株式交付制度はM&Aの新たな選択肢として注目を集めています。この記事では、株式交付の概要、メリット・デメリット、実施プロセス、さらに税務上の注意点まで、実務に役立つ情報を詳しく解説します。
目次
株式交付制度は、2021年に施行された新しい組織再編スキームです。この制度は、従来のM&A手法や組織再編の欠点を補完する目的で会社法に創設されました。
株式交付とは、買い手(株式交付親会社)が、売り手(株式交付子会社)を子会社化する際に、その対価として自社の株式を売り手の株主に交付する方法です。この制度には、いくつかの重要な特徴があります:
1. 柔軟な株式取得:株式交付では、買い手は売り手の全株式を取得する必要はありません。過半数超の株式を取得し
て子会社化することが可能です。
2. 対象企業の制限:株式交付の対象となるのは、他社が50%超を保有していない会社に限られます。つまり、すでに
他社の子会社である会社の株式を取得する場合には、この制度を利用できません。
3. 法人形態の制限:株式交付の対象となる企業は、売り手・買い手ともに「株式会社」でなければなりません。合同
会社や有限会社などの他の法人形態では、この制度を活用することができません。
4. 新株予約権の取得:株式交付では、株式だけでなく、売り手が発行している新株予約権も取得対象となります。
株式交付制度は、M&Aや組織再編を検討する企業にとって、新たな選択肢を提供するものです。特に、完全子会社化を望まない場合や、現金での買収が困難な場合に有効な手法となります。
▶目次ページ:M&Aの種類・方法(株式交換)
株式交付制度は、M&Aにおける新たな手法として注目されています。この制度が創設される以前は、自社株式を対価とするM&Aスキームとしては「株式交換」が一般的でした。しかし、株式交換には完全子会社化が必須であるなど、柔軟性に欠ける面がありました。
株式交付制度は、以下のようなケースで特に有効です:
1. 売り手の一部株主が株式譲渡を望まない場合: 完全子会社化を行わず、一部の株主の株式のみを取得することが可
能です。
2. 買い手が完全子会社化を望まない場合: 過半数超の株式取得で子会社化が可能なため、コスト面でも効率的です。
また、株式交付は「現物出資」というM&Aスキームの欠点も補完します。現物出資の場合、出資する現物の公正な評価のために裁判所から選任された検査役による調査が必要でした。さらに、出資する現物の価値が著しく不足している場合、子会社の株主や親会社の取締役等が財産価額補填責任を負うリスクがありました。
株式交付制度は、これらの課題を解決し、より柔軟かつ効率的なM&Aの実施を可能にします。特に、以下のような利点があります:
• 柔軟な株式取得比率の設定
• 裁判所による検査役選任の不要
• 財産価額補填責任のリスク軽減
このように、株式交付制度はM&Aの選択肢を広げ、より戦略的な企業再編を可能にする手法として期待されています。
株式交換と株式交付は、似通った組織再編スキームですが、重要な違いがあります。これらの違いを理解することで、自社の状況に最適なM&A手法を選択できます。
1. 子会社化の際の取得比率の柔軟性
o 株式交換:完全子会社化(100%株式取得)が必須
o 株式交付:過半数超の株式取得で子会社化が可能、取得比率を柔軟に設定可能
2. 親会社となれる法人格の種類
o 株式交換:株式会社、合同会社が可能(会社法2条31号)
o 株式交付:株式会社のみ可能(会社法2条32号の2)
3. 組織再編またはM&Aの際の対価
o 株式交換:親会社の株式を一切交付せず、金銭等のみを対価とすることが可能(会社法768条1項2号)
o 株式交付:親会社の株式を必ず交付する必要あり、現金等との併用は可能(会社法774条の3第1項3号)
4. 適用可能な手続の違い
o 株式交換:略式手続(株式交換完全親会社が株式交換完全子会社の特別支配会社である場合等)が適用可能
o 株式交付:略式手続の適用なし
これらの違いを踏まえ、以下のような状況で各スキームの選択を検討できます:
• 完全子会社化が目的の場合:株式交換
• 柔軟な株式取得比率が必要な場合:株式交付
• 合同会社が親会社になる場合:株式交換
• 金銭のみを対価としたい場合:株式交換
組織再編スキームを検討する際は、「対価」の内容、親会社となる「法人格」、「完全子会社化」の必要性などを整理し、自社の目的や実施しやすい手法を慎重に選択することが重要です。特に株式交付は比較的新しい制度のため、税理士や公認会計士など専門家のアドバイスを受けることをお勧めします。
株式交付制度は、M&Aや組織再編の新たな選択肢として注目されていますが、他の手法と同様にメリットとデメリットがあります。これらを理解することで、自社の状況に最適なスキームを選択できます。
1. 柔軟な株式取得: 株式交付親会社(買い手)は、株式交付子会社(売り手)の全株式を取得する必要がありませ
ん。過半数超の株式を取得して子会社化することが可能です。これにより、完全子会社化を望まない場合や、段階
的な株式取得を計画している場合に適しています。
2. 新株予約権の取得: 株式交付親会社(買い手)は、株式交付子会社(売り手)の株式だけでなく、新株予約権も取
得することができます。これにより、将来的な株式希釈化のリスクを管理しやすくなります。
3. 資金負担の軽減: 株式を対価とするため、大規模な現金支出を必要としません。これにより、資金調達の負担を軽
減しつつ、M&Aを実施することが可能になります。
4. 税制上の優遇: 一定の条件を満たす場合、売り手の株主に対する課税が繰り延べられます。これにより、M&Aの実
行に対する税務上のハードルが下がります。
1. 株主間の対立リスク: 株式交付子会社(売り手)の全株式を取得しない場合、株式交付親会社(買い手)と株式交
付子会社(売り手)の残存株主との間で、経営方針の相違など対立が生じるリスクがあります。
2. 株式希釈化のリスク: 新株予約権を取得しない場合、子会社化後に新株予約権を持った株主から権利行使を受ける
と、株式交付親会社(買い手)の株主保有比率が低下するリスクがあります。
3. 法人形態の制限: 株式交付の対象となるのは株式会社のみです。合同会社や有限会社などの他の法人形態では利用
できないため、適用範囲が限定されます。
4. 手続の複雑さ: 株式交付計画の作成、株主総会での承認、債権者保護手続など、複雑な手続が必要となります。こ
れにより、M&Aの実行に時間とコストがかかる可能性があります。
5. 株価変動リスク: 自社株式を対価とするため、株価変動により取引価値が変わる可能性があります。これは、特に
上場企業が株式交付親会社(買い手)となる場合に顕著です。
株式交付制度のメリットとデメリットを十分に理解し、自社の状況や目的に照らし合わせて慎重に検討することが重要です。また、専門家のアドバイスを受けながら、最適なM&A手法を選択することをお勧めします。
株式交付の実施には、株式交付親会社(買い手)と株式交付子会社(売り手)それぞれで必要な手続があります。ここでは、両者の実施手順を詳しく解説します。
株式交付親会社(買い手)の手続が主要となります。以下に、具体的な手順を示します:
1. 株式交付計画の作成:
o 株式交付親会社(買い手)が株式交付計画を作成します(会社法774条の2)。
o 計画には、売り手の商号・所在地、譲り受ける株式の種類と数の下限、対価として交付する株式数等を記載します
(会社法774条の3第1項各号)。
2. 事前開示書類の備置:
o 作成した株式交付計画を株式交付親会社(買い手)の本店に備え置きます(会社法816条の2第1項)。
o 備置期間は、株主総会の2週間前から効力発生日後6ヶ月を経過する日までです。
3. 株主総会での承認:
o 効力発生日の前日までに、株主総会の特別決議で株式交付計画を承認します(会社法816条の3)。
o ただし、交付する株式等の対価の合計額が純資産額の1/5を超えない場合は省略可能です(会社法816条の4)。
4. 反対株主の株式買取請求権への対応:
o 反対株主は、公正な価格での株式買取りを請求できます(会社法816条の6)。
5. 債権者異議手続:
o 株式以外の対価を含む場合、債権者は一定期間内に異議を申し立てられます(会社法816条の8第1項)。
6. 株主への通知・公告:
o 承認された株式交付計画の内容を自社株主と株式交付子会社(売り手)株主に通知します(会社法774条の4第
1項)。
7. 株式交付申込手続と効力発生:
o 株式交付子会社(売り手)株主からの申込を受け付け、譲り受ける株式数を決定します。
o 効力発生日に株式と対価の授受を行い、手続が完了します。
8. 事後開示書類の備置:
o 効力発生日以降、株式交付に関する事項を記載した書面を6ヶ月間、本店に備え置きます(会社法816条の10)。
株式交付子会社(売り手)の手続は比較的少ないですが、譲渡制限株式を発行している場合は
以下の手順が必要となります:
1. 株式譲渡承認請求の受付:
o 譲渡制限株式を保有する株主から、株式譲渡の承認を求める書面(株式譲渡承認請求)を受け取ります。
o この請求は、株主本人または委任を受けた代理人が提出できます。
2. 株式譲渡の承認手続:
o 定款で定めた承認機関(通常は取締役会または株主総会)で「承認決議」を行います。
o 取締役会設置会社の場合は取締役会、未設置の場合は株主総会が一般的です。
o 承認には、出席した取締役または株主の議決権の過半数の賛成が必要です。
3. 承認結果の通知:
o 承認結果を株式譲渡を希望する株主に通知します。
4. 株主名簿の更新:
o 株式交付の効力発生後、株主名簿を更新し、新たな株主構成を反映させます。
これらの手続は、株式交付子会社(売り手)が譲渡制限株式を発行している場合に必要となります。譲渡制限のない株式のみを発行している場合は、基本的に特別な手続は不要ですが、株主名簿の更新は必要です。
株式交付の実施プロセスは、特に株式交付親会社(買い手)にとって複雑で時間のかかる作業となります。そのため、専門家のアドバイスを受けながら、慎重に進めることが重要です。また、各段階での期限や法的要件を厳守し、適切に手続を進めることで、円滑な株式交付の実施が可能となります。
株式交付制度は、M&Aの促進を目的として設けられた制度であり、会計処理や税務上の取り扱いにも特別な配慮がなされています。ここでは、株式交付に関する会計・税務の主要なポイントについて解説します。
株式交付制度の大きな特徴の一つが、売り手株主に対する課税繰り延べ制度です。この制度により、M&Aの実行に対する税務上のハードルが低くなっています。
1. 課税繰り延べの概要:
o 株式交付子会社(売り手)の株主が、株式交付によって保有株式を譲渡し、その対価として株式交付親会社(買い
手)の株式等の交付を受けた際に生じる譲渡損益に対する課税が繰り延べられます。
2. 課税繰り延べの条件:
o 売り手が対価として交付を受けた株式や現金等のうち、80%以上が株式の価額であることが要件となります。
o つまり、現金等の非株式対価が20%以下であれば、課税繰り延べの対象となります。
3. 課税繰り延べのメリット:
o 株主にとっては、即時の税負担が軽減されるため、M&Aへの参加障壁が低くなります。
o 企業にとっては、株主の税負担を考慮せずにM&Aを計画できるため、柔軟な戦略立案が可能になります。
2023年の税制改正により、株式交付に関する課税繰り延べ制度に重要な変更が加えられました。この変更は、株式交付制度の利用を検討する企業にとって重要な考慮事項となります。
1. 改正の概要:
o 2023年10月1日以後に行われる株式交付について、株式交付後の株式交付親会社(買い手)が「同族会社」に該当
する場合、課税繰り延べ措置の対象外となりました。
2. 同族会社の定義:
o 同族会社とは、上位3人もしくはグループの持株割合が50%超の会社を指します。
3. 改正の影響:
o この改正により、オーナー経営者が保有する対象会社株式を資産管理会社に移転する際に株式交付を利用すること
ができなくなりました。
o 純粋なM&Aを目的とする株式交付であっても、株式交付親会社(買い手)が同族会社の場合には課税繰り延べ措置
の対象外となります。
4. 注意点:
o この改正は、株式交付親会社(買い手)が未上場会社だけでなく、上場会社であっても適用されます。
o M&Aの検討時には、株式交付後の株主構成を慎重に検討し、同族会社に該当するかどうかを確認する必要がありま
す。
株式交付親会社(買い手)の会計処理については、「企業結合に関する会計基準」に準じて行います。一般的に、「取得」とされた企業結合に該当する場合、譲受株式は時価を基礎として算定することになります。
株式交付に関する会計・税務の取り扱いは複雑で、かつ変更される可能性もあるため、常に最新の情報を確認し、専門家のアドバイスを受けながら慎重に進めることが重要です。特に2023年10月以降の改正については、M&Aの計画段階から十分に考慮に入れる必要があります。
株式交付制度は、M&Aや組織再編の新たな選択肢として注目されています。この制度は、柔軟な株式取得比率の設定や資金負担の軽減など、従来の手法にはない利点を提供します。一方で、手続の複雑さや法人形態の制限などのデメリットもあります。また、2023年10月以降の税制改正により、同族会社への課税繰り延べ措置の制限など、新たな考慮事項も加わりました。株式交付の活用を検討する際は、これらのメリット・デメリットを十分に理解し、自社の状況に最適なM&A手法を選択することが重要です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画