M&Aで利用される「DCF法」とは?具体的な計算手順や利点・注意点

DCF法は将来キャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算定する手法です。本記事では、DCF法の基本概念から計算手順、メリット・デメリット、さらに割引率(WACC)の重要性まで詳しく解説します。

目次

  1. DCF法の概要
  2. DCF法の具体的な計算手順
  3. DCF法を用いる利点
  4. DCF法の注意点
  5. まとめ

▶目次ページ:企業価値評価(DCF法)

DCF法の概要

DCF(ディスカウント・キャッシュフロー)法は、企業価値評価において広く用いられる手法の一つです。この方法の核心は、企業が将来生み出すと予測されるキャッシュフローを現在の価値に換算することで、企業の価値を算定することにあります。

DCF法の基本的な考え方

1. 将来のキャッシュフロー予測:企業が今後数年間で生み出すと予想されるフリーキャッシュフロー(FCF)を推定しま
    す。

2. 割引率の設定:将来のキャッシュフローを現在価値に換算するための割引率を決定します。一般的には加重平均資本コ
    スト(WACC)が用いられます。

3. 現在価値への換算:予測された各年のFCFを設定した割引率で割り引いて、現在価値を算出します。

4. 企業価値の算定:割引計算された各年のFCFの合計に、非事業用資産を加えて企業価値を求めます。

5. 株主価値の算出:企業価値から有利子負債を差し引いて、株主価値を導き出します。

DCF法とM&A

DCF法は、特にM&A(合併・買収)の場面で重要な役割を果たします。買収側の企業にとっては、対象企業の将来的な価値を見極める上で欠かせない手法となっています。また、上場企業が買い手となる場合、DCF法による評価は必須とされることが多いです。

このように、DCF法は将来の成長性を重視する評価方法であり、特にスタートアップ企業や急成長が見込まれる企業の価値を適切に評価する際に効果を発揮します。ただし、将来予測に基づく手法であるため、その精度や客観性には十分な注意を払う必要があります。

DCF法の具体的な計算手順

DCF法を用いて企業価値を算定する際の具体的な手順は以下のとおりです。

1. フリーキャッシュフロー(FCF)の予測

  • 対象期間(通常5〜10年)の各年におけるFCFを予測します。
  • FCFは、税引後営業利益に減価償却費を加え、設備投資額と運転資本増加額を差し引いて算出します。

2. 割引率の設定

  • 一般的に加重平均資本コスト(WACC)を用います。
  • WACCは、株主資本コストと負債コストを、それぞれの資本構成比率で加重平均して求めます。

3. 継続価値の算定

  • 予測期間以降の価値(継続価値)を計算します。
  • 永続成長率法やマルチプル法などを用いて算出します。

4. 現在価値への割引 

  • 予測されたFCFと継続価値を、設定した割引率で現在価値に割り引きます。

5. 企業価値の算出

  • 割り引かれたFCFと継続価値の合計に、非事業用資産(余剰現金や投資有価証券など)を加えて企業価値を求めます。

6. 株主価値の計算

  • 算出された企業価値から有利子負債を差し引いて、株主価値を導き出します。

7. 必要に応じてディスカウント要因の適用

  • 非流動性ディスカウントやマイノリティディスカウントなど、必要に応じて適用します。

この手順を踏むことで、DCF法による企業価値評価が可能となります。ただし、各ステップにおいて適切な前提条件の設定や慎重な判断が求められます。特に、将来キャッシュフローの予測や割引率の設定は、結果に大きな影響を与えるため、十分な注意が必要です。

DCF法を用いる利点

DCF法は企業価値評価において広く用いられていますが、その理由として以下のような利点が挙げられます。

●将来の成長性を反映

  • DCF法は、企業の将来キャッシュフローに基づいて価値を算定するため、今後の成長性を適切に評価することができます。
  • 特にスタートアップ企業や急成長が見込まれる企業の評価に適しています。

●詳細な事業分析の促進

  • DCF法を用いるためには、詳細な事業計画の策定が必要となります。
  • これにより、企業の事業内容や市場環境に対する深い理解が得られ、より精緻な評価が可能となります。

●柔軟性の高さ

  • 様々な前提条件や将来シナリオを反映させることができるため、多角的な視

点から企業価値を検討できます。

●長期的な価値創造の評価 

  • 短期的な業績だけでなく、中長期的な価値創造能力を評価することができます。

●投資判断への活用 

  • M&Aや投資の意思決定において、客観的な判断材料を提供します。

●国際的な認知度

  • グローバルスタンダードとして広く認知されており、国際的なM&A案件でも活用されています。

●複数の評価手法との併用が可能

  • 他の評価手法(例:類似企業比較法、時価純資産法)と併用することで、より総合的な評価が可能となります。

●事業価値の分解

  • 将来キャッシュフローを予測する過程で、各事業セグメントの価値を個別に評価することができます。

●リスク要因の反映

  • 割引率の設定を通じて、企業固有のリスクや市場リスクを評価に反映させることができます。

●継続的なモニタリングへの活用

  • 定期的にDCF法による評価を行うことで、企業価値の変動を継続的にモニタリングすることができます。

これらの利点により、DCF法は企業価値評価において重要な役割を果たしています。特に、将来の成長性を適切に評価できる点は、他の評価手法にはない大きな強みといえるでしょう。ただし、その精度は将来予測の正確性に大きく依存するため、慎重な適用が求められます。


DCF法の注意点

DCF法は有用な企業価値評価手法ですが、同時にいくつかの課題や注意すべき点も存在します。

主な課題と注意点

1. 将来予測の不確実性

  • DCF法の精度は、将来キャッシュフローの予測精度に大きく依存します。
  • 経済環境の変化や予期せぬ事態により、予測が大きく外れる可能性があります。

2. 主観性と恣意性のリスク

  • 将来キャッシュフローの予測や割引率の設定に、評価者の主観や恣意性が入り込む余地があります。
  • これにより、評価結果が操作される可能性があります。

3. 割引率(WACC)の設定の難しさ

  • 適切な割引率の設定は複雑で、専門的な知識が必要です。
  • わずかな割引率の違いが、大きな評価額の差につながる可能性があります。

4. 長期予測の困難さ

  • 通常5〜10年の予測期間が必要ですが、長期にわたる正確な予測は非常に困難です。
  • 特に、技術革新の速い業界や変化の激しい市場環境下では、予測の不確実性が高まります。

5. 非財務的要素の反映の難しさ

  • ブランド価値や人的資本など、数値化しにくい非財務的要素を適切に反映させることが難しい場合があります。

6. 複雑性

  • DCF法の適用には、財務モデリングや統計的手法など、高度な専門知識が必要です。
  • この複雑性が、誤用や誤解を招く可能性があります。

7. 短期的要因の軽視

  • 長期的な視点に基づく評価のため、短期的な業績変動や一時的な市場動向を適切に反映できない場合があります。

8. 継続価値の重要性

  • 多くの場合、企業価値の大部分が継続価値に依存するため、その算定方法が結果に大きく影響します。

9. 市場環境の変化への対応

  • 急激な市場環境の変化や競争状況の変化を、タイムリーに評価に反映させることが難しい場合があります。

10. 他の評価手法との乖離

  • DCF法による評価結果が、市場価格や他の評価手法による結果と大きく乖離する可能性があります。

これらの課題や注意点を認識した上で、DCF法を適用することが重要です。また、DCF法単独ではなく、他の評価手法と併用することで、より総合的かつ客観的な企業価値評価を行うことが推奨されます。

事業計画の精度が結果を左右する

DCF法において、事業計画の精度は評価結果を大きく左右する重要な要素です。精度の高い事業計画を策定するためには、以下の点に注意を払う必要があります。

1. 市場動向の的確な分析

  • 対象企業が属する業界の成長率や競争状況を適切に把握します。
  • 技術革新や規制変更など、将来的な変化要因を考慮に入れます。

2. 過去の実績との整合性

  • 過去の業績推移と将来予測の整合性を確認します。
  • 急激な成長や改善を見込む場合は、その根拠を明確にします。

3. 複数シナリオの検討

  • 楽観的、中立的、悲観的など、複数のシナリオを設定します。
  • 各シナリオの発生確率も考慮に入れます。

4. 詳細な収益構造の分析

  • 売上高の内訳、原価率、販管費率など、収益構造を詳細に分析します。
  • 将来的なコスト構造の変化も考慮します。

5. 投資計画との整合性

  • 設備投資計画や研究開発投資計画との整合性を確認します。
  • これらの投資が将来の収益にどのように寄与するかを明確にします。

6. 運転資金需要の予測 

  • 売上成長に伴う運転資金需要の増加を適切に予測します。

7. 外部環境要因の考慮

  • 為替変動、原材料価格の変動、金利動向など、外部環境要因の影響を考慮します。

8. 非財務的要素の反映

  • ブランド力の向上、人材育成の効果など、非財務的要素の影響も可能な限り数値化します。

9. 経営陣の意図の反映

  • 経営陣の戦略的意図や成長ビジョンを適切に反映させます。

10. 定期的な見直しと更新

  • 事業環境の変化に応じて、定期的に事業計画を見直し、更新します。

事業計画の精度を高めることは、DCF法による評価結果の信頼性を高める上で極めて重要です。しかし、将来予測には常に不確実性が伴うことを認識し、過度に楽観的または悲観的な予測にならないよう注意が必要です。

割引率(WACC)の影響力

DCF法において、割引率(一般的にはWACC:加重平均資本コスト)の設定は評価結果に大きな影響を与えます。その理由と影響について詳しく見ていきましょう。

1. 割引率の役割

  • 将来のキャッシュフローを現在価値に換算する際に使用します。
  • 企業のリスクや資金調達コストを反映する指標となります。

2. 割引率の影響力

  • わずかな割引率の変動でも、企業価値評価に大きな影響を与えます。
  • 例えば、割引率を1%下げると、企業価値は10%以上上昇する可能性があります。

3. 割引率と企業価値の逆相関関係

  • 割引率が高いほど、企業価値は低く評価されます。
  • 割引率が低いほど、企業価値は高く評価されます。

4. 長期的影響

  • 特に遠い将来のキャッシュフローに対して、割引率の影響が大きくなります。
  • 継続価値の算定において、割引率の設定が極めて重要になります。

5. 産業別・企業別の差異

  • 割引率は産業や企業ごとに異なるため、適切な設定が求められます。
  • リスクの高い産業や企業ほど、高い割引率が適用されます。

6. 主観性と客観性のバランス

  • 割引率の設定には一定の主観性が伴いますが、市場データや財務指標を用いて、できる限り客観的な根拠に基づいて決定する必要があります。

7. 感度分析の重要性

  • 割引率の変動が評価結果にどの程度影響するか、感度分析を行うことが重要です。
  • これにより、評価の頑健性や不確実性の程度を把握できます。

8. 経済環境の変化への対応

  • 金利環境や市場リスクプレミアムの変化に応じて、割引率も適切に見直す必要があります。

9. 資本構成の影響

  • 企業の負債比率や株主資本比率の変化に応じて、WACCも変動します。
  • 最適資本構成の検討にも活用できます。

10. 国際比較の際の注意点

  • 国ごとに金利水準やリスクプレミアムが異なるため国際的なM&A案件では特に慎重な設定が必要です。

割引率の設定は、DCF法による企業価値評価において極めて重要な要素です。その影響力の大きさゆえに、割引率の算定には十分な注意と専門的知識が求められます。また、単一の割引率に頼るのではなく、複数のシナリオや感度分析を用いて、評価の妥当性を多角的に検証することが推奨されます。

割引率(WACC)の詳細

割引率、特に加重平均資本コスト(WACC:Weighted Average Cost of Capital)は、DCF法において極めて重要な要素です。WACCの概念と計算方法について詳しく解説します。

1. WACCの定義

  • WACCは、企業が資金調達を行う際の平均的なコストを表します。
  • 株主資本コストと負債コストを、それぞれの資本構成比率で加重平均して算出します。

2. WACCの基本公式: WACC = (E / (D + E)) × Re + (D / (D + E)) × Rd × (1 - T) 

  • E:株主資本の時価総額
  • D:有利子負債の時価総額
  • Re:株主資本コスト
  • Rd:負債コスト
  • T:法人税率

3. 株主資本コスト(Re)の算定

  • 一般的にCAPM(資本資産価格モデル)を使用します。 Re = Rf + β × (Rm - Rf)
  • Rf:リスクフリーレート(通常、国債利回りを使用)
  • β:ベータ値(個別企業の市場に対する感応度)
  • Rm:市場期待収益率
  • (Rm - Rf):マーケット・リスクプレミアム

4. 負債コスト(Rd)の算定

  • 企業の借入金利や社債利回りを基に算出します。
  • 信用リスクに応じてリスクプレミアムを上乗せすることもあります。

5. 税効果の考慮

  • 負債コストには(1 - T)を乗じて税効果を反映させます。
  • これは、支払利息が税務上損金算入できるためです。

6. 資本構成の反映 

  • 株主資本と負債の比率は、時価ベースで算出します。
  • 目標資本構成を用いることもあります。

7. 追加的な考慮事項

  • カントリーリスクプレミアム:海外企業の評価時に考慮します。
  • サイズプレミアム:小規模企業の評価時に追加することがあります。
  • 非流動性プレミアム:非上場企業の評価時に考慮することがあります。

8. WACCの更新

  • 経済環境や企業の財務状況の変化に応じて、定期的に見直す必要があります。

9.産業別・企業別の差異

  • 同じ産業内でも、個別企業のリスク特性によってWACCは異なります。

10. 感度分析の重要性

  • WACCの各要素(βやリスクプレミアムなど)を変動させ、企業価値評価への影響を分析します。

WACCの算定は複雑で、専門的な知識と判断が必要です。また、使用するデータの選択や各パラメータの設定にも注意が必要です。適切なWACCの設定は、DCF法による企業価値評価の信頼性を高める上で極めて重要な要素となります。

まとめ

DCF法は、将来キャッシュフローの予測と適切な割引率の設定に基づく企業価値評価手法です。その精度は事業計画の正確性と割引率(WACC)の適切な設定に大きく依存します。DCF法は将来の成長性を反映できる反面、予測の不確実性や主観性のリスクがあります。適切な活用には専門的知識と慎重な判断が必要です。

著者|竹川 満  マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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