M&Aにおける営業権の評価の基礎から実践まで具体的事例で解説

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M&A営業権の評価と税務で会社売却価格を左右する要点

M&A営業権は、ブランド力や顧客基盤など将来の収益力を価格に反映する考え方です。のれんとの違い、年買法・DCF法などの算定方法、税務処理、株式譲渡・事業譲渡で手取り額が変わる点を、会社売却前の準備とあわせて解説します。

目次

  1. 営業権を把握すると売却価格の理由が見える
  2. のれんとの違いは評価前後の見方で整理する
  3. 営業権の金額は複数手法で幅を確認する
  4. 事業譲渡と株式譲渡で税務効果は変わる
  5. 高く評価される営業権は資料で説明できる
  6. 営業権を交渉に使う前に確認すべき点
  7. まとめ

M&Aにおける営業権の評価の基礎から実践まで具体的事例で解説

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(のれん、法務)

営業権を把握すると売却価格の理由が見える

M&A(合併・買収)の譲渡価格を見たとき、「決算書の純資産より高いのはなぜか」と感じる経営者は少なくありません。その差額の大きな理由になるのが営業権です。

営業権とは、ブランド力、ノウハウ、顧客基盤、技術力、従業員の組織力など、決算書だけでは見えにくい無形の価値を金額で表したものです。もう少し平易にいえば、会社が将来にわたって通常より多くの利益を生み出す力。これを「超過収益力」と呼びます。

たとえば、同じ設備を持つ会社でも、長年の取引先、地域での信用、職人の技術、継続契約の多さによって利益の安定性は変わります。買い手企業は、こうした目に見えない強みを引き継ぐことで、ゼロから事業を育てる時間を短縮できます。だからこそ、営業権は会社売却価格に反映されます。

営業権は純資産に上乗せされる価値

中小企業M&Aでは、時価純資産に営業権を上乗せして譲渡価格の目安を考えることがあります。時価純資産とは、帳簿上の資産や負債を実態に近い金額へ修正したものです。

ただし、営業権は機械のように明確な市場価格があるわけではありません。買い手企業が「買収後も利益が続く」と判断できるほど、営業権は評価されやすくなります。逆に、社長個人の営業力に依存している、主要取引先1社への依存度が高い、技術の承継者がいないといった場合は、営業権の評価が下がることもあります。

営業権に含まれる主な無形資産

営業権を構成する要素は、1つではありません。代表的には、専門的なノウハウ、ブランドと信用、長期取引先との関係、従業員の定着、独自技術や特許、顧客リストなどが挙げられます。

意外と多い落とし穴は、経営者自身は自社の強みをよく理解しているものの、それを買い手に説明できる資料にしていないケースです。M&A実務では、口頭で「うちは顧客との関係が強い」と伝えるだけでは足りません。売上推移、契約継続率、顧客別の粗利、従業員の勤続年数など、数字で裏付ける準備が必要です。


のれんとの違いは評価前後の見方で整理する

営業権とのれんは、実務ではほぼ同じ意味で使われることがあります。ただし、厳密には使われる場面が少し異なります。ここを混同すると、譲渡価格の話と会計処理の話が入り交じり、判断を誤りやすくなります。

営業権は価格を考える段階の概念

営業権は、主にM&Aの評価段階で使われる概念です。たとえば、時価純資産に営業権を加えたものを、譲渡価格の目安として考えます。

言い換えると、営業権は「この会社には、帳簿に表れない収益力がどれだけあるか」を説明するための考え方です。会社売却を検討する経営者にとっては、希望価格を考える前提にもなります。

のれんは取引成立後に帳簿へ出る科目

のれんは、主に会計上の科目です。買収価格が、取得した資産と負債の差額である純資産を上回る場合、その差額がのれんとして認識されます。

整理すると、評価段階では「純資産に営業権を加えて価格を考える」、取引成立後の会計では「買収価格から純資産を差し引いた差額をのれんとして処理する」という関係です。視点が違うだけで、どちらも会社の目に見えない収益力を扱っている点は共通しています。

狭い意味の営業権が別に認識されることもある

営業権とのれんは大部分で重なりますが、すべてが完全に同じとは限りません。たとえば、許認可に近い権利、営業上の特定の権利、契約上の地位など、客観的に識別できる無形資産がある場合は、のれんと分けて検討することがあります。

ただし、中小企業の会社売却では、細かな分類よりも「買い手が将来収益をどれだけ確信できるか」が実務上の焦点になりやすいです。この記事では、実務で分かりやすいよう、営業権とのれんをほぼ同じものとして扱いながら、必要な場面では違いを補足します。

営業権の金額は複数手法で幅を確認する

営業権は、1つの計算式だけで正解が出るものではありません。売り手は高く見たい、買い手は慎重に見たい。こうした立場の違いがあるため、複数の手法で価格の幅を確認することが大切です。

年買法は中小企業M&Aで使われやすい

年買法は、時価純資産に、営業利益やEBITDAなどの利益指標を一定年数分上乗せする考え方です。EBITDAとは、営業利益に減価償却費を足し戻した利益に近い指標で、設備投資の影響をならして収益力を見たいときに使われます。

中小企業M&Aでは、営業利益やEBITDAの3〜5年分を営業権の目安とする説明がされることがあります。ただし、これは必ず3年や5年になるという意味ではありません。業種、利益の安定性、買い手との相性、主要取引先の継続性、社長依存度によって変わります。

年数は将来の安心感で変わる

毎年安定して利益が出ており、取引先も分散され、幹部社員が事業を回せる会社であれば、買い手は将来収益を見込みやすくなります。一方で、直近1期だけ利益が急増している、特定顧客の大型案件に依存している、利益の理由を説明できない場合は、営業権の年数が短く見られることもあります。

つまり、年買法で大切なのは計算式そのものだけではありません。利益が一時的なものではなく、今後も続くと説明できるかどうかです。

DCF法は将来キャッシュフローから考える

DCF法は、ディスカウントキャッシュフローの略で、将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り戻して企業価値を算定する方法です。現在価値とは、将来のお金を今の価値に直して考えることです。

DCF法は理論的な手法ですが、事業計画の前提によって結果が大きく変わります。売上成長率、利益率、設備投資、運転資金、割引率などの置き方に主観が入りやすいため、買い手との交渉では前提条件の説明が重要です。

超過収益法は平均との差を価値にする

超過収益法は、同業他社の平均的な利益水準を上回る部分に着目し、その超過分を営業権として評価する考え方です。たとえば、同じ業界の平均利益率より高い利益率を安定して出している場合、その差の理由をブランド力、技術力、販売網、顧客基盤などに求めます。

この方法は、営業権の考え方に近い一方で、比較対象の選び方や平均利益率の置き方が難しくなりやすいです。実務では、年買法やDCF法と組み合わせ、価格の説明材料として使うことがあります。

類似会社比較法も補助的に使われる

類似会社比較法は、同業種や近い事業内容の会社の取引事例、上場会社の倍率などを参考にする方法です。中小企業では完全に同じ会社が存在しないため、そのまま当てはめるのではなく、規模、利益率、成長性、顧客構成の違いを調整して考える必要があります。

事業譲渡と株式譲渡で税務効果は変わる

営業権をいくらで評価するかは、譲渡価格だけでなく、税金や手取り額にも関係します。特に、株式譲渡か事業譲渡かによって、買い手と売り手の税務処理が変わる点は重要です。

事業譲渡では営業権が資産調整勘定になることがある

事業譲渡は、会社そのものではなく、事業に必要な資産、契約、従業員、営業上の権利などを個別に引き継ぐ方法です。買い手側では、取得した事業に営業権相当の価値が含まれる場合、税務上の資産調整勘定として扱われることがあります。

資産調整勘定は、一般に5年間で均等に償却されます。償却とは、取得価額を一定期間に分けて費用化する会計・税務上の処理です。買い手にとっては、将来の損金算入につながるため、事業譲渡の価格交渉で考慮されることがあります。

売り手側は消費税と法人税等に注意する

事業譲渡で営業権を譲渡する場合、営業権部分は原則として消費税の課税対象になります。また、譲渡金額が帳簿価額を上回れば、譲渡益に対して法人税等が課税されます。

買い手が消費税を負担し、売り手が納税する形になるため、契約書では対価が税込か税抜かを明確にしておく必要があります。ここが曖昧だと、最終契約の直前で手取り額の認識がずれることも。M&A実務では、ここで判断が止まることがあります。

株式譲渡では買い手側に税務償却メリットが出にくい

株式譲渡は、株主が保有する株式を買い手に譲渡し、会社を丸ごと引き継ぐ方法です。中小企業の会社売却では、株式譲渡が選ばれることが多いです。

株式譲渡では、買い手は株式を取得するだけであり、会社の資産を個別に取得するわけではありません。そのため、営業権部分を直接、資産調整勘定として5年間償却することは通常できません。

一方、株式の譲渡は有価証券の取引であるため、営業権相当の価値が株式価格に含まれていても、消費税は原則として非課税です。売り手が個人株主であれば、一般に株式の譲渡益に対して所得税等が課税されます。法人株主であれば、法人税等の対象になります。

税務だけでスキームを決めない

事業譲渡には買い手側の税務メリットがある一方、契約や許認可、従業員、取引先との関係を個別に移す手間が増えます。株式譲渡は手続が比較的シンプルになりやすい一方、買い手は簿外債務や過去のリスクも含めて会社を引き継ぐことになります。

そのため、営業権の税務効果だけでスキームを決めるのは危険です。譲渡価格、手取り額、許認可、従業員、取引先、金融機関、個人保証まで含めて検討する必要があります。

高く評価される営業権は資料で説明できる

営業権は、強みがあるだけでは高く評価されません。買い手が納得できる資料として示せるかどうかが重要です。特に中小企業では、経営者の頭の中にある情報を、売却準備の段階で見える形に変える必要があります。

直近3期の決算書から正常収益力を整える

最初に確認すべきなのは、直近3期分の決算書です。ただし、決算書の利益をそのまま使うとは限りません。役員報酬、親族への支払、単発の修繕費、一時的な補助金収入、不要資産の維持費などを整理し、実質的な収益力を見ます。

この作業は、正常収益力の把握と呼ばれます。正常収益力とは、特別な要因を除いたあとに、会社が通常の状態でどれくらい利益を出せるかという見方です。営業権を説明する土台になります。

顧客基盤と契約の継続性を示す

営業権の評価では、顧客基盤の強さが重視されます。売上上位先の構成、取引年数、契約更新の状況、解約率、リピート率、粗利率などを整理しておくと、買い手は将来収益を見込みやすくなります。

ただし、顧客名をむやみに開示すればよいわけではありません。M&Aの初期段階では、秘密保持契約を結んだうえで、開示範囲を段階的に広げるのが一般的です。重要取引先への説明時期を誤ると、従業員や顧客に不安が広がることもあります。

社長依存を下げると営業権は安定しやすい

買い手が心配する点の1つは、社長が退任した後も事業が続くかどうかです。営業、技術、採用、資金繰り、主要取引先との関係がすべて社長に集中していると、営業権は割り引いて見られやすくなります。

幹部社員への権限移譲、業務マニュアル、管理資料、顧客対応履歴、組織図、後継責任者の育成状況を整えておくと、買い手に安心感を与えます。派手な成長計画より、引き継げる仕組みのほうが評価される場面もあります。

強みはインカムアプローチの資料にもつながる

自社の強みを棚卸ししておくと、DCF法などのインカムアプローチにも使えます。インカムアプローチとは、将来の利益やキャッシュフローをもとに価値を考える方法です。

たとえば、特許、独自技術、長期契約、ブランド、顧客リスト、店舗立地、地域シェアなどは、将来売上や利益率の前提を説明する材料になります。強みを言葉で並べるだけでなく、数字や資料に落とし込むことが重要です。

営業権を交渉に使う前に確認すべき点

営業権は、売り手にとって価格を高める材料になります。一方で、買い手から見ると「本当にその価値があるのか」を慎重に確認したい部分でもあります。交渉に入る前に、弱点も含めて整理しておくことが大切です。

価格レンジを1つに決め打ちしない

営業権の算定では、最初から1つの価格に決め打ちしないほうが安全です。年買法、DCF法、類似会社比較法、超過収益法などを使い、価格レンジとして把握します。

価格レンジを持つことで、買い手候補ごとの評価の違いも見えます。同業の買い手であれば販路拡大を高く評価するかもしれません。異業種の買い手であれば、既存顧客との相性や管理体制を重視することもあります。誰に売るかによって営業権の見え方は変わります。

税後手取り額を早めに試算する

譲渡価格が高くても、税金や退職金、借入金返済、個人保証の解除条件を考えると、経営者の手取り額は想定と異なることがあります。特に、株式譲渡と事業譲渡では課税関係が大きく変わるため、早い段階でシミュレーションしておくべきです。

また、役員退職金を支給する場合、会社の利益、株式価値、個人の税負担に影響します。節税だけを目的に過大な金額を設定すると、税務上のリスクが生じることもあります。一般に、譲渡価格、退職金、税金、手取り額は一体で検討します。

デューデリジェンスで説明できる状態にする

デューデリジェンスとは、買い手が買収前に行う調査のことです。財務、税務、法務、労務、ビジネス面から、会社の実態を確認します。

営業権を高く評価してもらうには、デューデリジェンスで強みを説明できる状態にしておく必要があります。反対に、簿外債務、未払残業代、契約書の不備、許認可の名義問題、在庫評価のずれなどが見つかると、営業権の評価が下がることがあります。

株主構成と意思決定も確認する

営業権の評価が高くても、株主の同意が得られなければ取引は進みません。親族株主、少数株主、名義株、過去の相続で分散した株式がある場合は、早めに確認が必要です。

M&Aでは、価格交渉だけでなく、誰が意思決定権を持つかも重要です。株主構成が複雑な会社では、営業権の説明より前に、株式の整理や同意形成が課題になることもあります。

専門家に相談する際の確認事項

営業権の評価を専門家に依頼する場合は、単に高い価格を示してくれるかではなく、根拠を説明できるかを確認しましょう。評価手法、正常収益力の調整内容、税務上の取扱い、株式譲渡と事業譲渡の比較、買い手への説明資料まで一貫して見られるかが大切です。

また、初期相談や簡易試算の段階では、直近3期分の決算書、勘定科目内訳書、月次試算表、主要取引先別の売上、借入金明細、株主名簿などを準備しておくと、より実態に近い検討ができます。

まとめ

営業権は、ブランド力や顧客基盤など将来の超過収益力を価格に反映する考え方です。高く評価してもらうには、利益の安定性、社長依存の低さ、取引先の継続性を資料で示すことが重要になります。株式譲渡と事業譲渡では税務や手取り額も変わるため、早い段階で価格、税金、承継後の運営をあわせて整理しましょう。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人