株式移転における仕訳や会計処理の実務、そして税務上の留意点をわかりやすく解説します。取得企業の判定や新設親会社の仕訳、税制適格要件の確認など、多岐にわたるポイントを体系的にまとめました。事業再編や承継を検討する際に役立つ知識を提供します。専門家の支援を得ながら、スムーズな企業再編を実現するための参考にしてください。
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(株式交換)
株式移転は企業再編の手法の一つであり、既存の会社が新たに設立した会社(完全親会社)に対して、自社の発行済株式をすべて移転し、親子関係を形成する方法です。新たに設立された親会社を「株式移転完全親会社」、株式を譲り渡した既存の会社を「株式移転完全子会社」と呼びます。なお、移転対価の交付先はあくまでも完全子会社の株主であり、子会社自身には直接的な会計処理が発生しない点が特徴です。
株式移転には「単独株式移転」と「共同株式移転」があり、単独株式移転は1社のみが、共同株式移転は複数の会社が同時に新設親会社に株式を移転します。これらはM&A(合併・譲受)や組織再編など、さまざまなケースで活用されますが、とりわけグループ内の再編で利用されることが多いとされています。
類似の手法として株式交換がありますが、両者は次のように異なります。
・株式移転は、新たに親会社を設立するのに対し、株式交換では既存の会社が親会社として機能します。
・株式移転では完全子会社の株主が新設親会社の株主になりますが、株式交換では子会社となる会社の株主が、既存の親会社の株主となります。
こうした違いを把握することで、企業の状況や目的に応じた手法を適切に選択できるようになります。
株式移転を正しく行ううえで重要なのが、どちらが「取得企業」で、どちらが「被取得企業」となるかの判別です。通常のM&Aでは、現金を支払う側が取得企業とみなされるケースが多いですが、株式移転の場合は対価が株式であるため、異なる視点が必要となります。
以下のポイントを総合的に考慮し、当事会社のうちどちらを取得企業とするかを判断します。
1.持株比率
2.議決権比率
3.取締役会の人事権
4.取締役会の構成比率
5.プレミアムの支払い有無
6.企業規模(売上高や純利益など)
これらすべてを一つひとつ独立に見るのではなく、総合的に勘案して判断することが大切です。特に企業規模が大きい会社を取得企業とすることが多いものの、議決権支配をどの会社が持つかによって結論が変わる場合もあります。
株式移転においては、新設の完全親会社、取得企業、被取得企業のそれぞれで異なる会計処理を行います。また、株主サイドの処理や共通支配下での処理など、状況に応じて複数のパターンがある点に留意が必要です。
新設親会社(株式移転完全親会社)は、移転元となる会社の株主に対して株式を発行し、対価として自社株を渡します。このとき、
・資本金や資本剰余金の増加
・取得した子会社株式の評価
などが生じます。
具体的には、以下のような仕訳例が挙げられます。
【借方】子会社株式(A社)XX円 / 【貸方】資本金XX円
【借方】子会社株式(B社)XX円 / 【貸方】資本剰余金XX円
増加する資本金と資本準備金(資本剰余金)の振り分けは、会社の定款や株式移転契約の規定に従って決められます。また、取得企業と被取得企業それぞれの純資産や時価評価の状況によっては、取得原価が変動する点にも注意が必要です。
株式移転では、取得企業・被取得企業の双方とも、移転対価を直接受け取る当事者にはなりません。対価の受領者は既存株主となるため、取得企業・被取得企業側には基本的に仕訳は発生しないと考えられます。ただし、下記のようなケースでは別途処理が必要となることがあります。
・被取得企業の新株予約権や新株予約権付社債が消滅する場合
・被取得企業が保有していた自己株式に移転対価が割り当てられる場合
これらの場合、帳簿上の負担が消える、または自己株式を処分するのと同様の処理が必要となり、その差額がその他資本剰余金などで調整されます。
株主の保有比率が変わるときには、投資が実質的に精算されるとみなされ、交換損益を認識する場合があります。一方、株主の保有比率が変化しない場合は、仕訳の発生しないケースが一般的です。どの程度保有比率が変化するか、あるいは適格要件を満たすかなどを考慮したうえで、慎重に処理を行う必要があります。
親会社傘下での再編、つまり共通支配下取引として株式移転を行う場合、新設親会社での会計処理は次のように整理されることが多いです。
・旧親会社から取得した株式は、株主資本の適正な簿価で評価
・既存子会社の株式も、共通支配下にあるかどうかによって簿価評価を行うかを判断
これにより、グループ内部の企業再編であれば、連結財務諸表上はほとんど影響がない場合があります。もっとも、少数株主が存在する場合や時価評価が必要なケースでは、のれんの計上や差額処理が発生する点に留意しましょう。
株式移転では、移転対価が株式であるために、完全子会社で発行している新株予約権や自己株式の扱いが論点となる場合があります。
・新株予約権の消滅
株式移転後は完全親会社がすべての株式を保有するため、完全子会社が発行していた新株予約権や新株予約権付社債を消滅させる契約を結ぶことが一般的です。この際、帳簿上計上されていた負債が消えることになり、免除益が認識される場合があります。税効果との兼ね合いも含め、会計処理を行う必要があります。
・自己株式の処分
完全子会社が保有する自己株式に移転対価が割り当てられた場合、自己株式を処分したときと同様の処理が必要です。受け取った親会社株式の時価と、処分した自己株式の帳簿価額の差額を、その他資本剰余金として計上するなど、通常の自己株式処分と同じ考え方で整理します。
このように、株式移転の会計処理は、多岐にわたる論点を含みます。企業の個別事情によって処理方法が異なるケースもあるため、実際の仕訳を検討する際には専門家との連携が欠かせません。
株式移転を行う場合、税務面での取り扱いを正しく理解しておくことが重要です。組織再編税制では、一定の要件を満たす「適格」株式移転であれば、移転時点での課税が繰り延べられる可能性があります。一方、要件を満たさず「非適格」とされる場合、含み益のある資産を時価評価するなど、課税が生じるケースがあるため注意が必要です。
株式移転は、企業再編税制の対象となる組織再編の一形態です。適格要件を満たすと、子会社株式の取得や資産の移転に伴う課税が繰り延べられ、企業として大きな税負担を抱えずに再編を進められる利点があります。逆に、非適格となる場合には移転時点で含み益が実現したものとみなされ、課税が発生する可能性が高まります。
・親会社の株式のみを対価として交付すること
・完全親子関係または支配関係が継続すること
・従業員が一定割合以上継続して従事すること
・主要な事業を継続すること
共同株式移転では、複数の既存会社が同時に新設親会社の完全子会社となるため、複数社それぞれが要件を満たすかどうかを判断する必要があります。また、企業間の規模差や株主構成によっては、要件が厳格に適用されることもあるため、事前の検討が欠かせません。
仮に非適格となっても、株式移転自体が無効になるわけではありません。ただし、株式移転時に時価評価が行われることにより、資産に含み益があればその分の課税リスクが生じます。将来的な企業運営に影響が及ぶ可能性もあるため、移転後の組織形態や事業計画なども踏まえて総合的に検討することが大切です。
株式移転の会計処理には、単純な親子関係の形成だけでなく、特殊な状況に応じた追加の論点があります。
新設親会社が複数の会社を同時に完全子会社化する場合、それぞれの会社が「取得企業」か「被取得企業」か、あるいは「共通支配下取引」なのかによって評価方法が変わります。
・時価評価完全子会社
パーチェス法が適用される場合などで「被取得企業」とされる子会社の株式は、移転対価の時価をもって取得原価とします。
・簿価評価完全子会社
持分プーリング法などが適用される場合や、少数株主が存在しない共通支配下取引の場合などでは、簿価ベース(適正な帳簿価額)で評価されます。
・混合評価完全子会社
子会社の自己株式や少数株主の持分が混在しているなど、時価評価が必要な部分と簿価評価が必要な部分が混在するケースです。
もし完全子会社となる会社が債務超過である場合、株式の評価額が実質的にマイナスとなる可能性があります。資産である子会社株式にマイナスを付すことはできないため、評価額はゼロとし、その差額を「株式特別勘定」という負債項目として計上します。この処理は連結決算上は相殺されますが、個別財務諸表上の処理として注意が必要です。
株式移転においては新設親会社の設立に伴い、
・資本金
・資本準備金(資本剰余金)
・その他資本剰余金
など、どの程度の額を各項目に振り分けるかが契約や定款の定めにより決まります。株式を発行しない部分の対価(社債や新株予約権)が含まれる場合もあり、結果としてのれん計上や剰余金のマイナス処理が必要になるケースもあるため、事前の十分なシミュレーションが大切です。
株式移転は、企業グループの承継や再編に有効な手段ですが、取得企業の判定や複雑な会計処理、適格要件を伴う税務対応など、留意すべき点は多岐にわたります。特に新設親会社での仕訳や、被取得企業が保有する新株予約権・自己株式の扱いなど、実務の判断を誤ると後々のトラブルにつながる可能性があります。専門家のサポートを受けながら、自社の状況に合わせた最適な方法を検討することで、スムーズかつ効率的な企業再編を実現しやすくなるでしょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画