DCF法とは将来キャッシュフローで企業価値を読み解く方法
DCF法とは何でしょうか?それは企業が将来生み出す自由なお金の流れを「今日の価値」に置き換え、本当の企業価値を測る方法です。本記事では概念から計算手順、注意点まで税理士視点で丁寧に解説します。
目次
1.DCF法の概要
2.DCF法の基本的な考え方
3.DCF法の具体的な計算手順
4.DCF法を用いる利点
5.DCF法の注意点と課題
6.事業計画の精度が結果を左右する
7.割引率(WACC)の影響力
8.まとめ
▶目次ページ:企業価値評価(DCF法)
DCF法(ディスカウントキャッシュフロー法)は、企業が将来生み出すフリーキャッシュフロー(以下FCFと略します)を現在価値に割り引いて企業価値を算定する評価手法です。株式価値や事業価値を理論的に導けることから、M&Aや事業承継の現場で広く採用されています。将来の収益力を重視するため、スタートアップや成長企業の評価にも適しています。さらに、不動産鑑定でも応用されるなど、収益性資産の価値測定に欠かせない方法といえます。
DCF法は理論的に合理的とされる一方、予測前提の妥当性に結果が大きく左右される点が特徴です。評価者は数値の裏付けと市場環境の変化を慎重に検討しなければなりません。本稿では概念から計算手順、利点・注意点までを詳しく解説します。
企業価値評価手法は大きくインカムアプローチ・マーケットアプローチ・コストアプローチの三系統に分類されます。DCF法はインカムアプローチの代表例で、将来の収益力に基づき価値を算出します。譲受企業が対象会社の潜在的な稼ぐ力を把握するうえで、中核的な指標になるのです。
DCF法には次の五つのステップが存在します。
企業が生み出すキャッシュフローの時間価値を考慮するため、同じ金額でも受け取る時期が遅れるほど価値は小さく評価されます。割引率には資本コストとリスクが織り込まれており、投資家が要求する期待収益率を反映します。
対象期間は通常5〜10年とされ、その各年度について以下の式を用いてFCFを算出します。
FCF=営業利益×(1−税率)+減価償却費−設備投資額±運転資本増減額
営業利益や設備投資額には経営陣の計画が反映されるため、譲受企業はデューデリジェンスを通じて前提の妥当性を検証します。
割引率には加重平均資本コスト(WACC)を用います。
WACC=(E/(D+E))×Re+(D/(D+E))×Rd×(1−T)
E=株主資本時価総額、D=有利子負債時価総額、Re=株主資本コスト、Rd=負債コスト、T=法人税率。
株主資本コストReはCAPMにより算定するのが一般的で、リスクフリーレートやβ値、マーケットリスクプレミアムを用います。負債コストRdは社債利回りや借入金利を参考にします。
予測期間終了後の価値を永続成長率法で求める場合、
TV=最終年度FCF×(1+成長率)/(割引率−成長率)
と計算します。成長率には国・地域のインフレ率を基準とするケースが多く、日本企業では一般的に1%前後が採用されます。ターミナルバリューは企業価値の大部分を占めることも多く、その前提設定が評価結果を左右します。
割り引かれたFCFと継続価値を合計し、事業外資産を加算して企業価値を得ます。事業外資産には遊休不動産や余剰現金、投資有価証券などが含まれます。次に企業価値から有利子負債を控除することで株主価値を導きます。
DCF法は将来FCFを基礎にするため、今後の成長余地や投資戦略の効果を価値に反映できます。スタートアップや急成長企業の潜在力を測る際に有効です。
評価には綿密な事業計画が不可欠です。過去実績と市場動向を踏まえた分析により、経営課題の把握や戦略改善につながります。
前提条件を変更すれば楽観・中立・悲観など複数シナリオを検証できます。感度分析によりリスクの影響度合いを定量的に把握できる点も魅力です。
DCF法はファイナンス理論に基づくグローバルスタンダードであり、クロスボーダーM&Aでも共通言語として機能します。
ここまででDCF法の基礎と利点を説明しました。続くセクションでは注意点や割引率の影響、事業計画精度の重要性を詳述し、評価の精度を高めるポイントを解説します。
DCF法は論理的で汎用性の高い手法ですが、将来予測に依存するため、前提設定がわずかにずれるだけで評価額が大きく変動します。ここでは実務で特に留意すべき課題を整理します。
・将来予測の不確実性
経済変動や予期せぬ事象によりFCFが外れる可能性があります。
・主観性と恣意性のリスク
経営者の期待が大きく織り込まれると結果が過大・過小になります。
・割引率(WACC)設定の難しさ
1%の差が企業価値を10%以上動かす場合があり、専門知識が不可欠です。
・長期予測の困難さ
技術革新や規制変更が激しい業界では5〜10年先を正確に読むのは困難です。
・非財務的要素の反映の難しさ
ブランド価値や人的資本など数値化しにくい要素の扱いが限定的です。
・モデルの複雑性
変数が多く、設定ミスや参照ミスが評価誤差を招きます。
・短期的要因の軽視
短期の業績変動や市場動向を適切に反映できない場合があります。
・継続価値への依存度
ターミナルバリューの仮定が結果を支配しやすい点に注意が必要です。
・市場環境の急変への対応
金利や為替が急変する際、モデルが即時に追随できません。
・他手法との乖離
マーケットアプローチ等と結果が大きく異なるときは再検証が必要です。
上記を踏まえ、DCF法単独に依存せず複数手法を併用して妥当性を検証する姿勢が求められます。
DCF評価の成否は事業計画の品質に直結します。実現可能で整合的な計画を作るためには、詳細な市場調査と綿密な数値検証が不可欠です。
財務・ビジネス・税務の各面でデューデリジェンスを実施し、計画前提の妥当性とリスク要因を洗い出すことで、評価モデルの信頼性が大幅に向上します。
割引率はDCFモデルの重心であり、わずかな変動でも企業価値に大きなインパクトを与えます。
原文でも触れられているとおり、割引率を1%下げるだけで企業価値が10%以上上昇するケースがあります。ターミナルバリューが価値の大部分を占める評価では、この効果がさらに大きくなるため、ベースケースだけでなく±1%刻みでWACCや永続成長率を動かし、価値の振れ幅を可視化することが重要です。
類似企業比較法で市場倍率を確認し、時価純資産法で下限値を把握するなど、複数手法で整合性を取るとレンジを絞り込めます。
四半期ごとに業績とFCFを突合し差異分析を行えば、DCFモデルは経営指標としても活用できます。
DCF法を活かす鍵は①実現可能性の高い事業計画、②客観的なWACC設定、③シナリオと感度分析によるモデル検証の三点に集約されます。最終的に、DCF法の強みと限界を正しく理解したうえで意思決定を行えば、M&A取引の成功確率を高めることができます。
DCF法は将来FCFの予測とWACCの設定次第で結果が大きく動きます。予測の不確実性や割引率設定の難しさを理解し、複数シナリオ・感度分析を通じて総合的に検証することが、企業価値を適切に把握する鍵となります。専門家の助言を得ながらモデルを更新し続ければ、M&Aの意思決定を確かなものにできます。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事