株式無償譲渡の注意点と税務リスク対策を解説
株式無償譲渡は本当に得策でしょうか?この記事では、対価なしで株式を移す際の税金やリスク、手続をわかりやすく即答します。
目次
▶目次ページ:親族内承継(株式の譲渡)
株式の譲渡には、対価を受け取る有償譲渡と対価を受け取らない無償譲渡の二つがあります。無償譲渡は、株式を保有するオーナーが子どもや親族へ事業を承継する際に選ばれる手段です。譲受企業は現金を用意する必要がなく、株式だけが移動するため迅速に実行できます。
無償譲渡では譲受企業が支払う対価が存在しないため、資金調達や銀行との交渉が不要です。これにより進行が早まり、親族内で円滑な経営権の引継ぎが可能になります。
有償譲渡では譲渡企業に譲渡益課税が生じ、譲受企業は資金支出を伴います。一方、無償譲渡では譲渡企業の課税や譲受側の贈与税など、異なる税目が関与します。税務負担を正しく把握しないと後のトラブルを招くため注意が必要です。
会社が自ら保有する自己株式を第三者や既存株主に無償で交付するのは、会社法上「自己株式の処分」に該当し、有利な価格での募集にあたります。このため取締役は株主総会で、無償にする合理的理由を具体的に説明しなければなりません。募集事項の決定は非公開会社なら株主総会、公開会社なら取締役会で行う点にも注意が必要です。
募集事項決定と株主総会説明義務が必須
会社法199条3項は、払込金額がゼロの募集となる場合でも株主総会での説明を求めています。議案に添付する書類には、譲受企業がだれで、なぜ無償で交付するのかを明示し、既存株主の利益を害さない点を示すのが一般的です。
無償譲渡の第一の利点は、手続がシンプルでスピード感を持って完了できる点です。株式が移動するだけのため、不動産の名義変更や契約先ごとの承諾取得は不要です。
株式譲渡は会社そのものが存続するため、設備や従業員、取引契約をいちいち移す必要がありません。無償であれば対価計算も行わないので、より事務負担が軽くなります。
組織再編を伴う事業譲渡と異なり、株式無償譲渡は社内体制を変えずに実行できます。従業員や取引先に影響を与えにくく、顧客サービスも途切れません。
対価を受け取らないため、本来なら譲渡企業が得るはずの売却益を放棄することになります。また、譲受企業は負債まで引き継ぐリスクを負います。
税務当局へ時価を説明するため、株価算定を専門家に依頼するケースが多く、その費用負担が避けられません。
譲受企業は株式と共に簿外債務や係争リスクも承継します。事前にデューデリジェンスを行い、想定外の負債を防ぐ必要があります。
譲渡企業が得られない対価は将来の資金繰りに響く
譲渡企業は株式売却益を得られないため、事業承継後の引退資金や債務返済資金を別に確保しておく必要があります。特に代表者個人保証が残っている場合、金融機関との調整が進まないと経営から退いても保証責任が続くおそれがあります。
株価算定にかかるコストが数十万円規模になることも
非上場株式の評価は純資産価額法や配当還元法で行うため、公認会計士や税理士による専門的評価書が必要になる場合があります。これらの費用は10万円台から多いと100万円規模に及び、想定外の負担となることがあります。
簿外債務調査を怠ると承継後の資金負担が急増
債務保証、訴訟リスク、未払残業代などは財務諸表だけからは読み取れないケースも多く、承継後に発覚すると譲受企業のキャッシュフローを圧迫します。専門家を交えたデューデリジェンスで隠れ負債を洗い出すことが不可欠です。
無償株式譲渡でも株式譲渡契約書を作成して署名捺印することが重要です。対価ゼロでも贈与税や譲渡所得税が発生する場合があり、税負担を誤解すると大きな損失につながります。
契約書には株数、譲渡日、譲受企業が第三者へ再譲渡しない旨、名義書換えの予定などを具体的に記載し、後日の紛争を防ぎます。
公的届出は不要ですが、自己責任で進める取引だからこそ税理士や弁護士の確認を受けることで安全性が高まります。
契約書の条項例を具体的に示す
典型的な無償株式譲渡契約書では、(1)譲渡企業が保有する全株式〇株を無償で譲受企業へ交付すること、(2)承認取得まで譲受企業以外に株式を譲渡しないこと、(3)名義書換え請求を速やかに行うこと、(4)譲渡前に発生した債務や損失は譲渡企業が責任を負うこと、などを明示します。これにより、後から「言った・言わない」の水掛け論を防げます。
税額試算を並行して行い税負担を数値で把握する
贈与税や譲渡所得税は株価と保有割合で大きく変わるため、契約締結前に試算表を作成し、支払時期と納税資金を確認します。税額が多額になると予定納税や延滞税リスクが発生するため、資金繰り計画と併せて策定することが推奨されます。
株式を無償で移す場合、譲渡企業と譲受企業が個人か法人かによって課税の種類が変わります。以下の整理で自社のケースを確認しましょう。
譲渡企業が個人の場合、譲渡益がないため課税されませんが、譲受企業(個人)は時価から110万円の基礎控除を差し引いた額に贈与税がかかります。
個人から個人は贈与税累進課税で税率が上がる
贈与税は10%から55%まで7段階の超過累進税率です。譲受企業となる親族が取得する株式の時価が高くなるほど納税額も跳ね上がるため、時価評価と納税資金の準備を同時に計画することが大切です。
譲渡企業(個人)はみなし譲渡所得税20.315%を負担し、譲受企業(法人)は受贈益として法人税が課税されます。
みなし譲渡所得税は時価評価がポイント
個人が法人へ無償譲渡するケースでは、株式を時価で売却したとみなして課税されます。時価は上場株式なら終値、非上場株式なら純資産価額等を参照して算出されます。
譲渡企業が法人の場合、譲受企業(個人)が従業員なら給与所得、元役員の退職時なら退職所得、関係ない第三者なら一時所得として課税されます。
法人から個人は所得区分で税率が変わる
給与所得なら累進課税、退職所得なら半分が控除対象になるなど、同じ無償譲渡でも制度の適用で負担が大きく違います。事前に専門家へ相談すると安心です。
法人から法人への無償譲渡では、譲渡企業・譲受企業ともに法人税の課税対象になります。株式の時価評価を誤ると追徴リスクがあるため注意が必要です。
法人間無償譲渡は受贈益として益金算入される
譲受企業は時価を益金算入するため、決算期に利益が一気に増加します。事前に税効果や外部への説明を検討することで想定外の法人税や株主説明リスクを避けられます。
相続前7年以内の贈与は相続税にも影響
2024年からは相続開始前7年以内に行われた贈与が相続税の課税価格に加算されるため、贈与税だけでなく将来の相続税負担にも目を向ける必要があります。早めの計画が節税の鍵となります。
事業承継税制の贈与税納税猶予を検討する
無償譲渡が事業承継目的であれば、法人版事業承継税制を利用して贈与税を実質ゼロにできる場合があります。特例承継計画の提出期限や継続要件を確認したうえで、専門家と手順を検証しましょう。
事業承継を目的に株式を無償で移す場合、贈与税や相続税の負担を大幅に軽減できる制度が事業承継税制です。2018年の改正によって要件が緩和され、特例措置を利用すれば贈与税の納税を事実上先送りできるうえ、一定期間後に免除される仕組みも設けられました。制度を活用すれば「税金が心配で株を渡せない」というオーナーの悩みを解決しやすくなります。
特例措置では100%の自社株を対象として贈与税の納税猶予が受けられます。従来の一般措置が「総株式の3分の2まで」だったことを考えると、極めて利用価値が高い制度と言えます。適用を受ければ、譲受者は納税資金を確保しなくても株式を受け取れるため、承継プロセスを円滑に進められます。
特例を受けるには、2024年3月31日までに都道府県知事へ「特例承継計画」を提出し、認定を得る必要があります。計画には株主構成や承継時期、今後5年間の雇用維持方針などを盛り込みます。作成は経営革新等支援機関の指導が必須であり、単独で申請することはできません。
2024年3月31日までの特例承継計画提出が必須
期限を過ぎると一般措置しか利用できなくなり、贈与税猶予対象は株式の3分の2に限定されます。計画の認定には数か月を要することもあるため、余裕を持った準備が大切です。
5年間の雇用確保など継続要件に注意
制度を利用した後は、株式を保有し続けることや、会社の雇用を5年間平均で80%以上維持することなど、複数の要件を満たす必要があります。要件を満たさなくなると猶予税額に利子税を加えた一括納付が必要になるため、事前に計画を立てて管理することが不可欠です。
株式を無償で移す手続は、大まかに5つのステップで構成されます。どの手順も抜け漏れがあると無効や第三者対抗問題につながるため、順序を確認しながら進めましょう。
非上場会社では株式の譲渡について会社の承認が必要です。まずは株式譲渡承認請求書を取締役会設置会社なら取締役会へ、設置していない会社なら代表取締役宛てに提出します。請求書には譲渡人・譲受人の氏名や住所、株数、譲渡日を記載します。
請求を受けた会社は、取締役会または臨時株主総会を開催し、譲渡の可否を決議します。議事録には決議内容と反対意見の有無を明示し、後日の紛争防止に備えることが重要です。
会社法では、承認請求を受けた日から2週間以内に決議結果を書面で通知する義務があります。通知を怠ると株主が自由に株式を譲渡できるとみなされる場合があるため、期限を厳守しましょう。
承認後に株式譲渡契約書を作成し、譲渡人と譲受人が署名捺印します。無償である旨、株数、譲渡日、譲渡制限への同意などを記載し、押印後は原本を双方保管します。
名義書換え請求書を会社へ提出し、株主名簿を更新します。名簿の書換えによって初めて譲受人が正式な株主として扱われ、配当や議決権が認められます。
名義書換え未了では譲渡は第三者に対抗不可
名義書換えを終えないうちは、第三者が当該株式を取得した場合に権利を主張できません。早めの請求と会社側の迅速な対応が求められます。
上場株式と非上場株式で承認手続が異なる
上場株式は譲渡制限がないため会社の承認は不要ですが、インサイダー情報管理など別の法規制が及びます。ここでは非上場株式を前提として手続きを整理しています。
無償譲渡は自己責任で進められますが、税額計算や書類作成を誤ると追徴や無効リスクが発生します。専門家を組み合わせることで安全性と効率を高められます。
弁護士は譲渡契約書を法律面からチェックし、将来の無効主張や責任追及を防ぐ条項を提案します。特に親族間の譲渡では口頭合意に頼りがちですが、曖昧さを残さない文面がトラブル防止の鍵です。
司法書士は株主名簿の名義書換え手続や議事録の法定記載事項を確認し、形式面の不備を解消します。専門家が関与することで日程調整や必要書類の収集もスムーズになります。
株式の無償譲渡は資金負担なく事業承継を進められる一方、適切な手続や税務対策を怠ると大きなリスクを抱えます。事業承継税制の活用と専門家のサポートで、手続を確実に進め、税負担を最小限に抑えましょう。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画