親の会社を継ぐ判断と相続対策  経営権を守るための具体的流れ

親の会社を継ぐかどうかは、人生を左右する大きな選択です。相続税や経営権の引継、会社の売却も含め、多角的に検討する必要があります。本記事では、親の会社を継ぐメリット・デメリットや必要な能力、相続時の具体的手続などをやさしく解説します。

目次

  1. 親の会社を継ぐとは
  2. 親の会社を継ぐメリット・デメリット
  3. 事業承継に必要な3つの能力
  4. 親の会社を継ぐための事前準備
  5. 親の会社を相続する際の流れと相続税対策
  6. 相続した会社を売却するときのポイント
  7. 会社相続で活用できる補助金や手続き
  8. まとめ

親の会社を継ぐとは

親が経営する会社を継ぐとは、先代が持っていた「株式」を受け継ぐことです。会社の財産そのものは法人の所有物なので相続の対象には含まれません。あくまでも、親が保有していた株式を後継者が取得し、さらに株主総会などの手続を経て代表取締役としての地位を得ることが「会社を継ぐ」行為となります。

ただし、親が個人事業主として事業を営んでいた場合は事情が異なり、事業用の資産は親個人の所有物です。そのため、資産のすべてが相続の対象になります。会社(法人)か個人事業主かによって手続や相続の範囲は大きく変わります。

また、親の会社を継いだものの、自分が経営にまったく興味を持てないケースや、後継者に十分な知識・スキルがないために会社を維持できないケースもあります。そうした場合は、会社をM&Aで譲受企業に売却する選択肢も考えられます。

親の会社を継ぐメリット・デメリット

親族内で会社を継ぐと、家族間でスムーズに事業を引き継ぎやすい半面、責任の重さや資金負担など、注意すべき点も多く存在します。ここでは、主に3つずつのメリットとデメリットを取り上げます。

親の会社を継ぐメリット

働き方の自由度を高めやすい

自分のペースで仕事を組み立てたり、経営方針に自分のアイデアを反映させたりしやすいです。スケジュール管理を自分で行えるため、自由度が高い働き方が期待できます。

定年退職・リストラの不安が減る

一般的な雇用形態ではないため、「何歳で退職しなければならない」という制限が薄れます。自身の経営判断で長く働くことができる一方、リストラなどのリスクとも無縁になります。

給与水準や退職金、創業者利潤を得やすい可能性

事業が安定・拡大すれば、自身の報酬をある程度コントロールできるため、他の勤務形態と比べて高収入につながる可能性があります。退職時の退職金や将来的な会社売却でまとまった利益を得ることも考えられます。

親の会社を継ぐデメリット

経営責任が重く、簡単には辞めづらい

従業員の雇用を守る必要や、会社を存続させなければならない責任があり、途中で投げ出すと多大な影響を及ぼします。荷が重く感じる人も少なくありません。

借金や個人保証の引継ぎリスク

親の会社に融資があれば、後継者はその借入金や保証人を引き継ぐ可能性があります。返済計画をしっかり立てないと、個人財産を失うリスクにつながります。

株価が高い場合の資金調達リスク

会社の株式を引き継ぐにも費用がかかり、株価が高額だと多大な資金が必要になります。金融機関からの借入を検討せざるを得ないケースも出てくるでしょう。

事業承継に必要な3つの能力

親の会社を継いだあとの経営をうまく行うには、「経営力」「実務能力」「リーダーシップ力」の3つがとても重要です。これらの能力が欠けていると、事業を安定して成長させることが難しくなる場合があります。

経営力

ビジョンや目標設定

会社の将来像を明確にし、具体的な数値目標を掲げる力が必要です。

戦略立案と実行

市場分析をもとに自社の強みを活かす方法を考え、それを着実に実行する力が求められます。

財務や法務の基礎知識

会社を動かすには、資金繰りや契約の知識が欠かせません。誤った判断は、会社の経営を大きく揺るがす恐れがあります。

実務能力

現場を理解する力

従業員の働き方や顧客の要望を肌で感じ、自社の課題を正確につかむ必要があります。

多岐にわたる知識の習得

財務、マーケティング、人事、法務など、多方面の基本を習得し、必要に応じて専門家と連携できる力も大切です。

リーダーシップ力

コミュニケーション

社内外の関係者と円滑にやりとりし、ビジョンを共有する力が必要です。

倫理観・コンプライアンス

経営者は会社の看板でもあるため、公正で誠実な姿勢が問われます。

決断力

経営判断が求められる場面では、自ら責任を持って方向性を示すことが欠かせません。

親の会社を継ぐための事前準備

親が築いてきた会社をスムーズに引き継ぐには、あらかじめ綿密な準備をしておくことが大切です。たとえば、会社の財務内容を把握して弱点を補強する、相続税対策を講じる、必要な資金を確保するなど、幅広い視点で取り組む必要があります。


経営状況の分析と改善

財務諸表などを用い、会社が抱える課題を洗い出してから承継に臨むと、引き継ぎ後のスタートが滑らかになります。


事業計画の策定

競合の動向や今後の市場ニーズを踏まえて、会社の強みをどう生かすのかをまとめておくと良いでしょう。


株式移転の検討

生前贈与や相続、売買など、株式を後継者が取得する方法は複数あります。どれが最適か、税理士や弁護士などの専門家に早めに相談するのが賢明です。

親の会社を相続する際の流れと相続税対策

親の会社を相続する場合、まずは被相続人が保有していた株式を受け継ぐことになります。親が法人経営者の場合、会社そのものや会社財産は相続対象ではなく、相続の対象となるのは会社の「株式」です。以下では、株式を相続する一連の流れと、そのときに注意したい相続税対策についてまとめます。

1. 相続の開始と自社株の取得

  • 親が亡くなると相続が開始され、親が保有していた会社の株式を後継者が受け継ぎます。
  • 上場企業の株式なら市場価格が確認できますが、非上場企業の株式では理論株価を算出する必要があります。
  • 非上場企業の株式は、ほとんどの場合で譲渡制限が設定されているため、通常の売買には会社の承認が必要です。しかし、相続の場合は例外として承認決議なしに相続人へ株式を移転できます。

2. 株主名簿の書き換え(名義変更)

  • 相続により株式を受け継いだ後、必ず株主名簿に後継者の情報を書き加える必要があります。
  • 株主名簿への記載は株主としての権利を主張するうえで必須です。書き換えがないと、株主の地位を社内外に対して十分に示せなくなります。

3. 代表取締役の地位の取得

  • 株式を相続して名義を変更しただけでは、経営者としての地位は自動的に引き継げません。
  • 代表取締役に就任するためには、株主総会の承認が必要です。議決権が自分に集中していれば問題は生じにくいものの、他の相続人にも株式が分散している場合は話し合いを通じてまとめる必要があります。
  • 会社の規模が小さく、後継者が全株式を相続している場合には「みなし決議」で手続を済ませることも可能です。

4. 相続税への対応

  • 親の会社を相続すると、株式に対して相続税が課される場合があります。相続財産が多いほど相続税も高くなる可能性があるため、事前の対策が重要です。
  • 株価の高騰が見込まれる場合は、生前贈与や生前の株式譲渡を活用することで相続税の負担を抑えられるか検討する人もいます。
  • ただし、身内同士の安易な株式譲渡は「実質的な贈与」と判断されるケースもあるため、専門家の助言が欠かせません。

5. 事業承継税制の活用

  • 会社の相続において、相続税や贈与税が大きな負担となる場合があります。このとき事業承継税制を利用すると、一定の要件を満たせば納税の猶予や免除が受けられる可能性があります。
  • 例えば、特例承継計画を期限内に提出すると、相続や贈与時に発生する税金を大幅に猶予できる制度があります。
  • 適用要件が細かいため、活用を検討する際は税理士などの専門家と十分に相談することが大切です。

相続した会社を売却するときのポイント

「会社を継ぐ」という決断をせず、相続によって引き継いだ株式を売却する選択肢も存在します。特に、後継者自身が他分野で仕事をしており、自社を継ぐ意欲や余裕がない場合に検討されることが多いです。

1. 株価の確認

  • 上場企業なら、そのときの市場株価が目安になります。上場企業の株価は1日の取引が終わるたびに変化しますが、相続税の評価においては「被相続人が亡くなった日の終値」「亡くなった前後の月平均値」のうち最も低い値を採用します。
  • 非上場企業の場合は、純資産法や類似業種比準方式などで評価するのが一般的であり、その算定は非常に専門的です。M&A仲介会社や公認会計士など専門家に相談して適正価格を算出するのが望ましいでしょう。

2. 買い手探しと譲渡条件の交渉

  • 非上場株式を売却する場合は、自由に売却先を見つけられないケースが多いので、M&A仲介会社やマッチングプラットフォームを活用する方法があります。
  • 買い手が見つかれば、譲渡価格や支払方法、支払時期などを交渉して合意を得ます。秘密保持契約を結んだうえで、必要書類を提示することが多いです。

3. 譲渡承認請求と株式譲渡契約

  • 非上場企業の株式には譲渡制限がある場合がほとんどなので、第三者への株式売却には会社側の承認を得る必要があります。
  • 会社法の規定により、譲渡承認請求があった日から2週間以内に会社が承認または不承認を通知しないと、譲渡承認があったものとみなされます。
  • 承認が得られれば株式譲渡契約を締結し、会社に株主名簿の書き換えを請求します。

4. 株主名簿の書き換え

  • 株式売却の取引が完了したら、必ず株主名簿を書き換えます。買い手が名簿に登録されることで、正式な株主としての地位を確立できます。
  • この手続きがないと、配当や議決権などの株主としての権利を行使できず、後々トラブルになる可能性があるため要注意です。

会社相続で活用できる補助金や手続き

会社を引き継ぐタイミングを活かして、設備投資や新規事業へ挑戦し、事業の再構築を図る場合に活用できるのが「事業承継・引継ぎ補助金」です。


  • 対象経費:販路拡大や設備投資など、事業再構築に必要な費用
  • 補助率:2/3または1/2
  • 上限額:600万円以内または800万円以内

一定の要件をクリアすると補助金を受けられるため、相続を機に新規プロジェクトを立ち上げたいときや、会社をリニューアルしたいときに検討する価値があります。申請手続は詳細な書類作成が求められる場合が多く、専門家に助言をもらいながら進めるとスムーズです。

まとめ

親の会社を継ぐかどうかは、人生設計や事業の将来に大きく関わる重大な判断です。相続税や経営体制の整備、株式の譲渡制限など、押さえるべき事柄は多岐にわたります。会社をそのまま引き継ぐか、売却を検討するか、どちらを選ぶにせよ、専門家と連携しながら早期に準備を進めることで、より良い選択ができるでしょう。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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