M&Aによる従業員の待遇変化について解説します。株式譲渡と事業譲渡の違い、雇用契約や給与への影響、従業員の不安と得られるメリット、注意すべきポイントなど、M&Aに関する重要な情報をお伝えします。
目次
▶目次ページ:M&Aの流れ(M&Aした後のこと)
M&A(合併・買収)を検討する際、従業員の待遇に対する配慮は非常に重要です。企業価値の大部分は従業員によって生み出されており、M&Aの成功には従業員の待遇が鍵を握ります。従業員のモチベーションを維持するためにも、待遇面への十分な配慮が必要不可欠です。
M&Aの実施により、従業員との雇用関係は基本的に維持されますが、労働環境や条件といった待遇面に変更が生じる可能性があります。従業員の不安を解消し、円滑なM&Aを実現するためには、従業員の待遇を十分に考慮しながら最適な譲渡先を選定することが重要です。
企業にとって大切な従業員の生活を守るためにも、M&A後の待遇は慎重に検討すべき重要なポイントとなります。従業員の待遇に配慮することで、M&A後の事業の継続性や成長性を確保することができるのです。
M&Aには主に株式譲渡と事業譲渡という2つの手法があり、それぞれの手法によって従業員の待遇に違いが生じる可能性があります。ここでは、各手法における従業員待遇の特徴を解説します。
株式譲渡は、売り手が企業の株式を買い手に売却することで経営権を譲渡するM&Aの手法です。中小企業のM&Aでは、手続が比較的簡単なため、よく利用されています。
株式譲渡によるM&Aの場合、従業員の待遇に大きな影響はありません。具体的には以下のような特徴があります。
・給与や待遇が急に変更されることはない
・従業員との雇用契約は維持される
・株主が変更になるだけで、会社の法人格は変わらない
このため、従業員にとっては比較的安心できるM&A手法といえます。
事業譲渡は、売り手の事業の一部または全部を買い手に売却する形でM&Aを行う手法です。特定の事業部門や店舗を売却したい場合などによく使用されます。
事業譲渡によるM&Aでは、事業自体を売却するため、これまで締結していた契約などが自動的に引き継がれません。雇用契約についても同様で、以下のような特徴があります。
・雇用契約がそのまま継承されない
・M&A後に従業員と買い手で契約の見直しが必要
・待遇が変更になる可能性がある
事業譲渡の場合、従業員の待遇に変化が生じる可能性が高いため、慎重な対応が求められます。
M&Aは従業員の待遇に様々な影響を与える可能性があります。ここでは、雇用契約、給与や勤務地、福利厚生、退職金の4つの観点から、M&Aによる従業員の待遇の変化について詳しく解説します。
M&Aの手法によって、雇用契約への影響は異なります。
・株式譲渡の場合:雇用契約に変更はありません
・事業譲渡の場合:従業員ごとに新たな雇用契約を結ぶかどうかが決定されます
基本的には雇用契約を結ぶことを前提にM&Aが実施されるケースがほとんどですが、事業譲渡の場合は新たに契約を締結し直す必要があります。
M&Aの前後で給与は基本的に変更されません。しかし、買い手の方針によっては以下のような変更が生じる可能性があります。
・別事業への人事異動
・別支社への転勤
・事業譲渡の場合、新たな雇用契約締結時に条件が変更される可能性
M&Aにより別企業の従業員になる、または別グループの傘下に入ることで、福利厚生制度が変化する可能性があります。福利厚生は法律で定められている項目以外は各企業が自由に決められるため、以下のような変化が起こり得ます。
・これまで受けられていた福利厚生が受けられなくなる
・新たに福利厚生を受けられるようになる
M&Aの手法によって、退職金の取り扱いも変わる場合があります。
・株式譲渡の場合:雇用契約がそのまま引き継がれるため、退職金も引き継がれます
・事業譲渡の場合:退職金がなくなったり、減額されたりするケースもあります
基本的には従業員が不利にならないように交渉が進められますが、変更の可能性があることに注意が必要です。
M&Aの実施は従業員に様々な不安を抱かせる可能性があります。ここでは、M&Aによって従業員が抱きやすい3つの主な不安要因について解説します。
M&Aによって待遇が変わることへの不安は多くの従業員が抱く懸念事項です。具体的には以下のような点が挙げられます。
・給与が下がるのではないか
・就業時間や勤務地に変更があるのではないか
・これまでの待遇が維持されるのか
従業員の理解を得ることは必要ですが、大幅な待遇悪化は退職につながる可能性が高くなります。待遇面の交渉は慎重に行う必要があります。
M&A後の環境変化により、従業員のモチベーションが低下するリスクがあります。
・譲受先企業への転籍や配置転換による不安
・新しい職場や業務への適応の困難さ
・譲受先の企業文化への違和感
モチベーションの低下は業績にも影響を与える可能性があるため、従業員のケアが重要です。
売り手と買い手で異なる企業文化を持っている場合、従業員同士の対立が起こる可能性があります。
・業務に対する考え方や取り組み方の違いによる摩擦
・買い手の価値観や企業文化への不適応
・従業員同士の対立による業務効率の悪化
従業員間の軋轢を最小限に抑えるための取り組みが必要となります。
M&Aは従業員にとってデメリットだけでなく、メリットもあります。ここでは、M&Aによって従業員が得られる4つの主なメリットについて解説します。
M&Aは基本的に企業の廃業を伴わないため、従業員の雇用が継続される可能性が高くなります。
・後継者不足などによる廃業を回避できる
・基本的に労働条件が引き継がれる
・事業譲渡の場合も新たな契約締結により雇用が継続される
売り手の企業の労働条件が悪かった場合、M&Aによってそれが改善される可能性があります。
・買い手が大企業の場合、労働条件が良くなる可能性が高い
・企業グループ内で労働条件が統一される動きがある
・これまでよりも良い条件で働ける可能性がある
M&Aによって、従業員のキャリアに新たな可能性が生まれることがあります。
・異業種の企業との統合による新分野へのチャレンジ機会 ・大企業の場合、異なる業務に携われるチャンスの増加 ・多様な考え方や価値観に触れる機会の拡大
M&Aでは、売り手よりも買い手の規模が大きいケースが多く見られます。
・大企業グループの一員として働くことができる
・社会的信頼度の高い企業に所属できる
・就職活動時には難しかった大企業への入社が可能になる
これらのメリットは、従業員のキャリア形成や将来の可能性を広げる機会となる可能性があります。
M&Aによる従業員の待遇変化に関して、押さえておくべき重要なポイントが2つあります。ここでは、それぞれのポイントについて詳しく解説します。
売り手にとって、従業員の雇用を守ることは非常に重要です。M&Aでは基本的に従業員の継続雇用が前提となりますが、以下の点に注意が必要です。
・M&Aの手法によっては待遇が大きく変化する可能性がある
・これまでと変わらない条件や待遇で雇用契約を結ぶ交渉が重要
・条件悪化による従業員の退職リスクを考慮する
大切な従業員の雇用を守るためにも、待遇を維持または改善できるよう交渉することが重要です。
M&Aの成功には、従業員の協力が不可欠です。従業員との適切なコミュニケーションを図ることが重要です。
・従業員の不安を解消するための丁寧な説明
・疑問に対する回答をあらかじめ用意しておく
・一方的な伝達ではなく、双方向のコミュニケーションを心がける
・従業員の理解を得るために対話を重ねる
自社の将来が不透明だと感じた従業員がM&Aに反対したり退職したりする可能性があるため、適切なコミュニケーションを通じて従業員の不安を解消し、理解を得ることが重要です。
M&Aに伴う従業員の待遇に関して、特に注意すべき2つのポイントがあります。ここでは、それぞれの注意点について詳しく解説します。
M&Aについて従業員に伝えるタイミングは、従業員の役職や重要度によって異なります。
・経営者層の重要人物:M&Aの実行前に伝える
・その他の従業員:M&Aの実行後に伝える
従業員に早い段階で情報を開示することのリスク:
・情報漏えいによる社内や取引先の混乱
・従業員の不安による退職
・M&Aの交渉への悪影響
適切なタイミングで情報を開示することが、円滑なM&Aの実施につながります。
M&Aに反対する従業員がいる場合でも、単にそれを理由に解雇することはできません。労働基準法では、合理的な理由がない限り解雇はできないと定められています。
M&Aに反対する従業員への対応策:
・対話を重ねて説得を試みる
・自社内での配置転換を検討する
・買い手への出向を提案する
無理に解雇しようとすると、権利の乱用とみなされ無効となる可能性があります。従業員との対話を通じて、理解を得る努力が必要です。
M&Aを実施する際、従業員の待遇に十分な配慮を行うことが重要です。M&Aの手法によって従業員の待遇への影響は異なり、特に事業譲渡の場合は労働条件が変わる可能性があります。従業員の不安を解消し、メリットを最大化するためには、継続雇用や待遇の維持に関する交渉と、適切なコミュニケーションが不可欠です。M&Aの成功には、従業員の協力と理解が欠かせません。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事