洗い出しと適切な対応策の検討
表明保証違反に関する裁判例は、M&A実務の発展とともに蓄積されつつあります。これらの事例を参考にしながら、適切なリスク管理と契約設計を行うことが、円滑なM&A取引の実現につながります。
表明保証は、M&A取引において重要な役割を果たす契約条項です。売り手が対象企業や事業に関する事実を保証することで、買い手のリスクを軽減し、取引の安全性を高めます。適切な表明保証条項の設計と運用は、M&A取引の成功に不可欠です。両当事者は、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に対応することが重要です。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事