株式譲渡の支払調書について、買い手の提出義務、売り手の確定申告、提出期限、マイナンバー、罰則、損益通算の注意点を立場別に整理します。M&A後に税務署へ提出する書類と、譲渡オーナーが翌年に行う申告を分けて理解し、会社売却後の税務手続を漏れなく進めるための実務ポイントを解説します。
目次

▶目次ページ:株式譲渡(株式譲渡の税金)
株式譲渡の支払調書は、名前だけを見ると「売り手が税務署へ出す書類」と誤解されがちです。実務ではここで混乱します。
正式名称は「株式等の譲渡の対価等の支払調書」です。株式を買い取って対価を支払った側が、税務署へ取引内容を報告するための法定調書です。法定調書とは、税務署が所得や取引を把握するために提出を求める書類をいいます。
M&A(合併・買収)で中小企業の株式を譲渡する場合、立場によって必要な対応は大きく分かれます。買い手側は支払調書を作成して提出します。売り手側は、支払調書を提出するのではなく、譲渡益について確定申告を行います。
買い手が法人として非上場株式を買い取った場合、原則として支払調書の提出を検討する必要があります。対価を支払った翌年1月31日までに、所轄税務署へ支払調書と合計表を提出します。
一方、売り手である譲渡オーナーや株主は、支払調書を自分で税務署へ提出する必要はありません。ただし、税務署には買い手側から取引情報が提出されます。そのため、売り手側の確定申告と支払調書の金額が合っているかは、後で確認される可能性があります。
短くいえば、買い手は「報告」、売り手は「申告」です。
買い手から売り手へ、支払調書の控えが送られてくることがあります。しかし、これは実務上の配慮であり、売り手が必ず受け取れる書類とは限りません。
支払調書が届かないから確定申告をしなくてよい、という判断は危険です。売り手は、売買契約書、入金記録、取得費の資料、譲渡経費の領収書などをもとに、自分で譲渡益を計算します。支払調書は税務署側の照合資料であり、売り手の申告義務を代わりに果たしてくれるものではありません。
買い手側で意外と多い落とし穴は、「非上場株式だから証券会社のような書類は不要だろう」と考えてしまうことです。中小企業M&Aでは、まさにこの非上場株式が主な対象になります。
株式等の譲渡の対価等の支払調書は、国内で株式等の譲渡対価を支払う法人、証券会社、銀行などが提出対象となります。M&Aで個人株主から株式を買い取る買い手企業は、この提出義務者に該当する可能性が高いです。
支払調書の対象になる「株式等」には、上場株式だけでなく、非上場株式も含まれます。新株予約権、合同会社の社員持分、投資信託の受益権、公社債なども対象範囲に含まれます。
中小企業の会社売却では、発行済株式を買い手企業へ譲渡する形がよく使われます。この場合、買い手企業は「非上場株式を買っただけ」と軽く考えず、法定調書の提出対象かを確認することが大切です。
証券会社の一般口座取引では、かつて30万円以下の取引について支払調書の提出省略基準がありました。しかし、現在はその基準が廃止されています。M&Aの株式譲渡でも、「金額が少ないから不要」と自己判断しないほうが安全です。
特に、親族や少数株主から一部の株式を買い取る場面では、金額が小さくても手続を忘れやすくなります。全株式の譲渡だけでなく、一部株主からの買取り、少数株主の整理、追加取得などでも確認が必要です。
支払調書の提出期限は、原則として対価の支払があった年の翌年1月31日です。提出先は、買い手側の納税地を所轄する税務署長です。
たとえば、2026年中に株式譲渡の対価を支払った場合、原則として2027年1月31日までに提出します。期限が土日祝日に当たる場合など、実際の期限は年によって変わることがあるため、提出年の案内を確認します。
支払調書は、法人税や所得税の申告書とは性質が異なります。提出が遅れたからといって、通常の申告遅れのように延滞税や加算税を計算する書類ではありません。
ただし、提出しない、または虚偽の内容で提出することは問題です。所得税法上、一定の場合には1年以下の懲役または50万円以下の罰金の対象となる可能性があります。実務では、期限後になったとしても放置せず、早めに所轄税務署や専門家へ確認する対応が現実的です。
売り手側にとって、支払調書そのものより大事なのは、譲渡益の申告です。会社売却でまとまった入金があると、手取り額に目が向きます。しかし、翌年の納税まで資金を残しておかないと、思わぬ資金繰りの不安につながります。
個人株主が株式を売却して譲渡益を得た場合、原則として申告分離課税の対象になります。申告分離課税とは、給与所得など他の所得と分けて税額を計算する仕組みです。
個人株主の株式譲渡益には、所得税15%、復興特別所得税0.315%、住民税5%を合わせて、原則20.315%の税率がかかります。譲渡益は、一般に次の考え方で計算します。
譲渡益=譲渡価額-取得費-譲渡経費
取得費とは、その株式を取得するために支払った金額です。創業時の出資額、過去の株式取得価額、相続や贈与を受けた場合の資料などを確認します。設立から長い会社では、取得費の資料が見つからないこともあります。こういうケースは珍しくありません。
売り手が個人ではなく法人の場合、譲渡益は法人の所得計算に含めます。個人株主のように一律20.315%で終わるわけではなく、法人税等の計算に反映されます。
たとえば、持株会社が株式を売却する場合、譲渡益や譲渡損はその法人の決算に影響します。会社売却の実務では、株主が個人なのか法人なのかによって、税額、手取り、会計処理が変わります。
株式譲渡で必ず利益が出るとは限りません。取得費が高かった場合や、過去の出資額を回収しきれない場合は、譲渡損になることがあります。
譲渡損が出た場合でも、同じ区分の株式譲渡益と相殺できることがあります。ただし、上場株式等と一般株式等は区分が分かれており、非上場株式で生じた損失を上場株式等の譲渡益と自由に通算できるわけではありません。
上場株式等については、要件を満たすと損益通算や3年間の繰越控除を使える場合があります。非上場株式を含む一般株式等とは扱いが異なるため、「損が出たから申告不要」と決めつけず、区分を確認します。
支払調書の作成は、クロージング後に思い出してから始めると慌てます。特にマイナンバーの取得は、取引完了後に相手と連絡が取りにくくなると一気に難しくなります。
買い手側は、株式譲渡契約書や株主名簿を見ながら、支払調書に必要な情報を整理します。売り手が複数いる場合は、株主ごとに情報を分けて確認します。
提出する書類は、主に次の2つです。
・株式等の譲渡の対価等の支払調書
・株式等の譲渡の対価等の支払調書合計表
支払調書は、譲渡対価を受け取る株主ごとの明細です。合計表は、提出する調書全体をまとめる表紙のような書類です。明細だけを作って合計表を忘れると、提出書類として不十分になります。
支払調書には、一般に次のような情報を記載します。
・支払を受ける者の住所または所在地
・支払を受ける者の氏名または名称
・個人番号または法人番号
・支払者の名称、所在地、法人番号
・株式の銘柄や名称
・支払確定年月日
・譲渡株数または金額
・支払金額
・源泉徴収税額
通常の中小企業M&Aにおける国内株式の売買では、源泉徴収税額が発生しないケースもあります。その場合でも、様式上の記載欄をどう扱うか確認し、空欄や0円の扱いを誤らないようにします。
提出年に合った最新様式を確認する
支払調書の様式や記載要領は、税制改正や制度変更により更新されることがあります。過去に使った様式をそのまま使い回すのではなく、提出する年分に合った最新様式を確認します。
古い様式で作成すると、提出前に修正が必要になることがあります。年末に慌てないためにも、クロージング後すぐに最新の様式と記載要領を確認しておくと安心です。
個人株主から株式を買い取る場合、支払調書には個人番号の記載が必要です。法人株主であれば法人番号を確認します。
ただし、個人番号は重要な個人情報です。取得目的を説明し、本人確認を行い、管理方法にも注意します。売り手から番号提供を受けられない場合は、依頼した経緯を記録しておくことが実務上重要です。番号が取れないからといって、支払調書そのものを出さない対応は避けます。
買い手が売り手に支払調書の控えを渡すことがあります。その場合、個人番号を記載したまま渡してはいけません。
税務署提出用と売り手控えは、扱いを分けます。小さな点に見えますが、個人情報の管理としては重要です。支払調書の作成担当者とM&A担当者が別の場合、ここで連携ミスが起きることがあります。
支払調書と合計表は、e-Taxで提出できます。書面で作成し、税務署へ持参または郵送する方法もあります。
電子提出を使う場合は、利用者識別番号、電子証明書、ソフトの準備などが必要です。普段e-Taxを使っていない会社では、提出期限の直前に準備を始めると間に合わないことがあります。決算や年末調整の時期と重なることも多いため、社内の経理担当者と早めに段取りを決めておきます。
支払調書は、単なる事後書類ではありません。株式譲渡の金額、取得費、税額、会計処理を整理するきっかけになります。
会社売却では、売買契約が成立して入金されると、手続が終わったように感じます。しかし、税務上は翌年の申告や法定調書の提出まで続きます。ここを甘く見ると、あとから数字の食い違いに気づくことがあります。
売り手側は、譲渡価額だけでなく取得費を確認します。取得費の資料が不足すると、譲渡益が大きく計算され、税負担が増える可能性があります。
たとえば、創業時の出資資料、過去の増資資料、株式売買契約書、相続税申告書、贈与契約書などが手掛かりになります。資料が散らばっている場合、譲渡直前に探し始めても間に合わないことがあります。M&A実務では、ここで判断が止まることがあります。
会社売却では、株式譲渡対価だけでなく、役員退職金をどう扱うかが手取り額に影響することがあります。退職金には退職所得控除などの仕組みがあり、株式譲渡対価とは税務上の扱いが異なります。
ただし、役員退職金は金額の妥当性、支給時期、社内手続、買い手との合意が重要です。税金だけを見て大きな金額を設定すると、買い手との交渉や税務上の説明で問題になることがあります。
株式譲渡は、消費税の扱いでも誤解が出やすい取引です。一般に、株式の譲渡は消費税の非課税取引に該当します。ただし、M&Aに関連して発生する仲介手数料、専門家報酬、調査費用などは別の扱いになります。
買い手側では、取得した株式をどの勘定科目で処理するか、取得関連費用をどう扱うかも確認します。売り手側では、譲渡益や譲渡経費の整理が必要です。支払調書を作成するタイミングで、契約書、入金記録、会計処理、申告資料を一緒に確認すると、後工程が楽になります。
支払調書だけなら、契約後に対応できるように見えます。しかし、取得費、退職金、譲渡経費、少数株主対応、個人番号の収集は、契約前から段取りしておいたほうが安全です。
買い手側は、クロージング条件に必要書類の提出を含めることがあります。売り手側は、手取り額と納税時期を見込んで、入金後の資金を確保します。専門家に相談する場合は、契約書を締結した後よりも、条件交渉の段階で確認するほうが選択肢を残しやすくなります
支払調書は、株式を買い取った買い手側が税務署へ提出する法定調書です。一方、売り手側の中心は譲渡益の確定申告です。双方の金額や株数がずれると、取引後に確認や修正が必要になります。株式譲渡では、契約や入金だけで終わらせず、番号収集、取得費資料、納税資金まで早めに整えることが大切です。迷う点がある場合は、契約前後の段階で税務とM&A実務の両面から確認しておくと安心です。
著者:竹川 満 マネージャー / M&Aアドバイザー
野村證券にて、法人・個人富裕層の資産運用を支援した後、本社企画部署では全支店の営業支援・全国の顧客の運用支援、新商品の導入等に携わる。みつきグループでは、教育機関・介護施設等へのM&Aを含む経営支援に従事
編集:M&A事業承継アドバイザーズ 編集部|運営:みつき税理士法人