M&Aによる従業員待遇への影響と注意点をわかりやすく解説

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M&Aによる従業員待遇への影響と注意点をわかりやすく解説

M&A後の従業員待遇は、株式譲渡・事業譲渡・合併・会社分割で引継ぎ方が異なります。給与、退職金、福利厚生、勤務地の変化、不利益変更の制約、労務デューデリジェンス、離職を防ぐ説明や契約条件まで、会社売却を検討する経営者向けに判断ポイントを解説します。

目次

  1. 従業員待遇は会社売却の条件として先に決める
  2. 雇用契約の引継ぎはM&A手法で変わる
  3. 給与・退職金・福利厚生で確認すること
  4. M&A後の待遇変更には法的な制約がある
  5. 待遇を守るための交渉と労務調査
  6. 成約前後の社内対応を段階的に進める
  7. M&Aが従業員にもたらす良い変化
  8. まとめ

M&Aによる従業員待遇への影響と注意点をわかりやすく解説

従業員待遇は会社売却の条件として先に決める

「会社を譲渡しても、長年働いてくれた従業員を守れるのか」。この不安から、M&A(合併・買収)の検討が止まる経営者は少なくありません。

従業員の待遇は、成約後に買い手企業だけで決める問題ではありません。買い手候補を探す段階から、雇用、給与、勤務地、役職、退職金などについて、自社が守りたい条件を整理し、交渉や契約に反映することが重要です。

従業員が離職すると、技能、顧客との関係、仕入先との調整力なども失われます。これは買い手企業にとっても大きな損失です。従業員の待遇を守ることは、人への配慮だけでなく、会社の事業価値を維持するための実務でもあります。

経営者が最初に決める3つの方針

会社売却を検討するときは、少なくとも次の方針を決めておきます。


・雇用をどの程度の期間、維持してほしいか

・給与、勤務地、役職などで譲れない条件は何か

・制度変更が必要な場合、どの程度の移行期間を求めるか


条件をすべて固定すると、買い手候補が限られることもあります。一方、何も決めずに価格だけで候補先を選ぶと、成約後に「想定と違った」となりやすいものです。価格と従業員待遇の優先順位を、早い段階で整理することが大切です。

雇用契約の引継ぎはM&A手法で変わる

同じM&Aでも、会社の株主だけが変わるのか、事業や契約を別会社へ移すのかで、従業員の扱いは大きく異なります。手法を決める前に、雇用契約がどのように移るかを確認しなければなりません。

株式譲渡は雇用主が変わらない

株式譲渡では、経営者が保有する株式を買い手企業へ譲渡します。株主は変わりますが、従業員を雇用している会社そのものは存続します。

そのため、雇用契約を結び直す必要はなく、給与、勤続年数、退職金規程、就業規則なども原則として継続します。従業員一人ひとりから、株式譲渡について同意を得る手続も通常は必要ありません。手続上の変化が少ないため、他の手法より従業員の動揺を抑えやすい面があります。

ただし、株式譲渡であれば、将来も待遇が一切変わらないという意味ではありません。成約後に人事制度を統合する場合は、労働契約や就業規則に沿った手続が必要です。

事業譲渡は従業員ごとの同意が必要

事業譲渡では、店舗、設備、取引契約など、譲渡する範囲を選んで買い手企業へ移します。雇用契約も自動では移らないため、転籍する従業員から個別に同意を得る必要があります。

買い手企業との間で新しい条件を決める場合は、給与、勤務地、職務、退職金、勤続年数の扱いを明確にし、本人が理解できる形で説明します。雇用先の概要、担当業務、就業場所、労働条件などを十分に伝え、従業員本人の意思に基づく同意を得ることが重要です。

条件が十分に伝わらないまま同意を急がせると、後から紛争や離職につながりかねません。

転籍に同意しない従業員は、原則として譲渡会社に残ります。残る事業がなければ配置が難しくなるため、事業譲渡を選ぶときは、不同意者への対応まで先に設計する必要があります。転籍への不同意や事業譲渡だけを理由に、直ちに解雇できるわけではありません。

対象者の選び方にも注意する

事業譲渡では、どの従業員に転籍を求めるかも問題になります。必要な技能や担当業務を基準に合理的に選び、選定理由を説明できるようにします。

特定の人を排除する目的で転籍対象者を選ぶと、労務トラブルになりやすい点に注意が必要です。

合併と会社分割は同じ扱いではない

合併では、消滅する会社の権利義務が存続会社または新設会社へまとめて引き継がれます。従業員の雇用契約も原則として承継され、個別の転籍同意は通常必要ありません。

会社分割では、分割契約などの内容と労働契約承継法に基づいて、雇用契約の承継先が決まります。対象となる従業員への通知や、労働組合などとの協議が必要です。従業員の担当業務と分割契約の内容によっては、異議申出の手続も関係します。

「組織再編なら全員が自動で移る」と単純に考えず、誰の雇用契約がどの会社へ移るのかを個別に確認することが大切です。

給与・退職金・福利厚生で確認すること

従業員が気にするのは、雇用が続くかだけではありません。毎月の生活と将来設計に直結する条件がどうなるか。項目ごとに確認が必要です。

給与・賞与・評価制度

株式譲渡では、現在の給与条件は原則として継続します。事業譲渡では、新たな雇用条件への同意によって変わる可能性があるため、基本給、各種手当、賞与の算定方法まで比較します。

見落としやすいのが、評価制度です。基本給が同じでも、賞与が業績連動へ変わる、昇給の基準が厳しくなる、固定残業代の設計が変わるといった場合、実質的な待遇差が生じます。

年収額だけでなく、どのような基準で給与や賞与が決まるのかを見る必要があります。

勤務地・職務・役職

M&A後に拠点の統合や組織変更が行われると、転勤、配置転換、職務変更が生じることがあります。労働契約や就業規則上の根拠があっても、家庭事情や通勤負担を無視した運用は離職を招きます。

重要な拠点を維持したい場合や、特定の従業員に現在の職務を続けてもらいたい場合は、買い手企業との交渉項目にします。口頭の期待だけでは弱いため、必要に応じて最終契約書などに条件を残すことも検討します。

退職金と勤続年数

株式譲渡では会社が同じなので、退職金規程と勤続年数も通常は継続します。事業譲渡では、転籍時に旧会社で退職金を精算する方法と、買い手企業が勤続年数を通算する方法があります。

どちらが有利かは、年齢、勤続年数、旧会社と買い手企業の制度によって変わります。精算額だけを見て決めるのではなく、将来退職するときの受取額や税負担への影響も含めて確認することが重要です。

福利厚生と社会保険

住宅手当、家族手当、慶弔制度、社宅、研修、休暇制度などは会社ごとの差が大きい項目です。買い手企業の制度が充実して待遇が良くなることもあれば、一部の手当がなくなることもあります。

事業譲渡で雇用主が変わる場合は、社会保険や雇用保険に関する手続も発生します。制度の名称だけでなく、手取額や利用条件がどう変わるかを確認すると、従業員へ説明しやすくなります。

制度統合には経過措置を設ける

買い手企業の制度へ統一する場合でも、成約直後にすべてを変更する必要はありません。一定期間は旧制度を残す、減少分を調整手当で補う、段階的に変更するといった激変緩和措置を設ける方法があります。

急に手取額が減らないようにする工夫です。制度を変更する理由と今後の予定も、従業員へ丁寧に説明します。

M&A後の待遇変更には法的な制約がある

「買収されたのだから、買い手企業の制度に合わせるしかない」と思われがちですが、M&Aを理由に労働条件を自由に引き下げられるわけではありません。

合意のない不利益変更は原則としてできない

労働契約の内容を変更するときは、原則として会社と従業員の合意が必要です。従業員の合意なく就業規則を変更し、給与や退職金などの条件を一方的に不利にすることは、原則として認められません。

特に給与、退職金、労働時間などを不利に変える場合は、本人が変更内容と影響を理解したうえで合意しているかが重要になります。

形式的に同意書へ署名していても、十分な説明がない、拒否しにくい状況で署名を求めたといった事情があれば、後から有効性が争われることがあります。丁寧な説明と検討期間を設けることが欠かせません。

就業規則の変更には合理性が必要

就業規則を変更して労働条件を不利にする場合は、変更内容を従業員へ周知したうえで、変更に合理性があることが必要です。

判断では、従業員が受ける不利益の大きさ、変更の必要性、変更内容の相当性、労働組合などとの交渉状況といった事情が考慮されます。

単に「親会社の制度へ統一したい」「M&A後の管理を簡単にしたい」という事情だけで、大幅な給与引下げが当然に認められるわけではありません。制度統合の必要性と従業員の不利益を比較し、代替策や経過措置を検討します。

解雇や退職勧奨は別の問題として考える

M&Aを実施したこと自体は、解雇の直接的な理由にはなりません。解雇には、客観的に合理的な理由と、社会通念上の相当性が求められます。

人員整理を行う場合も、人員削減の必要性、解雇を避けるための努力、人選の合理性、従業員への説明などが問題になります。

退職勧奨は、従業員が自由に判断できる範囲で行う必要があります。繰り返し退職を迫る、拒否した従業員を不利に扱うといった方法は避けなければなりません。

待遇を守るための交渉と労務調査

従業員保護は、買い手企業の善意だけに任せるものではありません。候補先選び、条件交渉、契約、事前調査を通じて、実現できる可能性を高めます。

買い手候補を待遇面でも比較する

高い譲渡価格を提示した相手が、必ずしも従業員に適した相手とは限りません。次のような点も比較します。


・既存拠点と自社拠点が重複していないか

・給与水準や人事制度に大きな差がないか

・同業種の人材を必要としているか

・過去のM&Aで人員統合をどのように進めたか

・自社の社風や働き方を尊重する考えがあるか


初期面談では良い説明を受けても、具体的な条件を詰めると方針が変わることがあります。質問への回答だけでなく、約束した内容を契約に残す姿勢があるかも確認します。

最終契約で雇用維持条件を明確にする

最終契約書では、一定期間の雇用維持、給与などの経済条件、勤務地、主要な福利厚生、制度変更時の協議などを定めることがあります。

ただし、すべての従業員について将来の雇用を無条件に保証する条項は、買い手企業が受け入れにくい場合もあります。また、雇用維持条項は通常、売り手と買い手企業の間の約束であり、従業員本人が直接その履行を求められるとは限りません。

雇用維持の期間、対象者、例外となる事情、違反した場合の取扱いまで、現実的に設計することが重要です。

労務デューデリジェンスを先に行う

買い手企業は、労務デューデリジェンスで、未払残業代、社会保険の加入状況、就業規則、雇用契約書、長時間労働、労使トラブルなどを確認します。

問題が後から見つかると、譲渡価格の減額、補償条項の追加、成約延期につながることがあります。待遇を守るために交渉したくても、自社の労務管理に大きな問題があると交渉力が弱くなります。

早めに点検し、是正できるものは対応しておくことが大切です。

キーマンには定着策を検討する

工場長、営業責任者、技術者など、事業継続に欠かせない従業員がいる場合は、個別面談、役割の明確化、昇格、一定期間の在籍を条件とするリテンションボーナスなどを検討します。

リテンションボーナスとは、M&A後も一定期間働くことなどを条件として支給する報奨金です。ただし、金銭だけで人材が定着するとは限りません。

新しい経営体制で何を期待されるか、裁量がどう変わるか、将来どのようなキャリアを描けるかを示すことも必要です。

成約前後の社内対応を段階的に進める

条件を整えても、伝え方を誤ると不信感は残ります。意外と多い落とし穴です。

労務デューデリジェンス、統合方針の決定、従業員への説明、PMIの順に進め、秘密保持と従業員の納得を両立できるようにします。

情報開示の範囲と時期を決める

交渉初期に広く知らせると、情報漏えいによって取引先や金融機関が動揺し、M&Aが中止になることもあります。一方、重要な幹部への説明が遅すぎると、引継ぎが間に合わず、裏切られたと受け止められる可能性があります。

一般には、交渉中は情報を知る関係者を限定し、成約の確度が高まった段階で必要なキーマンへ説明します。全従業員への公表は、最終契約やクロージングとの関係を見て決めます。

案件の規模、社内の状況、従業員の同意が必要な手続の有無によって、適切な時期は異なります。

説明では変わる点と変わらない点を分ける

従業員への説明では、次の内容を曖昧にしないことが重要です。


・M&Aを選んだ理由

・雇用がどのように引き継がれるか

・給与、賞与、退職金、勤務地の当面の扱い

・上司や指揮命令系統がどう変わるか

・制度変更を検討する時期と進め方

・相談窓口と今後の予定


決まっていないことを無理に断定する必要はありません。ただし、「未定です」だけで終わらせず、誰が、いつまでに、どのように決めるかを伝えます。

反対する従業員とは不安の原因を分けて話す

M&Aに反対する理由は、人によって異なります。給与が下がる不安、転勤への懸念、買い手企業への不信、経営者から早く相談されなかった不満など、原因を分けなければ有効な対応はできません。

一律の説明会だけでなく、必要に応じて個別面談を設けます。事業譲渡で転籍同意が必要な場合は、特に慎重な対応が求められます。

結論を急がせるより、条件を書面で示し、質問に答える時間を確保します。反対していることだけを理由に解雇したり、強制的に転籍させたりすることは避けなければなりません。

PMIで制度と企業文化を段階的に合わせる

PMI(M&A後の統合プロセス)では、人事制度、評価、就業規則、情報システム、組織文化などを統合します。制度だけを短期間でそろえると、現場の納得が追いつきません。

成約直後は雇用への不安を抑え、次に役割と指揮命令系統を明確にし、その後に制度統合を進めるなど、優先順位を付けます。

買い手企業の責任者が現場を訪れ、従業員の話を聞くことも有効です。旧会社と買い手企業の従業員の間に対立が生まれないよう、それぞれの仕事の進め方や文化を理解する機会も設けます。

M&Aが従業員にもたらす良い変化

M&Aは待遇悪化の原因になるとは限りません。後継者不在の会社では、廃業を避けて雇用を継続する手段になります。買い手企業の経営資源を使えるようになり、従業員に良い変化が生まれることもあります。

雇用と事業を将来へつなげられる

会社が廃業すれば、従業員の雇用を維持することは難しくなります。M&Aで事業が継続すれば、顧客、設備、技術とともに、従業員が働く場を残せる可能性が高まります。

経営者にとっても、従業員への責任を果たしながら第三者へ事業を承継する選択肢になります。

福利厚生や教育制度が充実することがある

買い手企業の制度を利用できるようになり、休暇、研修、資格取得支援、健康管理、育児・介護支援などが改善する場合があります。

資金力が増し、設備更新や採用が進めば、残業の削減や働きやすさの改善につながることもあります。待遇が変わる場合は、なくなる制度だけでなく、新しく利用できる制度も具体的に説明することが大切です。

キャリアの選択肢が広がる

買い手企業のグループに入ることで、別部門への異動、新しい商品や地域への展開、管理職への登用など、単独経営では用意しにくかった機会が増える可能性があります。

一方、大企業グループに入ること自体が必ず良いとは限りません。意思決定が遅くなる、担当業務が細分化される、評価方法が変わるといった負担もあります。

従業員にとってのメリットと注意点を、具体的に説明することが必要です。

まとめ

M&A後の従業員待遇は、株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割で引継ぎ方が異なります。会社売却を検討する経営者は、給与や退職金だけでなく、勤務地、役職、福利厚生、制度統合の時期まで整理し、候補先選びと契約交渉に反映することが重要です。労務リスクを事前に確認し、従業員への説明とPMIを段階的に進めることで、離職を抑えながら事業の価値を次の経営へつなげやすくなります。

著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー 

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事

編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人