タームシート活用でM&A交渉を円滑に進める方法を解説

タームシートとは何か、その役割や作成のコツは?本記事では譲渡企業と譲受企業の交渉を円滑に進める活用術を簡潔に解説します。

目次

  1. タームシートとは譲渡企業と譲受企業が合意を整理する書面
  2. タームシートがM&A交渉で必要となる理由
  3. タームシート活用のメリットとデメリット
  4. M&A取引の流れとタームシートの位置づけ
  5. タームシートに必ず盛り込む主要記載事項
  6. 効果的なタームシート作成七つのポイント
  7. タームシートの法的拘束力を適切に扱うための実務
  8. タームシートの更新と管理で注意すべき点
  9. タームシートを用いた交渉事例で学ぶ成功の秘訣
  10. タームシート活用を支援する専門家の選び方
  11. まとめ

タームシートとは譲渡企業と譲受企業が合意を整理する書面

タームシートは、譲渡企業と譲受企業が交渉の過程で一致した主要条件を箇条書きでまとめたメモのような書面です。法的拘束力は原則として無く、作成義務もありません。しかし、複雑で長期化しがちなM&A交渉を整理し、次に何を話し合うかを明確にする役割を持ちます。タームシートで条件を可視化しておくことで、両社の認識の齟齬を未然に防ぎ、基本合意契約書や最終契約書を作る際の基礎資料として活用できます。


タームシートの主な特徴は4つあります。


  1. 法的拘束力がない 
    契約書ではないため、合意済みの内容でも後から見直しや修正が可能です。
  2. 交渉の円滑化 
    多岐にわたる条件を整理し、優先順位をつけることで話し合いを効率化します。
  3. 柔軟性 
    交渉が進むたびに内容を更新できるため、最新の合意内容を常に共有できます。
  4. 簡潔性 
    箇条書きや表形式で要点を示すため、社内報告資料としても分かりやすく機能します。

M&A以外のファイナンスでも活躍するタームシート

タームシートはM&Aだけでなく、プロジェクトファイナンスやエクイティファイナンス、不動産証券化などの分野でも利用されます。契約対象や取引方式、前提条件を簡潔に示すことで、関係者全員の共通理解を促し、条件交渉の出発点を整える役割を果たします。

タームシートがM&A交渉で必要となる理由

タームシートは交渉を円滑に進める潤滑油のような存在です。M&Aでは数か月から一年以上に及ぶ議論の中で、譲渡企業と譲受企業が合意した事項と未合意事項が混在します。タームシートを活用すれば次の五つの効果が得られます。


  1. 交渉手順の明確化 
    合意済みの項目を基盤に次の論点へ進めるため、議論が堂々巡りになりません。
  2. 優先度の整理 
    重要度の高い条件から順に検討でき、時間と労力を節約できます。
  3. 進捗の可視化 
    更新のたびに過去の合意内容を確認でき、長期交渉でも迷いません。
  4. 認識の齟齬防止 
    文書で共有することで口頭の誤解を避け、スムーズな意思疎通を保ちます。
  5. 長期交渉への備え 
    条件が複雑でも履歴を残せるため、メンバー交代時の引き継ぎも容易です。

タームシートが作成されるタイミング

通常、タームシートは基本合意契約書の前に作成されます。秘密保持契約書や企業概要書の検討が済み、初期的な質疑応答が落ち着いた段階で、これまでの合意内容を整理するために作成される流れが一般的です。場合によっては基本合意契約書を省略し、タームシートから直接最終契約書に移行するケースもあります。

タームシート活用のメリットとデメリット

タームシートには多くの利点がありますが、注意点も存在します。メリットとデメリットを把握し、状況に応じた使い方を心掛けることが大切です。

タームシート活用のメリット

条件の要点把握が容易

箇条書きや表形式で整理するため、最終契約書で押さえるべきポイントが一目で分かります。


決裂リスクの低減

主要条件を早期に提示し合意を得ることで、最終段階での大幅な条件変更や交渉決裂を防ぎます。


社内共有の効率化

正確かつ迅速に社内の意思決定者へ情報を共有でき、承認プロセスがスピードアップします。


作成コストの削減

弁護士など専門家に示す際にも整理された形で共有できるため、最終契約書作成の手間と費用を抑えられます。

タームシート活用のデメリット

必須項目と誤解される恐れ

記載事項がすべて固定条件と思われやすく、後の交渉余地が狭まる可能性があります。


法的拘束力がない

あくまでもメモであり、法的拘束力が必要な事項は別途基本合意契約書などに盛り込む必要があります。


過度の依存

文書に頼りすぎると柔軟な話し合いが難しくなり、状況変化への対応が遅れる場合があります。


機密情報漏洩のリスク

機密性の高い情報を扱うため、取扱いを誤れば情報漏洩につながる恐れがあります。

M&A取引の流れとタームシートの位置づけ

M&Aの一般的な11ステップの中で、タームシートは第5ステップで登場します。


  1. 譲渡対象企業のノンネームシート検討
  2. 秘密保持契約書の締結
  3. 企業概要書・情報提供書類の検討
  4. 初期的な質疑応答
  5. タームシートの作成
  6. 基本合意契約書の締結
  7. デューデリジェンス実施
  8. 最終条件の交渉
  9. 最終契約書の締結
  10. 譲渡手続の実行
  11. PMIの実施

タームシートは、この時点までの合意事項を整理し、両社で確認しながら微調整するための土台となります。基本合意書締結後も交渉は続くため、タームシートは最終契約書が結ばれるまで随時更新する運用が一般的です。

タームシートに必ず盛り込む主要記載事項

タームシートには将来の基本合意契約書および最終契約書の骨子となる重要項目を過不足なく記載します。代表的な記載事項を整理すると次の4つのカテゴリーに大別できます。

M&A取引の基本情報を明確にする

譲渡企業と譲受企業の基本情報

会社名や所在地など当事者を特定する情報を記載します。


対象となる会社・事業・資産・負債

交渉の範囲を明文化し、後の調査を効率化します。


実施スキーム

株式譲渡や事業譲渡など、予定する手法を示します。


想定取引価格

あくまで暫定金額として記載し、デューデリジェンスによる変動可能性を明記します。

想定スケジュールを共有する

タームシートでは、基本合意締結、デューデリジェンス実施、最終契約締結、クロージングという4つのマイルストーンを時系列で示します。これにより双方が同じゴールを見据え、必要な準備を計画的に進められます。

デューデリジェンスに関する協力事項を具体化する

デューデリジェンスの範囲、期間、譲渡企業の協力義務を定めておくと、監査チームが必要な資料をスムーズに取得でき、交渉の遅延を防げます。

独占交渉権の有無と内容を設定する

独占交渉権を付与する場合は、期間や違反時の措置を明記し、譲受企業が安心して調査費用やリソースを投下できる環境を整えます。

秘密保持義務で機密情報を守る

秘密情報の定義、保持期間、漏洩時の対応を定めておくことで、センシティブな経営情報の保護と円滑な情報開示を両立させます。

タームシートの有効期限を明示する

有効期限を設けることで、交渉の長期化を防止し、市場環境の変化への機動的な対応を促します。

効果的なタームシート作成七つのポイント

タームシートを最大限に活用するため、次の7点を念頭に置いて作成します。


  1. わかりやすい構成 
    専門用語には注釈を添え、誰が読んでも理解できる表現を使います。
  2. 網羅性の確保 
    基本合意書に入る全項目を洗い出し、漏れのないよう整理します。
  3. 具体的で明確な表現 
    数値や期限を示し、曖昧な語句を避けることで後の解釈相違を防ぎます。
  4. 柔軟な更新に対応 
    追記や修正がしやすい形式で作成し、進捗に合わせて素早く反映します。
  5. 法的影響を考慮 
    独占交渉権や秘密保持義務など法的拘束を付けたい項目は、その旨を明示します。
  6. スケジュールの明確化 
    交渉日程を共有し、両社の行動計画を一致させます。
  7. 専門家の助言を活用 
    条件が複雑な場合はM&A仲介会社や弁護士のチェックを受け、リスクを最小化します。

タームシート作成時にありがちな失敗例と対処法

タームシートはシンプルな文書ゆえに、うっかり重要情報を落としたり、必要以上に詳細を書き込み過ぎたりすることがあります。たとえば「取引価格」を具体的に記載せず概算の根拠も示さなかった場合、後になって価格調整の余地を巡り対立が深まる恐れがあります。逆に、詳細すぎる数値を確定値のように記載すると、デューデリジェンスの結果に応じた修正が難しくなることもあります。


こうしたミスを防ぐには、合意できている項目と未確定項目を視覚的に分ける工夫が有効です。たとえば確定項目は太字、未確定項目は下線など書式を変えておけば、閲覧者が一目で判断できます。また、タームシートの更新履歴を残し、変更箇所を色分けすることで、どのタイミングで合意内容が変わったのか追跡しやすくなります。

タームシートを活用した社内承認プロセスの効率化

譲渡企業・譲受企業双方の経営陣や株主が最終契約書を承認するまでには、数多くの稟議や会議体を経る必要があります。タームシートを社内説明資料として利用すれば、複雑な契約条件をコンパクトに伝えられ、意思決定のスピードが格段に向上します。特に、関係部門が多い大企業では、法務・財務・人事など各部門が同時並行で検討できるため、交渉タイムライン全体を短縮できます。

タームシートを更新する際のチェックリスト

  1. 最新版の日付とバージョン番号を必ず記載する
  2. 変更箇所をコメントで説明し、理由を明示する
  3. 前回版との文言差分を確認し、齟齬が無いかダブルチェックする
  4. 独占交渉権や秘密保持義務の期限が変更された場合、カレンダーにも反映する
  5. 帳票管理担当者が一元管理し、過去版へのアクセス権を制限する


このチェックリストを用いることで、更新のたびに見落としや誤解が発生するリスクを低減できます。

タームシートの法的拘束力を適切に扱うための実務

タームシートは原則として法的拘束力を持たない書面ですが、実務では独占交渉権や秘密保持義務など一部の条項に限定的な拘束力を持たせることが一般的です。譲渡企業と譲受企業が安心して情報開示や費用負担を進められるよう、以下のポイントを押さえましょう。

拘束力を付与する条項と付与しない条項を区分する

拘束力を付与する代表例は3つあります。第一に独占交渉権です。譲受企業は多額の調査費用を投じるため、他社との同時交渉を避けたいと考えます。第二に秘密保持義務です。財務資料や顧客名簿など機密性の高いデータを扱う以上、漏洩時の損害賠償まで明示します。第三に準拠法・管轄裁判所の定めです。紛争時の手続を早期に擦り合わせることでリスクを限定できます。これらはタームシートの「拘束条項」として署名欄の直前にまとめ、誤解を防ぎます。


想定取引価格や最終的なスキームなどは拘束力を持たせない「非拘束条項」とします。デューデリジェンスの結果に応じて柔軟に修正できる旨を併記すると、交渉の袋小路を回避できます。

非拘束条項に盛り込む注意書き

非拘束条項には「デューデリジェンスの結果により変更の可能性あり」「最終的な取引条件は最終契約書で確定する」と注記し、期待値のずれを抑えます。特に上場企業が関与する案件では適時開示規則との整合性を確保するうえで効果的です。

署名の有無と形式を選択するポイント

独占交渉権などを法的に担保したい場合は署名を推奨します。印紙税の課税対象外であることが多くコストは限定的です。形式は横書き1段でも二段落ちでも構いませんが、双方が読みやすい体裁を選びます。また電子署名サービスを利用すれば遠隔地でも即日締結が可能で、交渉スピードを維持できます。

電子署名導入時の留意点

電子署名を採用する場合、日本の電子署名法や海外法規に適合しているか確認しましょう。クロスボーダー案件では双方の管轄で有効と認められるサービスかどうかが鍵となります。

タームシートの更新と管理で注意すべき点

交渉が進むほどタームシートは改訂を重ね、最新版の所在が分からなくなるケースが増えます。情報混乱を避けるため、次の四つの管理ルールを徹底します。

バージョン管理と履歴保持を徹底する

ファイル名に日付とバージョン番号を付与し、履歴機能で変更箇所を追跡できるクラウドストレージを利用します。過去版は「閲覧のみ」に設定し誤編集を防止します。重要な更新が入った場合は自動通知を活用すると抜け漏れを防げます。

更新承認フローを一本化する

担当者が改訂後、監督者がレビューし、法務チェックを経て両社代表へ配布する単線フローを整備すると並列改訂を回避できます。承認済みファイルのみ社内システムに登録されるよう権限設定を行い、管理の属人化を防ぎます。

変更点サマリーを添付する

改訂版には1ページのサマリーで変更点を示し、全文を読まなくても影響範囲を把握できるよう配慮します。A4一枚の新旧対照表形式が効果的です。

保管期間と削除ルールを明確にする

クロージング後は一定期間経過後に物理・電子双方のデータを廃棄し、機密情報の長期保存リスクを抑えます。廃棄証明書を残すことで説明責任を果たせます。

タームシートを用いた交渉事例で学ぶ成功の秘訣

事例A 製造業の株式譲渡で価格調整条項を明示し交渉期間を半減

譲渡企業は地方の部品メーカー、譲受企業は上場企業のグループ会社でした。タームシートで「設備投資計画額をデューデリジェンス終了後に確定し、差額をクロージング時に価格調整する」条項を明記し拘束力を持たせた結果、最終契約締結まで通常の半分で合意しました。

成功要因の整理

  1. 設備投資額を価格調整条項として設定
  2. デューデリジェンス終了日をスケジュールに明記
  3. 調整方式を差額精算方式に限定

事例B ITベンチャーの事業譲渡で独占交渉権を柔軟に設定

ベンチャー側は複数社と接触していたため独占交渉権に慎重でした。タームシートで「独占交渉期間は60日」「資金調達に必要な第三者との対話は例外的に許可」と明記し、譲受企業も費用を抑えつつ深いデューデリジェンスを実施できました。

成功要因の整理

  1. 例外規定を設けベンチャーの不安を解消
  2. 資金調達対話の手順を事前に明文化
  3. PMIロードマップを付属資料に添付

タームシート活用を支援する専門家の選び方

タームシートは当事者だけでも作成可能ですが、専門家を活用するとリスクを低減できます。以下の四つの観点で支援者を選定しましょう。

実績と専門領域を確認する

同業種・同規模の成約件数が多い専門家は、業界特有の論点を押さえた助言が期待できます。

コミュニケーションの速度と質を評価する

初回面談でレスポンス速度や説明力を確認し、オンライン会議や共同編集ツールへの対応状況もチェックします。

料金体系の透明性を確認する

着手金・成功報酬・時間課金の構成を明確にし、追加費用が発生する条件を合意します。

守秘義務体制と情報セキュリティを重視する

ISMS認証やアクセスログ保存期間を確認し、漏洩事故時の責任範囲も契約書で明確にします。

複数専門家を組み合わせる相乗効果

税理士、弁護士、M&Aアドバイザーをワンチームで起用すると、税務・法務・価格交渉を並行最適化できます。例えば株式譲渡と事業譲渡を比較検討する場面では、税理士が税負担を試算し、弁護士がリスクを分析し、アドバイザーが市場動向を踏まえ価格調整を提案することで意思決定の質が高まります。このように専門領域を横断的に連携させると、交渉を短縮しながら最終条件の精度を高められます。

まとめ

タームシートは交渉の現在地と次の一手を示す羅針盤です。拘束条項と非拘束条項を区別し、更新履歴を透明に管理しながら柔軟に運用することで、譲渡企業と譲受企業は円滑に合意形成を進められます。適切な専門家の支援を受けつつ、タームシートを活用した戦略的な交渉に挑みましょう。

著者|土屋 賢治 マネージャー

大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画

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