役員退職金でみるM&A株式譲渡対価の計算と税務上の注意点

中小企業がM&Aを検討する際、役員退職金は大きな節税ポイントになります。株式譲渡と組み合わせることで、経営者個人だけでなく法人にもメリットが生まれます。本記事では、役員退職金の計算方法や税金面の注意点を詳しく解説し、スキーム活用の要点を探ります。

目次

  1. 役員退職金(役員退職慰労金)とは何か
  2. 役員退職金の相場と計算方法
  3. 役員退職金スキームとM&Aの実務
  4. 役員退職金と株式譲渡益課税の比較
  5. 生命保険活用時の注意点
  6. 役員退職金の税金計算と損金算入のポイント
  7. M&Aの種類別に見る役員退職金の扱い
  8. まとめ

▶目次ページ:株式譲渡(株式譲渡の税金)

役員退職金(役員退職慰労金)とは何か

役員退職金とは、取締役や監査役といった役員が退職する際、会社が役員としての労務や功績に報いるために支給する金額のことです。一般的に、従業員の退職金は就業規則や退職金規程に基づいて支給されますが、役員退職金の場合は定款に明記する、あるいは株主総会の決議で支給を正式に承認する必要があります。中小企業では定款に規定がないことも多く、実務的には株主総会で支給を決議するケースが主流です。


会社の経営者が株主を兼ねている中小企業であれば、M&Aによって会社を譲渡すると同時に、役員退職金を受け取る形で役員を退任することが可能です。ただし、役員退職金を支払うための正規の手続を踏んでいなかったり、支給額が不当に高額とみなされたりすると税務上否認されるリスクがあります。また、退任後も事実上経営の重要な意思決定を行っているとみなされる場合も、正当な役員退職金とは認められにくい点に注意が必要です。

役員退職金の相場と計算方法

役員退職金の支給額に法的な上限はありません。しかし、法人税法上、損金に算入できる「適正な額」であることが重要です。そのため、同業種・同規模の企業での支給実績などを参考に、相場や合理的な計算式に照らして設定されるのが一般的です。


実務上よく用いられる算定式として、「功績倍率法」が挙げられます。

役員退職金 = 退職直前の月額報酬 × 勤務年数 × 功績倍率


このうち功績倍率は、役員としてのポジションや功績度合いなどを踏まえて設定されます。おおよその目安としては、代表取締役であれば3倍程度、一般の取締役であれば1〜2倍程度が一般的です。加えて、創業者など特に貢献度が高いと判断される場合には「功労加算」が適用されることがあります。功労加算では、上記の役員退職金額に対し一定の割合を上乗せし、最大で30%程度がひとつの目安とされます。


なお、「功労加算倍率」の上限については、過去の事例で3.5倍を超えると税務署から指摘を受けるリスクが高まると考えられています。功績倍率や功労加算を過度に引き上げれば、税務上不当に高額な退職金として損金が認められなくなる可能性があるため、慎重な設定が求められます。

役員退職金スキームとM&Aの実務

中小企業のM&Aでは、株式譲渡の対価をすべて株主(オーナー経営者)の手元に残すのではなく、その一部を役員退職金として退職する経営者に支給する手法が活用されることが多くあります。これは、単純に株式を譲渡するだけよりも有利な課税を受けられる可能性があるからです。


具体的には、「株式譲渡代金の一部を会社から支給する役員退職金に充てる」形をとり、退職金所得として扱うことで、大きな税務メリットを得ることができます。退職所得には「退職所得控除」があり、勤続年数に応じた控除に加えて、さらに差し引いた残額を1/2にして計算することから、結果として課税所得が少なくなる特徴があるためです。


また、この手法は譲受企業(買い手)の側にもメリットがあります。買い手から見れば、対象会社が役員退職金を支払うことで株式譲渡代金を圧縮でき、必要となる買収資金を軽減できます。さらに支給した役員退職金は損金算入が可能となるため、対象会社側の法人税額を抑えられる点も大きな利点です。

役員退職金と株式譲渡益課税の比較

中小企業のオーナー経営者がM&Aに際して株式を譲渡する場合、一般的には株式譲渡益課税が適用されます。上場株・非上場株を問わず、株式譲渡益に対しては一律20%(復興特別所得税等を含めると約20.315%)の税率で課税されることが基本です。株式譲渡益は申告分離課税の対象であるため、他の所得(事業所得や給与所得など)とは損益通算ができません。ただし、同一年に複数の株式譲渡を行った場合は、それぞれの譲渡損益を相互で通算できます。


一方、役員退職金は退職所得控除により一定額が控除されたうえ、控除後の金額を1/2に圧縮して課税所得を計算できる点がメリットです。多くのケースでは、株式譲渡益課税と比較すると退職所得のほうが最終的な税負担が軽減される可能性が高いといえます。そのため、オーナー経営者としては「株式譲渡+役員退職金」のスキームを用い、役員退職金に該当する部分をできるだけ手厚く設定したいという意向が働きがちです。


ただし、過度に高額な退職金設定は税務署による否認リスクがあるため、あくまでも合理的な算定根拠や役員退職金規定が存在することが前提です。また、経営者が引き続き実質的な経営を行っているとみなされる場合にも、役員退職金としての正当性を疑われる可能性が高まります。

株式の「贈与」や「自己株式取得」への言及

M&Aの局面とは別に、後継者への株式譲渡に際して株式を無償で「贈与」してしまうと、受贈者には贈与税が課されるリスクがあります。この点、中小企業の後継者承継であっても、適正な対価による譲渡が望ましいといえるでしょう。

また、会社が配当可能な利益を十分に保有している場合、会社が自己株式を取得する方法も検討材料となります。会社による自己株式の取得は、配当可能利益があることが前提であり、さらに手続や税務上のみなし配当規定などに注意が必要です。適正な価格で株式を取得しないと課税リスクが生じるため、実行の際は弁護士や税理士など専門家への相談が重要です。

生命保険活用時の注意点

役員退職金の原資を確保する手段として、生命保険を活用する中小企業も少なくありません。会社が保険契約者・受取人となる商品に加入し、オーナー経営者が退職あるいは死亡した際に保険金を受け取ることで、退職金の支給原資をスムーズに確保できるというメリットがあります。


しかし、生命保険に加入したものの、支払保険料が負担となって途中解約を余儀なくされれば、解約返戻金が想定よりも少ない場合があり、計画していた退職金原資を十分に確保できない恐れもあります。契約内容や解約時期によって解約返戻金の額は大きく変動するため、加入前に返戻率や資金繰りの見通しを十分に検討することが重要です。また、役員が死亡し保険金を受け取った場合の課税関係や、生命保険契約そのものが経営上どの程度合理的かどうかも併せて検証する必要があります。

役員退職金の税金計算と損金算入のポイント

法人が適正額の役員退職金を支給する場合、損金として処理できるのが大きな特徴です。この損金算入時期については、株主総会決議などによって退職金額が具体的に決定した日の属する事業年度が原則となります。また、実際に支給が行われた期に損金計上しても、税務上認められる場合があります。


ただし、以下のようなケースでは役員退職金として認められず、損金不算入となるリスクがあります。


・実質的には経営から退いていないにもかかわらず、形式的に役員を退任したことにして多額の退職金を受領

・株主総会での決議など正規の手続を踏まず、経営者が独断で退職金額を決定

・同業種同規模企業の相場を大きく超える高額な退職金を設定し、税務上「不当に高額」と判断される

こうした場合、法人側は追徴課税などのペナルティを受ける可能性があるだけでなく、退職金を受領した役員個人の所得税や住民税も増額される可能性があります。

M&Aの種類別に見る役員退職金の扱い

M&Aの手法には「株式譲渡」「事業譲渡」などがあります。株式譲渡では、経営者(株主)が保有する株式を譲受企業に売却するため、譲渡対価は経営者個人の手元に直接入ります。一方、事業譲渡の場合は、譲渡企業の事業の一部または全部を譲受企業に引き渡し、その対価は譲渡企業自体の資金として計上されます。この場合、オーナー経営者が株主であっても、直接的に譲渡代金を受け取るわけではありません。


事業譲渡でオーナーが経営から離れる場合、適切な段取りを踏めば、譲渡企業に残る資金の一部を役員退職金の形で支給し、法人の税金を抑える方法も考えられます。ただし、株式譲渡と同様に、株主総会決議などの正当な手続を踏むことは必須です。また、退職金を支払うことで譲渡企業側に節税メリットがある一方、オーナー個人にとっても退職所得課税を活用するメリットがあります。どのように役員退職金を設定するかは専門家と十分にシミュレーションを行う必要があるでしょう。

まとめ

M&Aにおける役員退職金の活用は、譲渡企業の経営者にとっても譲受企業にとっても税負担を調整できる点で有利なスキームです。ただし、その設定額や手続が不適切だと税務署から否認されるリスクがあるため、専門家への相談が不可欠です。役員退職金と株式譲渡を上手に組み合わせることで、中小企業のM&Aにおいて双方が望ましい条件を実現しやすくなるでしょう。

著者|竹川 満 マネージャー

野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事

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