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M&A経営戦略による課題解決と事業拡大の実践方法解説

M&Aを経営戦略に活用すると何が変わるのでしょうか。本稿では中小企業が直面する人材不足や新規事業参入の壁を、M&Aで乗り越える方法を目的・手順・注意点に分けて具体的に解説します。

目次

  1. 経営戦略とは
  2. M&Aを行う目的
  3. 経営戦略の策定における3つのレベル
  4. M&Aの手順
  5. M&Aに必要な準備
  6. M&Aを行う際の注意点
  7. 経営戦略としてM&Aを利用した事例
  8. M&Aを行う際のチェックリスト(参考用)
  9. まとめ

M&A経営戦略による課題解決と事業拡大の実践方法解説

経営戦略とは

企業が日々の競争環境の中で目的や目標を達成するために描く大きな道筋を経営戦略と呼びます。経営戦略は羅針盤の役割を果たし、従業員に方向性を示し、限られた経営資源の配分を最適化するための判断基準となります。また、グローバル化が進む現在、環境変化への迅速な対応を可能にするシナリオでもあります。

経営戦略は企業の羅針盤として成長方向を示す

経営戦略は「どの市場で戦い、どのように価値を創造するか」を定める羅針盤です。組織全体の意思決定を統一し、従業員が自社の立ち位置を理解しやすくすることで、一体感と行動のスピードを高めます。方向性が明確になれば、部門ごとの機能戦略も噛み合い、結果として経営効率が高まります。

経営戦略の重要性は変化の激しい環境への迅速対応

経営環境は技術革新や消費者ニーズの変化により絶えず揺れ動きます。経営者が自社の強み・弱みを熟知し、的確な経営戦略を描いておくことで、変化に振り回されるのではなく主体的に変化を活用できます。明確な戦略は投資判断をスピードアップさせ、企業価値向上を後押しします。

M&Aを行う目的

M&Aは経営戦略を実現するための強力な選択肢です。内部だけでは解決できない課題を外部資源の取り込みで解消し、短期間で成長ステージを引き上げることができます。

新事業領域への参入で事業基盤を素早く確立

対象企業が既に持つ市場参入ノウハウやブランドを引き継ぐことで、自社単独では時間のかかる新規事業立ち上げをスピーディーに実現できます。基盤設備や販路、顧客との関係も活用できるため、リスクを抑えて成果を狙えます。

経営リソースの獲得で人材不足やノウハウ欠如を解消

優秀な人材不足や特定分野のノウハウ不足は、多くの中小企業が抱える悩みです。譲受企業を通じて人材・技術・知見を一括で獲得すれば、自社育成に比べ大幅な時間短縮と確実性を得られます。後継者問題の解決策としても有効です。

スピーディーな事業展開で成長時間を短縮

M&Aの検討から成約までは3か月から1年程度が一般的とされます。自社でゼロから人材育成やノウハウ蓄積を行う場合と比べ、圧倒的に短い期間で事業拡大を図れる点が魅力です。

譲受先とのシナジー効果で競争力を高める

物流コストの削減や研究開発力の向上など、両社の強みを掛け合わせるシナジーはM&Aの大きな利点です。単独では実現が難しい規模の投資や顧客拡大を実質的に可能にし、企業全体の競争力を底上げします。

経営戦略の策定における3つのレベル

経営戦略は「企業戦略」「事業戦略」「機能戦略」の三層で構築されます。それぞれが連動することで、企業はブレのない行動を取ることができます。

1.企業戦略は事業領域と資源配分の方向性を決める

企業戦略は「どの事業にどれだけ資源を投入するか」を示すトップレイヤーの計画です。複数事業を有する企業では、経営ビジョンに沿った事業ポートフォリオの構築が鍵となります。

2.事業戦略は商品サービスと市場で具体的に競う

事業戦略では、ターゲット市場の分析や競合との比較を行い、自社商品・サービスの差別化ポイントを明確化します。市場成長性や顧客ニーズを踏まえたビジネスモデル設定が求められます。

3.機能戦略機能戦略は日常業務に落とし込み実務を支える

機能戦略は人事・マーケティング・生産など部門単位の行動計画です。企業戦略と事業戦略で掲げた方向性と整合を取りながら、KPIを設定し日々の業務へ反映します。

M&Aの手順

M&Aを経営戦略の一環として成功させるには、段階的で計画的な手順を踏むことが欠かせません。ここでは譲受企業の視点で一般的な流れを整理します。

1.自社分析で強みと弱みを客観的に把握する

最初のステップは自社の現状を把握する自社分析です。SWOTなどのフレームワークを使い、強み・弱み・機会・脅威を一覧化することで、どの資源が不足し、どの領域でシナジーを求めるべきかを明確にできます。客観的な視点を持つことで、後々の譲受候補企業選定がブレにくくなります。

2.市場調査で譲渡企業の将来性と競合状況を確認する

次に対象市場の規模や成長性、競争環境を調べます。譲受目的が新規事業参入であれば、異業種の競合も含めた広範なリサーチが必要です。市場調査は譲受後の売上計画の根拠となるため、定量データと定性情報を組み合わせ慎重に進めます。

3.目的の明確化でM&Aの方向性を定める

自社分析と市場調査を踏まえ、M&Aで何を解決したいのかを明確にします。例えば「優秀な開発エンジニアの獲得」や「新規顧客セグメントの取り込み」など目的が具体的であるほど、後工程の条件交渉がスムーズになります。

4.譲受候補先の選定でロングリストから絞り込む

目的に合う企業を20~30社ピックアップし、財務状況や文化の相性を比較しながらショートリストを作成します。譲受条件や譲受対象の範囲を整理しておくと、交渉段階での認識違いを防げます。

5.実行フェーズで専門家を交えスキームを構築する

候補企業決定後はTOP面談、ノンネームシートの提示、基本合意書締結、デューデリジェンス、最終契約書締結という順で進行します。特にデューデリジェンスは簿外債務や不要資産の洗い出しを行い、リスクヘッジ策を講じる重要プロセスです。税理士や公認会計士など専門家の関与が成功確率を高めます。

M&Aに必要な準備

譲受企業が安心して取引を進めるには、事前準備が欠かせません。自社と譲渡企業双方について多角的に分析し、想定外のコストやリスクを低減させることが狙いです。

他社分析で資産と債務の真実を見極める

譲渡企業の貸借対照表だけでは見えない簿外債務や不要資産は、成約後に経営負担となる恐れがあります。デューデリジェンスで細部まで確認し、不要資産を譲受対象から外す、あるいは価格調整条項を盛り込むなど対策を講じます。

自社の強みを明確化し統合後の姿を描く

自社のリソースや実現したい未来像を明確にすることで、M&A後にどのような統合効果を期待するかが具体化します。SWOT分析で強み・弱みを定義し、機会を最大化、脅威を最小化する計画を立てることが成功の鍵です。

さらに、譲受企業が求めるシナジーを実現するためには、譲渡企業のオーナーやキーマン人材との信頼関係構築が不可欠です。早期からのコミュニケーションにより、経営方針や文化の統合イメージを共有すると、PMI段階での摩擦を未然に防げます。準備段階で将来の組織図や意思決定プロセスを設計しておくことが、統合後の混乱回避につながります。

SWOT分析を活用し自社の課題と機会を可視化する

SWOT分析は自社の内部環境(強み・弱み)と外部環境(機会・脅威)を四象限で整理する手法で、譲受候補を探す指針となります。例えば「優秀な技術者が不足している」という弱みを補うために、「高い技術力を持つニッチ企業を譲受する」など具体策を検討できます。分析結果を社内で共有し優先度を明確にすると、意思決定のスピードが高まります。

統合後のPMI計画で価値を最大化する

基本合意から最終契約締結に至るまでのプロセス以上に重要なのが、クロージング後に行うPMI(Post Merger Integration)です。PMIでは組織体制の再設計、人事評価制度の統一、財務報告プロセスの一本化など多面的な統合を進めます。段取りが曖昧だと、従業員のモチベーション低下や顧客対応の混乱を招き、シナジーどころか競争力の低下を招きかねません。事前に100日プランを策定し、責任者とKPIを設定しておくことで、統合後の不確実性を抑え、早期に成果を可視化できます。

M&Aを行う際の注意点

M&Aは経営戦略を一段引き上げる力強い選択肢ですが、成功の裏側には慎重なリスク管理と目的のブレない意思決定が欠かせません。ここでは譲渡企業と譲受企業双方が直面し得る代表的なリスクと、その対処の考え方を整理します。

リスクを把握することで統合後の混乱を未然に防ぐ

M&Aでは経営方針や組織文化、人材配置が大きく変わるため、社内外のステークホルダーに影響が及びます。リスクに正面から向き合い、適切な情報開示と調整を行うことが、成約後のトラブル防止につながります。

譲渡企業にとってのリスクは従業員の理解不足と雇用継続の不安

  • 従業員の理解が得られない
  • 雇用継続が困難となるケースがある

譲渡企業は、M&Aを決断する背景や今後の雇用方針を丁寧に説明する必要があります。統合後の待遇や業務フローが不透明なままでは、従業員の離職や生産性低下を招きやすいからです。社内説明会を複数回行い、質疑応答の機会を設けて疑問を早期に解消しましょう。

譲受企業が注意すべきはPMIの煩雑さと待遇差への対応

  • PMI(統合プロセス)に伴う煩雑な手続
  • 両社従業員の待遇差に対処する必要がある

PMIは最終契約後の一体運営を実現する要です。財務システムや評価制度、報酬水準を統合する際は、公平感を保ちながら移行時期と手順を明示しておくことが求められます。待遇差を放置するとシナジー獲得が遅れる恐れがあります。

専門家を活用し条件調整でリスクを最小化する

リスクは当事者だけでは解消できない場合があります。税理士や公認会計士、弁護士など専門家を交え、価格調整条項や表明保証、統合後の運営体制を盛り込んだ最終契約を設計すると潜在リスクを抑えられます。

周囲へのネガティブイメージを払拭するための情報発信

中小企業のM&Aでは「敵対的だ」「乗っ取りだ」といった誤解が生じやすいものの、実際には友好的承継が主流です。取引先や顧客、金融機関には目的とメリットを資料で示し、安心感を醸成しましょう。正しい情報発信はブランドイメージ向上にもつながります。

目的に合った方法を選びメリットを最大化する

M&Aには株式譲渡、事業譲渡、株式交換、会社分割、新株発行、合併など複数の手法があります。

  • 特定事業のみを強化したい場合 → 事業譲渡が有効
  • 全社的なシナジーを得たい場合 → 株式譲渡や合併が検討対象

目的に合った方法を選ぶことで法務・税務コストを抑え、統合プロセスを簡素化できます。

M&Aの目的を見失わないことが最重要

M&Aは経営戦略の手段に過ぎません。人材確保や市場拡大という課題解決のために最適かを常に問い直し、目的と手段を取り違えないようにしましょう。

経営戦略としてM&Aを利用した事例

リクルートによる事業拡大はシェア拡大と顧客基盤強化を実現

2007年、リクルートは人材派遣業界トップの株式会社スタッフサービス・ホールディングスを約1,700億円で譲受し規模を拡大。2012年には求人検索エンジンの株式会社Indeedを譲受し、オンライン領域を強化しました。オフラインとオンラインを結び付けたシナジー創出で成長を加速させています。

オンワードによる新規事業参入で化粧品市場へ進出

オンワードは2017年2月、株式会社KOKOBUYと米国Innovate Organics, Inc.の株式を取得し化粧品分野へ参入。既存のブランド企画力と譲渡企業の開発ノウハウを組み合わせ、短期間で新市場を開拓しました。

両社に共通するのは、(1)ゴールを数値で描く、(2)文化衝突を抑制し強みを尊重する、(3)PMIで早期に成果を示す、という三点です。

M&Aを行う際のチェックリスト(参考用)

  1. M&Aの目的を定量・定性指標で具体化しているか
  2. SWOT分析で自社の強み・弱みを多面的に把握しているか
  3. 候補企業を評価する比較基準(財務、文化、シナジー)が明確か
  4. 譲渡企業の簿外債務や不要資産を洗い出すデューデリジェンス体制があるか
  5. 従業員への説明計画とPMI100日プランを策定し、責任者とKPIを設定しているか
  6. 価格調整条項や表明保証などリスク軽減条項を最終契約に盛り込んでいるか
  7. 統合後のガバナンス体制と意思決定フローを文書化し共有しているか

チェックポイントの解説

目的を「売上10%拡大」など数値で示すと交渉がブレません。SWOT分析は部門横断で実施し主観を排除、比較基準は財務だけでなく文化も定量化しましょう。100日プランで早期成果を可視化し、表明保証や価格調整条項で事後リスクを抑えれば、統合後の混乱を防げます。

PMI成功のカギはコミュニケーションと段階的統合

システム統合など効果が早い領域は短期で進め、文化融合や評価制度の統一は段階的に進めると抵抗が少なくなります。統合チームを設け週次で進捗を確認し、両社のキーマンを共同プロジェクトに配置すると課題を早期発見できます。

最後に、自社がM&Aを検討する際は、ここで紹介した注意点とチェックリストを参考に、経営戦略と整合するかをじっくり検討してください。準備段階の深さが、成約後の成果と安定に直結します。

まとめ

経営戦略としてのM&Aは、自社単独では到達が難しい目標を短期間で実現する有効な手段です。市場調査に基づく明確な目的設定、リスク管理の徹底、そしてPMIでシナジーを具現化する計画が成功の鍵となります。常に経営ビジョンとの整合性を確認しながら、専門家と二人三脚で進めることで、M&Aは企業価値向上の強力な推進力となるでしょう。

著者|竹川 満  マネージャー/M&Aアドバイザー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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