急拡大するM&A市場の現状課題と将来展望を解説
急拡大するM&A市場はなぜ伸び続けているのでしょうか。その答えを歴史的背景、企業が直面する課題、市場拡大の要因、注目事例から紐解き、今後の展望まで税理士がやさしく解説します。この記事を読めばM&A市場の全体像とポイントがわかります。
目次
▶目次ページ:第三者承継(M&Aの意味)
国内のM&A市場は、近年著しい拡大を続けています。2022年の成約件数は4,304件と統計史上過去最高を更新し、M&A市場が企業の成長戦略の中核に位置付けられていることが分かります。取引形態は大きくIN-IN、IN-OUT、OUT-INの三つに分類され、それぞれに特徴があります。
IN-IN型は国内企業同士が資本を移動させるM&Aです。2018年までは件数の割に取引金額が抑えられていましたが、2019年にはソフトバンクグループの積極的な取組が影響し、金額が前年の2倍超に急伸しました。ベンチャー買収が多い点も特徴で、成長基盤の取り込みを迅速に行う手段として浸透しています。
IN-OUT型は日本企業が海外企業を買収する形態です。1件あたりの金額規模が大きく、M&A市場全体へのインパクトが最も高いカテゴリといえます。2019年までは件数が増加傾向にありましたが、2020年はコロナ禍で一時停滞しました。それでも長期的には海外需要の取り込みを背景に、再び増加基調へ戻ると予想されています。
OUT-IN型は海外企業が日本企業を取得する取引です。件数は比較的少ないものの、2018年のように集中して大型案件が実現すると年間金額が跳ね上がり、市場全体の指標を大きく動かすことがあります。外国資本の戦略的参入は、日本企業の技術やブランド力を高く評価している表れでもあります。
これら三つのタイプの動向を踏まえると、国内M&A市場は今後も活動が多様化し、特に国内企業同士の連携強化と海外展開を目的とするクロスボーダー取引が成長のけん引役となるでしょう。
M&Aが経営課題を解決する強力な手段である一方、実施段階では複数のハードルが存在します。
少子高齢化により、従業員の確保が困難になる企業が増えています。M&Aを通じて人材を丸ごと受け入れることで、業務効率化や適材適所の配置が図れますが、統合後の文化醸成や労務管理には細心の注意が必要です。
2022年度には後継者難を原因とする倒産が409件に上り、経営者の高齢化が事業継続を脅かしています。黒字企業であっても、適切な引き継ぎ先が見つからなければ廃業せざるを得ません。M&Aを活用した事業承継は、雇用・取引関係・ブランドを守りつつ、経営者が築いた企業価値を次世代へ引き渡せる点で注目されています。
M&Aによる事業承継のメリット
M&A市場が拡大している理由は一つではありません。複数の要因が重なり合い、企業がM&Aを選択する環境を後押ししています。
近年はファンドのみならず、中小企業や個人投資家が買収側となる事例も増えています。買収主体の幅が広がることで、M&A市場全体の裾野が拡大し、ニッチな案件も成約しやすくなっています。その一方、M&A経験の浅い買収者が増えるため、専門家のサポート需要が高まっています。
海外市場へ迅速に参入する手段として、M&Aは強力です。自社でゼロから拠点を構えるよりも現地企業を取得する方がコストと時間を圧縮できます。リスク分散とノウハウ獲得を同時に達成できるため、製造業やITサービス企業が積極的に活用しています。
中小企業や個人を対象としたM&A仲介会社、アドバイザー、オンラインプラットフォームが増えています。案件情報の流通量が増え、適切な買い手・売り手のマッチングが容易になったことが、市場成長を加速させています。
経営者平均年齢の上昇と後継者不足により、M&Aは「身売り」ではなく「事業を守るための選択肢」として広く理解されるようになりました。成功事例の増加が、このポジティブな認識をさらに強めています。
複合的要因が生む相乗効果
上記要因が相互に関係し合うことで、M&A市場は拡大スパイラルに入っています。支援サービスの充実は買収側の多様化を促し、成功事例の増加はさらに市場への参加意欲を高めるという好循環が形成されています。
M&A市場を理解するには、これまでの変遷を押さえておくことが重要です。日本のM&Aはおよそ40年間、経済環境に応じて形を変えながら発展してきました。
1980年代後半から1990年代初頭のバブル経済期には、潤沢な資金を背景にソニーによるコロンビア・ピクチャーズ買収など、日本企業が海外企業を巨額で取得する事例が相次ぎました。
1990年代にバブルが崩壊すると、不良債権処理と金融機関の再編が急務となりました。日本版ビッグバンを契機にメガバンクが誕生し、銀行同士の統合や関連事業の整理統合が活発に行われました。
2000年代前半にはITバブルが到来し、楽天やヤフーなど成長を急ぐインターネット企業が積極的に買収を実施しました。敵対的買収を巡る報道も増えましたが、事例の大半は友好的なものでした。
2008年のリーマンショックは一時的にM&A件数を減少させましたが、その後は後継者問題を背景に中小企業のM&Aが急増します。事業承継ガイドラインの策定や支援センターの設置により、「承継型M&A」という新たなマーケットが形成されました。
今日のM&A市場は、成長戦略、グローバル展開、業界再編、DX推進など目的が多様化しています。2024年には業界の健全化を目指す自主規制ルールが強化され、2025年にはM&Aアドバイザー資格制度が導入予定であり、市場の透明性と品質向上が期待されています。
市場は今後も拡大すると予想されていますが、特に注目すべきトレンドが二つあります。本節ではスタートアップ企業を中心にした動きを整理します。DX関連の動きは後半で詳述します。
米国では一般的なイグジット手段であるM&Aが、日本でも選択肢として定着し始めています。背景には、IPOが依然として主流である一方、M&Aの認知度が高まりつつあることがあります。
ソフトウェアやプラットフォーム型ビジネスは、従来の簿価評価では価値を測りにくいという課題がありました。知的財産やユーザー基盤、サブスクリプションモデルの継続収益を適切に織り込む評価手法の普及は、双方にとって納得感の高い取引価格を実現します。
M&A支援サービス拡大の具体例
クロスボーダーM&Aが企業にもたらす三つの効果
これらの効果により、海外展開の経験が浅い企業でもM&Aを戦略的に検討するケースが増えています。
デジタルトランスフォーメーション(DX)は多くの企業にとって最優先課題となり、IT人材や先進技術を短期間で取り込めるM&Aは有力な選択肢です。特にクラウド、AI、IoTなどの分野では、専門知識を持つ譲受企業をグループに迎えることで、自社内製よりも早く競争力を獲得できます。
社内にエンジニアリング力を一括で取り込むことで、開発期間の短縮と品質向上を同時に実現できます。
既に市場で実証されたデジタルサービスやプラットフォームを手に入れることで、顧客基盤も同時に取り込めます。
新規事業の立ち上げに比べ、既存サービスを譲受する方が市場投入までのリードタイムを大幅に短縮できます。
技術者採用市場は逼迫しており、外部からチームごと取り込む手法が合理的と評価されています。
デジタル技術は陳腐化が早く、時間を掛けて内製開発するよりも即時獲得する方がリスクが低い場合があります。
競合より早くDXを実装できれば、顧客体験の差別化やデータ活用の高度化で優位に立てます。
これらを踏まえ、デューデリジェンスでは技術ロードマップと人材定着策を重点的に確認することが成功の鍵となります。
2021年2月、両社は株式交換による経営統合を実施しました。顧客データを統合し、One to Oneマーケティングを強化することでヘルスケアとビューティ分野のプレゼンス向上を狙っています。統合後は仕入規模の拡大による原価低減や物流効率化も進み、アジアNo.1の「美と健康企業」を目指す長期ビジョンを掲げています。
2020年8月4日、シャープは東芝が保有していたDynabook株式を全数取得し、AIoTプラットフォームにパソコン事業を組み込みました。譲受によりPC領域の技術力と販売網を獲得し、家電・通信機器と連携した総合ソリューション提案を可能にしました。世界市場でのブランド力拡大と製品ラインナップ強化が狙いです。
2017年8月4日、両社は資本提携契約を締結し、米国に完成車生産合弁会社を設立しました。電気自動車(EV)基盤技術や先進安全技術の共同開発、商品補完による相互補強が主目的です。業界全体が電動化と自動運転へ移行する中、技術投資を共同で行うことでスケールメリットを生かしています。
大規模M&Aに共通する四つのポイント
これらの事例は、M&Aが単なる規模拡大にとどまらず、企業が長期戦略を実現するための実践的手段であることを示しています。今後も業界再編や技術獲得を目的とした大規模取引が続くと見込まれ、市場拡大の追い風となるでしょう。
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M&A市場は後継者不足、DX推進、業界再編など複数要因で拡大中です。譲渡企業は事業存続と雇用維持、譲受企業は成長加速を同時に実現できます。成功には専門家の伴走と綿密な統合計画が不可欠です。
著者|土屋 賢治 マネージャー
大手住宅メーカーにて用地の取得・開発業務、法人営業に従事。その後、総合商社の鉄鋼部門にて国内外の流通に携わる傍ら、鉄鋼メーカーの事業再生に携わる。外資系大手金融機関を経て、みつきグループに参画