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M&A営業権評価の基礎から実践まで具体的事例で解説

M&A営業権とは何か。営業権が譲渡価格を左右する理由と算定・税務の要点を解説し、交渉で高値を引き出す方法を提示します。

目次

  1. 営業権は目に見えない将来収益の源泉
  2. 営業権とのれんは評価局面と会計局面で役割が異なる
  3. 営業権が譲渡企業と譲受企業双方にもたらす利益
  4. 企業価値算定は三つのアプローチを組合せる
  5. 営業権に関する税務処理は取得側と譲渡側で異なる
  6. 営業権を高く評価してもらう七つの実践施策
  7. 営業権算定六手法を具体事例で比較検証
  8. 実地デューデリジェンスで見落としがちな三つの観点
  9. 営業権に関する税務実務の最新チェックリスト
  10. 譲渡実務の時系列と営業権の位置づけ
  11. 営業権に強い専門家の選定基準
  12. まとめ

▶目次ページ:M&Aの種類・方法(のれん、法務)

営業権は目に見えない将来収益の源泉

営業権とは、譲渡企業がこれまでに築き上げたブランド力やノウハウ、顧客との信頼関係など、貸借対照表には表れない無形の価値を指します。発行済株式や設備と異なり形がないため計測は難しいものの、将来キャッシュフローを生む重要な資産であると考えられています。そのためM&Aの場面では、時価純資産に営業権を上乗せする形で譲渡価格が決められるのが一般的です。

営業権に含まれる無形資産は六つに整理可能

営業権を構成する主な要素としては、①専門的なノウハウや技術、②確立されたブランドと信用、③長期取引先とのネットワーク、④優秀な従業員と組織力、⑤独自技術や特許、⑥蓄積された顧客リストが挙げられます。これらは会計上直接金額を付けにくい資産ですが、譲受企業から見ると買収後すぐに収益向上をもたらす可能性が高い部分です。


営業権とのれんは評価局面と会計局面で役割が異なる

営業権と混同されがちな概念として“のれん”があります。両者とも時価純資産と譲渡価格の差額という点で似ていますが、使われる場面が異なります。営業権は譲渡企業と譲受企業が価格交渉を行う評価フェーズの言葉であり、のれんは取引成立後に譲受企業が貸借対照表へ計上する会計フェーズの言葉です。実務では金額が一致することが多いとはいえ、役割の違いを理解しておくことで交渉時の誤解を防げます。

営業権は譲渡企業視点で価値を示す評価概念

交渉段階で営業権を提示することは、譲渡企業のこれまでの努力や将来性を金額で示す行為です。これにより財務諸表上は見えない競争優位が正当に評価され、譲渡価格の増額につながります。

のれんは譲受企業視点で資産計上され減価償却や減損の対象

取引後に譲受企業が計上するのれんは、原則として20年以内(日本基準)または減損テスト(IFRS)で費用化が進みます。税務上は5年定額償却が認められるため、キャッシュアウトのない損金が発生し節税メリットを享受できます。

営業権が譲渡企業と譲受企業双方にもたらす利益

営業権が適切に評価されると、譲渡企業は純資産以上の譲渡価格を得ることができ、従業員の貢献も数値化されるためモチベーション向上にもつながります。一方譲受企業は、完成されたブランドや顧客基盤を短期間で取り込めるため、事業拡大を迅速に進められます。また、のれん償却による節税効果や事業ポートフォリオの多様化によるリスク分散も期待できます。

譲渡企業の主なメリットは高値譲渡と企業価値の可視化

無形資産の価値を含めた提示価格により、技術や人材への投資が適切に評価され、承継後も従業員が誇りを持って働ける環境を整えやすくなります。

譲受企業の主なメリットはシナジー創出と節税

取得したブランドや顧客基盤を自社商品と組み合わせることでシナジーが生まれ、のれん償却による法人税負担軽減がキャッシュフローを安定させます。

企業価値算定は三つのアプローチを組合せる

営業権金額を含む取引価格は、コストアプローチ・インカムアプローチ・マーケットアプローチの三つを組合せて決定するのが一般的です。いずれも長所と短所があり、一つだけでは適切な企業価値を示せないため、相互補完が不可欠です。

コストアプローチは客観的だが将来性を織り込みにくい

貸借対照表の資産負債を時価換算し算定するため計算は平易で透明性も高いものの、無形資産の将来収益力を十分に反映できない点がデメリットです。

時価純資産+営業権法である程度無形資産を補足

資産を時価評価したうえで営業権を加算する方法を採れば、純資産だけでは捉えきれない価値を一定程度価格に組み込めます。

インカムアプローチは将来キャッシュフローを重視

DCF法などを用い、予測フリーキャッシュフローを割引して事業価値を計算します。成長企業やシナジー効果を反映したい案件で有効ですが、前提となる事業計画作成に時間が必要で、割引率設定も専門性を要します。

マーケットアプローチは市場実勢を反映しやすい

類似上場企業の株価指標や過去の取引倍率を基準に評価するため、客観的で交渉材料に用いやすいものの、完全に一致する比較対象が見つからない場合は補正が求められます。

DCF法は理論的に最も精緻な評価手法

DCF法では複数年の事業計画を基にフリーキャッシュフローを予測し、割引率として加重平均資本コストを使用して現在価値へ割り引きます。ターミナルバリューを加えた事業価値から有利子負債を控除し、残余が株式価値となります。その株式価値と時価純資産との差額が営業権です。予測が甘いと過大評価につながるため慎重なシナリオ設計が必要です。

超過収益法は無形資産が生む超過利益に着目

通常期待される利益を上回る部分だけを取り出し現在価値に割り引くことで、技術やブランドといった無形資産ごとの価値を個別評価できます。特定技術のライセンス料算定などで重宝しますが、基準利益の設定に主観が入る点に注意が必要です。

年買法は簡便で中小企業の現場感覚に適合

直近数年の平均営業利益に1〜5年の倍率を掛けることで営業権を推計する手法です。算式が単純で交渉もスピーディーに進めやすい反面、倍率の妥当性が譲渡企業と譲受企業の交渉力に左右されやすい傾向があります。

類似企業比較法は市場データを用い交渉材料を提示

PERやEBITDA倍率など公開指標を用いて企業価値を算出するため透明性が高く、第三者の意見として投資家や金融機関にも受け入れられやすい方法です。比較対象の選定が適切でない場合は、営業権が過小評価または過大評価されるリスクがあるため注意が必要です。

営業権に関する税務処理は取得側と譲渡側で異なる

営業権を取引する際の消費税、法人税、償却方法は取引形態によって取り扱いが変わります。特に税務と会計で償却スピードが異なる場合、申告調整を忘れると後日追徴課税につながる可能性があるため留意が必要です。

譲渡企業は消費税と譲渡益課税のタイミングに要注意

営業権を含む対価には消費税が課されるため、受領した消費税相当額を納付する資金繰りを事前に検討しておく必要があります。また帳簿価額との差額が譲渡益となり法人税が課税されるため、適切な含み益管理や損金繰越の活用がポイントです。

譲受企業はのれん償却による節税メリットを最大化

取得した営業権を資産調整勘定として5年定額償却することで、毎期20%の損金算入が可能です。株式取得の場合にはのれんは個別財務諸表に計上されないため、期待した節税効果が得られない点にも注意が必要です。

平成29年改正で取得年度の償却上限が月割に変更

改正前は取得年度でも1年分の償却を認めていましたが、現在は取得日から期末までの月数按分が上限です。例えば10月1日に5,000万円の営業権が発生し年度末が3月31日の場合、初年度に計上できる償却費は500万円にとどまります。このルールを失念すると過大償却による申告是正が必要になるため、必ず期中取得の按分計算を実施しましょう。

営業権を高く評価してもらう七つの実践施策

譲渡企業が営業権を最大化するには、①独自技術の深化、②ブランド認知度向上、③顧客基盤の拡大、④人材育成と定着、⑤健全な財務体質の維持、⑥将来計画の具体化、⑦競争優位の定量化の七つを同時並行で進めることが重要です。これらはすべて無形資産の価値向上を目指す取り組みであり、第三者が確認可能なデータで裏付けるとより説得力が高まります。

競争原理を活用し複数社と並行交渉を行う

複数の譲受候補と秘密保持契約を締結し競争環境を整えることで、各社は好条件を提示せざるを得なくなります。最終的に条件を比較しながらシナジーや従業員処遇まで総合的に判断すると、譲渡企業の目的に沿ったベストマッチを選択しやすくなります。

データと第三者評価で営業権を証明する

営業権は形がないため「言ったもの勝ち」になりやすい資産です。そこで、公認会計士によるバリュエーションレポートや特許査定書、顧客満足度調査結果など客観的資料を用意することで、譲受企業は安心して高い評価を提示できます。

情報開示を徹底しデューデリジェンスを円滑化

財務・法務・ビジネスそれぞれのデューデリジェンスで質問が噴出すると交渉が長期化し評価が下がりがちです。初期段階からデータルームを整備し、契約書や人事制度、主要取引先の契約状況を整理しておくことで、譲受企業はリスクを早期に把握でき、結果として営業権の減額要求を防げます。

ポストM&A計画を示し将来性を具体化

譲受企業は統合後のシナジーが明確なほど高い対価を提示できます。クロスセルの売上高推計、人員配置計画、IT統合ロードマップなど、両社が統合後1年以内に実現可能な数値目標を示すことで、営業権の金額に説得力を持たせられます。

リスク開示と対応策をセットで提示する

事業依存度の高い取引先や技術陳腐化リスク、人材流出リスクなどマイナス要因をあえて開示し、その上で契約更新計画や技術開発ロードマップ、ストックオプション制度などの対応策を添えることで、譲受企業の不安を解消し営業権の毀損を防ぎます。

営業権算定六手法を具体事例で比較検証

営業権の評価方法は実務で六つに大別されます。ここでは中堅製造業A社(売上30億円、営業利益2億円、純資産10億円)を例に、各手法でどのような金額になるのかを示し、長所と短所を整理します。

DCF法は成長シナリオ重視で8億円の営業権

A社が毎年5%成長しEBITDA2.5億円を継続、加重平均資本コスト7%で割引すると事業価値は18億円となります。純資産10億円との差額8億円が営業権です。シナリオを保守的にすると金額が縮小するため、事業計画の妥当性が結果を左右します。

超過収益法はブランド寄与を個別評価し5億円

通常期待収益(資本コスト×純資産=0.7億円)を上回る1.3億円を5年間割引現在価値に置き換えると5億円程度になります。技術特許やブランド力の寄与を具体的に説明できれば交渉材料となりますが、基準利益の設定根拠が争点になりがちです。

年買法は3年倍率×平均利益で6億円

直近3年間の平均営業利益2億円に3年倍率を掛けると6億円となります。計算は簡潔で中小企業の現場感覚と親和性が高い一方、倍率の妥当性が主観的です。

類似企業比較法は業界倍率から4.5億円を算定

上場同業他社のEBITDA倍率6倍を用い、事業価値6倍×2億円=12億円。純資産との差額は2億円ですが、A社が地域密着で固定資産比率が高い点を補正し、4.5億円が妥当と評価されました。公開データを活用できる透明性が魅力です。

企業価値差額法はDCF結果をベースに8億円

DCF法で求めた事業価値18億円から時価純資産10億円を控除して営業権8億円。超過収益法と計算思想は似ていますが、事業価値の求め方を柔軟に変えられるのが特徴です。

実査査定法は現場確認で上振れし9億円

買い手が現場を訪問し、多能工化された従業員体制や製造ラインの自動化投資を高評価し、DCF法より1億円上乗せした9億円を提示しました。属人的判断が入り主観的になるリスクはありますが、人材・オペレーションを直接確認できる強みがあります。

このように、同じ企業でも手法により営業権金額は4.5億円から9億円まで幅が生じます。交渉では複数手法を示し、上下限を明確にしたうえで着地点を探ることが重要です。

実地デューデリジェンスで見落としがちな三つの観点

営業権の上振れ要因は現場に隠れています。買い手が評価を下げがちなポイントを譲渡側が先回りして可視化しておくと、減額リスクを抑えられます。

人的資源の流出リスクは契約と動機付けで緩和

主要技術者や営業キーマンに対し、譲受後〇年間の在籍を条件とするリテンションボーナスやストックオプションを提案し、人的資産の価値を守ります。

設備老朽化は更新計画を提示しコストを定量化

購入から20年超の機械がある場合、更新タイミングと費用、導入後の生産性向上率を示すことで、買い手は設備投資後の追加キャッシュフローを想定でき、過度な減額を避けやすくなります。

取引先依存は契約更新状況をデータで開示

上位3社で売上の40%を占める場合、過去3年間の発注推移や長期基本契約書を共有し、関係の強さを数値で示すと大口顧客流出リスクの誤認を防げます。

営業権に関する税務実務の最新チェックリスト

2025年現在の法人税法および消費税法に照らし、譲渡契約を締結する際に確認すべき項目を整理します。

スキーム別に資産調整勘定計上可否を判定

事業譲渡・会社分割では資産調整勘定を計上し5年償却が可能ですが、株式譲渡では資産側にのれんを計上できません。譲受企業の節税目的と整合するスキーム選択が必須です。

消費税の仕入税額控除は95%ルールを適用

営業権取得に係る消費税は課税売上割合が95%未満でも全額控除可の特例対象外となる場合があります。課税・非課税比率の事前試算が重要です。

繰延税金資産の計上と会計税務差額の調整

のれん償却費は税務上5年、会計上20年で差が生じるため、繰延税金資産を計上し毎期取り崩す処理が必要です。連結決算ベースでの影響額も試算し金融機関へ説明できる体制を整えます。

譲渡実務の時系列と営業権の位置づけ

営業権はM&Aプロセス全体で三度評価されます。

Teaser段階は概算レンジ提示で関心を獲得

ノンネーム資料でDCF簡易試算を開示し、営業権を含むバリューレンジを提示することで買い手の興味を引きます。

LOI段階は三手法併用で根拠を補強

コスト・インカム・マーケット三アプローチを提示し、営業権の妥当性を客観的データで裏付けます。この時点で譲渡価格の7〜8割が固まることが多いです。

最終契約段階はDD結果と調整条項で確定

実地調査や表明保証交渉を経て、のれん償却メリットやリスク開示を織り込みつつ価格を最終確定します。

営業権に強い専門家の選定基準

営業権評価は高度専門領域です。どの専門家に依頼するかで結果が大きく変わります。

評価のみならず取得後の償却スキーム設計までワンストップで支援できるチームを選ぶと、手戻りがなくスムーズです。

まとめ

営業権は将来収益を生む無形資産であり、評価額の根拠を複数手法で示し、税務・会計・交渉の三側面を最適化することで譲渡価格を最大化できます。専門家と連携し、データを整備し、競争環境をつくることが高評価への近道です。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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