会社の休業・休眠の判断の決め手を解説
会社を休業すると何が変わるのでしょうか。法人格を残したまま事業を止めるメリットと注意点、具体的な手順をやさしく説明します。
目次:
▶目次ページ:事業承継とは(会社の廃業と解散・清算)
会社の休業・休眠とは、登記簿に「存続」と記載されたまま売上も経費も立てず、実質的に経営活動を休止する状態を指します。経営者が病気療養で現場を離れるケースや、事業再生計画を練る時間を確保したい場合などに有効です。ここで重要なのは、法人格が残るため、銀行口座や屋号、各種許認可を維持しつつ、市場が好転するまで事業を「冬眠」させられるという点です。休業は決してネガティブな終わりではなく、将来へ向けて体力を温存し再出発を図る前向きな選択肢といえます。
休業は「会社を解散していない」状態です。株主総会の決議は不要で、解散公告も不要です。したがって、取引先への信用は一定程度保たれ、再開時に「新会社か?」と疑念を持たれることも少なくなります。ただし、法的に存在する以上、納付書や登記通知が届く点には注意が必要です。郵便物を放置すると大切な官庁からの書類を見落とし、ペナルティを受ける恐れがあります。
これらの場面では、廃業のように法人を消し去るリスクを負うより、柔軟に将来を選べる休業が合理的です。
休業扱いとなる2つの条件
なお、合同会社や有限会社は任期が定められていないため、12年ルールだけでは休眠になりません。自社の会社形態によって条件が異なる点を押さえましょう。
休業・休眠は「一時停止」、廃業は「完全終了」というイメージです。特に許認可の扱い、税務負担、再開までの所要時間に大きな差があります。
休業では登記簿に会社が残るため、法人用銀行口座や商標も維持されます。廃業では清算結了後に法的存在が消滅し、保有口座は閉鎖、商標も更新できません。再度事業を始めるときは、新会社の設立登記が必要です。
休業からの復帰は「休業解除届」を各官庁へ提出し、次の決算期に通常通り確定申告を行うだけで済みます。許認可も継続しているため、営業開始のハードルが低いのが利点です。廃業後は、登記費用や許認可の再取得費用に加え、業種によっては審査期間が数か月から1年以上かかるケースもあります。
休業中は法人住民税の均等割(最低年5〜7万円)が原則として発生し、役員任期管理や毎期の確定申告も欠かせません。一方廃業は清算結了時に官報公告費(約3〜4万円)や登記費用がかかるものの、その後の申告・登記義務はなくなります。長期的なコストと再開リードタイムを天秤に掛け、どちらが適切か判断しましょう。
休業には費用削減だけでなく、将来の成長機会を守る効果があります。
市場環境が回復したとき、休業中の会社は即日で請求書を発行し、取引を再開できます。これに対し廃業後の新会社は、法人番号の取得や銀行審査に時間を要し、営業開始までに数週間から数か月を要します。企業体力が残っているうちに売上を立てるには、休業の方が有利です。
建設業許可、産業廃棄物収集運搬業許可、医療法人の許可などは取得までに複雑な審査と高額な手数料が必要です。休業であれば更新手続のみで済み、時間的・金銭的負担が小さく抑えられます。
解散登記(登録免許税約3万円)・清算人選任登記(約4万円)・決算結了登記(約2万円)を合計すると10万円近い費用がかかります。官報公告も1回あたり3万円前後です。休業ならこれらを丸ごと節約でき、キャッシュを温存できます。
便利な制度でも、留意点を知らなければ後に経営者本人が困ることがあります。
休業中は売上ゼロでも「確定申告書別表一に収入金額ゼロ」と記載し提出しなければなりません。申告を2期連続で怠ると青色申告の承認が取り消される恐れがあり、復帰後の節税メリットを失うことになります。また、固定資産税の納付通知は止まりません。遊休資産の処分や売却を検討し、納税負担を抑える工夫が必要です。
任期満了に合わせて株主総会の決議書と就任承諾書を作成し、法務局へ提出します。手続を怠り解散みなし公告が出ると、復帰の際に「特別決議で継続」など複雑な作業が増えるため、休業中でも定期的な社内管理は不可欠です。
12年ルールは「いつの間にか会社が解散していた」という事態を防ぐための制度です。官報公告を見落とすと、銀行口座凍結や取引契約の無効化につながる可能性があります。最低でも10年目に定款変更や役員変更の登記を行い、活動実態を示しておくと安心です。
具体的な事例でイメージを掴もう
東京都で飲食業を営むA社はコロナ禍で売上が激減し、赤字が続きました。廃業は従業員の再雇用先が決まるまで避けたいと考え、税務署へ異動届出書を提出して休業を選択しました。休業中は家賃を縮小し、厨房機器をリース会社へ返却。3年後に市場が回復すると同時に新メニューを開発し、休業解除届を提出して営業を再開しています。このように休業は「撤退」ではなく「充電期間」として活用できます。
休業届を提出するタイミングのポイント
最適な提出時期は「最後の売上が立った事業年度の終了直後」です。なぜなら決算書が完成しており、財務状況を整理しやすいからです。迷ったまま年度が始まると、社会保険料や均等割など固定費が発生し続け、キャッシュ流出が止まりません。早めの決断がコスト削減と経営再建の鍵を握ります。
株主や金融機関への説明は丁寧に行う
休業は法的には自由に選べますが、周囲の理解を得ることが円滑な再開につながります。株主総会で休業理由と期間の見通しを説明し、議事録を残しておくとガバナンス面で安心です。金融機関へは事業再生計画書を提示し、休業期間中の返済スケジュールを再交渉することで、資金繰りのリスクを下げられます。
休業中にしておくと良い準備
これらの準備を怠らないことで、再開時の立ち上がり速度が格段に向上します。
たとえば資本金1,000万円、役員2名の株式会社が東京都に本店を置く場合を想定します。廃業を選んだ場合の初期費用総額はおおむね次のとおりです。解散登記3万円、清算人選任登記4万円、決算結了登記2万円、官報公告3万5,000円、司法書士報酬10万円前後。合計で約22万円に達します。さらに建物の原状回復費や従業員の退職金を含めると、300万円を超えるケースも珍しくありません。一方、休業なら登記費用と公告費を回避でき、法人住民税の均等割と固定資産税を合わせても年間10万円程度に抑えられることがあります。資金に余裕がない場合には、休業で時間を稼ぎ、譲受企業への売却や事業再生を検討する方が現実的です。
専門家へ相談するメリット
手続を自力で進めることもできますが、税務署・自治体・年金事務所・ハローワークなど提出先が多岐にわたるため、漏れが生じやすいのが実情です。税理士や司法書士へ依頼すれば、必要書類を一括で作成し、提出期限の管理を任せられます。相談料は発生しますが、みなし解散や登記遅延による過料を防げると考えれば、むしろコスト削減につながります。特に後継者不在で譲受企業への売却を視野に入れている場合は、休業と並行して譲受企業探索を進めることで、より高い譲渡価格が期待できます。
休業は企業にとって「終わり」ではなく、体勢を立て直し再成長へ向かうための重要な戦略オプションです。制度を正しく理解し上手に活用しましょう。未来への備えとしても有効です。
休業を円滑に進めるには「事業停止の検討」「官庁への届出」「届出後のモニタリング」という3段階に分けて考えると分かりやすいです。それぞれの段階で求められる書類と期限を把握し、漏れを防止しましょう。
最初に行うのは収益と支出をゼロに近づける準備です。売掛金の回収と買掛金の支払いを済ませ、定期契約を解約して月次コストを極小化します。従業員がいる場合は、就業規則に基づいて休業手当を支給するか、配置転換や退職勧奨を検討し、誤解が生じないよう文書で説明します。また、債権者一覧を作成しておくと金融機関との交渉がスムーズです。
休業日から1か月以内に管轄税務署へ「異動届出書」を提出します。様式は国税庁サイトからダウンロード可能で、「異動事項等」欄に「休業」と記載し、「異動年月日」に休業開始日を入力します。あわせて「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」で廃止欄の休業□にチェックを入れると源泉徴収義務が停止されます。提出後は控えをファイリングし、再開時に流用できるよう整理しておきましょう。
異動届出書に休業と記載するポイント
入力ミスで「廃業」とした場合には取り下げや訂正届が必要になるため、用語を厳格に区別します。休業開始日は実務上「最後に売上を計上した日の翌日」とするのが一般的です。
都道府県税事務所と市区町村役場にも同趣旨の異動届出書を提出します。書式は自治体ごとに異なり、電子申請を採用している地域もあるため事前確認が必須です。均等割が免除される場合は、免除申請書を同時に提出すると手続が一度で済みます。免除されない地域でも納付額は資本金と従業員数で決まるため、資本金減資など中長期的な節税策を検討する価値があります。
都道府県税事務所と市区町村役場の書式を比較する
東京都の異動届はA4判1枚で簡潔ですが、横浜市は法人番号や株主構成の記載欄があり記入量が多いなど差異があります。提出前に必要添付書類(定款写しや登記事項証明書など)をリスト化しチェックすると安心です。
休業で従業員が離職する場合は、ハローワークへ「資格喪失届」、労働基準監督署へ「労働保険確定保険料申告書」を提出します。提出期限は離職日の翌日から10日以内と短いため、事前に書類を準備しておくと遅延を防げます。社会保険については年金事務所へ「健康保険・厚生年金保険適用事業所全喪届」を提出し、保険証の回収と返納を行います。
労働基準監督署・ハローワーク提出書類一覧
これらを正しく処理することで、従業員が失業給付を受け取れる状態を確保できます。
休業は「何もしなくてよい」わけではありません。法人格を維持するかぎり毎期発生する義務をリスト化し、カレンダーに登録しておくと失念を防げます。
所得ゼロでも申告書の提出は必須です。2期連続で無申告となると青色申告が取り消され、再開後に繰越欠損金の利用や役員給与の損金算入が認められなくなる恐れがあります。毎年決算期の月初に税理士へ申告依頼メールを送るルーチンを設定し、担当不在でも自動的に動く仕組みを作ると安心です。
株式会社の役員任期は最長10年です。任期満了後2週間以内に変更登記を行わなかった場合、1社あたり最大100万円の過料が科されることがあります。休業を続けると株主総会を開催しない傾向が強まるため、期末月にリマインダーを設定しましょう。
最後の登記から11年目に入ったら、定款の一部変更や資本金の増減など、費用が比較的少ない登記を意図的に行うと12年ルールをリセットできます。法務局から官報公告が届いた場合、2か月以内に「みなし解散取消し登記」を申請すれば解散を避けられます。
休業中も現金は静かに減っていくため、3年分の固定費を概算し、必要資金を確保しておくと安心です。
税理士報酬は休業届作成で5万円前後、司法書士報酬は役員変更登記で3万円前後が目安です。見込みより長期化しそうな場合は、顧問契約を年額10万円前後で結び、リスク管理を一括委託する方法もあります。
法人住民税の均等割が免除されない場合、資本金を1,000万円以下に減資することで税率区分を下げられます。自社ビルを所有している場合はサブリースで固定資産税をカバーする収益を確保する方法も有効です。オフィスを賃貸している場合は、契約形態を倉庫賃貸やシェアオフィスへ切替えるとコストを抑えられます。
休業手当は平均賃金の60%以上と労基法に定められています。短期休業では雇用調整助成金の活用で事業主負担を軽減できますが、長期休業では退職や出向を含めた選択肢を提示し、従業員のキャリアを尊重する姿勢が求められます。
再開時には広告宣伝費、仕入資金、システム再構築費などが発生します。過去実績を参考に、月商の2〜3か月分を運転資金として確保しておくと黒字転換までの資金ショートを防げます。
休業期間は単なる停止ではなく、会社の価値を磨くチャンスでもあります。戦略的に過ごすことで再スタート時の企業価値を高められます。
休業中にSWOT分析を実施し、撤退すべき領域と集中すべき領域を明確化しましょう。市場環境が追い風に転じるシグナルをモニタリングし、再参入の判断基準を数値で設定すると迷いが減ります。
時間の制約が少ない休業中は、社内外の後継者候補を育成する好機です。第三者承継を検討する場合、早期に専門家へ相談し、デューデリジェンス資料を整備しておくと譲渡交渉がスムーズに進みます。
休業中でも取締役会や監査役会(設置会社の場合)の開催記録を残し、内部統制を維持することで、金融機関や取引先からの信用を保てます。これは再開後の資金調達を有利にし、M&A時の企業価値評価にも好影響を与えます。
休業と廃業のいずれを選ぶか迷う場合は、次の10項目で自社の状況を可視化しましょう。
①事業再開の意欲が経営陣に残っているか
②主要取引先から復帰要望があるか
③許認可の再取得に時間と費用が掛かる業種か
④累積赤字を3年以内に解消できる見通しがあるか
⑤従業員の雇用を継続したいか
⑥事務所や設備を保管できるスペースが確保できるか
⑦株主が清算配当より将来収益を優先するか
⑧金融機関が返済猶予に応じるか
⑨代表者が個人保証を解除したいか
⑩後継者や譲受企業の候補がいるか。
7項目以上が「はい」の場合は休業、4項目以下なら廃業・譲受を検討するなど、定量的な判断軸を持つことで議論が円滑に進みます。
資本金500万円、固定資産税年間12万円、賃貸オフィス家賃月10万円、均等割年7万円の会社が休業すると仮定します。固定資産税と均等割で年間19万円、家賃で年間120万円、合計139万円が毎年流出します。3年間では417万円です。役員変更登記が1回発生すると登録免許税2万円、司法書士報酬3万円を追加し、最終的な累計コストは約422万円となります。これに再開時の広告宣伝費として100万円、設備メンテナンス費で50万円を見込むと必要資金は572万円です。休業に入る前に手元資金600万円を残す計画を立てることで、途中で資金ショートするリスクを抑えられます。なお、金利負担を軽減するため借入金の一部を返済し、残額を長期ローンへ借換えるとキャッシュフローが安定します。
休業は法人格を保ったまま事業を一時停止し、将来の再出発に備える重要な選択肢です。提出先ごとの届出、税務申告、役員変更登記などを怠らず、固定費と資金繰りを計画的に管理すれば、許認可や信用を失わずに柔軟な再開や第三者承継へつなげられます。経営者は専門家と連携し、みなし解散を防ぎつつ企業価値向上策を進めることが肝要です。
著者|竹川 満 マネージャー/M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事