企業価値を左右するM&A会計:専門家が教える重要ポイント

M&A会計の基礎から実務まで、「のれん」の概念や手法別の会計処理を詳しく解説します。企業価値評価や財務戦略に欠かせない知識を、わかりやすくまとめました。M&Aの成功を目指す経営者必読の情報です。

目次

  1. M&A会計の基礎知識
  2. M&A会計で重要な「のれん」の概念
  3. M&A手法ごとの会計処理の違い
  4. M&A会計を学ぶためのおすすめ書籍
  5. まとめ 

M&A会計の基礎知識

M&A(合併・買収)を実施する際、会計処理は非常に重要な要素となります。M&A会計の適切な理解は、取引の評価や将来の財務状況の予測に大きく影響します。ここでは、M&A会計の基礎知識として、会計の種類と関連する会計基準について解説します。

M&A会計の種類について

M&A会計には、主に以下の3つの種類があります。

1. 個別会計: 

 o 企業単体の財政状態を開示する会計です。

 o M&Aにおいては、譲渡対象会社の会計を指します。

 o 子会社がある場合や親会社との取引関係など、業績に影響を及ぼす取引は反映されないため、注意が必要です。

2. 連結会計: 

 o 企業グループ全体を1つの企業とみなし、グループの財務・業績・資金収支などを処理する会計です。

 o M&Aでは、譲渡対象会社がグループを形成している場合、グループ全体の経営状況を正確に把握するために必要と
      なります。

3. 税務会計: 

 o 個別会計や連結会計とは異なり、国や地方自治体に納める税金を計算するための課税所得を算出する会計処理で
        す。

 o 中小企業では税務会計が一般的に行われています。

M&Aに関連する会計基準

M&Aに関連する主な会計基準には、以下の3つがあります。これらの会計基準は、上場企業にのみ適用されます。

1. 日本会計基準: 

 o 日本の上場企業で多く採用されている独自の会計基準です。

 o 「企業会計原則」をベースとしており、「一般原則」「損益計算書原則」「貸借対照表原則」などから構成されて
         います。

 o 社会の変化や情勢に応じて定期的に改定が行われ、国際財務報告基準(IFRS)に近づいています。

2. 国際財務報告基準(IFRS): 

 o 国際会計基準審議会により作成された「世界共通の会計基準」を目指す基準です。

 o EU内の上場会社には導入が義務付けられています。

 o 日本企業でも、海外企業とのM&Aを実施し、海外にグループ会社がある場合などで採用が増えています。

3. 米国会計基準: 

 o アメリカで採用されている会計基準です。

 o 日本企業でもアメリカで上場している場合は、米国会計基準での財務諸表作成が必要となります。

 o 米国財務会計基準審議会(FASB)が発行する財務会計基準書(SFAS)やFASB解釈指針(FIN)などを基に会計処
        理を行います。

M&A会計を理解する上で、これらの会計の種類と会計基準の違いを把握することが重要です。特に、国際的なM&Aを検討する場合は、適用される会計基準の違いに注意を払う必要があります。

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(のれん、法務)

M&A会計で重要な「のれん」の概念

M&A会計において、「のれん」は非常に重要な概念です。企業価値評価や将来の財務状況に大きな影響を与えるため、正確な理解が必要です。ここでは、「のれん」の定義、償却方法、そして「負ののれん」の会計処理について解説します。

「のれん」の定義と意味

「のれん」は、以下のような特徴を持つ会計上の概念です:

1. 勘定科目の一つで、無形固定資産に分類されます。

2. ブランド、技術力、ノウハウなど、企業が保有する数値化できない価値を評価したものです。

3. 将来予想される収益を現在の企業価値に加算するために算出される数値です。

4. M&Aの実行スキームや、個別会計か連結会計かによって扱いが異なります。

具体的には、M&Aにおいて支払った対価が、取得した資産の時価総額を上回る場合、その差額が「のれん」として計上されます。これは、買収先企業の将来の収益力への期待を表すものと考えられます。

「のれん」の償却方法

「のれん」の償却方法は、採用する会計基準によって異なります。主な違いは以下の通りです:

1. 日本会計基準の場合: 

 o 20年以内に定額法で償却します。

 o M&Aスキームにより計上する勘定科目や財務諸表が異なります。 

  ・合併や事業譲渡の場合:単体財務諸表で償却

  ・株式譲渡や株式交換の場合:連結財務諸表で償却

 o 「のれん」の収益力が著しく下落した場合、減損処理を行う必要があり

【のれん償却の仕訳】



借方

金額(円)

貸方

金額(円)

のれん償却

●●●

のれん

●●●


2. 国際財務報告基準(IFRS)や米国会計基準の場合: 

 o 償却せず、毎年減損テスト(のれんの時価評価)を行います。

 o 「のれん」の帳簿価額と収益力を比較し、減損処理の判断を行います。

 o 減損処理を行う場合、日本会計基準よりも減損額が大きくなる傾向があります。

「負ののれん」の会計処理

「負ののれん」は、M&A取引において以下のような状況で発生します:

純資産よりも安い金額でM&A取引が行われた場合

純資産との差額が「負ののれん」として計上されます

「負ののれん」の会計処理は以下の通りです:

1. 買い手において、発生時に一括して特別利益として損益計算書(P/L)に計上します。

2. 純資産より安く譲受した分の金額が利益として扱われます。

3. 税務上の「負ののれん」の処理とは異なるため、注意が必要です。

【負ののれんの仕訳】


借方

金額(円)

貸方

金額(円)

子会社株式

●●●

現金

●●●


「のれん」と「負ののれん」の適切な会計処理は、M&A後の財務状況に大きな影響を与えます。特に、「のれん」の減損は企業の業績に直接影響するため、M&A実行時の企業価値評価や、その後の事業計画策定において慎重に検討する必要があります。

M&A手法ごとの会計処理の違い

M&Aには様々な手法があり、それぞれの手法によって会計処理が異なります。ここでは、主要なM&A手法である株式譲渡、事業譲渡、株式交換、合併について、それぞれの会計処理の特徴を解説します。

株式譲渡の会計処理

株式譲渡は、譲渡対象企業の発行済株式を買い手に譲渡することで経営権を移転する手法です。中小企業のM&Aで最も多く採用されるスキームです。

1. 会計処理の特徴: 

 o 「のれん」の会計処理が必要なのは買い手のみです。

 o 個別財務諸表では「のれん」は計上されません。

 o 連結財務諸表では「のれん」が計上されます。

2. 買い手の会計処理: 

 o 個別財務諸表:「子会社株式」として固定資産に資産計上

 o 連結財務諸表:子会社に対する投資額と子会社の資本のうち親会社持分額との差額を「のれん」として計上

【連結財務諸表上の仕訳】

借方

金額(円)

貸方

金額(円)

資産

●●●

負債

●●●

のれん

●●●

子会社株式

●●●


事業譲渡(一部・全部)の会計処理

事業譲渡は、譲渡対象企業の事業の全てまたは一部を買い手に譲渡する手法です。事業の選択と集中や不採算部門の切り離しなどに活用されます。

1. 会計処理の特徴: 

 o 売り手、買い手の両方で会計処理が必要です。

 o 個別会計においては、事業を対象とした取引として処理します。

2. 売り手の会計処理: 

 o 譲渡対象事業の簿価純資産と事業譲渡金額の差額を事業譲渡益として処理

3. 買い手の会計処理: 

 o 譲受る資産と負債の時価(事業譲渡対象の時価純資産)と事業の譲渡対価との差額を「のれん」として計上

株式交換の会計処理

株式交換は、買い手が新株を発行し、M&Aの対価として売り手の株式と交換する手法です。買い手が上場企業の場合に多く採用されます。

1. 会計処理の特徴: 

 o 売り手の会計処理はありません。

 o 買い手の会計処理のみが必要です。

2. 買い手の会計処理: 

 o 個別財務諸表:「子会社株式」を資産計上し、資本金・資本剰余金を増額

 o 連結財務諸表:子会社に対する投資額と子会社の資本のうち親会社持分額との差額を「のれん」として計上

【連結財務諸表上の仕訳】

借方

金額(円)

貸方

金額(円)

資産

●●●

負債

●●●

のれん

●●●

子会社株式

●●●


合併の会計処理

合併は、複数の企業が1つの企業になる手法です。吸収合併(既存の会社が別の会社を引き継ぐ)と新設合併(新会社を設立し新会社が企業を引き継ぐ)があります。

1. 会計処理の特徴: 

 o 売り手は消滅するため、合併前日を最終日として決算処理を行います。

 o 買い手は、譲渡対象企業の資産・負債を時価評価します。

2. 売り手の会計処理: 

 o 貸借対照表上の資産・負債は簿価で評価 

3. 買い手の会計処理: 

 o 合併した企業の純資産と譲渡対価の差額を「のれん」として計上

【吸収合併の仕訳】

借方

金額(円)

貸方

金額(円)

●●●

負債

●●●

のれん

●●●

純資産

●●●


これらのM&A手法ごとの会計処理の違いを理解することで、M&Aの計画段階から適切な財務戦略を立てることができます。また、各手法の特徴を踏まえて、自社にとって最適なM&A手法を選択することが可能となります。

M&A会計を学ぶためのおすすめ書籍

M&A会計は複雑で専門的な分野ですが、適切な知識を身につけることで、M&Aの計画や実行をより効果的に進めることができます。ここでは、M&A会計について学ぶための参考になる書籍を4冊紹介します。これらの書籍は、M&Aを検討している経営者や財務・経理担当者にとって有用な情報源となるでしょう。

1. 『M&A会計の実務』 

 o 著者:竹村純也(財務報告の専門家)

 o 出版社:税務経理協会

 o 特徴: 

  ・ M&Aの会計処理に不慣れな人にもわかりやすく解説

  ・ 実務的な観点から詳細な説明を提供

  ・ 最新の会計基準や法改正に対応した内容

2. 『図解+ケースでわかる M&A・組織再編の会計と税務〈第3版〉』 

 o 著者:小林正和

 o 出版社:中央経済社

 o 特徴: 

  ・ 132のケースを用いてM&A・組織再編の会計と税務を解説

  ・ 株式交付などの税制改正や企業結合適用指針の修正等に対応

  ・ 図解を多用し、複雑な概念を視覚的に理解しやすく説明

3. 『連結財務諸表の会計実務〈第2版〉』 

 o 編著:EY新日本有限責任監査法人

 o 出版社:中央経済社

 o 特徴: 

  ・ 連結財務諸表に焦点を当てた専門書

  ・ 図解を多く取り入れ、わかりやすく解説

  ・ 2013年に改正された会計基準の考え方にも対応

4. 『そこが知りたい!「のれん」の会計実務』 

 o 編著:EY新日本有限責任監査法人

 o 出版社:中央経済社

 o 特徴: 

  ・ 「のれん」に特化した専門書

  ・ 会計上の論点について詳細に解説

  ・ 税務上の「のれん」の取り扱いについても解説

これらの書籍は、M&A会計の全体像からより専門的な内容まで幅広くカバーしています。M&Aを検討する際には、自社の状況や必要な知識レベルに応じて、適切な書籍を選択することをおすすめします。

また、会計基準や法律は定期的に改正されるため、最新の情報を常に確認することが重要です。書籍で基礎知識を学んだ後は、顧問税理士や公認会計士などの専門家に相談し、最新の情報や具体的なアドバイスを得ることをお勧めします。

M&A会計の知識を深めることで、以下のような利点があります:

1. M&Aの戦略立案や意思決定の質が向上します。

2. デューデリジェンスの際に、より的確な財務分析が可能になります。

3. M&A後の統合プロセスにおいて、会計面での課題を事前に予測し対応できます。

4. 株主や投資家とのコミュニケーションがより円滑になります。

M&A会計は複雑ですが、適切な知識を身につけることで、M&Aの成功確率を高めることができます。これらの書籍を参考に、自社のM&A戦略に活かしていくことをおすすめします。

まとめ

M&A会計は、企業の財務状況や将来の業績に大きな影響を与える重要な分野です。本記事では、M&A会計の基礎知識、「のれん」の概念、M&A手法ごとの会計処理の違い、そして学習のためのおすすめ書籍について解説しました。M&Aを成功させるためには、これらの知識を適切に活用し、専門家のアドバイスも得ながら、慎重に計画を進めることが重要です。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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