このコラムでは、役員退職慰労金(以下、役員退職金)とは何か、その計算方法、支給が認められないケース、そして中小企業がM&Aを行う際の役員退職金スキームについてご紹介します。
目次
「役員退職慰労金」、すなわち役員退職金とは、会社において取締役や監査役などの役員が退職する際、その労働に対する報酬として会社が支払う金額のことです。
中小企業においては、代表取締役が株主であることが一般的です。そのため、会社の売却に伴って経営者が役員を退任する際に、株式売却の対価と併せて役員退職金を受け取り、退任することが可能です。ただし、役員退職金の支給手続や計算方法について理解しておかなければ、税務調査で否認されるリスクもありますので、注意が必要です。
通常の従業員が退職する場合、就業規則(退職金規程)に基づいて退職金が支払われますが、役員退職金にはそのような規則は必ずしも適用されません。代わりに、会社が役員退職金を支払うためには、事前に定款に支給の趣旨や支払い時期を明記するか、株主総会で支給を決議しておく必要があります。ただし、多くの中小企業では定款にその規定がないため、一般的には株主総会において役員退職金の支給を決議します(実際には株主総会で取締役会に一任されることが多いです)。
▶目次ページ:株式譲渡(株式譲渡の税金)
このセクションでは、一般的な役員退職金の計算方法を詳しく説明いたします。
役員退職金の金額は、法律(会社法)上は株主総会の承認を経れば、上限はありません。しかし、実務上は、役員退職金を支払った会社において、その役員退職金が税務上損金にされるような金額を上限として設定することが一般的です。そのため、本コラムでは、実務上よく利用される方法として功績倍率法を紹介します。これによる計算式は以下の通りです。
役員退職金 = 退職時の直近の月額報酬 × 勤務年数 × 功績倍率
功績倍率は、退任時の役員の職責に応じて定められるもので、同業種同規模の他企業の役員退職金支給事例や相場を参考に決定されます。一般的に、功績倍率は以下のように設定されます。
• 代表取締役:約3倍
• 取締役:おおよそ1~2倍
また、役員退職金の計算には功労加算が適用されることがあります。特に、代表取締役が創業者であった場合、功労加算金として追加の退職金が支給されることが多いです。功労加算金の計算式は以下の通りです。
功労加算金 = 役員退職金額 × ●%
乗率の上限は一般的に30%程度とされていますが、明確な上限は定められていません。
中小企業においてもM&Aの際に、節税策として役員退職金の活用がよく行われています。具体的には、「株式譲渡代金の一部を売り手経営者の役員退職金に充てる」という方法がポピュラーです。
この手法は、言い換えると「株式の対価の一部を役員退職金としてM&A対象会社から支出する」ということになります。この「株式譲渡+役員退職金」スキームは、節税額が数百万円までという大きな額ではありませんが、中小企業M&Aの場面でよく使われる節税策です。
以下では、この役員退職金の活用方法について詳しく解説します。
まず、役員退職金にかかる税金(退職所得課税)について見ていきましょう。
課税に係る計算式の流れは以下の通りです。
①(退職金総額-退職所得控除※1)×1/2=退職所得
②退職所得×税率-控除額※2=税額
(※1)「退職所得控除表 」
対象所得控除額の計算の表
勤続年数(=A) |
退職所得控除額 |
20年以下 |
40万円×A (80万円に満たない場合には、80万円) |
20年超 |
800万円+70万円×(A-20年) |
(※2)「所得税の速算表」
平成27年分以後 |
||
課税される所得金額 |
税率 |
控除額 |
1,000円 から1,949,000円まで |
5% |
0円 |
1,950,000円 から3,299,000円まで |
10% |
97,500円 |
3,300,000円 から6,949,000円まで |
20% |
427,500円 |
6,950,000円 から8,999,000円まで |
23% |
636,000円 |
9,000,000円 から17,999,000円まで |
33% |
1,536,000円 |
18,000,000円 から39,999,000円まで |
40% |
2,796,000円 |
40,000,000円 以上 |
45% |
4,796,000円 |
※ 平成25年から令和19年までの各年分の確定申告においては、所得税と復興特別所得税(原則としてその年分の基準所得税額の2.1パーセント)を併せて申告・納付することとなります。
この計算式を把握する上でのポイントは以下の通りです。
①(退職金総額-退職所得控除※1)×1/2=退職所得
退職金は勤続年数に応じて所得額を圧縮できる(退職所得控除)、さらに加えて(退職金総額-退職所得控除)の金額を半分(1/2)にできるという点です。つまり、退職金は通常の所得に比べて税額を半分にできるというメリットがあります。(ただし税法上、役員の勤続年数が5年以下の方については、この2分の1計算の適用は受けられません。)
②退職所得×税率-控除額※2=税額
①で計算された退職所得額に対して、速算表に沿って各々累進税率を掛け、さらに控除額を引いて納める税金の額を計算します。また、退職所得は累進税率ですが、他の所得のような総合課税でなく、他の取得とは区別して計算します。つまり、退任する役員に他の所得がいくらあっても、それらの額に影響されず、退職所得課税の金額は変わらないということになります。これも税金計算上のメリットです。
中小企業の売り手株主(=代表取締役)が、退職金スキームを利用せずに、保有する未上場株式を買い手に株式譲渡のみの方法で譲渡する場合、その際の株式譲渡益に対する課税は、金額の大小に関わらず、一律20.315%で固定されます。
一方、退職所得の課税は累進課税となっており、金額が小さい内は低い税率が適用されますが、金額が大きくなると高い税率が適用される特徴があります。
退職所得には、勤続年数による控除や1/2計算などで節税メリットが享受できます。
これらを踏まえると、節税メリットを活用した退職所得の税率は、おおよそ最高税率でも25%程度となります。したがって、株式譲渡と役員退職金を組み合わせることで、一定の金額までは単純な株式譲渡のみで会社を売却するケースより税務上のメリットを享受できることになります。
・買収必要資金を減らせる
役員退職金は、譲渡する企業(対象会社)が退任する役員(売り手)に支払うため、負担する資金は売り手の現金や預金、ときに生命保険や社用車等の現物資産から充当されます。これにより、買い手は株式譲渡対価の一部を役員退職金として充てることで、買収の際の自己資金の負担を減らすことができるのです。
・退職金の損金算入効果
株式取得対価は損金に算入できませんが、その一部を退職金として支払うすることにより、対象会社において税務上損金として扱うことができます。そのため、退職金が発生した年度の費用(それにより赤字になったら翌事業年度以降の繰越欠損金)として、課税所得を合法的に圧縮し、節税効果を享受できます。
法人が役員に支給する退職金が「適正な額」であれば、損金として算入することができます。
退職金の損金算入時期については、原則として株主総会の決議等により退職金の金額が具体的に確定した日の属する事業年度となります。ただし、法人が実際に退職金を支払った事業年度で損金処理を行った場合、その支払いが行われた事業年度で損金算入が認められることもあります。
法人が役員退職金として支給できないケースがいくつか存在します。このようなケースでは、役員退職金が支給されたとしても後に税務署に否認され、損金算入ができなくなってしまうことがあります。法人にとっては、法人税等の追徴課税のペナルティを受けるリスクが生じますし、退職金を受け取った役員も所得税・住民税の支払いが増額される可能性があります。
役員退職金が支給できないケース
・退任する経営者が単独で役員退職金の額を決定してしまう
中小企業や同族会社などで、経営者が主要株主である場合が多く見られます。役員退職金は、株主総会で支給を決議し、議事録に記録しておく必要があります。しかし、株主総会を開かずに経営者が独断で退職金額を決めた場合、適切な金額であっても合法的な手続を経ていないと判断され、税務署に否認されるリスクが高まります。
・退任後も経営の重要なポジションにその人物が引き続き留まっている
法人の役員を退職して役員退職金を受け取っている場合でも、その人物が引き続き会社経営の重要な地位に就いていると、役員退職金が認められないため注意が必要です。例えば、登記上は代表権を返上し、役員も退任したとしても、実質的に法人の最終意思決定を行っているとみなされる場合、役員退職金が認められません。役員退職金は、役員としての委任関係が形式的にも実質的にも終了していることが前提条件で支給が可能となります。
・支給された役員退職金が不当に高額な場合
役員退職金が「役員業務の従事期間」「退職事由」「同業種同規模法人の役員へ支給する退職金額」などを総合的に考慮し、相当であると認められた金額のみが損金として算入できます。税務署がその金額を不当に高額であると判断した場合、適切な金額を超えた高額部分については損金算入ができなくなります。
事業譲渡では、売り手企業(対象会社)の「事業」の一部または全部が譲渡されますが、譲渡後も対象会社そのものは存続します。そのため、事業譲渡したからといって売り手のオーナー経営者が役員を退任するとは限らず、役員退職金の支払が生じるとは限りません。
また、事業譲渡の対価は対象会社に支払われるため、売り手のオーナー経営者は直接的に資金を受け取ることができません。事業譲渡による利益は対象会社の利益となり、法人課税の対象となります。
そこで、諸々の事情が許すなら、売り手のオーナー経営者が対象会社の役員を退任して、役員退職金を支給することとすれば、対象会社の利益を合法的に抑えることが可能となります。繊細なシミュレーションが必要のなるため、M&Aと税金の両面に詳しい専門家に相談することをお奨めします。
本記事では、M&Aにおける役員退職金の支給について、主に売り手側の観点からそのメリットを説明してきました。
このスキームは、退任する役員だけでなく、法人にもメリットがあります。役員退職金を支給することにより、会社資産が減少し、表面上の譲渡価額を抑えることができるため、M&A成立の確率を高める効果があります。
また、買い手側にもメリットが存在します。買い手は、役員退職金が支給された後の法人を買収するため、その金額分の損金が発生します。この損金は、退職金発生年度または翌事業年度以降に繰越欠損金として課税所得と相殺できるため、節税効果が見込めます。
結論として、「株式譲渡+役員退職金」スキームは、M&Aに関与する売り手と買い手の双方にメリットのある手法であることが分かります。
M&A専門仲介会社や公認会計士・税理士などの専門家にアドバイスを求め、この役員退職金スキームをM&Aで適切に活用していただきたいと思います。
著者|竹川 満 マネージャー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関への経営支援等に従事