M&A会計の基礎から応用までを解説
M&A会計とは何か、と質問されたらどう答えますか?本記事ではのれんの考え方から手法別仕訳まで、基礎と実務をすぐ理解できます。
目次
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(のれん、法務)
M&Aは譲渡企業と譲受企業の双方にとって大きな経営判断です。会計処理を正確に行わなければ、取引価格の妥当性や将来の財務計画が歪み、後にトラブルとなるおそれがあります。特に中小企業では経営者自身が意思決定を下す場面が多く、会計面のリスクを見落としがちです。ここではまず、M&A会計が担う役割を整理します。
譲受企業は対象企業の価値を評価する際、個別会計だけでなく連結会計や税務会計の影響も検討します。これにより、買収後に生じるキャッシュフローや税負担を具体的に把握でき、投資判断の精度が向上します。透明な情報開示は、金融機関や投資家からの信頼を得るための前提条件でもあります。
M&A後の統合では、資産・負債の再評価やのれんの計上など多数の仕訳が発生します。事前に会計処理を設計しておくことで、統合後の決算早期化と情報開示の信頼性を高められます。結果として、グループ全体のマネジメントサイクルが短縮し、新たな資本政策や成長戦略を迅速に実行できます。
M&A会計は「個別会計」「連結会計」「税務会計」の三層構造で把握すると分かりやすくなります。それぞれの役割と注意点を以下にまとめます。
個別会計は対象会社単体の経営成績と財政状態を示します。譲受企業が株式譲渡を検討する際、まず注目するのが個別財務諸表です。ただし、親会社や子会社との取引が反映されにくいため、グループ間取引の有無を確認しなければ正しい収益力を把握できません。例えば、売上の三割以上が親会社向けである場合、買収後に売上が細るリスクがあります。
個別会計で押さえる3つの確認ポイント
これらの項目は実態把握と買収価額の交渉材料になります。
連結会計は企業グループを一つの経済主体として財務情報を開示します。対象会社が複数の子会社を抱える場合や持株会社体制をとる場合、連結財務諸表を確認することで実態に近いキャッシュフローを把握できます。譲受企業は取得後のグループ全体の資金繰りやのれん負担をここでシミュレーションします。
連結会計で生じやすい調整仕訳の例
適切な調整を怠ると、営業利益が過大計上される危険があります。
税務会計は課税所得計算を目的とするため、損金不算入や加算調整など独自のルールがあります。中小企業で一般的に採用される税務会計では、減価償却方法や引当金の扱いが財務会計と異なることが多く、M&A後に追加納税が発生するケースもあります。税効果会計を踏まえた将来キャッシュフローの試算が欠かせません。
税務会計で注意すべき代表的な非加算項目
譲受企業はこれらの税務メリットの承継可否をデューデリジェンスで確認する必要があります。
上場企業や海外事業を展開する企業では、採用する会計基準が企業価値評価や報告義務に直結します。ここでは特徴を整理します。
日本会計基準は「企業会計原則」を土台とし、「一般原則」「損益計算書原則」「貸借対照表原則」等で構成されます。近年はIFRSとのコンバージェンスが進み、無形資産評価や開示項目の国際整合性が高まっています。国内M&Aでは最も利用頻度が高い基準であり、中小企業の株式譲渡でも適用されます。
IFRSは国際会計基準審議会が策定し、EU上場企業に義務付けられています。日本企業でも海外グループ会社を保有する場合に採用する動きが増えています。IFRSではのれんは償却せず、毎期減損テストを行う点が大きな特徴です。また、収益認識やリース会計などで原則主義を採用しているため、実態に合わせた判断が求められます。
米国会計基準(US GAAP)はFASBが発行する会計基準書群で構成され、厳格な開示と詳細なガイダンスが特徴です。日本企業がアメリカ市場で株式を公開する場合、US GAAPで財務諸表を作成する必要があります。US GAAPでものれんは非償却で減損テストを要求しますが、IFRSとは評価単位やテスト頻度に差異があります。
譲受企業が支払った取得対価が、取得する資産の時価純資産額を上回る部分がのれんです。ブランドや技術、人材など数値化しにくい超過収益力を表します。のれんを適切に認識することで、取得価額配分(PPA)の精度が向上し、将来の減損リスクを低減できます。
日本基準では20年以内の定額償却と減損がセット
日本会計基準ではのれんを20年以内で均等償却し、収益力が著しく下落した場合は減損処理を行います。例えば、譲受企業が5年目に業績不振となった場合、残存償却期間にかかわらず減損の必要性を検討します。合併・事業譲渡の場合は単体財務諸表で、株式譲渡・株式交換の場合は連結財務諸表で償却します。
IFRS・USGAAPでは非償却、毎年減損テストで価値を確認
IFRSと米国会計基準ではのれんを償却しません。毎期減損テストを行い、帳簿価額が回収可能価額を上回る場合にのみ減損します。このため、景気後退時に大きな減損損失が計上されることがあります。減損テストには将来キャッシュフロー予測や割引率の設定など、経営者による見積りが多分に含まれるため、監査法人との協議が欠かせません。
取得対価が時価純資産額を下回る場合、その差額は負ののれんとして譲受企業に特別利益をもたらします。買い手に一括で利益認識されるため、一時的に損益が膨らむ点に注意が必要です。税務上は益金算入となるため、課税インパクトも同時に把握しておきましょう。
M&Aには複数の手法がありますが、ここでは中小企業で採用例の多い株式譲渡と事業譲渡を取り上げ、会計上の違いを整理します。後編では株式交換・合併・会社分割などを扱います。
株式譲渡は発行済株式を譲受企業が取得して経営権を移転するスキームです。
対象会社株式の簿価と譲渡対価との差額を「譲渡益」または「譲渡損」として処理します。
取得した株式を「子会社株式」として固定資産計上します。
投資額と子会社の資本(親会社持分)との差額をのれんとして計上します。
仕訳例(連結財務諸表)
借方:資産●●● 負債●●● のれん●●●
貸方:子会社株式●●●
個別財務諸表にはのれんが現れない点が特徴です。
事業譲渡は事業の全部または一部を包括的ではなく個別に譲渡する方法です。
譲渡金額と簿価純資産との差額を「事業譲渡益(損)」として処理します。
取得資産と負債を時価評価で認識し、譲渡対価との差額をのれんとして計上します。
仕訳例(譲受企業個別会計)
借方:資産90 のれん20
貸方:負債10 現金100
譲受企業はのれん償却(日本基準の場合)を毎期費用計上するため、買収後数年間の利益水準に影響を与えます。
株式や事業を取得する前に実施する財務デューデリジェンスでは、どの会計基準が適用されているか、簿外債務がないかを詳細に調査します。特に税務調査の結果次第で追加納税が発生するリスクや、のれんの減損につながるリスクを洗い出すことで、買収後の資金計画を現実的なものにできます。
ここからは、株式交換・株式移転・合併・会社分割・第三者割当増資を中心に、実務上の留意点と仕訳の考え方を整理します。これらの手法は持株比率の変動や資本構成の変更を伴うため、のれん計上のタイミングや連結修正仕訳の有無が大きく異なります。仕組みを正確に理解することで、買収後の決算早期化とガバナンス強化につなげましょう。
株式交換は譲受企業(親会社)が自社株式を対価として譲渡企業(子会社)の全株式を取得し、完全子会社化するスキームです。売り手側では会計処理が不要で、買い手側でのみ以下のような仕訳が生じます。
個別会計
連結会計
株式対価を用いるため現金流出はありませんが、自己株式の評価額と資本剰余金の増加がバランスシートを大きく動かす点に注意します。
株式交換の仕訳フローを時系列で確認
手続が長期化する場合、期中に発行された株式は四半期ごとに希薄化影響を開示します。
株式移転は既存の複数企業が共同で新設会社を設立し、その新会社が各社の株式を取得して親会社となる方法です。新設親会社の個別会計では取得株式の総額を計上し、資本金・資本剰余金が増加します。連結会計では、新親会社を頂点にしたグループの資産・負債を再編し、各子会社の純資産との差額がのれんとして認識されます。経営管理の観点では、移転時点でPPA(取得価額配分)を早期に完了させることが重要です。
株式移転でののれん計上単位を意識
IFRS・USGAAPではのれんをCGU(キャッシュ・ジェネレーティング・ユニット)単位でテストします。中核事業の識別に誤りがあると、減損リスクを見誤るため、事業区分を明確に定義しておく必要があります。
合併には吸収合併と新設合併があります。売り手(被取得企業)は消滅するため、合併前日付で決算を締めます。買い手では譲受資産・負債を時価で計上し、対価との差額をのれんに振替えます。個別会計上ののれん償却は日本基準のみで、IFRS・USGAAPでは減損テストを行います。
吸収合併と新設合併で異なる決算実務
会社分割では譲渡企業の資産・負債を包括的に承継します。譲受企業が出資比率を取得する場合、売り手側で投資が継続するため個別会計では「A社株式」などの資産計上、連結会計では持分変動差額が発生します。買い手側では譲受資産・負債の時価評価と取得対価を比較し、差額をのれんとして認識します。
親会社が関連会社化する場合の持分法適用に留意
会社分割後、出資比率が20%前後になるケースでは関連会社として持分法適用の有無を判定します。持分法を適用するか否かで、その後のPL影響が大きく変わります。
第三者割当増資は発行会社が特定の投資家に新株を引き受けてもらう手法です。発行会社の個別会計では受け入れた払込金額を資本金と資本準備金に按分して計上します。引受先では「A社株式」として投資を認識し、連結対象となる場合は取得対価と純資産の差額をのれんとして計上します。
資本金と資本準備金の按分は柔軟だが税務影響を確認
払込総額の半分までは資本準備金に振替可能です。将来の配当原資や税務上の利益積立金額計算に影響するため、資本政策と節税効果を総合的に検討します。
手法 | のれん計上主体 | 連結修正の有無 | 資本構成変動 | 現金流出 | ポイント |
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株式交換 | 買い手のみ | あり | 自己株式発行 | なし | 希薄化影響 |
株式移転 | 新設親会社 | あり | 資本金増 | なし | PPAの早期完了 |
合併 | 買い手 | なし(消滅側なし) | 純資産増 | ケースによる | 時価評価範囲 |
会社分割 | 買い手・売り手 | あり | 持分変動 | ケースによる | 持分法判定 |
第三者割当増資 | 買い手(引受先) | 出資比率次第 | 資本金増 | あり | 資本金按分 |
M&A会計は手法ごとに仕訳とのれん計上主体が異なり、採用基準によって償却の有無や減損方法も変わります。基礎を体系的に学び、専門家と連携して適切な財務戦略を立案すれば、M&A後の企業価値向上とステークホルダーの信頼確保につながります。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画