EBITDAの基礎から活用までM&A企業価値評価方法を解説
EBITDAでM&A時の企業価値をどう測ればよいのか知りたいですか?本記事では定義やEBIT等との違い、計算手順、企業価値算定への応用、実務での注意点まで税理士がわかりやすく解説します。中小企業オーナー必見の情報です。
目次
▶目次ページ:企業価値評価(類似会社比較法)
EBITDAは「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization」の頭文字を並べた略語です。日本語では「利払い前・税引前・償却前利益」と訳され、本業がどれだけのキャッシュを生み出しているかを示す指標として世界中で利用されています。税金・金利・減価償却費といった“会計上の調整項目”を戻し加えることで、企業の純粋な事業活動が生む収益力だけを取り出せる点が大きな特長です。特に設備投資が多い製造業や国際展開企業の比較評価において、会計制度や税率の差を排除できる指標として重宝されています。
EBITDAは営業利益や経常利益とは異なり、キャッシュベースに近い数値を示します。営業利益が赤字でも、多額の減価償却費を計上しているだけでキャッシュ収支が黒字というケースは少なくありません。こうした状況を素早く把握できるため、企業再生やM&Aの初期調査で真っ先に確認されることが多い指標です。
EBITDAを算出する際は、次の三つの費用を利益に足し戻します。
支払利息
借入金に対して発生する費用であり、資金調達方法によって左右されます。
法人税等
各国の税制や税率が異なるため、比較評価の際には除外して考える必要があります。
減価償却費・償却費
建物や機械、のれんなど過去の投資負担を表す非資金費用です。
これらを加算することで、資本構成や国ごとの制度差を取り除き、事業そのものの稼ぐ力をフラットに評価できます。
減価償却費や償却費はキャッシュの流出を伴わない“会計上の費用”です。EBITDAはこれらを戻すことで、投資負担の有無によらず営業活動だけが生むキャッシュフローを表現します。これにより、古い設備を使用する企業と最新設備を導入した企業を公平に比較することが可能になります。
EBITDAに似た財務指標としてEBITとフリーキャッシュフロー(FCF)が挙げられます。それぞれの特徴を理解し、目的や分析対象に応じて使い分けることが重要です。
EBITは「Earnings Before Interest and Taxes」の略語で、支払利息と税金を除外した利益です。設備投資による減価償却費は費用に含まれるため、設備負担を加味した“会計利益”としての側面を持ちます。銀行や投資家が企業の本業収益力と資本効率を同時に確認したい場合に有用です。
EBITが適している分析場面を理解する
FCFは営業活動で得たキャッシュから投資支出を差し引いた“自由に使える現金”です。配当・自社株買い・負債返済など株主還元や成長投資に回せる資金の源泉として重視されます。
フリーキャッシュフローが示す企業の健全性
EBITDAとFCFはどちらもキャッシュに近い指標ですが、FCFは運転資本の増減や税金支払いも反映する点でより現実の資金繰りに近い数値となります。
EBITDAは目的に応じて複数の計算式が選択されます。最も簡便なのは「営業利益+減価償却費」ですが、より詳細に分析したい場合は経常利益や税引前利益を起点に利息や特別損益を戻し加える式を用います。
EBITDA = 営業利益 + 減価償却費
この式は相手企業の概況を素早くつかみたい場面に適しています。減価償却費を足し戻すだけで現預金ベースの稼ぐ力を大まかに把握できるからです。例えば営業利益2億円、減価償却費5千万円ならEBITDAは2億5千万円となり、営業利益より15%高いキャッシュ創出力があると判断できます。
EBITDA = 経常利益 + 支払利息 + 減価償却費
EBITDA = 税引前当期純利益 + 特別損益 + 支払利息 + 減価償却費
取引の性質や必要な精度に合わせて使い分けることで、財務データを多面的に読み解けます。特別損益を戻すことで一時的な損益の影響を除外し、継続的な収益力に焦点を当てることが可能です。
企業価値算定にEBITDAを利用する際は、①EBITDAマージンと②EV/EBITDA倍率という二つの指標が中心となります。M&Aや株価分析で幅広く使われており、短時間でおおよその企業価値を把握できるメリットがあります。
EBITDAマージン = EBITDA ÷ 売上高 × 100
売上高50億円、営業利益5億円、減価償却費1億円ならEBITDAマージンは12%。数字が高いほど売上に対するキャッシュ創出効率が高いと評価できます。また過去5年間の推移を見ることで収益構造の改善度合いを時系列で確認できます。
EV/EBITDA倍率 = EV ÷ EBITDA
EVは「株式時価総額 + 有利子負債 - 現預金」で求めます。倍率が小さいほど初期投資の回収期間が短く、株価が割安である可能性を示唆します。同業他社と比べることで相対的な企業価値を把握できます。例えばEVが100億円、EBITDAが10億円なら倍率は10倍、業界平均7倍より高い場合は割高と判断される可能性があります。
中小企業の株価算定ではDCF法のように詳細な事業計画や割引率を設定するのが難しいことが多く、簡便かつ客観性の高い算定指標としてEBITDAが採用されます。
未上場企業でも取得できる決算書からEBITDAを算出し、業界平均倍率を掛け合わせるだけで大まかな譲渡価格を推定できます。上場企業の類似会社マルチプルを参照すれば、市場性のある評価を短期間で提示できる点がメリットです。
成長期の企業は事業拡大のために借入金比率が高まるケースが珍しくありません。EBITDAは支払利息を戻し加えるため、負債依存度の差による評価の歪みを避けられます。また国を跨ぐクロスボーダーM&Aでも、税率の違いをフラット化できるため交渉をスムーズに進められます。
製造業とサービス業、スタートアップと老舗企業など減価償却費や税負担の構造が大きく異なる企業同士でも、EBITDAなら本業のキャッシュ創出力という共通物差しで比較できます。これにより買収ターゲットのポートフォリオを俯瞰しやすくなり、意思決定の迅速化に寄与します。
EBITDAの理解は経営者・投資家・金融機関すべてに恩恵をもたらします。ここでは八つの代表的メリットを整理します。
減価償却や税金といった要素を外すことで、設備投資が巨額な製造業と投資負担の少ないITサービス業を同じ土俵で比べられます。
短期利益よりキャッシュ創出力を重視するEBITDAは、中長期での成長余力を測定する際に有効です。
税率や会計基準の差を除外できるため、多国籍企業同士の競争力をシンプルに比較できます。
過去のEBITDAとマージン推移を追うことで、事業再編やコスト削減施策の成果を定量的に検証できます。
自己資本比率や借入金残高が異なる企業でも、EBITDAは負債コストを戻すため真の事業収益力を見失いません。
投資家はEV/EBITDA倍率を参考に割安株を探し、経営者は同業他社より低いマージンを改善できないか検討するなど、多彩な意思決定に活かせます。
EBITDAは便利な指標ですが、万能ではありません。特に中小企業オーナーがM&Aや経営判断に用いる場合は、限界や補完情報を意識しないと判断を誤るおそれがあります。
EBITDAは減価償却費を戻し加えますが、実際に設備や無形資産が老朽化しているか、将来どれほどの追加投資が必要かは反映されません。
老朽化設備を抱える企業を高く評価してしまう危険
最新設備を導入した企業と古い設備を延命している企業が同じEBITDAを示す場合、後者は近い将来多額の更新投資を迫られる可能性があります。買収側は設備年齢や修繕計画を必ず確認しましょう。
高額のれん計上企業は減損リスクに注意
M&Aでのれんを多額に計上している企業は、業績悪化時に一括減損を迫られる危険があります。EBITDAだけで黒字だからと安心せず、のれん残高や将来のキャッシュフロー予測もチェックしましょう。
EBITDAは利息を足し戻すため、負債依存度が高い企業ほど実態以上に好調に見えます。
金利上昇局面でキャッシュ不足に陥る恐れ
高レバレッジ企業はわずかな金利上昇でも支払利息が膨らみ、フリーキャッシュフローを圧迫することがあります。EBITDA/有利子負債比率や利払能力(Interest Coverage Ratio)を併用してください。
債務返済計画をセットで検証する重要性
買収後に返済が集中するケースでは、EBITDAが安定していても資金繰り破綻するリスクがあります。返済スケジュールと営業キャッシュフロー計画を突き合わせましょう。
売上債権の増加や在庫積み増しはEBITDAに反映されません。運転資本が膨らめばキャッシュアウトが先行し、黒字倒産のリスクが高まります。
キャッシュフロー計算書とセットで分析
営業CF、投資CF、財務CFを組み合わせ、EBITDAとのズレを定点観測することで資金循環を正確に把握できます。
運転資本回転日数の推移も確認
売掛金回収サイトや棚卸資産回転率の悪化はキャッシュ流出のサインです。EBITDAが増えても資金繰りが苦しい場合は回転期間の変化を点検しましょう。
理論だけでは自社への応用がイメージしにくいものです。ここではEBITDAが実務でどのように役立つかを具体的に示します。
譲渡企業のEBITDAに業界平均EV/EBITDA倍率を掛けて価格レンジを作成し、初期提案資料(Indication of Interest)に活用します。シンプルな算定根拠は売主の理解を得やすく、交渉を迅速化します。
営業利益が赤字でもEBITDAを黒字転換させることを短期目標に掲げれば、減価償却負担に惑わされず本業キャッシュ創出力の改善に集中できます。金融機関との協議でもEBITDA改善計画を提示することで支援を受けやすくなります。
投資家はスクリーニングツールにEV/EBITDA倍率を組み込み、業界平均より2〜3倍低い銘柄を抽出して詳細分析へ進みます。PERより資本構成による歪みが小さいため、高負債企業を過小評価せずに済みます。
銀行はEBITDA/有利子負債比率やEBITDA/支払利息比率をチェックし、返済能力を数値化します。比率が一定水準を下回ると追加担保や返済計画の見直しを求められることがあります。
複数国の子会社を統合するPMI(Post Merger Integration)では、国別税率や減価償却制度が異なってもEBITDAなら一元管理が可能です。為替影響を除外した実質収益力の比較にも適しています。
PEファンドは買収後5〜7年で負債返済とリターン確保を計画します。EBITDAの成長率とEV/EBITDA出口倍率を設定し、IRR(内部収益率)を算定するのが一般的です。
経営陣のインセンティブプラン(PSUなど)にEBITDA成長率を採用することで、減価償却や税制変更の影響を受けずに努力成果を測定できます。
製造ラインとシステム開発部門など設備投資負担が異なる部門をEBITDAマージンで比較し、収益構造の良否を判断します。内部補助金がある場合もキャッシュ創出力で透過的に評価可能です。
EBITDA改善効果を投資額で割り、ROI(投資利益率)を見積もることで、複数候補設備の更新順序を定量的に決定できます。
赤字脱却フェーズでは営業外費用の削減よりも本業キャッシュの黒字化が先決です。月次EBITDAを追跡し、プラス転換時期をガバナンス指標に設定するケースが増えています。
EBITDA単独では見落としが起こり得るため、必ず複数指標を掛け合わせましょう。
EBITDAが増えても運転資本需要が膨らめば手元残高は減ります。営業CFと投資CFを加味して、実際の現金が増えるかどうかを判定してください。
EBITDAはあくまで利益水準を示す指標です。投下資本に対するリターンを測るROIC(投下資本利益率)やNOPAT(税引後営業利益)を組み合わせると総合的な収益性が見えます。
EBITDA/有利子負債比率、Debt/EBITDA倍率など安全性指標を併用し、負債負担が企業価値に与える影響を把握しましょう。
EBITDAは企業の“純粋なキャッシュ創出力”を映し出し、M&A・投資判断・経営管理のあらゆる場面で威力を発揮します。ただし、設備老朽化や高レバレッジなど隠れたリスクは数字に表れにくい点が弱点です。EBITDAを起点にフリーキャッシュフローやROICなど複数指標を掛け合わせることで、中小企業オーナーでも実態に即した企業価値を短時間で把握し、適切な意思決定につなげられます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事