繰越欠損金はM&Aで節税材料になる一方、買い手が自由に引き継げるわけではありません。株式譲渡、合併、事業譲渡、清算ごとの扱い、5年ルール、価格評価への影響を整理します。
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赤字のある会社を売却するとき、「赤字だから価値がない」と考えてしまう経営者は少なくありません。けれども、税務上の赤字である繰越欠損金は、将来の黒字と相殺できる可能性があるため、M&A(合併・買収)では見落とせない要素です。
ただし、ここで誤解しやすい点があります。買い手企業が売り手企業の繰越欠損金をそのまま自社の黒字とぶつけ、自由に法人税を減らせるわけではありません。節税目的だけで赤字会社を買う取引を防ぐため、法人税法では厳しい制限が設けられています。
繰越欠損金とは、過去の事業年度で生じた税務上の赤字を、将来の黒字と相殺できる制度です。たとえば、過去に1,000万円の欠損金があり、翌期に800万円の所得が出た場合、その800万円と相殺できれば課税所得は0になります。
制度を使うには、原則として欠損金が生じた事業年度に青色申告書で確定申告をしていること、その後も確定申告を続けていることが必要です。2018年4月1日以後に開始した事業年度に生じた欠損金は、原則として10年間繰り越せます。それ以前の欠損金は9年間です。
複数年度に欠損金がある場合は、古い年度のものから順に使います。期限切れが近い赤字から消化するイメージです。
決算書の累積赤字と、税務上の繰越欠損金は同じものではありません。会計上の累積赤字は、貸借対照表の利益剰余金のマイナスとして表れます。一方、繰越欠損金は法人税申告書で管理される税務上の金額です。
たとえば、無償減資によって利益剰余金のマイナスを見た目上なくしても、税務上の繰越欠損金が残ることがあります。ここを混同すると、M&Aの価格交渉で「もう赤字は消えた」と誤って判断してしまうおそれがあります。意外と多い落とし穴です。
中小法人等は、原則としてその年の所得の全額まで繰越欠損金を控除できます。資本金1億円以下の普通法人が代表例ですが、資本金5億円以上の大法人に完全支配されている会社などは除かれます。
一方、大法人など中小法人等に該当しない会社では、2018年4月1日以後に開始する事業年度について、所得の50%までしか控除できません。買い手が大手企業グループの場合、対象会社の欠損金を使い切るまでに時間がかかることがあります。節税効果を価格に反映できるかどうかは、この点にも左右されます。
M&Aで繰越欠損金をどう扱えるかは、スキームで大きく変わります。会社そのものを譲り受けるのか、事業だけを買うのか、買収後に合併するのかで結論が異なるためです。
大切なのは、「赤字会社を買えば節税できる」と単純に考えないことです。税務上は、事業実態や支配関係の継続期間、買収後の事業計画まで見られます。
株式譲渡では、株主が変わるだけで対象会社の法人格はそのまま続きます。そのため、繰越欠損金も対象会社の中に残ります。
ただし、買い手企業の黒字と直接相殺できるわけではありません。相殺できるのは、原則として買収後に対象会社自身が稼いだ所得です。たとえば、赤字会社を子会社化し、その旧事業を立て直して子会社単体で黒字化できれば、その子会社の中で繰越欠損金を使える可能性があります。
経営者側から見ると、欠損金は買い手の事業計画次第で評価される資産になります。反対に、買い手が対象会社をすぐ休眠させたり、事業を大きく入れ替えたりする予定なら、評価されにくくなります。
吸収合併では、売り手企業が消滅し、買い手企業に権利義務が移ります。この場合、繰越欠損金を買い手企業側へ引き継げる可能性がありますが、条件は厳格です。
前提として、税務上の適格合併に該当する必要があります。適格合併とは、課税の繰延べが認められる組織再編のことです。形式だけでなく、合併後も事業が続くこと、従業員や役員の継続、事業の関連性などが確認されます。
さらに、支配関係が5年を超えて継続しているか、5年以内でも共同で事業を行うための合併といえるかが重要です。条件を満たさない場合、繰越欠損金の引継ぎは制限されます。
株式譲渡で100%子会社化した後、その会社を解散・清算する場合にも、一定の条件を満たせば親会社が未処理の欠損金を引き継げることがあります。
ただし、ここでも支配関係の期間が重要です。一般に、100%支配関係が5年を超えて継続しているかどうかが大きな判断軸になります。買収してすぐに清算すれば欠損金を取り込める、という単純な話ではありません。
清算は事業の終了を伴うため、従業員、取引先、許認可、債務、金融機関対応にも影響します。節税だけで選ぶスキームではありません。
事業譲渡では、資産、負債、契約、従業員などを個別に移します。会社そのものは売り手側に残るため、税務上の属性である繰越欠損金も売り手会社に残ります。買い手へは移りません。
そのため、買い手が「この事業は欲しいが、過去の税務リスクや債務は引き継ぎたくない」と考える場合、事業譲渡が選ばれることがあります。一方で、売り手側にとっては、繰越欠損金を価格交渉材料にしにくくなる点に注意が必要です。
株式譲渡では、対象会社に繰越欠損金が残るのが原則です。だからといって、常に安全に使えるわけではありません。
法人税法57条の2には、特定株主等によって支配された欠損等法人の制限があります。簡単にいえば、赤字会社を買って節税だけに使うような行為を防ぐためのルールです。
買い手が50%超の株式を取得するなどして対象会社を支配した後、5年以内に一定の事由に該当すると、過去の繰越欠損金が使えなくなる可能性があります。
典型例は、休眠会社を買収して新事業を始めるケースです。事業実態のない会社に欠損金だけが残っており、買収後にまったく別の事業を行う場合、税務上は租税回避と見られやすくなります。
また、買収前の旧事業をすべて廃止し、多額の借入れなどで旧事業の規模を大きく超える新事業を始める場合も注意が必要です。旧事業をやめて、欠損金だけを利用する形に見えるためです。
買収時の役員が全員退任し、従業員の一定割合が退職したうえで、旧事業と大きく異なる新事業を始める場合も、制限の対象になり得ます。従業員の20%以上の退職や、旧事業の5倍を超える規模の新事業などは、慎重に確認すべき典型例です。
もちろん、通常のM&Aでは役員交代や組織変更が起こること自体は珍しくありません。問題は、旧事業の実体がなくなり、欠損金だけを使うような形になっていないかです。買収後の事業計画と税務判断は、同時に見ておく必要があります。
繰越欠損金を実務上活用しやすいのは、買収した会社の旧事業を継続し、買い手とのシナジーでその会社単体を黒字化するケースです。
たとえば、赤字の製造会社を同業の買い手が子会社化し、販路や原価管理を改善して黒字化する場合です。このように事業の中身が継続していれば、欠損金の利用は自然な税務処理として説明しやすくなります。
逆に、赤字会社の事業を止め、別の事業や資金運用だけに使う計画では、税務上のリスクが高まります。M&A実務では、ここで買収後の計画が固まらず、価格交渉が止まることがあります。
買い手企業が対象会社の繰越欠損金を自社側に取り込みたい場合、合併や清算が検討されます。しかし、どちらも税務要件を外すと、想定していた節税効果が得られません。
特に、買収後すぐに合併する場合は注意が必要です。支配関係が発生してから5年以内の合併では、買収前からある欠損金の引継ぎが制限されやすくなります。
合併で繰越欠損金を引き継ぐには、まず合併そのものが適格合併である必要があります。非適格合併になると、被合併法人の繰越欠損金は原則として引き継げません。
グループ外の会社同士の合併では、共同事業要件が重要になります。主な確認点は、双方の事業に関連性があるか、事業規模が大きく違いすぎないか、従業員や役員が一定程度継続するか、合併後も事業を続けるかです。
「同じ業界だから大丈夫」とは限りません。売上、従業員数、役員の関与、合併後の事業計画を合わせて判断します。
買い手企業と対象会社との間に、50%超の支配関係が5年を超えて継続している場合、繰越欠損金の引継ぎは比較的判断しやすくなります。長期間同じグループ内で事業を続けていた会社を合併するため、欠損金だけを目的にした取引とは見られにくいからです。
ただし、5年を超えていればすべて問題ない、という意味ではありません。合併が適格であること、申告書上の欠損金残高や期限が正しいこと、過去に制限を受ける事由がないことは別途確認します。
買収から5年以内に合併する場合でも、みなし共同事業要件を満たせば、例外的に欠損金の引継ぎが認められる可能性があります。
代表的な判定軸は、双方の事業に相互の関連性があること、事業規模の差がおおむね5倍以内であること、合併後も事業規模や主要な機能が継続すること、特定の役員が合併後も経営に関与することなどです。
この判定は細かいです。たとえば、売上規模は近くても従業員が大きく減る、役員がすべて退任する、合併後に対象会社の事業をやめる、といった事情があると、税務上の説明が難しくなります。
100%子会社を清算して欠損金を親会社へ引き継ぐ場合も、支配関係の期間が重要です。買収後すぐに清算するスキームは、欠損金の利用制限に触れる可能性があります。
清算を使う場合は、そもそも対象会社の事業を続ける必要がないのか、資産や負債の整理は完了しているのか、従業員や取引先への影響をどうするのかを先に確認します。税務だけを見て清算を選ぶと、会社法、労務、取引先対応で手戻りが起こります。
繰越欠損金は、理論上は企業価値を押し上げる要素です。将来の税金を減らせる可能性があるためです。
ただし、買い手が欠損金を使い切れるかどうかは別問題です。使えない欠損金に高い価値はつきません。M&Aの価格交渉では、欠損金の金額そのものではなく、実際に使える見込みを確認します。
繰越欠損金の価値は、一般に「使える欠損金額×法人実効税率」を目安に考えます。たとえば、1億円の欠損金を将来すべて使え、実効税率を30%と仮定すれば、理論上の税効果は3,000万円です。
ただし、この金額がそのまま譲渡価格に上乗せされるとは限りません。買い手が対象会社を黒字化できる見込み、欠損金の残存期間、利用制限の有無、買い手の交渉姿勢によって変わります。
売り手経営者は、「赤字があるから安くなる」とだけ考えず、繰越欠損金が価格にどう反映されているかを確認することが大切です。提示価格の内訳に欠損金の価値がまったく入っていないケースもあります。
会計上、繰越欠損金に税効果を見込める場合は、繰延税金資産として計上することがあります。繰延税金資産とは、将来の税金を減らす効果を資産として表したものです。
たとえば、欠損金150万円、実効税率30%と仮定すると、税効果は45万円です。将来の黒字で回収できる見込みがあれば、繰延税金資産45万円を計上する考え方になります。
しかし、将来の黒字が見込めない場合は、繰延税金資産を計上できない、または取り崩す必要があります。M&Aでは、買い手が事業計画を見て「本当に使える欠損金か」を確認します。決算書に繰延税金資産が載っていても、価格評価でそのまま認められるとは限りません。
過去の申告内容に誤りがある、欠損金残高の管理が不十分である、組織再編や株主変更の履歴が複雑である。こうした場合、買い手は繰越欠損金の価値を保守的に見ます。
税務調査で否認される可能性がある欠損金は、買い手にとって資産ではなくリスクです。結果として、譲渡価格の減額、表明保証、補償条項、スキーム変更につながることがあります。
繰越欠損金をM&Aで評価してもらうには、売り手側も事前準備が必要です。買い手が確認するのは、欠損金の金額だけではありません。いつ発生したか、いつまで使えるか、制限に触れないかを見ます。
税務DDとは、税務デューデリジェンスの略で、買い手が対象会社の税務リスクを調べる手続です。専門家向けの言葉ですが、経営者にとっては「税金まわりの精密検査」と考えると分かりやすいです。
まず確認すべき資料は、過去の法人税申告書です。繰越欠損金は、法人税申告書の別表で年度ごとに管理されます。欠損金の発生年度、残高、控除済み金額、期限切れ見込みを整理します。
ここで数字が合わないと、買い手は不安を持ちます。決算書の赤字額と税務上の欠損金額が一致しないこと自体は珍しくありませんが、その理由を説明できる状態にしておくことが重要です。
過去に株主が大きく変わった、合併や会社分割をした、グループ会社との取引が多い。このような会社では、繰越欠損金に制限がかかっていないかを慎重に確認します。
特に、過去5年以内の支配関係の変化は重要です。買い手が株式取得後に事業を変える予定の場合も、法人税法57条の2の制限に触れないかを検討します。
繰越欠損金を活用できるかどうかは、買収後の事業計画と切り離せません。対象会社の旧事業を続けるのか、役員や従業員はどの程度残るのか、合併や清算をいつ行うのか。ここまで見て、はじめて欠損金の価値が見えてきます。
会社売却を検討する経営者は、繰越欠損金の残高を把握するだけでなく、それを買い手にどう説明するかまで準備しておくとよいです。税務上の価値を言語化できれば、赤字会社や債務超過会社でも交渉余地が広がることがあります。
繰越欠損金は、M&Aで会社価値や税務メリットに影響する一方、買い手が自由に引き継げるものではありません。株式譲渡では対象会社内に残り、合併や清算では適格性や5年ルールが重要です。事業譲渡では引き継げません。譲渡前に残高、期限、株主変更、買収後の事業計画を整理し、価格交渉に使える材料を見極めましょう。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人