人手不足時代をM&Aで乗り越える持続可能な経営戦略
人手不足が深刻化する中小企業にとって、採用力強化と離職防止は急務です。本記事では少子高齢化や業界別課題を整理し、M&Aを含む解決策を具体的に提示します。
目次
▶目次ページ:事業承継とは(事業承継の問題・課題)
日本では年々人手不足が深刻化しています。日本商工会議所の調査では、中小企業の63.0%が「人手が不足している」と回答し、そのうち65.5%が事業運営に「非常に深刻」または「深刻」な影響があると認識しています。この数字は、宿泊、飲食、建設、物流、医療・介護、ITなど幅広い業界で事業継続を脅かすレベルの課題となっています。既存従業員への業務負担増加、離職率上昇、サービス品質低下、業績悪化といった悪循環が生じ、中小企業にとっては死活問題となっています。人手不足は一過性ではなく、人口構造の変化を背景とした長期的課題であり、継続的な対策が欠かせません。
人手不足の背景には複数の社会的要因が存在します。
日本の総人口は2008年をピークに減少局面に入り、2060年には9000万人を下回ると予測されています。特に生産年齢人口は1995年8726万人をピークに半減し、2060年には4418万人となる見込みです。若い世代の絶対数が減るため、企業は母集団そのものの縮小という構造的課題に直面しています。
主力層の高齢化により定年退職が相次ぎ、生産力が低下します。若手採用難で現場は慢性的な人手不足となり、熟練者の持つ技能やノウハウ継承も難航します。海外志向の若年層が増え、国内人材が流出する傾向も拍車をかけています。
有効求人倍率は2017年4月に1.48倍とバブル期を超えました。大企業志向や業種間の人気格差が強く、中小企業への応募は乏しいままです。このミスマッチが中小企業の人手不足を一層深刻化させています。
賃金だけでなくやりがいや柔軟な働き方を重視する価値観が広がり、フリーランスは推計170万人に増加しました。副業解禁の流れもあり、雇用の安定より自由度を選ぶ層が増えています。福利厚生を充実させにくい中小企業は採用競争で不利になりがちです。
ここでは特に人手不足が顕著な業界を取り上げ、その背景と課題を整理します。
インバウンド需要拡大で客数は伸びていますが、長時間労働や休日取得の難しさ、不規則勤務により離職が後を絶ちません。週60時間超勤務の割合が高く、繁忙期はさらに負担が増えます。
非正規雇用比率が高く、短期離職が常態化しています。訪日観光客の増加で需要は旺盛でも、定着率向上が大きな課題です。
オリンピック需要やインフラ老朽化対策で案件は増えていますが、若年層が敬遠する傾向が強く、高齢化が進んでいます。身体的負荷の高さが採用難を深刻化させます。
EC拡大で荷物量が増加する一方、平均積載効率は約40%で荷待ち時間も長く、労働時間が延びがちです。自動運転などの技術革新は期待されるものの、実用化には時間を要します。
需要増に対し、2025年には介護人材が37.7万人不足すると予測されています。医師の地域偏在や診療報酬抑制による収入低下も人材流出を招いています。
デジタル化加速でITスキル人材の需要が急増していますが、教育システムの遅れや都市部偏在で供給が追いつきません。地方とのデジタル格差も課題です。
人手不足を解消するためには新規採用の強化が欠かせません。ここでは求職者に選ばれる会社づくりの具体策を整理します。
企業認知度の向上に向けた施策
求人媒体への露出を高めるだけでなく、就職フェアで直接コミュニケーションを図ることは効果的です。知人や取引先による紹介は信頼度が高く、応募率向上につながります。複数チャネルを組み合わせて母集団を拡大することが第一歩です。
求人票や自社サイトでは業務内容と共にビジョンを発信し、SNSや動画で職場の雰囲気を伝えると若年層からの共感を得やすくなります。社員インタビューを掲載し「この会社で働く自分」をイメージできるコンテンツを増やしましょう。
早期離職を防ぐには、求めるスキルを明確にし選考基準を合わせることが重要です。職場見学や体験就業を実施すれば「思っていた仕事と違う」というギャップを小さくできます。チーム配属時は上司やメンバーとの相性も考慮し採用ペルソナを設計すると効果的です。
既存従業員の離職防止は、人手不足解消のもう一つの柱です。
適切な休暇取得を推奨し、残業時間削減やフレックスタイム制導入で働きやすい環境を整えます。快適なオフィス整備やメンタルヘルス対策を行い、業務効率化ツールや定期研修で生産性を高めることで、従業員の負担を減らし定着率を上げられます。
育児や介護といったライフステージの変化に合わせて、時短勤務制度やフレックスタイム制度、さらにリモートワークやジョブシェアリングなど、多様で柔軟な働き方を積極的に導入すると、優秀な人材がキャリアを中断せずに継続できる環境が整い、結果として組織全体の生産性と定着率が大幅に向上します。
従業員の努力を正当に評価できる仕組みを整えれば、モチベーションが高まり離職率低下に直結します。評価改善のポイントは次の五つです。
明確な評価基準の設定
業務ごとに具体的かつ測定可能な指標を設定します。成果とプロセスの双方を数値化して示すことで、評価の根拠が明らかになります。
定量評価の重視
属人的な判断を排し、可能な限り数値指標を用います。売上や生産量だけでなく、改善提案件数などプロアクティブな行動も評価対象に含めると意欲が高まります。
定期的なフィードバック
年1回の面談だけでは改善の機会を逸します。四半期ごと、月ごとの面談で目標の進捗を確認し、サポート内容を調整します。
評価結果の透明性確保
評価プロセスと結果を従業員に開示し、納得感を醸成します。説明資料を共有し、質問や異議申し立てのフローを設けると信頼性が高まります。
キャリアパスの明確化
評価と報酬だけでなく、役職や専門職への昇進モデルを提示します。将来像が描ければ、長期的に組織にコミットしやすくなります。
これらの施策により、努力と成果が結び付く公平な環境を構築できます。
前章までに採用と定着の基本施策を示しました。ここでは組織体制と業務フローを変革し、人員不足の影響を最小化する具体的方法を整理します。
従来の学歴・年齢・経験年数といった形式要件を見直し、潜在能力と成長意欲を重視する採用基準に切り替えます。オンライン面接やAIによる書類選考を導入すれば、遠方や多忙な応募者にも参加機会を提供でき、母集団拡大と選考スピード向上を同時に実現できます。
給与水準を業界平均と比較し遜色のない水準に設定します。健康保険・年金・各種手当を整備し、有給休暇を取得しやすい文化を醸成します。在宅勤務やフレックスタイム制の導入は、ワークライフバランス向上と離職防止に効果的です。資格取得支援や社内公募制度を用意すれば、成長意欲の高い人材を惹きつけられます。
新入社員向け導入研修、体系的なOJT、定期スキルアップ研修、外部セミナー参加支援、メンター制度を組み合わせます。特に未経験人材を採用する場合、充実した教育プログラムが応募意欲を左右します。研修を通じて得た知識や技能を社内共有する仕組みを設ければ、組織全体の底上げが図れます。
まず業務フローを洗い出し、重複作業や手作業を削減します。RPAで定型作業を自動化し、クラウドサービスで情報共有を効率化します。AI・IoTによるデータ分析で意思決定を高速化し、現場と経営層の情報ギャップを解消します。定期的な業務改善ミーティングで従業員の声を吸い上げる仕組みを用意すると、継続的な改善サイクルが回ります
繁忙期と閑散期の波が大きい業務や、高度な専門知識を要する業務は外部委託が有効です。事務、受付、採用、営業、IT運用など幅広い分野で活用できます。コア業務と周辺業務を明確に区分し、短期的・一時的業務を外注すれば固定人件費を可変費化できます。ただし機密情報を扱う業務や顧客接点が多い業務は、品質管理体制と責任分担を明確にした上で委託する必要があります。
採用強化や業務改革には一定の時間がかかります。一方、M&Aを活用すれば、即戦力人材や専門チームを一度に獲得できる場合があります。
例えば建設業で熟練オペレーター不足に悩む企業が、同業の技術者と設備を保有する地域企業を譲受すれば、育成期間を短縮し案件受注能力を飛躍的に高められます。飲食サービス業でも人気店を譲受することで、調理スタッフと接客ノウハウを同時に獲得しブランド力を向上させた事例があります。
M&Aを成功させるには、自社の目的と買収候補の強みを明確にし、専門家の助言のもとで正確な企業調査を行うことが不可欠です。統合計画を早期に示し、譲渡企業と譲受企業双方の従業員に説明責任を果たすことで、文化摩擦と不安を最小限に抑えられます。
日本の人手不足問題は構造的な少子高齢化と生産年齢人口減少に起因し、宿泊、飲食、建設、物流、医療・介護、ITなど幅広い業界で深刻化しています。採用力強化、離職防止、業務効率化を三位一体で進めることが基本ですが、即戦力人材を一括確保できるM&Aは有力な選択肢です。自社の経営課題と目的を整理し、最適な手段を組み合わせて持続的成長を目指しましょう。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事