秘密保持契約はM&Aの本格検討前に締結 記載内容と注意点
秘密保持契約とは、M&A時に自社の大切な情報を守るために締結する重要な契約です。本記事では、秘密保持契約の目的や締結タイミング、具体的な記載内容、運用方法などをわかりやすく解説します。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(M&A会社との契約)
M&Aにおいては、自社の重要な機密情報を開示する必要がある場面が多々あります。株主構成や財務諸表、従業員の給与、取引先との契約条件など、社外に漏れると企業価値に悪影響を及ぼしかねない情報も含まれます。そのため、M&A仲介会社やアドバイザー、譲受候補企業といった関係者には、情報を外部に漏らさないよう誓約してもらう必要があります。これを契約の形で明確にするのが、秘密保持契約です。
英語ではNDA(Non-Disclosure Agreement)やCA(Confidentiality Agreement)と呼ばれることが多く、「他社の情報を第三者へ開示せず、目的外の利用もしない」という意思を相互に確認し合う役割を持ちます。M&Aの現場では、譲渡対象企業と譲受企業、あるいは売主と買主候補企業などが中心となり、さらにM&AアドバイザーやM&A仲介業者との間でも締結されることが一般的です。
このように秘密保持契約は、M&Aの交渉を円滑かつ安全に進めるための大前提といえます。事前に締結しておくことで、開示した情報が漏洩したり、不正に活用されたりするリスクを抑えることができます。
M&Aでは、売主は自社の会社情報を詳細に開示し、買主候補企業やそのFA(ファイナンシャルアドバイザー)がデューデリジェンスを行います。財務データや取引先との契約情報、労務関連の書類、ノウハウに関する文書などが対象です。特に売主にとっては、他社に知られたくない自社の強みや取引条件などを開示する可能性が高いため、外部に情報が漏れれば、取引先や従業員への影響も免れません。
買主候補企業が同業であるケースも珍しくなく、自社技術やノウハウを模倣されたり、ビジネス上の戦略を真似されてしまったりするおそれもあります。そこで、M&Aで扱うあらゆる重要情報について、「交渉外での使用を禁止」し、かつ「外部に情報を漏らすことを防ぐ」ために、秘密保持契約が求められるのです。
一度情報が拡散すると、対象企業の信用不安に繋がって会社の存続が危うくなるリスクもあり得ます。さらに、検討を中止した後でも情報管理が続くよう、秘密保持契約の効力を適切な期間にわたって設定することも極めて重要です。
M&Aでは、譲渡企業(売主)・譲受候補企業(買主候補)のいずれもが「この企業と本格交渉してもよいか」と判断するために、最初にノンネームシート(社名などを伏せた資料)を渡すことが一般的です。しかし、より詳細な企業概要書(IM)や財務資料、人事情報などを開示する段階になると、すでに機密性の高い情報がやり取りされるため、その前に秘密保持契約を交わしておかなくてはなりません。
具体的なタイミングとしては、次のような流れが典型的です。
これらの段階で、それぞれ仲介会社やアドバイザーとの間、あるいは譲受候補企業との間で秘密保持契約が締結されます。検討を本格化させる前に「相手がしっかりと秘密を守る覚悟を持っているかどうか」確認する意味合いもあるため、非常に大切なステップといえます。
また、一度情報を交わしてしまうと、後から「やはり秘密保持契約を締結しておけばよかった」と悔やんでも手遅れになることがあります。M&Aの検討を始める段階で先手を打ち、相互に秘密保持義務を課しておくのが基本です。
秘密保持契約の締結方法は、大きく「差入方式(片務方式)」と「双方契約方式(双務方式)」に分けられます。差入方式は、片方の当事者だけが契約書を作成し、もう一方が差し入れる形で行われます。一方の義務だけが強調されるような構造になりやすい点が特徴です。
しかし、M&Aの現場では、譲渡対象企業と譲受候補企業の両者が秘密情報の開示者にも受領者にもなり得ることから、「双方契約方式」が一般的とされています。双方契約方式では、当事者の両方が記名押印(あるいは署名捺印)を行い、相互に秘密保持義務を負う形をとります。つまり、一方が情報を開示する場合も、逆に相手方が開示する場合も、お互いを守るルールとなるのです。
片務方式よりも、双務方式のほうが公平性や明確性の面で安心感が高いと考えられています。特に、M&Aにおいては取引前の交渉段階から最終契約に至るまで、さまざまな情報が行き交います。それらをしっかり管理する意味でも、双方契約方式での取り決めを推奨することが多いのです。
秘密保持契約書には、M&Aの検討・交渉を進めるにあたり、守るべきルールや手続を明文化するための様々な条項が設けられます。ここでは「#原文」「#参考」で挙げられていた代表的な項目を整理しつつ、具体的に解説します。
まず、秘密保持契約を結ぶ目的を明確に記載します。これは、「M&Aの検討に利用するために、秘密情報を提供・受領するが、他の目的に一切使用しない」「譲渡対象企業や譲受候補企業、仲介会社、アドバイザーなどが開示する情報を厳重に取り扱い、公表や漏洩を防止する」などの内容です。M&A交渉における秘密保持の必要性を再認識し、情報の開示があくまでM&Aの検討に限られることを当事者同士で確認する役割を果たします。
秘密情報として具体的にどの範囲まで含まれるかを明文化することが重要です。すでに公知となっている情報や、第三者から正当に入手した情報は「秘密情報」から除外される場合が多い一方、M&Aの検討過程では書面・メール・口頭など多様な伝達手段を通じて幅広い情報がやり取りされます。
そのため、M&Aにおいては「開示された情報は原則としてすべて秘密情報とみなすが、例外となるものを明示的に列挙する」という包括的な定義が一般的です。口頭やデータファイルで伝達される場合など、多様な媒体で提供される情報を対象とし、うっかり対象外としてしまうリスクを低減します。
契約当事者が受領した秘密情報を、細心の注意をもって取り扱う義務を負うことを定めます。第三者への開示や漏洩を防ぐために必要な措置を講じることや、受領者が適切な管理体制を整えることなども盛り込まれます。個人情報を含む場合はさらに慎重に扱う必要がありますが、M&Aにおける秘密保持契約では通常、個人情報も当然に秘密情報に含まれる形とすることが多いです。
M&Aでは、譲受候補企業の役員や従業員、さらには専門家や関係先も含め、比較的多くの関係者が情報を共有する可能性があります。秘密保持契約書には「どの範囲まで秘密情報を開示してもよいか」を明記しておくのが基本です。例えば、経営判断を行うにあたって最低限必要な役員やスタッフ、あるいは外部専門家のうち、M&A検討に直接関わるメンバーに限定するなど、範囲を明確化します。
秘密情報の利用目的を「M&Aの検討」のみに限定し、それ以外の目的で使用することを禁止します。具体例としては、相手企業の取引先情報を自社営業に流用したり、相手企業の技術・ノウハウを自社の新規ビジネスに取り入れることなどが挙げられます。M&A交渉が成立するかどうかにかかわらず、目的外で利用しないよう、厳密に制限をかけるのが一般的です。
仲介やアドバイザーを通して交渉が行われる場合、譲渡企業と譲受企業が相互に直接交渉しない旨を定める条項があります。これは、第三者を経由しないやり取りによって生じる誤解や情報漏洩を防ぐためです。仲介やアドバイザーが関係者を適切に調整し、情報伝達や交渉進行の役割を果たすことで、スムーズかつトラブルを回避した形での交渉を実現できます。
秘密保持契約があっても、法律により開示が義務付けられた場合や、裁判所・金融商品取引所など公的機関の要請を受けたときなどは、開示が認められる条項が盛り込まれることが一般的です。ただし、その場合も「可能な限り開示範囲を限定し、相手方に速やかに通知する」といった手順を細かく定めるケースが多いです。
M&Aの検討が終わった段階(成約または交渉中止)や相手方からの請求があった場合には、開示を受けた秘密情報やその複製物を返還・廃棄する義務を定めます。M&Aでは非常に多くの情報がやり取りされ、それをPDFやコピーなどで複製している場合もあるため、漏洩リスクを確実に低減するには返却や破棄をきちんと実施しなければなりません。
秘密保持契約には、有効期間を設定するのが一般的です。例えば「当初6ヶ月」「1年ごとの自動更新」など、企業規模や交渉スピードに合わせた期間が設定されます。また、契約期間が終了しても、一定期間にわたり秘密保持義務を存続させる条項を置くことで、M&Aが不成立に終わった場合でも情報が漏れるリスクを低減します。
相手方が秘密保持契約に違反して情報漏洩や目的外使用を行い、企業側に損害を与えた場合、損害賠償請求が可能となることを定めます。通常、弁護士費用や調査費用、逸失利益などが賠償の対象となる場合もあり、どこまで含むかは契約で明確にしておく必要があります。
国内のM&Aでは、日本法を準拠法とし、管轄裁判所としては当事者いずれかの所在地にある地方裁判所が指定されるのが通例です。最近は、被告となる側の本店所在地を指定することが多いとされます。
実際のM&A交渉では、売主(譲渡企業)と買主候補企業が直接秘密保持契約を締結する形が理想ですが、場合によってはM&Aアドバイザーや仲介会社が間に入り、両社それぞれが仲介業者と秘密保持契約を締結して情報を共有する形をとることがあります。
いずれの方法を選ぶにせよ、秘密保持契約が適切に機能するためには「この契約の存在と条文内容を実務レベルで遵守する意識」が重要です。以下のチェックポイントを意識して運用しましょう。
M&Aの当事者や関係者は多数に上ることがあり、売主が直接すべての相手と契約を交わすのが難しいケースも珍しくありません。そのため、「相手方が第三者へ情報を開示する際には、第三者にも同等の秘密保持義務を負わせる」と規定しておくのがポイントです。こうすることで、情報が連鎖的に伝わっていく場合も、漏洩防止策を途切れさせずに維持できます。
買主候補企業は、売主から提供される情報をPDF化したり、社内で複数のコピーを作成していたりします。交渉が決裂したり、M&Aが実行されなかったりした場合には、これらの資料をどこまで返還・破棄しなければならないかが問題になります。契約書内に「請求があったら直ちに返還または破棄する」「会社のファイル・データベースからも削除する」などのルールを設定しておき、実際に厳密に実行することが肝要です。
M&Aの交渉に入ってから、すでに機密情報をやり取りした後に秘密保持契約を求めても、相手方が締結に協力的でない場合があります。特に、相手方が「このM&Aに興味がない」と思った時点で、その後の秘密管理義務だけを負わされるメリットが見いだせず、渋る可能性が高いです。最初の打ち合わせで秘密保持契約を結ぶ流れを徹底し、機密情報を本格的に開示する前に契約を交わしておくことが大切です。
M&Aの交渉は、最終段階で破談となることもあります。その場合でも、すでに開示された情報の取り扱いは厳重に行われる必要があります。さらに、秘密保持契約の有効期間が切れても、一定期間は義務を存続させるケースが多いため、実際のトラブルを避けるためにも次のポイントを押さえましょう。
多くの契約書では、破談時に秘密情報を返還または廃棄する義務を定めています。開示元からの要請があれば迅速に応じ、社内や関連会社が保持しているデータや書類を忘れずに処理しましょう。処理した記録を報告書などで提出するよう義務付けられる場合もあります。
契約期間が終了した途端にすべての秘密保持義務がなくなるのでは、開示側が大きなリスクを負ってしまうため、通常は期間終了後も一定期間は秘密保持条項が有効とされます。例えば「契約終了後3年間は情報を目的外に使用してはならない」と定めるなど、企業の事情に合わせてルールを決めます。
実際に相手方が違反して自社に損害が発生した場合、どの範囲で賠償を請求できるかは契約書の文言次第です。漏洩による信用不安や取引先との関係悪化が生じ、事業に大きな影響を及ぼす可能性もあるため、損害額の算定や弁護士費用などの負担区分を明示しておくと安心です。
M&Aにおける秘密保持契約は、お互いが安心して機密情報を開示し合うための重要な仕組みです。譲渡企業や譲受候補企業、仲介業者が協力しながら、秘密情報の定義や範囲、使用目的、返還・破棄方法などを明確に規定し、破談時や有効期間終了後も適切な情報管理を徹底しましょう。そうすることで、M&A交渉を安全かつスムーズに進める土台が整います。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画